☆☆【ブログ訪問者発掘シリース】☆☆
【2006年9月25日に作成した<第415回>に加筆】
◇◇名誉ある<【センチネル:見張り番・守り役】の務め>に感謝!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
●わが主は私にこう言われた。「さあ、見張りを立てよ。見るところを報告させよ
(イザヤ書21-6)
●エルサレムよ、あなたの城壁の上に私は見張りを置く。
昼も夜も決して黙してはならない。
主に思い起こしていただく役目の者よ、決して沈黙してはならない
(イザヤ書62-6)
● 「人の子よ、あなたの同胞に語りかけ、彼らに言いなさい。
わたしがある国に向かって剣を送るとき、その国の民は彼らの中から一人の人を
選んで見張りとする(エゼキエル書33-2)
英語聖書では「見張り番」として「Watchman」という単語が使われているようですが、
勝手ながらが、私自身は【センチネル(Sentinel)】という言葉が気に入っています。
私が【センチネル】という言葉にとても強い印象を与えられたのは、
80年代にTVで観た映画のタイトルからでした。
皆さんの中に御覧になった人もいるかもしれませんが、米国映画『センチネル』は、
当時流行したオカルト映画の小作品といえるでしょう。
記憶がおぼろげで申し訳ありませんが、NYマンハッタンのアパートメントの一室の
<名も無き住人>が、実はとても重大な<見張り番の務め>があるという
ストーリーです。
住人は部屋も出ることなく、都会の中で誰にも気づかれることもなく、
【悪霊】を部屋に封じ込めるという攻防戦に生涯を投じて、全人類を守るための
孤独で静かな【聖戦】が、継承されて、繰り広げられているという物語です。
まだ【聖書】も【神の愛=主イエス】も具体的に知らなかった、
今から25年以上前になる、若き青年の私にとっては、
その【センチネル】の<献身的な姿>は、かっこよくて、切なくて、
「あんな人生も素晴らしい!」と心に刻まれました。
それ以来、私にとって【センチネル】は名誉ある【ヒーロー像】の代表です!
そして【聖書】や【神の愛=主イエス】を知った現在ならば、、何故あれほどに
感激したかが、とても納得できます。
まさに【神の愛=主イエス】から選ばれ各自に与えられた【ミッション:使命・天職】に
生きる姿そのものだからです。
●聖なる方の命令で、星は定められた場所につき、
見張りの務めを決して怠ることはない(シラ書〔集会の書〕43-10)
●皆が同時に見張りをするな。めいめいが自分のところで眠り、
順に見張りをするがよい(エズラ記〔ラテン語ギリシャ語〕11-8)
今の私なら、わざわざ<映画の世界>という作り話の中に捜すことなく、
【神の愛】に満ち溢れた<天然の世界>では至る所に目立たなくとも懸命になって
<天然世界>を守るために【センチネル】が活躍してくれていることを見出せます!
以前にも紹介したようにペットでブームにもなった耳が大きくて可愛い「フェネック」が、
実はエジプトのサハラ砂漠では問題化している<砂漠化>を防ぐためには、
不可欠な貴重な存在であったことが最近になって判明したそうです。
砂漠の住人にとって【悪=闇】としか見なされてこなかった「春の砂嵐」により、
激しい砂嵐のパワーによって水分と種が運ばれ砂漠全体にまかれます。
それだけでは、せっかくの種も芽を出せません。
そこで春の時期だけに緑が少ない砂漠に「巣作り」にやって来る動物がいたのです。
それは30センチ足らずのキツネの一種である耳の大きく可愛いフェネックでした。
臆病で神経質なフェネックは普段は単独行動するのに、春の出産時期に
限っては集団行動で砂漠に「巣穴」を懸命に掘るのです。
彼等が天敵の鳥類からの攻撃を警戒しながら懸命にたくさん穴倉を掘るおかげで、
土が耕され種が植えられて、彼等が出産を終えて巣穴を去った後には、
巣穴から多くの草木が生えて、やがてオアシスにまで育っていた事が判明したのです。
何の役にも立ちそうにない臆病者のフェネックが絶滅しかけて、
砂漠化が進み問題となって、ようやく誰が【センチネル】かが判明されたのです。
あの広大なサハラ砂漠の緑を守り続けてきたのは、強大な猛獣でも、
すばしこくて頭の良い動物でもありませんでした。
一番弱々しくて砂漠には似つかわしくない絶滅しかけたフェネックだったとは
感動的でまさに【【神の愛の奇蹟】そのものです。
砂漠を守る【センチネル】、偉大なるフェネックよ!
そして、偉大なるかな【神の愛】!ハレルヤ!栄光を神に帰します!
●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした
(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
●【神の力、神の知恵であるキリスト(コリント前書1‐26~31)】
◆兄弟たちよ、あなた方が召された時のことを考えてみるがよい。
人間的には知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、
身分の高い者も多くはいない。
◆それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、
強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
◆有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や
軽んじられている者、すなわち無に等しい者を、あえて選ばれたのである。
◆それは、どんな人間でも神の御前に誇ることがないためである。
◆あなた方がキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。
キリストは神に立てられて、私たちの知恵となり、
義と聖とあがないとになられたのである。
◆それは「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである
同じような話は草原で集団生活するプレーリー・ドッグにも観られます。
彼らもまた、草先だけを大量に食べることによって、草原の育成を高め、
穴を掘ることで土を耕し、糞尿は豊かな肥料にしてくれので、
大型で大量の草食動物たちにとっての豊かな草原が守り続けられていいるのです。
人間社会では大迷惑の大敵である、ダニやネズミにしても、
山林においては不可欠な貴重な存在であることも感動的です。
ダニがいなければ森林の豊かな土壌は生まれません。
ダニが腐敗した木々を土に戻す為の重要な【ミッション:使命・天職】を
実践しているのです。
ネズミにしても冬眠のためには必要な食糧補給として木の実を
たくさん土中に貯蔵しなくてはなりません。
ネズミの熱心さのおかげで、食べる以上の種を土中に埋めてくれるので、
種蒔きとなって新たな木々を生まれ育てるという大切な【ミッション:使命・天職】を
果たす【ヒーロー】であり、山林を守り続けている名誉ある【センチネル】だったのです!
ここで興味深いことは、【神の愛=主イエス】が命じた<【センチネル】の務め>には
自分の見張り・守り役の<持ち場>があってダニやネズミのように、
いったん<持ち場>を離れると、自分の【タレント:個性・才能・可能性】を
最善発揮できなという事実です。
都会で生息するダニやネズミだけでなく、私たち各自にも本来の<持ち場>が
あって、そこで【センチネル】となれるのです!
●愛する兄弟たちよ、思い違いしてはならない。あらゆる善い贈り物は、
あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下ってくる(ヤコブ書1-16~17)
●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ自己を実現する生まれつきの
衝動を自分のうちに持っている(ヒルティ)
●【独立の確信(中江藤樹)】
知らざりし 外に求むる いろいろの ちから我が身の うちにありとは
●山家に住して漁業をうらやむなど最も愚なり。
海には海の利あり、山には山の利あり。
天命に安んじてその他を願うことなかれ(二宮尊徳)
さらに、後天的に人為的に、環境秩序が混乱破壊されてしまったり、
本来の<持ち場>の<ライト・スタッフ(最適者)>が不在となったとしても、
【神の愛=主イエス】から観れば、一切心配御無用であることも感動的です。
人為的であろうと天災であろうと、もし【センチネル】が不在となったなら、
身代りが【神の愛=主イエス】に任命されるからです。
ガラパゴス諸島では、ダーウインが「進化論」の証拠として研究した
「ダーウイン・フィンチ」という小さな鳥の多様性は有名です。
TV番組では、本来の「フィンチ」の祖は動物の毛肌につく虫を主食とするのが、
様々な環境に対応して進化したと解説します。
しかし、私の理解では、ガラパゴス諸島という外界と隔絶した<小宇宙>である
<天然世界>を守るために、特別にフィンチが【神の愛=主イエス】から
名誉ある【センチネル】として大抜擢されたのだと思うのです。
初めて上陸したダーウインは、フィンチが人間を恐れることなく、近づいて来て、
触っても逃げなかったことを驚きとして記しています。【神の愛=主イエス】の
<似姿>といわれる人間に、それだけ素直になついていると言うことは、
【神の愛=主イエス】に最も近い主従関係であった証明ではありませんか!
ガラパゴスにはキツツキ系の鳥がいないため、木々の穴に住み着く虫を間引きして
木々を健康に守り育てる【センチネル】となります。
驚くべきは「キツツキ・フィンチ」は、キツツキのような頑丈な頭と「くちばし」を
持っていないために、小枝を道具にして、穴に住む虫を誘い出すと言う
見事な業を持っています。
またガラパゴスの他の孤島では、他の動物から吸血する者や、他の鳥の卵を
間引きして主食とする者もいます。彼らは自分勝手に生態進化したのでしょうか?
私にはそうは思えません。【神の愛】に最も忠実で素直な「フィンチ」なので、
【神の愛=主イエス】に命じられて、ガラパゴス諸島全体の生態系を守り
維持するために、他の誰もできないような<【センチネル】の務め>に応じたのだと
信じます!
人間から観れば、自分だけが生存するために、生態を変えたように思われても、
天井を高くした【神の愛=主イエス】の視点からは環境全体の秩序を守るための
素晴らしい<献身的行為>であることを理解できるはずです。
偉大なるかな!フィインチ諸君!
一日中サボっているようなナマケモノにしても、彼らは一日に葉っぱ3枚しか食べない
「小食」でありますが、彼が生息する木々の成長を守り育てるために糞尿は
肥料となり、彼の皮膚に育つコケは、多くの虫や鳥類のために不可欠な貴重な
存在だそうです。
ナマケモノもまた、森を守り続けいてる貴重な【センチネル】だったのです!
この世は観察すればするほどに、【神の愛=主イエス】の素晴らしい
【御心:聖意・聖旨】によって成り立っていることが解ります。
●人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見出せるようにして下さった。
事実、神は我々一人一人から遠く離れておいでになるのではない。
我々は神の内に生き、働き、存在しているからである(使徒行伝17‐27~28)
●この世における人間の主な目的は神の栄光をたたえ、
永遠にわたって神を悦ぶことである(クロムウエル時代の簡略教理問答集より)
●愛は神の霊としてこの世に満ちみちている(ヒルティ)
●ああ深いかな、神の知恵と知識との富は、そのさばきは窮めがたく、
その道は測りがたい(ロマ書11‐33)
●神は時おり、自然の出来事や自然の事物を通して、私たちに話しかける事もある
(ヒルティ)
●もしもあなたがあらゆるものにイエスを求めるならば、
必ず(そこに)イエスを見出し得よう(トマス・ア・ケンピス)
私たちにも、本来の<持ち場>にあるなら、【神の愛=主イエス】の素晴らしい
<【センチネル】の務め>が与えられることを信じています!
しかも、【神の愛=主イエス】に従順ならば、名誉ある【センチネル】の
<身代り役>という大命に預かれる【チャンス】もあります!
●人は天から与えられなければ、何ものも受けることはできない(ヨハネ伝3‐27)
●信仰は神へ向かってひたすら努力する事ではなく、神に己れをゆだねる事である
(ヒルティ)
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
(これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●あなた方は、さらに大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。
そこで、私は最もすぐれた道をあなた方に示そう(コリント前書12-31)
現代の日本列島は、まるで難破船のように漂流して、分裂・混乱した不安定さを、
誰もが多少でも感じるのではないでしょうか。
【センチネル:見張り番・守り役】が適材適所に配置していないからかもしれません。
だからこそ、【神の愛=主イエス】から名誉ある<【センチネル】の務め>への
<代役・身代り>の召集礼状が来る【チャンス】です!
見事に大役を全うしている「キツツキ・フィンチ」のように、私たちにも
<神業と知恵>が与えられるので安心して活躍しましょう!
●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせて、
あなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●神は神を愛する者たちと共にはたらいて万事を益となるようにして下さる
(ロマ書8‐28)
●キリスト信者たる栄誉の一つは、弱き取るに足らざるこの身をもってして、
なお大望を抱いてその一部分を遂行し得るにあり(内村鑑三)
皆さんが進むべき道として、全人類、全世界を守るという、
名誉ある<【センチネル】の務め>に任命されることを期待しています!
●人の道は主の目の前にあり、主は、その道筋のすべてに心を配って、
その行いを見守られる(箴言5-21)
●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか
(箴言20‐24)
●人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
主がその手をささえておられるからだ(詩篇37‐23~24)
●あなたの為すべきことを主に委ねよ、そうすれば、あなたの計画はゆるがず、
必ず成る(箴言16-3)
皆さんの幼少時代から望んでいた【ビジョン:理想・夢・志】に
<【センチネル】の務め>に通じる【ミッション:使命・天職】を発見して
世界を舞台に大活躍されることを心より応援しています!
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを
悟った日のことである(ヒルティ)
●神の御心にかなうことを求め行なう以上に快い気分を覚えさせ
喜びを与えるものはない(トマス・ア・ケンピス)
●人の最大発見物は天職なり。
これを知らずして彼の人生は無意味なり(内村鑑三)
●神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます(ヤコブ書4-8)
●神と共にあって私の家は確かに立つ。神は永遠(とこしえ)の契約を私に賜る。
すべてに整い、守られるべき契約を。まことに神は私の願いと救いとを、
私の喜びを、すべて芽生えさせ育て上げてくださる(サムエル後書23-5)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2012年6月27日に作成した<第593回>に加筆】
◇◇人生を<THIS IS IT>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
★★マイケル・ジャクソンの映画「THIS IS IT」にインスピレーションを受けて★★
http://www.youtube.com/watch?v=rAymCo5kc4g
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
読者の皆さんの多くがマイケル・ジャクソンをご存知だと思いますが、彼の命日である
6月25日頃に<あとで解ったのですが>急にマイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」が
観たくなって、YouTubeを検索したら、何と映画の全編を観ることができました!
SONYグループは著作権に厳しいはずなのに、何故か「THIS IS IT」は削除もされず
全編が観られることも、彼の命日に出遭えたことも【神の愛の奇蹟】です!
世間的に空前の大成功と同時に晩年には汚名や挫折で批判攻撃とスキャンダルに
まみれた最後でしたが、彼は【タレント:個性・才能・可能性】を出し惜しみせずに
【ミッション:大義・使命・天職】を真っ直ぐに<幼な心・幼な子>のまま走り抜けた
<生き様>と<死に様>を見事に体現してくれました。見習いたいですね。
●幼な子をそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのを止めてはならない。
天国はこのような者の国である(マタイ伝19~14)
●神のもとには大きなものも小さなものもありはしません。
人生においてもまた、大きなものも小さなものもありはしません。
あるものはただ、まっすぐなものと曲がったものだけです(トルストイ)
●天国とはそのような者(幼な子)の国である。
幼な子のように神の国を受入れる人でなければ、決してそこに入いる事はできない
(マタイ伝19-14、マルコ伝10-13~16、ルカ伝18-15~17)
●有限の我等が無限の神に対して幼な心を懐くにいたって救われる。
すなわち、幼な子となりて救われる(内村鑑三)
●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした
(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
●私たちは幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、
幼な子らしく考えていた。しかし、おとなになった今は、幼な子らしい事を捨て去った
(コリント前書13-11)
●悲しみの雲をつらぬきて信仰の眼を天へ向けさせ給え。
私たちの気ままに駆ける時、ほろびの中に墜ち、深き淵の底に沈んだのです。
主よ、救いは御元にのみ。あなたによって奴隷の身から救われた魂は幸いです。
ただあなたの御手が我が身に触れる時、私たちはまことに自由です。
私たちは罪の本能から解き放たれ、堅く御胸に抱かれて、
あなたの愛のよろこびにひたり、幼な児のようにふるさとに帰ります(ヒルティ)
●自分の心のままを行うためでなく、私を仕わされた方の御心を行うためである
(ヨハネ伝6‐38)
●私自身の考えでするのではなく、私を仕わされた方の御旨を求めているからである
(ヨハネ伝5‐30)
●心を入れかえて幼な子のようにならなければ、天国に入いる事はできないであろう
(マタイ伝18-3、マルコ伝9-33~37、ルカ伝9-46~48)
「THIS IS IT」は、「生涯最後の公演(ファイナル・カーテン・コール)」として宣言した
英国ツアーのライブタイトルであり、バック・ダンサーのオーディション風景から始まり、
死ぬ直前の6月23日のリハーサル風景までを紹介したドキュメンタリー映画です。
7月中旬スタートの英国ツアーは直前に急死したために開催できす「THIS IS IT」が
まさしく「生涯最後の公演」となりました。
「THIS IS IT」は「これで決まりだ」という意味があるそうですが、改めて観るならば、
「これこそ【ミッション:大義・使命・天職】だ!」という霊的解釈もできます。
【神の愛=主イエス】から託された【ミッション:大義・使命・天職】を体得しながら
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて突き進む<福音の戦士>【福音の勢力】にとっては
全てにおいて【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】にかなった時があることを
マイケル・ジャクソンは<歓喜!感動!感謝!>の美しさで教え示してくれました。
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
殺すのに時があり、癒すのに時がある。
崩すのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
映画「THIS IS IT」に登場するメンバー全員が<心を一つ思いを一つ>にして
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】のために【チーム・ワーク&チーム・スピリット】で
結集している彼等の中心に【神の愛=主イエス】が共に在ることを実感できます。
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって
私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)
●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、
お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、
堅く結び合って欲しい(コリント第1書1-10)
●神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)
●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。
それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。
どうか、忍耐と励ましと慰めの源である神が、あなた方に、
キリスト・イエスにならって互いに同じ思いを抱かせ、 心を一つにし、声を合わせて、
私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえあがめさせて下さるように
(ロマ書15-4~6)
●あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、
天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。
二人、三人が私の名によって集まっているところには私(主イエス)もその中にいる
(マタイ伝18-19~20)
マイケルは肌の黒と白に始まり、男性と女性、大人と子共、強者と弱者、
善と悪、愛と無関心、光と闇など、分裂対立する中垣を取り除くために
【神の愛=主イエス】に<召命>された<新しい人>といえます。
●キリストは私たちの平和であって2つのものを一つにして
敵意という隔ての中垣を取り除き、
ご自分の肉によって数々の規定から成立する規律と戒律ずくめの律法を
廃棄したのである。
それは、彼にあって二つのものを一人の新しい人に造りかえて平和を来らせ、
十字架によって二つのものを一つの体として神と和解させ、
敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである(エペソ書2-14~16)
マイケルは【この世の勢力:富・権威・名声】に満ちた世間的強者の立場なのに
誰よりも低く、小さく、身をかがめて、世界中の苦しみ悩み孤立無援の人々と共に
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の為に戦い続けている人々と共に
【神の愛=主イエス】と共に活きる姿は、<自己の弱さ>だけを誇る使徒パウロに
通じる<福音の戦士>【福音の勢力】そのものですね。
●互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、かえって低い者たちと
交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない (ロマ書12‐16)
●主は言われた「私の恵みはあなたに対して十分である。私の力は弱いところに
完全にあらわれる。」それだから、キリストの力が私に宿るように、むしろ
喜んで自分の弱さを誇ろう(コリント後書12-9)
●私はキリストのためならば、弱さと侮辱と危機と迫害と行き詰まりとに甘んじよう。
何故なら、私が弱い時にこそ、私は強いからである(コリント後書12-10)
●苦しみにあった事は私にとって幸せでした。
私はそれであなた(主)の掟を学びました(詩篇119-71)
●私は神様に、私の弱さを感謝します。というのは、私はその弱さを通して、
私自身を、私の仕事を、私の神様を見つけることができたからです
(ヘレン・ケラ-)
●人間の弱さというものが、人生を極めるのに必要になってくることがしばしばある
(メーテルリンク)
●我々はいつも行為によって完全なものになろうとするが、
神はたいてい苦しみを通して我々を前進させようとし給う(ヒルティ)
たとえマイケルの私生活は恥辱と汚名と迫害で<真っ黒>に塗りたくられたとしても、
オン・ステージの彼は【スタッフ;同労者・同志】と共に光り輝き増し続けています!
<オン・ステージ>は彼の<本分・本領>であり、マイケルの「THIS IS IT」です!
●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。
自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ)
マイケルは確信していました。此の世は【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】の
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に満ちあふれている事を。この<真理・智慧>の
<大確信:必勝・必決・必現>に<忠義・忠信・忠誠>する心を死守するために
私生活で何が起ころうとも、彼は勇猛果敢に戦い抜いた生涯だと理解できます。
●全ての守るべき物よりもまさりて、汝の心を守れ、
そは生命の流れこれより出づればなり
力の限り見張って、あなたの心を見守れ。命の泉はこれから沸くから(箴言4‐23)
●知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ
(箴言4-6)
●ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、全ての日を同じように考える人もいます。
それは、各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきことである(ロマ書14-5)
●自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります
(ヘブル書10-35)
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
キリストに連なる者となるのです(ヘブル書3-14)
●信仰は人によっては迷信のごとくに見える。信仰は確かに一種の冒険である。
これに従って、あるいは失敗におわるかもしれない。
しかしながら、信ずる者は信仰の迷信でないことを知る(内村鑑三)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。
「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●キリスト教は完全なる道徳と同時にこれに達するの途を示し
これを行うの力を供するものである(内村鑑三)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるが如くに全ての事をなすをうるなり
(ピリピ書4‐13)⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
私たちの人生においてもマイケルが実践してみせた<生き様><死に様>のように
世間的にどんな状況であろうとも、たとえ家族や身内から孤立しても、お構いなしで、
生涯ずっと【ビジョン:理想・夢念・大志】と【ミッション:大義・使命・天職】を死守して<最善の最後>を生き抜く【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の心意気で
後ろを振り返らず、どんな【罪:自己不信・自己否定・自己嫌悪】もかなぐり捨てて、
<一日一生!日々新た>に【神の愛=主イエス】を仰ぎ望み前進し続けましょう!
●The Best is yet to come!
<最善の時はこれからだ!>(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●<希望と前進>(内村鑑三)
人は希望的動物なり。
彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
希望は健全にして、回顧は不健全なり。
●後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●汝ら前に進まんのみ(内村鑑三:出エジプト記14-15)
前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず
前に進まんのみ
●上を見よ、下を見るなかれ
前を見よ、後ろを見るなかれ
外を見よ、内を見るなかれ
しかして、人に手を貸すべし (エドワード・へール)
●進め。どこまでも進め。
前途を疑惧せずして進め。
倒るるも退(ヒ)くなかれ。
明日は今日よりも完全なれ。
明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
臆病者に平和あるなし。
進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●私の考えは、いつも前進するという事です。もし神が人間の後退をお望みならば、人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう(ユーゴ)
皆さんの<大確信:必勝・必決・必現>【大希望:聖望!聖願!聖欲!】による
「THIS IS IT」<【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】>を
死守して、混迷大波乱の大転換期<マクロシフト>に突入した世界を舞台にして、
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】として活躍する事を
心より応援しています!
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)
●汝の道を主にゆだねよ、主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、
光のごとく汝の義をあきらかにし、真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん
詩篇37-5~6)
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。信頼せよ、
主は計らい、主が成し遂げてくださる。
あなたの義を光のように、
あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる(詩篇37-4~6)
●目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
あなたの道は常に確かなものとなろう。
右にも左にも迷い出てはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ
(箴言4-25~27)
●人はどんな高いところでも登ることができる。
しかし、それには決意と自信がなけばならぬ(アンデルセン)
●大きな夢を描きなさい!何にも束縛されずに、何ができるかで決めるのではなく、
何が正しいかで決めるのです(ブライアン・トレーシー)
●君がどんなに遠い夢を見ても、君自身が可能性を信じる限り、
それは手の届くところにある(ヘッセ)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇人生を<THIS IS IT>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
★★マイケル・ジャクソンの映画「THIS IS IT」にインスピレーションを受けて★★
http://www.youtube.com/watch?v=rAymCo5kc4g
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
読者の皆さんの多くがマイケル・ジャクソンをご存知だと思いますが、彼の命日である
6月25日頃に<あとで解ったのですが>急にマイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」が
観たくなって、YouTubeを検索したら、何と映画の全編を観ることができました!
SONYグループは著作権に厳しいはずなのに、何故か「THIS IS IT」は削除もされず
全編が観られることも、彼の命日に出遭えたことも【神の愛の奇蹟】です!
