【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -28ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>

◇◇新時代に向けて【コーナー・ストーン】精神を育てよう!◇◇<改訂版・再掲載>【2006年8月13日に作成した<第412回>に加筆】 

●家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。
これは主のなされたことで、私たちの目には不思議に見える 
(詩篇118‐22、マタイ伝21‐42、マルコ伝12‐10、ルカ伝20‐17、 使徒行伝4‐11、
エペソ書2‐20、ペテロ第1書2‐7)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

最近のTV教育番組を観ていると、子供のうちに、なるべく具体的な社会経験させる
プログラムが多いように思えます。大半は、現代の社会的価値観・常識に基づいた
<職業観・職種>に着目しすぎているように感じられるのは残念です。

私が子供時代の30年前には、現代の主流となっている「IT産業」は先生も大人も
誰も想像できなかったはずです。つまり未来を切り拓く若者には、現代の<職業観・職種>に縛られることなく、大胆に考えさせるべきだと思います。

欧米では既存の職業枠にあてはまらないならば、新たな職種・職域が生まれているのには感動します。「~したい!~のために!」といった明確な<志望><動機><使命感>が基点であり、現実よりも【ビジョン:理想・夢念・大志】【大希望:聖望!聖願!聖欲!】を優先しています。

彼らの<志望>は単なる信念・欲望でなく【神の愛の力=隣人愛】に従う【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】がある事を実感できるはずです。

●最善の労働者とは最も多くの仕事をする者でなくして、
 最も貴重な動機をもって仕事をする者である(二宮尊徳:内村鑑三の言葉より)
●<健全なる思念>(内村鑑三)
 事業の困難を思うべからず、また我の弱きを思うべからず。
 神の全能なるを思うべし、その恩恵の無限なるを念ずべし。
 さらば、事業の困難は失せて我等は強き者とならん。

たとえば、「病院内で長期療養の子供たちを励ましたい!」と志望する人が立ち上がって、道を拓き具現化したから誕生したのが「クラウン(道化師)」や「クリニ・クラウン」や「音楽療法士」であり、新しい職業が社会的地位を確立するまでになりました。

患者本人や患者家族と担当医といった当事者だけの<直接対話>だけに任せきりにすると、せっかくの治療がうまく行かない事に気づいて、患者・家族と担当医・医療機関との間で仲介の立場で協力する<メディエイター(仲保者)>という職業が確立したことも感動です。

おかげで単純な医療ミスやカルテ隠蔽も防げるし、患者・家族・担当医・医療機関の間の親密ななコミュニケーションで「病気を治す!」という<思いを一つ、心を一つ>にした当事者一丸の【チーム・スピリット&チーム・ワーク】の治療が実現することになります。

英国では「ガーデニングで人を癒したい!」という<志望>がガーデニング手法による
心理療法士を誕生させたそうです。

この様に既存の価値観や世間的常識では誕生しなかった価値観・職業・職域・思想などを創造するには、個人の<熱き思い燃える心>による<志望・動機>が不可欠だと思います。

●新思想とは;
★新鮮なる思想
★人に新希望を供する思想
★人に新生命を供する思想
★人に新計画を供する思想
★羽翼を張りて中天に翔(アガ}らんとする意欲を興す思想(内村鑑三)
●強く期待する気持ちがあれば、それだけで可能性は現実に転化する。
強い願望は、われわれが何かを成し遂げるための先触れとなる(スマイルズ)

これは【神の愛=主イエス】が喜び愛する【コーナーストーン】精神に通じると思います。

ご存知のように【聖書】の【コーナー・ストーン】は【主イエス】を示しており、同時に【神の愛の力=隣人愛】といえます。

●愛は隣人を害する事はない。愛は律法を全(マットウ)する(ロマ書13‐10)
●愛は、他のいかなるものにもまして、人を賢明にする(ヒルティ)

さらに【神の愛の力=隣人愛】に満ち溢れる【コーナー・ストーン】は【福音の勢力】であり、【霊性:魂[勇気]・善意・良心】や【ビジョン:理想・夢念・大志】【大希望:聖望!聖願!聖欲!】を守り育てます。

【神の愛の力=隣人愛】や【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に満ち溢れた【福音の勢力】に従った<志望・動機>が【自由・平等・寛容・博愛】を実現する社会の<基礎・土台>として不可欠で重要な事を、プロの専門家ほど忘れてしまう事を【聖書】は解りやすく教え示しています。

●【福音の勢力】(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●【キリスト教の真意(内村鑑三)】
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)

最近の様々の業界で起きる偽装・不祥事も生活やノルマに忙殺されて【神の愛の力=隣人愛】】と【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を見失ったから起きてしまったことであり、他人事では済まされず、生活に追われている私自身にも起こり得る危険性を感じています。

こんな混迷波乱時代は、あらゆる社会分野で多忙なあまり専門家やプロ集団に見落とされて忘れがちな【神の愛の力=隣人愛】【大希望:聖望!聖願!聖欲!】【ビジョン:理想・夢念・大志】に<忠義・忠信・忠誠>を尽くすことは【神の愛=主イエス】と生きるチャンスです!

●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
 人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
人に絶たるるは神に結ばるるなりき (内村鑑三)

日本の精神的指導者の安岡正篤氏が提唱していた<有名無力・無名有力>を思い出します。

世間や国家が認める資格取得者や研究・専門家でなくても【神の愛の力=隣人愛】に導かれて、【青春:幼な心・青年の心】に抱いた【ビジョン:理想・夢念・大志】【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に<忠義・忠信・忠誠>を尽くす【愛好精神:dilettante】【レイ・エキスパート(Lay Expert)】の<非専門家の熟練者>が活躍する時代がやって来ました!

家業を継がず、職業を転々としながらも、【青春:幼な心・青年の心】で憧れ続けていた【ビジョン:理想・夢念・大志】を見事に実現して、今ではプラモデル業界で世界的に有名なファイン・モールドの鈴木邦宏社長も興味深い発言をしています。

「趣味というのはエキスパートの集団です。学校で3年勉強したものより、
子どもの頃からずっと好きで20年間続けてきたことの方が強いに決まってます。」

●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした
(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
●<神の力、神の知恵であるキリスト>(コリント前書1‐26~31)
◆兄弟たちよ、あなた方が召された時のことを考えてみるがよい。
 人間的には知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、
 身分の高い者も多くはいない。
◆それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、
 強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
◆有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や
 軽んじられている者、すなわち無に等しい者を、あえて選ばれたのである。
◆それは、どんな人間でも神の御前に誇ることがないためである。
◆あなた方がキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に
 立てられて、私たちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。
◆それは「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである

混迷波乱の現代社会にあって、世間的に目立たず取るに足らぬと思われていることほど
今日現在には具体的成果はなくても、<未来>を切り拓くために価値があり重要です!

●もし、人が何か役に立つことを知り、かつ学びたいと願うならば、
 他の人から知られずにおり、人から何ものでもないと思われることを
 愛さなければならない(トマス・ア・ケンピス)
●もし、あなたが何事かの知識や学問を役立つように修得したいと欲するならば
 自分が世に知られず、つまらぬ者と評されるのを喜びなさい(トマス・ア・ケンピス)

【神の愛の力=隣人愛】や【ビジョン:理想・夢念・大志】【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に従う<コーナー・ストーン>ゆえに世間的常識や【この世の勢力:富・権威・名声】と無縁でも、見捨てられたと思われても、【神の愛=主イエス】が愛され喜ばれる<ビッグ・チャンス>であり勇進できます!

<コーナー・ストーン>として歩む者には【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵>と【神の愛の奇蹟】に導かれる【御心:聖意・聖旨】に通じる<勝利の道>にあります!ハレルヤ!

●人に知られていないようで 認められ
 死にかかっているようで  生きており
 こらしめられているようで 殺されず
 悲しんでいるようで    常に喜んでおり
 貧しいようであるが    多くの人を富ませ
 何も持たざるようで    全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●四方から患難にあっても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない    (コリント前書4-8~9)
●賢さで人生を乗りきるのは困難だが、導きによって生きるのは容易である(ヒルティ)
●一体に計画を立てるということは、何の役にも立たないことが多いものだ。
待つこと、そして神のさずけ給う機会に注意を怠らず与えられたその機会を
すばやく、すすんで十分の心構えをもってつかむ事、これが成功をおさめる道である
(ヒルティ)

幕末の混迷期に脱藩者や無位無冠の在野の志ある者こそが新しい日本社会を築くために
活躍する「草莽崛起(ソウモウクッキ)」を奨励した吉田松陰にしても、彼自身は目先の利欲や
名声にとらわれることなく、【自主独立:自由・独立】に生きた人物だと感じます。

彼の遺書である「留魂録」の内容を紹介します。(NHKホームページより)

「私は30歳。四季はすでに備われており、花を咲かせ、実をつけているはずである。
 それが単なるもみ殻なのか、成熟した粟の実であるのかは、
 私の知るところではない。もし同志の諸君の中に私のささやかな真心を憐れみ
 受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種が絶えずに、
 穀物が年々実っていくのと同じである」

●<吉田松陰が亡くなる一年前に弟子に送った漢詩>
「志を立てるためには人と異なることを畏れてはならない
 世俗の意見に惑わされてもいけない
 死んだ後の業苦を思いわずらうな
 また目前の安楽は一時しのぎと知れ
 百年の時は一瞬にすぎない
 君たちはどうかいたずらに時を過ごすことのないように」
  (NHK「その時歴史が動いた」より)

そうです!古今東西を問わず<コーナー・ストーン>精神とは、目先の<成果・果実>を手にすることが主要目的ではありません。

先ず自分の信じ望み愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に従った<【神の愛の力=隣人愛】の種まき>が目的であり、先人から【遺志】を受け継ぎ、後世へ継承することが<至上の喜び>であると言えます。

●誠に実に汝等に告げん、一粒の麦も地に落ちて死なずば、ただ一つにて残らん。
 もし死なば多くの実を結ぶべし(ヨハネ伝12-24)
●大事業の端緒はまず目前の義務を果たすことなり(内村鑑三)
●この動揺する時代に自分までぐらつくのは、ただ災いを増すばかり、
 おのれの志を守って、ゆずらぬ者だけが世の中をつくりあげて行くのだ(ゲーテ)
●汝は王者なれば ただ一人征(ゆ)け 自由の大道を自在なる英知もて進め。
 その尊き偉業の報いを欲せず 自らが愛する思想の実をば結びゆけ(プーシキン)
●汝のパンを水の上に投げよ、多くの日ののちに、汝再びこれを得ん(伝道の書11‐1)
●汝の真理を社会の中に投ぜよ、年を経て汝はその偉大な結果を見るを得ん(内村鑑三)
●作物を刈り取るには、まず種をまかなくてはならない。
 その後は、収穫の時期がくるのを忍耐強く待ちつづける必要がある。
 そして多くの場合、いちばん待ち望まれる果実ほど実を結ぶのはいちばん遅い。
 (スマイルズ)

<コーナー・ストーン>精神は<連戦連敗>も覚悟の上です。そして<最後の勝利>は
<神助:祝福・恩恵>【神の愛の奇蹟】にお任せましょう!

