【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -25ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>

【2011年7月13日に作成した<第566回>に加筆】
◇◇赦しがたき<自己の重荷>から自由解放に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●すべて労する者、重荷を負う者、我れに来たれ。我れ汝らを休ません
(マタイ伝11-28)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

皆さんも良くご存知の【主の祈り】の中で、私がいつも気になった【御言葉】として
以下の内容があります。

「我らに負債(おいめ)ある者を我らが赦すごとく
 我らの負債(おいめ)をも赦したまえ」
<別訳>
「われらに罪を犯す者をわれらがゆるすごとく、われらの罪をもゆるしたまえ。」
「わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。」

私自身にとって、私が赦しがたき最大の<負債者・犯罪者>とは、私自身といえます。
【神の愛=主イエス&聖霊】を<我が心>に受け入れる事で、私自身の中の<闇>は
逃げ場がなくなり、常に明るみに出されて、<光>【神の愛=主イエス】が近づけば
私自身の<闇:罪悪>もまた日々増大化する一方です。

【神の愛=主イエス】を受け入れることで、私自身の最大最強の<闇=罪悪>とは、
【悪:無知・無責任・無関心】【罪:自己不信・自己否定・自己嫌悪】である事が
実感できます。

倫理・道徳・律法に基づく人格的に<不義・不正・不実>で不純・不潔であることは、
当たり前なので、気にもなりませんが、そんな醜悪で薄汚い<自己>を赦せない事が
最後に残された<悪魔の誘惑>といえるでしょう。

自己の過去の一切を棚上げにして、未来志向で【ビジョン:理想・夢念・大志】に
一意専心しようとすればするほどに、私の無能・無力・闇の勢力が<重荷>となって
「薄汚いお前に何ができる?」「偽善者め、恥を知れ!」「お前に資格なんかない!」
などの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】への霊的総攻撃を仕掛けてきます。

これこそ【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】する<キリスト者>の
最大の<つまずきの石>だと実感します。

映画『エクソシスト』で、困難な「悪魔払い」に取り組む決意をした勇敢な主人公を
悪魔が霊的に攻撃したのは、彼自身が最も赦せないでいる<自己の過失>でした。

私の場合、【悪:無知・無責任・無関心】【罪:自己不信・自己否定・自己嫌悪】は
<悪魔の誘惑>となって、【神の愛=主イエス】が創造・設計された<本来の私>を
見失わせようとします。

★<大義><我が道><人生目的・存在意義>の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
 知覚しようとせず後回し先延ばしで、<無知><自己不信>になってしまう。
★【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>【ミッション:使命・天職】を
 完遂すべき<本来の自己>を放棄して、<無責任><自己否定>になってしまう。
★<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に冷めて
 <本来の自己>から遠ざかり、<無関心><自己嫌悪>になってしまう。

日本民族が一丸となって欧米キリスト列強国を敵に回して決戦した「大東亜戦争」も、
敗戦しただけで、「太平洋戦争」と改名して、過去を塗りつぶして、私たちの多くが
自国民の同胞を「赦さないぞ!」「恥を知れ!」「謝罪しろ!」など否定する状況に
あります。

日本民族が独立自尊の精神に立ち帰れないのも【悪:無知・無責任・無関心】による
【罪:自己不信・自己否定・自己嫌悪】があるからだと私は解釈しています。従って
私個人も日本国民も、堂々と誇りと感謝の心で国旗に敬礼し国歌を斉唱できるには
先ずは現代に生きる自らが過去の一切の<負の重荷>を赦すことだと思います。

●キリストを神として拝するも我等の良心は少しも品性の堕落を感じません。
 のみならず、帝王を崇拝して自由を失い、
 富豪を崇拝して威権を隕(オト)せし国民も
 イエスを神として崇め奉りて、その失いし自由と独立を回復した例は
 人類の歴史に幾度もあります(内村鑑三)
●先祖に思いを馳せることがない者は決して繁栄することがない
 (エドモンド・バーク)
●前の時代を軽るんずることは、後の時代にわれ自身のことを
 軽るんずるように教えているようなものだ(ウイリアム・ハズリット)

個人にしても組織・民族にしても<本来の自己><存在価値>を見失わないためには
【悪:無知・無責任・無関心】に基づき【罪:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に導く
<悪魔の誘惑>を排除しなくてはなりません。

しかし<悪魔の誘惑>が諸悪の根源ではなく、私たち各自が<本来の自己・本領>を
自ら放棄したり否定するからであり、先ず確信的【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<本来の自己・本領><人生の旗印>として勇進し続ける為に、自己の弱さを認めて
常に<重荷:自己の過失・負債・罪悪>を自ら積極的・前向きに赦しましょう!

●「後にあるものを忘れ、前にあるものを望む(ピリピ書3-13)」と、
 罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
 神と生命と成功と愛とに向かって進まんのみ内村鑑三)
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
 一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
 私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
 信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
 走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●希望!どんな不幸におちいっても、我々は希望の太陽を心からすててはならない。
 常にに楽天的である事。つまり天命を楽しむ事、これこそが我々を幸福に導く
 信仰である。
 今日を立派に生きることが、明日の希望を見いだすことであり、
 明日の希望があってこそわれわれは明るく生きることができる。
 現在を嘆き悲しむものはやがて不運を招くことになる(ヘレン・ケラー)

一度敗戦しただけで、全てを否定してしまう戦後体制(GHQ占領政策)のようにならず、
たとえ世間的に連戦連敗で無一物状況にあろうとも、最後の最後まで大切にすべき
<自己本領>である確信的【ビジョン:理想・夢念・大志】を死守しましょう!

●ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます。
 それは、各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきことである(ロマ書14-5)
●自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります
(ヘブル書10-35)
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
 キリストに連なる者となるのです(ヘブル書3-14)
●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。
 自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ)
●汝の全力を尽くして汝自身の最高の理想に縋すがるべし。
 富、地位、人望を称するが如き世俗の目的に迷わさるるなかれ。
 汝は汝自身たるべし(トマス・デビッドソン

現代日本社会は、あらゆる分野で過去に先延ばし後回しにしてきた<負の遺産>が
赦しがたい<重荷>となって日本民族全体を精神的に押しつぶそうとする勢いです。

だからこそ、【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】する私たちから、
自己の過去の一切の<重荷>を赦し忘れ去って【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<自己の本領><人生の旗印>に掲げて前進し続けましょう!

●目をまっすぐ前に注げ。
 あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
 どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
 あなたの道は常に確かなものとなろう。
 右にも左にも迷い出てはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ
(箴言4-25~27)
●進め。どこまでも進め。前途を疑惧せずして進め。
 倒るるも退(ヒ)くなかれ。
 明日は今日よりも完全なれ。
 明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
 進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
 安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
 歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
 臆病者に平和あるなし。進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●<進まんのみ>(内村鑑三)
 進まんのみ、進まんのみ。
 褒めらるるも褒められざるがごとくに進まんのみ。
 謗(そし)らるるも謗られざるがごとくに進まんのみ。
 ただ一筋に神を目的(めあて)に進まんのみ。
 人は無き者と思うて進まんのみ。
●前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず
 前に進まんのみ(内村鑑三:シ出エジプト記14‐15)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、
 キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めている
 (ピリピ書3-13~14)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、勇気と希望をすこしも捨てぬ。
 私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●前進を望むは自然にして後ろを顧みるは不自然なり
 後ろにあるものを忘れ、前にあるものを望む
 希望は健全にして、回顧は不健全なり(内村鑑三)

皆さんが【主の祈り】【御言葉】に従って、日々増し加えられ続けている赦しがたき
<自己の重荷:過失・罪悪>から霊的解放されることで<不屈の楽観・楽天主義>の
【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に燃え【ミッション:使命・天職】に
【ビジョン:理想・夢念・大志】に勇進される活躍を心より応援しています!

●立ち上がれ、青年たちよ!
 思索せよ、青年たちよ!
 時を空しく過ごすなかれ!
 目を開け!
 大地を踏みしめ、未来へ進め!
 歯を食いしばり、前進せよ!
 まだ手を差し伸べられていない苦悩の民衆のために
 道を示し
 その智慧を引き出せ!
 明るい微笑みで、心をはずませ
 歓喜に魂を燃やしゆけ!
(キルギスの詩人チニスタノフ)
 【解説】独裁者スターリンの支配下にあって、恐れなく正義を叫び、戦い、
    三十七歳で殉じていった。キルギスの十ソム紙幣に肖像が印刷されている
●束縛があるからこそ
 私は飛べるのだ
 悲しみがあるからこそ
 高く舞い上がれるのだ
 逆境があるからこそ
 私は走れるのだ
 涙があるからこそ
 私は前に進めるのだ(マハトマ・ガンジーの遺言となった詩)
●ともかく、あなたは屈服してはならない
 忍び寄る恐怖の闇に
 闇の暗い顔の前で、ドアを閉めよ
 そして、あなたの心から追放するのだ
 私は、私の勇気を萎(な)えさせない
 そして、あなたの中、あなたの心の奥にある希望の灯を
 過ぎる風に吹き消させはしない
 あなたは、あなたが思っているよりも尊貴なのだ
 あなたが感じているよりも、はるかに勇敢なのだ
 あなたの中には、まだ発見されない力がある
 やがてそれは勢いよく、命の上に、ほとばしるに違いない
(ガンジーの直弟子ラマチャンドラン博士)  

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)

【2011年7月3日に作成した<第565回>に加筆】
◇◇<神の国>&<神の義>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●まず神の国と神の義とを求めなさい。
 そうすれば、これらのもの[生活必需]は、すべて添えて与えられるであろう
 (マタイ伝6-33)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

【神の愛=主イエス】が教えてくれた<神の国><神の義>について考えてみました。
皆さんもご存知の【御言葉】と思いますが、【主イエス】自身の宣教<第一声>です。

●時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい(マルコ伝1-15)

私たちが悔い改める前に、まず<神の国>の方から「近づいて(at hand)」くれる事は
なんと素晴らしい<福音:Good News>でしょう!