世間的に空前の大成功と同時に晩年には汚名や挫折で批判攻撃とスキャンダルに
まみれた最後でしたが、彼は【タレント:個性・才能・可能性】を出し惜しみせずに
【ミッション:大義・使命・天職】を真っ直ぐに<幼な心・幼な子>のまま走り抜けた
<生き様>と<死に様>を見事に体現してくれました。見習いたいですね。
●幼な子をそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのを止めてはならない。
天国はこのような者の国である(マタイ伝19~14)
●神のもとには大きなものも小さなものもありはしません。
人生においてもまた、大きなものも小さなものもありはしません。
あるものはただ、まっすぐなものと曲がったものだけです(トルストイ)
●天国とはそのような者(幼な子)の国である。
幼な子のように神の国を受入れる人でなければ、決してそこに入いる事はできない
(マタイ伝19-14、マルコ伝10-13~16、ルカ伝18-15~17)
●有限の我等が無限の神に対して幼な心を懐くにいたって救われる。
すなわち、幼な子となりて救われる(内村鑑三)
●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした
(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
●私たちは幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、
幼な子らしく考えていた。しかし、おとなになった今は、幼な子らしい事を捨て去った
(コリント前書13-11)
●悲しみの雲をつらぬきて信仰の眼を天へ向けさせ給え。
私たちの気ままに駆ける時、ほろびの中に墜ち、深き淵の底に沈んだのです。
主よ、救いは御元にのみ。あなたによって奴隷の身から救われた魂は幸いです。
ただあなたの御手が我が身に触れる時、私たちはまことに自由です。
私たちは罪の本能から解き放たれ、堅く御胸に抱かれて、
あなたの愛のよろこびにひたり、幼な児のようにふるさとに帰ります(ヒルティ)
●自分の心のままを行うためでなく、私を仕わされた方の御心を行うためである
(ヨハネ伝6‐38)
●私自身の考えでするのではなく、私を仕わされた方の御旨を求めているからである
(ヨハネ伝5‐30)
●心を入れかえて幼な子のようにならなければ、天国に入いる事はできないであろう
(マタイ伝18-3、マルコ伝9-33~37、ルカ伝9-46~48)
「THIS IS IT」は、「生涯最後の公演(ファイナル・カーテン・コール)」として宣言した
英国ツアーのライブタイトルであり、バック・ダンサーのオーディション風景から始まり、
死ぬ直前の6月23日のリハーサル風景までを紹介したドキュメンタリー映画です。
7月中旬スタートの英国ツアーは直前に急死したために開催できす「THIS IS IT」が
まさしく「生涯最後の公演」となりました。
「THIS IS IT」は「これで決まりだ」という意味があるそうですが、改めて観るならば、
「これこそ【ミッション:大義・使命・天職】だ!」という霊的解釈もできます。
【神の愛=主イエス】から託された【ミッション:大義・使命・天職】を体得しながら
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて突き進む<福音の戦士>【福音の勢力】にとっては
全てにおいて【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】にかなった時があることを
マイケル・ジャクソンは<歓喜!感動!感謝!>の美しさで教え示してくれました。
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
殺すのに時があり、癒すのに時がある。
崩すのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
映画「THIS IS IT」に登場するメンバー全員が<心を一つ思いを一つ>にして
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】のために【チーム・ワーク&チーム・スピリット】で
結集している彼等の中心に【神の愛=主イエス】が共に在ることを実感できます。
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって
私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)
●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、
お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、
堅く結び合って欲しい(コリント第1書1-10)
●神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)
●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。
それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。
どうか、忍耐と励ましと慰めの源である神が、あなた方に、
キリスト・イエスにならって互いに同じ思いを抱かせ、 心を一つにし、声を合わせて、
私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえあがめさせて下さるように
(ロマ書15-4~6)
●あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、
天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。
二人、三人が私の名によって集まっているところには私(主イエス)もその中にいる
(マタイ伝18-19~20)
マイケルは肌の黒と白に始まり、男性と女性、大人と子共、強者と弱者、
善と悪、愛と無関心、光と闇など、分裂対立する中垣を取り除くために
【神の愛=主イエス】に<召命>された<新しい人>といえます。
●キリストは私たちの平和であって2つのものを一つにして
敵意という隔ての中垣を取り除き、
ご自分の肉によって数々の規定から成立する規律と戒律ずくめの律法を
廃棄したのである。
それは、彼にあって二つのものを一人の新しい人に造りかえて平和を来らせ、
十字架によって二つのものを一つの体として神と和解させ、
敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである(エペソ書2-14~16)
マイケルは【この世の勢力:富・権威・名声】に満ちた世間的強者の立場なのに
誰よりも低く、小さく、身をかがめて、世界中の苦しみ悩み孤立無援の人々と共に
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の為に戦い続けている人々と共に
【神の愛=主イエス】と共に活きる姿は、<自己の弱さ>だけを誇る使徒パウロに
通じる<福音の戦士>【福音の勢力】そのものですね。
●互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、かえって低い者たちと
交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない (ロマ書12‐16)
●主は言われた「私の恵みはあなたに対して十分である。私の力は弱いところに
完全にあらわれる。」それだから、キリストの力が私に宿るように、むしろ
喜んで自分の弱さを誇ろう(コリント後書12-9)
●私はキリストのためならば、弱さと侮辱と危機と迫害と行き詰まりとに甘んじよう。
何故なら、私が弱い時にこそ、私は強いからである(コリント後書12-10)
●苦しみにあった事は私にとって幸せでした。
私はそれであなた(主)の掟を学びました(詩篇119-71)
●私は神様に、私の弱さを感謝します。というのは、私はその弱さを通して、
私自身を、私の仕事を、私の神様を見つけることができたからです
(ヘレン・ケラ-)
●人間の弱さというものが、人生を極めるのに必要になってくることがしばしばある
(メーテルリンク)
●我々はいつも行為によって完全なものになろうとするが、
神はたいてい苦しみを通して我々を前進させようとし給う(ヒルティ)
たとえマイケルの私生活は恥辱と汚名と迫害で<真っ黒>に塗りたくられたとしても、
オン・ステージの彼は【スタッフ;同労者・同志】と共に光り輝き増し続けています!
<オン・ステージ>は彼の<本分・本領>であり、マイケルの「THIS IS IT」です!
●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。
自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ)
マイケルは確信していました。此の世は【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】の
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に満ちあふれている事を。この<真理・智慧>の
<大確信:必勝・必決・必現>に<忠義・忠信・忠誠>する心を死守するために
私生活で何が起ころうとも、彼は勇猛果敢に戦い抜いた生涯だと理解できます。
●全ての守るべき物よりもまさりて、汝の心を守れ、
そは生命の流れこれより出づればなり
力の限り見張って、あなたの心を見守れ。命の泉はこれから沸くから(箴言4‐23)
●知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ
(箴言4-6)
●ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、全ての日を同じように考える人もいます。
それは、各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきことである(ロマ書14-5)
●自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります
(ヘブル書10-35)
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
キリストに連なる者となるのです(ヘブル書3-14)
●信仰は人によっては迷信のごとくに見える。信仰は確かに一種の冒険である。
これに従って、あるいは失敗におわるかもしれない。
しかしながら、信ずる者は信仰の迷信でないことを知る(内村鑑三)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。
「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●キリスト教は完全なる道徳と同時にこれに達するの途を示し
これを行うの力を供するものである(内村鑑三)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるが如くに全ての事をなすをうるなり
(ピリピ書4‐13)⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
私たちの人生においてもマイケルが実践してみせた<生き様><死に様>のように
世間的にどんな状況であろうとも、たとえ家族や身内から孤立しても、お構いなしで、
生涯ずっと【ビジョン:理想・夢念・大志】と【ミッション:大義・使命・天職】を死守して<最善の最後>を生き抜く【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の心意気で
後ろを振り返らず、どんな【罪:自己不信・自己否定・自己嫌悪】もかなぐり捨てて、
<一日一生!日々新た>に【神の愛=主イエス】を仰ぎ望み前進し続けましょう!
●The Best is yet to come!
<最善の時はこれからだ!>(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●<希望と前進>(内村鑑三)
人は希望的動物なり。
彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
希望は健全にして、回顧は不健全なり。
●後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●汝ら前に進まんのみ(内村鑑三:出エジプト記14-15)
前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず
前に進まんのみ
●上を見よ、下を見るなかれ
前を見よ、後ろを見るなかれ
外を見よ、内を見るなかれ
しかして、人に手を貸すべし (エドワード・へール)
●進め。どこまでも進め。
前途を疑惧せずして進め。
倒るるも退(ヒ)くなかれ。
明日は今日よりも完全なれ。
明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
臆病者に平和あるなし。
進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●私の考えは、いつも前進するという事です。もし神が人間の後退をお望みならば、人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう(ユーゴ)
皆さんの<大確信:必勝・必決・必現>【大希望:聖望!聖願!聖欲!】による
「THIS IS IT」<【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】>を
死守して、混迷大波乱の大転換期<マクロシフト>に突入した世界を舞台にして、
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】として活躍する事を
心より応援しています!
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)
●汝の道を主にゆだねよ、主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、
光のごとく汝の義をあきらかにし、真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん
詩篇37-5~6)
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。信頼せよ、
主は計らい、主が成し遂げてくださる。
あなたの義を光のように、
あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる(詩篇37-4~6)
●目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
あなたの道は常に確かなものとなろう。
右にも左にも迷い出てはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ
(箴言4-25~27)
●人はどんな高いところでも登ることができる。
しかし、それには決意と自信がなけばならぬ(アンデルセン)
●大きな夢を描きなさい!何にも束縛されずに、何ができるかで決めるのではなく、
何が正しいかで決めるのです(ブライアン・トレーシー)
●君がどんなに遠い夢を見ても、君自身が可能性を信じる限り、
それは手の届くところにある(ヘッセ)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
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田中 聡(さとし)
☆☆【ブログ訪問者発掘シリース】☆☆
◇◇ 自立支援:可能性へのチャレンジ ◇◇
【2002年3月13日に作成した<第229回>より】
2002年3月11日(月)深夜0:15NHK「NHKスペシャル(再):車いすから立ちあがれ」を観て
●我々が自ら幸福だと感じるためには、つねに頭が計画にみち、
心が愛にみちていなければならない (ヒルティ)
●為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは 人の為さぬなりけり(上杉鷹山)
神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。
日本社会のあらゆる分野では、まさに改革がキーワードになっていると思います。
改革を支える精神として【キリスト精神:イエスの生涯と教え】は有力です。
【キリスト精神】は自己・隣人・社会の【光:善意・良心・可能性】を信じ望み
愛する心であり、しかも次のような精神をも生み育ててくれるからです。
■■■【自由・平等・寛容・博愛の精神:イエスの生涯と教え】■■■
◆フロンティア精神 ⇔ ネバー・ギブ・アップ~【先駆者】
★チャレンジ精神★オープン・マインド★ポジティブ/プラス思考
◆自主独立精神 ⇔ オンリー・ワン~【ビジョン:理想・夢・志】
★自由・独立志向★個性・才能発揮★自己実現
◆隣人愛精神 ⇔ 正義感・使命感~【仲保者】
★善意・良心の発揮★利他主義★社会参加・支援協力
テレビ番組で医療介護の分野での革命的チャレンジが紹介されていました。
それは、愛知県の長寿科学総合研究所の大川弥生先生による目標指向的の
介護・リハビリの実践と啓蒙活動です。
90歳近い今も活躍している社会学者の鶴見和子さんも大川先生のおかげで
一度はあきらめかけていた半身マヒを見事に克服する事ができたのです。
私はテレビ番組で初めて大川さんの介護分野の革命的チャレンジを知って
感動しました。大川先生の実践には社会のあらゆる分野の改革にも通じる
【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】があったからです。
従来の病院施設で行なわれる介護・リハビリ医療で必要不可欠なものとは
車イスです。高齢者が脳卒中などの後遺症として身体マヒをわずらったら
病院では倒れて骨折や事故を避けるために、車イスを活用してきました。
多くの患者は安全第一という名目で、一日のうちベッドで9時間、車イスで
4時間を生活するために、ほとんど自らの身体の能力を使って歩くことが
なくなるために、使える手足までも筋力が衰えてしまう廃用症候群となり
車イスに頼ることが治癒力を低カさせてしまい、最後には「寝たきり」に
なってしまうという悪循環の危険にあったのです。
大川先生は全国120病院の17000名の患者の調査を行なってみたところ、
85パーセントの人が歩けるのに歩かされていないことが判明しました。
脳障害による後遺症の身体マヒを起してしまった高齢者の患者にとっては
歩いて退院できる人はほとんどいないというのが現状だそうです。
しかし、介護・リハビリの専門医である大川先生はあきらめませんでした。
彼女だけは再起する可能性を信じて、個人の尊厳を重視していたからです。
大川先生は決意したそうです。「車イスに頼る医療の改革が早急に必要だ!」
150万人といわれる脳卒中マヒ者にとっては、まさに【愛の福音】でした。
大川先生の愛に満ちた医療革命は、どんな国家的行政や政治・制度にも勝る
【愛の革命】であり、大川さんの【使命・天職】だと私は信じます。
●愛はいかなるものにもまして人を懸命にさせる(ヒルティ)
番組では大川先生の車イスを使わない新たな介護・リハビリ方法を導入する
兵庫県の公立八鹿病院での導入3ヶ月間のチャレンジを紹介してくれました。
【愛の伝道者】として大川さんがやって来ると、早速大改革が始まりました。
リハビリ室が廃止され日常の病院生活そのものがリハビリの対象となります。
車イスに変わってマヒ部分をカバーする装具と倒れない特殊な杖(押し車)を
使用する新たなる介護・リハビリ方法となり、それまでのリハビリの常識が
くつがえされることで、医療現場のセラピスト(理学療法士)は戸惑うことに
なります。
患者にとっても一日はすっかり変わります。それまでの一日午前午後わずか
20分ずつのリハビリに変わって、毎日の起床から消燈までの全ての行動が
車イスを使わないで自分自身の身体の能力を発揮しなくてはならくなります。
しかし、患者は以前よりも希望と勇気が沸いてきました。もし歩けるように
なれば、家に帰っても迷惑をかけずに家族と暮らせるようになるからです。
一方で、介護・リハビリの世話をする理学療法士は導入から2週間もすると
食事時など患者を一斉に移動しなければならず、人手不足を感じ始めます。
そこで、大川さんを招いて打ち合わせを行ないました。
それまでの9時5時の介護体制を改めて、さらに加えて早出・遅出の必要を
大川さんの方から自信を持ってアドバイスしてきました。
車イスを廃止した新手法だけでも既に疑問や不安不満を抱く理学療法士には
さらなる大川さんの助言に納得できないという表情を示します。
療法士代表者:「早出・遅出が本当にそんなにメリットがあるのですか?」
大川:
「効果は明らかに決まっているでしょう!?。
起床前や消燈後にも動き回る患者のために対応することが大切なのです。
実生活こそ訓練だからです」
そして、それまで考えもしなかった驚くべき発言が療法士の心を一変させます。
「患者の本当の人間の生活に合わせることが大切なのです。
貴方が来るまで患者を待たせるわけには行かないでしょう?
今までの皆さんは自分の時間に患者を合わせていたのではありませんか?」
従来の介護現場の人なら人手不足で過剰労働になるばかりと思われるような
大川さんの提案は、当初の慣れないうちは大変でも、実は手間は減って行き
リハビリ期間は平均2分の1になるのでした。一番喜ばしきことは、患者の
多くが「寝たきり」にならずに歩いて退院できるようになるのです。
私たちは新しい試みにおいて、ただ頭だけで理解しようとしたり、理論的な
考えは禁物であることを改めて感じるエピソードです。あくまでも着手して
実体験から確信に基く大川さんの発言は厳しいだけでなく【愛のパワー】を
感じました。
●事実の子たれよ、理論の奴隷になるなかれ(内村鑑三)
●人を信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいと言う願望と
気分とを起こさせるものは、その経験をした人たちの証明である
(ヒルティ)
●ためしてみること、着手することによってのみ最も偉大な事柄も
成就するものだ(ヒルティ)
介護・リハビリ18年のキャリアでベテランの今井さんは、自分が担当する
独りの前向きな西村さんにどんな「介護プラン」が善いのか迷い大川さんに
相談しました。
大川さんは今井さんが提出した計画書を見て、直ぐに質問を返してきました。
「どうして、退院後の欄が空白なのですか?」
今井さんのキャリアの中で、退院後の患者の人生計画など考えてあげた事は
一度もありませんでした。今井さんにとってリハビリは病院施設内で安全に
生活できるようにすることが目的となっていたのです。退院後の事を考えず
ただ歩かせることだけを考えていた自分に初めて気づいたのです。
大川さんは誇りある熱い心からの【愛のメッセージ】を伝えてくれました。
「患者さんの退院後の生活を念頭においたリハビリをするべきです!
どういう楽しい人生を創るかを考えるから、やりがいがあるのでしょ!?
新しい人生を創る事に関われるからこの仕事(介護)は楽しいのです。
狭いことを考えるだけではつまらないじゃありませんか!」
●汝の車を星につなげ(エマーソン)
●失敗は罪ではない、目的が低いことが罪なのである(内村鑑三)
●青年よ大志を抱け!(クラーク)
今井さんは早速西村さんの家を訪問し退院後の生活プランを考える事に
着手します。そして、西村さんが入院するまで世話をしていた玄関脇の
花壇を発見します。「これだ!」今井さんは写真を撮って帰ります。
翌日からのリハビリには自宅の居間から花壇までの距離10メートルを
想定した歩行訓練を行うように変更しました。10メートル歩く先には
植替えの訓練のための花と土が今井さんによって用意してあります。
「西村さん、毎日この花に水をやれるようにしようね」
今井さんは嬉しそうに語ってくれます。
「はじめはどうしていいか判らなかったが、何のために歩くのか、
どうすればうまく歩けるかを深く考えるようになりました」
「これがセラピスト(理学療法士)のよろこびだということが少しずつ
判ってきました」
八鹿病院での新たな試みから1ヶ月もすると、一人平均50分の立ち歩きが
2時間半にも伸びるようになりました。
一人の患者の食事中のちょっとした事故によって新たな課題が判明します。
自分で歩いて食堂まで来て腰掛けようとした時に、あやまって転ぶという
事故です。原因は療法士と看護士の連携がうまくいっていないからでした。
今までは、療法士と看護士とは職種を越えたコミュニケーションがなくて
いつのまにか患者の世話で真空地帯ができるようになっていたのです。
今回の経験で病院スタッフ全員が同じ気持ちなる必要を初めて理解します。
先ず、気づいた事はお互いに声を掛け合うことを心がけるようになります。
さらに、情報の共有のために職種を越えた打ち合わせを行なうようになり、
患者一人に一冊ずつのノートを作るようにしました。
大川さんの【愛の革命】によって病院は愛の世界に変えられたのです。
●互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、かえって
低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない
(ロマ書12‐16)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって
私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)
●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、
お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、
堅く結び合って欲しい(コリント第1書1-10)
八鹿病院での3ヶ月目には15名が歩いて退院できるようになりました。
中島さんの場合は夫も入院当時はあきらめかけたほどの身体マヒでした。
しかし、新たな目標指向型介護のおかげで見事に歩いて退院することが
できたのです。彼女の場合は退院して孫の結婚式へ歩いて出席する事が
目標でした。
入院当時は家族も本人すら不可能とあきらめていた結婚式への出席が
病院スタッフの【愛のパワー】によって可能となったのです。
結婚式会場では孫と中島さんが喜び励ましあう感動的光景がありました。
「おばあちゃん、ありがとう!」
入院当時は将来への希望もなく言葉少なかった中島さんも楽しい会話と
笑顔を取り戻し「みんなのおかげです」と語ってくれました。
「年寄りだからこそ残された人生をどう生きるかを共に考えてあげる事が
必要なのです」と大川先生は番組で熱く語りかけます。
大川さんの愛と勇気に基づく福音伝道は全国の病院に広がりつつあります。
さらに、愛は波及して今まで後回しにされてきた特別養護老人ホームでも
導入されるそうです。
一度は失いかけていた人生を歩いて取り戻し、歩く事が年寄りの可能性を
ひろげてみせた、大川先生の可能性へのチャレンジは私たちにも大いなる
勇気と希望を与えてくれる【愛の福音】です。
●人間の善をのばしてやり、彼等の心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが
必要である(ヒルティ)
●この世において、真実の善良な生活をしようという勇気を彼等に取り戻して
やらねばならない(ヒルティ)
●兄弟よ、善を行ない倦むことなかれ(テサロニケ第2書3‐13)
私たちもまた、何かしらの「車イス:世間体・隷属」から自由解放させる
【自主独立】を自己のためにも隣人社会のためにも目指しましょう!
●独立とは必ずしも他の援助を絶つということではなく、
自己の有する全ての実力を活用することをいう(内村鑑三)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)
◇◇ 自立支援:可能性へのチャレンジ ◇◇
【2002年3月13日に作成した<第229回>より】
2002年3月11日(月)深夜0:15NHK「NHKスペシャル(再):車いすから立ちあがれ」を観て
●我々が自ら幸福だと感じるためには、つねに頭が計画にみち、
心が愛にみちていなければならない (ヒルティ)
●為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは 人の為さぬなりけり(上杉鷹山)
神に大事にされ大切なる皆さんこんにちは、ご愛読に感謝します。
日本社会のあらゆる分野では、まさに改革がキーワードになっていると思います。
改革を支える精神として【キリスト精神:イエスの生涯と教え】は有力です。
【キリスト精神】は自己・隣人・社会の【光:善意・良心・可能性】を信じ望み
愛する心であり、しかも次のような精神をも生み育ててくれるからです。
■■■【自由・平等・寛容・博愛の精神:イエスの生涯と教え】■■■
◆フロンティア精神 ⇔ ネバー・ギブ・アップ~【先駆者】
★チャレンジ精神★オープン・マインド★ポジティブ/プラス思考
◆自主独立精神 ⇔ オンリー・ワン~【ビジョン:理想・夢・志】
★自由・独立志向★個性・才能発揮★自己実現
◆隣人愛精神 ⇔ 正義感・使命感~【仲保者】
★善意・良心の発揮★利他主義★社会参加・支援協力
テレビ番組で医療介護の分野での革命的チャレンジが紹介されていました。
それは、愛知県の長寿科学総合研究所の大川弥生先生による目標指向的の
介護・リハビリの実践と啓蒙活動です。
90歳近い今も活躍している社会学者の鶴見和子さんも大川先生のおかげで
一度はあきらめかけていた半身マヒを見事に克服する事ができたのです。
私はテレビ番組で初めて大川さんの介護分野の革命的チャレンジを知って
感動しました。大川先生の実践には社会のあらゆる分野の改革にも通じる
【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】があったからです。
従来の病院施設で行なわれる介護・リハビリ医療で必要不可欠なものとは
車イスです。高齢者が脳卒中などの後遺症として身体マヒをわずらったら
病院では倒れて骨折や事故を避けるために、車イスを活用してきました。
多くの患者は安全第一という名目で、一日のうちベッドで9時間、車イスで
4時間を生活するために、ほとんど自らの身体の能力を使って歩くことが
なくなるために、使える手足までも筋力が衰えてしまう廃用症候群となり
車イスに頼ることが治癒力を低カさせてしまい、最後には「寝たきり」に
なってしまうという悪循環の危険にあったのです。
大川先生は全国120病院の17000名の患者の調査を行なってみたところ、
85パーセントの人が歩けるのに歩かされていないことが判明しました。
脳障害による後遺症の身体マヒを起してしまった高齢者の患者にとっては
歩いて退院できる人はほとんどいないというのが現状だそうです。
しかし、介護・リハビリの専門医である大川先生はあきらめませんでした。
彼女だけは再起する可能性を信じて、個人の尊厳を重視していたからです。
大川先生は決意したそうです。「車イスに頼る医療の改革が早急に必要だ!」
150万人といわれる脳卒中マヒ者にとっては、まさに【愛の福音】でした。
大川先生の愛に満ちた医療革命は、どんな国家的行政や政治・制度にも勝る
【愛の革命】であり、大川さんの【使命・天職】だと私は信じます。
●愛はいかなるものにもまして人を懸命にさせる(ヒルティ)
番組では大川先生の車イスを使わない新たな介護・リハビリ方法を導入する
兵庫県の公立八鹿病院での導入3ヶ月間のチャレンジを紹介してくれました。
【愛の伝道者】として大川さんがやって来ると、早速大改革が始まりました。
リハビリ室が廃止され日常の病院生活そのものがリハビリの対象となります。
車イスに変わってマヒ部分をカバーする装具と倒れない特殊な杖(押し車)を
使用する新たなる介護・リハビリ方法となり、それまでのリハビリの常識が
くつがえされることで、医療現場のセラピスト(理学療法士)は戸惑うことに
なります。
患者にとっても一日はすっかり変わります。それまでの一日午前午後わずか
20分ずつのリハビリに変わって、毎日の起床から消燈までの全ての行動が
車イスを使わないで自分自身の身体の能力を発揮しなくてはならくなります。
しかし、患者は以前よりも希望と勇気が沸いてきました。もし歩けるように
なれば、家に帰っても迷惑をかけずに家族と暮らせるようになるからです。
一方で、介護・リハビリの世話をする理学療法士は導入から2週間もすると
食事時など患者を一斉に移動しなければならず、人手不足を感じ始めます。
そこで、大川さんを招いて打ち合わせを行ないました。
それまでの9時5時の介護体制を改めて、さらに加えて早出・遅出の必要を
大川さんの方から自信を持ってアドバイスしてきました。
車イスを廃止した新手法だけでも既に疑問や不安不満を抱く理学療法士には
さらなる大川さんの助言に納得できないという表情を示します。
療法士代表者:「早出・遅出が本当にそんなにメリットがあるのですか?」
大川:
「効果は明らかに決まっているでしょう!?。
起床前や消燈後にも動き回る患者のために対応することが大切なのです。
実生活こそ訓練だからです」
そして、それまで考えもしなかった驚くべき発言が療法士の心を一変させます。
「患者の本当の人間の生活に合わせることが大切なのです。
貴方が来るまで患者を待たせるわけには行かないでしょう?
