【2011年10月12日に作成した<第576回>に加筆】
◇◇<患難辛苦>への<対戦・応戦・抗戦>意欲に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
私たちが直面する大小様々な<患難辛苦>に立ち向かう<対戦・応戦・抗戦>意欲に
導いてくれる<最高!最善!最美!>の無限の源泉力が【神の愛=主イエス】です!
●神の力強い活動によって働く力が、私たち信じる者にとって、いかに
絶大なるものであるかを、あなた方が知るに至るようにと祈っている
(エペソ書1-19)
●<最大の能力>(内村鑑三)
確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
これが世界を動かした力である。
先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、
かくて自己は死して神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。
●<世界最大の者>(内村鑑三)
★知識をもって腕力に克つべし
★信仰をもって知識に克つべし
★愛をもって信仰に克つべし
★愛は進化の終局なり、最大の能力なり
★愛に達して我らは世界最大の者となるなり。
●力を与え強めて下さるキリストに助けられて、私は何事も成し遂げる事ができる
(ピリピ書4-13)
【神の愛=主イエス】は【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満ち溢れ光輝く無限大の
【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と<一日一生!日々新た>な
【バイタリティ:生活力=生命力+活力】で【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれます!
●<神の力>(内村鑑三)
神はただ愛と生命と精力とあるのみ。
「これゆえに、我ら臆せず、我らが外なる人は壊(こぼ)たるとも、内なる人は
日々に新たなり(コリント後書4‐16)」
神にありて我が失敗は失敗にあらず、我が弱きは弱きならず!
「(弱った者には力を与え、勢いのない者には強きを増し加えられる。
年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れ果てて倒れる。しかし、)
我が神にありて新たなる力を獲、ワシの如く翼を張りて昇り、走れども疲れず、
歩めども倦まざるなり(内村鑑三:イザヤ40‐31)」
◎【神の生命=神の愛の力⇔新生命力・新活力・新思想】(内村鑑三より)
◆霊魂を復活させ、愚かなる者を智からしむる能力ある事実(詩篇19)
◆すべて信じる者を救わんとする神の大なる能力(ロマ書1-16)
◆神の国は言葉にあらず、能力に在り(コリント前書4-20)
◆大能をもって我が内に働くもの(コロサイ書1-29)
◆【神の生命】は心の内に【光】となって
【新生命力】と【新活力】を加える【生活力(バイタリティ)】を提供する!
◆信仰により救われるのは、信仰により【この能力=生活力】を我らの
能力とする事ができるからであり、死は【生活力】が欠乏してやって来る。
◆【キリスト教(キリスト精神)】は【神の大なる能力=神の生命=生活力】を
豊かに供給して人を永遠にまで救わんとする、キリストなる【神の生命】を
もって【不朽の生命】を与えんとするものである!
●汝ら立ち帰りて静かにせば救いを得、平穏(オダ)やかにして依り頼まば力を得べし
(イザヤ書30‐15:ルター特愛の聖句)
例えば原発事故の放射能汚染について日々報道されるのは、汚染被害ばかり強調して
放射能汚染の恐怖・不安をあおるばかりで、そろそろ汚染に打勝つために立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲を燃やせるような報道があっても良いと感じます。
【聖書】にも明確に示されているように【神の愛=主イエス】は、私たち被造物が
口<外部>から侵入してくる<外敵>を排除できるように生まれつき与えてくれた
強大な<免疫力>があります。
●口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚す(マタイ伝15-11)
広島・長崎の原爆被害の体験に学ぶ事で放射能汚染でも体外に排除できることは、
今回の汚染被害に果敢に立ち向かう<対戦・応戦・抗戦>意欲が高まります。
それは日本的伝統食文化である「わかめの味噌汁・玄米・野菜」によって高められる
<免疫力>なのですが、原爆投下の現場で勇敢に献身的に救命医療に従事した人々が
被爆しなかった事実によって解明されたのです。
<詳細は;http://ameblo.jp/inoue-akira/entry-10833850109.html>
【神の愛=主イエス】が与える<神助:祝福・恩恵>【賜物・無償ギフト・神恵】は
いつでもどこでも、高価でなく、難解でもなく、特別な事前準備も前提条件も不要で、
老若男女誰にでも身近で分け隔てなく入手できる方法ですね。ハレルヤ!
●善を為すは難し、しかれどもキリストにありてこれを為すは易し(内村鑑三)
●賢さで人生を乗りきるのは困難だが、導きによって生きるのは容易である
(ヒルティ)
●一切の仕事が、神をはなれては困難であり、神とともにあれば一切が可能である
(ヒルティ)
●神を愛するとは、神の命令(掟)を守ることである。
その命令(掟)は難しくなく重荷とはならない。
神によって生まれた者はみな、世に勝つからである。
私たちの信仰こそ、世に打ち勝つ勝利の力である。
世に勝つ者とは誰か。イエスを神の御子と信じる者ではないか
(ヨハネ第1書5-3~5)
●神は人を分け隔てはしない(ロマ書2-11)
●主のあわれみは尽きない。(エレミヤ哀歌3-22)
●天の父神は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、
正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる(マタイ伝5-45)
●神は、すべての人に、いのちと息と万物をお与えになった方です。
確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです
(使徒行伝17-25~28)
【神の愛=主イエス】は目の前の強大な<患難辛苦>にも恐れず逃げ惑うことなく
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に導かれ支えられて勇猛果敢に献身的に立ち向かう
【愛と自由の戦士】<福音の戦士>【福音の勢力】の<対戦・応戦・抗戦>を通じて
【神の愛の方程式=摂理】を示してくれます!
●もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなた方の慰めと救いのためです。
もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなた方の慰めのためで、その慰めは、
私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐えぬく力をあなた方に与えるのです。
(コリント後書1-6)
●患難を避けんとするなかれ、これに勝たんとせよ。
独り自らこれに勝たんとするなかれ。神により勝たんとせよ(内村鑑三)
●沈黙せよ、苦しめ、耐えよ、おまえの苦しみは誰にも訴えるな、
決して神に絶望するな、おまえの助けは日毎に来るのだ(ルター)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神に向かい、神を待ち望め。
我が望みは神から来るからである(詩篇62-6)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中から援け出し給う
(内村鑑三:詩篇34‐19)
●聖霊、汝等の上に臨む時、汝等能力(チカラ)を受けん(使徒行伝1-8)
●神は神を愛される者と共に働いて万事を益となるようにして下さる(ロマ書8-28)
私たち個人個人でも、日々襲撃してくる強大な恐るべき<患難辛苦>を目前にして
【ビジョン:理想・夢念・大志】の<人生の旗印>を下ろして降参してしまおうと
逃げ腰になることがあります。私の場合は自己の小さな見栄や我欲や執着心などに
大切な【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が占領されて身動きできなくなるような
情けない毎日の繰返しです。そんな弱腰・逃げ腰・及び腰の私でも心配御無用です!
【神の愛=主イエス】は<闇:悪・マイナス・失敗>を<光:善・プラス・勝利>に
大転換してくれるからです!
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
(アウグスティヌス)
●<恐るべからざるもの三>(内村鑑三)
第1:失敗
失敗は方針を転ぜよとの神の命令である。
我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである。
第2:患難
患難は我らを神の懐に駆(オ)い追(ヤ)るための彼のムチである。
我らは患難に遭うて神の我らの為に設け給いし休息(イコイ)の牧場に入るのである。
第3:死
死は聖(キヨ)められし霊魂の純金を肉の汚物より分離する為の最後の手術である。
我らは死を経過して神の聖者のために備え給いにし光栄(ミサカエ)の
聖国(ミクニ)に往くのである。
【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれた私たちにとっては、
心に抱く最愛の【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて
直面する<患難辛苦>を突破せんと<対戦・応戦・抗戦>して連戦連敗であっても、
失敗挫折の連続で弱腰・逃げ腰・及び腰になろうと、徒労も無駄も存在しません!
●我が愛する兄弟よ、確くして搖らぐ事なく堅く立って常に励みて主の業に務めよ。
主に結ばれているならば自分たちの労苦が決して無駄にならないことを、
あなた方は知っているはずです(コリント前書15-58)
●あなたは方は、生命の言葉を堅く保持して、世の光のごとく此の時代に輝く。
かくしてキリストの日に、私は自分の走ったことが無駄でなく、
労したことも無駄ではなかったと誇ることができる(ピリピ書2-15~16)
●自分の心に描く夢の現実に向かって努力する時、ふだんなら思いもよらぬ、
成功が得られる。空中に楼閣を建てても無駄骨には終わらない。
楼閣は空中に建てるものだ。さあ、その下に土台を建てよう(ソロー)
●私は確信しているが、神の語られる事はみな成就し、神の言葉は一つとして
無駄になることはない(トピト記14-4)
内外共に混迷波乱の大変革期の国難の大危機に直面する現代日本社会において、
【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で堅く結ばれることで、
皆さんが<自己不信・自己否定・自己嫌悪>に陥らず、未来に絶望することなく、
日々直面する大小様々な<患難辛苦>にも勇猛果敢に<対戦・応戦・抗戦>して、
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げ勇進する【愛と自由の戦士】<福音の戦士>【福音の勢力】に決起して
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!、
、
●<事業精神⇔健全なる思念>(内村鑑三)
事業の困難を思うべからず、また我の弱きを思うべからず。
神の全能なるを思うべし、その恩恵の無限なるを念ずべし。
さらば、事業の困難は失せて我等は強き者とならん
●自分の意志をまったく神にゆだねて、ひたすら神の道具でありたいと思う人は
不思議にどんな祈りも聞き届けられる。そういう人はただ願い求めればよいのだ。
そうすると憂いも怖れもなく、至福の状態で、あらゆる困難を切り抜け、
生涯の日々をすべての人々とまじって生きて行くことができる(タウラー)
●元気を出しなさい。
今日の失敗ではなく、明日の成功について考えるのです。
あなたは困難な仕事を自分に課しましたが、
あきらめずにやり続ければ、必ずうまく行くのです。
そして、成功への障害を克服することが喜びとなるでしょう。
何かすばらしいことを達成するための努力というものは、
決して無駄にならないことを覚えていなさい(ヘレン・ケラー)
●あなたの身の上に最善のことが、定められてあると堅く信じなさい。
あなたの心がいと安らかであれば、すべての悩みを免れよう。
その時がやって来るならば、力強い助けが突然現れて、
あなたの愚かな悲しみを思いがけなく恥じ入らせよう(ヒルティ)
●賞賛に値するのは、実際に行動した人物であり、汗と血でまみれ、勇敢に戦い、
何度も間違いを犯して成功にまで手が届かなかった人物であり、
熱意をもって身を捧げ、有意義な目標に向かって全精力を使い、
たとえ失敗したとはいえ果敢に挑戦した人物である。
その人物は、勝利も敗北も知らない臆病者たちとは一線を画している
(セオドア・ルーズベルト)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2011年10月4日に作成した<第575回>に加筆】
◇◇<十字架:使命・天職>の<受難>を軽減する【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
私たちが信愛する<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】によって<召命>されて、託された
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】を見出し
<十字架>として背負うためには大小様々な<受難>を覚悟しなくてはなりません。
歴史的人物にしても、身近な挑戦者にしても、彼等の大半が<患難辛苦>に遭って
苦しみ悩んできたことを見聞きしているので、自然と身についた考えだと思います。
ところで、最近になって【聖書】に【神の愛の方程式=摂理】を再発見できました。
それは、いよいよ【主イエス】が死刑宣告を受けて<十字架>を背負わされる時に
起きた出来事です。
【主イエス】の【ミッション:使命・天職】である<贖罪の十字架>を背負う時に、
なんと見知らぬ無名な男が【主イエス】の<十字架>を担ぐ<受難>の身代わりに
なっているのです!
●イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、
すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた(ヨハネ伝19-17)
●そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から
出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた
(マルコ伝15-21、マタイ伝27-32)
●人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を
捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた(ルカ伝23-26)
本来なら【主イエス】自らが背負うべき重き<十字架>を担がずに済まされた事が、
さりげなく記述されていますが、これこそ【神の愛の方程式=摂理】と実感します。
私たちも、いよいよ【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:使命・天職】に
<受難>覚悟で出陣の時に、<受難>を軽減させるために予想外のあり得ない形で、
【神の愛=主イエス】は【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で<神助:祝福・恩恵>を
与えてくれる証明です!
●<神助>(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じてすべての善き物をもって汝を恵まん。
⇔ ★天来の思想
★外来の友人
★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすをうべし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
●この神は救い主、助け主。天にも地にも、不思議な御業を行い
ダニエルを獅子の力から救われた(ダニエル書6-28)
●あなたの力は人の数によるものではなく、
あなたの主権は強者に頼るものでもありません。
あなたは虐げられた者の神、
小さき者の助け主、
弱き者の支え、
見捨てられた者の守り、
希望を失った者の救い主(ユディト記9-11)
●あなたは、私の守り手、助け手となり、
私の体を滅びから、中傷の罠から、偽りを行う者の唇から
救い出してくださった。あなたは、私の反対者の目の前で、
私の助け手となり、あなたの豊かな慈しみと御名によって、
私を餌食にしようと仕掛けた罠から、私の命をねらう者の手から、
私が耐えていた数多くの苦しみから、救い出してくださった。
(シラ書〔集会の書〕51-2~3)
さらに【主イエス】の<最高!最善!最美!>の【ミッション:使命・天職】であり、
<最低・最悪・最酷>の<十字架処刑>においても、絶命まで長い時には48時間も
はりつけ状態で苦しむ<受難>なのに、【主イエス】はわずか3時間だったそうです。
まさに、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】に<忠義・忠信・忠誠>なる
【ビジョン:理想・夢念・大志】&【ミッション:使命・天職】を完遂するためには、
【主イエス】に起きた出来事のように、こんな私でも【三位一体:父・子・聖霊】の
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】が<助け手><神助:祝福・恩恵>となってくれます!
●私たちは、はばからずに次のように言うことができます。
「主は私の助け手。私は恐れない。人は私に何ができるだろう(ヘブル書13-6)
●知恵は正しい道に導き、神の国を彼に示し、聖なる事柄についての知識を授け、
労苦を通して繁栄をもたらし、その働きに対して豊かに報いた(知恵の書10-10)
●キリストをあなたがもっていれば、あなたはもう裕かであり、
不足を覚える事がないのだ。彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
人に望みをかける必要のないよう、万事につけての忠実な世話役となるであろう。
まことに人間は直ぐに変ってゆき、たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、終りに至るまで確固として守護される
(トマス・ア・ケンピス)
世間的常識やこの世の掟に従えば、自ら背負うべき<十字架:使命・天職】>に伴う
患難辛苦の<受難>でも、軽減してもらえるのが【神の愛の方程式=摂理】です!