●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である
 (内村鑑三)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は負けて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
●彼の卑しき人は小事を爲さむとして、其を見て果し、
 此の貴き人は大事を求めて、其を知らず逝く
 彼の卑しき人は、一に一を加へて百に達し、
 此の尊き人は、百萬を目指して一をも得ず(ブラウニング)

<コーナー・ストーン>精神でみるなら、日本は新時代に向けた精神土台再建のために、職業も職域も無限の可能性にあります。

【神の愛=主イエス】からみれば、人手不足です。フリーター、ニート、閉じこもり等、レッテルを貼られている人々も、世間の役に立たない私自身も<絶好のチャンス>です!
世間的に<働き場>が見当たらないなら、【神の愛=主イエス】と共に働きましょう!

●群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、
 深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。
「収穫は多いが、働き手が少ない。 だから収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」(マタイ伝9-36~38、ルカ伝10-2)
●我々は何をなすべきか、またそれをいかに為すかについて
 決して無頓着であってはならない。いやむしろ我々は全ての勤勉と才能を
 真剣に活用しなくてはならない。ただし、野心や所有欲からではなくて
 義務感と神への愛から、それをしなければならない。
 そして、事の成否は神に委ねるべきである(ヒルティ)
●なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、
 目標を目指してひたすら走ることである((ピリピ書3-13~14)

【神の愛の力=隣人愛】で光り輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】【大希望:聖望!聖願!聖欲!】を<志望・動機>にして、時流に乗らず、目先の利得権益と無縁でも、日本や世界の新時代の<基礎・土台>を築き、<明るい未来>切り拓かんとする<コーナー・ストーン>精神で活躍される事を心より応援しています!

●つねに行為の動機のみを重んじて、帰着する結果を思うな。
 報酬への期待を行為のバネとする人々の一人になるな(ベートーヴェン)
●私(主)は目の見えない人たちを導き、彼らがまだ知らない大路に行かせ、
 通ったことのない道を歩ませる。彼らの前で、行く手の闇を光に変え、
 でこぼこの曲がった道を平らにまっすぐにする。
 私はこれらのことを成就させ見捨てることはない。(イザヤ書42-16)
●【奨励の声】(内村鑑三)
 汝は永遠の存在者とともに立てり。
 世はことごとく失するとも汝の事業は滅びざるべし。
 ただ、心を強くし勇み励め (内村鑑三)
●何人といえども、力によってではなく、愛によって働く信仰を持たぬ者は
 キリスト教徒ではない(ジョン・ロック)
●一切の仕事が神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である (ヒルティ)
●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)
●<聖 望>(内村鑑三)
 われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
 われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
 われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
 万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
 荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
 なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
●<遠大の事業>(内村鑑三)
 余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
 余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
 余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
 余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。
●主は人の一歩一歩を定め、主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる。
 人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。全く打ち捨てられることもない。
 主がその手を助け支えられるからである。若い時にも老いた今も、私は見ていない。
 主に従う人が捨てられ、あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見たことがない。
(詩篇37-23~25)
●君の呼びかけに、だれも答えないならば
 君よ、我が道を一人征(ゆ)け
 皆が恐れを抱いて沈黙するならば
 君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ(タゴール)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
■【ビジョン:理想・夢念・大志】と自己との相思相愛関係について考える。【PJニュース 2010年9月18日】
★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★

私が心に思い描【ビジョン:理想・夢念・大志】は、私に絶対服従ではありま せん。私自身が私の思い描く【ビジョン:理想・夢念・大志】にふさわしい「生き様」や心意気を示さなくては、私がどんなに熱望しても【ビジョン:理想・夢念・大志】は私の心から消え去ってしま います。

【聖書】には【主イエス】自身が語った次のような有名な聖句があります。

●あなた方が私を選んだのではない、私があなた方を選んだのである(ヨハネ伝15-16)

つまり、神・仏や真理など宗教的・信仰的対象と信仰者の関係のように、【ビジョン:理想・夢念・大志】と私の関係も、私の自己都合だけで選べるのではなく、【ビジョン:理想・夢念・大志】」自身が私を選ぶことを実感できます。

<青春:幼な心・青年の心>の熱き思い燃える心で産み出された【ビジョン:理想・夢念・大志】が生涯私のもとから消え失せず、私の心の中心で光輝くには、人格的対象のように誠心誠意の忠義・忠信・忠誠を尽くす必要があります。

まさに「ビジョン」と私とは<相思相愛関係>であり、日々【ビジョン:理想・夢念・大志】を失望させ【ビジョン:理想・夢念・大志】に見捨てられないように、【ビジョン:理想・夢念・大志】を死守するために、現実生活で戦い抜く覚悟が必要です。

金が無いから、人脈が無いから、条件がそろわないとか、どんな言い訳をしても、【ビジョン:理想・夢念・大志】には通用しません。我が人生は【ビジョン:理想・夢念・大志】第一であ り、<いつも一緒!>の<最愛の我が子・我が分身>のように一体感になるまで信じ望み愛する心意気があってこそ、【ビジョン:理想・夢念・大志】は 私を選んでくれて、私の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】」を守り育てるために<最高!最善!最美!>で尽くしてくれます。

皆さんの<青春:幼な心・青年の心>に思い描いた【ビジョン:理想・夢念・大志】に見事に選ばれて、<人生の旗印>として高く掲げて勇進される活躍を心より応援しています!

●青年の夢を軽んじてはならない。
 それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に応じたものであり、
 したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである (ヒルティ)
●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
 そして少年の頃の理想主義は何ものにも変えることが出来ない人間の財産である
 (シュバイツァー)
●青春の夢に忠実であれ(シラー)
●素晴らしい人生、それは青年時代に考えた事が壮年になってから実現される事である
 (A.d.ヴィニー)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい(ピリピ書2-13~14)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
◇◇【有名無力・無名有力】で導く【神の愛=主イエス】! ◇◇<改訂版・再掲載>
【2002年1月12日に作成した<第208回>に加筆】 

●主は言われた「私の恵みはあなたに対して十分である。
 私の力は弱い時こそ完全にあらわれる(コリント後書12‐9)

世間で<有名>になれば、なるほどに、実力を発揮できると思うから、先ずは<有名>に
なろうとして、立身出世の道を目指すのではないでしょうか。

しかし、<無名>だからこそ、実力を発揮しやすいということもあります。

例えば、私の経験でも実感したことがあります。以前、私は名も無き小さな学習塾を
95年当時運営していたことがあります。

その時、小・中・高の塾生たちの多くは教師を含めて、大人への不信感があり、
また社会への不信感も強いことを感じました。社会とは冷酷で厳しくて勉強ができて
<有名>にならなければ相手にされないと思いこんでいました。

そこで、私は彼等のために二つの実験をしてみました。

当時、青島幸夫さんが東京都知事になったばかりで、臨海副都心の見直しが検討されており、
都民に有効活用のアイデアをファックスで募集していました。

塾生一人一人にアイデアを出してみてはと呼びかけたところ、最初にかえってきた言葉は、

「どうせアイデアを出しても、相手にされないよ。」という反応でした。

しかし、塾生40名のうち20名位が参加してくれました。サッカー場にしろとか、
子供公園にしろとか、様々な素朴なアイデアが集まりました。

彼等一枚一枚の手書きのまま、まとめてファックスで送る事にしました。
あれだけ期待していないような事を言っていても、いざファックスする時には、
真剣な表情でみつめていて、何かが起こるのではないかと期待しているようでした。

私は彼等のために表紙に次のようなメッセージをつけました。

「これらは塾生一人一人が考えたアイデアです。
 彼等は自分たちのアイデアが本当に読まれるのかが不安です。
 簡単な返答でも頂けたら幸いです。」

翌日に都の担当課長のメッセージがファックスで送られてきました!

「皆さんのアイデアを大切に検討いたしますのでご安心ください。
 良いアイデアならば、青島都知事も必ず目を通します。」

半信半疑だった塾生たちは「社会は捨てたものじゃないな」と思ったことでしょう。

もう一つの実験では、私自身も感動しました。

夏休みに<将来の夢>や興味あることを塾生と話し合った時のことです。

ある塾生はトラックやバスの絵を描くのが勉強よりも大好きでした。
彼はいつもテレビや通りを走るトラックを観た印象だけで、とても正確にトラックや
バスを描けるほどです。

ある塾生は将来は鉄道関連の仕事に就きたい夢があり、貨物列車に興味がありました。

ある塾生はタンカーや船に興味がありました。

ある塾生は戦闘機や戦車に興味がありました。

そこで、自動車会社や貨物車両会社や造船会社や防衛庁などに資料を請求することにしました。

しかし、塾生たちは(彼等にとって)一流の大企業が<無名>の小さな塾の要望など
忙しくて相手にしてくれないと思っていたに違いありません。私自身も企業からみれば、
商売ではないので、直ぐに応えてくれるかは疑問でした。

私は様々な分野の十数社の企業の広報部門に直接電話して要望を説明してみました。

「私は名も無き個人塾の代表ですが、塾生が憧れや将来の夢として貴社の事業に
 興味があるので、できたら資料を送ってくれませんか?」

すると、多くの企業でとても快い返事がきました。「喜んで送りましょう!」
広報担当者の中には、同じ年頃の子供がいたのかもしれません。

中でも興味深い反応をしてくれたのは防衛庁でした。防衛庁では通常は資料を送付する事は
なくて、訪問しなくては手に入れることはできないそうです。
にもかかわらず、塾生の要望であると聞いただけで、防衛庁も積極的に協力してくれたのです。

「わかりました。特別に資料を送りましょう!」

驚くべきことは、1社を除き全ての資料が宅配便によって翌日に届いたのです!
塾生たち驚いた事でしょう。社会がこんなに直ぐに反応してくれることを。

私はこの二つの実験によって改めて確信できました。それは、<無名>だからこそ、
実力を発揮できる!ということです。

≪無名≫だからこそ最善発揮できる能力とは何でしょうか?例えば以下の能力が考えられます。

★誰の心にも存在する【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を呼び覚まさせる!
★【隣人・社会】の【潜在能力・可能性】を最善発揮させる!
★【神の愛=隣人愛】で【神の愛の奇蹟】を起こす!