今までの皆さんは自分の時間に患者を合わせていたのではありませんか?」
従来の介護現場の人なら人手不足で過剰労働になるばかりと思われるような
大川さんの提案は、当初の慣れないうちは大変でも、実は手間は減って行き
リハビリ期間は平均2分の1になるのでした。一番喜ばしきことは、患者の
多くが「寝たきり」にならずに歩いて退院できるようになるのです。
私たちは新しい試みにおいて、ただ頭だけで理解しようとしたり、理論的な
考えは禁物であることを改めて感じるエピソードです。あくまでも着手して
実体験から確信に基く大川さんの発言は厳しいだけでなく【愛のパワー】を
感じました。
●事実の子たれよ、理論の奴隷になるなかれ(内村鑑三)
●人を信じさせるものは経験である。自分も経験してみたいと言う願望と
気分とを起こさせるものは、その経験をした人たちの証明である
(ヒルティ)
●ためしてみること、着手することによってのみ最も偉大な事柄も
成就するものだ(ヒルティ)
介護・リハビリ18年のキャリアでベテランの今井さんは、自分が担当する
独りの前向きな西村さんにどんな「介護プラン」が善いのか迷い大川さんに
相談しました。
大川さんは今井さんが提出した計画書を見て、直ぐに質問を返してきました。
「どうして、退院後の欄が空白なのですか?」
今井さんのキャリアの中で、退院後の患者の人生計画など考えてあげた事は
一度もありませんでした。今井さんにとってリハビリは病院施設内で安全に
生活できるようにすることが目的となっていたのです。退院後の事を考えず
ただ歩かせることだけを考えていた自分に初めて気づいたのです。
大川さんは誇りある熱い心からの【愛のメッセージ】を伝えてくれました。
「患者さんの退院後の生活を念頭においたリハビリをするべきです!
どういう楽しい人生を創るかを考えるから、やりがいがあるのでしょ!?
新しい人生を創る事に関われるからこの仕事(介護)は楽しいのです。
狭いことを考えるだけではつまらないじゃありませんか!」
●汝の車を星につなげ(エマーソン)
●失敗は罪ではない、目的が低いことが罪なのである(内村鑑三)
●青年よ大志を抱け!(クラーク)
今井さんは早速西村さんの家を訪問し退院後の生活プランを考える事に
着手します。そして、西村さんが入院するまで世話をしていた玄関脇の
花壇を発見します。「これだ!」今井さんは写真を撮って帰ります。
翌日からのリハビリには自宅の居間から花壇までの距離10メートルを
想定した歩行訓練を行うように変更しました。10メートル歩く先には
植替えの訓練のための花と土が今井さんによって用意してあります。
「西村さん、毎日この花に水をやれるようにしようね」
今井さんは嬉しそうに語ってくれます。
「はじめはどうしていいか判らなかったが、何のために歩くのか、
どうすればうまく歩けるかを深く考えるようになりました」
「これがセラピスト(理学療法士)のよろこびだということが少しずつ
判ってきました」
八鹿病院での新たな試みから1ヶ月もすると、一人平均50分の立ち歩きが
2時間半にも伸びるようになりました。
一人の患者の食事中のちょっとした事故によって新たな課題が判明します。
自分で歩いて食堂まで来て腰掛けようとした時に、あやまって転ぶという
事故です。原因は療法士と看護士の連携がうまくいっていないからでした。
今までは、療法士と看護士とは職種を越えたコミュニケーションがなくて
いつのまにか患者の世話で真空地帯ができるようになっていたのです。
今回の経験で病院スタッフ全員が同じ気持ちなる必要を初めて理解します。
先ず、気づいた事はお互いに声を掛け合うことを心がけるようになります。
さらに、情報の共有のために職種を越えた打ち合わせを行なうようになり、
患者一人に一冊ずつのノートを作るようにしました。
大川さんの【愛の革命】によって病院は愛の世界に変えられたのです。
●互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、かえって
低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない
(ロマ書12‐16)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって
私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)
●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、
お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、
堅く結び合って欲しい(コリント第1書1-10)
八鹿病院での3ヶ月目には15名が歩いて退院できるようになりました。
中島さんの場合は夫も入院当時はあきらめかけたほどの身体マヒでした。
しかし、新たな目標指向型介護のおかげで見事に歩いて退院することが
できたのです。彼女の場合は退院して孫の結婚式へ歩いて出席する事が
目標でした。
入院当時は家族も本人すら不可能とあきらめていた結婚式への出席が
病院スタッフの【愛のパワー】によって可能となったのです。
結婚式会場では孫と中島さんが喜び励ましあう感動的光景がありました。
「おばあちゃん、ありがとう!」
入院当時は将来への希望もなく言葉少なかった中島さんも楽しい会話と
笑顔を取り戻し「みんなのおかげです」と語ってくれました。
「年寄りだからこそ残された人生をどう生きるかを共に考えてあげる事が
必要なのです」と大川先生は番組で熱く語りかけます。
大川さんの愛と勇気に基づく福音伝道は全国の病院に広がりつつあります。
さらに、愛は波及して今まで後回しにされてきた特別養護老人ホームでも
導入されるそうです。
一度は失いかけていた人生を歩いて取り戻し、歩く事が年寄りの可能性を
ひろげてみせた、大川先生の可能性へのチャレンジは私たちにも大いなる
勇気と希望を与えてくれる【愛の福音】です。
●人間の善をのばしてやり、彼等の心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが
必要である(ヒルティ)
●この世において、真実の善良な生活をしようという勇気を彼等に取り戻して
やらねばならない(ヒルティ)
●兄弟よ、善を行ない倦むことなかれ(テサロニケ第2書3‐13)
私たちもまた、何かしらの「車イス:世間体・隷属」から自由解放させる
【自主独立】を自己のためにも隣人社会のためにも目指しましょう!
●独立とは必ずしも他の援助を絶つということではなく、
自己の有する全ての実力を活用することをいう(内村鑑三)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)
【2012年5月27日に作成した<第592回>に加筆】
◇◇誰でも<ドラマチック人生>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
TVも演劇・映画も小説も愛と勇気と希望を与える「感動的ドラマ」は共通の特徴が
あります。それはジェットッコースターのように天国と地獄を味合わされることです。
ドラマの前半で様々な患難辛苦に耐え忍び連戦連敗の逆風に立ち向かう姿を観て
失望などしません。何故ならドラマの後半では大逆転の大勝利するハッピーエンドが
待っていることを確信して安心して観ているからです。
まさに此の世に生かされる私たち<万事・万物>もまた、【神の愛=主イエス】が
目に入れても痛くない<最愛の存在>であるからこそ「ハッピー・ベスト・エンド」の
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な<感動ドラマ>に出演でき
全員を分け隔てせず、世間的に落ちこぼれの私でも主人公にしてくれます!
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
「Very Important Person in God's Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●あなた方の髪の毛までも一本残らず番号をつけるように数えられている
(ほど愛されている)。だから恐れるな!(マタイ伝10-30~31、ルカ伝12-7~8)
●主は助けを求める人の叫び求めることを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる(詩篇34-17~20)
●神は人を分け隔てはしない(ロマ書2-11)
●神はその独り子を賜うほどに、この世を愛して下さった。
それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
(ヨハネ伝3-16)
創作演出で<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】は不眠不休で見守っていて
<最高!最善!最美!>の感動人生ドラマへと導いていることを体感しましょう!
●主御自身が家を建てるのでなければ、建てる者の労苦はむなしい。
主御自身が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。
あなた方が朝早く起きるのも、夜おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、
それは、むなしい。主は主を愛する者には眠りを与えてくださり、
眠っている間に、なくてならぬものを与えられる
(詩篇127-1~2)
●イエスは言われた。「神の国は、ある人が地に種を蒔くようなものである。
夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して成長するが、
どうしてそうなるのか、その人は知らない。
地は人手によらず、おのずから実を結ばせるのであり、
初めに芽、次に穂、次に穂には豊かな実ができる(マルコ伝4-26~28)
●主はあなたの足をよろけさせず、あなたを見守る方は、まどろむこともない。
見よ。イスラエルを見守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。
主は、あなたを見守る方。主は、あなたを覆(オオ)う陰。あなたの右にいます方。
昼も、太陽が、あなたを撃つことがなく、夜も、月が、あなたを撃つことはない。
主は、すべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を見守られる。
主は、あなたを、出で立つのも帰るのも、今よりとこしえまでも見守られる
(詩篇121-3~8)
●キリストが私たちのために死なれたのは、目覚めていても眠っていても、
私たちが主と共に生きるためである。
だから、あなた方は、現にそうしているように、励まし合い、お互いの徳を高め合い、
向上に心がけなさい(テサロニケ前書5-11)
●彼らの全ての悩みや苦難を、いつも主は御自分の悩み苦難とし、
御前に仕える御使いによって彼らを救い、愛と憐れみをもって彼らを贖い
昔からずっと、彼らを背負い、彼らを抱き携えて来られた(イザヤ書63-9)
●主は常にあなたを導き、
焼けつく土地でもあなたの渇きをいやし、
善き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、
あなたの骨を強くされる。
あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる(イザヤ書58-11)
ご存知の通り、ハリウッド映画はニューシネマは例外で大半は「ハッピーエンド」です。
「人生や現実はそんな単純もんじゃない!」と思われる人もいるかも知れませんが、
ハリウッド製作者の大半がユダヤ人系であることを考えれば当然だと私は考えます。
さらにブロードウエイ・ミュージカルもまたユダヤ人系がヒット作を連発し続けていて、
たとえ「ラストシーン」が<どん底>状態に見える『屋根の上のヴァイオリン弾き』や
『ウエスト・サイド・ストーリー』も<未来の勝利>を高らかに歌い上げて終わります。
ユダヤ人気質が<不屈の楽観・楽天主義>であるのは【聖書世界観】にあると
実感できます。
●神は暗黒の深い底をあらわにし、闇の中から秘密をあらわし、
死の闇を光に引き出される(ヨブ記12-22)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神を待ち望め。我が望みは神から来るからである
(詩篇62-6)
●今日の困難は、明日の栄光に、遠く及ばない(ロマ書8-18)
たとえば世間的にあざけられ孤立した酒飲みのノア、どんな無茶苦茶な天命にも
一生懸命に忠実に従ったアブラハム、兄弟に裏切られ奴隷にされて無実の身で
投獄されるヨセフ、栄華な生活を殺人犯の身で追われ80歳まで<流浪の民>に
成り果てたモーゼにしても、どんなに最悪な<どん底人生>にまで落ち込もうとも
<自己不信・自己否定・自己嫌悪>せず<不屈の楽観・楽天主義>があれば、
必ず<神助:祝福・恩恵>に導かれ【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】によって
<最高!最善!最美!>に導かれる【神の愛の方程式・摂理】が示されます!
●我等に臨む患難は多し、されど主は我らを皆その中より援(タス)け出し給う
(詩篇34‐19)
●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)
そして聖地を奪われ祖国を失って、世界中に散らされて2000年の長き年月を
<流浪の民>であったユダヤ民族が【聖書】の<預言>に示されるように、再び
イスラエルに戻って来るなどユダヤ教のラビやキリスト教の神学者・聖職者でさえも
不可能と思っていたでしょう。
しかもイスラエル国家再建に導いたのは白馬に乗った<正義の救世主>でなくて、
人間の常識では邪悪な独裁者でしかないヒトラーによる「ホロコースト」でした。
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
(アウグスティヌス)
●怨に酬ゆるに徳をもってし
憎に対するに愛をもってし
悪に対するに善をもってする (内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい
人類史上で最悪な<大弾圧・大虐殺>に追い込まれたからこそ、強制収容所に
<叡智>が結集できて、ようやくイスラエル国家再建に目覚めた事には感動します。
●その日が来れば、主は再び御手を下して御自分の民の残りの者を買い戻される。
彼らはアッシリア、エジプト、上エジプト、クシュ、エラム、シンアル、ハマト、
海沿いの国々などに残されていた者である。主は諸国の民に向かって
旗印を掲げ、地の四方の果てからイスラエルの追放されていた者を引き寄せ、
ユダの散らされていた者を集められる(イザヤ書11-11~12)
●暗闇の中に歩んでいた民は大いなる光を見た。
死の陰の地に住んでいた人々の上に光が輝いた(イザヤ書9-2)
そうです!現実的不可能な<預言>が<どん底の闇>から成就された体験こそ、
いつでもどこでも最後には<光:【神の愛=主イエス】>の<圧倒的大勝利!>を
<大確信:必勝・必決・必現>できるのですね。ハレルヤ!
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、私たちの心の内に働いて、
イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださる
(コリント後書4-6)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●世に勝つ者は誰か、イエスを神の子と信じる者ではないか(ヨハネ第一書5-5)
私たち個人でも民族でも、一切を奪われるような<最悪なピンチ>にあってこそ、
<本領:【ビジョン:理想・夢念・大志】&【ミッション:大義・使命・天職】>を
見出して原点回帰できる<絶好のチャンス>である事を【神の愛=主イエス】は
私たちに教え示しています!
●一切を捨てよ、そうすれば一切を見出す(トマス・ア・ケンピス)
●私の敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なり(ミカ書7-8)
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、
いつも我々の暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである
(ヒルティ)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●汝ら立ち帰りて静かにせば救いを得、
平穏(オダ)やかにして依り頼まば力を得べし(イザヤ書30‐15:ルター特愛の聖句)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神に向かい、神を待ち望め。
我が望みは神から来るからである(詩篇62-6)
●私たちが滅び失せなかったのは、主の恵みによる。
主の慈しみは絶えることがなく、主のあわれみは尽きることがない。
それは朝ごとに新しい。
「あなたの真実は力強い。主こそ私の受ける分です。
それゆえ、私は主を待ち望みます。」と我が魂は言う。
主を待ち望む者、主を尋ね求める魂に向かって主は恵み深い。
主の救いを静かに待ち望むことは善い。
人が、若い時に、くびきを負うのは善い事だ(哀歌3-22~27)
皆さんが【神の愛=主イエス】と【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に燃えて
日々様々の<患難辛苦><邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・落とし穴>に
連戦連敗で<どん底人生><闇・マイナス・ピンチ>に追い込めれることによって、
<光・プラス・チャンス>【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】を見出す事で、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>を
高く掲げる【愛と自由の戦士:神の僕・光の子・神の器】【福音の勢力】に決起して
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
挑戦する「ハッピー・ベスト・エンド」<感動的ドラマチック人生>で活躍されることを
心より応援しています!
●光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐5)
●ともかく、あなたは屈服してはならない
忍び寄る恐怖の闇に
闇の暗い顔の前で、ドアを閉めよ
そして、あなたの心から追放するのだ
私は、私の勇気を萎(な)えさせない
そして、あなたの中、あなたの心の奥にある希望の灯を
過ぎる風に吹き消させはしない
あなたは、あなたが思っているよりも尊貴なのだ
あなたが感じているよりも、はるかに勇敢なのだ
あなたの中には、まだ発見されない力がある
やがてそれは勢いよく、命の上に、ほとばしるに違いない
(ガンジーの直弟子ラマチャンドラン博士)
●悲しめる心よ、落ちついて悔ゆるのをやめよ。雲の後ろには太陽が照っている
(ロングフェロー)
●勇ましい兵士のように闘いなさい。そして特にひ弱さのため、くずおれかけても
前よりもっと確固とした勇気を取り戻しなさい (トマス・ア・ケンピス)
●希望(ヒルティ)
十字架は重いが、ふしぎなことに
おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
その道を進む者は「勇者」と呼ばれる
おまえの力は小さくとも
おまえが帰依した主の力は偉大だ
おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
今日は死に、明日はいのちによみがえる
●「すべてを神に」(ヒルティ)
ときおり勇気がくじけようとも
かたく、かたく神に頼れ、わが心よ
自分の勇気でなしとげたものは何一つない
おのが勇気をたのむな
そうすれば、おまえの一生の道は転じて
みめぐみが注ぎはじめる
そうすれば、主の力はいやまさり
もはや古きおまえではない
おまえの姿の中で、主がはたらかれ
闇と光
人間とキリストとが
ぶっつかり合うことはない
●主は人の一歩一歩を定め主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる。
人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。全く打ち捨てられることもない。
主がその手を助け支えられるからである。
若い時にも老いた今も、私は見ていない。
主に従う人が捨てられ、あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見た事がない。
(詩篇37-23~25)
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
<すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
かえって、試練の時も、いつものように、
キリストのために、大胆に語ることによってキリストのすばらしさが現わされて,
生きるにも死ぬにも、
私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望している。
私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)
◇◇誰でも<ドラマチック人生>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
TVも演劇・映画も小説も愛と勇気と希望を与える「感動的ドラマ」は共通の特徴が
あります。それはジェットッコースターのように天国と地獄を味合わされることです。
ドラマの前半で様々な患難辛苦に耐え忍び連戦連敗の逆風に立ち向かう姿を観て
失望などしません。何故ならドラマの後半では大逆転の大勝利するハッピーエンドが
待っていることを確信して安心して観ているからです。
まさに此の世に生かされる私たち<万事・万物>もまた、【神の愛=主イエス】が
目に入れても痛くない<最愛の存在>であるからこそ「ハッピー・ベスト・エンド」の
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な<感動ドラマ>に出演でき
全員を分け隔てせず、世間的に落ちこぼれの私でも主人公にしてくれます!
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
「Very Important Person in God's Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●あなた方の髪の毛までも一本残らず番号をつけるように数えられている
(ほど愛されている)。だから恐れるな!(マタイ伝10-30~31、ルカ伝12-7~8)
●主は助けを求める人の叫び求めることを聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる(詩篇34-17~20)
●神は人を分け隔てはしない(ロマ書2-11)
●神はその独り子を賜うほどに、この世を愛して下さった。
それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
(ヨハネ伝3-16)
創作演出で<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】は不眠不休で見守っていて
<最高!最善!最美!>の感動人生ドラマへと導いていることを体感しましょう!
●主御自身が家を建てるのでなければ、建てる者の労苦はむなしい。
主御自身が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。
あなた方が朝早く起きるのも、夜おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、
それは、むなしい。主は主を愛する者には眠りを与えてくださり、
眠っている間に、なくてならぬものを与えられる
(詩篇127-1~2)
●イエスは言われた。「神の国は、ある人が地に種を蒔くようなものである。
夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して成長するが、
どうしてそうなるのか、その人は知らない。
地は人手によらず、おのずから実を結ばせるのであり、
初めに芽、次に穂、次に穂には豊かな実ができる(マルコ伝4-26~28)
●主はあなたの足をよろけさせず、あなたを見守る方は、まどろむこともない。
見よ。イスラエルを見守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。
主は、あなたを見守る方。主は、あなたを覆(オオ)う陰。あなたの右にいます方。
昼も、太陽が、あなたを撃つことがなく、夜も、月が、あなたを撃つことはない。
主は、すべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を見守られる。
主は、あなたを、出で立つのも帰るのも、今よりとこしえまでも見守られる
(詩篇121-3~8)
●キリストが私たちのために死なれたのは、目覚めていても眠っていても、
私たちが主と共に生きるためである。
だから、あなた方は、現にそうしているように、励まし合い、お互いの徳を高め合い、
向上に心がけなさい(テサロニケ前書5-11)
●彼らの全ての悩みや苦難を、いつも主は御自分の悩み苦難とし、
御前に仕える御使いによって彼らを救い、愛と憐れみをもって彼らを贖い
昔からずっと、彼らを背負い、彼らを抱き携えて来られた(イザヤ書63-9)
●主は常にあなたを導き、
焼けつく土地でもあなたの渇きをいやし、
善き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、
あなたの骨を強くされる。
あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる(イザヤ書58-11)
ご存知の通り、ハリウッド映画はニューシネマは例外で大半は「ハッピーエンド」です。
「人生や現実はそんな単純もんじゃない!」と思われる人もいるかも知れませんが、
ハリウッド製作者の大半がユダヤ人系であることを考えれば当然だと私は考えます。
さらにブロードウエイ・ミュージカルもまたユダヤ人系がヒット作を連発し続けていて、
たとえ「ラストシーン」が<どん底>状態に見える『屋根の上のヴァイオリン弾き』や
『ウエスト・サイド・ストーリー』も<未来の勝利>を高らかに歌い上げて終わります。
ユダヤ人気質が<不屈の楽観・楽天主義>であるのは【聖書世界観】にあると
実感できます。
●神は暗黒の深い底をあらわにし、闇の中から秘密をあらわし、
死の闇を光に引き出される(ヨブ記12-22)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神を待ち望め。我が望みは神から来るからである
(詩篇62-6)
●今日の困難は、明日の栄光に、遠く及ばない(ロマ書8-18)
たとえば世間的にあざけられ孤立した酒飲みのノア、どんな無茶苦茶な天命にも
一生懸命に忠実に従ったアブラハム、兄弟に裏切られ奴隷にされて無実の身で
投獄されるヨセフ、栄華な生活を殺人犯の身で追われ80歳まで<流浪の民>に
成り果てたモーゼにしても、どんなに最悪な<どん底人生>にまで落ち込もうとも
<自己不信・自己否定・自己嫌悪>せず<不屈の楽観・楽天主義>があれば、
必ず<神助:祝福・恩恵>に導かれ【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】によって
<最高!最善!最美!>に導かれる【神の愛の方程式・摂理】が示されます!
●我等に臨む患難は多し、されど主は我らを皆その中より援(タス)け出し給う
(詩篇34‐19)
●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)
そして聖地を奪われ祖国を失って、世界中に散らされて2000年の長き年月を
<流浪の民>であったユダヤ民族が【聖書】の<預言>に示されるように、再び
イスラエルに戻って来るなどユダヤ教のラビやキリスト教の神学者・聖職者でさえも
不可能と思っていたでしょう。
しかもイスラエル国家再建に導いたのは白馬に乗った<正義の救世主>でなくて、
人間の常識では邪悪な独裁者でしかないヒトラーによる「ホロコースト」でした。
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
(アウグスティヌス)
●怨に酬ゆるに徳をもってし
憎に対するに愛をもってし
悪に対するに善をもってする (内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい
人類史上で最悪な<大弾圧・大虐殺>に追い込まれたからこそ、強制収容所に
<叡智>が結集できて、ようやくイスラエル国家再建に目覚めた事には感動します。
●その日が来れば、主は再び御手を下して御自分の民の残りの者を買い戻される。
彼らはアッシリア、エジプト、上エジプト、クシュ、エラム、シンアル、ハマト、
海沿いの国々などに残されていた者である。主は諸国の民に向かって
旗印を掲げ、地の四方の果てからイスラエルの追放されていた者を引き寄せ、
ユダの散らされていた者を集められる(イザヤ書11-11~12)
●暗闇の中に歩んでいた民は大いなる光を見た。
死の陰の地に住んでいた人々の上に光が輝いた(イザヤ書9-2)
そうです!現実的不可能な<預言>が<どん底の闇>から成就された体験こそ、
いつでもどこでも最後には<光:【神の愛=主イエス】>の<圧倒的大勝利!>を
<大確信:必勝・必決・必現>できるのですね。ハレルヤ!
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、私たちの心の内に働いて、
イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださる
(コリント後書4-6)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●世に勝つ者は誰か、イエスを神の子と信じる者ではないか(ヨハネ第一書5-5)
私たち個人でも民族でも、一切を奪われるような<最悪なピンチ>にあってこそ、
<本領:【ビジョン:理想・夢念・大志】&【ミッション:大義・使命・天職】>を
見出して原点回帰できる<絶好のチャンス>である事を【神の愛=主イエス】は
私たちに教え示しています!
●一切を捨てよ、そうすれば一切を見出す(トマス・ア・ケンピス)
●私の敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なり(ミカ書7-8)
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、
いつも我々の暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである
(ヒルティ)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●汝ら立ち帰りて静かにせば救いを得、
平穏(オダ)やかにして依り頼まば力を得べし(イザヤ書30‐15:ルター特愛の聖句)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神に向かい、神を待ち望め。
我が望みは神から来るからである(詩篇62-6)
●私たちが滅び失せなかったのは、主の恵みによる。
主の慈しみは絶えることがなく、主のあわれみは尽きることがない。
それは朝ごとに新しい。
「あなたの真実は力強い。主こそ私の受ける分です。
それゆえ、私は主を待ち望みます。」と我が魂は言う。
主を待ち望む者、主を尋ね求める魂に向かって主は恵み深い。
主の救いを静かに待ち望むことは善い。
人が、若い時に、くびきを負うのは善い事だ(哀歌3-22~27)
皆さんが【神の愛=主イエス】と【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に燃えて
日々様々の<患難辛苦><邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・落とし穴>に
連戦連敗で<どん底人生><闇・マイナス・ピンチ>に追い込めれることによって、
<光・プラス・チャンス>【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】を見出す事で、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>を
高く掲げる【愛と自由の戦士:神の僕・光の子・神の器】【福音の勢力】に決起して
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
挑戦する「ハッピー・ベスト・エンド」<感動的ドラマチック人生>で活躍されることを
心より応援しています!