●個人にとっても民族にとっても、試練が必要以上に長く続いたことは決してない
(ヒルティ)
●全ての苦難はそれからのちに現実となった時よりも、その前に想像された時の方が、
よほど困難に思われる(ヒルティ)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
これに対抗する事はできるであろう。私は神のおかげで困難になれてきた。
神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムエル)
●この山を登ろうとする者
その麓にて大きな困難に出会うであろう。
されど、登るに従って困難は減じ
おんみの辛苦は今ようやく愉しみとなる。
やがて登ること、きわめてやすく
小舟で急流を下るがごとくなるであろう(「神曲」煉獄篇・第四歌)
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】で【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の
【信仰:信愛・信頼・信従】を結び、<神の声>【御言葉】【御心:聖意・聖旨】を
聞き取って、心の【ビジョン:理想・夢念・大志】に【ミッション:使命・天職】を
体得できたなら、たとえ世間や身内が「不可能!」「無理!」「あり得ない!」など、
なんと言われようと、挑戦する前から自分勝手に自粛や断念放棄する必要もないので
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】に向かって
一意専心の<全生・全身・全霊>で前進あるのみです!
●あなたの御言葉が見いだされたとき、私はそれをむさぼり食べました。
あなたの御言葉は、私のものとなり、私の心は喜び躍りました。
万軍の神、主よ。私はあなたの御名をもって呼ばれている者です
(エレミヤ記15-16)。
●汝の道を進め、人々をしてその言うにまかせよ(ダンテ)
●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ自己を実現する生まれつきの
衝動を自分のうちに持っている(ヒルティ)
●人生の喜びとは何か。それは人々が「お前はできない」ということを
実現してみせることである(バジョット)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)?
●皆さんの未来に向かって、次の三つの言葉を送ります。
"Go for it !(迷わずに進め。)(トーマス・モンソン)
皆さんが【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で堅く結ばれる事で、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
掲げる【福音の勢力】【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】に決起して、
自ら背負う<十字架:使命・天職>に伴う患難辛苦の<受難>を軽減されながら
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の心意気で
世界を【御言葉】【御心:聖意・聖旨】【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で光輝かせて
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!
●患難を避けんとするなかれ、これに勝たんとせよ。
独り自らこれに勝たんとするなかれ。神により勝たんとせよ(内村鑑三)
●沈黙せよ、苦しめ、耐えよ、おまえの苦しみは誰にも訴えるな、
決して神に絶望するな、おまえの助けは日毎に来るのだ(ルター)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神に向かい、神を待ち望め。
我が望みは神から来るからである(詩篇62-6)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中から援け出し給う
(内村鑑三:詩篇34‐19)
●聖霊、汝等の上に臨む時、汝等能力(チカラ)を受けん(使徒行伝1-8)
●自分の意志をまったく神にゆだねて、ひたすら神の道具でありたいと思う人は
不思議に、どんな祈りも聞き届けられる。そういう人はただ願い求めればよいのだ。
そうすると憂いも怖れもなく、至福の状態で、あらゆる困難を切り抜け、
生涯の日々をすべての人々とまじって生きて行くことができる(タウラー)
●汝の道を主にゆだねよ、主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、光のごとく汝の義を
あきらかにし、真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)
●私たちは行く先を導いてくれる、天与の特質を身につけています。
私たちは人生という川の流れに、無防備で放り込まれたのではありません。
考え、判断し、達成する力を備えて、この世に来たのです(トーマス・モンソン)
●この動揺する時代に自分までぐらつくのは、ただ災いを増すばかり、
おのれの志を守ってゆずらぬ者だけが世の中をつくりあげて行くのだ(ゲーテ)
●絶えず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい。
これは一般的に言って、人生の苦難と悲哀を最もたやすく乗り越えさせる道である
(ヒルティ)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)
◇◇<十字架:使命・天職>の<受難>を軽減する【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
私たちが信愛する<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】によって<召命>されて、託された
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】を見出し
<十字架>として背負うためには大小様々な<受難>を覚悟しなくてはなりません。
歴史的人物にしても、身近な挑戦者にしても、彼等の大半が<患難辛苦>に遭って
苦しみ悩んできたことを見聞きしているので、自然と身についた考えだと思います。
ところで、最近になって【聖書】に【神の愛の方程式=摂理】を再発見できました。
それは、いよいよ【主イエス】が死刑宣告を受けて<十字架>を背負わされる時に
起きた出来事です。
【主イエス】の【ミッション:使命・天職】である<贖罪の十字架>を背負う時に、
なんと見知らぬ無名な男が【主イエス】の<十字架>を担ぐ<受難>の身代わりに
なっているのです!
●イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、
すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた(ヨハネ伝19-17)
●そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から
出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた
(マルコ伝15-21、マタイ伝27-32)
●人々はイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというキレネ人を
捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた(ルカ伝23-26)
本来なら【主イエス】自らが背負うべき重き<十字架>を担がずに済まされた事が、
さりげなく記述されていますが、これこそ【神の愛の方程式=摂理】と実感します。
私たちも、いよいよ【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:使命・天職】に
<受難>覚悟で出陣の時に、<受難>を軽減させるために予想外のあり得ない形で、
【神の愛=主イエス】は【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で<神助:祝福・恩恵>を
与えてくれる証明です!
●<神助>(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じてすべての善き物をもって汝を恵まん。
⇔ ★天来の思想
★外来の友人
★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすをうべし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
●この神は救い主、助け主。天にも地にも、不思議な御業を行い
ダニエルを獅子の力から救われた(ダニエル書6-28)
●あなたの力は人の数によるものではなく、
あなたの主権は強者に頼るものでもありません。
あなたは虐げられた者の神、
小さき者の助け主、
弱き者の支え、
見捨てられた者の守り、
希望を失った者の救い主(ユディト記9-11)
●あなたは、私の守り手、助け手となり、
私の体を滅びから、中傷の罠から、偽りを行う者の唇から
救い出してくださった。あなたは、私の反対者の目の前で、
私の助け手となり、あなたの豊かな慈しみと御名によって、
私を餌食にしようと仕掛けた罠から、私の命をねらう者の手から、
私が耐えていた数多くの苦しみから、救い出してくださった。
(シラ書〔集会の書〕51-2~3)
さらに【主イエス】の<最高!最善!最美!>の【ミッション:使命・天職】であり、
<最低・最悪・最酷>の<十字架処刑>においても、絶命まで長い時には48時間も
はりつけ状態で苦しむ<受難>なのに、【主イエス】はわずか3時間だったそうです。
まさに、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】に<忠義・忠信・忠誠>なる
【ビジョン:理想・夢念・大志】&【ミッション:使命・天職】を完遂するためには、
【主イエス】に起きた出来事のように、こんな私でも【三位一体:父・子・聖霊】の
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】が<助け手><神助:祝福・恩恵>となってくれます!
●私たちは、はばからずに次のように言うことができます。
「主は私の助け手。私は恐れない。人は私に何ができるだろう(ヘブル書13-6)
●知恵は正しい道に導き、神の国を彼に示し、聖なる事柄についての知識を授け、
労苦を通して繁栄をもたらし、その働きに対して豊かに報いた(知恵の書10-10)
●キリストをあなたがもっていれば、あなたはもう裕かであり、
不足を覚える事がないのだ。彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
人に望みをかける必要のないよう、万事につけての忠実な世話役となるであろう。
まことに人間は直ぐに変ってゆき、たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、終りに至るまで確固として守護される
(トマス・ア・ケンピス)
世間的常識やこの世の掟に従えば、自ら背負うべき<十字架:使命・天職】>に伴う
患難辛苦の<受難>でも、軽減してもらえるのが【神の愛の方程式=摂理】です!
●個人にとっても民族にとっても、試練が必要以上に長く続いたことは決してない
(ヒルティ)
●全ての苦難はそれからのちに現実となった時よりも、その前に想像された時の方が、
よほど困難に思われる(ヒルティ)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
これに対抗する事はできるであろう。私は神のおかげで困難になれてきた。
神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムエル)
●この山を登ろうとする者
その麓にて大きな困難に出会うであろう。
されど、登るに従って困難は減じ
おんみの辛苦は今ようやく愉しみとなる。
やがて登ること、きわめてやすく
小舟で急流を下るがごとくなるであろう(「神曲」煉獄篇・第四歌)
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】で【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の
【信仰:信愛・信頼・信従】を結び、<神の声>【御言葉】【御心:聖意・聖旨】を
聞き取って、心の【ビジョン:理想・夢念・大志】に【ミッション:使命・天職】を
体得できたなら、たとえ世間や身内が「不可能!」「無理!」「あり得ない!」など、
なんと言われようと、挑戦する前から自分勝手に自粛や断念放棄する必要もないので
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】に向かって
一意専心の<全生・全身・全霊>で前進あるのみです!
●あなたの御言葉が見いだされたとき、私はそれをむさぼり食べました。
あなたの御言葉は、私のものとなり、私の心は喜び躍りました。
万軍の神、主よ。私はあなたの御名をもって呼ばれている者です
(エレミヤ記15-16)。
●汝の道を進め、人々をしてその言うにまかせよ(ダンテ)
●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ自己を実現する生まれつきの
衝動を自分のうちに持っている(ヒルティ)
●人生の喜びとは何か。それは人々が「お前はできない」ということを
実現してみせることである(バジョット)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)?
●皆さんの未来に向かって、次の三つの言葉を送ります。
"Go for it !(迷わずに進め。)(トーマス・モンソン)
皆さんが【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で堅く結ばれる事で、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
掲げる【福音の勢力】【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】に決起して、
自ら背負う<十字架:使命・天職>に伴う患難辛苦の<受難>を軽減されながら
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の心意気で
世界を【御言葉】【御心:聖意・聖旨】【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で光輝かせて
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!
●患難を避けんとするなかれ、これに勝たんとせよ。
独り自らこれに勝たんとするなかれ。神により勝たんとせよ(内村鑑三)
●沈黙せよ、苦しめ、耐えよ、おまえの苦しみは誰にも訴えるな、
決して神に絶望するな、おまえの助けは日毎に来るのだ(ルター)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神に向かい、神を待ち望め。
我が望みは神から来るからである(詩篇62-6)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中から援け出し給う
(内村鑑三:詩篇34‐19)
●聖霊、汝等の上に臨む時、汝等能力(チカラ)を受けん(使徒行伝1-8)
●自分の意志をまったく神にゆだねて、ひたすら神の道具でありたいと思う人は
不思議に、どんな祈りも聞き届けられる。そういう人はただ願い求めればよいのだ。
そうすると憂いも怖れもなく、至福の状態で、あらゆる困難を切り抜け、
生涯の日々をすべての人々とまじって生きて行くことができる(タウラー)
●汝の道を主にゆだねよ、主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、光のごとく汝の義を
あきらかにし、真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)
●私たちは行く先を導いてくれる、天与の特質を身につけています。
私たちは人生という川の流れに、無防備で放り込まれたのではありません。
考え、判断し、達成する力を備えて、この世に来たのです(トーマス・モンソン)
●この動揺する時代に自分までぐらつくのは、ただ災いを増すばかり、
おのれの志を守ってゆずらぬ者だけが世の中をつくりあげて行くのだ(ゲーテ)
●絶えず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい。
これは一般的に言って、人生の苦難と悲哀を最もたやすく乗り越えさせる道である
(ヒルティ)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2011年9月29日に作成した<第574回>に加筆】
◇◇劣勢でも<連戦連敗>覚悟の<戦闘モード>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
キリスト教信者は自分の敗北や非を認めたくない「負け惜しみ・負け犬根性」だと
批判されたことがあります。まさに【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】には
<完全敗北・完全否定>は存在しません。
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●世に勝つ者はだれか、イエスを神の子と信じる者ではないか(ヨハネ第一書5-5)
●一切の仕事が神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である
(ヒルティ)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
許されていると考えるからである (トマス・ア・ケンピス)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。
すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、
「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくに全ての事をなすをうるなり
(ピリピ書4‐13) ⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)
我が身が滅び去ろうとも、我が【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を最善発揮して
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは、
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】として
<不死身!不滅!不退転!>の存在です!
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
世間的に大敗北と思われようとも、たとえ独善的偽善者や極悪人とみなされようと、
目先の損得利害でみれば圧倒的劣勢・敗色濃厚で無一物のどん底状態であろうとも、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
<連戦連敗>覚悟の<不屈の楽観・楽天主義>で戦い抜く<戦闘モード>によって
向上・勇進に導くのが【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】です!
●彼らが私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
私に向かって戦いを挑んで来ても、私には確信がある(詩篇27-3)
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三)
●なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
神がキリスト・イエスによって上へ召してお与えになる賞を得るために、
目標を目指してひたすら走ることである(ピリピ書3-13~14)
●進め。どこまでも進め。前途を疑惧せずして進め。
倒るるも退(ヒ)くなかれ。明日は今日よりも完全なれ。
明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
臆病者に平和あるなし。進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●<進まんのみ>(内村鑑三)
進まんのみ、進まんのみ。
褒めらるるも褒められざるがごとくに進まんのみ。
謗(そし)らるるも謗られざるがごとくに進まんのみ。
ただ一筋に神を目的(めあて)に進まんのみ。
人は無き者と思うて進まんのみ。
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、
また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか
(ヘブル書12‐1~2)
●前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず
前に進まんのみ(内村鑑三:シ出エジプト記14‐15)
●罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
神と生命と成功と愛とに向かって進まんのみ(内村鑑三)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、勇気と希望をすこしも捨てぬ。
私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●<向上>(内村鑑三)
上へ、上へ、上へと、昇るは救済(スクイ)なり、降るは滅亡(ホロビ)なり。
われらは永久に昇りて永久に救われんのみ。道の難きを意とせず、
われなんじを支えんと主いい給えばなり。
手段を講じてしかるのにちに進まず、主の命を確かめて懼(オソ)れなく進むなり。
より高き、より難き、より聖き業へと進むなり。
●上を見よ、下を見るなかれ
前を見よ、後ろを見るなかれ
外を見よ、内を見るなかれ
しかして、人に手を貸すべし(エドワード・へール)
私たちが【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれることで
心に宿る<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を死守して、
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】で未来の実現に<大確信:必勝・必決・必現>を
抱き続けられるので、何度失敗・挫折しようとも、<患難辛苦>が鍛え育ててくれ
私たちの生涯はラストがベストの<圧倒的大勝利!>です!