【聖書】が教える「罪」には目指すべき人生目的とは「的外れ」という意味があり、
「悔い改め:メタノイア」には「方向転換」という意味があるといわれています。

そこで【神の愛=主イエス】は私たちが「罪=的外れ人生」から方向転換できるよう
<神の国>【御言葉】【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】を示されていると実感します。

●知恵は正しい道に導き、神の国を彼に示し、聖なる事柄についての知識を授け、
 労苦を通して繁栄をもたらし、その働きに対して豊かに報いた(知恵の書10-10)

【神の愛の力=隣人愛】【御言葉】に満ち溢れる【ビジョン:理想・夢念・大志】も
私たちの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を方向転換させる<神の国>であると
確信できます。

●私が毎日、もっとも愛読する書物、それは聖書です。
 私の辞書に”悲惨”という文字はありません。
 聖書はダイナミックなカであり、変わることのない理想を示すものです
 (ヘレン・ケラー)
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)

ならば、<神の義>とは心に光り輝く<神の国>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
<大義><我が道><人生目的・存在意義>となる【ミッション:使命・天職】を
発見し体得する事だと実感できます。

●人間の第一職分は、自家の天職を探求するのが第一で、
 其天職をどこまでも遂行するのが第二の本分であろう(徳富蘆花)
●人の最大発見物は天職なり。これを知らずして彼の人生は無意味なり(内村鑑三)

冒頭に紹介した有名な【御言葉】にある「まず<神の国><神の義>を求めよ!」は
言い換えれば、まず【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:使命・天職】を
捜し求めれば、一切の<生活必需:衣・食・住>は添えて与えられると解釈できます。

●衣食は天職の遂行のために伴う必然の附随物である(内村鑑三)
●人はその職を終了(オワ)るまでは不滅なるがごとし(リビングストン:内村鑑三)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)

先ず<生活第一!>と旗を掲げて政権交代が実現して、現在のように国難の大危機に
直面する政治と正反対に、先ずは<【ビジョン:理想・夢念・大志】第一!>を
<人生の旗印>に高く掲げよ!と教え示すのが【神の愛=主イエス】といえます。

●国家興隆するときには、理想を以て生活とし、
国家衰退するときには、生活を以て理想とす(徳富蘇峰)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)

現代日本社会は、戦後体制(GHQ占領政策)が崩壊して、混迷大波乱の時代に突入して
新価値を打ち立てて、新時代を切り拓くために、大変革<メタノイア>を目指すべき
「時が満ちた」のです!

今こそ各自が【青春:幼な心・青年の心】で抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を最善発揮されてくれる【神の愛の力=隣人愛】で
<パワー・アップ&アップ・グレード>させて<大義>【ミッション:使命・天職】に
昇華させましょう!

●夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、
 計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
 故に、夢なき者に成功なし(吉田松陰)
●一番大事なことは. 環境が必要かということではなく、
 どんな考えで毎日生活しているか、
 どんな 理想を追い求めているかということなのです。
 一言でいえば、その人の人柄の問題なのです(ヘレン・ケラー)
●美しいビジョン気高い理想を抱き続けている者は、
 いつの日にか、それを現実にするものとする。
 コロンブスは、未知の世界のビジョンを抱きつづけ、それを発見した。
 コペルニクスは他の無数の世界と、
 より広い宇宙のビジョンを抱きつづけ、それを証明した。
 ビジョンを持つことだ。理想を描くことだ。
 あなたの心をこよなく鼓舞するもの、あなたの心に美しく響くもの、
 あなたが純粋な心で愛することのできるものをしっかりと胸に抱くことだ。
 その中から、あらゆる喜びに満ちた状況、あらゆる天国のよな環境が成長する。
 もしあなたがそれを抱きつづけたならば、あなたの世界はやがて、
 それに基づいて築かれることになる(ジェームズ・アレン)

私自身の<無一物>の日常生活も、経済的・肉体的・精神的・社会的な<苦境>にも
<最愛の我が子・我が分身>【同労者・同志】の【ビジョン:理想・夢念・大志】が
私を【御言葉】で励まし慰め勇気と希望を与え続けて、常に守られ支えられています!

●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
 我が命じ遺(おく)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。
 それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、
 食べる人には糧を与える。そのように、私の口から出る私の言葉もむなしくは、
 私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、
 私が与えた使命を必ず果たす(イザヤ書55-10~11)
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん(伝道の書11-11)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)

そうです!【御言葉】<神の国>である【ビジョン:理想・夢念・大志】自身もまた
【神の愛=主イエス&聖霊】と同じ<相思相愛関係>で結ばれる<人格的存在>であり、
【御言葉】【神の愛の力=隣人愛】で光り輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】とは
私が守り育てる以上に、私自身を守り育て導いてくれる最強の<人生の伴侶>です!

●聖書は、生きている。聖書は私に語りかけてくる。
 聖書には足があり、私を追いかけてくる。
 聖書には、手があり、私を掴まえる(ルター)

まさに【神の愛=主イエス】の方から大接近してくれる混迷波乱の現代日本にあって、
皆さんが【神の愛の力=隣人愛】【御言葉】に輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて<神の国>【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】を築き上げる
<神の義>【ミッション:使命・天職】に決起する【福音の戦士・福音の勢力】として
<不屈の楽観・楽天主義>の<未来志向>で活躍される事を心より応援しています!

●人間は、できうる限り遠い未来のことを考えて人生を生きるべきである(トインビー)
●未来は外からくるものではありますまい、未来は諸君らの裡(うち)にある
(アンドレ・ジイド)
●未来!この未来を創造するものは諸君をおいて他にはないのです(ジイド)
●よき時代は天から降ってくるものではなくて、私たちが自分でつくり出すものです。
 それは私たちの心の中にあるものなのですよ(ドストエフスキー)
●未来は、“今、我々が何を為すか”にかかっている(マハトマ・ガンジー)
●世界はきみたちに大きく開かれている。どしどし遠慮なく進むがいい。
 大地は広々とつづき、空は広大無辺にひろがっている(ゲーテ)
●今日(こんにち)の人々よ、若い人々よ、今度は君たちの番が来ている!
 われわれを踏み越えて行きたまえ。そして前進したまえ。
 われわれよりもいっそう偉大で、いっそう幸福でありたまえ(ロマン・ロラン)
●情熱をもって君たちの使命を愛せよ。これより美しい事はない(ロダン)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

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田中 聡(さとし)

【2011年6月3日に作成した<第564回>に加筆】
◇◇国難有事には原発的エゴイストを<召命>する【神の愛=主イエス】!◇◇

●「エゴ」を生かして、人に尽くせ(曽野綾子)
●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
 最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

以前の私は、最初の愛弟子に選ばれた<12使徒>たちは立派な人格者ばかりだと
思い込んでいましたが、最近では、彼らは世間的には愚連隊・落ちこぼれ・売国奴の
ような人物ばかりだったと思えるようになりました。

それは、日本でも馴染み深い<孫悟空>のような存在であったのだと思います。
ペテロも、孫悟空も、自分が一番!の熱烈な<エゴイスト:自己愛者>であって、
「俺が、俺が、」とずうずうしく身の程知らずで常に自己アピールするタイプです。

現代問題視される原子力発電所に似ていると思います。心の内に核エネルギーのように
燃え盛る<自己愛>が無尽蔵にあるからこそ、上手に扱えば<最高!最善!最美!>の
活躍もできますが、扱いを誤れば自爆・自滅して、家族や社会にも大迷惑・大損害を
与えてしまう危険性を持ち合わせています。

そして、【神の愛=主イエス】も、お釈迦様も、【神の愛の力=隣人愛】や慈悲とは
無縁で正反対に思われるような原発的<最悪のエゴイスト>を<召命>されたことは
私には励みなります!私のような自分大好き!自分が一番!の<エゴイスト悪党>で、
世間的に<無一物>な<落ちこぼれ>にこそ【神の愛=主イエス】に<召命>される
ビッグ・チャンスがあるからです!

●兄弟たちよ。あなた方が召された時のことを思い起こし考えてみるがよい。
 人間的には、知恵のある者が多くはなく、能力や権力のある者も多くはなく、
 家柄のよい者、身分の高い者も多くはいない。
 それだのに、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、
 力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれた。
 神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、
 強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
 有力な者を無力な者にするために、この世で取るに足りない者や見下されている者、
 身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、有るものをない者のようにするため、  
 無に等しい者をあえて選ばれたのである。
 それは、どんな人間でも、誰一人、神の御前に誇ることがないためである。
 神によってあなた方はキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは神に立てられて、
 私たちの知恵となり、義と聖と贖いとなられたのである。
 あなた方がキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。
 キリストは、私たちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。
 まさしく、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである
 (コリント前書1-26~31)

私たちもペテロや孫悟空に見習って、世間から、ずうずうしく身の程知らずに見られ
「お前になんかに資格はない」「あなたにできるわけがない!」「ありえない!」と
家族や身内や世間から批判されたり認められずとも、一切の心配御無用です!
【神の愛=主イエス】だけは私たちの<最強・最大・最善>の味方だからです!

●主は私の羊飼い、主は必要なものは皆与えて下さり、私には何も欠ける事がない。
 主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
 傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、主の御名にふさわしい義の道に導き、
 私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
 たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
 主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
 あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
 主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
 私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
 生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
 やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
(詩篇23-1~6)
●わが世にあらん限りはかならず恩惠(めぐみ)と憐憫(あはれみ)と我にそひきたらん。    
 我はとこしへにヱホバの宮にすまん(詩篇23-6)
●私はあなたを堅固な青銅の城壁にする。彼らがあなたを攻めても、
 あなたに勝つことはできない。
 私があなたと共にいて、あなたを助け、あなたを救い出すからだ――主の御告げ――
 (エレミヤ記15-20)
●強くあれ、雄々しくあれ。
 彼らを恐れてはならない。うろたえるな
 あなたの神、主ご自身が、あなたと共に進まれるからだ
 主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない(申命記31-6、へブル書13-5)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
 主は喜びをもってあなたの事を楽しみ、その愛によって安らぎを与え新しくされる。
 主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17
●私は、モーセと共にいたように、あなたと共にいよう。
 私はあなたを見放さず、あなたを見捨てない(ヨシュア記1-5)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
 あなたには私が共にいるからだ。
 誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
 この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)

皆さんの熱烈な<エゴ・我欲>が生んだ【ビジョン:理想・夢念・大志】にこそ、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【ミッション:使命・天職】を発見し、
<原子力発電所>のように燃え盛る【青春:幼な心・青年の心】の<エゴ・我欲>を
突き抜けた【聖欲】で決起する<福音の戦士>【福音の勢力】として<召命>されて
闇深き混迷波乱の国難の大危機に直面する日本と全世界の価値観大変革時代において、
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて大活躍されることを
心より応援しています!