●光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐5)
●ともかく、あなたは屈服してはならない
忍び寄る恐怖の闇に
闇の暗い顔の前で、ドアを閉めよ
そして、あなたの心から追放するのだ
私は、私の勇気を萎(な)えさせない
そして、あなたの中、あなたの心の奥にある希望の灯を
過ぎる風に吹き消させはしない
あなたは、あなたが思っているよりも尊貴なのだ
あなたが感じているよりも、はるかに勇敢なのだ
あなたの中には、まだ発見されない力がある
やがてそれは勢いよく、命の上に、ほとばしるに違いない
(ガンジーの直弟子ラマチャンドラン博士)
●悲しめる心よ、落ちついて悔ゆるのをやめよ。雲の後ろには太陽が照っている
(ロングフェロー)
●勇ましい兵士のように闘いなさい。そして特にひ弱さのため、くずおれかけても
前よりもっと確固とした勇気を取り戻しなさい (トマス・ア・ケンピス)
●希望(ヒルティ)
十字架は重いが、ふしぎなことに
おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
その道を進む者は「勇者」と呼ばれる
おまえの力は小さくとも
おまえが帰依した主の力は偉大だ
おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
今日は死に、明日はいのちによみがえる
●「すべてを神に」(ヒルティ)
ときおり勇気がくじけようとも
かたく、かたく神に頼れ、わが心よ
自分の勇気でなしとげたものは何一つない
おのが勇気をたのむな
そうすれば、おまえの一生の道は転じて
みめぐみが注ぎはじめる
そうすれば、主の力はいやまさり
もはや古きおまえではない
おまえの姿の中で、主がはたらかれ
闇と光
人間とキリストとが
ぶっつかり合うことはない
●主は人の一歩一歩を定め主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる。
人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。全く打ち捨てられることもない。
主がその手を助け支えられるからである。
若い時にも老いた今も、私は見ていない。
主に従う人が捨てられ、あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見た事がない。
(詩篇37-23~25)
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
<すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
かえって、試練の時も、いつものように、
キリストのために、大胆に語ることによってキリストのすばらしさが現わされて,
生きるにも死ぬにも、
私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望している。
私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2012年5月15日に作成した<第591回>に加筆】
◇◇此の世を<万全!最善!完全!>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
私たちが生きる此の世は<不条理・不完全・不平等>のように描かれています。
確かに<来世・天国>を含めず<此の世>限りの世界として観察するならば、
何故こんな事が!?何であんな良い人が!?と思える事故事件・災害・病苦が
多発して無惨・無念・無情に感じるはずです。
しかし、映画で言えば、ラストシーンの結末を見ないで、怒り悲しむようなもので、
<此の世>の出来事は【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】であり、
私たち<万事・万物>の目的地は<来世・天国>であると私は確信します!
●我らの国籍は天に在り(ピリピ書3‐20)
●御子(主イエス)は見えない神の形であって、全ての造られたものに先だって
生まれた方である(コロサイ書1-15)
●万物は、天あるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位(王座)も、
主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。
これら一切のものは御子によって造られ、御子のために造られたのである
(コロサイ書1-16)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
<別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
<別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●人間はすべて唯一神全知全能なる創造主の作品であり、
彼の所有物であって他の誰のためでもなく、
彼が喜ぶかぎりおいて生存するように作られている(ジョン・ロック)
そうです!私たちの【ミッション:大義・使命・天職】は、<旅人・寄留民>として
<此の世>で【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に輝く<エデンの園>開拓に
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げて参戦することです!
●創造の目的は人類から発する天界である(スエーデンボルグ)
●これらの人はみな、信仰を抱いて死んだ。まだ約束のものを受けていなかったが
はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを
自ら言い表した(ヘブル書11‐13)
●愛する人たち、あなた方に勧めます。いわばこの世では旅人であり、
仮住まいの寄留者の身であるのだから、
魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい(ペテロ前書2-11)
<此の世>は【神の愛=隣人愛&奇蹟】と【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に
光り輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱き<最愛の我が子・我が分身>として
最後の最後まで死守せんとするには、<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】を
受入れて【信仰:信愛・信頼・信従】さえあれば<万全!最善!完全!>です!
●この世は不完全きわまる世なりという。
しかり、身の快楽を得んがためには実に不完全きわまる世なり。
しかれども、神を知らんがためには、しかして愛を完(マットウ)うせんがためには、
余輩はこれより完全なる世につきて思考することはできない(内村鑑三)
従って<此の世>を先に卒業して行った動植物や人間や<万事・万物>の事は
【神の愛=主イエス】にお任せして、<来世・天国>での彼等との再会を楽しみに、
<此の世>では思う存分に【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮する事で
【神の愛=主イエス】の【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】に合格して
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて大活躍しましょう!
●ほむべきかな、私たちの主イエス・キリストの父なる神。
神はその豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、
それにより、私たちを新たに生まれさせて、生き生きとした希望を抱かせる
(ペテロ前書1‐3)
●あなた方は、主が恵み深い方だということを味わいました。
この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、
神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。
あなた方自身も生きた石として用いられ、
霊的な家を築き上げられるようにしなさい。
そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、
イエス・キリストを通して献げなさい(ペテロ前書2-3~5)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる (ヒルティ)
日々無惨・無念・無情にも此の世を旅立って行く世界中の動植物や子供たちは、
天界から自由自在に飛び回って、不自由に生きる私たちを助け見守っている事を
体感して、【先人・偉人の教え:名言・格言】<先人の遺志>を大切に継承して、
自己の【ビジョン:理想・夢念・大志】を<パワー・アップ&アップ・グレード>させて
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に燃えて
闇深き<我が心>に居座る<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>を吹き飛ばして
強大な<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・落とし穴>に奇襲攻撃されようとも
何度倒され、挫折し、連戦連敗であろとも、【神の愛=主イエス】を仰ぎ望みながら、
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で再起して戦い抜きましょう!
●木には望みがある。たとい切られてもまた芽をだし、その若枝は絶えることがない。
たといその根が地の中で老い、その幹が朽ちて、根株が土の中に枯れても、
水気にあえば芽をふき、苗木のように枝を出す(ヨブ記14-7~9)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●兄弟たち、神の憐れみによってあなた方に勧めます。
自分の体を神に喜ばれる聖なる生ける供え物(いけにえ)として献げなさい。
これこそ、あなた方のなすべき霊的な礼拝です(ロマ書12-1)
●汝は永遠の存在者とともに立てり、世はことごとく失するとも
汝の事業は滅ばざるべし、ただ心を強くし勇み励め(内村鑑三)
●神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。
世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。
だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか
(ヨハネ第1書5-4~5)
皆さんが旅の途中に過ぎない<此の世>にあって<不条理・不完全・不平等>に
注目させる<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・落とし穴>の攻撃に打ち勝って、
どんなに無惨・無念・無情に思えても、<万事・万物>の背後には必ず隅々まで
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】が示されていて
【神の愛の方程式=摂理】が働き【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に光り輝き
満ち溢れていることを発見されることを楽しみにしています。
●最初に言葉(道)があった。言葉(道)は神と共にあった。
言葉(道)は神である。この言葉(道)は初めに神と共にあった。
全てのものは言葉(道)によってできた。
できたもののうち、一つとして言葉(道)によらないものはない。
この言葉(道)に光があった。そして、この命は人の光であった。
光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐1~5)
●そして、言葉(道)は肉体となり、私たちの内に宿った。私たちはその栄光を見た。
それは、父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた
(ヨハネ伝1‐14)
●神はキリスト(愛)を目的に、キリストに在りて、
キリストをして、宇宙万物を造り給へり(内村鑑三)
●神は愛なり、宇宙は愛の機関なり(内村鑑三)
●愛は神の霊としてこの世界に満ち満ちている(ヒルティ)
●神は時おり、自然の出来事や自然の事物を通して、私たちに話しかける事もある
(ヒルティ)
●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、
すなわち神の永遠の力と神性とは、被造物に現われており、
これを通して神を知ることができる(ロマ書1-20)
皆さんが【神の愛=主イエス】と【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で
結ばれて、たとえ今日現在が最悪のどん底人生でも、最強の<患難辛苦>こそ
【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵><最後の最善>を喜び望み続ける
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げて決起する<世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】として
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
大活躍されることを心より応援しています!
●患難は恩恵と離れて考えるべきでない。それは患難は恩恵の一部なればなり。
塩味を和せずして甘味は甘味ならず、患難なくして恩恵は恩恵ならず、
食に薬味の必要なるがごとくに人生に患難は必要なり。
患難ありて始めて人生に香味は生ずるなり(内村鑑三)
●<手段と目的>(内村鑑三)
患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。
患難は手段にして恩恵は目的なり。
患難をもって始まり恩恵をもって終わるなり。
一の患難は百の恩恵を招き、短きこの患難の世は
永遠無窮の恩恵の世に終わる。ゆえにわれらは恩恵について
思うこと常にして患難について考うること稀ならざるべからず、
そは神の造化においては患難はその最小部分にすぎざればなり(内村鑑三)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、
朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30‐5)
●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる
(コリント前書10‐13)
●試練と祝福は密接に関連している(ヒルティ)
●<患難の解釈>(内村鑑三)
患難はこれを消極的に解すべからず、積極的に解すべし。
これを神の刑罰として解すべからず、神の恩恵として解すべし。
神の憤怒の表彰として解すべからず、その自愛の示顕として解すべし。
恩恵はすべて身の患難にして、麗の幸福なり。
麗の幸福と解してすべての患難は患難たらざるにいたる。
●<恩恵としての患難>(内村鑑三)
神は無益に患難を下し給わず、
これを自己かまたは他人を救うために下し給う。
患難はたしかに神の恩恵なり、
これなくしてわれも人も罪悪を去りて正義の神に帰るあたわず。
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
キリストに連なる者と なるのです(ヘブル書3-14)
●The Best is yet to come!
<最善の時はこれからだ!>(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●彼らは、自分の剣によって国・地を得たのでもなく、
自分の腕が勝利を得たのでも彼らを救ったのでもありません。
ただあなたの右の手、あなたの腕、あなたの御顔の光が、そうしたのです。
あなたが彼らを恵まれ愛されたからです(詩篇44-3)
●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。
あなたの行くところ、どこにおいても主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇此の世を<万全!最善!完全!>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
私たちが生きる此の世は<不条理・不完全・不平等>のように描かれています。
確かに<来世・天国>を含めず<此の世>限りの世界として観察するならば、
何故こんな事が!?何であんな良い人が!?と思える事故事件・災害・病苦が
多発して無惨・無念・無情に感じるはずです。
しかし、映画で言えば、ラストシーンの結末を見ないで、怒り悲しむようなもので、
<此の世>の出来事は【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】であり、
私たち<万事・万物>の目的地は<来世・天国>であると私は確信します!
●我らの国籍は天に在り(ピリピ書3‐20)
●御子(主イエス)は見えない神の形であって、全ての造られたものに先だって
生まれた方である(コロサイ書1-15)
●万物は、天あるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、位(王座)も、
主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。
これら一切のものは御子によって造られ、御子のために造られたのである
(コロサイ書1-16)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
<別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
<別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●人間はすべて唯一神全知全能なる創造主の作品であり、
彼の所有物であって他の誰のためでもなく、
彼が喜ぶかぎりおいて生存するように作られている(ジョン・ロック)
そうです!私たちの【ミッション:大義・使命・天職】は、<旅人・寄留民>として
<此の世>で【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に輝く<エデンの園>開拓に
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げて参戦することです!
●創造の目的は人類から発する天界である(スエーデンボルグ)
●これらの人はみな、信仰を抱いて死んだ。まだ約束のものを受けていなかったが
はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを
自ら言い表した(ヘブル書11‐13)
●愛する人たち、あなた方に勧めます。いわばこの世では旅人であり、
仮住まいの寄留者の身であるのだから、
魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい(ペテロ前書2-11)
<此の世>は【神の愛=隣人愛&奇蹟】と【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に
光り輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱き<最愛の我が子・我が分身>として
最後の最後まで死守せんとするには、<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】を
受入れて【信仰:信愛・信頼・信従】さえあれば<万全!最善!完全!>です!
●この世は不完全きわまる世なりという。
しかり、身の快楽を得んがためには実に不完全きわまる世なり。
しかれども、神を知らんがためには、しかして愛を完(マットウ)うせんがためには、
余輩はこれより完全なる世につきて思考することはできない(内村鑑三)
従って<此の世>を先に卒業して行った動植物や人間や<万事・万物>の事は
【神の愛=主イエス】にお任せして、<来世・天国>での彼等との再会を楽しみに、
<此の世>では思う存分に【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮する事で
【神の愛=主イエス】の【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】に合格して
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて大活躍しましょう!
●ほむべきかな、私たちの主イエス・キリストの父なる神。
神はその豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、
それにより、私たちを新たに生まれさせて、生き生きとした希望を抱かせる
(ペテロ前書1‐3)
●あなた方は、主が恵み深い方だということを味わいました。
この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、
神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。
あなた方自身も生きた石として用いられ、
霊的な家を築き上げられるようにしなさい。
そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、
イエス・キリストを通して献げなさい(ペテロ前書2-3~5)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる (ヒルティ)
日々無惨・無念・無情にも此の世を旅立って行く世界中の動植物や子供たちは、
天界から自由自在に飛び回って、不自由に生きる私たちを助け見守っている事を
体感して、【先人・偉人の教え:名言・格言】<先人の遺志>を大切に継承して、
自己の【ビジョン:理想・夢念・大志】を<パワー・アップ&アップ・グレード>させて
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】に燃えて
闇深き<我が心>に居座る<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>を吹き飛ばして
強大な<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・落とし穴>に奇襲攻撃されようとも
何度倒され、挫折し、連戦連敗であろとも、【神の愛=主イエス】を仰ぎ望みながら、
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で再起して戦い抜きましょう!
●木には望みがある。たとい切られてもまた芽をだし、その若枝は絶えることがない。
たといその根が地の中で老い、その幹が朽ちて、根株が土の中に枯れても、
水気にあえば芽をふき、苗木のように枝を出す(ヨブ記14-7~9)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
途方にくれても、行き詰まらない
迫害にあっても、見捨てられない
倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
死にかかっているようで、生きており
こらしめられているようで、殺されず
悲しんでいるようで、常に喜んでおり
貧しいようであるが、多くの人を富ませ
何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●兄弟たち、神の憐れみによってあなた方に勧めます。
自分の体を神に喜ばれる聖なる生ける供え物(いけにえ)として献げなさい。
これこそ、あなた方のなすべき霊的な礼拝です(ロマ書12-1)
●汝は永遠の存在者とともに立てり、世はことごとく失するとも
汝の事業は滅ばざるべし、ただ心を強くし勇み励め(内村鑑三)
●神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。
世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。
だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか
(ヨハネ第1書5-4~5)
皆さんが旅の途中に過ぎない<此の世>にあって<不条理・不完全・不平等>に
注目させる<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・落とし穴>の攻撃に打ち勝って、
どんなに無惨・無念・無情に思えても、<万事・万物>の背後には必ず隅々まで
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】が示されていて
【神の愛の方程式=摂理】が働き【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に光り輝き
満ち溢れていることを発見されることを楽しみにしています。
●最初に言葉(道)があった。言葉(道)は神と共にあった。
言葉(道)は神である。この言葉(道)は初めに神と共にあった。
全てのものは言葉(道)によってできた。
できたもののうち、一つとして言葉(道)によらないものはない。
この言葉(道)に光があった。そして、この命は人の光であった。
光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐1~5)
●そして、言葉(道)は肉体となり、私たちの内に宿った。私たちはその栄光を見た。
それは、父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた
(ヨハネ伝1‐14)
●神はキリスト(愛)を目的に、キリストに在りて、
キリストをして、宇宙万物を造り給へり(内村鑑三)
●神は愛なり、宇宙は愛の機関なり(内村鑑三)
●愛は神の霊としてこの世界に満ち満ちている(ヒルティ)
●神は時おり、自然の出来事や自然の事物を通して、私たちに話しかける事もある
(ヒルティ)
●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、
すなわち神の永遠の力と神性とは、被造物に現われており、
これを通して神を知ることができる(ロマ書1-20)
皆さんが【神の愛=主イエス】と【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で
結ばれて、たとえ今日現在が最悪のどん底人生でも、最強の<患難辛苦>こそ
【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵><最後の最善>を喜び望み続ける
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げて決起する<世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】として
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
大活躍されることを心より応援しています!
●患難は恩恵と離れて考えるべきでない。それは患難は恩恵の一部なればなり。
塩味を和せずして甘味は甘味ならず、患難なくして恩恵は恩恵ならず、
食に薬味の必要なるがごとくに人生に患難は必要なり。
患難ありて始めて人生に香味は生ずるなり(内村鑑三)
●<手段と目的>(内村鑑三)
患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。
患難は手段にして恩恵は目的なり。
患難をもって始まり恩恵をもって終わるなり。
一の患難は百の恩恵を招き、短きこの患難の世は
永遠無窮の恩恵の世に終わる。ゆえにわれらは恩恵について
思うこと常にして患難について考うること稀ならざるべからず、
そは神の造化においては患難はその最小部分にすぎざればなり(内村鑑三)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、
朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30‐5)
●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる
(コリント前書10‐13)
●試練と祝福は密接に関連している(ヒルティ)
●<患難の解釈>(内村鑑三)
患難はこれを消極的に解すべからず、積極的に解すべし。
これを神の刑罰として解すべからず、神の恩恵として解すべし。
神の憤怒の表彰として解すべからず、その自愛の示顕として解すべし。
恩恵はすべて身の患難にして、麗の幸福なり。
麗の幸福と解してすべての患難は患難たらざるにいたる。
●<恩恵としての患難>(内村鑑三)
神は無益に患難を下し給わず、
これを自己かまたは他人を救うために下し給う。
患難はたしかに神の恩恵なり、
これなくしてわれも人も罪悪を去りて正義の神に帰るあたわず。
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
キリストに連なる者と なるのです(ヘブル書3-14)
●The Best is yet to come!
<最善の時はこれからだ!>(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
終わりに近づくほど、ますます善くある。
最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●彼らは、自分の剣によって国・地を得たのでもなく、
自分の腕が勝利を得たのでも彼らを救ったのでもありません。
ただあなたの右の手、あなたの腕、あなたの御顔の光が、そうしたのです。
あなたが彼らを恵まれ愛されたからです(詩篇44-3)
●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。
あなたの行くところ、どこにおいても主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2005年4月29日に作成した<第372回>に加筆】
◇◇失敗や挑戦に【優しい社会】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
★★何故ニューヨーク・マンハッタンは世界で一番エキサイティングなのか?★★
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
最近の日本に求められるのは「失敗や挑戦に【優しい社会】づくり」であると感じます。
2005年4月25日JR福知山線脱線事故が起きた直後に作成したメルマガを
改めて紹介します。
●何を与えるかと言うことよりも、大切なのはどう与えるかということだ(ゲーテ)
●私たち一人びとりは、隣り人の徳を高めるために、その益を図って彼らを
喜ばすべきである(ロマ書15-2)
私たちの生きている社会には、日々信じられないような、驚くばかりの事件や事故が
起こり続けています。
今は、悲惨さや不条理さにだけ心を奪われて【神の愛=主イエス】を見失わないように
注意するべき時だと思います。
現在が、人々が対立・分裂して、【愛】が冷めきった、<社会の危機>のように
思われますが、だからこそ【神の愛】に立ち帰る【信仰精神】が再生・復活するには、
<個人の絶好のチャンス>だと私は信じます!
●見よ、侮る者たちよ、驚け、そして滅び去れ、私はあなた方の時代に
一つの事をする。それは人がどんなに説明して聞かせてもあなた方の
とうてい信じられないような事なのである(ハバクク書1-5)
●辛いことの背後(ウシロ)には最も歓ばしいことが隠れている。
我らは何事にかかわらず勇んで主の命に従うべきである(内村鑑三)
●主は待っていてあなた方に恵みを施される(イザヤ書30‐18)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中より援(タス)け出し給う
(詩篇34‐19)
●見よ、私は新しいことをする。今もうそれが起ころうとしている。
あなた方はそれを知らないのか。確かに私は荒野に道を、荒地に川を設ける
(イザヤ書43‐9)
皆さんもご存知の「電車事故<2005年4月25日JR福知山線脱線事故」>は
私たちが形成する社会自体が失敗やチャレンジに堅くて厳しい事を示しているように
思われます。
私自身も出来て当たり前と思っている日本の「定刻通り」という常識も、実は誰かの
犠牲の上に実現した命綱無しの「綱渡り曲芸」のようなものだった事が判明しました。
一方で、失敗やチャレンジに対して優しく柔軟性がある社会の代表的な街が
ニューヨーク・マンハッタンであると思います。
米国は貧富の差が激しく、弱肉強食で、油断できない社会だと思われがちです。
しかし、私のわずかな駐在経験でしたが、日本には馴染みのの薄い目立たない
「生活マナー」が社会を柔軟に優しくして、いつも元気で一体感を生んでいる事を
私は発見し感動しました!
以前にも紹介したように、エキサイティングで失敗やチャレンジに優しくさせている
大きな要因は「あいさつ」という習慣です。
日本の「あいさつ」は一般的に身内・組織内の目下が目上に、身内・安全判断を
するための形式的・儀礼的なものです。
一方、米国はいったん部屋を出てから目が合う人と誰でも「ハイ!」と気軽に
声を掛け合える雰囲気で満ち溢れています。
アパート(マンション)では同じ階の見知らぬ住人でも、エレベータは何メートルも先から、
じっと開けて待っていてくれるような親切は当たり前で、
日本でありがちなエレベータの中の居心地の悪い「静寂・沈黙」はありません。
わずか数分前に出会った人とでも、エレベータを出る時には、すっかり心が打ち解けた
身内のような雰囲気になっています。
そして<決まり文句>の挨拶を交わすことで、見ず知らずの人でも互いの
<これから(未来)>を祝福し、励まし合います。
「今日が素晴らしい一日になりますように![善き夕べを!/善き週末を!]
(Have a nice day ![a nice evening/weekend])」
「君(あなた)もね!(You, too !)」
●「今日」という日のうちに、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされて、
かたくなにならないようにしなさい(ヘブル書3-13)
バスの運転手でも、タクシーの運転手とでも、ビルのガードマンでも、店員とでも、
見知らぬ通りの人でも交わす「あいさつ」は単なる形式的・儀礼的でなく、
お互いに励ましあうことでチャンレジンする勇気と希望の【原動力】である事に
気づかされます!
部屋を出るまでは、内向きで憂鬱で暗くても、外を歩くだけで、私は元気を与えられ、
私も誰かに元気を与えていることで街全体が教会の中のように、闇を光に変えて、
善循環に満ち溢れるのです!
見知らぬ人同士の「気楽な挨拶」は、ある人にとっては、灰色の世界を、
ばら色の世界に一変させるような【希望の光】となり、小さな社会的扶助のおかげで、
孤独な最悪の【どん底】に落ち込む前に救出される<チャンス>が至るところに
存在していて1匹の【迷える子羊】が99匹の仲間の場所に立ち帰られる
【神愛の導き】となるのです。
●喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい(ロマ書12‐15)
●先ず人間を改造せよ、そうすれば人間の環境はおのずから変化する(ヒルティ)
●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。
とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです(テモテ後書4-2)
●兄弟たち、あなた方に勧めます。怠惰な者、気ままな者たちを戒め、小心な者、
気落ちしている者たちを励まし、弱い者たちを助け、すべての人に対して寛容で
忍耐強く接しなさい(テサロニケ前書5-14)
アメリカでは「パブリック・公的」な仕事にある人々、運転手、パーキング従業員、
警備員などは、日頃から目が合えば気軽に挨拶する【身近な関係】です。
彼等の仕事への感謝の気持ちを積極的に表す心とは「与える喜び」から
生まれるものです。
●受けるよりも与える方が幸いである(使徒行伝20‐35)
●与えるということも、多くの偉大な事柄と同じように、ただ実地の練習を通じて
学ぶものである。しかし、一旦学んでしまえば、それは人生の最も大きな喜びの
一つとなる(ヒルティ)
●何を与えるかというよりも大切なのは、どう与えるかということだ(ゲーテ)
そしてこの「与える喜び」である【隣人愛=神の愛】こそが「独り勝ち」せず、
出し惜しみしない「Win・Win」の共存共栄精神を産み出すのだと私は思っています。
●各自は惜しむ心からではなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めた通りに
なすべきである。神は喜んで施す人を愛して下さるのである(コリント後書9‐7)
●誰でも自分の益を求めないで、他の人の益を求めるべきである
(コリント前書10-24)
●【黄金律】
すべて人に為(セ)られんと欲(オモ)うことは、神が汝等に為し給うごとくに、
汝等もまた人にもそのごとくせよ(マタイ伝7‐12)
●何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって、
互いに人を自分よりすぐれた者としなさい。おのおの、自分のことばかりでなく、
他人のことも考えなさい。キリストイエスにあっていだいているのと同じ思いを、
あなた方の間でも互いに生かしなさい(ピりピ書2-3~5)
日本では小・中学生から社会参加させて、販売員などの経験をさせて、
金を稼ぐことの厳しさを体験させようとしています。
日本では販売員が「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」と大声を上げて
敬礼させるような光景が一般的です。
一方でNYでは店員は必要以上の気配りはしません。
客の方が「ありがとう(Thank you)」と先に声をかけるのが常識です。
先日の石原東京都知事の記者会見で興味深いエピソードを聞きました。
彼にも映画会社に勤めるサラリーマン経験がわずかながらあったらしく、
その時の新入社員研修で映画館の「チケット売り場」の店員を
体験させられた時のことです。
アメリカの映画が上映されていて、アメリカ人の観客も来たそうです。日本客と異なり、
彼らは「ありがとう!」と声をかけてくれたことが、とてもうれしかったそうです。
それ以来、今日現在でも、映画館では店員に「ありがとう」と声をかけるそうです。
米国のホームレスは哀れみでなく、先に勝手に車の窓拭きをしたりして、
成果報酬として堂々と対価の金銭を求めます。
つまり、必要以上の「へりくだり」を客は店員に求めることなく、
かえって【感謝の言葉】をかけることが常識となっています。
「気配り」は目下(部下)が目上(上司)にするのが日本の常識ですが、
米国では【主イエス】の【洗足の教え】が浸透しているようです。
●たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。
シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、
「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか」と言った(ヨハネ伝13-5~6)
●イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。
「私があなた方にしたことが分かるか」(ヨハネ伝13-12)
●主であり、師である私があなた方の足を洗ったのだから、
あなた方も互いに足を洗い合わなければならない。私があなた方にしたとおりに、
あなた方もするようにと、模範を示したのである(ヨハネ伝13-14)
「<富める者、強き者、先にいる者>が<貧しき者、弱き者、後にくる者>に対して」
が基本中の基本であるようです。
「レィディー・ファースト」のマナーも、一般的に「か弱き女性」を優先するということから
生まれたのだと思います。
さらに、米国は何事にも緊張感を嫌います。
「リラックス」を周囲が心がけてくれるのもチャレンジには大いに励ましになるのです。
米国人は誰にでも「あいさつ」してくれるので、陽気で外交的で気さくで天性の
<社交的性格>だと私も思っていました。
ところが、そんな米国人に「貴方が恐れることは何ですか?」と質問すると
上位3番目くらいに「人前で話すことが怖い」といった興味深いアンケート結果を
聞いたことがあります。
だからこそ、目上・先輩から優先してリラックスさせることに気を使ってくれるのです。
無駄な緊張感は失敗を生むだけだからです。
クリントン大統領が演説でポケットに手を入れて話すのも、
無礼であると見るのではなく、自分から率先して「リラックス」の態度を示すことは
謙虚で高慢でない態度であり、かえって聴衆の心もリラックスさせて善循環させる
効果があるのです。
どんな分野でも「初めての挑戦」において、失敗するなよ!と緊張させるではなく、
成功してもらうようにリラックスさせることの方がうまく行くことは、米国の成功物語が
証明しています。
初めての面接・会議でも「メルティング・アイス」といって、雰囲気を和らげるのは、
優秀な上司・先輩の役割です。部下・新人に服従を強要したり、緊張させるのは
社会全体にとって危険な事を、今回の事故で私たちは改めて知る事になりました。
●おのおの自分のことばかりでなく、他人のことを考えなさい(ピりピ書2‐4)
以前お話したように、夢を実現しやすいアメリカの特質とは【アメリカの良心】にあると
私は感じています。
それは、誰でも時と場合によっては「Accidenntal Hiro(思いがけないヒーロー)」に
なれる精神風土であり、【優しい社会】であるからだと思います。
以前にも紹介した米国の空港内で起こった私自身のエピソードは
今でも感動的印象があります。
私が、待合いロビーで座っていた時に突如、非常ベルがけたたましく鳴り響きました。
一瞬緊張感が走りましたが、それは誤動作であることは周囲の気配でわかりました。
しかし、すぐには警備員も駆けつけることなく3分位大きなベルが鳴り響き続けました。
やがて大柄な警備員がゆっくりと歩いてやって来ました。彼は静かにベルのスイッチを
切りました。
その時です。周囲の一般市民が「スタンディング・オべーション」をしたり、
指笛を吹いたりして、彼に感謝と祝福のエールを贈ったのです。
男は照れくさそうに笑みを浮かべて、軽く会釈しながらゆっくりと立ち去って行きました。
彼はその時間違い無く「ヒーロー」でした。
そして、彼は自分の仕事に喜びと誇りを持ったに違いありません。
ベルが止み静かになったロビーには、感動的で、さわやかな空気に充たされました。
日本ではあまり考えられない光景だと思います。
先ず、3分間も鳴りっぱなしだと、誰かが係員に苦情を言うでしょう。
もし、係員がノソノソ歩いて来たならどうでしょうか。
日本だと恐らく、走って来るはずです。
係員がベルを停めても拍手喝采となるでしょうか?