●The Best is yet to come!<最善の時はこれからだ!>
(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●人の心には多くの計画がある。しかし、主のはかりごと(御旨)だけが成る
(箴言19-21)
●我らのつとめは成功にあらず。失敗にたゆまずして、さらに進むことなり
(スチブソン)
●あなた方は耐え忍ぶ事によって自分の魂を勝ち取りなさい(ルカ伝21‐19)
●<患難とその結果>(内村鑑三:ロマ書5‐3)
患難によりて壊(コボ)たれ、忍耐によりて支え
練達(実行)によりて再築し、美わしき義の実を結ぶに至る。
練達は希望を生ず。
●患難は忍耐を生み、忍耐は練達(練られた品性)を生み出し、練達は希望を生み出す
(ロマ書5-3~4)
●希望は私たちを欺く事がなく失望に終わらせない。
私たちに与えられた聖霊によって神の愛が私たちの心に注がれているからである
(ロマ書5-5)
●<勝利の生涯>(内村鑑三)
患難を避けんとするなかれ、これに勝たんとせよ。
独り自らこれに勝たんとするなかれ。神によりて勝たんとせよ。
神が患難を下し給うは我らによりてその能力(ちから)と恩恵(めぐみ)とを
顕わさんためなり。
●誰が、キリストの愛から私たちを引き離すことができようか。
患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。
「神様のためには、いつでも死ねる心がまえでいなければならない。
私たちは殺されるのを待つ羊のようだ(詩篇44-22)」
と書いてある通りである。しかし、私たちは、私たちを(命を投げ出してまで)
愛して下さったキリストによって、これらすべてのことの中にあっても、
輝かしい圧倒的な勝利者となるのです(ロマ書8-35~37)
皆さんが【神の愛=主イエス】への【信仰:信愛・信頼・信従】で助け導かれて
心から信愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて
踏みつけられ倒されても何度でも再起し挑戦し続ける<不屈の楽観・楽天主義>で
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起して<連戦連敗>覚悟の<戦闘モード>で突進し続ける事を応援しています!
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
かえって、試練の時も、いつものように、
キリストのために、大胆に語ることによって
キリストのすばらしさが現わされて,
生きるにも死ぬにも、
私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
切に願い、希望している。
私にとって、生きることは、
キリストのために良い機会を得たことを意味し、
死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である
(内村鑑三)
●私たちは成し遂げたことではなく、これから成し遂げることのために生きている。
(ムーア)
●成功者になるためには、あなたは自らを信じなくてはいけない。
勝とうが負けようが、戦いのたびに人は強くなっていくのだから
(コリン・ターナー)
●始めは小なるも可なり。終りの大ならんことを欲す。
始めは悲しむも可なり。終りに喜ばんことを欲す。
始めに羞恥あるも可なり。終りに名誉あらんことを欲す。
始めに家なきも可なり。終りに住みかなきをいとう。
しかして神はおのれを愛する者を、始めに苦しめたもうといえども、
終りにには「笑いをもて彼の口を満たし、
喜びを彼のくちびるに置きたまう」(詩篇126-2)べし。
羞恥に始まって栄光に終り、十字架に始まって復活昇天に終る。
「義者の道は旭日のごとし。いよいよ輝きを増して昼の正午(まなか)に至る」。
願わくはわれもその恩恵にあずからんことを(内村鑑三)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇劣勢でも<連戦連敗>覚悟の<戦闘モード>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
キリスト教信者は自分の敗北や非を認めたくない「負け惜しみ・負け犬根性」だと
批判されたことがあります。まさに【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】には
<完全敗北・完全否定>は存在しません。
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●世に勝つ者はだれか、イエスを神の子と信じる者ではないか(ヨハネ第一書5-5)
●一切の仕事が神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である
(ヒルティ)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
許されていると考えるからである (トマス・ア・ケンピス)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。
すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、
「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくに全ての事をなすをうるなり
(ピリピ書4‐13) ⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)
我が身が滅び去ろうとも、我が【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を最善発揮して
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは、
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】として
<不死身!不滅!不退転!>の存在です!
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
世間的に大敗北と思われようとも、たとえ独善的偽善者や極悪人とみなされようと、
目先の損得利害でみれば圧倒的劣勢・敗色濃厚で無一物のどん底状態であろうとも、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
<連戦連敗>覚悟の<不屈の楽観・楽天主義>で戦い抜く<戦闘モード>によって
向上・勇進に導くのが【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】です!
●彼らが私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
私に向かって戦いを挑んで来ても、私には確信がある(詩篇27-3)
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三)
●なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
神がキリスト・イエスによって上へ召してお与えになる賞を得るために、
目標を目指してひたすら走ることである(ピリピ書3-13~14)
●進め。どこまでも進め。前途を疑惧せずして進め。
倒るるも退(ヒ)くなかれ。明日は今日よりも完全なれ。
明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
臆病者に平和あるなし。進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●<進まんのみ>(内村鑑三)
進まんのみ、進まんのみ。
褒めらるるも褒められざるがごとくに進まんのみ。
謗(そし)らるるも謗られざるがごとくに進まんのみ。
ただ一筋に神を目的(めあて)に進まんのみ。
人は無き者と思うて進まんのみ。
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、
また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか
(ヘブル書12‐1~2)
●前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず
前に進まんのみ(内村鑑三:シ出エジプト記14‐15)
●罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
神と生命と成功と愛とに向かって進まんのみ(内村鑑三)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、勇気と希望をすこしも捨てぬ。
私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●<向上>(内村鑑三)
上へ、上へ、上へと、昇るは救済(スクイ)なり、降るは滅亡(ホロビ)なり。
われらは永久に昇りて永久に救われんのみ。道の難きを意とせず、
われなんじを支えんと主いい給えばなり。
手段を講じてしかるのにちに進まず、主の命を確かめて懼(オソ)れなく進むなり。
より高き、より難き、より聖き業へと進むなり。
●上を見よ、下を見るなかれ
前を見よ、後ろを見るなかれ
外を見よ、内を見るなかれ
しかして、人に手を貸すべし(エドワード・へール)
私たちが【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれることで
心に宿る<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を死守して、
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】で未来の実現に<大確信:必勝・必決・必現>を
抱き続けられるので、何度失敗・挫折しようとも、<患難辛苦>が鍛え育ててくれ
私たちの生涯はラストがベストの<圧倒的大勝利!>です!
●The Best is yet to come!<最善の時はこれからだ!>
(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●人の心には多くの計画がある。しかし、主のはかりごと(御旨)だけが成る
(箴言19-21)
●我らのつとめは成功にあらず。失敗にたゆまずして、さらに進むことなり
(スチブソン)
●あなた方は耐え忍ぶ事によって自分の魂を勝ち取りなさい(ルカ伝21‐19)
●<患難とその結果>(内村鑑三:ロマ書5‐3)
患難によりて壊(コボ)たれ、忍耐によりて支え
練達(実行)によりて再築し、美わしき義の実を結ぶに至る。
練達は希望を生ず。
●患難は忍耐を生み、忍耐は練達(練られた品性)を生み出し、練達は希望を生み出す
(ロマ書5-3~4)
●希望は私たちを欺く事がなく失望に終わらせない。
私たちに与えられた聖霊によって神の愛が私たちの心に注がれているからである
(ロマ書5-5)
●<勝利の生涯>(内村鑑三)
患難を避けんとするなかれ、これに勝たんとせよ。
独り自らこれに勝たんとするなかれ。神によりて勝たんとせよ。
神が患難を下し給うは我らによりてその能力(ちから)と恩恵(めぐみ)とを
顕わさんためなり。
●誰が、キリストの愛から私たちを引き離すことができようか。
患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。
「神様のためには、いつでも死ねる心がまえでいなければならない。
私たちは殺されるのを待つ羊のようだ(詩篇44-22)」
と書いてある通りである。しかし、私たちは、私たちを(命を投げ出してまで)
愛して下さったキリストによって、これらすべてのことの中にあっても、
輝かしい圧倒的な勝利者となるのです(ロマ書8-35~37)
皆さんが【神の愛=主イエス】への【信仰:信愛・信頼・信従】で助け導かれて
心から信愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて
踏みつけられ倒されても何度でも再起し挑戦し続ける<不屈の楽観・楽天主義>で
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起して<連戦連敗>覚悟の<戦闘モード>で突進し続ける事を応援しています!
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
かえって、試練の時も、いつものように、
キリストのために、大胆に語ることによって
キリストのすばらしさが現わされて,
生きるにも死ぬにも、
私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
切に願い、希望している。
私にとって、生きることは、
キリストのために良い機会を得たことを意味し、
死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である
(内村鑑三)
●私たちは成し遂げたことではなく、これから成し遂げることのために生きている。
(ムーア)
●成功者になるためには、あなたは自らを信じなくてはいけない。
勝とうが負けようが、戦いのたびに人は強くなっていくのだから
(コリン・ターナー)
●始めは小なるも可なり。終りの大ならんことを欲す。
始めは悲しむも可なり。終りに喜ばんことを欲す。
始めに羞恥あるも可なり。終りに名誉あらんことを欲す。
始めに家なきも可なり。終りに住みかなきをいとう。
しかして神はおのれを愛する者を、始めに苦しめたもうといえども、
終りにには「笑いをもて彼の口を満たし、
喜びを彼のくちびるに置きたまう」(詩篇126-2)べし。
羞恥に始まって栄光に終り、十字架に始まって復活昇天に終る。
「義者の道は旭日のごとし。いよいよ輝きを増して昼の正午(まなか)に至る」。
願わくはわれもその恩恵にあずからんことを(内村鑑三)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2011年9月20日に作成した<第573回>に加筆】
◇◇【ビジョン】を【大義:使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
【聖書】の【御言葉】は「恐れるな!」が365回、「喜べ!」が800回あるそうです。
それだけ、私たちの人生が「恐れ・不安・悲嘆」に満ち溢れていると実感できます。
そして私たちが単純明快な【青春:幼な心・青年の心】<熱き思い燃える心>で抱く
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げ挑戦しようとする時も
「恐れ・不安・悲嘆」の連続です。
世間的失敗や身内からも批判・無理解など孤立無援の「恐れ・不安・悲嘆」を考えて
「~がないからできない」「~さえあればできる」「~さえなければできる」などと
自己都合の言い訳で【ビジョン:理想・夢念・大志】挑戦を後回し・先送りする事も
可能です。私自身も【神の愛=主イエス】に出遭えなければ当然の選択でした。
●生活はすべて次の二つから成り立っている。
したいけど、できない。できるけど、したくない(ゲーテ)
しかし、【神の愛=主イエス】は【ビジョン:理想・夢念・大志】を最優先にした
人生に挑戦する決断と実行のために背中を押してくれて、何度倒れて挫折失敗しても
怖気づいて尻込みしても、再起して前進し続けるために全面的に応援してくれます!
●<神意と人意>(内村鑑三)
人は止まらんとし、神は動かんとし給う
人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
<すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)
●主は助けを求める人の叫び求めることを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる
(詩篇34-17~20)
そうです!【神の愛=主イエス】は私たちの心に抱く<最愛の我が子・我が分身>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】が単なる我欲や自己都合の思いつきの次元でなくて
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【賜物・無償ギフト・神恵】であって
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】である事を
体得させてくれます!
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、すなわち
神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、また、
これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを悟った
日のことである(ヒルティ)
●神の御心にかなう事を求め行う以上に快い気分を覚えさせ喜びを与えるものはない
(トマス・ア・ケンピス)
●人の最大発見物は天職なり。これを知らずして彼の人生は無意味なり(内村鑑三)
●人生の喜びとは何か。それは人々が「お前はできない」ということを
実現してみせることである(バジョット)
●神様は誰にでも行く道を用意していて下さるものだ。
神様がおまえのために残してくれた前兆を読んでゆくだけでいいのだ
(パウロ・コエーリョ)
、
【この世の勢力:富・権威・名声】以上に、「恐れ・不安・悲嘆」に引きずり込む
最大最強最悪の敵対勢力は、私にとっては<自己不信・自己否定・自己嫌悪>です。
「お前にできる訳がない!」「お前に資格なんかない!「薄汚いお前が恥を知れ!」
やる気をなくす為に【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を霊的に総攻撃してきます。
<不義・不正・不実>不純・不潔で世間的に<無一物>である私の境遇であっても
私の<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは、
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で光り輝く<光の子><世の光・地の塩>です!
●神は光であって、神には少しの暗いところもない(ヨハネ第1書1‐5)
●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、闇の内を歩くことが
なく、命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい(ヨハネ伝12‐36)
●光の子として歩みなさい(エペソ書5‐8、イザヤ書2‐5)
●光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせる(エペソ書5‐9)
●あなた方は、世の光です。山の上にある町は隠れる事ができません
(マタイ伝5-14)
●あなた方は、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって
塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、
人々に踏みつけられるだけです(マタイ伝5-13)
自力でなくて、【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれて
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて勇進するならば、
【この世の勢力:富・権威・名声】に無縁でも。家族身内にも理解されなくても、
世間的に批判攻撃されたり、連戦連敗の挫折失敗でも、何よりも自分自身の声に
<自己不信・自己否定・自己嫌悪>の総攻撃されても、【神の愛=主イエス】は
<いつも一緒!>で最後の最後まで<最高!最善!最美!>の応援をするので、
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】である
私の心の<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは
何があろうとも、どんな状況にあっても、<不死身!不滅!不退転!>です!
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。
救いのない運命というものはない。災難に合わせて、どこか一方の扉を開けて、
救いの道を残している(セルバンテス)
皆さんが「恐れ・不安・悲嘆」に満ちた人生にあっても、【神の愛=主イエス】と
【信仰:信愛・信頼・信従】で<相思相愛の主従関係>に結ばれることによって、
皆さんが心から信愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】に【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】を発見して<大義><我が道><人生目的・存在意義>であり
【ミッション:使命・天職】であることを体得して、<人生の旗印>に高く掲げて
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の心意気で
【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】<福音の戦士>【福音の勢力】に
決起して【ビジョン:理想・夢念・大志】に勇進する事を心より応援しています!
●この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せばその一歩が道となり その一足が道となる.