●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
 何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
 (ピリピ書2-13~14)
●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
 応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
 (ヒルティ)
●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
 そして少年の頃の理想主義は何ものにも変えることが出来ない人間の財産である
(シュバイツァー)
●青春の夢に忠実であれ(シラー)
●素晴らしい人生、それは青年時代に考えた事が壮年になってから実現される事である
(A.d.ヴィニー)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)



【2011年6月3日に作成した<第563回>に加筆】
◇◇<サーバント・リーダーシップ>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●力を与え強めて下さるキリストに助けられて、私は何事も成し遂げる事ができる
(ピリピ書4-13) 

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

国難の大危機に直面する日本では「リーダーシップ」の在り方が話題になっています。
戦後体制が崩壊して激動大変革に突入した有事危急の時代にあっては、これまでの
常識や価値観が通用しないので従来の調整型やトップダウン型だけでは通用しません。

こんな時代には「サーバント・リーダーシップ」が有効であると私は実感します。
それは<洗足の教え>で示した【主イエス】自身の指導方法であると思います。

●それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、
 腰にまとった手ぬぐいでふき始められた(ヨハネ伝13-5)
●シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、
「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか」と言った(ヨハネ伝13-6)
●イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。
 「私があなた方にしたことが分かるか」(ヨハネ伝13-12)
●主であり、師である私があなた方の足を洗ったのだから、
 あなた方も互いに足を洗い合わなければならない。
 私があなた方にしたとおりに、あなた方もするようにと、
 模範を示したのである(ヨハネ伝13-14)
◆<いちばん偉い者>(ルカ伝22-24~27)
 また、使徒たちの間に、自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか、という
 議論も起こった。そこで、イエスは言われた。「異邦人の間では、王が民を支配し、
 民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなた方はそれでは
 いけない。あなた方の中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、
 上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。食事の席に着く人と給仕する者とは、
 どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。
 しかし、私はあなた方の中で、いわば給仕する者である。
●いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。
 人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として
 自分の命を献げるために来たのと同じように。(マタイ伝20-26~28)


私たち各自の<オリジナリティ>【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮させ、
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】を実現させる理想的リーダーの資質として
【主イエス】自身の存在を明確に示している<愛の讃歌>があります。

●<愛の讃歌>
 【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
 【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
 【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
 【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
 全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
 【愛】はいつまでも絶えることがない(コリント前書13-4~8)

私たちの身近や世間に理想的な<サーバント・リーダー>が見当たらなくても、
たとえ、【聖書】や【神の愛=主イエス】を知らなくても、誤解して拒絶しようとも、
私たちを【神の愛=聖霊&主イエス】が<最高!最善!最美!>に導いてくれるので、
一切の心配ご無用です!

以前の私は「進化論」は【神の愛=主イエス】の【神の愛の方程式=摂理】に反する
理論だと思ってきましたが、最近は考えが変わりました。

ダーウインが「進化論」を提唱したのは、彼自身の生い立ちと神学を研究することで
【聖書】や【神の愛=主イエス】を解説するべき教会制度や教神学者の不完全・堕落を
見出したからだと思います。

そこで、教会制度に無縁で【聖書】【神の愛=主イエス】を知らずとも、異教徒でも
背信者・忘恩者でも、この世の<全生物>に共通した【神の愛の方程式=摂理】として
「進化論」を紹介してくれたのだと、私は思えるようになりました。

ダーウインは、うさん臭いキリスト教会制度やキリスト神学が専売・独占してきた
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】を世界中に自由解放させた功労者です!

●真理は教会より大なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
 そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
 キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、生活さるべき一つの生命である
 (ヘンリー・ドラモンド)
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
 彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
 キリストの教会は世界にして会員は人類なり(内村鑑三)

日本人の多くはキリスト教会や【聖書】や【神の愛=主イエス】に疑念を抱きますが、
一方で「進化論」については<絶対的真理>のように確信しているようです。
しかし、「進化論」の精神こそが【聖書】【神の愛=主イエス】の<本質>であると
私は理解しています。

私はアメーバやサルが人間に、鳥がペンギンになったり、牛と鯨が同じ先祖だとか、
到底納得できませんが、ダーウインが最も力説したかった事は、そんな事ではなくて
どんなに現実不可能な状況でも、圧倒的少数派であって、連戦連敗の落ちこぼれでも、
アメーバでも、信じ望み続ければ、山をも動かせる!<信仰精神>だと思います。

●よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、
 この山に向かって「ここからあそこに移れ」と言えば移るであろう。
 このように、あなた方にできないことは何もないであろう(マタイ伝17-20)
●自由は意志の自由にかぎらず、また思想の自由にとどまらず、実行の自由をもいう。
 我れ我がなさんと欲することをなすを得て、我に真正の自由あるなり。
 しかして、神がキリストをもって信者に賜う自由はこの自由なり。
 困難の山をも動かし、積弊の桑樹をも抜きて海に移しうるの
 自由なり。信者の特権は神の全能の使用権に他ならず(内村鑑三)

ダーウインは【神の愛=主イエス】を紹介せず、私たちを<最高!最善!最美!>に
導いてくれる<サーバント・リーダーシップ>としての【御心:聖意・聖旨】である
【神の愛の方程式=摂理】を紹介する事で、【神の愛=主イエス】を知らずとも、
【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれる道を構想したのだと
私は信じるようになりました。

弱肉強食・優勝劣敗の過酷な現実世界に生き日々の生活で直面する<患難辛苦>に
屈服せずに、遠大崇高な【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く
掲げて<進化する者>の心意気は【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】であって、
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】による
<求めよ!尋ねよ!叩け!>の【信仰:信愛・信頼・信従】精神そのものです!

●求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん
(マタイ伝7-7、ルカ伝11-9)
●誰でも求める者は得て、捜す者は見出し、門をたたく者には開かれる
(マタイ伝7-8、ルカ伝11-10)
●求めよさらば与えられん、そしてあなた方の喜びが満ち溢れるであろう
(ヨハネ伝16-24)
●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
●何でも祈り求めることは既にかなえられたと信じなさい。
 そうすれば、そのとおりになるであろう(マルコ伝11‐24)
●聖書は祈りの歴史であり、祈りが答えられた記録(賀川豊彦)
●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。
 即ち必ず成就すべき事を前もって語に表することである(内村鑑三)
●わが祈祷が聴かれないと言う時に、祈祷以上が聴かるるのである。
 祈祷が聴かれないのではない。我等が祈求むるところ、思惟うところよりも
 いたく過(まさ)りて聴かるるのである(内村鑑三)

【神の愛=主イエス】は「これはダメ!あれはダメ!」と消極的・否定的ではなくて、
ダーウインが体得したように、何度倒されても、再起し続けて、自ら信じ望み愛する
【ビジョン:理想・夢念・大志】に挑戦し続ける前向きで積極的<幼な心・幼な子>を
 励まし慰め導いてくれる<最高!最善!最美!>の<サーバント・リーダー>です!

●<神意と人意>(内村鑑三)
 人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●<積極的人生>(内村鑑三)
 すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
 神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
 しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
 すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
 <すべてにおいて積極的人物となる!>(内村鑑三)

皆さんが「進化論」の精神に【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で
<相思相愛の主従関係>に堅く結ばれる<生き様・死に様>を再発見する事によって
【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵><サーバント・リーダーシップ>に
 支えられ、皆さんの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
 掲げて<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の
 心意気で勇進<進化>し続けることを心より応援しています!

●進化(evolution)とは開発、中に隠れたる者が外に顕れること(内村鑑三)
●内に誠あれば、必ず外に顕るる(二宮尊徳)
●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ
 自己を実現する生まれつきの衝動を自分のうちに持っている(ヒルティ)
●<独立の確信>(中江藤樹)
 知らざりし 外に求むる いろいろの ちから我が身の うちにありとは
●我は起ちて我が父に往かん。我が父の愛は無限なり、彼は我れの滅びんことを
 欲(ねが)い給わず、彼は我につきて永久に絶望し給わず。
 ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
 彼の無限の愛を信じはばからずして
 今日起ちて彼に往かん(内村鑑三、所感p278、ルカ伝15-18)
●希望は時々刻々この世に臨みつつあり、腐敗の累積にあえて恐るるに足らざるなり
(内村鑑三)
●<世界最大の者>(内村鑑三)
 ★知識をもって腕力に克つべし
 ★信仰をもって知識に克つべし
 ★愛をもって信仰に克つべし
 ★愛は進化の終局なり、最大の能力なり
 ★愛に達して我らは世界最大の者となるなり。
●主は助けを求める人の叫び求めることを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
 主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
 主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
 骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる
 (詩篇34-17~20)
●彼が、私を呼び求めれば、私は、彼に答えよう。
 私は、苦しみのときに彼と共にいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。
 私は、彼を長いいのちで満ち足らせ、私の救いを彼に見せよう(詩篇91-15)


それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!




【2011年5月21日に作成した<第562回>に加筆】
◇◇先取りの<<歓喜!感動!感謝!>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●悲しみ憂えてはならない。主を喜び祝うことこそ、あなた方の力の源であるからだ
(ネヘミヤ記8-10)
●すべてのことは、あなたがたの益であって、
 恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、
 感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。だから、私たちは落胆しない。
 たとい私たちの外なる人は滅びても、 内なる人は日々新たにされていく。
 なぜなら、このしばらくの軽い患難は私たちの内に働いて、永遠の重い栄光を、
 あふれるばかりに私たちに得させるからである(コリント後書4-15~17)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

私のように教会と無縁で教会で洗礼を受けた「クリスチャン」でない者が思い描く
「敬虔なクリスチャン」とは、自分が一番!という<自己愛>自己実現を後回しに、
生きる悪口や不品行や争いを嫌う真面目な姿でした。

つまり、私のように自分が一番大好き!の自己中心で、他者批判や論争を好む者は
教会の認めるクリスチャンと正反対の態度だといえます。実際に、私の掲示板には
教会信者から「やめなさい!」「資格がない!」という批判や説教の連発でした。

しかし、TV伝道番組での奥山牧師の説教のおかげで、私のような教会信者として
落伍者にも【神の愛=主イエス】はビッグ・チャンスを与えている事に気づきました!
皆さんもご存知の、【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】の【御言葉】です。

●【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
 (テサロニケ前書5‐16~18)

【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】の<生き様・死に様>が【神の愛=主イエス】が
喜ばれる<キリスト者>の態度であるならば、落ちこぼれの私でも実践可能です!