係員も、苦情を言った人も、周囲の市民も、皆不快や不安な気持ちになるだけで、
そこには<勝利者>はいないかもしれません・・・
あの日の経験をしてから、あの警備員は注意されなくても、
彼はもっと迅速にもっと気を配るような警備員になったと私は信じます。
何故なら、自分が期待していない時に【思いがけないヒーロー】になれたからです。
彼はもっと多くの人々を喜ばせて、自分も誇れて喜べる道を目指すはずです!
ハレルヤ!
●あなた方が召されたのは、実に自由を得るためである。
ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい
(ガラテヤ書5‐13)
以前にも紹介しましたが、最後に、私が経験したとても印象深いユーモアある話を
させてください。
それは、まだNYの道路事情に精通しないままに、車を運転して、
誤って一方通行の道を逆走した時の事です。
日本ならば、「気をつけろ!!」とか怒鳴られるところです。
そんな、おろおろしている私に対して、車の窓を開けて笑顔で叫ぶ人がいました。
「NYへようこそ!!(Welcome to NY!!)」
私たちが参加・形成している社会を堅く厳しくするのも、優しく活き活きとさせるのも、
政治や経済や法制度ではありません。
私たち個人個人が身近なところから【神の愛=隣人愛】である【優しい思いやり】を
示し行うだけで【悪循環】が【善循環】へと大転換することを体感しましょう!
●<最も貴きもの>(内村鑑三)
富と糧とに優って貴きものは知識なり
知識に優って貴きものは道徳なり
道徳に優って貴きものは信仰なり
信仰に優って貴きものは愛心なり
●人が天から心を授かったのは愛するためにのみである(ボワロー)
●自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい
(マタイ伝22‐39、マルコ伝12‐31、ルカ伝10‐27)
皆さんが【神の愛=隣人愛】に満ち溢れさせて、失敗やチャレンジに【優しい社会】を
造ることに活躍される事を心より応援しています!
●目の前の一人を救える者が、世界をも救える(ユダヤの格言)
●人間の無私の献身によって隣人たちの幸福を生み出したり、
それを固めたり、または増進したりするためにはたらく時、初めて真の人間、
つまり神の似姿になり始める。ただ自分のために存在するならば、
人間とはいったい何であろうか(ヒルシェ)
●幸いなことよ、弱っている者に心を配る人は。
主は災いの日のその人を助け出される(詩篇41‐1)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇失敗や挑戦に【優しい社会】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
★★何故ニューヨーク・マンハッタンは世界で一番エキサイティングなのか?★★
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
最近の日本に求められるのは「失敗や挑戦に【優しい社会】づくり」であると感じます。
2005年4月25日JR福知山線脱線事故が起きた直後に作成したメルマガを
改めて紹介します。
●何を与えるかと言うことよりも、大切なのはどう与えるかということだ(ゲーテ)
●私たち一人びとりは、隣り人の徳を高めるために、その益を図って彼らを
喜ばすべきである(ロマ書15-2)
私たちの生きている社会には、日々信じられないような、驚くばかりの事件や事故が
起こり続けています。
今は、悲惨さや不条理さにだけ心を奪われて【神の愛=主イエス】を見失わないように
注意するべき時だと思います。
現在が、人々が対立・分裂して、【愛】が冷めきった、<社会の危機>のように
思われますが、だからこそ【神の愛】に立ち帰る【信仰精神】が再生・復活するには、
<個人の絶好のチャンス>だと私は信じます!
●見よ、侮る者たちよ、驚け、そして滅び去れ、私はあなた方の時代に
一つの事をする。それは人がどんなに説明して聞かせてもあなた方の
とうてい信じられないような事なのである(ハバクク書1-5)
●辛いことの背後(ウシロ)には最も歓ばしいことが隠れている。
我らは何事にかかわらず勇んで主の命に従うべきである(内村鑑三)
●主は待っていてあなた方に恵みを施される(イザヤ書30‐18)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中より援(タス)け出し給う
(詩篇34‐19)
●見よ、私は新しいことをする。今もうそれが起ころうとしている。
あなた方はそれを知らないのか。確かに私は荒野に道を、荒地に川を設ける
(イザヤ書43‐9)
皆さんもご存知の「電車事故<2005年4月25日JR福知山線脱線事故」>は
私たちが形成する社会自体が失敗やチャレンジに堅くて厳しい事を示しているように
思われます。
私自身も出来て当たり前と思っている日本の「定刻通り」という常識も、実は誰かの
犠牲の上に実現した命綱無しの「綱渡り曲芸」のようなものだった事が判明しました。
一方で、失敗やチャレンジに対して優しく柔軟性がある社会の代表的な街が
ニューヨーク・マンハッタンであると思います。
米国は貧富の差が激しく、弱肉強食で、油断できない社会だと思われがちです。
しかし、私のわずかな駐在経験でしたが、日本には馴染みのの薄い目立たない
「生活マナー」が社会を柔軟に優しくして、いつも元気で一体感を生んでいる事を
私は発見し感動しました!
以前にも紹介したように、エキサイティングで失敗やチャレンジに優しくさせている
大きな要因は「あいさつ」という習慣です。
日本の「あいさつ」は一般的に身内・組織内の目下が目上に、身内・安全判断を
するための形式的・儀礼的なものです。
一方、米国はいったん部屋を出てから目が合う人と誰でも「ハイ!」と気軽に
声を掛け合える雰囲気で満ち溢れています。
アパート(マンション)では同じ階の見知らぬ住人でも、エレベータは何メートルも先から、
じっと開けて待っていてくれるような親切は当たり前で、
日本でありがちなエレベータの中の居心地の悪い「静寂・沈黙」はありません。
わずか数分前に出会った人とでも、エレベータを出る時には、すっかり心が打ち解けた
身内のような雰囲気になっています。
そして<決まり文句>の挨拶を交わすことで、見ず知らずの人でも互いの
<これから(未来)>を祝福し、励まし合います。
「今日が素晴らしい一日になりますように![善き夕べを!/善き週末を!]
(Have a nice day ![a nice evening/weekend])」
「君(あなた)もね!(You, too !)」
●「今日」という日のうちに、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされて、
かたくなにならないようにしなさい(ヘブル書3-13)
バスの運転手でも、タクシーの運転手とでも、ビルのガードマンでも、店員とでも、
見知らぬ通りの人でも交わす「あいさつ」は単なる形式的・儀礼的でなく、
お互いに励ましあうことでチャンレジンする勇気と希望の【原動力】である事に
気づかされます!
部屋を出るまでは、内向きで憂鬱で暗くても、外を歩くだけで、私は元気を与えられ、
私も誰かに元気を与えていることで街全体が教会の中のように、闇を光に変えて、
善循環に満ち溢れるのです!
見知らぬ人同士の「気楽な挨拶」は、ある人にとっては、灰色の世界を、
ばら色の世界に一変させるような【希望の光】となり、小さな社会的扶助のおかげで、
孤独な最悪の【どん底】に落ち込む前に救出される<チャンス>が至るところに
存在していて1匹の【迷える子羊】が99匹の仲間の場所に立ち帰られる
【神愛の導き】となるのです。
●喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい(ロマ書12‐15)
●先ず人間を改造せよ、そうすれば人間の環境はおのずから変化する(ヒルティ)
●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。
とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです(テモテ後書4-2)
●兄弟たち、あなた方に勧めます。怠惰な者、気ままな者たちを戒め、小心な者、
気落ちしている者たちを励まし、弱い者たちを助け、すべての人に対して寛容で
忍耐強く接しなさい(テサロニケ前書5-14)
アメリカでは「パブリック・公的」な仕事にある人々、運転手、パーキング従業員、
警備員などは、日頃から目が合えば気軽に挨拶する【身近な関係】です。
彼等の仕事への感謝の気持ちを積極的に表す心とは「与える喜び」から
生まれるものです。
●受けるよりも与える方が幸いである(使徒行伝20‐35)
●与えるということも、多くの偉大な事柄と同じように、ただ実地の練習を通じて
学ぶものである。しかし、一旦学んでしまえば、それは人生の最も大きな喜びの
一つとなる(ヒルティ)
●何を与えるかというよりも大切なのは、どう与えるかということだ(ゲーテ)
そしてこの「与える喜び」である【隣人愛=神の愛】こそが「独り勝ち」せず、
出し惜しみしない「Win・Win」の共存共栄精神を産み出すのだと私は思っています。
●各自は惜しむ心からではなく、また、強いられてでもなく、自ら心で決めた通りに
なすべきである。神は喜んで施す人を愛して下さるのである(コリント後書9‐7)
●誰でも自分の益を求めないで、他の人の益を求めるべきである
(コリント前書10-24)
●【黄金律】
すべて人に為(セ)られんと欲(オモ)うことは、神が汝等に為し給うごとくに、
汝等もまた人にもそのごとくせよ(マタイ伝7‐12)
●何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって、
互いに人を自分よりすぐれた者としなさい。おのおの、自分のことばかりでなく、
他人のことも考えなさい。キリストイエスにあっていだいているのと同じ思いを、
あなた方の間でも互いに生かしなさい(ピりピ書2-3~5)
日本では小・中学生から社会参加させて、販売員などの経験をさせて、
金を稼ぐことの厳しさを体験させようとしています。
日本では販売員が「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」と大声を上げて
敬礼させるような光景が一般的です。
一方でNYでは店員は必要以上の気配りはしません。
客の方が「ありがとう(Thank you)」と先に声をかけるのが常識です。
先日の石原東京都知事の記者会見で興味深いエピソードを聞きました。
彼にも映画会社に勤めるサラリーマン経験がわずかながらあったらしく、
その時の新入社員研修で映画館の「チケット売り場」の店員を
体験させられた時のことです。
アメリカの映画が上映されていて、アメリカ人の観客も来たそうです。日本客と異なり、
彼らは「ありがとう!」と声をかけてくれたことが、とてもうれしかったそうです。
それ以来、今日現在でも、映画館では店員に「ありがとう」と声をかけるそうです。
米国のホームレスは哀れみでなく、先に勝手に車の窓拭きをしたりして、
成果報酬として堂々と対価の金銭を求めます。
つまり、必要以上の「へりくだり」を客は店員に求めることなく、
かえって【感謝の言葉】をかけることが常識となっています。
「気配り」は目下(部下)が目上(上司)にするのが日本の常識ですが、
米国では【主イエス】の【洗足の教え】が浸透しているようです。
●たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。
シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、
「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか」と言った(ヨハネ伝13-5~6)
●イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。
「私があなた方にしたことが分かるか」(ヨハネ伝13-12)
●主であり、師である私があなた方の足を洗ったのだから、
あなた方も互いに足を洗い合わなければならない。私があなた方にしたとおりに、
あなた方もするようにと、模範を示したのである(ヨハネ伝13-14)
「<富める者、強き者、先にいる者>が<貧しき者、弱き者、後にくる者>に対して」
が基本中の基本であるようです。
「レィディー・ファースト」のマナーも、一般的に「か弱き女性」を優先するということから
生まれたのだと思います。
さらに、米国は何事にも緊張感を嫌います。
「リラックス」を周囲が心がけてくれるのもチャレンジには大いに励ましになるのです。
米国人は誰にでも「あいさつ」してくれるので、陽気で外交的で気さくで天性の
<社交的性格>だと私も思っていました。
ところが、そんな米国人に「貴方が恐れることは何ですか?」と質問すると
上位3番目くらいに「人前で話すことが怖い」といった興味深いアンケート結果を
聞いたことがあります。
だからこそ、目上・先輩から優先してリラックスさせることに気を使ってくれるのです。
無駄な緊張感は失敗を生むだけだからです。
クリントン大統領が演説でポケットに手を入れて話すのも、
無礼であると見るのではなく、自分から率先して「リラックス」の態度を示すことは
謙虚で高慢でない態度であり、かえって聴衆の心もリラックスさせて善循環させる
効果があるのです。
どんな分野でも「初めての挑戦」において、失敗するなよ!と緊張させるではなく、
成功してもらうようにリラックスさせることの方がうまく行くことは、米国の成功物語が
証明しています。
初めての面接・会議でも「メルティング・アイス」といって、雰囲気を和らげるのは、
優秀な上司・先輩の役割です。部下・新人に服従を強要したり、緊張させるのは
社会全体にとって危険な事を、今回の事故で私たちは改めて知る事になりました。
●おのおの自分のことばかりでなく、他人のことを考えなさい(ピりピ書2‐4)
以前お話したように、夢を実現しやすいアメリカの特質とは【アメリカの良心】にあると
私は感じています。
それは、誰でも時と場合によっては「Accidenntal Hiro(思いがけないヒーロー)」に
なれる精神風土であり、【優しい社会】であるからだと思います。
以前にも紹介した米国の空港内で起こった私自身のエピソードは
今でも感動的印象があります。
私が、待合いロビーで座っていた時に突如、非常ベルがけたたましく鳴り響きました。
一瞬緊張感が走りましたが、それは誤動作であることは周囲の気配でわかりました。
しかし、すぐには警備員も駆けつけることなく3分位大きなベルが鳴り響き続けました。
やがて大柄な警備員がゆっくりと歩いてやって来ました。彼は静かにベルのスイッチを
切りました。
その時です。周囲の一般市民が「スタンディング・オべーション」をしたり、
指笛を吹いたりして、彼に感謝と祝福のエールを贈ったのです。
男は照れくさそうに笑みを浮かべて、軽く会釈しながらゆっくりと立ち去って行きました。
彼はその時間違い無く「ヒーロー」でした。
そして、彼は自分の仕事に喜びと誇りを持ったに違いありません。
ベルが止み静かになったロビーには、感動的で、さわやかな空気に充たされました。
日本ではあまり考えられない光景だと思います。
先ず、3分間も鳴りっぱなしだと、誰かが係員に苦情を言うでしょう。
もし、係員がノソノソ歩いて来たならどうでしょうか。
日本だと恐らく、走って来るはずです。
係員がベルを停めても拍手喝采となるでしょうか?
係員も、苦情を言った人も、周囲の市民も、皆不快や不安な気持ちになるだけで、
そこには<勝利者>はいないかもしれません・・・
あの日の経験をしてから、あの警備員は注意されなくても、
彼はもっと迅速にもっと気を配るような警備員になったと私は信じます。
何故なら、自分が期待していない時に【思いがけないヒーロー】になれたからです。
彼はもっと多くの人々を喜ばせて、自分も誇れて喜べる道を目指すはずです!
ハレルヤ!
●あなた方が召されたのは、実に自由を得るためである。
ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい
(ガラテヤ書5‐13)
以前にも紹介しましたが、最後に、私が経験したとても印象深いユーモアある話を
させてください。
それは、まだNYの道路事情に精通しないままに、車を運転して、
誤って一方通行の道を逆走した時の事です。
日本ならば、「気をつけろ!!」とか怒鳴られるところです。
そんな、おろおろしている私に対して、車の窓を開けて笑顔で叫ぶ人がいました。
「NYへようこそ!!(Welcome to NY!!)」
私たちが参加・形成している社会を堅く厳しくするのも、優しく活き活きとさせるのも、
政治や経済や法制度ではありません。
私たち個人個人が身近なところから【神の愛=隣人愛】である【優しい思いやり】を
示し行うだけで【悪循環】が【善循環】へと大転換することを体感しましょう!
●<最も貴きもの>(内村鑑三)
富と糧とに優って貴きものは知識なり
知識に優って貴きものは道徳なり
道徳に優って貴きものは信仰なり
信仰に優って貴きものは愛心なり
●人が天から心を授かったのは愛するためにのみである(ボワロー)
●自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい
(マタイ伝22‐39、マルコ伝12‐31、ルカ伝10‐27)
皆さんが【神の愛=隣人愛】に満ち溢れさせて、失敗やチャレンジに【優しい社会】を
造ることに活躍される事を心より応援しています!
●目の前の一人を救える者が、世界をも救える(ユダヤの格言)
●人間の無私の献身によって隣人たちの幸福を生み出したり、
それを固めたり、または増進したりするためにはたらく時、初めて真の人間、
つまり神の似姿になり始める。ただ自分のために存在するならば、
人間とはいったい何であろうか(ヒルシェ)
●幸いなことよ、弱っている者に心を配る人は。
主は災いの日のその人を助け出される(詩篇41‐1)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2012年3月30日に作成した<第590回>に加筆】
◇◇【ビジョン】で<心を一つ思いを一つ>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
★★「【向谷実】ミノルはミタ!レコーディング生配信!!」を観て★★
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
皆さんの中にも生放送を観た人がいるかもしれませんが、全くの無から楽曲が
創り上げられる工程をノーカット6時間以上もネット生中継してくれた感動的
プロジェクトが3月27日の19:00~26:00に放映されました。
■【向谷実】ミノルはミタ!レコーディング生配信!!
『TOMOSHIBI』をストリングスオーケストラと生ボーカルで!
★サンプラザ中野くんが書き下ろし向谷倶楽部がプロデュースした
『TOMOSHIBI~地震が来たら~』
★ストリングスオーケストラの「アンサンブルアルキ」が
大友直人さんの指揮で演奏。ボーカルはサンプラザ中野くん!!
そしてメゾソプラノ歌手の坂本朱さんを迎えての2バージョンの
レコーディングを一口坂スタジオよりニコ生、Ustreamに同時配信します。
http://www.ustream.tv/recorded/21399008<録画再生可能>
昨年2011年の大震災発生直後にサンプラザ中野さんがインスパイアされて
作詞作曲した楽曲が、元カシオペアの向谷実(私も大ファンの一人でした)の
プロデュースによって<パワー・アップ&アップ・グレード>されて成長して
多くのミュージシャンや音楽関係者・スタジオ経営者が無償協力することで
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】が結集された<霊的楽曲>となりました!
まさに【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満たされた<心を一つ思いを一つ>の
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】だからこそ【神の愛=主イエス】も
<臨在>して産み出される【神の愛の方程式=摂理】を体感できました!
●喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい(ロマ書12‐15)
●キリストの名によって、あなた方に勧める。みな語ることを一つにし、
お互いの間に分争がないようにし、
同じ心、同じ思いになって、堅く結び合って欲しい (コリント第1書1-10)
●あなた方に幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、
“霊”による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、
同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、
わたしの喜びを満たしてください。(ピリピ書2-1~2)
●兄弟たちよ、互いに励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。
平和に過ごしなさい。そうすれば、愛と平和の神が
あなたと共にいて下さるであろう(コリント後書13‐11)
●神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)
●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。
それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。
どうか、忍耐と励ましと慰めの源である神が、あなた方に、
キリスト・イエスにならって互いに同じ思いを抱かせ、
心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神を
ほめたたえあがめさせて下さるように(ロマ書15-4~6)
●あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、
天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。
二人、三人が私の名によって集まっているところには
私(主イエス)もその中にいる(マタイ伝18-19~20)
サンプラザ中野さんと向谷実さんが<音楽>に対する熱愛精神があったからこそ
音楽活動を【ミッション:大義・使命・天職】として心底体得しているからこそ
具現化された『TOMOSIBI』に【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】<光>を感じます!
●芸術家の使命・天職は、人間の心の奥底に光明を送りこむことである
(シューマン)
●芸術は人間を慰めるものではなくて、人間を強めるものである。
おもしろがらせるものではなくて考えさせるものである。
人間を引き上げるもの、進ませるもの、がっしりさせるもの。
日常の苦しみを撫するに姑息をもってするのでなくて、
その苦しみに堪える根底の力を与えるものである(高村光太郎)
●音楽は世界語であり、翻訳の必要がない。
そこにおいては、魂が魂に話し掛けている(バッハ)
●音楽は、精神の中から日常生活の塵埃を掃除する(バッハ)
●自分の力の成長が、理想の真実の光である(フィヒテ)
●幸福は、その人が真の仕事をするところに存す(アウレリウス)
●海よりも雄大な光景がある。それは天だ。
天よりも雄大な光景がある。それは良心だ(ユーゴ)
二人の描く【ビジョン:理想・夢念・大志】が<核><旗印>となったから、
音楽制作関係者が無償ボランティアで<心を一つ思いを一つ>に結集して
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】が産まれる事は【聖書の御言葉】では
教会建設のために<7つの賜物>の結集が必要であると示されています。
●<7つの賜物(ロマ書12-6~8)>
①【預言】であれば信仰の程度に応じて預言をし
②【奉仕】であれば奉仕し
③【教える】ものであれば教え
④【勧める】ものであれば勧めさとし
⑤【寄附する】ものは惜しみなく寄附し施し
⑥【指導し治める】ものは熱心に心をつくし指導し治め
⑦【あわれみ慈善をする】もの喜び快くあわれみ慈善をすべし
この<7種の役割>は教会組織の維持運営の機能であると同時に、この世の
あらゆる組織・事業の維持運営においても共通する普遍的な主要機能であると
私は考えます。
私たちが心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を守り育て具現化するにも
以下の7方面の<賜物>【タレント:個性・才能・可能性】の人々が結集すれば
【神の愛=主イエス】も臨在する【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満たされます!
①預言者(ビジョニスト)や霊的クリエイター
★【神の愛=主イエス】に通じる<霊感・直感>により
【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱ける
★無から有、マイナスからプラス、闇から光を、産みだせる才能
★芸術家・創作者・企画者
②マネージメントの才能
~【ビジョン:理想・夢念・大志】への<忠義・忠信・忠誠>献身的精神
★【ビジョン:理想・夢念・大志】を具現化する組織事業の運営者・創始者
★上記①のための側近・参謀・愛弟子
★事業主・理事長
③インストラクター的才能~知性・理性を愛する心
★【ビジョン:理想・夢念・大志】の追求研究者・哲学者・評論家・批評家
★知的・理性的に導く教育者・指導者
★法典・経典・律法・コンセプトの作成者
④エンターテイメント的才能~情的・霊的に支援激励できる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】へのチャレンジを激励する人
★勇気・感動・希望を与えられる人
★<不屈の楽観・楽天主義>の精神的コーチ・現場監督
⑤スポンサー的才能~物質的に支援できる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】具現化のために
【この世の勢力:富・権威・名声】を提供できる人
★この世での成功を支援できる人
★投資家・パトロン・後援者・株主
⑥コーディネータ的才能
~【ビジョン:理想・夢念・大志】を現実につなげられる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】具現化のための人・モノ・金・情報を
集められる人
★この世にPR・広報・プロモーションできる人
★プロデューサー・仲保者・メディエータ・弁護人
⑦ボランティア的才能
~【ビジョン:理想・夢念・大志】のために現実社会で実践・挑戦できる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】の信奉者・心酔者・信者・ファン
★切り込み隊長・縁の下の力持ち・捨て石的存在
★ミッション(特命・使命)・伝道者・広報スポークスマン
【神の愛=主イエス&聖霊】と【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満たされた
<心を一つ思いを一つ>に結集する【チーム・ワーク&チーム・スピリット】は
【One Body with Many Parts(コリント前書12‐12~31)】であり、参加者全員が
不可欠の<ライトスタッフ:適任者>で適材適所で<最高!最善!最美!>の
パフォーマンスを発揮してくれます!