迷わず行けよ 行けばわかるさ(一休 宗純)
●まっしぐらによい道を進んでいくべきだ。
いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。
その一歩一歩が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならないよ(ゲーテ)
●この道より、我を生かす道なし。この道を歩く(武者小路実篤)
●あなたの夢は何か、あなたの目的は何か。それが明らかならば、
必ずや道は開かれる(ガンジー)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)
●汝の道を主にゆだねよ、
主に信頼せよ、
主はそれをなしとげ
光のごとく汝の義をあきらかにし、
真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)
●汝は王者なれば ただ一人征(ゆ)け 自由の大道を自在なる英知もて進め
その尊き偉業の報いを欲せず 自らが愛する思想の実をば結びゆけ(プーシキン)
●救いの道は右にも左にも通じていない。それは自分自身の心に通じる道である。
そこにのみ神があり、そこにのみ平和がある(ヘッセ)
●人は何かを信じることによって生きる。
いろんなことを論じあうことによってではない(カーライル)
●明確な目的があれば、起伏の多い道でも前進できる。
目的がないと、平坦な道でも前進できない(カーライル)
●心をつくして主に信頼せよ、
自分の知識に頼ってはならない。
すべての道で主を認めよ、
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
●君の呼びかけに、だれも答えないならば
君よ、我が道を一人征(ゆ)け
皆が恐れを抱いて沈黙するならば
君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ(タゴール)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇【ビジョン】を【大義:使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
【聖書】の【御言葉】は「恐れるな!」が365回、「喜べ!」が800回あるそうです。
それだけ、私たちの人生が「恐れ・不安・悲嘆」に満ち溢れていると実感できます。
そして私たちが単純明快な【青春:幼な心・青年の心】<熱き思い燃える心>で抱く
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げ挑戦しようとする時も
「恐れ・不安・悲嘆」の連続です。
世間的失敗や身内からも批判・無理解など孤立無援の「恐れ・不安・悲嘆」を考えて
「~がないからできない」「~さえあればできる」「~さえなければできる」などと
自己都合の言い訳で【ビジョン:理想・夢念・大志】挑戦を後回し・先送りする事も
可能です。私自身も【神の愛=主イエス】に出遭えなければ当然の選択でした。
●生活はすべて次の二つから成り立っている。
したいけど、できない。できるけど、したくない(ゲーテ)
しかし、【神の愛=主イエス】は【ビジョン:理想・夢念・大志】を最優先にした
人生に挑戦する決断と実行のために背中を押してくれて、何度倒れて挫折失敗しても
怖気づいて尻込みしても、再起して前進し続けるために全面的に応援してくれます!
●<神意と人意>(内村鑑三)
人は止まらんとし、神は動かんとし給う
人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
<すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)
●主は助けを求める人の叫び求めることを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる
(詩篇34-17~20)
そうです!【神の愛=主イエス】は私たちの心に抱く<最愛の我が子・我が分身>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】が単なる我欲や自己都合の思いつきの次元でなくて
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【賜物・無償ギフト・神恵】であって
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】である事を
体得させてくれます!
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、すなわち
神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、また、
これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを悟った
日のことである(ヒルティ)
●神の御心にかなう事を求め行う以上に快い気分を覚えさせ喜びを与えるものはない
(トマス・ア・ケンピス)
●人の最大発見物は天職なり。これを知らずして彼の人生は無意味なり(内村鑑三)
●人生の喜びとは何か。それは人々が「お前はできない」ということを
実現してみせることである(バジョット)
●神様は誰にでも行く道を用意していて下さるものだ。
神様がおまえのために残してくれた前兆を読んでゆくだけでいいのだ
(パウロ・コエーリョ)
、
【この世の勢力:富・権威・名声】以上に、「恐れ・不安・悲嘆」に引きずり込む
最大最強最悪の敵対勢力は、私にとっては<自己不信・自己否定・自己嫌悪>です。
「お前にできる訳がない!」「お前に資格なんかない!「薄汚いお前が恥を知れ!」
やる気をなくす為に【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を霊的に総攻撃してきます。
<不義・不正・不実>不純・不潔で世間的に<無一物>である私の境遇であっても
私の<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは、
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で光り輝く<光の子><世の光・地の塩>です!
●神は光であって、神には少しの暗いところもない(ヨハネ第1書1‐5)
●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、闇の内を歩くことが
なく、命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい(ヨハネ伝12‐36)
●光の子として歩みなさい(エペソ書5‐8、イザヤ書2‐5)
●光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせる(エペソ書5‐9)
●あなた方は、世の光です。山の上にある町は隠れる事ができません
(マタイ伝5-14)
●あなた方は、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって
塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、
人々に踏みつけられるだけです(マタイ伝5-13)
自力でなくて、【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれて
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて勇進するならば、
【この世の勢力:富・権威・名声】に無縁でも。家族身内にも理解されなくても、
世間的に批判攻撃されたり、連戦連敗の挫折失敗でも、何よりも自分自身の声に
<自己不信・自己否定・自己嫌悪>の総攻撃されても、【神の愛=主イエス】は
<いつも一緒!>で最後の最後まで<最高!最善!最美!>の応援をするので、
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:使命・天職】である
私の心の<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは
何があろうとも、どんな状況にあっても、<不死身!不滅!不退転!>です!
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。
救いのない運命というものはない。災難に合わせて、どこか一方の扉を開けて、
救いの道を残している(セルバンテス)
皆さんが「恐れ・不安・悲嘆」に満ちた人生にあっても、【神の愛=主イエス】と
【信仰:信愛・信頼・信従】で<相思相愛の主従関係>に結ばれることによって、
皆さんが心から信愛する【ビジョン:理想・夢念・大志】に【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】を発見して<大義><我が道><人生目的・存在意義>であり
【ミッション:使命・天職】であることを体得して、<人生の旗印>に高く掲げて
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の心意気で
【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】<福音の戦士>【福音の勢力】に
決起して【ビジョン:理想・夢念・大志】に勇進する事を心より応援しています!
●この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せばその一歩が道となり その一足が道となる.
迷わず行けよ 行けばわかるさ(一休 宗純)
●まっしぐらによい道を進んでいくべきだ。
いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。
その一歩一歩が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならないよ(ゲーテ)
●この道より、我を生かす道なし。この道を歩く(武者小路実篤)
●あなたの夢は何か、あなたの目的は何か。それが明らかならば、
必ずや道は開かれる(ガンジー)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)
●汝の道を主にゆだねよ、
主に信頼せよ、
主はそれをなしとげ
光のごとく汝の義をあきらかにし、
真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)
●汝は王者なれば ただ一人征(ゆ)け 自由の大道を自在なる英知もて進め
その尊き偉業の報いを欲せず 自らが愛する思想の実をば結びゆけ(プーシキン)
●救いの道は右にも左にも通じていない。それは自分自身の心に通じる道である。
そこにのみ神があり、そこにのみ平和がある(ヘッセ)
●人は何かを信じることによって生きる。
いろんなことを論じあうことによってではない(カーライル)
●明確な目的があれば、起伏の多い道でも前進できる。
目的がないと、平坦な道でも前進できない(カーライル)
●心をつくして主に信頼せよ、
自分の知識に頼ってはならない。
すべての道で主を認めよ、
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
●君の呼びかけに、だれも答えないならば
君よ、我が道を一人征(ゆ)け
皆が恐れを抱いて沈黙するならば
君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ(タゴール)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2011年9月11日に作成した<第572回>に加筆】
◇◇【ビジョン:理想・夢念・大志】を【御言葉】で守る【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、愛読に感謝します!
私たちが【青春:幼な心・青年の心】に思い描く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
多くが現実生活に追われ、後回し先送りにされて、やがて断念放棄される<危険>に
満ち溢れているのが「この世」だと実感できます。まさに<天然の摂理>にも通じる
【神の愛の方程式=摂理】<狭き門>といえます。
●咲く花は多し、実となるは少なし。実となるは多し、熟するは少なし。
天然の法則は神の聖旨なり(内村鑑三)
●狭き門より入れ!滅びに至る門は大きく、その道は広い。
そして、そこから入って行く者は多い。命に至る門は狭く、その道は狭い。
そして、それを見出す者は少ない(マタイ伝7-13~14、ルカ伝13-24)
【神の愛=主イエス】にとって私たちの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
【御心:聖意・聖旨】であり、私たち各自に託された【ミッション:使命・天職】が
示されていることを【聖書】【御言葉】は明確に教えてくれます。
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
かつ実現に至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべく
キリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。その測り知れぬ力は神のものであって、
私たちから出たものでないことが、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。何故なら、全ての永続的な
真実の力は神のものであって、人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で自ら全ての事を
行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)
●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
(ヒルティ)
●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
そして少年の頃の理想主義は何ものにも変えることが出来ない人間の財産である
(シュバイツァー)
●青春の夢に忠実であれ(シラー)
そこで、【神の愛=主イエス】は私たちの心に抱く<最愛の我が子・我が分身>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】が「この世」で見捨てられたり、見殺しにされず、
意気地なしの無一物の私でも、大切に守り育てられるように、【聖書】【御言葉】を
【ビジョン:理想・夢念・大志】の<実現保証>の【福音】として、私たちに無償で
プレゼントしてくれました!
●主は御言葉を遣わして彼らを癒し、破滅から彼らを救い出された(詩篇107-20)
●どのようにして、若者は歩む道を清めるべきでしょうか。
あなたの御言葉どおりに道を保つことです(詩篇119-9)
●あなた方が私につながっており、私の言葉があなた方の内にいつもあるならば、
望むものを何でも願い求めなさい。そうすれば、それがかなえられ、
あなた方のために与えられる(ヨハネ伝15-7)
●私たちの福音があなた方に伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、
力と、聖霊と、強い確信とによったからです。私たちがあなた方のところで、
どのようにあなた方のために働いたかは、御承知のとおりです
(テサロニケ前書1-5)
●一切の仕事が、神をはなれては困難であり、神とともにあれば一切が可能である
(ヒルティ)
そうです!私の個人的<野心・野望>に見える【ビジョン:理想・夢念・大志】を
【聖書】【御言葉】精神である【聖欲】【神の愛の力=隣人愛】にまで昇華させて
私の【ビジョン:理想・夢念・大志】にも【御心:聖意・聖旨】を体感できる事で、
私の心は【大希望:聖望!聖願!聖欲!】に輝く<大確信:必勝・必決・必現>に
満ち溢れます!
●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
我が命じ遺(おく)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、
食べる人には糧を与える。そのように、私の口から出る私の言葉もむなしくは、
私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、
私が与えた使命を必ず果たす(イザヤ書55-10~11)
●まことに、御言葉は、あなたのごく身近くにあり、あなたの口にあり、
あなたの心にあって、あなたはこれを行なう事ができる(申命記30‐14)
日本人なら誰も知っている【先人・偉人の教え:名言・格言】としてクラーク博士の
「青年よ大志を抱け!」がありますが、本来のメッセージは多少異なるようです。
「Boysi, be ambitious in Christ」であり「in Christ:キリスト(神)において」が
前提にあるそうです。まさに世俗的【ビジョン:理想・夢念・大志】を磨き上げて
【神の愛=主イエス】の<大理想の星>【御心:聖意・聖旨】にまで到達させる事を
表現しているのだと思います。
●青年よ大志を抱け!【御心:聖意・聖旨】のままに(クラーク)
●汝の車を星につなげ!(エマーソン)
●失敗は罪ではない、目的が低いことが罪である(内村鑑三)
●空高く飛ぼうとしない精神は、やがて地に堕ちる(スマイルズ)
たとえば、私の個人的事業は、世俗的には「カウンセラー」と定義できますが、
私は【聖書】【御言葉】につながる【福音伝道カウンセラー】と命名しています。
<人生の旗印>のネーミングにも【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】に
高めると【ミッション:使命・天職】を体感できて、<公言・信仰告白>する事で
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に燃えます!
●最も大切なことは、自分の使命、すなわち主イエスが私にお与えになった働きを
全うすることです(使徒行伝20-24)
【万人祭司・万人伝道者】
●あなた方も、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、
聖なる祭司となってイエス・キリストにより、神に喜ばれる霊のいけにえを、
献げなさい(ペテロ前書2-5)
●あなた方は選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。
それによって暗闇から驚くべき御光へと招き入れてくださった方の力ある御業を、
あなた方が広く語り伝えるためである(ペテロ前書2-9)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
あなたには私が共にいるからだ。
誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)
●我はただ語る。人が聴いても語る。聴かないでも語る。
我は我が歓喜を語らずにはいられない。我はヒバリがさえずるごとく
人が聴く聴かざるに関せず語る。我は黙するにはあまりに嬉しくある。
それであるから語るのである(内村鑑三)
皆さんの<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】を
【聖書】【御言葉】につなげて【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】に
昇華させて、<人生の旗印>に高く掲げて、【ミッション:使命・天職】完遂に
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で燃える
<福音の戦士>【福音の勢力】として活躍されることを心より応援しています!
●あなた方はこの世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。
私(主イエス)はすでに世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●キリスト教は不断の幸福を約束しない。しかし、世に勝つ平和を約束している
(ヒルティ)
●私たちは真理にさからっては何をする力もなく、真理に従えば力がある
(コリント後書13-8)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
自ら心で決めたとおりにすべきである。
神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず
神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)
●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んで為し、恥ずべき利得の為でなく
本心からそれをしなさい(ペテロ第1書5‐2)
●今自分がどこにいるかは大したことではない。
どの方向に向かって歩いているかが大切なのだ(コリン・ターナー)
●神に感謝します。我れ義務を果たせり(ネルソン提督「最後の言葉」)
●聖なる好奇心をもちたまえ。人生を生きる価値のあるものにするために
(アインシュタイン)
●宗教とは、我々の義務のすべてを神の命令とみなすことである(カント)
●神よ!私がいつも、創造できる以上のことを望むことを、許したまえ!
(ミケランジェロ)
●楽天主義とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、
明日を今日より美しいものにするための努力を重ねる生き方なのである
(ヘレン・ケラー)
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)
●他人の嘲りを心にとめず、敗北にも挫けず、勇気をもってまた起ちあがれ、
いっさいの正義にはやがて勝利がおとずれるのだ(エマーソン)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2011年8月30日に作成した<第571回>に加筆】
◇◇<信仰特権>で<圧倒的大勝利!>を保証する【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!
一般的に宗教や信仰には戒律遵守や絶対的服従の<信仰義務>があるように思えます。
しかし【神の愛=主イエス】を【信仰:信愛・信頼・信従】するなら、義務ではなく
<信仰特権>が【賜物・無償ギフト・神恵】として、もれなくプレゼントされます!
世間で語られるように、死後の来世に「永遠の命」を得る「天国行きチケット」が
約束される事が<信仰特権>と思いますが、単なる死後の保証だけではありません。
私にとって<信仰特権>の中で<最高!最善!最美!>な魅力は、この世にあっても
我が人生に<圧倒的大勝利!>が保証されることです!