私は家族や世間に対して、いつも明るく前向きに元気で誠実に信頼して、感謝することは、
苦手ですが、【神の愛=主イエス】に対してならば、喜んで真剣に努力できます。
私は世界の誰よりもエゴイストで<不義・不正・不実>の不純・不潔の汚らわしく
真っ黒の泥だらけで、忘恩・背信の恥知らずの最悪・最強・最大の<裏切り者>です。
しかし、世界の誰よりも【神の愛=主イエス】を【信仰:信愛・信頼・信従】する
<熱き思い燃える心>の<キリスト熱愛者>であることを自慢できます。

【神の愛=主イエス】は私のような知恵遅れで、霊的歩みの遅い<裏切り者>にも、
<先回りの愛>である【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】<神助:祝福・恩恵>によって
導いてくれます。

ですから【神の愛=主イエス】の【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】は
当初は理解できず<患難辛苦>にしか思えず、後になって感謝できるものばかりです。

●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者をしかる(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。神はあなた方を、子として扱って
 おられるのである。いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
 私の道はあなた方の道と異なる。
 天の地よりも高いように、
 私の道はあなた方の道より高く、
 私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)

そこで、私は常に<超歓喜!超感動!超感謝!の大讃美!大絶賛!大称賛!>による
<先取りの【礼拝:★讃美★祈求★感謝】>を実践できる習慣を身につけました。

●悲しめる心よ、落ちついて悔ゆるのをやめよ。雲の後ろには太陽が照っている
 (ロングフェロー)

たとえば、「~して下さい!」といったお願い口調や嘆き・要求することがあれば、
現実が最悪のどん底状況でも、既に完全に望みどおりに実現したことを前提にした
[先取りの<歓喜!感動!感謝!>]で【礼拝:★讃美★祈求★感謝】しています。

<一般の祈り>      ⇒    <【先取りの信仰】による礼拝始めは>
                    ⇔<歓喜!感動!感謝!>
★~をお願いします    ⇒    ★~して下さり感謝します!
★お助け下さい      ⇒    ★守られていることを感謝します!
★お導き下さい      ⇒    ★お導きに感謝します!

初めは肉体的激痛の最中や経済的困窮の時や精神的大混乱の中では、冷静になって
先取りの<歓喜!感動!感謝!>の【礼拝:★讃美★祈求★感謝】は困難でした。
そんな時は、<超歓喜!超感動!超感謝!の大讃美!大絶賛!大称賛!>の
<讃美歌>の【御言葉】を独り口ずさむことで、恐怖や不安や苦悩を忘れることが
できました。まさに【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【聖書の御言葉】は
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の源泉です!、

●かつて書かれた事柄は、すべて私たちを教え導くためのものです。それで私たちは、
 聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです(ロマ書15-4)
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●願わくは、あなたの僕への御言葉を思い出し給え。
 あなたは私がその御言葉を待ち望むようになさいました。
 これこそ悩みのときの私の慰め、まことに御言葉は私を生かします
(詩篇119-49~50)

皆さんが現実生活の中で意に反する大小様々な<患難辛苦>を目の前にしながらも、
<万事・万物>の背後に必ず存在する【神の愛=主イエス】の<先回りの愛>である
【御心:聖意・聖旨】【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】<神助:祝福・恩恵>を信じて
<歓喜!感動!感謝!>の<先取りの【礼拝:★讃美★祈求★感謝】>をされる事を
習慣にして、皆さんの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げて【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】の<心意気>で勇進し続けることを
心より応援しています!

苦しみに出会ったら、
 まず感謝するがよい。
 それから、
 その苦しみが何のために役立つかをたずね給え。
 あなたがそれをただ避けようとせず、
 その苦しみの意味を理解しようと真剣に願うならば、
 やがて必ずそれを発見するであろう。
 そうしたら、
 あまり言訳をしたりこぼしたりせずに、
 この道を踏んで進み給え。
 それは、
 あらゆる他の研究や修養にもまして、
 あなたをずっと先きへ、
 しかもずっと速く導くにちがいない。
 これこそ、高きをめざす一番の近道である。
    ひたすら神のみむねに従い。
    いかなる時にも神に望みをかくる者、
    もろもろのなやみと悲しみにとざさるるとも
    神はその人を不思議にも守り給わん。
    いと高きものなる神に依り頼む人は
    砂の上にその家を建てしにあらず (同胞教会讃美歌第172番)
                      <『幸福論』(ヒルティ)より>

■<神を信ぜんのみ>(内村鑑三)
 いかなる境遇に遭遇するも神を信ぜんのみ、
 富むも貧するも、
 成功するも失敗するも、
 徳を建つるも罪に陥るも、
 世に迎えらるるも友に捨てらるるも、
 生きるも死するも、
 天に昇るも冥府(よみ)に降るも、
 われは神を信ぜんのみ。
 かくてわれに未来あるなく、
 過去あるなく、
 悲哀あるなく
 失望あるなく、
 時はすべて現在となり、
 事はすべて歓喜となり、
 我が生涯は信、望、愛の相連不絶と化すべし、
 欣(よろこ)ぶべきかな。
●主に自らをゆだね、おのれの喜びとなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる
(詩篇37-4)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによってキリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●沈黙せよ、苦しめ、耐えよ、おまえの苦しみは誰にも訴えるな、
 決して神に絶望するな、おまえの助けは日毎に来るのだ(ルター)
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、
 神は聞き入れて下さる。これが神に対する私たちの確信である。
 私たちは、願い事は何でも聞き入れて下さると分かるなら、
 神に願ったことは既にかなえられていることも分かる(ヨハネ第1書5-14~15)
●真心からの感謝を神にささげよ。あなたの誓いをいと高き方に果たせ。
 苦難の日には私を呼び求めよ。私はあなたを助け出そう。
 あなたは私をあがめ、私の栄光を輝かすであろう
(詩篇50-15)<ロビンソン・クルーソー救霊の聖句>

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2011年5月2日に作成した<第561回>に加筆】
◇◇眠りから目覚めさせ、見えざる暗闇を<光>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇ 

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!

●光にさらされる時、すべてのものは、明らかになる。
 明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。
 「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。
  そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」(エペソ書5-13~14)
●見えるものは暫時(ザンジ)にして、見えざるものは永遠(トコシエ)に至る
(コリント後書4-18)
●見ないで信じるものは幸いである(ヨハネ伝20-29)

最先端物理の仮説では宇宙全体の96%が未解明物質のダークマター(暗黒物質)23%と
ダーク・エネルギー73%で構成されていて、現代の人類の英知が認識できる物質は
わずかに4%に過ぎないことになります。そしてダークマターとダークエネルギーが
宇宙存在に必要不可欠な重要な存在であると認識し始めています。

●主は、その憐れみを全ての被造物に示し、御自分の光を闇とともに、
 アダムに分け与えられた。(シラ書〔集会の書〕16-16)

科学と宗教は敵対的関係にあるように考えられがちですが、最先端のな科学者ほど
「サムシング・グレート(Something Great)」の存在を認めていることは興味深い
事実です。

●科学は天然界における事実の観察なり。宗教は心霊界における事実の観察なり。
 二者同じく事実の観察なり。科学と宗教は善き兄弟なり。
 科学の敵は宗教にあらず、
思弁なり。宗教の敵は科学にあらず、神学なり
(内村鑑三)

<【真理】探求精神>を同根とする人間の思想・哲学・科学は【神の愛=主イエス】に
出遭える道です!

●信仰と哲学は矛盾しない(ライプニッツ)
●<ギリシャの三大偉人>(内村鑑三)
 ソクラテス   精神 ⇔ 道徳家
 プラトン    思想 ⇔ 哲学者
 アリストテレス 科学 ⇔ 理学者
 精神なくして思想なし、思想なくして科学なし。
 思想は科学の母にして、精神は思想の母なり。
●神は時おり、自然の出来事や自然の事物を通して、私たちに話しかけることもある
 (ヒルティ)

この世界は見えざる 「サムシング・グレート(人智を超えた何か大きな存在)」で
成り立つという仮説でも【神の愛=主イエス】を【信仰:信愛・信頼・信従】する
立場では【神の愛=主イエス】の実在を確信できる真実です!

●私たちは見えるものでなく、見えないものに目を注ぐ。
 見えるものは一時的にして、見えないものは永遠に続く(コリント後書4-18)
●目に見える望みは望みではない。
 何故なら、現に見ていることに、どうして、なお望む人があろうか。
 もし、私たちが見えないことを望むなら、
 私たちは忍耐して、それを待ち望むのである(ロマ書8-24~25)
●信仰とは望んでいる事柄を保証し、未実現の見えないものを確信させる事である
 (ヘブル書11-1)
●私たちは見えるものによらないで、信仰によって歩いている(コリント後書5-7)
●信仰によって、私たちは、この世界が神の言葉によって創造されたのであり、
 従って見えるものは、目に見えているものからで成されたのではないことを
 悟るためである(ヘブル書11-3)
●見えるものは暫時(シバラク)にして、見えざるものは永遠(トコシエ)に至る
 (コリント後書4-18)
●信仰は人によっては迷信のごとくに見える。信仰は確かに一種の冒険である。
 これに従って、あるいは失敗におわるかもしれない。
 しかしながら!、信ずる者は信仰の迷信でないことを知る(内村鑑三)

国難の危機にある現代日本においても、人智で理解できる 知覚できる実態評価では
失望と不信に終わる世界の背後に、この世の<万事・万物>を守り導く人智を超えた
科学的に未解明の<ダークエネルギー><サムシング・グレート>の正体として
【神の愛=主イエス】の【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】【神の愛の方程式=摂理】を
霊的に体感しましょう!

●神は愛なり、宇宙は愛の機関なり(内村鑑三)
●愛は神の霊としてこの世界に満ち満ちている(ヒルティ)
●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、即ち神の永遠の力と
 神性とは、被造物に現われており、これを通して神を知ることができる
(ロマ書1-20)
●万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
 <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
 <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)

●★万事万物の本源を握る者は神の御手
 ★地に起こる全ての出来事は源を天に置く
 (内村鑑三)
●キリストは人類、特に信者の万事万物である。
 キリストを有して我らは万物を有する。
 我らは主を信じて単に我らの霊魂を救われるのではない。
 主によりて父なる神より万物を賜わる資格を得る(内村鑑三)
●<愛の波動>(内村鑑三)
 愛は波及す。延びて地の極みに達し世の終わりに至る。
 我も直ちに神に接し、その愛を我が心に受けて、地に愛の波動を起こさんかな。

私たちの遺伝子の97%はオフ状態で、一生涯で脳の大半は未使用状態と聞きます。
宇宙と同様に私たち各自に託された<独自性>【タレント:個性・才能・可能性】も
わずかしか解明しておらず、本来の【タレント:個性・才能・可能性】は無限大です!