何故なら、≪無名≫であるということは、世間体や権威・組織の規制に縛られず、
心が≪自由≫であるからです!

●他のいかなる自由よりも、先ず第一に良心に従って知り、考え、信じ、
 かつ言うことの自由を我に与えたまえ(ミルトン)

今や世界中で有名なスピルバーグは自分が<有名>であるとは考えないそうです。
もし、自分が有名人であると思ったなら、その時から世間が期待する《自分》を
演じなくてはならなくなり、《本来の自分自身》が望むことができなくなるからだそうです。

スピルバーグは次のように結論しています。

「(監督で)<有名>になったと自分が思った時には、監督を辞める時です」

≪有名≫になってみなければ判らない悩みだと思います。

≪無名≫であることは大いなるチャレンジができます。失敗も許されるからです。
世界中で起きた歴史的大改革や大発見のほとんどは、当時の≪無名な人々≫によって
実現されたと言っても過言ではないと思います。

世間・社会の中心や表舞台で活躍せず、評価もされていない学生・未成年・シニアなど
≪無名の存在≫だからこそ、かえってできることはたくさんあります。

≪無名≫とはある意味では世間で【単独の存在】となることもあります。そして単独でも
自己の能力を最善発揮させてくれて、≪無名≫である自分を最善発揮させてくれる力が、
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】であり、【神の愛=隣人愛】といえます。
【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれた【神の愛の力=隣人愛】が
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれます!
●我に糧あり、聖書にあり。我に力あり、祈祷に存す。
 我は単独にして世界を相手に戦いうるなり(内村鑑三)
●独立を説くなかれ、キリストを説くべし(内村鑑三)
●我れ神とともにありて我れひとりは世界よりも大なり(内村鑑三)
●人に少しも頼ることなくして、神にのみ頼ってなす事のできる事業のみが
 神の命じ給うた事業である。かかる事業に従事するを得て、我等は始めて独立の人と
 なるのである(内村鑑三)

先日のサンデー・プロジェクトで日本の町工場で活躍する技術者の紹介がありました。
彼等は世間的に≪無名≫であった時から、≪有名≫になった今も変わらない信念があります。

「誰もできないことをやる!できなければ報酬はもらわない!」

誰もできないというのは何も世界初の大発明のようなすごいことではないそうです。
世間にある技術なのに、多くの下請け工場は新たな事はリスクを恐れて開発しません。
大企業の研究者は誰もしない事をして失敗をした時のことを恐れて避けるそうです。
番組の最後には印象深い締めくくりの言葉がありました。

「これからは≪スキル(技術力・開発力)≫でなくで≪ウィル(志・信念)≫の時代です」

●失敗は罪ではない、目的が低い事が罪である(内村鑑三)
●強さは“肉体的な力”からくるのではない。それは“不屈の意志”から生まれる(ガンジー)
●人間は自分が考えた通りの人間になる(ガンジー)
●燃え続ける信念の炎は、我々に光を与えるだけでなく周囲をも照らすのだ(ガンジー)

どんなに世間が腐敗堕落しているように見えても心配ご無用です!
そんな世間に相手にされずに≪無名≫であっても、なおさら心配ご無用!です。
【神の愛=主イエス】に信頼して【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げて勇進する道が残されているからです!

●なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、
 目標を目指してひたすら走ることである((ピリピ書3-13~14)
●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
 人に絶たるるは神に結ばるるなりき(内村鑑三)
●長生きすればするほど、私は確信するようになった。
 強者と弱者、大人物と小人物とを分けるものは、才能でも環境でもチャンスでもない。
 それは「根性」であり、「底力」だ。つまり決めたあとは、何があっても不退転で進む、
「勝利にあらずんば死」という断固たる一念だ(トマス・バクストン卿)
●世界には二つの力しかない。「剣」と「精神」の力である。
 そして最後は「精神」が必ず「剣」に打ち勝つ(ナポレオン)

私たちが世間的に<無名>で、たとえ<連戦連敗>の<最悪のどん底>にあろうとも、
私たちには【神の愛=主イエス】がいます!
【神の愛=聖霊】の無限大の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
日々新たな【バイタリティ:生活力=生命力+活力】で私たちの心は<希望の光>で満ちて、
<不屈の楽観・楽天主義>の【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で燃え盛ります。

●希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、
 聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように(ロマ書15-13)
●神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。
 このようにしてキリストに仕える人は、神に喜ばれ、人々に信頼されます。だから、
 平和や互いの徳を高め、霊的成長に役立つことを、追い求めようではありませんか
(ロマ書14-17~19)
●希望は時々刻々この世に臨みつつあり、腐敗の累積はあえて恐れるに足らず(内村鑑三)
●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん。汝の道を主にゆだねよ、
 主に信頼すれば主がこれを成し遂げ、光のごとく汝の義を明らかにし、
 真昼のごとく汝の訴えを明らかにし給わん(詩篇37‐3~6)

どんな境遇にあっても、【神の愛=聖霊】によって、<不屈の楽観・楽天主義>の
【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に燃え、【有名無力・無名有力】の心意気で、
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げ【ミッション:使命・天職】に
活躍されることを心より応援しています!

●汝は王者なれば ただ一人征(ゆ)け 自由の大道を自在なる英知もて進め。 
 その尊き偉業の報いを欲せず 自らが愛する思想の実をば結びゆけ(プーシキン)
●愛する優しい若者よ!
 君の心には寂しさなど、ありえない!
 私は祈る
 君が、分別と剛毅(ごうき)と真実をもって
 胸を張り、負けずに歩まれんことを!(バーンズ)
●人生はよくなるものだという確信を捨ててはいけない。それがあなたの人生であれ、
 他人の人生であれ(アンドレ・ジイド)
●人間の第一職分は、自家の天職を探求するのが第一で、
 其天職をどこまでも遂行するのが第二の本分であろう(徳富蘆花)
●自分の仕事が好きでなければ、本当の成功は望めない。
 多くの成功者は何度も他の仕事で失敗を重ねて、やっと自分のやりたい仕事を見出している
 (カーネギー)
●キリストをあなたがもっていれば、あなたはもう裕かであり、
 不足を覚えることがないのだ。彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
 人に望みをかける必要のないよう、万事につけての忠実な世話役となるであろう。
 まことに人間は直ぐに変ってゆき、たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
 キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、終りにいたるまで確固として守護されるのである
 (トマス・ア・ケンピス)


それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
Good luck & God bless you!
■乱世大変革時代に「アリとキリギリス」の意義について考える。【PJニュース 2010年9月3日】
★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★

寓話「アリとキリギリス」では、将来の非常事態に準備して日夜勤勉努力するアリが正しくて、日々を楽しむキリギリスは悪者の存在として描かれていると思います。

戦後の焼け野原を体験して、二度と悲惨な状況は起こしたくないと決心し非常事態が起きても安心できる準備として、日本国民の大多数がアリとなって大活躍したから豊かな経済大国になれたのだと思います。

しかし、あらゆる分野で戦後体制が大崩壊して、準備すべき将来が不透明で内外共に日本民族存亡の危機に直面している現代日本では、新たな価値観を打ち立て 新時代を切り拓くことが求められ、これまでの労働価値観や世間的常識による従来型の勤勉努力の「アリ」の活躍だけでは緊急事態の克服は困難だと考えます。

今こそ、現体制を守る「アリ」が理解する従来の労働価値観や世間的常識では、「非生産的・非現実的・非国民」とみなされても、自己の信愛する【ビジョン: 理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げて<我が道:大義・人生目的・存在意義>を突き進める不屈の楽観・楽天主義の「キリギリス」こそが 大活躍できるビッグ・チャンス到来です!

たとえば、ここで発言しているPJニュース記者に代表される在野の個人的立場の言論人は、現実問題は優秀な「アリ」に任せて、新たな価値観や新時代構想を 通じて、新時代を切り拓く挑戦意欲や開拓精神を啓蒙啓発する「キリギリス」の先頭に立って活躍することが求められていると実感できます。

皆さんが、目先の現実問題に一喜一憂する「アリ」ではなくて、来たるべき新時代の幕開けを見据えて、明るい未来を信じ望む【ビジョン:理想・夢念・大志】」を掲げて<不屈の楽観・楽天主義>の「キリギリス」として活躍される事を心より応援しています!

●楽天家は、困難の中にチャンスを見い出す。悲観論者は、チャンスの中に困難を見る
(チャーチル)
●希望は、強い勇気であり、新たな意志である(ルター)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)
●人生の喜びとは何か。それは人々が『お前はできない』という事を実現してみせる事である
(バジョット)
●夢は人を熱中させ、人生から退屈を消し去ってくれる。まさに夢が人生そのものになる。
人生はあなたの夢の大きさで測れるだろう(コンクリン)
●キリスト・イエスの善い兵卒として私と苦しみを共にしてほしい。兵卒に服している者は、
 日常生活の事にわずらわされてはいない。ただ、兵を募った司令官を喜ばせようと努める
 (テモテ後書2‐3~4)
●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためでなく、
 本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めたとおりに
 すべきである。神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
◇◇われ神と共にありて全世界よりも大なり(内村鑑三)◇◇
【2002年2月19日に作成した<第221回>に加筆】

●イスラエルの歴史は国民の歴史ではなくして英雄の伝記である。
 民衆の奮起を待たずして、神の信仰に依り頼む信仰の勇者が
 独り立って救拯を施した、その事蹟の記録である(内村鑑三)
●神は大事を為すにあたって多数の勢力をもってせずして単独の勢力をもってし給うた
 (内村鑑三)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

現在、世界中で、日本社会で、そして家族内でも、不平・不満の対立・分裂状況が激化して、
解決困難な問題だらけです。多くの解決困難な問題の根源には【愛の冷却】があると思います。

●多くの人がつまずき、互いに裏切り憎みあい、
 多くの偽預言者が起って、多くの人を惑わし、
 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう(マタイ伝24‐10~12)

どんなに巧妙な法律や制度を導入しても、不法を取り締まり、道徳・倫理を抑止的に教育しても、愛に飢え乾き冷めてしまった心は熱くならないと実感できます。

しかし、【神の愛の力=隣人愛】ならば、どんなに冷めたきった心であっても、<希望の光>で
点火して、熱き心燃える思いに復活させ、熱意や情熱を起こさせる無限大の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と日々新たな【バイタリティ:生活力=生命力+活力】で【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれます!