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●私たちの信仰こそ、世に打ち勝つ勝利の力である。世に勝つ者とは誰か。
イエスを神の御子と信じる者ではないか(ヨハネ第1書5-4~5)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、
その愛によって安らぎを与え新しくされる。
主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
私たちは、これら全ての事において、私たちを愛して下さる方によって
輝かしい圧倒的勝利者となる(ロマ書8-35~37)
私のような挫折・失敗だらけで<不義・不正・不実>不純・不潔の泥だらけ人生では、
【神の愛=主イエス】に出遭えて【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に目覚めれば、
私の【闇の勢力】が照らされて<重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>となって、
もう一歩も前進できなくなります。
しかし、私の恐るべき、耐え難き、申し訳なき、苦しみ悩み怒り悲しみに満ち溢れた
過去の全ての<重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>を【神の愛=主イエス】が
棒引き棚上げしてくれるので、まるで借金の自己破産処理のように、私の人生は常に
<一日一生!日々新た>で毎日が身軽で軽快に【ビジョン:理想・夢念・大志】と
【ミッション:使命・天職】に向かって<全生・全身・全霊>で突っ走れます!
●すべて労する者、重荷を負う者、我れに来たれ。我れ汝らを休ません
(マタイ伝11-28)
●あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたを心配し支えてくださる。主は従う者を支え、
とこしえに動揺しないように計らってくださる(詩篇55-22)
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、また、その完成者である
イエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
私にとって【神の愛=主イエス】が約束される、この世での<圧倒的勝利!>とは、
世間的無一物のちっぽけな私以上の遠大崇高な【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げる<福音の戦士>【福音の勢力】に決起する事であり、
【神の愛=主イエス】に<召命>された<大義>【ミッション:使命・天職】の為に
連戦連敗で何度挫折して倒れようとも、最後の最後まで<不屈の楽観・楽天主義>で
私の【ビジョン:理想・夢念・大志】実現に<大確信:必勝・必決・必現>をもって
勇進し続ける<生き様・死に様>です。
●<偉業>(内村鑑三)
我れ事を作(ナ)すにあらず、これを作さしめらるるなり
我は我れの欲する事をなしえずして、欲せざる事をなさしめる
神は我をして我れ以上の思想を語らしめ、我れ以上の事をなさしめ給う
神に頼るは我は小なりといえども、はなはだ我は大なる者なり。
●<聖 望>(内村鑑三)
われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
●<遠大の事業>(内村鑑三)
余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。
<万事・万物>を【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で治める【神の愛=主イエス】は
【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】する誰にも<信仰特権>として
全智全能で無限大で【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な
<神助:祝福・恩恵>で<我が道>を<万全・最善・空前>な<圧倒的大勝利!>に
導いてくれます!
●<勝利の生涯>(内村鑑三)
患難を避けんとするなかれ、これに勝たんとせよ。
独り自らこれに勝たんとするなかれ。神によりて勝たんとせよ。
神が患難を下し給うはわれらによりて、
その能力(ちから)と恩恵(めぐみ)とを顕わさんためなり。
●<勝利の秘訣>(内村鑑三)
我に力なし、しかれども我が全能の神は我が為に活動(ハタラ)き給う。
我に知恵なし、しかれども我が全智の神は我が為に計策(ハカ)り給う。
我が神、我と共にいまして懦弱(ヨワ)き拙劣(ツタナ)き我も
この世に勝ち得て余りあり。
我は永久(トコシエ)にエホバの聖名(ミナ)に頼らん。
●<神助>(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じてすべての善き物をもって汝を恵まん。
⇔ ★天来の思想
★外来の友人
★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすをうべし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
私の心に抱く<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】は、
たとえ世間的常識では実現不可能に思われようとも、私の能力・境遇とは無関係に、
<圧倒的大勝利!>が保証される<信仰特権>のおかげで<未来の事実>となるので、
<大確信:必勝・必決・必現>は無限の【大希望:聖望!聖願!聖欲!】の源泉です!
●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三)
●あなた方の内に働きかけ
、その願い(志望)を起こさせ、かつ実現に至らせるのは
神であって、それは神が善しとされるところだからである。 何事も、つぶやかず
疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい(ピリピ書2-13~14)
●こうして預言の言葉は、私たちにいっそう確実なものとなった。
あなた方も、夜が明け、明星がのぼってあなた方の心の中を照らすまで、
この預言の言葉を暗闇に輝くともしびとして、それに目を留めているがよい
(ペテロ第ニ書1‐19)
●人間は想像できることならどんなことでも実現できる(ヘンリー・フォード)
●希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなた方を
満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださる(ロマ書15-13)
●<無限と希望>(内村鑑三)
神の愛は無限なり、かれの時もまた無限なり。
無限の愛を行うに、無限の時をもってす
いかなる善事をか成し得ざらんや。
われらはわれらの救拯(すくい)について失望すべからざるなり。
●軍隊と巡査と法律とをもって維持されている平和は実は平和ではない。
聖書は人をして、その利欲の念を絶たしめて、これに代わるに他を救わんと欲するの
【聖欲】をもってせしめて社会をその根底より改める (内村鑑三)
●心をつくして神を愛せよ、それからあなたの欲することを為すが良い(ヒルティ)
皆さんが「あれはダメ、これはダメ」の信仰義務ではなく、【神の愛=主イエス】が
もれなく無償プレゼントしてくれて、<圧倒的大勝利!>を約束する<信仰特権>を
最善発揮させて<未来の事実>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げ、乱世大変革の現代世界において【救国:日本民族精神復興&国家再建】と
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に決起し【ミッション:使命・天職】に
<不死身!不滅!不退転!>で大活躍されることを心より応援しています!
●われらは天職を終了(オワル)までは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
この命すら決して惜しいとは思いません。
<最も大切なことは、自分の使命、すなわち主イエスが私にお与えになった
働きを全うすることです>(使徒行伝20-24)
●人間の第一職分は、自家の天職を探求するのが第一で、其天職をどこまでも
遂行するのが第二の本分であろう(徳富蘆花)
●「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし
生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし」(吉田松陰)
●あなた方のうちに善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、
その業を完成して下さるにちがいないと、確信している(ピリピ書1~6)
●諸君の内なるすべての新大陸と新世界とのためのコロンブスとなり、
貿易のではなく、思想の新しい航路を拓きたまえ(ソロー)
●君の眼を内に向けよ。しからば君の心のなかに、
まだ発見されなかった一千の地域を見出すであろう。
そこを旅したまえ。そして、自身の宇宙誌の大家となれ(ソロー)
●人間が生まれつき持っているところの良心の命令、
道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである
(吉田松陰)
●未来にむかって大いなる展望を与えてくれるような高所に立てば、
時折、風が激しく吹きぬけても、一向に気にならないものなのだ(ワーズワース)
●不屈の意志の星、
かれは私の胸のなかに昇る、
穏やかに、決然と、そして静々(しずしず)と、
そして平然と、おちついて、
おお、このような世の中で恐れるな、
そうすればやがて君はかならず知るだろう、
苦しみに耐えて強くあることが
どんなに崇高なことであるかを(ロングフェロー)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)
【2011年8月17日に作成した<第570回>に加筆】
◇◇<戦争のない世界=肉食文化根絶>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!
私もそうですが、特に戦後生まれの日本人は、戦争放棄の憲法九条と戦後占領政策の
影響もあって、何があっても戦わない「反戦平和」の精神が根ざしていると感じます。
実際に66年間他民族への武力行使(戦争)をしていない事を誇りにしている人もいます。
一方で、平和主義者であるイエス・キリストのキリスト教精神が根ざしているはずの
欧米先進国は、21世紀になっても外交に見切りをつけて武力戦争をし続けています。
【神の愛=主イエス】を体感しなかった以前の私は、キリスト教は他の宗教と同様で
お題目のご都合主義だと思っていましたが、最近では違った考えになりました。
戦争の歴史ともいえる【旧約聖書】のユダヤ民族精神を継承するキリスト教精神は
<死・敗北・滅亡>を恐れぬ徹底抗戦の<不屈の戦闘精神>であり、特に欧米民族は
長い間、他民族による侵略・虐殺・支配の繰り返しによって培われた奴隷根性から
<キリスト精神>によって解放され先祖が勝ち得た【自主独立精神:自由・独立】を
死守するためには、未来の世代を自由と平和に過ごさせるためならば、現在の世代が
国家民族の危機を先送りせず、手段を選ばず泥をかぶり血を流す自己犠牲の覚悟で、
国内外の対立・分裂を恐れず、あえて戦っているのだと思うようになりました。
国家民族存亡の武力戦争のために、欧米先進国の指導者は<正当性・大義>として
【神の愛=主イエス】そのものである【自由と正義】を高く掲げて戦いに挑みます。
まさに<キリスト教精神>は敵対勢力には勝利するまで手段を選ばず断固戦い抜く
<不屈の戦闘精神>の面があることを私たちは理解するべきでしょう。
●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。
だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない
(ガラテヤ書5-1)
●主は霊である。そして主の霊のあるところには、自由がある(コリント後書3‐17)
●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●神(愛)に仕えることを自由という(ヒルティ)
●地に平和をもたらすために、私が来たと思うな。むしろ分裂である。
(ルカ伝12-51)
●私は敵対させるために来たのである(マタイ伝10-35)
●今から後は一家の内で5人が相別れて3人はふたりに、ふたりは3人に対立し
息子は父親を侮り、娘は母親に、嫁はしゅうとめに逆らい、
それぞれ自分の家の者を敵とする
(ミカ伝7-6、ルカ伝12-53、マタイ伝10-36)
●私は剣を投げ込むために、火を地上に投じるために来た(マタイ伝10-34、ルカ伝12-49)
●悪に酬いるに悪をもってするは悪に負けたのである。
何をも酬いないで、ただ忍んでいるのは戦わないことである。
善をもって悪に対するのが悪と戦って悪に勝つことである(内村鑑三)
日本民族は一度敗戦しただけで、GHQ占領政策といえども、自国民が高く掲げた
アジアを欧米列強の植民地支配から解放させる大東亜共栄圏の<正当性・大義>を
間違っていたかのように、民族の誇るべき歴史を平気で改ざんして戦争名までもを
「大東亜戦争」から「太平洋戦争」と改名してしまいました。
本来の日本民族の伝統的精神では、圧倒的不利の負け戦に挑む<義挙>を歴史的に
高く評価できる美徳があると思います。
そして、数々の作戦ミスや指導者の先見性に問題があったとしても大東亜戦争もまた
敵対勢力でさえ「良くぞ戦い抜いた!」と褒め称える歴史的大事業だと思います。
いつのまにか、私たちは「勝たなければ戦うべきでない」「勝利こそ正義」と考えて
「何が何でも生き残るが勝ち」という<生き様>を尊重し、特に武力戦争に志願して
潔く見事に散り逝く<死に様>は、少なくとも私にはできないので、先人の行為まで
単なる国家の犠牲者であり、犬死・無駄死にのように扱われがちだと思います。
以前の私自身も戦死者の6割以上が餓死・病死という日本軍の愚かさや無謀な計画や、
自決や玉砕について否定的見解であり、大東亜戦争を賛美し肯定するのは疑問でした。
しかし、【神の愛=主イエス】を体感した現在では、大東亜の<大義>を信じ夢見て
散って逝った多くの若者や、餓死・病死・玉砕・自決で無念の死を遂げた戦士たちが
いてくれたことは日本民族として誇りであり、<歓喜!感動!感謝!>の対象であり、
<負け戦>にも突進し続ける【同労者・同志】であると思えるようになりました。
●The Best is yet to come!<最善の時はこれからだ!>
(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三)
大東亜の【ビジョン:理想・夢念・大志】は、現在も進行中の未完成・未実現であり、
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に通じる<大義>として輝いています!
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は敗れて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
しかし大東亜新秩序や【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の実現手段とは
勢力争いや主導権をめぐる覇権抗争や武力行使では実現不可能であることも事実です。
●イエス彼に言ひ給ふ『なんぢの劍をもとに收めよ、すべて劍をとる者は
劍にて亡ぶるなり。』(マタイ伝26-52)
「何故、この世から戦争がなくならないの?」という素朴な質問に対して【聖書】は
明確な<答え>と<解決手段>が示されていることを私は再発見できました!
戦争が絶えないのは、私たち人類が「肉食文化」を世界中に拡大化しているからです。
エデンの楽園では肉食文化はなく、まさに<禁断の果実>は肉食文化だと思います。
人類から始まった<肉食文化>は動物や昆虫など全生物界に浸透してしまったので
現在のような弱肉強食的殺戮が世界の隅々で繰り広げられています。
日本民族が高く掲げた大東亜新秩序の<大義>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
継承して、私たちが【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】を目指すならば、
反核・反戦平和・非武装中立運動や過去の歴史を否定する謝罪外交や自虐史観でなく、
伝統的日本食文化を基礎にして、農林業やバイオ・DNA技術や最先端技術を集結させて、
肉よりも美味しくて安価・栄養豊富な「肉感コピー食品」を製造開発して、太古世界の
種子をバイオ再生させて、世界中を水と緑に豊かな農耕大地に原点回帰せることだと
考えます。
さらに人類だけでなくて、日本に数多い動物園や植物園や水族館を活用することで、
エデンの楽園に住む動物・昆虫世界からも肉食文化を終焉させる飼育研究も進めて
世界遺産のように「エデンの園モデル地区」を建設することによって、そこに住む
全生物が<菜食・菌食>で仲良く平和に暮らせることを具現化させて、全世界に
普及させましょう!
●神は仰せられた「見よ、私は全地の上にあって、種を持つ全ての草と、
種を持って実を結ぶ全ての木をあなた方に与えた。
それがあなた方の食物である。また、地の全ての獣、空の全ての鳥、
地をはう全てのもので命の息のあるもののために、食物として、
全ての緑の草を与える」すると、そのようになった(創世記1-29~30)
●神である主は、東の方エデンの園を設け、そこに主の形造った人を造られた。
神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良い全ての木を
生えさせた。園の中央に命の木と、それから善悪の知識の木とを生えさせた
(創世記2-8~9)
●私(主)は全地のおもてにある種をもつ全ての草と種のある実を結ぶ全ての木とを
あなた方に与える。これはあなた方の食物となるであろう(創世記1‐39)
●命ある者には、食物として全ての青草を与える(創世記1‐30)
●川のほとり、その両岸にはあらゆる果樹が生長し、その葉も枯れず、
実も絶えることもなく、毎月、新しい実をつける。
その水が聖所から流れ出ているからである。
その実は植物となり、その葉は薬となる(エゼキエル書47‐12)
●野菜を食べて互いに愛するのは、肥えた牛を食べて互いに憎むのにまさる
(箴言15‐17)
●狼と子羊は共に草をはみ
獅子は牛のように、わらを食べ、
ヘビは塵をその食べ物とし、
私の聖なる山のどこをおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。
と主は仰せられる(イザヤ書65-25)
●狼は子羊と共に宿り、ヒョウは子山羊と共に臥し、子牛、若獅子
肥えたる家畜共にありて小さき童子(ワラベ)に導かれん。
雌牛と熊とが共に草を食べ、その子らが共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。
乳飲み子はコブラの穴の上で戯(タワム)れ、
乳離れした子はマムシの子に手を伸べる。
私の聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。
主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである(イザヤ書11-6)
●彼(ダビデ)は子山羊と戯れるように獅子と戯れ、小羊と戯れるように熊と戯れた
(シラ書〔集会の書〕47-3)
「もう戦争はいやだ」というならば、単なる戦争反対ではなくて、一歩高みに登って、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】である【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に
満ちた<エデンの園=肉食文化根絶>【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】を
目指そうではありませんか!