●からだが一つであっても肢体(シタイ)は多くあり、
また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、
キリストの場合も同様である(コリント前書12‐12)
●神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられた
(コリント前書12‐18)
●あなた方はキリストの身体(カラダ)である。
一人びとりはその肢体である(コリント前書12-27)
ある人は「手」となり、ある人は「足」となり、たとえ目立たぬ「爪先」でも
「爪先」が少しでも痛んだり病めば、全体の機能がうまく働かなくなります。
世間的には目立つ【部分(肢体)】でない裏方や縁の下でも、その立場こそが、
実は必要不可欠であることを【聖書の御言葉】は教えてくれます。
●目は手に向かって「お前はいらない」とは言えず、また頭は足に向かって
「お前はいらない」とも言えない。そうではなく、むしろ体の内で他よりも
弱く見える肢体が、かえって必要なのである(コリント前書12‐21~22)
●もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み一つの肢体が尊ばれると、
ほかの肢体もみな喜ぶ(コリント前書12-26)
今回の「TOMOSIBI」楽曲制作においても、裏方や縁の下のスタッフの活躍こそが
不可欠であることを目撃することができて、素晴らしいドキュメント作品です。
皆さんの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】においても、独り占めせずに
連戦連敗覚悟で、いつでもどこでも思う存分に、世に放つ事をお奨めします。
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】と【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従った
皆さんの【ビジョン:理想・夢念・大志】は、世界の誰かが捜し求めていたり、
共感・共有できる【神の愛の事業】の<核><旗印>となるからです!
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
あなたには私が共にいるからだ。
誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)
●我はただ語る。人が聴いても語る。聴かないでも語る。
我は我が歓喜を語らずにはいられない。我はヒバリがさえずるごとく
人が聴く聴かざるに関せず語る。我は黙するにはあまりに嬉しくある。
それであるから語るのである(内村鑑三)
●ただ自ら慎み注意して、あなたの魂をよく守りなさい。
あなたが目で見たことを忘れず、
生涯心から離すことのないようにしなさい。
あなたはそれらを子や孫たちにも語り伝えなさい(申命記4-9)
●偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語れ(エペソ書4-25)
●聞く人に恵みが与えられ徳を高めるように、
その人を造り上げるのに役立ち益になる言葉を
必要に応じて語りなさい(エペソ書4-29)
●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。
とがめ、戒め、励ましなさい。
忍耐強く、十分に教えるのです(テモテ後書4-2)
●主の御名を口にすまい。もう主の名によって主の御言葉を語るまい、
と思っても主の御言葉は、私の心の中、骨の中に閉じ込められて
火のように燃え盛ります。私は内にしまっておくのに疲れ果てて
耐えられません。私の負けです(エレミヤ記20-9)
今回紹介した「楽曲制作プロセス映像」に皆さんがインスパイアされることで、
【神の愛=主イエス】への【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】にて
内外ともに国難大危機の日本と価値観大転換期突入し混迷波乱の世界に向けて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を高く掲げて決起し結集する
<福音の戦士>【福音の勢力】となって【ミッション:大義・使命・天職】に
大活躍される事を心より応援しています!
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
(これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●あなた方は、さらに大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。
そこで、私は最もすぐれた道をあなた方に示そう(コリント前書12-31)
●<聖 望>(内村鑑三)
われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
●力を与え強めて下さるキリストに助けられて、
私は、何事も成し遂げることができる(ピリピ書4-13)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる
(トマス・ア・ケンピス)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、
力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる
(トマス・ア・ケンピス)
●ある事はある時に至れば成るなり、急ぐべからず、怖るべからず、
ただ神を信じて待てば足る、エホバを待ち望め、然らば彼れ汝を救わん
(内村鑑三:箴言20-22)
●成功は事の成否にあらず、信仰の貫徹なり、実に神を待ち望む(信ずる)者は
恥ずかしめられず(詩篇25-3)、終わりまで忍ぶ者はすくわれるべし
(マタイ伝10-22)
我が最大の事業は最終まで我が信仰を保全することなり(内村鑑三)
●主の許さざる事業は事業にして事業にあらず、
主の賜わざる成功は成功にして成功にあらず、
主キリストは事業の生命なり、
主より離れたる成功は大失敗なり(内村鑑三)
●<聖 望>(内村鑑三)
われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇【ビジョン】で<心を一つ思いを一つ>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
★★「【向谷実】ミノルはミタ!レコーディング生配信!!」を観て★★
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
皆さんの中にも生放送を観た人がいるかもしれませんが、全くの無から楽曲が
創り上げられる工程をノーカット6時間以上もネット生中継してくれた感動的
プロジェクトが3月27日の19:00~26:00に放映されました。
■【向谷実】ミノルはミタ!レコーディング生配信!!
『TOMOSHIBI』をストリングスオーケストラと生ボーカルで!
★サンプラザ中野くんが書き下ろし向谷倶楽部がプロデュースした
『TOMOSHIBI~地震が来たら~』
★ストリングスオーケストラの「アンサンブルアルキ」が
大友直人さんの指揮で演奏。ボーカルはサンプラザ中野くん!!
そしてメゾソプラノ歌手の坂本朱さんを迎えての2バージョンの
レコーディングを一口坂スタジオよりニコ生、Ustreamに同時配信します。
http://www.ustream.tv/recorded/21399008<録画再生可能>
昨年2011年の大震災発生直後にサンプラザ中野さんがインスパイアされて
作詞作曲した楽曲が、元カシオペアの向谷実(私も大ファンの一人でした)の
プロデュースによって<パワー・アップ&アップ・グレード>されて成長して
多くのミュージシャンや音楽関係者・スタジオ経営者が無償協力することで
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】が結集された<霊的楽曲>となりました!
まさに【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満たされた<心を一つ思いを一つ>の
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】だからこそ【神の愛=主イエス】も
<臨在>して産み出される【神の愛の方程式=摂理】を体感できました!
●喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい(ロマ書12‐15)
●キリストの名によって、あなた方に勧める。みな語ることを一つにし、
お互いの間に分争がないようにし、
同じ心、同じ思いになって、堅く結び合って欲しい (コリント第1書1-10)
●あなた方に幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、
“霊”による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、
同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、
わたしの喜びを満たしてください。(ピリピ書2-1~2)
●兄弟たちよ、互いに励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。
平和に過ごしなさい。そうすれば、愛と平和の神が
あなたと共にいて下さるであろう(コリント後書13‐11)
●神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)
●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。
それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。
どうか、忍耐と励ましと慰めの源である神が、あなた方に、
キリスト・イエスにならって互いに同じ思いを抱かせ、
心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神を
ほめたたえあがめさせて下さるように(ロマ書15-4~6)
●あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、
天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。
二人、三人が私の名によって集まっているところには
私(主イエス)もその中にいる(マタイ伝18-19~20)
サンプラザ中野さんと向谷実さんが<音楽>に対する熱愛精神があったからこそ
音楽活動を【ミッション:大義・使命・天職】として心底体得しているからこそ
具現化された『TOMOSIBI』に【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】<光>を感じます!
●芸術家の使命・天職は、人間の心の奥底に光明を送りこむことである
(シューマン)
●芸術は人間を慰めるものではなくて、人間を強めるものである。
おもしろがらせるものではなくて考えさせるものである。
人間を引き上げるもの、進ませるもの、がっしりさせるもの。
日常の苦しみを撫するに姑息をもってするのでなくて、
その苦しみに堪える根底の力を与えるものである(高村光太郎)
●音楽は世界語であり、翻訳の必要がない。
そこにおいては、魂が魂に話し掛けている(バッハ)
●音楽は、精神の中から日常生活の塵埃を掃除する(バッハ)
●自分の力の成長が、理想の真実の光である(フィヒテ)
●幸福は、その人が真の仕事をするところに存す(アウレリウス)
●海よりも雄大な光景がある。それは天だ。
天よりも雄大な光景がある。それは良心だ(ユーゴ)
二人の描く【ビジョン:理想・夢念・大志】が<核><旗印>となったから、
音楽制作関係者が無償ボランティアで<心を一つ思いを一つ>に結集して
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】が産まれる事は【聖書の御言葉】では
教会建設のために<7つの賜物>の結集が必要であると示されています。
●<7つの賜物(ロマ書12-6~8)>
①【預言】であれば信仰の程度に応じて預言をし
②【奉仕】であれば奉仕し
③【教える】ものであれば教え
④【勧める】ものであれば勧めさとし
⑤【寄附する】ものは惜しみなく寄附し施し
⑥【指導し治める】ものは熱心に心をつくし指導し治め
⑦【あわれみ慈善をする】もの喜び快くあわれみ慈善をすべし
この<7種の役割>は教会組織の維持運営の機能であると同時に、この世の
あらゆる組織・事業の維持運営においても共通する普遍的な主要機能であると
私は考えます。
私たちが心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を守り育て具現化するにも
以下の7方面の<賜物>【タレント:個性・才能・可能性】の人々が結集すれば
【神の愛=主イエス】も臨在する【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満たされます!
①預言者(ビジョニスト)や霊的クリエイター
★【神の愛=主イエス】に通じる<霊感・直感>により
【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱ける
★無から有、マイナスからプラス、闇から光を、産みだせる才能
★芸術家・創作者・企画者
②マネージメントの才能
~【ビジョン:理想・夢念・大志】への<忠義・忠信・忠誠>献身的精神
★【ビジョン:理想・夢念・大志】を具現化する組織事業の運営者・創始者
★上記①のための側近・参謀・愛弟子
★事業主・理事長
③インストラクター的才能~知性・理性を愛する心
★【ビジョン:理想・夢念・大志】の追求研究者・哲学者・評論家・批評家
★知的・理性的に導く教育者・指導者
★法典・経典・律法・コンセプトの作成者
④エンターテイメント的才能~情的・霊的に支援激励できる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】へのチャレンジを激励する人
★勇気・感動・希望を与えられる人
★<不屈の楽観・楽天主義>の精神的コーチ・現場監督
⑤スポンサー的才能~物質的に支援できる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】具現化のために
【この世の勢力:富・権威・名声】を提供できる人
★この世での成功を支援できる人
★投資家・パトロン・後援者・株主
⑥コーディネータ的才能
~【ビジョン:理想・夢念・大志】を現実につなげられる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】具現化のための人・モノ・金・情報を
集められる人
★この世にPR・広報・プロモーションできる人
★プロデューサー・仲保者・メディエータ・弁護人
⑦ボランティア的才能
~【ビジョン:理想・夢念・大志】のために現実社会で実践・挑戦できる人
★【ビジョン:理想・夢念・大志】の信奉者・心酔者・信者・ファン
★切り込み隊長・縁の下の力持ち・捨て石的存在
★ミッション(特命・使命)・伝道者・広報スポークスマン
【神の愛=主イエス&聖霊】と【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満たされた
<心を一つ思いを一つ>に結集する【チーム・ワーク&チーム・スピリット】は
【One Body with Many Parts(コリント前書12‐12~31)】であり、参加者全員が
不可欠の<ライトスタッフ:適任者>で適材適所で<最高!最善!最美!>の
パフォーマンスを発揮してくれます!
●からだが一つであっても肢体(シタイ)は多くあり、
また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、
キリストの場合も同様である(コリント前書12‐12)
●神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられた
(コリント前書12‐18)
●あなた方はキリストの身体(カラダ)である。
一人びとりはその肢体である(コリント前書12-27)
ある人は「手」となり、ある人は「足」となり、たとえ目立たぬ「爪先」でも
「爪先」が少しでも痛んだり病めば、全体の機能がうまく働かなくなります。
世間的には目立つ【部分(肢体)】でない裏方や縁の下でも、その立場こそが、
実は必要不可欠であることを【聖書の御言葉】は教えてくれます。
●目は手に向かって「お前はいらない」とは言えず、また頭は足に向かって
「お前はいらない」とも言えない。そうではなく、むしろ体の内で他よりも
弱く見える肢体が、かえって必要なのである(コリント前書12‐21~22)
●もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み一つの肢体が尊ばれると、
ほかの肢体もみな喜ぶ(コリント前書12-26)
今回の「TOMOSIBI」楽曲制作においても、裏方や縁の下のスタッフの活躍こそが
不可欠であることを目撃することができて、素晴らしいドキュメント作品です。
皆さんの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】においても、独り占めせずに
連戦連敗覚悟で、いつでもどこでも思う存分に、世に放つ事をお奨めします。
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】と【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従った
皆さんの【ビジョン:理想・夢念・大志】は、世界の誰かが捜し求めていたり、
共感・共有できる【神の愛の事業】の<核><旗印>となるからです!
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
あなたには私が共にいるからだ。
誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)
●我はただ語る。人が聴いても語る。聴かないでも語る。
我は我が歓喜を語らずにはいられない。我はヒバリがさえずるごとく
人が聴く聴かざるに関せず語る。我は黙するにはあまりに嬉しくある。
それであるから語るのである(内村鑑三)
●ただ自ら慎み注意して、あなたの魂をよく守りなさい。
あなたが目で見たことを忘れず、
生涯心から離すことのないようにしなさい。
あなたはそれらを子や孫たちにも語り伝えなさい(申命記4-9)
●偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語れ(エペソ書4-25)
●聞く人に恵みが与えられ徳を高めるように、
その人を造り上げるのに役立ち益になる言葉を
必要に応じて語りなさい(エペソ書4-29)
●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。
とがめ、戒め、励ましなさい。
忍耐強く、十分に教えるのです(テモテ後書4-2)
●主の御名を口にすまい。もう主の名によって主の御言葉を語るまい、
と思っても主の御言葉は、私の心の中、骨の中に閉じ込められて
火のように燃え盛ります。私は内にしまっておくのに疲れ果てて
耐えられません。私の負けです(エレミヤ記20-9)
今回紹介した「楽曲制作プロセス映像」に皆さんがインスパイアされることで、
【神の愛=主イエス】への【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】にて
内外ともに国難大危機の日本と価値観大転換期突入し混迷波乱の世界に向けて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を高く掲げて決起し結集する
<福音の戦士>【福音の勢力】となって【ミッション:大義・使命・天職】に
大活躍される事を心より応援しています!
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
(これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●あなた方は、さらに大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。
そこで、私は最もすぐれた道をあなた方に示そう(コリント前書12-31)
●<聖 望>(内村鑑三)
われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
●力を与え強めて下さるキリストに助けられて、
私は、何事も成し遂げることができる(ピリピ書4-13)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる
(トマス・ア・ケンピス)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、
力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる
(トマス・ア・ケンピス)
●ある事はある時に至れば成るなり、急ぐべからず、怖るべからず、
ただ神を信じて待てば足る、エホバを待ち望め、然らば彼れ汝を救わん
(内村鑑三:箴言20-22)
●成功は事の成否にあらず、信仰の貫徹なり、実に神を待ち望む(信ずる)者は
恥ずかしめられず(詩篇25-3)、終わりまで忍ぶ者はすくわれるべし
(マタイ伝10-22)
我が最大の事業は最終まで我が信仰を保全することなり(内村鑑三)
●主の許さざる事業は事業にして事業にあらず、
主の賜わざる成功は成功にして成功にあらず、
主キリストは事業の生命なり、
主より離れたる成功は大失敗なり(内村鑑三)
●<聖 望>(内村鑑三)
われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2012年3月11日に作成した<第589回>に加筆】
◇◇日本民族<召命>で【羊の門】開放に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
【神の愛=主イエス】は日本民族にしかできない、日本民族だからできる特別な
【ミッション:大義・使命・天職】が私たちに託されていると実感します。
これまでの人類の歴史において、まずユダヤ民族が【神の義=天の父】のために
【天の門】を開放することに<召命>されました。
●すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、
しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた(創世記8‐12)
●「私はあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、私はあなたを守り、
必ずこの土地に連れ帰る。私は、あなたに約束したことを果たすまで
決して見捨てない。」
ヤコブは眠りから覚めて言った。
「まことに主がこの場所におられるのに、私は知らなかった。」
そして、恐れおののいて言った。
「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。
そうだ、ここは天の門だ。」(創世記28-15~17)
●主は言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが
人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」
(ヨハネ伝1-51)
そして次に、それまで奴隷民族状態であったヨーロッパ民族が中心に決起して、
【主の門】を開放して【主の門】である【神の愛=主イエス】を世界に向けて
今日まで2000年間命がけて紹介し続けてくれました!
●感謝の歌をうたって主の門に進み、賛美の歌をうたって主の庭に入れ。
感謝をささげ、御名をたたえよ(詩篇100-4)
●これは主の門である。正しい者はその内にはいるであろう(詩篇118-20)
さらに2001年に人類史上初めて世界中が同じ出来事を同時に目撃する事ができた
9.11テロ事件のビル崩壊が、【ユダヤ教会とキリスト教会】の<枝>が折られた
瞬間だと感じます。【神の愛=主イエス】が欧米の「キリスト教先進諸国」から
交代して<異教徒・異邦人>に向けて格別の【神の愛の祝福】が注がれる時代が
到来しました!
●ある枝が折り取られ、野生のオリブであるあなたが、その代りに接ぎ木され、
根から豊かな養分を受けるようになった(ロマ書11‐17)
ユダヤ教会権威が不従順に閉じこまれたおかげで、キリスト教権威が生まれて、
【主の門】が開放され、今度はキリスト教会権威が不従順に閉じこまれる事で
【神の愛=主イエス】に身近でない<異教徒・異邦人>が<召命>されるのです。
●私(主)は私を求めない者に見出させ、私を尋ねない者に、自分を現した
(イザヤ書65‐1、ロマ書10‐20)
●イスラエルは、その追い求めているものを得ないで、
ただ選ばれた者がそれを得た。他の者はかたくなになった(ロマ書11‐7)
私たちはユダヤ教会やキリスト教会を完全否定したり、忘恩で傲慢になっては
いけないと思います。彼等の命がけの信仰のおがげで【神の愛=主イエス】が
全人類に示されたことは<異教徒・異邦人>も感謝すべきだからです。
現在のユダヤ民族やキリスト教権威が堕落腐敗している事に注目するのではなく、
教会権威に認められない世界中の<異教徒・異邦人>が【神の愛=主イエス】と
出逢い受け入れ救われる為の【御心:聖意・聖旨】が働いていると確信します!
●一部のイスラエル人がかたくなになったのは、
異邦人が全部救われるに至る時までのことである(ロマ書11‐25)
●あなた方が、かつては神に不従順であったが、
今は彼等(ユダヤ)の不従順によってあわれみを受けたように、
彼等も今は不従順になっているが、
それは、あなた方の受けたあわれみによって、
彼等自身も今あわれみを受けるためなのである(ロマ書11‐31)
●神は全ての人をあわれむ為に、全ての人を不従順の中に閉じ込めたのである
(ロマ書11‐32)
そして、<枝>に過ぎない教会権威が世界を救済するのではなく<根>である
【神の愛=主イエス】自身が全人類を救済する事を私たちは知るべきでしょう。
●折り取られた枝に対して誇ってはなりません。誇ったところで、
あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです
(ロマ書11‐18)
●真理は教会より大なり!(内村鑑三)
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
キリストの教会は世界にして、会員は人類なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
さて、<異教徒・異邦人>の代表的日本民族には【神の愛=主イエス】による
神も仏もないのではと思わせるような想定外の格別なる<患難辛苦>を通じて
【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】が行なわれてきたと言えます。
●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
むしろ悲しいものと思われる。
しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に
平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●「我が子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
主から責められ懲らしめられても、
弱り果て力を落としてはいけない。
なぜなら、主は愛する者を鍛え、
子として受け入れる者を皆、
鞭打たれるからである。」
あなた方は、これを鍛錬(訓練)として忍耐しなさい。
神は、あなた方を子として取り扱っておられるのである
(ヘブル書12-5~7)
●我が子よ、
主の訓練を軽んじてはならない
主の叱責をいとうな
父がかわいがる子をしかるように
主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。
神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる(ヒルティ)
何故かといえば【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は我ら日本民族に
【羊の門】を開放させるという史上最大の【ミッション:大義・使命・天職】を
託すからです!
●はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を
乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。
門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、
羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す
(ヨハネ伝10-1~3)
●イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。私は羊の門である」
(ヨハネ伝10-7)
●私は門である。私を通って入る者は救われる。
その人は、門を出入りして牧草を見つける(ヨハネ伝10-9)
あくまでも私自身の個人的霊的解釈ですが、【羊の門】とは<エデンの園>への
入り口であり、この世の<万事・万物>が<肉食文明>から解放される道です!
●主は私の羊飼い、主は必要なものはみな与えて下さり、
私には何も欠けることがない。
主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
主の御名にふさわしい義の道に導き、
私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
(詩篇23-1~6)
宇宙開発がすぐに実現できなかったように、<肉食文明>から決別する事も
簡単ではありませんが、この世に<天国:エデンの楽園>を再建することは
人類史上最も名誉な【ミッション:大義・使命・天職】ではありませんか!
【神の愛=主イエス】は常に<落ちこぼれ>こそを最善活用してくれます!
●多くの先な者は後に、後なる者は先になるべし
(マタイ伝19-30、20‐16、マルコ伝10‐31)
●創造の目的は人類から発する天界である(スエーデンボルグ)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
むしろ悪から善を生じさせるようにする方がよいと考えられたのである
(アウグスティヌス)
●私は失われたものを捜し、迷い出た者を連れ出し、傷ついた者を包み、
病気の者を力づける。
私は肥えた者と強い者を滅ぼす。
私は正しい裁きを持って彼等を養う(エゼキエル書34‐16)
2001年以降日本では捕鯨・イルカ猟や疫病や大震災などで、牧畜・漁業や
食肉加工産業が打撃を受け続けています。
日本の哲学者や宗教家は欧米精神を批判し、日本の古来もつ自然共存を誇り、
生き物だけでなくこの世の<万事・万物>に霊が宿ることさえ主張します。
私自身も動植物だけでなく道具や機械でも人格的・霊的愛着を感じます。
ならば、この物質豊かな現代にわざわざ可愛い家畜・魚介類を殺さずとも、
味覚的優秀で美食グルメであり、食文化を<道>にまで極める日本民族が
肉感覚のコピー食品を開発製造することなど「はやぶさ」を飛ばすよりも
簡単であり、まさに日本民族の【ミッション:大義・使命・天職】であると
確信できます。
【神の愛=主イエス】は戒律的・禁欲的ベジタリアンを好まず、自己欲求を
【聖欲】にまで高めて、魚肉よりも美味しい食物を創造して<肉食根絶>に
<歓喜!感動!感謝!>の自由意志で挑戦する事を愛されると思うからです。
●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
自ら心で決めたとおりにすべきである。
神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●自由とは、人より何の束縛をも受くることなくして、
わが身を神の自由にゆだぬることなり。
独立とは、人に由(よ)らずして、直ちに神と相対して立つことなり。
神に使役せられんための自由なり。
神と、顔と顔を合わして語らんための独立なり。
クリスチャンの自由独立とはかくのごときものなり(内村鑑三)
欧米では屠殺シーンのドキュメント映像が映画やネット上に出回っていて、
「動物が可哀想」だとベジタリアンが急増している欧米の若者に対しても
イスラム教徒やヒンズー教徒のように戒律で禁じらている数十億の人々にも、
素晴らしい<福音>【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】となるでしょう!
●善き音信(オトズレ)をシオンに伝える者よ、高い山にのぼれ。
善き音信をエルサレムに伝える者よ、力の限り強く声をあげよ、
声をあげて恐れるな。
ユダのもろもろの町に言え、「あなた方の神を見よ」と。
見よ、主なる神は大能をもって来られ、その御腕は世を統治される。
見よ、主の勝ち取られたものは主と共にあり、
そのはたらきの実りは、主の御前にある。
主は牧者(羊飼い)のように、その群れを養い、
御腕でもって小羊を集め引き寄せ、ふところに抱き入れて携えゆき、
乳を飲ませている母をやさしく導かれる(イザヤ書40-9~11)
●兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。
これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、
あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。
どんな言葉で私が福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、
あなた方はこの福音によって救われます。
さもないと、あなた方が信じた事自体が、無駄になってしまうでしょう
(コリント後書15-1~2)
私が何度も紹介してきた【預言:聖書の御言葉】に示されているように、
<エデンの楽園>の<菜食・発酵・菌食文化>に立ち帰ることによって、
人類が直面しているあらゆる社会問題・環境破壊・戦争・貧困・飢餓から
<万事・万物>を自由解放させて恒久平和の<圧倒的大勝利!>を得る事を
確信します!