つまり、宇宙全体も、天然現象も、私たち個人個人も、この世の<万事・万物>が
不完全に感じられるのは、私たちの本来の知的・霊的レベルの「氷山の一角」しか
最善発揮されていないからだと思います。

そうです!この世の<万事・万物>に未解明・未知・未実現分野が残されているのは
<創造主>【三位一体:父・子・聖霊】が天地創造の始めに造られた時の完成品では
<最高!最善!最美!>であった証明です!

●神、その造り給える全ての物を視給いけるに「はなはだ善かりき」(創世記1-31)
●善は神なり(マタイ伝19-17)
●You are good and do good!
●あなたは善なる方、いつくしみ深くあられ、全てを善とする方で慈しみを施されます
(詩篇119-68)

今日現在の地球上では、天然災害・殺戮・紛争が絶えない不条理の世界に思えても、
この不完全さは、私たちの本来の【タレント:個性・才能・可能性】がオフ状態で
眠らされているので【神の愛の方程式=摂理】と【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】を
見えざる<ダークマター&ダークエネルギー>としか知覚・認識できないだけです。

●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか
 (箴言20-24)、
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
●辛いことの背後(ウシロ)には最も歓ばしいことが隠れている。
 我らは何事にかかわらず勇んで主の命に従うべきである(内村鑑三)
●希望は時々刻々この世に臨みつつあり、腐敗の累積はあえて恐るるに足らざるなり
 (内村鑑三)
●お前の意図に反しても、それは全くもう駄目というわけではない。
 目前の感じによって物事を判断するのは間違いである(トマス・ア・ケンピス)

この世で起きている現象を、眠りから覚めた【神の愛=主イエス】の<視点>では
時と場所にかなった<最高!最善!最美!>の【御心:聖意・聖旨】と確信すれば
私たちは【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に満たされます!

●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
 私の道はあなた方の道と異なる。
 天の地よりも高いように、
 私の道はあなた方の道より高く、
 私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
 天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三)
●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
 植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
 殺すのに時があり、癒すのに時がある。
 崩すのに時があり、建てるのに時がある。
 泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
 嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
●失望は不信なり、信仰は無限の希望を意味す(内村鑑三)
●<信仰と希望:ヘブル書11-1>(内村鑑三)
 既に見るところのものは、これを望むの要なし
 解し得ることを信ずるは知識にして信仰にあらず
 信仰の貴きは解し得ざることを信じ、理由なくしてでなく愛のゆえに信ずること
 愛の示すところの事を解し得ざる事にこれを信ずる。
 有限の我等が無限の神に対して幼心を抱くにいたって救われる
 すなわち、幼子となりて救われる
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、これに対抗することは
 できるであろう。私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムエル)

私たちが眠りから目覚めた本来の【タレント:個性・才能・可能性】をオン状態にして
最善発揮できるには、【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて
【ミッション:使命・天職】に勇進する<神の器・神の道具>になることです!

●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべく
 キリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって
 私たちから出たものでないことが、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
 何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
 人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で自ら全てのことを
 行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)

皆さんが眠りから覚め<ダークマター&ダークエネルギー>を最善発揮できるように
【神の愛=主イエス】から託された【神の愛の事業】【ミッション:使命・天職】が
生まれつき心に刻印されている【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げる<福音の戦士>【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】として
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】【救国:日本民族精神復興&国家再建】に
活躍されることを心より応援しています!

●他を進めて、また自身をも進めるの事業、神の事業とは実にかくのごときものなり
 (内村鑑三)
●人に少しも頼ることなくして、神にのみ頼ってなすことのできる事業のみが
 神の命じ給うた事業である。かかる事業に従事するを得て我等ははじめて
 独立の人となるのである(内村鑑三)
●意(オモイ)を事業に注いで事業は成らず、眼を神に注いで事業はおのずから成る。
 神は事業の神なれば、我らは神を信じて無為の生涯を送らんと欲するも得ず
 (内村鑑三)
●神は神の聖霊を役立てたいと思う人々にだけ、それを授け給うのであって、
 ただそれを所有して楽しむためには与えられない(ヒルティ)
●神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて
 万事を益となるようにして下さる事を、私たちは知っている(ロマ書8‐28)
●驚くべき導きの、神の側からみた目的と直接の狙いは我々を普通の卑近な意味で
 幸福にすることではない。むしろ、恐れを知らず、あらゆる良き行いを進んで
 しようとする人、一言でいえば、英雄的な人にするためである(ヒルティ)
●一切の仕事が、神をはなれては困難であり、神とともにあれば一切が可能である
 (ヒルティ)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
 許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●老いゆけよ、我と共に!
 最善は これからだ。
 人生の最後、そのために最初も造られたのだ。
 我らの時は 聖手の中にあり
 神言い給う「全てを私が計画した。
 青年はただ その半ばを示すのみ。
 神に委ねよ。全てを見よ しかして恐れるな!」と。(ブラウニング)

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



2011年422日に作成した<第560>に加筆】

◇◇国難には<疾風勁草(しっぷうけいそう)>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇ 


【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します


皆さんもご存知かもしれませんが、最近の災害地報道で、感動的な話を知りました。

津波で壊滅的被害を受けた岩手県陸前高田市日本百景にばれた名勝「田松原」

約7万本の松林のうち1本だけ津波の猛威にも打ち勝って瓦礫の中で堂々と立つ姿が

紹介されていました。


復興を目指す地元の人々にとっての「希望の一本松」は、私を含め日本全国に人々にも

人生で直面する<患難辛苦>に立ち向かう<不屈の楽観・楽天主義>に導いてくれる

【希望の光】となってくれます!


希望!どんな不幸におちいっても、われわれは希望の太陽を心からすててはならない。
 常に楽天的である事。つまり天命を楽しむ事、

 これこそがわれわれを幸福に導く信仰である。
 今日を立派に生きることが、明日の希望を見いだすことであり、
 明日の希望があってこそわれわれは明るく生きることができる。
 現在を嘆き悲しむものはやがて不運を招くことになる(ヘレン・ケラー)

楽天主義とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、

 明日を今日より美しいものにするための努力を重ねる生き方なのである

 (ヘレン・ケラー)


伝統的日本民族精神には、冬の厳寒の断崖絶壁の崖っぷちで海に体を突き出しながらも

独り生き抜く<一本松>の孤高の生き様を<冬嶺孤松>として尊敬してきたそうです。

そして、私のような意気地無しの落ちこぼれ人間でも憧れる<心意気>があります。


汝の道を進め、人々をしてその言うにまかせよ(ダンテ)
君自身であれ!そうすれば世界は豊かで美しい!(ヘッセ)
道がなければ、自ら、道を開かん!(ペルーのビヤレアル博士)


だから「松の木」が生き延びたのは単なる偶然でなくて、私には【神の愛=主イエス】の

<神助:祝福・恩恵>だと実感しています。皆さんはどう感じましたか?


神助(内村鑑三)
 ◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じてすべての善き物をもって 汝を恵まん。
 ⇔ ★天来の思想
 ★外来の友人
 ★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。

汝は信仰をもって神の力を汝の力となすをうべし。

辛いことの背後(ウシロ)には最も歓ばしいことが隠れている。
 我らは何事にかかわらず勇んで主の命に従うべきである(内村鑑三)

あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
 あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
 試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる(コリント前書10‐13
試練と祝福は密接に関連している(ヒルティ) 

神の恵みと助けとが示されているのは、に困難な時期に、いつも我々の暗い運命の 

 どこかある一点が明るくされることによってである(ヒルティ)
もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたの慰めと救いのためです。
 もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの慰めのためで、その慰めは、

 私たちが受けている苦難同じ苦難に耐えぬく力をあなたがたに与えるのです

(コリント後書1-6)


さらに最近知った言葉で「疾風に勁草を知る(しっぷうにけいそうをしる)」があります。


 困難に遭ってはじめてその人間の本当の価値、本当の強さが分かるということ。
 困難がその人間の奥底に秘める意志や信念の堅固さを見分けるということ。
 疾風は激しく吹く風のことで、勁草は強い草を意味する。
 激しい風が吹いて初めて強い草が見分けられることから。
 出典は後漢書の王覇伝。
 自分に従って来た者達が次第に離散していく状況に劉秀が慨嘆して述べた言葉。


「ことわざ図書館」より抜粋
 http://www.kokin.rr-livelife.net/koto/koto_si/koto_si_8.htmlより


政権交代も実現して、戦後体制があらゆる分野で崩壊して、日本民族は内に外に未曾有の国難に直面しており、日本民族的精神の存亡の危機にあると私は体感しています。


それは、幕末期のように、旧体制(GHQ戦後体制)を打破して、新たな価値観を打ち立てて、新時代を切り拓くために、<希望の一本松>に代表されるように、日本のあらゆる分野で

<疾風勁草>が起こり始めているのだと確信しています。


外交では領土問題や孤立化、国内は電力問題や原発事故などで政治不信・景気後退が起き日本民族を分裂対立させる疾風怒涛の<患難辛苦>は、これまで気づかれなかったような<ライト・スタッフ:適任者>が頭角を現すビッグ・チャンスです!


どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。救いのない運命というものはない。
 災難に合わせて、どこか一方の扉を開けて、救いの道を残している(セルバンテス)
幸福の扉の一つが閉じるときは、別の一つが開きます。
 けれど私たちは閉じたほうばかりながめていて、
 こちらに向かって開かれているもう一つのほうに気付かないことが多いのです。
あなたが行きづまったと感じ、もうその先へ一歩も進めないと思った時、
 そしてまた人生のすべての目的を見失ったと感じた時、

 それは実にすばらしいチャンスです。

 それはすべてをもう一度やりなおし、人生の新しいページをめくる、
 素晴らしいチャンスなのです(アイリーン・キャディ)


<疾風勁草>で選ばれる者は【この世の勢力:富・権威・名声】に選任されるというより【神の愛=主イエス】に<召命>された【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光り輝くような

【愛と自由の福音の戦士:義勇軍・神の僕・忠義の愛子・光の子】【福音の勢力】です!