●あなたは野の石と契約を結び、野の獣はあなたと和解する(和らぐ)
(ヨブ記5-23)
●まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、荒野をエデンの園とし、
砂漠を主の園とする。そこには楽しみと喜び、感謝と歌声が響く
(イザヤ書51-3)
●絶対の自由は、ただ神にのみ仕えて他の一切のものには仕えないことである
(ヒルティ)
●これら一切のものの上に、愛を加えなさい。愛はすべてを完全に結ぶ帯である
(コロサイ書3-14)
●キリストの平和が、あなた方の心を支配するようにしなさい。あなた方が召されて
一体となったのはこのためである。いつも感謝していなさい(コロサイ書3-15)
皆さんが私たち日本民族の誇るべき大東亜新秩序の<大義>を継承して成長させて
各自が抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて結集して
【神の愛=主イエス】の示す【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に決起して
<戦争のない世界><エデンの楽園=肉食文化根絶>の再建復興に活躍されることを
心より応援しています!
●その日、私はあなた方のために、野の獣、空の鳥、地をはうものと契約を結び、
弓と剣と戦いを地から絶やし、あなた方を安らかに憩わせる(ホセア書2-20)
●主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼等は剣をうち変えて鋤(スキ)となし、その槍(ヤリ)をうち変えて鎌となし、
国は国に向かいて剣をあげず、戦闘のことを再び学ばない(イザヤ書2‐4)
●主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない(ミカ書4-3)
●私はエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、
諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ大河から地の果てにまで及ぶ。
(セカリヤ書9-10)
●あなたの地は再び不法を耳にする事なく、暴虐と破壊と崩壊は領土の内から絶える。
あなたの城壁は「救い」と城門は「栄誉」と呼ばれる(イザヤ書60-18)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)
◇◇<戦争のない世界=肉食文化根絶>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!
私もそうですが、特に戦後生まれの日本人は、戦争放棄の憲法九条と戦後占領政策の
影響もあって、何があっても戦わない「反戦平和」の精神が根ざしていると感じます。
実際に66年間他民族への武力行使(戦争)をしていない事を誇りにしている人もいます。
一方で、平和主義者であるイエス・キリストのキリスト教精神が根ざしているはずの
欧米先進国は、21世紀になっても外交に見切りをつけて武力戦争をし続けています。
【神の愛=主イエス】を体感しなかった以前の私は、キリスト教は他の宗教と同様で
お題目のご都合主義だと思っていましたが、最近では違った考えになりました。
戦争の歴史ともいえる【旧約聖書】のユダヤ民族精神を継承するキリスト教精神は
<死・敗北・滅亡>を恐れぬ徹底抗戦の<不屈の戦闘精神>であり、特に欧米民族は
長い間、他民族による侵略・虐殺・支配の繰り返しによって培われた奴隷根性から
<キリスト精神>によって解放され先祖が勝ち得た【自主独立精神:自由・独立】を
死守するためには、未来の世代を自由と平和に過ごさせるためならば、現在の世代が
国家民族の危機を先送りせず、手段を選ばず泥をかぶり血を流す自己犠牲の覚悟で、
国内外の対立・分裂を恐れず、あえて戦っているのだと思うようになりました。
国家民族存亡の武力戦争のために、欧米先進国の指導者は<正当性・大義>として
【神の愛=主イエス】そのものである【自由と正義】を高く掲げて戦いに挑みます。
まさに<キリスト教精神>は敵対勢力には勝利するまで手段を選ばず断固戦い抜く
<不屈の戦闘精神>の面があることを私たちは理解するべきでしょう。
●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。
だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない
(ガラテヤ書5-1)
●主は霊である。そして主の霊のあるところには、自由がある(コリント後書3‐17)
●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●神(愛)に仕えることを自由という(ヒルティ)
●地に平和をもたらすために、私が来たと思うな。むしろ分裂である。
(ルカ伝12-51)
●私は敵対させるために来たのである(マタイ伝10-35)
●今から後は一家の内で5人が相別れて3人はふたりに、ふたりは3人に対立し
息子は父親を侮り、娘は母親に、嫁はしゅうとめに逆らい、
それぞれ自分の家の者を敵とする
(ミカ伝7-6、ルカ伝12-53、マタイ伝10-36)
●私は剣を投げ込むために、火を地上に投じるために来た(マタイ伝10-34、ルカ伝12-49)
●悪に酬いるに悪をもってするは悪に負けたのである。
何をも酬いないで、ただ忍んでいるのは戦わないことである。
善をもって悪に対するのが悪と戦って悪に勝つことである(内村鑑三)
日本民族は一度敗戦しただけで、GHQ占領政策といえども、自国民が高く掲げた
アジアを欧米列強の植民地支配から解放させる大東亜共栄圏の<正当性・大義>を
間違っていたかのように、民族の誇るべき歴史を平気で改ざんして戦争名までもを
「大東亜戦争」から「太平洋戦争」と改名してしまいました。
本来の日本民族の伝統的精神では、圧倒的不利の負け戦に挑む<義挙>を歴史的に
高く評価できる美徳があると思います。
そして、数々の作戦ミスや指導者の先見性に問題があったとしても大東亜戦争もまた
敵対勢力でさえ「良くぞ戦い抜いた!」と褒め称える歴史的大事業だと思います。
いつのまにか、私たちは「勝たなければ戦うべきでない」「勝利こそ正義」と考えて
「何が何でも生き残るが勝ち」という<生き様>を尊重し、特に武力戦争に志願して
潔く見事に散り逝く<死に様>は、少なくとも私にはできないので、先人の行為まで
単なる国家の犠牲者であり、犬死・無駄死にのように扱われがちだと思います。
以前の私自身も戦死者の6割以上が餓死・病死という日本軍の愚かさや無謀な計画や、
自決や玉砕について否定的見解であり、大東亜戦争を賛美し肯定するのは疑問でした。
しかし、【神の愛=主イエス】を体感した現在では、大東亜の<大義>を信じ夢見て
散って逝った多くの若者や、餓死・病死・玉砕・自決で無念の死を遂げた戦士たちが
いてくれたことは日本民族として誇りであり、<歓喜!感動!感謝!>の対象であり、
<負け戦>にも突進し続ける【同労者・同志】であると思えるようになりました。
●The Best is yet to come!<最善の時はこれからだ!>
(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三)
大東亜の【ビジョン:理想・夢念・大志】は、現在も進行中の未完成・未実現であり、
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に通じる<大義>として輝いています!
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は敗れて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
しかし大東亜新秩序や【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の実現手段とは
勢力争いや主導権をめぐる覇権抗争や武力行使では実現不可能であることも事実です。
●イエス彼に言ひ給ふ『なんぢの劍をもとに收めよ、すべて劍をとる者は
劍にて亡ぶるなり。』(マタイ伝26-52)
「何故、この世から戦争がなくならないの?」という素朴な質問に対して【聖書】は
明確な<答え>と<解決手段>が示されていることを私は再発見できました!
戦争が絶えないのは、私たち人類が「肉食文化」を世界中に拡大化しているからです。
エデンの楽園では肉食文化はなく、まさに<禁断の果実>は肉食文化だと思います。
人類から始まった<肉食文化>は動物や昆虫など全生物界に浸透してしまったので
現在のような弱肉強食的殺戮が世界の隅々で繰り広げられています。
日本民族が高く掲げた大東亜新秩序の<大義>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
継承して、私たちが【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】を目指すならば、
反核・反戦平和・非武装中立運動や過去の歴史を否定する謝罪外交や自虐史観でなく、
伝統的日本食文化を基礎にして、農林業やバイオ・DNA技術や最先端技術を集結させて、
肉よりも美味しくて安価・栄養豊富な「肉感コピー食品」を製造開発して、太古世界の
種子をバイオ再生させて、世界中を水と緑に豊かな農耕大地に原点回帰せることだと
考えます。
さらに人類だけでなくて、日本に数多い動物園や植物園や水族館を活用することで、
エデンの楽園に住む動物・昆虫世界からも肉食文化を終焉させる飼育研究も進めて
世界遺産のように「エデンの園モデル地区」を建設することによって、そこに住む
全生物が<菜食・菌食>で仲良く平和に暮らせることを具現化させて、全世界に
普及させましょう!
●神は仰せられた「見よ、私は全地の上にあって、種を持つ全ての草と、
種を持って実を結ぶ全ての木をあなた方に与えた。
それがあなた方の食物である。また、地の全ての獣、空の全ての鳥、
地をはう全てのもので命の息のあるもののために、食物として、
全ての緑の草を与える」すると、そのようになった(創世記1-29~30)
●神である主は、東の方エデンの園を設け、そこに主の形造った人を造られた。
神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良い全ての木を
生えさせた。園の中央に命の木と、それから善悪の知識の木とを生えさせた
(創世記2-8~9)
●私(主)は全地のおもてにある種をもつ全ての草と種のある実を結ぶ全ての木とを
あなた方に与える。これはあなた方の食物となるであろう(創世記1‐39)
●命ある者には、食物として全ての青草を与える(創世記1‐30)
●川のほとり、その両岸にはあらゆる果樹が生長し、その葉も枯れず、
実も絶えることもなく、毎月、新しい実をつける。
その水が聖所から流れ出ているからである。
その実は植物となり、その葉は薬となる(エゼキエル書47‐12)
●野菜を食べて互いに愛するのは、肥えた牛を食べて互いに憎むのにまさる
(箴言15‐17)
●狼と子羊は共に草をはみ
獅子は牛のように、わらを食べ、
ヘビは塵をその食べ物とし、
私の聖なる山のどこをおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。
と主は仰せられる(イザヤ書65-25)
●狼は子羊と共に宿り、ヒョウは子山羊と共に臥し、子牛、若獅子
肥えたる家畜共にありて小さき童子(ワラベ)に導かれん。
雌牛と熊とが共に草を食べ、その子らが共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。
乳飲み子はコブラの穴の上で戯(タワム)れ、
乳離れした子はマムシの子に手を伸べる。
私の聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。
主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである(イザヤ書11-6)
●彼(ダビデ)は子山羊と戯れるように獅子と戯れ、小羊と戯れるように熊と戯れた
(シラ書〔集会の書〕47-3)
「もう戦争はいやだ」というならば、単なる戦争反対ではなくて、一歩高みに登って、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】である【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に
満ちた<エデンの園=肉食文化根絶>【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】を
目指そうではありませんか!
●あなたは野の石と契約を結び、野の獣はあなたと和解する(和らぐ)
(ヨブ記5-23)
●まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、荒野をエデンの園とし、
砂漠を主の園とする。そこには楽しみと喜び、感謝と歌声が響く
(イザヤ書51-3)
●絶対の自由は、ただ神にのみ仕えて他の一切のものには仕えないことである
(ヒルティ)
●これら一切のものの上に、愛を加えなさい。愛はすべてを完全に結ぶ帯である
(コロサイ書3-14)
●キリストの平和が、あなた方の心を支配するようにしなさい。あなた方が召されて
一体となったのはこのためである。いつも感謝していなさい(コロサイ書3-15)
皆さんが私たち日本民族の誇るべき大東亜新秩序の<大義>を継承して成長させて
各自が抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて結集して
【神の愛=主イエス】の示す【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に決起して
<戦争のない世界><エデンの楽園=肉食文化根絶>の再建復興に活躍されることを
心より応援しています!
●その日、私はあなた方のために、野の獣、空の鳥、地をはうものと契約を結び、
弓と剣と戦いを地から絶やし、あなた方を安らかに憩わせる(ホセア書2-20)
●主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼等は剣をうち変えて鋤(スキ)となし、その槍(ヤリ)をうち変えて鎌となし、
国は国に向かいて剣をあげず、戦闘のことを再び学ばない(イザヤ書2‐4)
●主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない(ミカ書4-3)
●私はエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、
諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ大河から地の果てにまで及ぶ。
(セカリヤ書9-10)
●あなたの地は再び不法を耳にする事なく、暴虐と破壊と崩壊は領土の内から絶える。
あなたの城壁は「救い」と城門は「栄誉」と呼ばれる(イザヤ書60-18)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2011年8月7日に作成した<第569回>に加筆】
◇◇<我が道>を<万全・最善・空前>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!
私は「我が道を往く!」という<生き様・死に様>が大好きですが、日本人の多くも
「マイ・ウエイ」の歌が好きで、「道」という価値観が精神的支柱にあると感じます。
しかし、軽薄な私の人生では、「道」についての明確な説明を誰かから聞いたことは
ありませんでした。そんな私でも、<我が道>は自ら切り拓き、一意専心で極め高め
<大義><人生目的・存在意義>に通じる大切な価値観として受け止めてきました。
そして、世間には様々な「道」についての解釈がある中で、内村鑑三の霊的説明と、
【聖書】の【神の愛=主イエス】を体感する事で「道」について明確になりました!