●神は仰せられた
「見よ、私は全地の上にあって、種を持つ全ての草と、
種を持って実を結ぶ全ての木をあなた方に与えた。
それがあなた方の食物である。
また、地の全ての獣、空の全ての鳥、地をはう全てのもので
命の息のあるもののために、食物として、全ての緑の草を与える」
すると、そのようになった(創世記1-29~30)
●私(主)は全地のおもてにある種をもつ全ての草と
種のある実を結ぶ全ての木とをあなた方に与える。
これはあなた方の食物となるであろう(創世記1‐39)
●命ある者には、食物として全ての青草を与える(創世記1‐30)
●川のほとり、その両岸にはあらゆる果樹が生長し、その葉も枯れず、
実も絶えることもなく、毎月、新しい実をつける。
その水が聖所から流れ出ているからである。その実は植物となり、
その葉は薬となる(エゼキエル書47‐12)
●野菜を食べて互いに愛するのは、肥えた牛を食べて互いに憎むのにまさる
(箴言15‐17)
●狼と子羊は共に草をはみ
獅子は牛のように、わらを食べ、
ヘビは塵をその食べ物とし、
私の聖なる山のどこをおいても、
そこなわれることなく、滅ぼされることもない。
と主は仰せられる(イザヤ書65-25)
●狼は子羊と共に宿り、ヒョウは子山羊と共に臥し、
子牛、若獅子、肥えたる家畜共にありて
小さき童子(ワラベ)に導かれん。
雌牛と熊とが共に草を食べ、その子らが共に伏し、
獅子も牛のようにわらを食う。
乳飲み子はコブラの穴の上で戯(タワム)れ、
乳離れした子はマムシの子に手を伸べる。
私の聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。
主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである
(イザヤ書11-6)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
私たちは、これら全ての事において、
私たちを愛して下さる方によって輝かしい圧倒的勝利者となる
(ロマ書8-35~37)
皆さんが日本の生まれ育ったおかげで体感できる【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】【ミッション:大義・使命・天職】を体得する事で
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】となって世界を舞台に活躍されることを
心より応援しています!
●主は恵もうと待っておられ、あなた方をあわれもうと立ち上がられる
(イザヤ書30‐18)
●もうあなたは泣くことはない。あなたの叫び声に応じて、
主は必ずあなたに恵み、それを聞かれるとすぐ、
あなたに応えてくださる(イザヤ書30‐19)
●あなたは野の石と契約を結び、野の獣はあなたと和解する(和らぐ)
(ヨブ記5-23)
●その日、私はあなた方のために野の獣、空の鳥、地をはうものと契約を結び、
弓と剣と戦いを地から絶やし、あなた方を安らかに憩わせる
(ホセア書2-20)
●主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼等は剣をうち変えて鋤(スキ)となし、その槍(ヤリ)をうち変えて鎌となし、
国は国に向かいて剣をあげず、戦闘のことを再び学ばない(イザヤ書2‐4)
●主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない(ミカ書4-3)
●私はエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。
戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。
彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ(セカリヤ書9-10)
●あなたの地は再び不法を耳にすることなく、
暴虐と破壊と崩壊は領土のうちから絶える。
あなたの城壁は「救い」と城門は「栄誉」と呼ばれる(イザヤ書60-18)
●まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、
荒野をエデンの園とし、砂漠を主の園とする
●牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、
その群れを探すように、私は自分の羊を探す。
私は雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す
(エゼキエル書34-12)
●彼らは荒野や荒れ地をさまよい、住むべき町へ行く道を見失った。
飢えと渇きに彼らの魂は衰え果てた。
苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、
主は彼らを苦しみ悩みから救い出された。
そして、住むべき町に行き着くまで、主はまっすぐな道に彼らを導かれた。
主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
まことに主は渇いた魂を満ち足らせ、飢えた魂を善きもので満たされた
(詩篇107-4~9)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは行く年も来る年も、今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇日本民族<召命>で【羊の門】開放に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
【神の愛=主イエス】は日本民族にしかできない、日本民族だからできる特別な
【ミッション:大義・使命・天職】が私たちに託されていると実感します。
これまでの人類の歴史において、まずユダヤ民族が【神の義=天の父】のために
【天の門】を開放することに<召命>されました。
●すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、
しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた(創世記8‐12)
●「私はあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、私はあなたを守り、
必ずこの土地に連れ帰る。私は、あなたに約束したことを果たすまで
決して見捨てない。」
ヤコブは眠りから覚めて言った。
「まことに主がこの場所におられるのに、私は知らなかった。」
そして、恐れおののいて言った。
「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。
そうだ、ここは天の門だ。」(創世記28-15~17)
●主は言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが
人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」
(ヨハネ伝1-51)
そして次に、それまで奴隷民族状態であったヨーロッパ民族が中心に決起して、
【主の門】を開放して【主の門】である【神の愛=主イエス】を世界に向けて
今日まで2000年間命がけて紹介し続けてくれました!
●感謝の歌をうたって主の門に進み、賛美の歌をうたって主の庭に入れ。
感謝をささげ、御名をたたえよ(詩篇100-4)
●これは主の門である。正しい者はその内にはいるであろう(詩篇118-20)
さらに2001年に人類史上初めて世界中が同じ出来事を同時に目撃する事ができた
9.11テロ事件のビル崩壊が、【ユダヤ教会とキリスト教会】の<枝>が折られた
瞬間だと感じます。【神の愛=主イエス】が欧米の「キリスト教先進諸国」から
交代して<異教徒・異邦人>に向けて格別の【神の愛の祝福】が注がれる時代が
到来しました!
●ある枝が折り取られ、野生のオリブであるあなたが、その代りに接ぎ木され、
根から豊かな養分を受けるようになった(ロマ書11‐17)
ユダヤ教会権威が不従順に閉じこまれたおかげで、キリスト教権威が生まれて、
【主の門】が開放され、今度はキリスト教会権威が不従順に閉じこまれる事で
【神の愛=主イエス】に身近でない<異教徒・異邦人>が<召命>されるのです。
●私(主)は私を求めない者に見出させ、私を尋ねない者に、自分を現した
(イザヤ書65‐1、ロマ書10‐20)
●イスラエルは、その追い求めているものを得ないで、
ただ選ばれた者がそれを得た。他の者はかたくなになった(ロマ書11‐7)
私たちはユダヤ教会やキリスト教会を完全否定したり、忘恩で傲慢になっては
いけないと思います。彼等の命がけの信仰のおがげで【神の愛=主イエス】が
全人類に示されたことは<異教徒・異邦人>も感謝すべきだからです。
現在のユダヤ民族やキリスト教権威が堕落腐敗している事に注目するのではなく、
教会権威に認められない世界中の<異教徒・異邦人>が【神の愛=主イエス】と
出逢い受け入れ救われる為の【御心:聖意・聖旨】が働いていると確信します!
●一部のイスラエル人がかたくなになったのは、
異邦人が全部救われるに至る時までのことである(ロマ書11‐25)
●あなた方が、かつては神に不従順であったが、
今は彼等(ユダヤ)の不従順によってあわれみを受けたように、
彼等も今は不従順になっているが、
それは、あなた方の受けたあわれみによって、
彼等自身も今あわれみを受けるためなのである(ロマ書11‐31)
●神は全ての人をあわれむ為に、全ての人を不従順の中に閉じ込めたのである
(ロマ書11‐32)
そして、<枝>に過ぎない教会権威が世界を救済するのではなく<根>である
【神の愛=主イエス】自身が全人類を救済する事を私たちは知るべきでしょう。
●折り取られた枝に対して誇ってはなりません。誇ったところで、
あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです
(ロマ書11‐18)
●真理は教会より大なり!(内村鑑三)
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
キリストの教会は世界にして、会員は人類なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
さて、<異教徒・異邦人>の代表的日本民族には【神の愛=主イエス】による
神も仏もないのではと思わせるような想定外の格別なる<患難辛苦>を通じて
【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】が行なわれてきたと言えます。
●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
むしろ悲しいものと思われる。
しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に
平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●「我が子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
主から責められ懲らしめられても、
弱り果て力を落としてはいけない。
なぜなら、主は愛する者を鍛え、
子として受け入れる者を皆、
鞭打たれるからである。」
あなた方は、これを鍛錬(訓練)として忍耐しなさい。
神は、あなた方を子として取り扱っておられるのである
(ヘブル書12-5~7)
●我が子よ、
主の訓練を軽んじてはならない
主の叱責をいとうな
父がかわいがる子をしかるように
主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。
神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる(ヒルティ)
何故かといえば【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は我ら日本民族に
【羊の門】を開放させるという史上最大の【ミッション:大義・使命・天職】を
託すからです!
●はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を
乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。
門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、
羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す
(ヨハネ伝10-1~3)
●イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。私は羊の門である」
(ヨハネ伝10-7)
●私は門である。私を通って入る者は救われる。
その人は、門を出入りして牧草を見つける(ヨハネ伝10-9)
あくまでも私自身の個人的霊的解釈ですが、【羊の門】とは<エデンの園>への
入り口であり、この世の<万事・万物>が<肉食文明>から解放される道です!
●主は私の羊飼い、主は必要なものはみな与えて下さり、
私には何も欠けることがない。
主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
主の御名にふさわしい義の道に導き、
私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
(詩篇23-1~6)
宇宙開発がすぐに実現できなかったように、<肉食文明>から決別する事も
簡単ではありませんが、この世に<天国:エデンの楽園>を再建することは
人類史上最も名誉な【ミッション:大義・使命・天職】ではありませんか!
【神の愛=主イエス】は常に<落ちこぼれ>こそを最善活用してくれます!
●多くの先な者は後に、後なる者は先になるべし
(マタイ伝19-30、20‐16、マルコ伝10‐31)
●創造の目的は人類から発する天界である(スエーデンボルグ)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
むしろ悪から善を生じさせるようにする方がよいと考えられたのである
(アウグスティヌス)
●私は失われたものを捜し、迷い出た者を連れ出し、傷ついた者を包み、
病気の者を力づける。
私は肥えた者と強い者を滅ぼす。
私は正しい裁きを持って彼等を養う(エゼキエル書34‐16)
2001年以降日本では捕鯨・イルカ猟や疫病や大震災などで、牧畜・漁業や
食肉加工産業が打撃を受け続けています。
日本の哲学者や宗教家は欧米精神を批判し、日本の古来もつ自然共存を誇り、
生き物だけでなくこの世の<万事・万物>に霊が宿ることさえ主張します。
私自身も動植物だけでなく道具や機械でも人格的・霊的愛着を感じます。
ならば、この物質豊かな現代にわざわざ可愛い家畜・魚介類を殺さずとも、
味覚的優秀で美食グルメであり、食文化を<道>にまで極める日本民族が
肉感覚のコピー食品を開発製造することなど「はやぶさ」を飛ばすよりも
簡単であり、まさに日本民族の【ミッション:大義・使命・天職】であると
確信できます。
【神の愛=主イエス】は戒律的・禁欲的ベジタリアンを好まず、自己欲求を
【聖欲】にまで高めて、魚肉よりも美味しい食物を創造して<肉食根絶>に
<歓喜!感動!感謝!>の自由意志で挑戦する事を愛されると思うからです。
●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
自ら心で決めたとおりにすべきである。
神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●自由とは、人より何の束縛をも受くることなくして、
わが身を神の自由にゆだぬることなり。
独立とは、人に由(よ)らずして、直ちに神と相対して立つことなり。
神に使役せられんための自由なり。
神と、顔と顔を合わして語らんための独立なり。
クリスチャンの自由独立とはかくのごときものなり(内村鑑三)
欧米では屠殺シーンのドキュメント映像が映画やネット上に出回っていて、
「動物が可哀想」だとベジタリアンが急増している欧米の若者に対しても
イスラム教徒やヒンズー教徒のように戒律で禁じらている数十億の人々にも、
素晴らしい<福音>【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】となるでしょう!
●善き音信(オトズレ)をシオンに伝える者よ、高い山にのぼれ。
善き音信をエルサレムに伝える者よ、力の限り強く声をあげよ、
声をあげて恐れるな。
ユダのもろもろの町に言え、「あなた方の神を見よ」と。
見よ、主なる神は大能をもって来られ、その御腕は世を統治される。
見よ、主の勝ち取られたものは主と共にあり、
そのはたらきの実りは、主の御前にある。
主は牧者(羊飼い)のように、その群れを養い、
御腕でもって小羊を集め引き寄せ、ふところに抱き入れて携えゆき、
乳を飲ませている母をやさしく導かれる(イザヤ書40-9~11)
●兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。
これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、
あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。
どんな言葉で私が福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、
あなた方はこの福音によって救われます。
さもないと、あなた方が信じた事自体が、無駄になってしまうでしょう
(コリント後書15-1~2)
私が何度も紹介してきた【預言:聖書の御言葉】に示されているように、
<エデンの楽園>の<菜食・発酵・菌食文化>に立ち帰ることによって、
人類が直面しているあらゆる社会問題・環境破壊・戦争・貧困・飢餓から
<万事・万物>を自由解放させて恒久平和の<圧倒的大勝利!>を得る事を
確信します!
●神は仰せられた
「見よ、私は全地の上にあって、種を持つ全ての草と、
種を持って実を結ぶ全ての木をあなた方に与えた。
それがあなた方の食物である。
また、地の全ての獣、空の全ての鳥、地をはう全てのもので
命の息のあるもののために、食物として、全ての緑の草を与える」
すると、そのようになった(創世記1-29~30)
●私(主)は全地のおもてにある種をもつ全ての草と
種のある実を結ぶ全ての木とをあなた方に与える。
これはあなた方の食物となるであろう(創世記1‐39)
●命ある者には、食物として全ての青草を与える(創世記1‐30)
●川のほとり、その両岸にはあらゆる果樹が生長し、その葉も枯れず、
実も絶えることもなく、毎月、新しい実をつける。
その水が聖所から流れ出ているからである。その実は植物となり、
その葉は薬となる(エゼキエル書47‐12)
●野菜を食べて互いに愛するのは、肥えた牛を食べて互いに憎むのにまさる
(箴言15‐17)
●狼と子羊は共に草をはみ
獅子は牛のように、わらを食べ、
ヘビは塵をその食べ物とし、
私の聖なる山のどこをおいても、
そこなわれることなく、滅ぼされることもない。
と主は仰せられる(イザヤ書65-25)
●狼は子羊と共に宿り、ヒョウは子山羊と共に臥し、
子牛、若獅子、肥えたる家畜共にありて
小さき童子(ワラベ)に導かれん。
雌牛と熊とが共に草を食べ、その子らが共に伏し、
獅子も牛のようにわらを食う。
乳飲み子はコブラの穴の上で戯(タワム)れ、
乳離れした子はマムシの子に手を伸べる。
私の聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。
主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである
(イザヤ書11-6)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
私たちは、これら全ての事において、
私たちを愛して下さる方によって輝かしい圧倒的勝利者となる
(ロマ書8-35~37)
皆さんが日本の生まれ育ったおかげで体感できる【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】【ミッション:大義・使命・天職】を体得する事で
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】となって世界を舞台に活躍されることを
心より応援しています!
●主は恵もうと待っておられ、あなた方をあわれもうと立ち上がられる
(イザヤ書30‐18)
●もうあなたは泣くことはない。あなたの叫び声に応じて、
主は必ずあなたに恵み、それを聞かれるとすぐ、
あなたに応えてくださる(イザヤ書30‐19)
●あなたは野の石と契約を結び、野の獣はあなたと和解する(和らぐ)
(ヨブ記5-23)
●その日、私はあなた方のために野の獣、空の鳥、地をはうものと契約を結び、
弓と剣と戦いを地から絶やし、あなた方を安らかに憩わせる
(ホセア書2-20)
●主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼等は剣をうち変えて鋤(スキ)となし、その槍(ヤリ)をうち変えて鎌となし、
国は国に向かいて剣をあげず、戦闘のことを再び学ばない(イザヤ書2‐4)
●主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない(ミカ書4-3)
●私はエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。
戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。
彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ(セカリヤ書9-10)
●あなたの地は再び不法を耳にすることなく、
暴虐と破壊と崩壊は領土のうちから絶える。
あなたの城壁は「救い」と城門は「栄誉」と呼ばれる(イザヤ書60-18)
●まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、
荒野をエデンの園とし、砂漠を主の園とする
●牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、
その群れを探すように、私は自分の羊を探す。
私は雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す
(エゼキエル書34-12)
●彼らは荒野や荒れ地をさまよい、住むべき町へ行く道を見失った。
飢えと渇きに彼らの魂は衰え果てた。
苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、
主は彼らを苦しみ悩みから救い出された。
そして、住むべき町に行き着くまで、主はまっすぐな道に彼らを導かれた。
主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
まことに主は渇いた魂を満ち足らせ、飢えた魂を善きもので満たされた
(詩篇107-4~9)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは行く年も来る年も、今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)
【2012年2月16日に作成した<第588回>に加筆】
◇◇誰でも「はやぶさ」的活躍に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
ご存知のように日本で惑星探査機「はやぶさ」が人格的ヒーローになっています。
メジャー映画で三作品に描かれるほどの人気者です。
これほど多くの人が感情移入できるのは、「はやぶさ」の<生き様・死に様>と
産みの親たちとの信頼関係の【チーム・ワーク&チーム・スピリット】の成果に
感動するからだと思います。
私自身もそうですが日本人気質の特徴として、堅固な<忠義・忠信・忠誠>で
結ばれた主従・師弟関係は、武士道にも体現された美徳であり、かっこ良さや
尊敬心や憧れがあるのだと思います。
弁慶、忠臣蔵、忠犬ハチ公、森の石松など時代を超えても光り輝くヒーローの
中に、「はやぶさ」も加えられたのかもしれません。
<忠義・忠信・忠誠>のヒーローたちには<全生・全身・全霊>を捧げられる
価値のある主人・師匠・親分があってこそであり、<相思相愛の主従関係>の
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】が不可欠だといえます。
この感動的関係は私たち万物と【三位一体:父・子・聖霊】の関係に共通します。
「はやぶさ」と同じ様に、こんな私でも誕生する前から【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】が託された特別な【ミッション:大義・使命・天職】を
完遂できるように【タレント:個性・才能・可能性】が設計され組込まれていて
私たち万物は<最高!最善!最美!>の<神の器・神の道具>です!
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし
善き業に歩むべくキリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。
その測り知れない力は神のものであって、
私たちから出たものでない事が、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、
人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で
自ら全てのことを行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを
悟った日のことである(ヒルティ)
そして【三位一体:父・子・聖霊】との関係は主従・師弟の上下関係だけでなく
「走れメロス」のように特別な友情関係・【同労者・同志】関係でもあります!
●【三位一体】(内村鑑三)⇔【三方面よりの愛】
【父】 ⇔父の厳格 ~ 上より
【聖霊】 ⇔母の慈悲 ~ 下より
【子】 ⇔兄の同情 ~ 側より
【神の愛=主イエス&聖霊】は絶対に裏切らず見捨てず信愛し続けてくれる
<いつも一緒!>の<真の友>として永遠の友情関係を結んでくれることは
<歓喜!感動!感謝!>です!
●<友人としての神>(内村鑑三)
神は善き友人である。第一等の友人である。彼に祈祷を聞くの耳がある。
恩恵を施すの手がある。神は名ではなく実である。道理ではなく性格である。
帝王ではない友人である(内村鑑三)
●世には友の振りをする、みせかけの友もある。
しかし、兄弟よりも愛し、頼もしく親密なる友もある(箴言18-24)
●真の友はどんな時も愛し続けるものであり、
苦難の時のために生まれた兄弟である(箴言17-17)
●私の命じることを行うならば、あなた方は私の友である(ヨハネ伝15-14)
●もはや私はあなた方を僕とは呼ばない。
僕は主人が何をしているか知らないからである。
私はあなた方を友と呼ぶ。父から聞いたことをすべて、
あなた方に知らせたからである(ヨハネ伝15-15)
●<幸福の途>(内村鑑三)
人として生まれし最大名誉、最大幸福は、イエスを知り、彼に知られて、
彼の友人となることである。
●神と完全に友となった人にとっては、それ以降の人生において、
もはや幸福な出来事しか起こらない(ヒルティ)
●神様という友人に対して、子供のように信頼することは、
ありとあらゆる処からやってくる、問題を解決してくれる(ヘレン・ケラー)
「はやぶさ」のように<大義><我が道><人生目的・存在意義>を目指して、
夢と希望を抱き出発したものの、挑戦の途中で想定外の<患難辛苦>が起きて、
本来の【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】を
見失ってしまい真っ暗闇の孤立無援な状況に追い込まれることがあるでしょう。
世間から見捨てられ、家族からも見放され、万策尽きて打つ手なしに思えても、
たとえ背信・忘恩で<迷える子羊>や<放蕩息子>のように<軌道>を外れても
【神の愛=主イエス】だけは人生どん底にあろうと、地獄の底の闇にいようとも
<いつも一緒!>にいてくれ<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>を
差し伸べて<神助:祝福・恩恵>を与えて【ミッション:大義・使命・天職】に
再起・再出発できるように闇から奪還して光へと軌道修正してくれます!
●私に聞け、ヤコブの家よ。イスラエルの家の残りの者よ。
あなた方は生まれる前(腹)の時から私に負われ
胎を出た時から担われてきた。
同じように、私はあなた方の老いる日まで白髪になるまで、
背負って行こう。私はあなた方を造った。
私が担い、背負い、救い出す(イザヤ書46-3~4)
●彼らの全ての悩みや苦難を、いつも主は御自分の悩み苦難とし、
御前に仕える御使いによって彼らを救い、愛と憐れみをもって彼らを贖い
昔からずっと、彼らを背負い、彼らを抱き携えて来られた(イザヤ書63-9)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
(内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
(詩篇139-9~10)
そうです!完全に見失われたと思えた「はやぶさ」が生まれつきの<大義>に
立ち帰り【ミッション:大義・使命・天職】を果たす奇跡的帰還をしたように
私たちも自力や世間的常識に頼り連戦連敗して真暗闇の人生どん底に陥っても
断念・妥協する事なく【神の愛=主イエス】だけは見捨てず見守っている事を
確信して【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で勇進しましょう!
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみな、その中より助け出し給う
(詩篇34‐19)
●私は失われたものを捜し、迷い出た者を連れ出し、傷ついた者を包み、
病気の者を力づける。私は肥えたと強い者を滅ぼす。
私は正しい裁きを持って彼等を養う(エゼキエル書34‐16)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないような事があろうか。
たとい彼等が忘れるような事があっても、
私(主)はあなたを忘れる事はない(イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
<Very Important Person in God's Eye>(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●これらの小さい者の一人が滅びる事は天に在ますあなた方の父の御心ではない
(マタイ伝18‐14)
●あなた方の髪の毛までも一本残らず番号をつけるように数えられている
(ほど愛されている)だから恐れるな!(マタイ伝10-30~31、ルカ伝12-7~8)
●主は助けを求める人の叫び求める事を聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる
(詩篇34-17~20)
●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
人に絶たるるは神に結ばるるなりき(内村鑑三)
私たちも「はやぶさ」と同じように危険が一杯の孤独な宇宙旅行をしていて、
一日一日生き延びているのは自力や世間だけの力量ではなく、何と言っても
天界管制室にいる司令官【神の愛=主イエス】と多くの御使いが見守り導いて
生かされている事を体感できれば、まず司令官である【神の愛=主イエス】に
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】する事が<万全・最善・空前>の人生大勝利を
勝ち取る秘訣となります。
●キリスト・イエスの立派な善い兵卒として私と苦しみを共にして欲しい。
兵卒に服している者は日常生活の事や生計を立てるための仕事に
煩わされてはいけない。ただ、兵をを召集した司令官を喜ばせようとする
(テモテ後書2-3~4)
●賢さで人生を乗り切るのは困難だが、導きによって生きるのは容易である
(ヒルティ)
●孤立には二種あり。人を離れて独り立つ孤立と人を離れて神と共に立つ孤立。
ひとり立つ孤立は傲慢の孤立なり。 神と共に立つ孤立は謙遜の孤立なり
(内村鑑三)
●主よ、我は知る、人の途(ミチ)は自己に因(ヨ)らず、かつ歩む人は自ら、
その歩履(アユミ)を定むること能(アタ)はざるなり(エレミヤ記10-23)
●強くあれ、雄々しくあれ。
彼らを恐れてはならない。うろたえるな
あなたの神、主ご自身が、あなたと共に進まれるからだ
主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない
(申命記31-6、へブル書13-5)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与え
新しくされる。主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う
(ゼパニヤ書3-17)
私自身は<不義・不正・不実>不純・不潔ですが、生来の私に託されている
【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは<最愛の我が子・我が分身>として
【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の<忠義・忠信・忠誠>で
<熱き思い燃える心>の【チーム・ワーク&チーム・スピリット】を発揮して
真っ暗闇である一切の<重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>にとらわれず
<大確信:必勝・必決・必現>【大希望:聖望!聖願!聖欲!】のみを抱いて
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で
「はやぶさ」のように【ミッション:大義・使命・天職】に活躍できます!
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、
また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか
(ヘブル書12‐1~2)
●我は日々に自己を省みず、我は日々に我が主を仰ぎ奉る。
我は我が内に何の善きことを発見するあたわず。
我が善はすべて「キリストとともに神の中に蔵(かく)れあるなり」
(内村鑑三)
●望み得ないことを、なおも望み信じ続ける!(ロマ書4‐16~18)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。
「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である
(内村鑑三)
●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
我が命じ遺(おく)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
皆さんが【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれて
【神の愛=主イエス】と<忠義・忠信・忠誠>の<相思相愛の主従関係>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて勇進して
「はやぶさ」のように【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】によって
たとえ世間的に連戦連敗で孤独な真っ暗闇のどん底人生でも、突進し続けて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】【愛と自由の戦士:忠義の愛子】として
【ミッション:大義・使命・天職】に活躍される事を心より応援しています!