野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
 本当に価値あるものは、むしろ、人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです

(アインシュタイン)
しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためでなく、
 本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、

 自ら心で決めたとおりにすべきである

 神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず
 神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第12‐16
あなたらしく生きる、そのための道は、後にも先にも二つだけです。

 一つは、奇跡なありえないとする道。もう一つは、全てが奇跡であるとする道

(アインシュタイン)


皆さんが日本社会のあらゆる分野で起こる腐敗や疲弊を相手にせず、不信や絶望に負けず

次々に<患難辛苦>が襲撃してくる<疾風怒濤>の中にある混迷波乱の闇深き日本社会で

【救国:日本民族精神復興&国家再建】と【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に

【神の愛=主イエス】から見事に<召命>された<ライト・スタッフ:適任者>として、

<希望の一本松>の如く【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げる

<疾風勁草><冬嶺孤松><福音の戦士>【福音の勢力】に選ばれて大活躍されることを

心より応援しています!


【福音の勢力】(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
キリスト教の真意(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと

私はあなたを選んで、捨てなかった。
 恐れるな。私はあなたとともにいる。たじろぐな。
 私があなたの神だから。私はあなたを強め、あなたを助け、
 私の義の右の手で、あなたを守る(イザヤ書41-9~10)
人間は生涯中にいくたびとなく、この世における自分の使命に迷いを生じたり、

 気落ちしたり後戻りしたくなる時期が訪れるものだ。

 そのような時に最も確かな慰めは、もともと我々が神を選んだのでなく、

 神が我々を選んでその所有とされたいという思いである(ヒルティ)
 ⇔●あなた方が私を選んだのではない、私があなた方を選んだのである

 (ヨハネ伝15-16)
  ●主よ私は知っています。人間の道はその人によるのでなく、歩くこともその歩みを   

   確かにすることも、人によるのではないことを(エレミヤ書10‐23)

●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、

 すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、

 また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを悟った日のことである

 (ヒルティ)
世界最大の者(内村鑑三)
 知識をもって腕力に克つべし
 信仰をもって知識に克つべし
 愛をもって信仰に克つべし
 愛は進化の終局なり、最大の能力なり。
 愛に達して我らは世界最大の者となるなり。

希望ある未来は、国家にも組織にも存在しない。

 運命が決めるものでもない。

 人の良心の中だけにある(シュバイツアー)

人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
 人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
 人に絶たるるは神に結ばるるなりき(内村鑑三)
たとえ一人になろうとも、全世界に立ち向かい給え!
 世界から血走った眼で睨(にら)まれようとも、君は真っ向から世界を見すえるのだ。
 恐れてはならない。君の心に響く、小さな声を信じ給え! (ガンジー)
<吉田松陰が亡くなる一年前に弟子に送った漢詩>
 「志を立てるためには人と異なることを畏れてはならない
  世俗の意見に惑わされてもいけない
  死んだ後の業苦を思いわずらうな
  また目前の安楽は一時しのぎと知れ
  百年の時は一瞬にすぎない
  君たちはどうかいたずらに時を過ごすことのないように」
 (NHK「その時歴史が動いた」より)
よき時代は天から降ってくるものではなくて、私たちが自分でつくり出すものです。
 それは私たちの心の中にあるものなのですよ(ドストエフスキー)
未来は、“今、我々が何を為すか”にかかっている(ガンジー)


それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

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田中 聡(さとし)



【2011年3月30日に作成した<第558回>に加筆】
◇◇【御言葉】で【信・望・愛】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●どのようにして、若者は歩む道を清めるべきでしょうか。
 あなたの御言葉どおりに道を保つことです(詩篇119-9)
●あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯(詩篇119-105)
●御言葉が開かれると光が射し出で、無知な者にも理解を与えます(詩篇119-130)
●御言葉の全ては真理(まこと)です。
 あなたの正しいおきてのすべては、とこしえに絶えることはありません
 (詩篇119-160)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

日本が国難の大危機に直面したことで、テレビ番組では朝から晩まで「言葉」が主役です。
「君は一人じゃない!」「みんなでやれば大きな力になる!」「日本は強い!」
「日本の力を信じてる!」

日本では伝統的に言葉に魂が宿り霊的能力があるという<言霊:ことだま>信仰があって、
口に出した<言葉>は良い事も悪い事も<言葉通り>に実現する信仰精神があります。

そして「言葉<メッセージ>」は「誰」が語るかによって<霊力>の違いがあるようです。
世間的に実績があり、有名であり、信頼されている人が語る「言葉<メッセージ>」ほど
<言葉>に宿る<霊的パワー>が最善発揮されることを私たちは誰でもが信じています。
従って【先人・偉人の教え:名言・格言】は<心の起爆剤>となるのだと実感できます。

●世には沢山のいい格言がある。人がそれらを適用する事に欠けているだけだ(パスカル)
●よき金言、格言は時の歯がたつには堅すぎる。そしてどの時代にも食事と同じように
 栄養を与えるが、幾千年という歳月にも食いつくされはしない(シルス)

【神の愛=主イエス】を【信仰:信愛・信頼・信従】する【キリスト精神】においても
【神の愛=主イエス】の語る【御言葉】は【真理・真実・正義】であって、約束通りの
実現を確信する信仰精神であり、<言霊信仰>と共通していることは興味深い事実です。

●信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについての御言葉(による)
 から来るのである(ロマ書10-17)
●すべての仕事は言葉をもって始まり、考察は、あらゆる行動に先立つ
(シラ書〔集会の書〕37-16)

●主の御言葉によって天は造られ、主の御口の息吹によって天の万象は造られた
(詩篇33-6)

TV番組で有名なスポーツ選手や芸能人の語る<言葉:メッセージ>として見聞きする
「乗り越えられない試練は与えられない」とは【神の愛=主イエス】の【御言葉】です。

●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある
 (詩篇30‐5)
●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
 あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
 試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる(コリント前書10‐13)

私たちが人生最悪のどん底状態に落ち込んで孤立無援の<無一物>の境遇にあるときに、
<最高!最善!最美!>である【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
無限大の【バイタリティ:生活力=生命力+活力】で私たちを励まし慰めてくれて、
<一日一生!日々新た>に<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれるのは
【神の愛=主イエス】の【御言葉】<約束・預言>&【神の愛=聖霊】<実現力>です!

●願わくは、あなたの僕への御言葉を思い出し給え。あなたは私がその御言葉を
 待ち望むようになさいました。これこそ悩みのときの私の慰め、まことに御言葉は
 私を生かします(詩篇119-49~50)
●主なる神よ、あなたは神、あなたの御言葉は真実です。
 あなたは僕にこのような恵みの御言葉を賜りました(サムエル後書7-28)
●約束なさった通り、その民イスラエルに安住の地を与えて下さった主は
 たたえられますように。」その僕モーセによって告げられた主の恵みの御言葉は、
 一つとしてむなしいものはなかった(列王紀略上8-56)

【神の愛=主イエス】を【御言葉】を【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と一体化して
【御言葉】<約束・預言>に宿る【神の愛=聖霊】の<霊的パワー>に導かれることで
患難辛苦に何度倒れても何度でも決起する圧倒的大勝利の人生を勇進し続けましょう!

●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)
●今生れたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊的な[御言葉]乳を慕い求めなさい。
 それによって成長し、救いを得るためです(ペテロ前書2-2)
●あなたの御言葉は、私の足のともしび、私の道の光です((詩篇119ー105)
●まことに主よ、あなたは私のともし火、我が神は私の闇を照らされる
 あなたによって、私は敵の軍勢を襲い滅びし、我が神によって、城壁を越える。
 我が神、その道は完全。主の御言葉は純粋で、約束は真実である。
 主の御もとに身を避ける全ての者の、主は盾となってくださる。
 主の他に神はない。神の他に我らの岩はない。
 我が神こそ、私の力強い堅固な砦、避け所である。私の道を完全に探り出される
 主は私の足を雌鹿のように速くし、高い所に安全に立たせる
 (サムエル後書22-29~34)

皆さんが【御言葉】&【神の愛=聖霊】が宿り輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げる【福音の勢力】<世の光・地の塩>となって、混迷の世に
【御言葉】&【神の愛=聖霊】の【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満ち溢れさせる事で
【救国:日本民族精神復興&国家再建】と【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。
 忍耐強く、十分に教えるのです(テモテ後書4-2)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
 あなたには私が共にいるからだ。
 誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
 この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)
●我はただ語る。人が聴いても語る。聴かないでも語る。
 我は我が歓喜を語らずにはいられない。我はヒバリがさえずるごとく
 人が聴く聴かざるに関せず語る。我は黙するにはあまりに嬉しくある。
 それであるから語るのである(内村鑑三)
●偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語れ(エペソ書4-25)
●聞く人に恵みが与えられ徳を高めるように、その人を造り上げるのに役立ち益になる言葉を
 必要に応じて語りなさい(エペソ書4-29)
●父(神)を世に示さん為には隠るるなかれ
 自己を世に示さざらん為に隠れよ(内村鑑三)
●御言葉のゆえに、御心のままに、このように大きな御業をことごとく行い、
 僕に知らせてくださいました(サムエル後書7-21)
●主なる神よ、今この僕とその家について賜った御言葉をとこしえに守り、
 御言葉のとおりになさってください(サムエル後書7-25)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

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田中 聡(さとし)




【2011年3月20日に作成した<第557回>に加筆】
◇◇【祈祷の勢力】<尖兵>で民族救済に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

●今しばらくの間、祈りと心の目覚めをもって耐え忍ぶがよい、あなたの家族や親しい
 人々のためにも。そうすれば、きっとあなたの最良の時が来る(ヒルティ)
●目を覚まして、感謝を込めて、ひたすら祈り続けなさい(コロサイ書4-2)
●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、どんな困難な状況にあっても、
 正しいやり方である(ヒルティ)
●熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、患難に耐え忍び、
 常に祈りなさい(ロマ書12-11~12)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、目を覚まして、
 うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい(エペソ書6-18)
●何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

ご存知のように、日本は大震災と津波と原発事故に遭遇して国難の大危機にあります。

9・11事件に遭遇した時に米国三大ネットワークは、子供の心的ショックを心配して
事故の悲惨な映像を放映するのを自粛しました。

そしてCNNを中心にして様々な宗派の宗教家や精神カウンセラーを番組に招くことで
直面する国難に信仰精神の意義を考えたり、苦難を克服する精神的ケアに熱心でした。

一方で。日本のTV・ラジオでは、一日中悲惨なシーンを繰り返し放映し続けながら、
原発事故報道に熱心です。

番組の出演者は「先ずは心のケアが必要だ!」と誰もが提唱しながら、どこの番組でも
宗教家や精神的カウンセラーが出演して発言するのを見聞きすることがありません。

カトリックのローマ法王やギリシャ正教でも、日本のためにミサを行っていることを
地上波大手メディアで報道されなったようです。

プロ野球の開幕時期や高校野球の開催について論議されていますが、日本民族のために
励ましや勇気を与えるためならば、先ずは相撲の復活ではないでしょうか?
これほど徹底して信仰や宗教色を出さないようにしているのは不思議に思われます。