●これは私たちの神の憐れみ深い御心による。
 また、そのあわれみによって、日の光が 上から私たちに臨み、
 暗黒と死の陰とに住む者を照らし、私たちの足を平和の道へ導くであろう
(ルカ伝1-78~79、詩篇107-10、イザヤ書9‐2・59-8)
●我が名を畏れ敬うあなた方には義の太陽が昇る。その翼には、癒しの力がある。
 牧場に放たれた牛舎の子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる(マラキ書4-2)
●イエスは人々に言われた。「私は世の光である。私に従う者は決して暗闇の中を歩む事無く、
 命の光を持つ。」(ヨハネ伝8-12)
●情け深い光よ、導きたまえ、あたりを包む 薄闇の中で我らを導きたまえ!(ニューマン)

【キリスト精神:イエスの生涯と教え】を信愛する者は、この世の全ての困難な諸問題(紛争・貧困・飢餓・病苦)を克服する<最善の解決策>を知っています。先ず誰か独りが【神の愛の力=隣人愛】をを実践することが、全ての問題を解決させる最善の方法であるという確信です。

臆病者で意気地なしの私ができないからといって、世間的に絶望的状況でだからといって、世界で起きている問題が未解決でも心配御無用です。必ず現場の当事 者の中から、【神の愛=主イエス】に選ばれた<独り>が、【神の愛の力=隣人愛】で光輝く<世の光・地の塩>として決起するからです。

●暗闇を不安に思うより、1本のろうそくに火を灯しなさい(エリノア・ルーズベルト)
●暗いと不平をいうよりもすすんであかりをつけましょう!(心のともしび)
●一灯を下げて暗夜を行く、暗夜を憂うることなかれ、ただ一灯を頼め(佐藤一斎)
●たった一つのロウソクなどと考えてはなりません。全ての人が自分のロウソクに火を灯せば、
 真っ暗な夜を明るい昼に変えることができるのです(オグ・マンディーノ)
●あなたのランプの灯をもう少し高くかかげてください。
 見えない人々の行く手を照らすために(ヘレン・ケラー)

【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれる事で、世界中の悪徳腐敗や私の中に存在する<真っ暗闇>を見聞きし知ろうとも、<不屈の楽観・楽天主義>の【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に満ち溢れています!

●希望!どんな不幸におちいっても、われわれは希望の太陽を心からすててはならない。
 常にに楽天的である事。つまり天命を楽しむ事、これこそがわれわれを幸福に導く信仰である。
 今日を立派に生きることが、明日の希望を見いだすことであり、
 明日の希望があってこそわれわれは明るく生きることができる。
 現在を嘆き悲しむものはやがて不運を招くことになる(ヘレン・ケラー)

米国の小さな町で、ある一日の名も無きたった独りの【神の愛の力=隣人愛】の実践でも、
どれだけ【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】であるかを紹介させて下さい。

それは、中川牧師がテレビ伝道で紹介してくれたアメリカで起こった実話です。

ある晴れた朝、米国西海岸ポ―トランドのドライブスルー形式のコーヒー・ショップで、独りの男が車内からコーヒーを2杯注文したそうです。
店員が車内をのぞくと、彼独りしかいませんでした。
店員は注文の聞き間違いかと思い男に尋ねました。。「一杯の間違いでは?」
すると男はとても嬉しそうに微笑みを浮かべながら店員に話したそうです。
 「実は今朝とても嬉しいことがあったのです。
  私の喜びのしるしに一杯は、後ろの車の方にプレゼントさせてください!」

彼の【神の愛の力=隣人愛】の実践は、後に続く20台以上の車で同様に行われたそうです。

●喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい(ロマ書12‐15)

彼の【神の愛の力=隣人愛】の実践は、時を越え場所を超え永遠に通じる計り知れない力を
持っているとは思いませんか?

●愛はいつまでも絶える事はない。
 しかし、預言はすたれ、異言は止み、知識はすたれるであろう(コリント前書13‐5)
●すべて真実なこと、すべて尊ぶべき気高いこと、すべて正しきこと
  すべて純粋な清くいさぎよいこと、すべて愛すべきこと、
  すべて誉れあること、すべて徳といわれるもの、称賛に値するものあれば
  それらのものを心にとめなさい(ピリピ書4‐8)

私たちの個人的な<小さな一歩>に思える事でも、【神の愛の力=隣人愛】さえあれば、
世界平和にもつながる<大きな一歩>となる【神の愛の方程式・摂理】を実感できます!

●正義と公平を行うは、いけにえ(犠牲)よりもまさりて主に喜ばれる(箴言21‐3)
●見よ、私は新しいことをする。今もうそれが起ころうとしている。
 あなた方はそれを知らないのか。確かに私は荒野に道を、荒地に川を設ける(イザヤ書43‐9)
●主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
 主は渇いた魂を満ち足らせ、飢えた魂を良いもので満たしてくださった(詩篇107-8~9)

皆さんが【神の愛の力=隣人愛】で<歓喜!感動!感謝!>する【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に応答した【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて、個人的に決起する
<世の光・地の塩>【愛と自由の戦士:義勇軍・神の僕・忠義の愛子・光の子】となって、何度倒されようと、失敗しようと、孤立無援でも、【神の愛=主イエ ス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれて、<不屈の楽観・楽天主義>の【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の心意気で、世界を舞台に大活躍さ れる事を心より応援しています!

●人のために何かをすることで誰もが素晴らしい人になれます(キング牧師)
●たとえ小さな斧でも、数百度これを打てば堅い樫の木も切り倒せる(シェークスピア)
●<われのすべて>(内村鑑三)
 産を失うも可なり、願わくは神の御顔を見失わざらんことを、
 病いに悩むも可なり、願わくは神の御旨(ミココロ)を疑わざらんことを、
 人に棄てらるるも可なり、願わくは神に棄てられざらんことを、
 死するも可なり、願わくは神より離れざらんことを、
 神はわがすべてなり、神を失うて、われはすべてを失うなり。
 「われらに父を示し給え、さらば足れり((ヨハネ伝14-8)」
 わが生涯の目的は神を視、かれをわが有(モノ)とするにあり、その他にあらず。
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●神に従う人は七たび倒れても、また起き上がる。(箴言24-16)
●主は私の魂を生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれる(詩篇23‐3)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@leo.livedoor,com
田中 聡(さとし)
【2010年8月27日に作成した<第533回>に加筆】
◇◇【霊性】から産まれた【ビジョン:理想・夢念・大志】は【霊性】を守り育てる!◇◇
★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★
■自己を鼓舞させる【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱く意義について考える。
【PJニュース2010年08月27日】

自己の「霊性:魂[勇気]・善意・良心」に応答して心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
生涯を共にする<最愛の我が子・我が分身>となって、老いて益々若き「青春:幼な心&青年の精神」に
輝かせ「霊性:魂[勇気]・善意・良心」を優しくて強い品格に守り育ててくれます。

心に刻まれた【ビジョン:理想・夢念・大志】は<真・善・美>の価値観となり、<我が道:大義・
人生目的・存在意義>である【ミッション:使命・天職】に導く人生の羅針盤となってくれます。

●人生の価値は、その長さとは関係がない。 人生の価値とは、どのようにその時間を利用したかで
 決まるものなのだ。 あなたが十分に生きたかどうかは、あなたが生きた年数ではなく、 あなたが
 どのような意志をもって生きたのかで決まる(モンテーニュ)
●精神的な勇気を養わなければ、真に強い人になることはできない。真の力は内に発し、外に練られ、
 内に磨かれ、内に養われ、内に蓄えられ、内よりあふれて、外に流れ出るから、充分余裕がある。
 だから、内にある自分に“克つ”者は、外の世界にも“勝つ”ことができる (新渡戸稲造)
●ビジョを持つことだ。理想を描くことだ。
 あなたの心をこよなく鼓舞するもの。
 あなたの心に美しく響くもの。
 あなたが純粋な心で愛することのできるものを、しっかりと胸に抱くことだ
 (ジェームズアレン)
●汝の運命の星は汝の胸中にあり(シラー)

私たちを取り巻く現実は強大な批判勢力に支配されて、心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を
守り育てる事は困難に感じます。しかし実際は心に刻まれた【ビジョン:理想・夢念・大志】のおかげで、
精神的堕落もせず、何度倒れても挫折や敗北感に屈服せず、自己嫌悪・自己否定・自己不信に陥る事なく、
信愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】と共に勇進することができるのです。

乱世大変革期の現代日本では、従来の価値観が否定され「あれもダメ!これもダメ!」と不平不満の
批判攻撃が激化して、日本民族も社会・組織・家族も対立・分裂して闇深い危機的状況に思われますが、
だからこそ現実に絶望せず、新たな時代を切り拓くために、自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に
応答する【ビジョン:理想・夢念・大志】で心を光輝かせて、日本社会を明るく元気にさせましょう!

皆さんが自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に忠実な【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて、闇深き時代に<世の光>として活躍することを心より応援しています!

●暗闇を不安に思うより、1本のろうそくに火を灯しなさい(エリノア・ルーズベルト)
●暗いと不平をいうよりもすすんであかりをつけましょう!(心のともしび)
●一灯を下げて暗夜を行く、暗夜を憂うることなかれ、ただ一灯を頼め(佐藤一斎)
●たった一つのロウソクなどと考えてはなりません。すべての人が自分のロウソクに火を灯せば、
 真っ暗な夜を明るい昼に変えることができるのです(オグ・マンディーノ)
●あなたのランプの灯をもう少し高くかかげてください。
 見えない人々の行く手を照らすために(ヘレン・ケラー)

ハレルヤ!栄光を主に帰します
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
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田中 聡(さとし)         



◇◇変えられるものを変える勇気◇◇
【2003年4月4日に作成した<第297回>に加筆】<改訂版・再掲載>
★★「ニーバーの祈り」に学ぶこと★★

●ニーバーの祈り
主よ、変えられないものを
受け容れる心の静けさと
変えられるものを
変える勇気と
その両者を見分ける
英知を我に与え給え
         (ラインホールド・ニーバー)
         渡辺和子著「愛を込めて生きる(PHP文庫)」より

God,grant me the Serenity
to accept the things I cannot change
Courage to change the things I can
and Wisdom to know the difference

●Rニーバーの祈り
神様
 私に変えることのできないものは
 それを素直に受け入れるだけの
 心の平安を与えて下さい

 変えることのできるものは
 それを変える勇気を与えてください

 そして何が変えられるものであり
 何が変えられないものかを
 見分ける知恵を
 この私にお与えください  
   (新生宣教団「恵みの雨 1998.11月号 祈りは必ず聞かれる」より)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは!ご愛読に感謝します!