●主はこう言われる。
「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ。
どれが、幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」
(エレミヤ記6-16)
●イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、
だれも父のもとに行くことができない(ヨハネ伝14-6)
●最初に言葉(道)があった。言葉(道)は神と共にあった。
言葉(道)は神である。この言葉(道)は初めに神と共にあった。
全てのものは言葉(道)によってできた。
できたもののうち、一つとして言葉(道)によらないものはない。
この言葉(道)に光があった。そして、この命は人の光であった。
光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐1~5)
●そして、言葉(道)は肉体となり、私たちの内に宿った。私たちはその栄光を見た。
それは、父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた
(ヨハネ伝1‐14)
●<神と【道(主イエス)】>(内村鑑三)
【神】は実在の原理(The First Principle of Existence)
【神】は在って在るものの中で最も確実なる者
【道(主イエス)】は道理でもなく、言語でもなく、言語を説明する為の実物でもない
【道】は少なくとも性格(Personality) を備えた者であって人に似、神に似たる者
【道】は神を表出するは言語以上、天然以上のものでなくてはならない
【神の愛=主イエス】が<道>であるという事は【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】が
<道>であり、【聖書】が教える【神の愛=主イエス】<愛の讃歌>によって、
<道>とは何かが明確になります。
●<愛の讃歌>
【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
【愛】はいつまでも絶えることがない(コリント前書13-4~8)
従って<我が道>は【道】なる【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】として
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】に体現され、
【ミッション:使命・天職】に決起することだと理解するようになれました。
●私たちは自らの道を探し求めて主に立ち帰ろう(エレミヤ哀歌3-40)
●人間は生涯中にいくたびとなく、この世における自分の使命に迷いを生じたり、
気落ちしたり後戻りしたくなる時期が訪れるものだ。
そのような時に最も確かな慰めは、もともと我々が神を選んだのでなく、
神が我々を選んでその所有とされたいという思いである(ヒルティ)
⇔
●あなた方が私を選んだのではない、私があなた方を選んだのである
(ヨハネ伝15-16)
●主よ私は知っています。人間の道はその人によるのでなく、歩く事もその歩みを
確かにすることも、人によるのではないことを(エレミヤ記10‐23)
●主は私の魂を生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれる(詩篇23‐3)
●あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3ー6)
●あなたが右に行き、あるいは左に行くとき、そのうしろで
「これが道だ、これに歩め」という言葉を耳に聞く(イザヤ書30‐21)
●目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
あなたの道は常に確かなものとなろう。右にも左にも迷い出てはならない。
あなたの足を悪から遠ざけよ(箴言4-25~27)
私の<道>を【神の愛=主イエス】から託された【ビジョン:理想・夢念・大志】に
ゆだねることで、<我が道>は<万全・最善・空前>なものとなります!
●汝の道を主にゆだねよ、
主に信頼せよ、
主はそれをなしとげ
光のごとく汝の義をあきらかにし、
真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)
●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
●あなたは主を避けどころとし、いと高き神を宿るところとした。
あなたには災難もふりかかることがなく、天幕には疫病も触れることがない。
主はあなたのために御使いに命じて、あなたの道のどこにおいても守らせて下さる。
彼らはあなたをその手にのせて運び、足が石に当たらないように守る
(詩篇91-9~12)
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。信頼せよ、
主は計らい、主が成し遂げてくださる。
あなたの義を光のように、
あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる(詩篇37-4~6)
●主は人の一歩一歩を定め、主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる。
人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。全く打ち捨てられることもない。
主がその手を助け支えられるからである。若い時にも老いた今も、私は見ていない。
主に従う人が捨てられ、あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見たことがない。
(詩篇37-23~25)
●私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが、私の心を広くしてくださるからです
(詩篇119-32)
●主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。
あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、
私の思いを遠くから読み取られます。
あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。
(言葉が私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく
知っておられます。)
あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました。
そのような知識は私にとってあまりにも不思議、あまりにも高くて、
及びもつきません(詩篇139-1~6)
●人は心に自分の道を計画を思い巡らす。 しかし、その人の歩みを一歩一歩備え
確かなものにするのは主である(箴言16-9)
●私(主)は目の見えない人たちを導き、彼らがまだ知らない大路に行かせ、
通ったことのない道を歩ませる。彼らの前で、行く手の闇を光に変え、
でこぼこの曲がった道を平らにまっすぐにする。
私はこれらのことを成就させ見捨てることはない(イザヤ書42-16)?
皆さんが天国の大観衆に見守られる中で、F1ドライバーのように、真っ直ぐ前だけを
みつめて爆走し続けて、【神の愛=主イエス&聖霊】に指示・点検・補給してもらい
<我が道><大義><人生目的・存在意義>である【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて最後の最後まで走り抜けて<義の栄冠>を勝ち取ることで
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】として活躍される事を心より応援しています!
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●進め。どこまでも進め。前途を疑惧せずして進め。倒るるも退(ヒ)くなかれ。
明日は今日よりも完全なれ。
明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
臆病者に平和あるなし。進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●この山を登ろうとする者
その麓にて大きな困難に出会うであろう。
されど、登るに従って困難は減じ
おんみの辛苦は今ようやく愉しみとなる。
やがて登ること、きわめてやすく
小舟で急流を下るがごとくなるであろう(「神曲」煉獄篇・第四歌)
●あなたの為すべきことを主に委ねよ、そうすれば、あなたの計画はゆるがず、
必ず成る(箴言16-3)
●私はあなた方に悟りを与え行くべき道を教えよう。
私はあなた方に目を留めて助言を与えよう(詩篇32‐8)
●私は、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。
今や、義の栄冠を受けるばかりです。
正しい審判者である主が、かの日にそれを私に授けてくださる。
しかし私だけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、
だれにでも授けてくださる(テモテ後書4-7~8)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇<我が道>を<万全・最善・空前>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!
私は「我が道を往く!」という<生き様・死に様>が大好きですが、日本人の多くも
「マイ・ウエイ」の歌が好きで、「道」という価値観が精神的支柱にあると感じます。
しかし、軽薄な私の人生では、「道」についての明確な説明を誰かから聞いたことは
ありませんでした。そんな私でも、<我が道>は自ら切り拓き、一意専心で極め高め
<大義><人生目的・存在意義>に通じる大切な価値観として受け止めてきました。
そして、世間には様々な「道」についての解釈がある中で、内村鑑三の霊的説明と、
【聖書】の【神の愛=主イエス】を体感する事で「道」について明確になりました!
●主はこう言われる。
「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ。
どれが、幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」
(エレミヤ記6-16)
●イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、
だれも父のもとに行くことができない(ヨハネ伝14-6)
●最初に言葉(道)があった。言葉(道)は神と共にあった。
言葉(道)は神である。この言葉(道)は初めに神と共にあった。
全てのものは言葉(道)によってできた。
できたもののうち、一つとして言葉(道)によらないものはない。
この言葉(道)に光があった。そして、この命は人の光であった。
光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐1~5)
●そして、言葉(道)は肉体となり、私たちの内に宿った。私たちはその栄光を見た。
それは、父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた
(ヨハネ伝1‐14)
●<神と【道(主イエス)】>(内村鑑三)
【神】は実在の原理(The First Principle of Existence)
【神】は在って在るものの中で最も確実なる者
【道(主イエス)】は道理でもなく、言語でもなく、言語を説明する為の実物でもない
【道】は少なくとも性格(Personality) を備えた者であって人に似、神に似たる者
【道】は神を表出するは言語以上、天然以上のものでなくてはならない
【神の愛=主イエス】が<道>であるという事は【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】が
<道>であり、【聖書】が教える【神の愛=主イエス】<愛の讃歌>によって、
<道>とは何かが明確になります。
●<愛の讃歌>
【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
【愛】はいつまでも絶えることがない(コリント前書13-4~8)
従って<我が道>は【道】なる【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】として
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】に体現され、
【ミッション:使命・天職】に決起することだと理解するようになれました。
●私たちは自らの道を探し求めて主に立ち帰ろう(エレミヤ哀歌3-40)
●人間は生涯中にいくたびとなく、この世における自分の使命に迷いを生じたり、
気落ちしたり後戻りしたくなる時期が訪れるものだ。
そのような時に最も確かな慰めは、もともと我々が神を選んだのでなく、
神が我々を選んでその所有とされたいという思いである(ヒルティ)
⇔
●あなた方が私を選んだのではない、私があなた方を選んだのである
(ヨハネ伝15-16)
●主よ私は知っています。人間の道はその人によるのでなく、歩く事もその歩みを
確かにすることも、人によるのではないことを(エレミヤ記10‐23)
●主は私の魂を生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれる(詩篇23‐3)
●あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3ー6)
●あなたが右に行き、あるいは左に行くとき、そのうしろで
「これが道だ、これに歩め」という言葉を耳に聞く(イザヤ書30‐21)
●目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
あなたの道は常に確かなものとなろう。右にも左にも迷い出てはならない。
あなたの足を悪から遠ざけよ(箴言4-25~27)
私の<道>を【神の愛=主イエス】から託された【ビジョン:理想・夢念・大志】に
ゆだねることで、<我が道>は<万全・最善・空前>なものとなります!
●汝の道を主にゆだねよ、
主に信頼せよ、
主はそれをなしとげ
光のごとく汝の義をあきらかにし、
真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)
●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
●あなたは主を避けどころとし、いと高き神を宿るところとした。
あなたには災難もふりかかることがなく、天幕には疫病も触れることがない。
主はあなたのために御使いに命じて、あなたの道のどこにおいても守らせて下さる。
彼らはあなたをその手にのせて運び、足が石に当たらないように守る
(詩篇91-9~12)
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。信頼せよ、
主は計らい、主が成し遂げてくださる。
あなたの義を光のように、
あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる(詩篇37-4~6)
●主は人の一歩一歩を定め、主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる。
人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。全く打ち捨てられることもない。
主がその手を助け支えられるからである。若い時にも老いた今も、私は見ていない。
主に従う人が捨てられ、あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見たことがない。
(詩篇37-23~25)
●私はあなたの仰せの道を走ります。あなたが、私の心を広くしてくださるからです
(詩篇119-32)
●主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。
あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、
私の思いを遠くから読み取られます。
あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。
(言葉が私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく
知っておられます。)
あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました。
そのような知識は私にとってあまりにも不思議、あまりにも高くて、
及びもつきません(詩篇139-1~6)
●人は心に自分の道を計画を思い巡らす。 しかし、その人の歩みを一歩一歩備え
確かなものにするのは主である(箴言16-9)
●私(主)は目の見えない人たちを導き、彼らがまだ知らない大路に行かせ、
通ったことのない道を歩ませる。彼らの前で、行く手の闇を光に変え、
でこぼこの曲がった道を平らにまっすぐにする。
私はこれらのことを成就させ見捨てることはない(イザヤ書42-16)?
皆さんが天国の大観衆に見守られる中で、F1ドライバーのように、真っ直ぐ前だけを
みつめて爆走し続けて、【神の愛=主イエス&聖霊】に指示・点検・補給してもらい
<我が道><大義><人生目的・存在意義>である【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて最後の最後まで走り抜けて<義の栄冠>を勝ち取ることで
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】として活躍される事を心より応援しています!
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●進め。どこまでも進め。前途を疑惧せずして進め。倒るるも退(ヒ)くなかれ。
明日は今日よりも完全なれ。
明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
臆病者に平和あるなし。進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●この山を登ろうとする者
その麓にて大きな困難に出会うであろう。
されど、登るに従って困難は減じ
おんみの辛苦は今ようやく愉しみとなる。
やがて登ること、きわめてやすく
小舟で急流を下るがごとくなるであろう(「神曲」煉獄篇・第四歌)
●あなたの為すべきことを主に委ねよ、そうすれば、あなたの計画はゆるがず、
必ず成る(箴言16-3)
●私はあなた方に悟りを与え行くべき道を教えよう。
私はあなた方に目を留めて助言を与えよう(詩篇32‐8)
●私は、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。
今や、義の栄冠を受けるばかりです。
正しい審判者である主が、かの日にそれを私に授けてくださる。
しかし私だけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、
だれにでも授けてくださる(テモテ後書4-7~8)
ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
栄光を主に帰します!アーメン!
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2011年7月29日に作成した<第568回>に加筆】
◇◇【ビジョン】を<祈り>で成長させる【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】は私の産物でなくて
【神の愛=主イエス】からの<ラブ・レター>【賜物・無償ギフト・神恵】であって、
<大義><我が道><人生目的・存在意義>として<全生・全身・全霊>で死守する
価値がある事が実感できれば、たとえ世間的無一物で<不義・不正・不実>不純不潔の
私が心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】でも【大希望:聖望!聖願!聖欲!】と
<未来の事実><大確信:必勝・必決・必現>を抱けるのです。ハレルヤ!
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望を起こさせ、かつ実現に至らせるのは
神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●私の律法を彼等の心に与え、彼等の思いのうちに書きつけよう(ヘブル書10‐16)
●<キリストの手紙>
汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、
しかも墨にあらで活ける神の御霊に記され、
石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり(コリント後書3-3)
●自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります
(ヘブル書10-35)
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
キリストに連なる者となるのです(ヘブル書3-14)
私の心に抱く<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】は、
<霊的人格的存在>であり、子供同様に、育児放棄・ネグレクト状態であり続ければ、
成長できないままに、光り輝きも失われ、冷えきって、スリープ・モード<冬眠>に
陥る事は周知のことです。ですから、多くの【先人・偉人の教え:名言・格言】では
【ビジョン:理想・夢念・大志】は心の最優先席で大切に守り育てる事を命じます。
●ビジョンを持つことだ
理想を描くことだ
あなたの心をこよなく鼓舞するもの
あなたの心に美しく響くもの
あなたが純粋な心で愛することのできるものを
しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)
●あなたの夢は何か、あなたの目的は何か。それが明らかならば、必ずや道は開かれる
(ガンジー)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●人生をもっとも偉大に使う使い方というのは、
人生が終わってもまだ続くような何ものかのために使うことである
(ウイリアム・ジェームズ)
●夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし(吉田松陰)
●人は志の大きさに比例した人物になる(ジェームズ・アレン)
●夢は人を熱中させ、人生から退屈を消し去ってくれる。
まさに夢が人生そのものになる。人生はあなたの夢の大きさで測れるだろう
(コンクリン)
●私は少なくとも自分の体験により、このようなことを知った。自分の夢に向かって
確信を抱いて前進し、思い描いた人生を生きるように努力するならば、
普通では考えられないような成功を手にする(ソロー)
【ビジョン:理想・夢念・大志】が大好きな<食べ物・栄養源>は何でしょうか?
<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】を成長させるのは
【神の愛=主イエス】と<霊的交流>できる【礼拝:★讃美★祈求★感謝】であり
私たちの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と同じように【神の愛=主イエス】の
<神助:祝福・恩恵>による霊的<パワー・アップ&アップ・グレード>です!