このような態度は日本民族が信仰精神を軽視しているからだと決め付けていましたが、
以前の私も含めて日本民族は信仰精神が欠如しているのではないと、最近理解しました。

私自身も日本人の多くは、「こんな私の祈りを神様・仏様は聞いてくれるだろうか?」
「祈っても願いがかなわなかったら、どうしよう?(見捨てられたら、どうしよう?」
と感じて、最後の最後まで<祈り><信仰>の話題を控えているのだと思います。

まさに【主イエス】が「山上の垂訓<天国の道徳>」で教示したことを思い出します。

●【山上の垂訓:神の国の福音・天国の道徳(マタイ伝5‐2~12、ルカ伝6‐20~23)
◆心に貧しき者は福(サイワイ)なり、天国は即ちその人の有(モノ)なればなり。
◆哀しむ者は福なり、その人は安慰(ナグサメ)を得(ウ)べければなり。
◆柔和なる者は福なり、その人は地を嗣(ツ)ぐことを得べければなり。
◆飢え渇くごとく義を慕う者は福なり、その人は飽くことを得べければなり。
◆あわれみある者は福なり、あわれみを得べければなり。
◆心の清き者は福なり、その人は神をみることを得べければなり。
◆和平(ヤワラギ)を求むる者は福なり、その人は神の子と称(トナ)えらるべければなり。
◆義(タダシ)きことの為に責められる者は福なり、天国は即ちその人の有なればなり。

「心に貧しき(心の貧しき)者」として【神の愛=主イエス】に頼るのは恐れ多いと思い
耐えがたき<患難辛苦>に「哀しむ者」であり、過酷な境遇にも「柔和なる者」であり、
【真理=正義】の【神の愛=主イエス】を確信できず「飢え渇くごとく義を慕う者」、
受難者に共感し同情する「あわれみある者」とは、日本民族の現在の姿だと実感します。

日本民族精神の支柱として【神の愛=主イエス】を素直に受け入れられないからといって、
【神の愛=主イエス】は私たちを毛嫌いすることはなく、私たちでも歓迎する証です!

●神は人を分け隔てはしない(ロマ書2-11)
●私は失われたものを捜し、迷い出た者を連れ出し、傷ついた者を包み、病気の者を
 力づける。私は肥えたと強い者を滅ぼす。私は正しい裁きを持って彼等を養う
 (エゼキエル書34‐16)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
 たとい彼等が忘れるようなことがあっても、私(主)はあなたを忘れることは
 ない(イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
「Very Important Person in God' Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●これらの小さい者の一人が滅びることは、天に在ますあなた方の父の御心ではない
 (マタイ伝18‐14)

私たち日本民族の多数派は【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】しないで
特攻精神で<患難辛苦>に突進する覚悟のようです。しかし、心配御無用です!

これからさらに内外共に増強化する日本民族精神の存亡の危機に直面する事によって
【信仰:信愛・信頼・信従】に目覚め「心の清き者」として【神の愛=主イエス】を見出し、
【神の愛=主イエス】と共に決起する「和平を求める者」<主の兵卒>に召集される事で
この闇深き世界に対決する<聖戦>に参戦して【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で光輝かせる
【愛と自由の戦士:義勇軍・神の僕・忠義の愛子・光の子】として日本民族も活躍できる
絶好のチャンス到来です!

●どんな幸福な生活にも数多く起こる試練や心労を、堪えがたい重荷だと考えるか、
 それとも自分の生活原則を実行し修練するために、神から授けられた機会だと見るかは、
 ものごとの感じ方として大きな相違である。
 そして、この感じ方次第ですべてが決まるのである(ヒルティ)

私たち日本民族が民族的開花するには【神の愛の方程式=摂理】に従う必要があります。
それは植物を観察すると事でも理解できます。花が開くには一気に満開にはなりません。
先ずは一輪だけが、安全への道を拓く<尖兵>として決死の覚悟で開花するのです。

●諸民族を、その間違った道から神の信仰へ連れ戻すために苦難の時代が
 やって来なければならない場合に、普通神は先ず幾人かの個人に苦難をなめさせ、
 そのあとでこれらの人たちが、その他の人々に向かって自分達の経験に基づくゆえに
 確信をもって教え説くことができるように導き給う。そうすれば、この先駆者たちは
 一般の人々の苦難の時にも勇気を失う事なく、なお救われる見込みのある者を
 励ますにちがいない(ヒルティ)

時には強風や様々な災難に遭って散らされてしまう事もあるでしょう、すると翌日には
別の一輪が勇敢な尖兵となって花を咲かせ、満開への道を切り拓けるまで感動的ドラマが
繰り返されています。

私たち日本民族精神が【神の愛=主イエス】に立ち帰って、素晴らしい<花>を咲かせて
満開するにも民族的殉教者が不可欠であることが神の愛=主イエス】の<天意>であり、
<事の先後>【神の愛の方程式=摂理】であることを覚悟しなくてはなりません。

●<神の教示>(内村鑑三)
 多く学ばんと欲すべからず。
 神に教えられんと欲すべし。
 さらば神はあるいは書籍によりて、あるいは天然によりて、
 あるいは霊の黙示によりて、われらが学ぶべき事を、
 われらが学び得るだけ、われらに教えたもうべし。
●<天意の遂行>(内村鑑三)
 神と天然とはついに欺くべからず。
 威をもってするも、術をもってするも、
 神はついにその意志を曲げず、天然はついにその法則を改めず。
 知者いずこにある。暴人、何事をかなさん。
 天意はついにおこなわれて、譎計(きっけい)は失敗に終わらん。
 感謝すべきかな。
●<事の先後>(内村鑑三)
 難き事は先になし、易き事を後にせよ。
 易き事を先になして、難き事はついになすあたわざらん。
 深き事を先に極めて、博き事を後に求めよ。
 先に博き者はついに深き者たることあたわざらん。
 博きは倒れやすし。長く保つものは深きものなり。
 始めより広闊(こうかつ)を叫ぶ信仰に、長く保つもの少なし。

日本民族の多数派が【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】しない現在に
日本民族精神を【神の愛=主イエス】に立ち帰らせる<尖兵>は私たち一人一人です!

世間の多数派は「君は一人じゃない!」と励ましますが、【神の愛=主イエス】と共に
在る私たちは「【神の愛=主イエス】は君と<いつも一緒!>」だと紹介しましょう!

●インヌマエル:神われらと共にいます (マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる
 <Always,with you> (マタイ伝28‐20)

【神の愛=主イエス】は【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】の
【助け主】は【聖霊(の神)】であり、当時ギリシャ語で【アロス・パラクレイトス】と
現される存在であり、私たちの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と共に存在します。
  ★アロス  =(主イエスと)別で全く同質な
  ★パラ   =かたわらにいる
  ★クレイトス=助言者、慰め主、支援者、激励者、とりなし、弁護者

●私は父にお願いしよう。そうすれば、父は別の助け主を送って、いつまでもあなた方と
 共におらせて下さるであろう(ヨハネ伝14‐16)
●それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、
 それを受けることができない。 あなた方はそれを知っている。
 何故なら、それは あなた方と共におり、また、あなた方の内にいるからである
 (ヨハネ伝14‐17)

そして、<いつも一緒!>【神の愛=主イエス】は<真の友>として励まし慰めてくれ
私たちの<最高!最善!最美!>の<人生の伴侶>【同労者・同志】になってくれます!

●<友人としての神>(内村鑑三)
 神は善き友人である。第一等の友人である。彼に祈祷を聞くの耳がある。
 恩恵を施すの手がある。神は名ではなく実である。
 道理ではなく性格である。帝王ではない友人である
●キリストは我が万事(すべて)であるということである。キリストは我が義である、
 我が潔めである、我が救いである。
 我れキリストを信じて我が為すべき万事をなしたのである。
「そは神の充足(みちた)れる徳は、ことごとく形体(かたち)をなしてキリストに住めり」
(コロサイ書2-9)
 神はキリストにありて万物をヒトに与え給うのである。しかして人はキリストにありて
 万物を神より受くるのである(内村鑑三)
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
 なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
 私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)

【神の愛=主イエス】から<尖兵>の私たちが託された【ミッション:使命・天職】は
【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】の【礼拝:★讃美★祈求★感謝】の実践です。

●【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
 (テサロニケ前書5‐16~18)
●<修養と祈祷>(内村鑑三)
 修養は、神によらずして自ら高くのぼらんとするの法なり。
 祈祷は、神によって直ちに潔められんとするの途なり。 
 修養は人の法にして、祈祷は神の途なり。
 われらはプラトン、シセロ、孔子、王陽明にならって聖人君子と成らんと欲せずして、
 パウロ、アウグスティヌス、ルーテル、クロンウェルにならって
 クリスチャンたらんことを願うべきなり。
●喜べよ。感謝せよ。しかしてさらに大なる恩恵を仰げよ。
 感謝は有効なる祈祷の要素なり。
 神は感謝なき祈祷にその耳を傾けたまわず(内村鑑三)

<祈祷>【礼拝:★讃美★祈求★感謝】が<霊的呼吸>のように生命の一部にする事で
一日の始まりも終わりも、いつでもどこでも<最高!最善!最美!>の<労働>にして
【神の愛=主イエス&聖霊】を【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と一体化させましょう!