20世紀の三大神学者とされるニーバーの信条ともいえる「ニーバーの祈り」は学べることがたくさんあると思います。

私たちに与えられた肉親や兄弟姉妹や性別など様々な境遇に不満や不安を抱き、「変えたい!」と望んでも困難なことは周知のことです。

しかし、私たちを誰よりも愛する【三位一体:父・子・聖霊】が、祝福して<最善な条件>で創造されたことを信頼できるならば、多くの不満や不安でも、やがて解消されるはずです。

さらに、【神の愛=主イエス】は私たちが生涯にわたって最善に生きることを望み愛されている【確信】に至れば、「変えられない…」と思い込んでいた現実的不可能な【患難辛苦】でも、「変えられる!」と信じ望めるように
なります。

●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて万事を益となるようにして下さる、ことを私たちは知っている(ロマ書8‐28)

<不屈の楽天主義・楽観論>の【フロンティア精神:★チャレンジ精神★ポジティブ/プラス思考★オープン・マインド】で<現実的不可能>に思われる【ビジョン:理想・夢・志】にも挑戦し前進し続けられることが【キリスト精神】です!

●一切の仕事が神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である(ヒルティ)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくにすべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13) 
 ⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)

たとえば、現在イラク攻撃で砂漠を進軍する英米軍が恐るべき砂嵐に苦しんでいる姿が報道されるのを見た時に、自然の摂理は「変えられない」ものであり、じっと耐えるしかないことだと思って見ていました。

何千年も「砂嵐」と共存してきたアラブ人もまた「変えられない」と思い、耐え忍ぶだけだったのではないでしょうか。

しかし、わずか2週間足らずの間でも、砂嵐にじっと耐え忍ぶイラク人の姿を目撃した米国民の反応は違いました。
テレビ報道で聞くところによれば、砂を飛び散らないようにゼリー状に固めることができ、6週間有効で、その後は土に戻るという環境に優しい薬品(?)を具体的に使用することまで検討しているそうです。

誰もが「変えられない」と思い込んでいる自然環境を「変えてみせよう!」とチャレンジする米国民の姿勢には敬服します。

もし、現在のように「武器」でなく、この「製品」を【福音】として紹介していたなら、無駄な武力衝突も避けられてイラク南部の住人は米国民を大歓迎したに違いありません。

米国政府の誤算の一つは米国民なら「変えられる!」と考えるフセイン独裁政治について、12年前に「変えよう!」と住民が蜂起して結局は挫折したイラク南部のシーア派住民には、もう「変えられない…」とあきらめてしまっていたことだと思います。

起きてしまった戦争は「変えられない」ことかもしれませんが、ただ絶望したり、政治批判や社会不信に陥る時ではありません。
いよいよ私たち各自の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と【ビジョン:理想・夢・志】を死守するべく<個人的戦争=【聖戦】>が始まっているからです!

●自分の仕事を知り、それを為せ。我々の大事な務めは遠くの方におぼろげにあるものを眺めていることではなくて、手元にあってはっきりしている事を行うことである(カーライル)
●起きよ、光を放て、あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上に輝いているからだ(イザヤ書60-1)

今こそ私たち一人びとりが【愛の戦士】【自由の戦士:フリーダム・ファイター】として、進んで志願して【主イエス】の司令の下に「変えられる!」ことにチャレンジしましょう!

●キリスト・イエスの善い兵卒として私と苦しみを共にしてほしい。兵卒に服している者は、日常生活の事にわずらわされてはいない。
 ただ、兵を募った司令官を喜ばせようと努める(テモテ後書2‐3~4)
●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)

3月31日(月)NTV22:00「スーパー・テレビ」で、安井医師の素晴らしいチャレンジに感動しました。

小児科の点滴を担当される安井氏は「変えることのできない」難病と戦い、じっと耐えて苦しむ子供たちに共感して、彼等に少しでも励ましと慰めに役立てたい!と心から願って、「点滴袋」に子供が好きでリクエストするキャラクターをイラストで描いて、<励ましの言葉>も書き加えるということを、たった独りで始めたそうです。

それまで長くて痛く辛いだけの「避けられない(変えられない)」治療であった「点滴」に、素晴らしい勇気と励ましを与えてくれる【希望の光】を灯して見事に「変えられる」事を証明してくれた【愛と自由の戦士】であり、偉大な事業への第一歩を果たした【先駆者】です!

●何を与えるかということよりも、大切なのはどう与えるかということだ(ゲーテ)
●大いなる事業が完成されるためには一つの精神があれば足りる。千の手を動かすために(ゲーテ)
●われ神(愛)とともにありて我一人は世界よりも大なり(内村鑑三)

あくまでも私の想像ですが、医療現場において、安井医師のチャレンジはとても勇気がいる【大変革】だったと思います。
安井医師は毎日多忙な中で、専門でもない「イラスト書き」に時間をかけるために、勤務時間より早めに現場に出向き、遅くまで居残る必要があります。そして、そのために本業で失敗したら大変なことになります。

先例に従って「点滴」治療だけに専念していれば、何も心配が増えることはありません。それでも、あえてチャレンジできる安井氏の心には、【神の愛=隣人愛】が燃え盛っていて、目の前の子供を少しでも励ましたい!という強い【使命感】を抱いていたからこそ、【愛と自由の戦士】として、疲れを知らず、不安もなく、喜びと希望に満ち溢れていたのだと思います。

●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる(トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる(トマス・ア・ケンピス)
●愛は勇気の基底なり。人の善を念(オモ)うて後に我等はその人に対して大胆に何事もなすを得るなり(内村鑑三)
●大事業の端緒はまず目前の義務を果たすことなり(内村鑑三)
●自分がそうであって欲しいと思う世界に向かう変化を自ら後押ししなさい(ガンジー)

まさに本当に身近で「変えられる」事を「変える」には「ニーバーの祈り」にある通り、とても勇気のいることのように感じます。
どんなに小さな変革でも、それを自粛させる先例や固定観念や世間体と「失敗への恐怖」があるからです。

しかし、私たちが【神の愛=主イエス】を信愛するならば、恐れることも、不安になることも、一切の心配ご無用です!
「【主イエス】ならばきっと応援してくれる!」信じ望み愛した通りに、「変えよう!」という【神の愛=隣人愛】と決断と実行の勇気が心に涌きあがってくるからです!ハレルヤ!

●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。愛は常に向上を欲していかなる、いと低い事物によっても引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)
●愛の中に恐怖(オソレ)あることなし。全き愛は恐怖を除く(ヨハネ第1書4‐18)

3月30日(日)深夜のNTYのドキュメンタリー番組で「絵手紙」を書き続けた兵隊の話が紹介されていました。

画家を夢見て芸大まで卒業したのに、卒業直後に日華事変に出兵し、終戦直前には二度目の召集を受けてフィリピンに出兵して消息不明で遺体も戻らないままに21世紀を迎えました。

わずか一年だけの夫婦生活を過ごせた妻は、50年以上独身のままで生きてきたのですが、彼女には800枚にも及ぶ夫から送られて来た見事な「絵手紙」が心の支えだったそうです。

「この見事な絵手紙は私の為に贈られたものだから誰にも見せまい!」と思い込んでいたのですが、57年後に彼女の気持は【神の愛=隣人愛】によって次第に「変えられた」のです。

夫の画家としての【才能】を高く評価していた妻は、画家を目指し夢見ていた夫ならば、「絵手紙」を多くの人々に見せる方が喜ぶのではないかと思うようになったのです。

周囲の協力を得て、全国で要望が高まり「個展」が何度も開催されるようになりました。

番組取材されるうちに、妻は二人の想い出の海にも57年ぶりに、ようやく行ってみる事もできるようになりました。しかし、体調が悪くなります。妻はいつも肌身離さずに大事に持っていた「絵手紙」を美術館に寄贈する事を決意します。

「絵手紙」が長く後世にまで伝えられることを願ってのことだと思います。

そして、送り先を記してキチンと梱包された「絵手紙」を残して、妻は自宅で独り静かに昇天されたことが番組で紹介されました。
残された「絵手紙」は、妻の【ビジョン:理想・夢・志】の通りに、多くの人々に見てもらえるようにと「個展」会場に向かいます。

妻と夫が残してくれた【愛の記録】はこれからも世界中を飛び回って多くの人々の心に愛と勇気を与えてくれるに違いありません。

「避けられない(変えられない)」戦争出兵で、生き残った部下は番組の中で語ってくれました。戦地で疲れ果てて、帰営した後に、独り遅くまで「絵手紙」を描いていたことを鮮明に覚えている証言者なのです。

 「いつ死ぬかも判らない戦場でよく描けたものです。私には絶対できないことでした。」

「いつ死ぬか判らない」からこそ本当に信じ望み愛した【絵】を描き続けたことは、彼が【ミッション:使命・天職】を見事に完遂した人生の勝利者だと私には確信できます。

●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。戦いに負けて負けるのではない、真理に反して負けるのである(内村鑑三)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中でみずから全てのことを行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)

人間の悪魔性を見せつけられる悲惨な【荒野:愛の不在】である戦地にいても、なおも夢も希望を抱き、【神の愛=隣人愛】を見失うことなく、真暗闇の中で少しでも、【光】を放ち続けて、地獄を天国に「変えた」真の勇気ある【愛と自由の戦士】です!