●聖書は祈りの歴史であり、祈りが答えられた記録(賀川豊彦)
●主の目は正しい者に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる(ペテロ前書3-12)
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、
神は聞き入れて下さる。これが神に対する私たちの確信である。
私たちは、願い事は何でも聞き入れて下さると分かるなら、
神に願ったことは既にかなえられていることも分かる(ヨハネ第1書5-14~15)
●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。即ち必ず成就すべき事を
前もって語に表することである(内村鑑三)
【神の愛=主イエス】から託された【ビジョン:理想・夢念・大志】を成長させて、
遠大崇高な<未来の事実>として<大確信:必勝・必決・必現>に至らせるために
いつでもどこでも【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれた
熱烈な<相思相愛の主従関係>の【礼拝:★讃美★祈求★感謝】による<対話>を
【神の愛=主イエス】も【ビジョン:理想・夢念・大志】自身も喜び望んでいます。
●神への祈り、つまり精神性は上昇しようとする欲求であり、
悪魔への祈り、つまり動物性は下降する悦びである(ボードレール)
●心からの祈りによって、成し遂げられないものは、この世には無い(ガンジー)
●何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、
あなた方の求めるところを神に打ち明けなさい。
そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
あなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)
●あなた方の中で苦しんでいる人は、祈りなさい。
喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい(ヤコブ書5-13)
●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
●何でも祈り求めることは既にかなえられたと信じなさい。
そうすれば、そのとおりになるであろう(マルコ伝11‐24)
【主イエス】が<ゲッセマネの園>で常に【天の父】に<祈り>を捧げていたように
私たちも独りで【神の愛=主イエス】に【礼拝:★讃美★祈求★感謝】できるための
<ゲッセマネの園>を設けましょう!たとえ荘厳な大聖堂や立派な祈祷所でなくても、
自宅のトイレでも洗面所でも個室でも、街を歩いていても、いつでも、どこでもが
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を捧げる即席の<ゲッセマネの園>になり得ます。
●<われらの礼拝>(内村鑑三)
われらは、僧衣を着けて高壇に上がり、
聖書を朗読し、聖歌を吟唱し、手をひろげて天を仰いで祈り、
手を按(お)いて人に儀式を施し、もってわれらの神を礼拝せんとしない。
われらの礼拝は教会堂においておこなわれずして、
あるいは工場において、あるいは田畑において、
あるいは店頭において、あるいは書斎において、
その他われらが日々の事業に従事する所において、おこなわるるのである。
「仕事はすなわち祈祷(礼拝)なり」である。
われらはわれらの日常の仕事をもって神を礼拝せんと欲するのである。
礼拝の簡単または欠乏のゆえをもってわれらを責むる者に、
われらはこの事をもって答うるのである。
即席シリアルやファースト・フードばかりの<ジャンク>な<食事・食卓>に思える
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】ですが、いつどこでも毎日欠かさずに続けるならば、
歩みが遅くとも必ず【ビジョン:理想・夢念・大志】は大きく成長してくれます!
私がどんなに背信・忘恩的でお粗末な【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を捧げようとも、
【神の愛=主イエス】も【ビジョン:理想・夢念・大志】も絶対に裏切りません!
●神は約束したことを成就することができると確信した(ロマ書4-21)
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、神は聞き入れてくださる。
これが神に対する私たちの確信である(ヨハネ第1書5-14)
●金銭に執着しない生活をし、今自分の持っているもので満足しなさい。
主は「私は決してあなたから離れず、決してあなたを捨てず置き去りにはしない」と
言われました。だから、私たちは、はばからず確信に満ちて言おう。
「主は私の助け主。私は恐れない。人は私に何ができようか。」(ヘブル書13-5~6)
●私は初めから、以上のことを確信し、思い巡らした後、こう書き残した。
「主の御業はすべて良く、時が来れば、主は必要なことをすべて満たされる。」
「これはあれよりも悪い」と言ってはならない。
どんなものも時が来ればその良さが証明される。
さあ、心から、声高らかに賛美の歌をうたえ。主の御名をほめたたえよ
(シラ書〔集会の書〕39-32~35)
●信じる者は強く、疑う者は弱い。強い確信は、偉大なる行動に優先する
(JF・クラーク)
皆さんが【青春:幼な心・青年の心】に抱いた【ビジョン:理想・夢念・大志】は
<最愛の我が子・我が分身>で<大義><我が道><人生目的・存在意義>であり、
【神の愛=主イエス】から特別に託された【賜物・無償ギフト・神恵】を体得して
【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の【信仰:信愛・信頼・信従】で
結ばれる【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を栄養源に<大確信:必勝・必決・必現>の
<未来の事実>へと成長させて、<人生の旗印>に掲げる<福音の戦士>に決起して
世界を【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で光輝かせる<光の子>【福音の勢力】として
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!
●私たちは、キリストによってこのような確信を神の前で抱いている。
もちろん、独りで事を定める力や何かできるなどと思う資格が、
自分にあるということではない。
私たちの資格は神から与えられたものである。
神は私たちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされた。
そして、文字【十戒】ではなく霊【聖霊】に仕える資格を与えてくださった。
文字【十戒】は殺すが、霊【聖霊】は生かす(コリント後書3-4~6)
●主は私に答えて、言われた。「幻を書き記せ。走りながらでも読めるように
板の上にはっきりと記せ」(ハバクク書2-2)
●この幻はなお定められた時を待ち、終りをさして急いでいる。それは偽りではない。
もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。
(ハバクク書2-3)
●あなたに備えられているものをすべて生かし抜きなさい。
神はあなたの、その善き意志を助けてくださるだろう(トマス・ア・ケンピス)
●光の子らというのは、たしかに、尋常ならぬものに対して敏感であり、
かつ求めてやまぬ人たちのことである。
彼等はまず、飲み、食い、そして明日は死ぬということ以外に、
もうすこし良いものが地上にあることを願い、
このやみがたい願いと意志とから出発して、次第に信仰に、
そして最後には確信に、到達する人たちである(ヒルティ)
●神への願いはしばしばすぐには聞きいれらないか、
あるいは、聞きいれられたことが、
すぐわれわれに知らされるとはかぎらない。
しかし、神のしもべの中に数えられうる人びとには、
その辛抱づよい祈願がかならず、おそかれ早かれ、
そして彼らにとって最もよい方法で、
聴きとどけられるという十分な確信を、
われわれは持ち続けるべきだろう。
ちょうど大磐石の上に立つように、
われわれはこの確信の上に立たねばならない。
そうすれば、神はさしあたりわれわれを慰めるために、
しばしば使者をおつかわしになる。
それはたいてい普通の人間であるが、
かならず適当な時期にやって来る(ヒルティ)
●あなた方のうちに善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、
その業を完成して下さるにちがいないと、確信している(ピリピ書1~6)
●たとい軍勢が私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
たとい私に向かって戦いを挑んで来ても、私には動じない確信がある。
一つのことを主に願い、それだけを求めよう。
命のある限り、主の家に宿り、主の麗しさを仰ぎ望んで喜びを得、
その宮で思いにふけり、朝を迎えることを(詩篇27-3~4)
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
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田中 聡(さとし)
【2011年7月20日に作成した<第567回>に加筆】
◇◇<内から目線>で<圧倒的勝利の生涯>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
■<勝利の生涯>(内村鑑三)
世を遁(のが)れんとするなかれ、世に勝つべし。
境遇の改まらんとことを祈るなかれ、心の改まらんことを祈るべし。
苦痛の去らんことを願うなかれ、恩恵の増さんことを願うべし。
外に富みかつ栄えんと欲するなかれ、衷(うち)に喜びかつ楽しむ者となるべし。
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します!
現在の最大の話題のひとつには、ワールドカップ女子サッカーの日本優勝があります。
なでしこジャパンは最高の結果を出したから世間が評価してくれたのだと思います。
何よりも、今回の優勝結果を出すまで、また決勝戦に取組む精神も、最後の最後まで、
辛そうに歯を食いしばるのではなく、明るく元気に楽しく、あきらめず挑戦し続ける
<望耐・歓耐・優耐>によって目的達成した姿勢に感動し賞賛していると感じます。
私たち各自も、「なでしこジャパン」のように、【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて、<不屈の楽観・楽天主義>の心意気で突っ走るには、
先ずは【神の愛=主イエス】を<最高!最善!最美!>の監督として招きましょう!
佐々木監督の「横から目線」よりも親身な徹底的個人指導である「内から目線」で
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を<パワー・アップ&アップ・グレード>します。
●あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通して
あなた方を永遠の栄光へ招き入れて下さったあふるる恵みの神御自身が、
しばらくの苦しみの後、あなたがたを癒し、完全な者とし、
強め、力づけ、堅く立たせ、揺らぐことがない不動の者にしてくださる
(ペテロ前書5-10)
●凡庸な教師は、ただしゃべる
良い教師は、説明する
優れた教師は、自らやってみせる
偉大な教師は、心に火をつける(ウィリアム・アーサー・ワード)
【神の愛=主イエス】は真聖な天上界の遠くから見下ろして指導するのではなくて、
歩みの遅い落ちこぼれで<不義・不正・不実>不純・不潔で<無一物>である私でも、
私さえ素直に受け入れれば【神の愛=主イエス】と同質の【神の愛=聖霊】となって
私の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と<いつも一緒!>で最良の<人生の伴侶>と
なってくれます。
●見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。
誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をし、
彼もまた、私と共に食事をするであろう(黙示録3-20)
●あなたは、恵み深い者には、恵み深く、
忠実な者には、忠実にあられ、
全き者には、全くあられ、
無垢な者には無垢に、
清い者には、清くふるまい、
心の曲がった者には、策略を用いられ、ねじ曲げる方となられる
(サムエル後書22-26~27)
●インヌマエル:神われらと共にいます (マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる
<Always,with you> (マタイ伝28‐20)
【神の愛=主イエス】は【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な
【助け主】【聖霊(の神)】として、当時ギリシャ語で【アロス・パラ・クレイトス】と
現される存在であり、私たちの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と共に存在します。
★アロス =(主イエスと)別で全く同質な
★パラ =かたわらにいる
★クレイトス=助言者、慰め主、支援者、激励者、とりなし、弁護者
●私は父にお願いしよう。そうすれば、父は別の助け主を送って、いつまでもあなた方と
共におらせて下さるであろう(ヨハネ伝14‐16)
●それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、
それを受けることができない。 あなた方はそれを知っている。
何故なら、それは あなた方と共におり、また、あなた方の内にいるからである
(ヨハネ伝14‐17)
そして<いつも一緒!>の【神の愛=聖霊】は<内から目線>の【助け主】と同時に、
私が勝手に裏切っても絶対に裏切らない<真の友>としても励まし慰めてくれます。
●<友人としての神>(内村鑑三)
神は善き友人である。第一等の友人である。彼に祈祷を聞くの耳がある。
恩恵を施すの手がある。神は名ではなく実である。
道理ではなく性格である。帝王ではない友人である
●神様という友人に対して、子供のように信頼することは、
ありとあらゆる処からやってくる、問題を解決してくれる(ヘレン・ケラー)
●<幸福の途>(内村鑑三)
人として生まれし最大名誉、最大幸福は、
イエスを知り、彼に知られて、彼の友人となることである。
●真の友はどんな時も愛し続けるものであり、苦難の時のために生まれた兄弟である
(箴言17-17)
●私の命じることを行うならば、あなた方は私の友である(ヨハネ伝15-14)
●もはや、私はあなた方を僕とは呼ばない。
僕は主人が何をしているか知らないからである。私はあなた方を友と呼ぶ。
父から聞いたことをすべて、あなた方に知らせたからである(ヨハネ伝15-15)
●神と完全に友となった人にとっては、それ以降の人生において、
もはや幸福な出来事しか起こらない(ヒルティ)
私自身が<祈る>事もできない自滅的・背信的・忘恩的な<地獄のどん底>にいても、
それでも私を見捨てず、離れず支えてくれて、薄汚い泥だらけの私の代わりになって
<天の父>に<とりなしの祈り>もしてくれる、私たちの<最高!最善!最美!>の
【同労者・同志】にもなってくれます!
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
(内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
(詩篇139-9~10)
【神の愛=主イエス&聖霊】は<いつも一緒!><人生の伴侶>の<内から目線>で
ある時には<指導者>、ある時には<真の友>、ある時は【同労者・同志】となって
私たちが【青春:幼な心・青年の心】の心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】に
向かって<不屈の楽観・楽天主義>の<望耐・歓耐・優耐>で突っ走れるように、
たとえ連戦連敗でも、どんなに屈辱的・自滅的な大敗北しようとも、何度倒されても、
私たちを慰め励まし勇気と希望を与え続けて【ビジョン:理想・夢念・大志】に導き
【ミッション:使命・天職】に決起させ、【ミッション:使命・天職】完遂までは
不死身であり、私たちの【ビジョン:理想・夢念・大志】は永遠に不滅です!
●人はその職を終了(オワ)るまでは不滅なるがごとし(リビングストン・内村鑑三)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている
(コリント後書6‐9~10)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である
(内村鑑三)
皆さんが<内から目線>の【神の愛=主イエス&聖霊】を心に招き入れる事によって、
<いつも一緒!><最高!最善!最美!>の<人生の伴侶><指導者><真の友>で
【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:使命・天職】の【同労者・同志】を
手に入れて、世間的孤立無援・無一物でも、<圧倒的大勝利!>に導いてくれる事を
確約する【神の愛=主イエス&聖霊】に導かれて【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて<不屈の楽観・楽天主義>の<未来志向>で突っ走って
【救国:日本民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する活躍を心より応援しています!
●全て神から生まれ出た者は世に勝つからである。そして、私たちの信頼こそ、
世に勝たしめた勝利の力である(ヨハネ第1書5-4、詩篇54章)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●キリスト教は不断の幸福を約束しない。しかし、世に勝つ平和を約束している
(ヒルティ)
●激しく攻められて倒れそうになった私を、主は助けてくださった。
主は我が力、我が砦、我が歌。主は私の救いとなられた。
聞け、御救いの勝利の喜ばしい歌が主に従う者の天幕に響く。
主の右の手は勇ましい働きをなし、
主の右の手は高く上がり、主の右の手は御力を示す。
私は 死ぬことなく、かえって生き長らえて、主の御業を語り伝えよう
(詩篇118-13~17)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
私たちは、これら全ての事において、私たちを愛して下さる方によって
輝かしい圧倒的勝利者となるロマ書8-35~37)
●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。
私は既に世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●彼らが私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
私に向かって戦いを挑んで来ても、私には確信がある(詩篇27-3)
●弱気になってはならない。恐れてはならない。うろたえてはならない。
彼らのことでおじけてはならない。
共に行って、あなた方のために、あなた方の敵と戦い、
勝利を得させてくださるのは、あなた方の神、主である(申命記20-3~4)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
主は喜びをもってあなたの事を楽しみ、その愛によって安らぎを与え新しくされる。
主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17)
●さあ、元気を出して行動に打って出よう
どのような運命にも立ち向かう勇気を持って。
いよいよ励み、いよいよ求め、
労苦し、時を待つことを学ぶのだ。(ロングフェロー)
●さあ、元気よく跳び込みなさい、あまり深くはないだろう(ヒルティ)
●なぜあなたは、自分が企てたことを実行するのを延期しようとするのか。
立ちなさい。今すぐ始めなさい。
そうしてこう宣言しなさい。
今こそ実行の時、今こそ戦いの時、今こそ自分自身を改める善き時、と。
不幸と試練の日こそ、自己を際立たせる機会なのである(トマス・ア・ケンピス)
●不幸に屈することなかれ、否、むしろ大胆に、積極果敢に、不幸に挑みかかるべし
(ベルギリウス)
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)