●近代人が運動に頼るに対して、クリスチャンは祈祷に頼る(内村鑑三)
●絶えず祈るべし、祈祷をもって生命となすべし(内村鑑三)
●仕事は、すなわち祈祷(礼拝)なり(内村鑑三)
●<われらの礼拝>(内村鑑三)
 われらは、僧衣を着けて高壇に上がり、
 聖書を朗読し、聖歌を吟唱し、手をひろげて天を仰いで祈り、
 手を按(お)いて人に儀式を施し、もってわれらの神を礼拝せんとしない。
 われらの礼拝は教会堂においておこなわれずして、
 あるいは工場において、あるいは田畑において、
 あるいは店頭において、あるいは書斎において、
 その他われらが日々の事業に従事する所において、おこなわるるのである。
 「仕事はすなわち祈祷(礼拝)なり」である。
 われらはわれらの日常の仕事をもって神を礼拝せんと欲するのである。
 礼拝の簡単または欠乏のゆえをもってわれらを責むる者に、
 われらはこの事をもって答うるのである。
●聖霊は神がその子の善行に報いんがために下し給う【最大の恩賞】である。
 ★倫理の霊★柔和の霊★赦免の霊★犠牲の霊★子たる霊
 研究によって霊欲を起こし
 祈祷によってこれを呼び求め
 実行によってこれを獲得する
 実行はまことの最も有力なる祈祷である(内村鑑三)
●朝の祈りは神様の慈悲と祝福の倉庫を開く鍵であり、
 夕方の祈りは神様の守りの御翼の影に隠していただく入り口である
(ヘンリー・ビーチャー)

日本民族精神が直面する未曾有の大災害の危機を【神の愛=主イエス】に立ち帰るための
絶好のチャンスとするために、皆さんが世間的少数派の<尖兵>【祈祷の勢力】となって
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】心意気をもって
活躍される事を心より応援しています!

●<祈祷の勢力>(内村鑑三)
 世の大事業と称えらるるものは皆祈祷の力によりて成りしものなり。
 祈祷の力によらずして建てられし国家は虚偽の国家にして
 永久不変の基礎の上に据えられしものに非ず、
 祈祷の力によらずして成りし美術に天の理想を伝うるものあるなし、
 祈祷は精神的生命を得る唯一の秘訣なり
●<信者の祈祷>(内村鑑三)
 わが祈祷が聞かるるのではない。
 神がわれをもって祈りたもう祈祷が聞かるるのである。
 信者にありて祈祷は祈願(ねがい)ではない。預言である。
 神が神に求めたもう祈祷であれば、必ず遂行せらるるべきものである。
 信者の祈祷は必ず聞かるというはこの事である。
 神がなさんと欲したもう事を、あらかじめ、
 われをして彼に求めしめたもう、その事が祈祷である。
 ゆえに言う、
 「われらは祈るべきところを知らず、されども聖霊みずから言いがたきの嘆き
 (熱心)をもて、われらのために祈る(ロマ書8-26)」と。
●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。即ち必ず成就すべき事を
 前もって語に表することである(内村鑑三)
●わが祈祷が聴かれないと言う時に、祈祷以上が聴かるるのである。
 祈祷が聴かれないのではない。我等が祈求むるところ、思惟うところよりもいたく
 過(まさ)りて聴かるるのである(内村鑑三)
●すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。
 そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、
 また祈りなさい(エペソ書6-18)
●<迷路に立ちての祈祷>(内村鑑三)
 神様、私がなさんと欲することは成りません。
 また、他人(ヒト)が私をもってなさんと欲することも成りません。
 ただ貴神(あなた)が私をもってなさんと欲し給うことのみが成るのであります。
 神様、ドウゾ貴神が私をもって何をなさんと欲し給うかそのことを教えて下さい。
 ソウしてそのことの私にわかった以上は私が私の力のあるとないとを顧みることなく、
 また他人に何の遠慮することなく、ただ大胆にそのことに従事することのできるように
 私を援(タス)けて下さい。アーメン(内村鑑三)
●我に糧あり、聖書なり。我に力あり、祈祷に存在す。
 我は単独にして世界を相手に戦いを得るなり(内村鑑三)
●<勝利の生涯>(内村鑑三)
 世を遁(のが)れんとするなかれ、世に勝つべし。
 境遇の改まらんとことを祈るなかれ、心の改まらんことを祈るべし。
 苦痛の去らんことを願うなかれ、恩恵の増さんことを願うべし。
 外に富みかつ栄えんと欲するなかれ、衷(うち)に喜びかつ楽しむ者となるべし。

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)

【2011年3月10日に作成した<第556回>に加筆】
◇◇<忍耐・我慢・辛抱>を<望耐・歓耐・優耐>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

日本の美徳とされた伝統的気質・価値観として<忍耐・我慢・辛抱>があると思います。
苦節何十年間の一意専心の努力や不屈の根性も<忍耐・我慢・辛抱>あってのことです。

私自身は<忍耐・我慢・辛抱>では奮起されず、励まし慰めにならない気質といえます。
しかし<忍耐・我慢・辛抱>がない私でも、一意専心できる<人生目的・存在意義>を
子供の頃から捜し求めて生涯を賭ける【ミッション:使命・天職】に憧れていました。

そんな私にとって内村鑑三[著作全集]との出遭いが<解決への道>を拓いてくれました!
【神の愛=主イエス】が喜ばれるのは<望耐・歓耐・優耐>であること知ったからです。

苦しみ悩み突き進むのではなく、前方には常に明るい未来への希望を抱き、歓喜と共に
上手に楽しみ耐える<不屈の楽観・楽天主義>に【神の愛=主イエス】は導いてくれます!

●<患難とその結果>(内村鑑三:ロマ書5‐3)
 患難によりて壊(コボ)たれ、忍耐によりて支え
 練達(実行)によりて再築し、美わしき義の実を結ぶに至る。
 練達は希望を生ず。
●患難は忍耐を生み、忍耐は練達(練られた品性)を生み出し、練達は希望を生み出す
 (ロマ書5-3~4)
●苦難は忍耐を生み、忍耐は試練にみがかれた徳を生み、その徳は希望を生み出す。
●希望はわたしたちを欺くことがなく失望に終わらせない。
 わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからである
 (ロマ書5-5)
●あなたの顔を光に向けていなさい。そうすれば影は見えません。
 いつも真理に目を向けていなさい。そうすれば、あなたの心から不安、
 心配は消えるでしょう(ヘレン・ケラー)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、他のいかなる道でも
 達せられないほど、神に近づく事ができる(ヒルティ)

【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれる事で、私たちにとって、
<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】が常に未来を明るく照らしてくれるので
老いて益々若き【青春:幼な心・青年の心】で、死ぬ最後の最後まで勇進し続けられる
【フロンティア精神:★チャレンジ精神★ポジティブ/プラス思考★オープン・マインド】
【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の<望耐・歓耐・優耐>でいられます!

●青年、壮者とは;
         常に不可能を計画する人
         常に大改革を望む人
         常に詩人的にして夢想する人
         常に利害にうとき人
         常に危険を感ぜざる人  (内村鑑三)
●イエスと共にある者は;
  ◆青春の詩的理想を持続することができる
  ◆単純にして一貫せる生涯を完全に遂行できる
  ★平民の友★自由の主張者★理想の追求者 
   にしてその
  ★実行者★大革命家★大詩人★大預言者
●夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、
 計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
 故に、夢なき者に成功なし(吉田松陰)
●死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし
 生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし(吉田松陰)
●神は我をして我以上の思想を語らしめ、我以上の事をなさしめ給う。
 神に頼る我は小なりといえども、はなはだ大なる者なり(内村鑑三)
●キリスト信者たる栄誉の一つは、よわき取るに足らざるこの身をもって、
 なおも大望を抱いて、その一部分を遂行しうるにあり(内村鑑三)
●理想はひとり青年の夢想ではなく、また単なる抽象的観念でもなく、我々の生活を
 貫いて、いかなる日常の行動にも必ずや現実の力となって働くものである(南原繁)
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
 神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
 しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
 すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
 <すべてにおいて積極的人物となる!>(内村鑑三)
●<神意と人意>(内村鑑三)
 人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●キリスト教は特に青年の宗教であり、日々新たにして、又日々に新たなり(内村鑑三)
●大業を為しとげようと思ったら、年老いても青年でなければならない(ゲーテ)

私たちが心に【神の愛の力=隣人愛】で光り輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて勇進し続ける【ミッション:使命・天職】にあっては、
家族・身内の無理解、世間の逆風、失敗・挫折、妥協・屈服への誘惑だらけなので、
背信や忘恩で【ミッション:使命・天職】や【ビジョン:理想・夢念・大志】から
繰り返し逃げ出し遠ざかろうとも、たとえ自業自得の人生どん底の地獄の境地からでも
【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵>によって助け導き救い出してくれます!

●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う(内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
 そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
 (詩篇139-9~10)
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)

何度倒れても<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で
【ビジョン:理想・夢念・大志】に決起勇進して、現実的不可能を信仰的に可能にさせる
皆さんの<望耐・歓耐・優耐>の心意気による活躍を心より応援しています!

●一切の仕事が、神をはなれては困難であり、神とともにあれば一切が可能である
 (ヒルティ)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、許されていると考えるからである
 (トマス・ア・ケンピス)
●すべて彼(主イエス)を信じる者は失望に終わることがない(ロマ書10―11)
●人にできないことでも、神にはできる(マタイ伝19‐26、創世記18‐24、ヨブ記42‐2)
●神には何もできないことはない(ルカ伝1‐37)
●理想の実現は(不可能と見えるのは)人間の力や制度によるのではない!
 「万軍の主の熱心これ成し給うべし(イザヤ書9-7)」(内村鑑三)
●人は志の大きさに比例した人物になる(ジェームズ・アレン)
●あなたは、あなたの深く強い願望そのものである
 あなたの願望が、あなたの意欲をつくり
 あなたの意欲が、あなたの行為をつくり
 あなたの行為が、あなたの運命をつくる(インドの聖典)
●人生において、諸君には二つの道が拓かれている。
 一つは理想へ、もう一つは死へと通じている (シラー)
●人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である(シラー)
●夢は人を熱中させ、人生から退屈を消し去ってくれる。
 まさに夢が人生そのものになる。人生はあなたの夢の大きさで測れるだろう
(コンクリン)
●至誠にして動かざるもの、未だこれあらざるなり(吉田松陰)
●現実が夢を砕けるのなら、夢が現実を砕くことがあってもいいと思わないかい?
(ジョージ・ムア)
●<向上>(内村鑑三)
 上へ、上へ、上へと、
 昇るは救済(スクイ)なり、
 降るは滅亡(ホロビ)なり。
 われらは永久に昇りて永久に救われんのみ。
 道の難きを意とせず、
 われなんじを支えんと主いい給えばなり。
 手段を講じてしかるのにちに進まず、
 主の命を確かめて懼(オソ)れなく進むなり。
 より高き、より難き、より聖き業へと進むなり。
●上を見よ、下を見るなかれ
 前を見よ、後ろを見るなかれ
 外を見よ、内を見るなかれ
 しかして、人に手を貸すべし (エドワード・へール)
●なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
 神がキリスト・イエスによって上へ召してお与えになる賞を得るために、
 目標を目指してひたすら走ることである((ピリピ書3-13~14)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!

メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)