●なおも神の御手と御心にさからわず
 勇気と希望を少しも捨てぬ。
 私は静かに耐え真っ直ぐに前進する(ミルトン)
●あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい。<汝の内の光、闇にはあらぬか、省みよ>(ルカ伝11‐35)
●暗いと不平を言うよりも進んで灯りをつけましょう(カトリック・アワー)

私たちも【愛の戦士】【自由の戦士】として身近な目の前に「変えられる」ことがあるはずです。同時に、「変革」するの第一歩には勇気が必要かもしれません。そんな時には「ニーバーの祈り」に学ぶことをお奨めします。

●一切の仕事が、神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である(ヒルティ)
●我は我に力を与え強くして下さるキリストにありてすべての事を為し得る(ピリピ書4‐13)

私たちが本当に為すべき事を優しく教え導き、実現するのための知恵と力と勇気とを与えてくれる【神の愛=主イエス】によって、無限の【ダイナミック・パワー:信じる力・望む力・愛する力】と日々新たな【バイタリティ:生活力=生命力+活力】に満ち溢れて
【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】の【フロンティア精神:★チャレンジ精神★ポジティブ/プラス思考★オープン・マインド】で【ビジョン:理想・夢・志】を目指して前進し続けましょう!

●神が私たちに下さったのは臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである(テモテ後書1‐6)
●あなたに委ねられていることを守りなさい。そして、俗悪な無駄話と偽りの「知識」による反対論を避けなさい(テモテ前書6‐20)
●我に糧あり、聖書にあり。我に力あり、祈祷に存ずる。我は単独にして世界を相手に戦いうるなり(内村鑑三)

「変えられる」事に勇猛果敢にチャレンジする【愛の戦士】【自由の戦士】として皆さんが活躍されることを心より応援しています!

●あなた方をキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなた方をいやし、強め、力づけ 不動のものとしてくださる(ペテロ第1書5‐10)
●理想の実現は(不可能と見えるのは)人間の力や制度によるのではない!
 「万軍の主の熱心これ成し給うべし(イザヤ書9-7)」(内村鑑三)
●キリスト教は理想ではない、事実である。理想が事実となって顕れたるものである。
 すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)         
◇◇ 天職を発見する法 ◇◇
【2001年4月30日に作成した<第117回>に加筆】

●【天職】を発見するの法は今日目前の義務を忠実に守ることであります。
さすれば、神は段々と我等各自を神の定め給いし【天職】に導き給います。
要するに【天職】はこれに従事するまでは発見することのできるものではありません(内村鑑三)
●すべて汝の手に堪えることは力を尽くしてこれを為せ(伝道の書9-10)

神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。

【神の愛=主イエス】に託された【ミッション:使命・天職】を発見するためには、我欲・我執や、
世間的常識に影響を受けた「~ねばならない」「~すべきだ」というこだわりが邪魔となります。

多くの場合は、家族・身内・恩師・恩人、敵対関係者、【試練】などの、外からの圧力によって
無駄な価値観がそぎ落としされ、≪シンプル≫な【ビジョン:理想・夢・志】になって、ようやく発見
できるものではないでしょうか。

運良く生来思い通りの≪我が道≫が【神の愛=主イエス】の望む【ミッション:使命・天職】に通じた
人も確かにいるでしょうが、大半の場合は、自分があらかじめ決めた人生計画と【神の愛=主イエス】が
望んだ【ミッション:使命・天職】とは異なることを覚悟するべきでしょう。

●私のこれまでの生活で自分が気が進まぬながらも、他から強く促されて行ったことはほとんど常に良い
結果をみたが、自分の発意で着手し、自分では良いと思ったことは一向に良かったためしはない(ヒルティ)

しかし、重要なことは、幼い頃や青年期に強く心に刻まれた【ビジョン:理想・夢・志】と根本的には一致していることが、自分で実感できるはずです。

【神の愛=主イエス】は私たちの望み通りの≪最善の道≫を歩めるように、外からの圧力や逆風や助言で
軌道修正や特訓をしている事を信じて、失敗や試練に遭おうとも、心から望む【ビジョン:理想・夢・志】を追求し続けましょう!

●失敗は方針を転ぜよとの神の命である。我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである(内村鑑三)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。神はあなた方を、子として扱って
おられるのである。いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●私はあなた方に悟りを与え行くべき道を教えよう。私はあなた方に目を留めて、助言を与えよう(詩篇32‐8)

つまり、人生とは運命とか宿命とか一切を引き連れて、あくまでも私たちが心から望んだ≪人生航路≫は確保され【神の愛=主イエス】によって、私たちにとって≪最善の道≫として実現される!という実感と確信があります。

●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に応じたものであり、
したがって、またその人の使命とも一致することが多い。つまり、人の使命も、最初はただ空想的な
未来像として現われてくるものである(ヒルティ)
●神は御意(ミココロ)を成さんために、汝等の内にはたらき、汝等をして志望(ココロザシ)を立て、
業を行わしめ給えばなり(ピリピ書2-13)

クレージーキャッツの植木等さんは住職の息子で根が生真面目で喜劇俳優など到底不向きだし、やりたくもなかったと語っていましたが、彼の出世作であり、当時も現在でもなお人に勇気と希望と感動を与えるものは「日本一シリーズ」「無責任シリーズ」だと思います。植木等さん以外で誰が演じる事ができたでしょうか?

ウィキペディアにも面白いエピソードが記されています。

「無責任男」のイメージとは裏腹に実際の植木等は真面目な性格。
「スーダラ節」の楽譜を渡された時、植木は「この曲を歌うと自分の人生が変わってしまうのでは」と悩んだ。(住職の)父親に相談すると「“わかっちゃいるけどやめられない”は、親鸞聖人の生き様に通ずる」と諭され、彼は歌うことを決意した。 名前は社会運動家の顔も持っていた父が「平等」にちなんで名づけた。

もし、父親の適切な助言がなかったら、日本のサラリーマンにとって素敵な≪ヒーロー≫はこの世に生まれなかったかもしれません。

私もサラリーマン時代に、励まされ「俺も彼のようになるぞ!」と勇気付けられた、私の大好きな≪無責任男≫は、植木等さんが懸念したような品位や品格を汚すものではないと私は理解し、今でも心から感謝しています。

人間関係で孤立しようと、仕事で大失敗したり、人生でどんなに窮地に追い込まれようとも、前向きで積極的に何度でも一生懸命に挑み続ける姿は、植木等さんの根が真面目ゆえに、かえってわざとらしくなく、現実性がありこれほどにベストな配役は他になく、まさに【神の愛=主イエス】が選んだ≪ライト・スタッフ(適任者)≫であったと感動します。

植木等さんの心には元来「人や社会を明るく励ましたい!」という【ビジョン:理想・夢・志】があったと私は思います。そして、自分の価値観や美意識では、当初はジャズ・ミュージシャンのギタリストを選びました。

それからの人生は様々な人物との出会いによって、「無責任シリーズ」「日本一シリーズ」に導かれていったと感じます。
自力で「絶対に勝ち取ってやる!」という野心や我執・我欲がなかったから、自分の品位や品格を守ろうとしたから、どんな立場になろうとも、下品にならず、人を傷つけず、常に「人や社会を明るくさせる!」【ビジョン:理想・夢・志】が実現されたのだと思います。

●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。本当に価値あるものは、むしろ、人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです(アインシュタイン)
●人間のうちに善をのばしてやり、彼らの心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが必要である(ヒルティ)
●人は自己を失わなければ、どんな生活を営んでもよい。自分の本領に留まるなら、一切を失ってもかまわない(ゲーテ)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ(箴言29-18)

「寅さん」で有名な渥美清さんにしても、彼自身が描いていた人生計画とは、異なっていたでしょうが、彼以外に「寅さん」を演じられた人はいなかったはずです。日頃の渥美さんは読書家で静かな生活を愛する人だったと聞きます。

二人に共通することは、与えられた役柄をいやがらず【目前の義務】として、忠実にやりとおした点です。そして彼等が演じた役柄は≪庶民のヒーロー≫です。

いつも前向きで【この世の勢力:富・権威・名声】とは無縁の【自主独立:自由・独立】で、誰をも受入れる【隣人愛】と強きに立ち向かいて弱きを助ける義侠心と人情に厚い人物です。

彼等自身の私生活が真面目で誠実であったからこそ、役柄が光っているのだと思います。役柄があまりにも現実離れしていても「うそっぽく」感じないのは、彼等が役柄になりきったというよりも、彼等自身が役柄を作ったからでしょう。

彼等の中にある可能性を引き出した制作関係者がいてくれたので、≪庶民のヒーロー≫がこの世に生まれたのでしょう。関係者の洞察力と先見性に感服し感謝します!

私たちも、多くは彼等と同様かもしれません。現実生活で与えられた立場の中に自分の≪可能性≫を引き出してくれてしかも【ミッション:使命・天職】に通じる、今日現在の自分だからこそできる!自分にしかできない!【目前の義務】が待っています!世界が私たちを待っています!私たちのの内にある眠っている隠れた【可能性】が待っています!

●世界はきみたちに大きく開かれている。どしどし遠慮なく進むがいい。大地は広々とつづき、空は広大無辺にひろがっている(ゲーテ)
●今日(こんにち)の人々よ、若い人々よ、今度は君たちの番が来ている!
われわれを踏み越えて行きたまえ。そして前進したまえ。
われわれよりもいっそう偉大で、いっそう幸福でありたまえ(ロマン・ロラン)
●未来は外からくるものではありますまい、未来は諸君らの裡(うち)にある(アンドレ・ジイド)
●未来!この未来を創造するものは諸君をおいて他にはないのです(ジイド)
●よき時代は天から降ってくるものではなくて、わたしたちが自分でつくり出すものです。それはわたしたちの心の中にあるものなのですよ(ドストエフスキー)
●未来は、“今、我々が何を為すか”にかかっている(ガンジー)
●きょうすぐに始めたまえ、勇気、実在、自尊、明確、高貴を目ざして君自身を鍛えることを 君自身の「人格」を固め広めるまでは休んではならぬ(ホイットマン)

【目前の義務】とは何でしょうか?それは対極の二面性があると思います。私は「マルタとマリア(ルカ伝10‐38~42)」のエピソードを連想します。

姉マルタと妹マリアの家庭に【主イエス】が訪問した時に、真面目なマルタは、おもてなしのためにと、せわしく立ち回り働きづめです。一方で、妹マリアは、【主イエス】の足元に座って、大切な【御言葉】に聞き入っていたのです。

姉マルタは自分だけが働いていることに納得が行かず、多忙で心を見失い、ついに【主イエス】に直訴する行動までも起すのです。

●マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。
「主よ、わたしの妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」(ルカ伝10-39)

これこそ私たち日本人の象徴マルタです!多忙なあまりに心失い、単なる「手段」を「目的」として暴走してしまう危険性だと思います。几帳面で真面目な≪他人本位≫な人々に向けて、【主イエス】は「【神の愛】に応じる態度」について優しく明確に説明してくれています。

●主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。
しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」(ルカ伝10-41~42)

妹マリアは【自己本位・エゴイスト】の象徴です。妹マリアこそ【自己中心】の私自身にとっては、私の代表です!私の憧れ・理想です!

妹マリアは、ただ【御言葉】【ビジョン:理想・夢・志】を直視するだけで終わったのでしょうか?違いました!マリアだからこそできる!名誉ある地位を得るのです!
マリアは勇気ある行動の人でした。いつも【御言葉】直視していたからこそ、マリアでなければ、誰も出来ないことを成し遂げるのです!

「ベタニヤで香油を注がれる」の行為です。(マタイ伝26-6~13、マルコ伝14-3~9、ルカ伝7-36~50、ヨハネ伝12-1~8)

【主イエス】は毎日朝から夕刻まで多くの人々を癒し救い福音宣教していました。聖書の記事では、夕食と宿泊のために立ち寄った、マルタとマリアの家で起こった出来事です。

一日中歩き回り、【主イエス】は砂まみれで足も泥だらけであった事でしょう。誰もが【主イエス】に救いと教えを求めることはしますが、誰よりも一番疲れている【主イエス】の事を、いたわり慰めて、疲れを癒そうなど、いつも一緒に活動していた十二弟子たちでさえも全く気づきませんでした。

そんな【主イエス】を憐れんで、当時身分が低く扱われていた女性の中、たった独りだけが【主イエス】の足を自らの涙と髪で洗い上げ、高価な香油によって体を清めたのです。

十二弟子の多くは、【主イエス】に選ばれた弟子でもない、身分の低い女性の分際で、しかも高価な香油ならば、貧しい人々のために役立てるべきで、【主イエス】のために使うのは、まるで無駄使いをしているかのように、女性を責めようとまでします。

【主イエス】はこの女性の態度こそ世界中で主の福音と共に永遠に語り継がれる記念すべきことであると賞賛します!

●全世界のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所ではこの女のした事も記念として語られるであろう
(マタイ伝26‐13、マルコ伝14‐9)

妹マリアは怠け者でも単なる空想家でもありません。本当に為すべきことならば、世間的常識や批判攻撃を恐れることなく決行できる【自由と愛の勇者】です!
以上の観点からまとめると;

【A面】≪マルタ的義務≫⇔「私でなければ誰もやらないであろう事をあえて引き受けて行うこと」
~他人本位の実践・結果重視

他人も自分にとってもイヤな仕事であり、時には見返り・報酬も見込めない立場を引き受けることかもしれません。または自分の経験や知識では未熟な未知な分野で周囲から見れば無謀過ぎるチャレンジであるかもしれません。

しかし、その【目前の義務】には共通の見込みがあります。自分が引き受ければ、自分以外の誰かが喜び、社会に役立ち、勇気や希望や感動を与えられる可能性が大いにあるということです。自分自身の満足よりも、隣人・社会への貢献の方が大きいともいえるでしょう。

そして、実はそのチャレンジこそが自分自身の可能性を新発見できるチャンスであり【ミッション:使命・天職】に通じる【試練・神の導き】であるとも言えます。

【B面】≪マリア的義務≫「私だからこそできる!進んで喜んでできること」
~自己本位の【ビジョン:理想・夢・志】直視

あくまでも自分の信じ望み愛する【ビジョン:理想・夢・志】直視なので、世間体や現実問題に左右されないように【神の愛=主イエス】から召命される自分の ≪出番≫が来るまで、着実に準備し続ける事が【目前の義務】であり、いつも目覚めて【ミッション:使命・天職】を待ち望んでいる姿、【ビジョン:理想・夢・志】実現を堅く信じて守り育てる≪姿勢≫で、隣人・社会に勇気や励ましを与えて貢献することも、大きな【目前の義務】といえるかもしれません。

この両面の【目前の義務】のどちらが自分にとってふさわしいかは、先ずは貴方自身がマルタ的かマリア的かによると思います。【主イエス】はマルタ的信仰もマリア的信仰も大切に愛されました。従って、両者が≪持ち味≫を活かして協力することを【神の愛=主イエス】は喜ばれるのだと思います。

私の印象では、日本は伝統的には≪自己本位≫(マリア信仰)よりも≪他人本位≫(マルタ信仰)を尊重するので、マルタ的義務の方が尊重されやすいと思います。

しかし、私は≪自己本位≫の≪マリア的義務≫である【ビジョン:理想・夢・志】直視の生活を守り続けることも大切だと思います。現に私は自分が一番大好きな!【エゴイスト】なので、≪自己本位≫の≪マリア的信仰≫で≪マリア的義務≫を守りたい人間です。

●あなたにゆだねられている尊いものを私たちの内に宿っている聖霊によって守りなさい(テモテ後書1‐14)
●あなた方も、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となってイエス・キリストにより、神に喜ばれる霊のいけにえを、献げなさい(ペテロ前書2-5

皆さんはどちらの≪生き方≫が自分らしいと思いますか?それとも、このような考え方自体に反対かもしれませんね。

しかし、いずれにしても、私たちが「これだ!」という心から満足できる【ミッション:使命・天職】に到達できるためには今日から着手できる≪目前の義務(自分の仕事)≫があることは確かだと思います。

●まちがいなく最も手近な義務だと認められることを常に行ない、それから先のことは静かに待っていること。そのような人に宿っている真理な霊は必要に応じて何でもその人に思い起こさせてくれる。だから、その人は前もっていろいろのことを熟考したり、心にとめておくことはいらない(ヒルティ)
●自分の仕事を知り、それを為せ。我々の大事な務めは遠くのほうにおぼろげにあるものを眺めていることではなくて手元にあって、はっきりしている事を行なうことである(カーライル)
●どんな大きな仕事であっても、それを細かに分けて、いつも手近なものだけを眼中に置くならば、それは小さな仕事をするのと同じになる(ヒルティ)
●大事業の端緒はまず目前の義務を果たすことなり(内村鑑三)

皆さんの人生においても、素晴らしい【ミッション:使命・天職】に出会えるために、先ずは≪目前の義務:仕事≫を見事にやり遂げて、苦しく悩みのある時には【神の愛=主イエス】に助け導いてもらい、着実に前進し続けましょう!

●【神助】(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じてすべての善き物をもって 汝を恵まん。
⇔ ★天来の思想
★外来の友人
★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。汝は信仰をもって神の力を汝の力となすをうべし。
●我々は神の命じ給う道を歩いていれば日々その務めと力とが自ずから与えられる。特にそれを得ようと思い煩うことはいらない。ただ、それを受け入れて実行すれば善い(ヒルティ)

様々な現実問題に直面しても、時には失敗や苦境に陥っても、そのおかげで新しい出会いや自己発見を得ながら、自分の可能性を高め続けて、【神の愛=主イエス】の導きで、必ずや【ミッション:使命・天職】に到達することを心より応援しています!

●なおも神の御手と御心にさからわず
勇気と希望を少しも捨てぬ。
私は静かに耐え真っ直ぐに前進する(ミルトン)
●神の側に立とうと決心するが良い。次にはあなたの力と個性に合わせてあなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
その人は倒されてもまっさかさまに倒されはしない。
主がその手を支えておられるからだ(詩篇37‐23~24)
●多くの人が沢山の涙と大変な労苦を重ねて、やっと得たものを、お前はすぐに得ようと欲するのか。
主を待ち望みなさい、雄々しく振る舞い、勇気をしっかり持っていなさい。孤疑せずに、逃げ出さずに、心身をいつも変わらず神の栄光へとささげなさい(トマス・ア・ケンピス)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

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田中 聡(さとし)
【2010年8月15日に作成した<第531回>に加筆】
◇◇The few,The proud<誇り高き少数勢力>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★PJニュースhttp://www.pjnews.net/ の「オピニオン<検索番号698>」掲載記事に加筆★★
■乱世における「少数勢力」の意義について考える。【PJニュース 2010年8月13日】

あらゆる分野で戦後体制が崩壊している混迷大波乱の現代日本社会ではマス・メディアや
政界・言論界を中心にした敗戦利得勢力が最後の既得権益抗争に明け暮れています。

幕末期のように、もはや旧体制となりつつある戦後体制の価値観や世間的常識に基づく
多数決や多数派意見に従うことは国難の危機を深めるだけだと思います。

●投票箱より正義は生まれず(カーライル)

現代日本の<救国:日本民族精神復興&国家再建>に決起して、戦後体制で生まれた自虐歴史観や
唯物的価値観や世間的常識を打破して、日本民族として【自主独立精神:自由・独立】への
原点回帰と未来志向の新価値を打ち立て新時代を切り拓くには、世間的に愚か者や
異端扱いされる少数勢力<少数意見・異論>と思われようとも、自ら信愛する【ビジョン:
理想・夢念・大志】を<旗印>に高く掲げることが有効だと考えます。

●大いなる事業が完成されるためには、ひとつの精神があれば足りる。千の手を動かすために
 (ゲーテ)
●すべて偉大なことは、小規模に少人数から始まるものだ。あなたはそれを
 覚悟しなければならない。そして、子供たちを教育するにも彼等が少数派に
 属することを平気なように導かねばならない(ヒルティ)
●人数が少ないからといって世界を変える力はないと侮るなかれ。
 世界を変えてきたのはまさしく少数の力なのである(マーガレット・ミード)

ご存知のように、米国の軍隊組織が世界最強である理由の一つは、陸・海・空軍と
独立した少数勢力の「海兵隊」があるからだと言われています。陸・海・空軍の部隊を
使わず、まず危険な最前線に先陣を切って道を切り拓く「海兵隊」は、自らの立場を
「The few,The proud(,The Marine)<誇り高き少数精鋭>」をキャッチ・フレーズに
しているそうです。

内外共に直面する日本民族の国難危機を克服するために、国民多数が巻き込まれる武力戦争に
巻きこませないために、たとえ世間から理解されない少数勢力であっても、自己の
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<世の光><人生の旗印>として高く掲げて、
【救国:日本民族精神復興&国家再建】に決起する<大義・使命感>を誇りにThe few,The proudの
心意気で勇進しましょう。皆さんの活躍を心より応援しています!

●君の呼びかけに、だれも答えないならば
 君よ、我が道を一人征(ゆ)け
 皆が恐れを抱いて沈黙するならば
 君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ」(タゴール)
●暗い嵐の夜に
 だれも松明(たいまつ)に火をつける者がなく
 扉をたたく君に
 だれ一人として応じる者がいなくとも
 君よ、失望してはならない
 雷(いかずち)が激しくとどろくなかで
 我が心の松明に火をつけ
 一人、暗闇(くらやみ)のなかで火を燃やせ」(タゴール)
●多くの人によるのであっても、少数によるのであっても、
 主の救い<勝利>の妨げとなるものは何もない(サムエル前書14-6)
●神の声は常に世論に反対す〈内村鑑三)
●キリストは少数である。福音は少数の意見である(内村鑑三)
●神は大事を為すにあたって多数の勢力をもってせずして単独の勢力をもってし給うた
 (内村鑑三)
●小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる(ルカ伝12-32)
●詩人ダンテいわく、「余は余一人にて一党派を樹立せん」吾人は神と結ぶべし、
 人と同胞すべからず、神我と共にありて我はひとり全世界と相対して立つを得べし
(内村鑑三)
●エホバは救うに剣と槍を用い給わず、そは戦いはエホバによればなり
(サムエル前書17-47)
●その時、われらの五人は百人を追い、われらの百人は万人を追うべし(レビ記26-8)


それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい!
May grace and peace be with your spirit.
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田中 聡(さとし)



◇◇【聖書】は最も身近な【愛する対象】!◇◇
2005年3月11日に作成した<第366回>に加筆】<改訂版・再掲載>

●聖書はすべて真理によって作られた、その精神でもって読まれるべきである(トマス・ア・ケンピス)
●聖書は全て神の霊感を受け導かれ書かれたものであり、人に教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である(テモテ後書3-16)
●聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈するべきではないことを、まず第一に知るべきである。なぜなら、預言は、決して人間の意志から出たものではなく、人々が聖霊に感じ導かれて神によって語ったものだからである(ペテロ後書1-20~21)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは。ご愛読に感謝します!

【聖書】に対する第一印象は一般的には「難解すぎる」「時代遅れ」「説教くさい」「机上の空論」などではないでしょうか。

にもかかわらず、【聖書】は世界最大の翻訳本であり、時代を超えてのベスト・セラーであり、自由で民主的な国ならば発禁本でなく、いつでも身近に手軽に入手できる地位にあります。誰かが必要性や意義を認めているからだと思います。

★【有名人の聖書観】    
●私の生涯に最も深い影響を与えた書物は聖書である(ガンジー)
●私が獄につながれ、ただ一冊の本を持ち込むことを許されるとしたら、私は聖書を選ぶ(ゲーテ)
●聖書は、神が人間に賜った最も素晴らしい賜物である。人間にとって望ましいものは全て聖書に含まれている(リンカーン)
●聖書の存在は、人間がかつて経験したうちで最も大きい恵みである(カント)
●聖書を教えない単なる教育は、無責任な人に鉄砲を渡すようなものである(T.ルーズベルト)
●いかなる世界の歴史におけるよりも、聖書の中には、より確かな真理が存在する(ニュートン)
●聖書は単なる書物ではない。それに反対する全てのものを征服する力をもつ生き物である(ナポレオン)
●聖書は古いものでもなければ、新しいものでもない。聖書は永遠のものである(ルター)
●聖書はかつてこの世に存在した、あるいは存在するであろう書物の中で最高のものである(ディケンズ)
●私は95人の現代の世界的偉人を知っているが、そのうちの87名は聖書を奉ずる者である(グラッドストーン)
★聖書は世界で最も・・・
    よく売れている      ~  年間2億5400万冊 
    翻訳されている      ~  2062言語
    人類に影響を与えた  ~  民主主義、各国の法律、女性の地位、芸術・文化             (出典:1997年の上智大学フローレス講師の講義資料より)

私自身も身近な【聖書】に近づくまでに遠回りをしました。高額な自己啓発セミナーや成功哲学全集テープやカリスマ指導者に傾倒したり、比叡山の千日回峰行者と寝食を共にしたり、「真理」「自己発見」を求めてさまよい歩き求め続けた人生でした。

日常はサラリーマン生活で飲み歩き、日々多少は自己反省しながらも、問題先送りにして「バブル景気」の時流に乗って生きる人生でした。「真理」「自己発見」を心から望んでいても、クリスチャンでない我が家にも、誰からも忘れられ気づかずにに静かに一時を待っていた一冊の【聖書】に近づく事はありませんでした。

現在の私の生活環境では、もはや高額なセミナーに参加することや、高額な成功哲学テープを購入することは不可能でしょう。しかし、【聖書】ならばどんな生活状況でも入手できます。

私は定価で購入したのは旧約聖書(新改訳)だけであり、新・旧約(文語訳)、新・旧約(英語訳)、新・旧約(新世界訳)、新・旧約(新共同・口語訳)、聖書辞典など、全ては古本屋で定価の半額以下、時には百円で新品同様で購入できました!

もし、古本屋でも見つからないならば、キリスト教系病院に行けば「新約聖書」は国際ギデオン協会のおかげで無料入手できます。
インターネットを探せば無料配布している団体もあります。先日紹介した「J-netばいぶる」なら辞書付き検索付きで1,050円で入手できます。

【聖書】はいつでも私たちの身近にいてくれ、私たちが求めさえすれば、いつでも歓迎して待ち受けていることを安心してください。
特別な資格も事前準備も一切不要であり、貴方自身が【聖書】を受け入れ入手する!という勇気ある【自由意志と決断】だけあれば、誰でも無条件で【神の愛の無償ギフト】を得られるからこそ【福音・GOOD NEWS】なのですね。

【聖書】もまた【神の愛=主イエス】【神の愛の力=隣人愛】同様に、私たちを信頼して忍耐強く見守り続けていることは<歓喜!感動!感謝!>です!

多くの場合、せっかく【聖書】が身近にあっても、触れることも読むこともせずに、書棚や机の中に放置されたり忘れ去られたままに、日常の多忙な生活に追われて何年も過ごすこともあるでしょう。

しかし、安心してください!【聖書】は貴方の身近に<いつも一緒!>で、貴方自身が購入したり招き受け入れた【聖書】ならば、貴方の人生を正しき方向へと導く【羅針盤】となっていてくれるのです!

●聖書は単なる書物ではない。それに反対する全てのものを征服する力をもつ生き物である(ナポレオン)
●聖書は全て神の霊感を受け導かれ書かれたものであり、人に教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である(テモテ後書3-16)
●真理を証するもの三つあり、すなわち天然と人と聖書(内村鑑三)

【聖書】は理解し読み解くのは霊的成長するのに意義深く重要ですが、それよりも先ず無条件に心から信頼する【真の友】であり、【人生の伴侶】であり、【神の愛=主イエス】に従う【同労者・同志】として霊的にI活きる【愛好する人格的対象】と私には実感できます!

つまり、完全理解してから受け入れるような【信じる対象】ではなく、動植物や天然の美しさに感動し憧れ愛するのと同じように、日々成長して続けている【霊的生命】であり、<自由意志>までも持っている【人格的存在】であることを私は実感できます!

●聖書は古いものでもなければ、新しいものでもない。聖書は永遠のものである(ルター)
●聖書はかつてこの世に存在した、あるいは存在するであろう書物の中で最高のものである(ディケンズ)

人生の【どん底】の失意と自己不信にあって、友も去り、家族からも見捨てられ、世間で孤立無援の中にあっても、貴方が入手した【聖書】だけはいつも貴方と一緒です!【聖書】は【聖書】に触れ、開き、読み手である貴方を信頼しいつも愛し続けているからです!

●私の生涯に最も深い影響を与えた書物は聖書である(ガンジー)
●私が獄につながれ、ただ一冊の本を持ち込むことを許されるとしたら、私は聖書を選ぶ(ゲーテ)
●聖書は、神が人間に賜った最も素晴らしい賜物である。人間にとって望ましいものは全て聖書に含まれている(リンカーン)
●聖書の存在は、人間がかつて経験したうちで最も大きい恵みである(カント)

皆さんが既に自分専用の【聖書】を手元に所有しているならば、たとえ今日現在難解で無用でも大切に保管して下さい!

もし、今日現在貴方専用の【聖書】がないならば、すぐにでも一冊の貴方だけの【聖書】を入手することを心からお奨めします!

神社のお守りや仏壇や神棚のように、占星術、高島易、風水、成功哲学書、処世術本のように、貴方の生活の一部として身近に【聖書】があることを心より願っています!

●あなたの若い日にあなたの創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また、『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に(伝道の書12‐1)
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。主を知るは智恵の初めである。神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し(内村鑑三:ホセア書4‐3)
●聖書には、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてある。ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、同じ主が、すべての人の主であり、御自分 (主)を呼び求めるすべての人を豊かに恵み深くあられる。なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである(ロマ書10-11~13)
●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。どうか、忍耐と励ましと慰めの源である神が、あなた方に、キリスト・イエスにならって互いに同じ思いを抱かせ、 心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえあがめさせて下さるように(ロマ書15-4~6)

貴方の人生で【聖書・御言葉】が【最愛の存在】となって、【聖書】と共に【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げる【ミッション:使命・天職】に活躍される事を心より応援しています!

●なんという書であるか。世界だけそれだけ広くかつ大きく、造化の根底に根ざし、
 青空の密室にまでそびゆ。日の出と日の入りと、約束と成就と、生と死と、
 人類のすべての理想とはこの書の中にあり(ハイネ:内村鑑三訳)
●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、我が命じ遺(おく)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。 そのように、わたしの口から出るわたしの言葉もむなしくは、わたしのもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす(イザヤ書55-10~11)
●人をして衆人の誹毀(ヒキ)に対し、自己の尊厳と独立とを維持せしむるにおいて、無比の力を有するものは聖書なり(内村鑑三)
●真理のみよく人を救うをうべし、聖霊のみよく人を神の子となすをうべし。聖書の深き研究と聖霊の親しき交際(まじわり)とをおいて他に人を救う道は存ぜざるなり(内村鑑三)
●人類のあらゆる発見は、聖書に収められている真理をいよいよ強く証拠立てる(ハーシェル)
●キリスト教は奇蹟の宗教である。それだけでなく聖書から、もし奇蹟を除くなら、
 聖書は皮の2枚だけが残るだろう(内村鑑三)
●聖書は信仰の本であり、教義の本であり、道徳の本であり、宗教の本であり、神からの特別の
 黙示の本であるが、人間自身の個人的責任、人間自身の尊さ、同胞との平等を教える本でも
 ある。(ダニエル・ウェブスター)

ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)