●世を遁(のが)れんとするなかれ、世に勝つべし。
境遇の改まらんことを祈るなかれ、心の改まらんことを祈るべし。
苦痛の去らんことを願うなかれ、恩恵を増さんことを願うべし
(内村鑑三)
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、
目標を目指して走りキリスト・イエスにおいて上に召して下さる
神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのが
キリスト信者の生涯である(内村鑑三)
●人の歩みは主によりて定められる。その行く道を主は喜び給えり、
たとえその人倒るることありとも、全く打ち伏せられることなし、
主が彼の手を助け支え給えばなり(詩篇37‐23~24)
●驚くべき導きの、神の側からみた目的と直接の狙いは我々を
普通の卑近な意味で幸福にすることではない。むしろ、恐れを知らず、
あらゆる良き行いを進んでしようとする人、一言でいえば、
英雄的な人にするためである(ヒルティ)
●主は常にあなたを導き、
焼けつく土地でもあなたの渇きをいやし、
善き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、
あなたの骨を強くされる。
あなたは潤った園のように、
水の絶えない泉のようになる(イザヤ書58-11)
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
<すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、
食べる人には糧を与える。そのように私の口から出る私の言葉も
むなしくは私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、
私が与えた使命を必ず果たす(イザヤ書55-10~11)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは行く年も来る年も、今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇誰でも「はやぶさ」的活躍に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
ご存知のように日本で惑星探査機「はやぶさ」が人格的ヒーローになっています。
メジャー映画で三作品に描かれるほどの人気者です。
これほど多くの人が感情移入できるのは、「はやぶさ」の<生き様・死に様>と
産みの親たちとの信頼関係の【チーム・ワーク&チーム・スピリット】の成果に
感動するからだと思います。
私自身もそうですが日本人気質の特徴として、堅固な<忠義・忠信・忠誠>で
結ばれた主従・師弟関係は、武士道にも体現された美徳であり、かっこ良さや
尊敬心や憧れがあるのだと思います。
弁慶、忠臣蔵、忠犬ハチ公、森の石松など時代を超えても光り輝くヒーローの
中に、「はやぶさ」も加えられたのかもしれません。
<忠義・忠信・忠誠>のヒーローたちには<全生・全身・全霊>を捧げられる
価値のある主人・師匠・親分があってこそであり、<相思相愛の主従関係>の
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】が不可欠だといえます。
この感動的関係は私たち万物と【三位一体:父・子・聖霊】の関係に共通します。
「はやぶさ」と同じ様に、こんな私でも誕生する前から【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】が託された特別な【ミッション:大義・使命・天職】を
完遂できるように【タレント:個性・才能・可能性】が設計され組込まれていて
私たち万物は<最高!最善!最美!>の<神の器・神の道具>です!
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし
善き業に歩むべくキリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。
その測り知れない力は神のものであって、
私たちから出たものでない事が、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、
人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で
自ら全てのことを行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを
悟った日のことである(ヒルティ)
そして【三位一体:父・子・聖霊】との関係は主従・師弟の上下関係だけでなく
「走れメロス」のように特別な友情関係・【同労者・同志】関係でもあります!
●【三位一体】(内村鑑三)⇔【三方面よりの愛】
【父】 ⇔父の厳格 ~ 上より
【聖霊】 ⇔母の慈悲 ~ 下より
【子】 ⇔兄の同情 ~ 側より
【神の愛=主イエス&聖霊】は絶対に裏切らず見捨てず信愛し続けてくれる
<いつも一緒!>の<真の友>として永遠の友情関係を結んでくれることは
<歓喜!感動!感謝!>です!
●<友人としての神>(内村鑑三)
神は善き友人である。第一等の友人である。彼に祈祷を聞くの耳がある。
恩恵を施すの手がある。神は名ではなく実である。道理ではなく性格である。
帝王ではない友人である(内村鑑三)
●世には友の振りをする、みせかけの友もある。
しかし、兄弟よりも愛し、頼もしく親密なる友もある(箴言18-24)
●真の友はどんな時も愛し続けるものであり、
苦難の時のために生まれた兄弟である(箴言17-17)
●私の命じることを行うならば、あなた方は私の友である(ヨハネ伝15-14)
●もはや私はあなた方を僕とは呼ばない。
僕は主人が何をしているか知らないからである。
私はあなた方を友と呼ぶ。父から聞いたことをすべて、
あなた方に知らせたからである(ヨハネ伝15-15)
●<幸福の途>(内村鑑三)
人として生まれし最大名誉、最大幸福は、イエスを知り、彼に知られて、
彼の友人となることである。
●神と完全に友となった人にとっては、それ以降の人生において、
もはや幸福な出来事しか起こらない(ヒルティ)
●神様という友人に対して、子供のように信頼することは、
ありとあらゆる処からやってくる、問題を解決してくれる(ヘレン・ケラー)
「はやぶさ」のように<大義><我が道><人生目的・存在意義>を目指して、
夢と希望を抱き出発したものの、挑戦の途中で想定外の<患難辛苦>が起きて、
本来の【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】を
見失ってしまい真っ暗闇の孤立無援な状況に追い込まれることがあるでしょう。
世間から見捨てられ、家族からも見放され、万策尽きて打つ手なしに思えても、
たとえ背信・忘恩で<迷える子羊>や<放蕩息子>のように<軌道>を外れても
【神の愛=主イエス】だけは人生どん底にあろうと、地獄の底の闇にいようとも
<いつも一緒!>にいてくれ<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>を
差し伸べて<神助:祝福・恩恵>を与えて【ミッション:大義・使命・天職】に
再起・再出発できるように闇から奪還して光へと軌道修正してくれます!
●私に聞け、ヤコブの家よ。イスラエルの家の残りの者よ。
あなた方は生まれる前(腹)の時から私に負われ
胎を出た時から担われてきた。
同じように、私はあなた方の老いる日まで白髪になるまで、
背負って行こう。私はあなた方を造った。
私が担い、背負い、救い出す(イザヤ書46-3~4)
●彼らの全ての悩みや苦難を、いつも主は御自分の悩み苦難とし、
御前に仕える御使いによって彼らを救い、愛と憐れみをもって彼らを贖い
昔からずっと、彼らを背負い、彼らを抱き携えて来られた(イザヤ書63-9)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
(内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
(詩篇139-9~10)
そうです!完全に見失われたと思えた「はやぶさ」が生まれつきの<大義>に
立ち帰り【ミッション:大義・使命・天職】を果たす奇跡的帰還をしたように
私たちも自力や世間的常識に頼り連戦連敗して真暗闇の人生どん底に陥っても
断念・妥協する事なく【神の愛=主イエス】だけは見捨てず見守っている事を
確信して【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で勇進しましょう!
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみな、その中より助け出し給う
(詩篇34‐19)
●私は失われたものを捜し、迷い出た者を連れ出し、傷ついた者を包み、
病気の者を力づける。私は肥えたと強い者を滅ぼす。
私は正しい裁きを持って彼等を養う(エゼキエル書34‐16)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないような事があろうか。
たとい彼等が忘れるような事があっても、
私(主)はあなたを忘れる事はない(イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
<Very Important Person in God's Eye>(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●これらの小さい者の一人が滅びる事は天に在ますあなた方の父の御心ではない
(マタイ伝18‐14)
●あなた方の髪の毛までも一本残らず番号をつけるように数えられている
(ほど愛されている)だから恐れるな!(マタイ伝10-30~31、ルカ伝12-7~8)
●主は助けを求める人の叫び求める事を聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる
(詩篇34-17~20)
●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
人に絶たるるは神に結ばるるなりき(内村鑑三)
私たちも「はやぶさ」と同じように危険が一杯の孤独な宇宙旅行をしていて、
一日一日生き延びているのは自力や世間だけの力量ではなく、何と言っても
天界管制室にいる司令官【神の愛=主イエス】と多くの御使いが見守り導いて
生かされている事を体感できれば、まず司令官である【神の愛=主イエス】に
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】する事が<万全・最善・空前>の人生大勝利を
勝ち取る秘訣となります。
●キリスト・イエスの立派な善い兵卒として私と苦しみを共にして欲しい。
兵卒に服している者は日常生活の事や生計を立てるための仕事に
煩わされてはいけない。ただ、兵をを召集した司令官を喜ばせようとする
(テモテ後書2-3~4)
●賢さで人生を乗り切るのは困難だが、導きによって生きるのは容易である
(ヒルティ)
●孤立には二種あり。人を離れて独り立つ孤立と人を離れて神と共に立つ孤立。
ひとり立つ孤立は傲慢の孤立なり。 神と共に立つ孤立は謙遜の孤立なり
(内村鑑三)
●主よ、我は知る、人の途(ミチ)は自己に因(ヨ)らず、かつ歩む人は自ら、
その歩履(アユミ)を定むること能(アタ)はざるなり(エレミヤ記10-23)
●強くあれ、雄々しくあれ。
彼らを恐れてはならない。うろたえるな
あなたの神、主ご自身が、あなたと共に進まれるからだ
主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない
(申命記31-6、へブル書13-5)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与え
新しくされる。主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う
(ゼパニヤ書3-17)
私自身は<不義・不正・不実>不純・不潔ですが、生来の私に託されている
【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは<最愛の我が子・我が分身>として
【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の<忠義・忠信・忠誠>で
<熱き思い燃える心>の【チーム・ワーク&チーム・スピリット】を発揮して
真っ暗闇である一切の<重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>にとらわれず
<大確信:必勝・必決・必現>【大希望:聖望!聖願!聖欲!】のみを抱いて
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で
「はやぶさ」のように【ミッション:大義・使命・天職】に活躍できます!
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、
また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか
(ヘブル書12‐1~2)
●我は日々に自己を省みず、我は日々に我が主を仰ぎ奉る。
我は我が内に何の善きことを発見するあたわず。
我が善はすべて「キリストとともに神の中に蔵(かく)れあるなり」
(内村鑑三)
●望み得ないことを、なおも望み信じ続ける!(ロマ書4‐16~18)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。
「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である
(内村鑑三)
●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
我が命じ遺(おく)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
皆さんが【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれて
【神の愛=主イエス】と<忠義・忠信・忠誠>の<相思相愛の主従関係>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて勇進して
「はやぶさ」のように【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】によって
たとえ世間的に連戦連敗で孤独な真っ暗闇のどん底人生でも、突進し続けて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】【愛と自由の戦士:忠義の愛子】として
【ミッション:大義・使命・天職】に活躍される事を心より応援しています!
●世を遁(のが)れんとするなかれ、世に勝つべし。
境遇の改まらんことを祈るなかれ、心の改まらんことを祈るべし。
苦痛の去らんことを願うなかれ、恩恵を増さんことを願うべし
(内村鑑三)
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、
目標を目指して走りキリスト・イエスにおいて上に召して下さる
神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのが
キリスト信者の生涯である(内村鑑三)
●人の歩みは主によりて定められる。その行く道を主は喜び給えり、
たとえその人倒るることありとも、全く打ち伏せられることなし、
主が彼の手を助け支え給えばなり(詩篇37‐23~24)
●驚くべき導きの、神の側からみた目的と直接の狙いは我々を
普通の卑近な意味で幸福にすることではない。むしろ、恐れを知らず、
あらゆる良き行いを進んでしようとする人、一言でいえば、
英雄的な人にするためである(ヒルティ)
●主は常にあなたを導き、
焼けつく土地でもあなたの渇きをいやし、
善き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、
あなたの骨を強くされる。
あなたは潤った園のように、
水の絶えない泉のようになる(イザヤ書58-11)
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
<すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、
食べる人には糧を与える。そのように私の口から出る私の言葉も
むなしくは私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、
私が与えた使命を必ず果たす(イザヤ書55-10~11)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは行く年も来る年も、今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
【2012年2月3日に作成した<第587回>に加筆】
◇◇【ビジョン】に<洗礼>を授けてくれる【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
私自身は特定の宗派・教会に属さず、洗礼も受けていないので、世間的常識では
「クリスチャン(教会信者)」ではありません。従って私は教会的信者というより、
個人的【信仰:信愛・信頼・信従】による<キリスト熱愛者>だと自分勝手に
認識しています。
以前にも述べたように数年前、私の個人的<福音伝道事業>が行き詰まった時に、
「洗礼を受けていないのが原因で洗礼を受ければ霊的パワーアップするかも」と
高名なテレビ伝導師や飛込みでカトリック教会神父に洗礼をお願いしたのですが、
すぐには洗礼を受けられないことを告げられました。
プロテスタント系教会は、ある程度特定の教会に通って修養を積んだ後でないと
洗礼を受けられない事を私も聞いた事があったので当然の結果かもしれません。
しかし外国映画を観ていたら、突然決意して洗礼を願う友人に対して、その場で
カトリック信者が洗礼を授けるシーンがあり、カトリックなら、もしかしたらと
期待していたのですが、やはり突然の訪問でお願いしても無理でした。
もう数年前の事ですが、今になって考えれば洗礼をしてくれなかった皆さんに
心から感謝しています。洗礼は【この世の勢力:富・権威・名声】のためでも、
何か特別な<ご利益>を得るためではないからです。
確かに私自身は世間的には<不義・不正・不実>不純・不潔で、落ちこぼれの
<無一物>ですが、おかげで、<この世>で私を赦し認め励ましてくれるのは
家族や教会でもなくて、唯一【神の愛=主イエス】のみの境遇にある我が身に
<歓喜!感動!感謝!>です!
ところでクリスチャン(受洗者)でないのに、たとえ【聖書】教会制度に無縁で
他宗教の信仰者や無信仰と自認する立場であっても、<キリスト者>のように
<世の光・地の塩>【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】として
世界中で活躍している理由は何故でしょうか?
どうやら【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は<肉体的洗礼>より、
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<洗礼>を最優先すると実感できます。
●洗礼は肉の汚れを取り除く事ではなくて神に正しい良心を願い求める事です。
(ペテロ前書3-21)
●正しい良心を持ちなさい。そうすればあなたはいつも喜びをもつことが
できよう。正しい良心はずい分たくさんな物事を忍ぶ力を具え、
逆境にあっても、つねにずい分と大きな喜びを覚える
(トマス・ア・ケンピス)
そうです!【神の愛=主イエス】は教会制度や【聖書】を経由しなくても、
私たちの本心が【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】にかなう時は、
私たちの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】に<洗礼>を授けることで
【ビジョン:理想・夢念・大志】経由で【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
<洗礼>して【ミッション:大義・使命・天職】に<召命>する道もある事を
私たちは理解できるはずです。
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり
神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
(内村鑑三)
●人の心を見て慈悲をもて、行いだけを見て責めるな(キングスレー)
たとえキリスト教・【聖書】・教会・【神の愛=主イエス】が嫌いだとしても
【神の愛=主イエス】を信愛できない多くの場合は、誤解・偏見からであり、
私たちが現世のキリスト教制度を受け入れようと、たとえ拒絶しようとも
【神の愛=主イエス】は教会制度の中に収まれるようなチッポケな存在でなく
無限大の【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】であって
<万事・万物>を分け隔てなくこよなく愛される存在であると実感できます!
●真理は教会より大なり!(内村鑑三)
●<聖書と活けるキリスト>(内村鑑三)
聖書は大なり、
しかれども活けるキリストは聖書よりも大なり。
われらもし聖書を学んでかれに接せざれば、
われらの目的を達せりと言うあたわず。
聖書は過去における活けるキリストの行動の記録なり。
しかしてわれらは今日かれの霊をうけて、
新たな聖書を作らざるべからず。
古き聖書を読んで新しき聖書を作らざる者は
聖書を正当に解釈せし者にあらず、
聖書はなお未完の書なり、
しかしてわれらはこれにその末章の材料を供せざるべからず。
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
キリストの教会は世界にして、会員は人類なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
●天の父神は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、
正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる(マタイ伝5-45)
●神は、すべての人に、いのちと息と万物をお与えになった方です。
確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです
(使徒行伝17-25~28)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
<別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
<別訳>全てのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●キリストは万物をもって万物を満たしむる者なり(エペソ書1-23)
●主は万物の上にあり、万物の中に在る(コロサイ書3-11)
●御子は神の栄えの光輝、神の本質の真の姿であり、
その力ある言葉で万物を保っておられる(ヘブル書1-3)
●万物の父なる神は一つなり。
神は万物の上に在し、万物を貫き、万物の内に在したまふ。
我等はキリストの賜物の量に従ひて、おのおの恩恵を賜はりたり
(エペソ書4ー6~7)
私たち各自が<最高!最善!最美!>の道を前進し続ける事を最優先に考えて
【神の愛=主イエス】は私たちの【ビジョン:理想・夢念・大志】に働きかけ
時と場所に応じて【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<内なる声>となって、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】を実現してくれます!
●汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、
しかも墨にあらで活ける神の御霊に記され、
石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり(コリント後書3-3)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望を起こさせ、かつ実現に
至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●人知らずとも我が良心これを知る(新島襄)
●他のいかなる自由よりも、先ず第一に良心に従って知り、考え、信じ、
かつ言うことのできる自由を我にあたえたまえ(ミルトン)
●【良心】とは人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、
悪を戒める神よりの心の声である。人間は心の中に刻まれた法を持っており、
それに従うことが人間の尊厳であり、また、人間はそれによってさばかれる。
【良心】は人間の最奥であり、聖所であって、そこでは、人間はただひとり
神と共にあり、神の声が人間の深奥で響く
(カトリック要理:ロマ書2-15~16)
●神が命じ人が神に応える所に【良心】がある。【良心】は人の神覚である、
人を離れて人が独り神と相対して立つ時に【良心】がある。(内村鑑三)
●道徳は人の道であり、【良心】は神の生命である。(内村鑑三)
現実生活に生きる<生身の私>は、肉体的・精神的・経済的・社会的に見れば、
憧れの<世の光・地の塩>とは無縁の<不義・不正・不実>不純・不潔であり、
洗礼を受けていない私でも、私の心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
私よりも先に【神の愛=主イエス】から直接に<洗礼>を授けられたからこそ、
<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは、
【この世の勢力:富・権威・名声】に妥協せず、遠大崇高なる<高き山頂>を
仰ぎ望みて<大確信:必勝・必決・必現>【大希望:聖望!聖願!聖欲!】を
抱きながら【神の愛=主イエス】にのみ<忠義・忠信・忠誠>で従い勇進する
<福音の戦士&勢力>【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】です!
●汝の全力を尽くして汝自身の最高の理想に縋すがるべし。
富、地位、人望を称するが如き世俗の目的に迷わさるるなかれ。
汝は汝自身たるべし(トマス・デビッドソン)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。
「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である
(内村鑑三)
●あなたの夢は何か、あなたの目的とするものは何か、
それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれるだろう(ガンジー)
●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である
(ジェームズ・アレン)
●夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし(吉田松陰)
●人は志の大きさに比例した人物になる(ジェームズ・アレン)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●ビジョンを持つことだ
理想を描くことだ
あなたの心をこよなく鼓舞するもの
あなたの心に美しく響くもの
あなたが純粋な心で愛することのできるものを
しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)
私は泥まみれで闇深き存在でも、私の抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> に育てられ守られ導かれて
【御言葉】と<神助:祝福・恩恵>【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光り輝く
<人生の旗印>となって現実の私を<我が道><人生目的・存在意義>である
【ミッション:大義・使命・天職】に導いてくれる存在です!
●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか
(箴言20‐24)
●人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
主がその手をささえておられるからだ(詩篇37‐23~24)
●あなたの為すべきことを主に委ねよ、
そうすれば、あなたの計画はゆるがず、必ず成る(箴言16-3)
●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
●人は心に自分の道を計画を思い巡らす。
しかし、その人の歩みを一歩一歩備え確かなものにするのは主である
(箴言16-9)
●私はあなたの仰せの道を走ります。
あなたが、私の心を広くしてくださるからです(詩篇119-32)
●私はあなた方に悟りを与え行くべき道を教えよう。
私はあなた方に目を留めて助言を与えよう(詩篇32‐8)
●神に従う者の道は平らである。
あなた(主)は神に従う者の道筋をならし平らにされる(イザヤ書26‐7)
【主イエス】が人生最優先に求めよと教え導いた<神の国・神の義>とは、
【ビジョン:理想・夢念・大志】に<洗礼>を授けてもらうことによって、
<神助:祝福・恩恵>【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に輝く<神の国>として
<神の義>【ミッション:大義・使命・天職】を体得する事だと体感します!
●先ず神の国と神の義を求めなさい。そうすればこれらのものは
全て添えて与えられるであろう(マタイ伝6‐33)
●ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのもの(衣食住の必要)は
加えて与えられる(ルカ伝12-31)
●神の国は、飲食ではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びである。
こうしてキリストに仕える者は、神に喜ばれ、かつ、
人にも受け入れられるのである。こういうわけで、平和に役立つことや
互いの徳を高め向上することを、追い求めようではないか
(ロマ書14-117~19)
●神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)
価値観大転換期に突入して激変混迷にある世界情勢と内外共に国難の大危機に
直面する日本に生きる皆さんの本心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス】から洗礼を授けてもらって、<神助:祝福・恩恵>と
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光輝く<福音の戦士>【福音の勢力】へと
<パワー・アップ&アップ・グレード>させて<世の光・地の塩>となって
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】にて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
勇進し続けて大活躍されることを心より応援しています!
●あなた方はこの世に調子を合わせ妥協してはならない。
むしろ、何が神の御心であるか、何が善いことで、
神に受け入れられ神に喜ばれ、完全であるのかをわきまえ知るために、
心の一新によって自分を造り変えなさい(ロマ書12-2)
●キリストに帰依することは、義しき存在へ到達するため、
世にある限りの実に最良の手段であると我々は信じている。
しかしあなたの生涯の目的は、あなた自身があなたの最奥の本性において、
キリストに似た人間に、すなわち、善良な、この世の生活でも、
あの世の生活でも、等しく有用な人間になることである。
この目的に向かってまっすぐに、あなたの力の限りを尽くして突進しなさい
(ヒルティ)
●我らのつとめは成功にあらず。失敗にたゆまずして、さらに進むことなり
(スチブソン)
●見よ、私が選んだ僕
私の心にかなう愛する者よ
私は彼に私の霊を授け
そして、彼は正義を異邦人に宣べ伝えるであろう
彼は争わず、叫ばず、またその声を大路で聞く者はない
彼が正義に勝ちを得させる時まで
いためられたアシを折ることがなく
くすぶる燈心を消すこともない
まことを持って公義をもたらす彼は衰えず、くじけない
ついには地に公義を打ちたてる
島々も異邦人も、その教えを待ち望み、彼の名に望みを置くだろう
(イザヤ書42-1~4、マタイ伝12‐18~21)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは行く年も来る年も、今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)
◇◇【ビジョン】に<洗礼>を授けてくれる【神の愛=主イエス】!◇◇
【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
私自身は特定の宗派・教会に属さず、洗礼も受けていないので、世間的常識では
「クリスチャン(教会信者)」ではありません。従って私は教会的信者というより、
個人的【信仰:信愛・信頼・信従】による<キリスト熱愛者>だと自分勝手に
認識しています。
以前にも述べたように数年前、私の個人的<福音伝道事業>が行き詰まった時に、
「洗礼を受けていないのが原因で洗礼を受ければ霊的パワーアップするかも」と
高名なテレビ伝導師や飛込みでカトリック教会神父に洗礼をお願いしたのですが、
すぐには洗礼を受けられないことを告げられました。
プロテスタント系教会は、ある程度特定の教会に通って修養を積んだ後でないと
洗礼を受けられない事を私も聞いた事があったので当然の結果かもしれません。
しかし外国映画を観ていたら、突然決意して洗礼を願う友人に対して、その場で
カトリック信者が洗礼を授けるシーンがあり、カトリックなら、もしかしたらと
期待していたのですが、やはり突然の訪問でお願いしても無理でした。
もう数年前の事ですが、今になって考えれば洗礼をしてくれなかった皆さんに
心から感謝しています。洗礼は【この世の勢力:富・権威・名声】のためでも、
何か特別な<ご利益>を得るためではないからです。
確かに私自身は世間的には<不義・不正・不実>不純・不潔で、落ちこぼれの
<無一物>ですが、おかげで、<この世>で私を赦し認め励ましてくれるのは
家族や教会でもなくて、唯一【神の愛=主イエス】のみの境遇にある我が身に
<歓喜!感動!感謝!>です!
ところでクリスチャン(受洗者)でないのに、たとえ【聖書】教会制度に無縁で
他宗教の信仰者や無信仰と自認する立場であっても、<キリスト者>のように
<世の光・地の塩>【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】として
世界中で活躍している理由は何故でしょうか?
どうやら【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は<肉体的洗礼>より、
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<洗礼>を最優先すると実感できます。
●洗礼は肉の汚れを取り除く事ではなくて神に正しい良心を願い求める事です。
(ペテロ前書3-21)
●正しい良心を持ちなさい。そうすればあなたはいつも喜びをもつことが
できよう。正しい良心はずい分たくさんな物事を忍ぶ力を具え、
逆境にあっても、つねにずい分と大きな喜びを覚える
(トマス・ア・ケンピス)
そうです!【神の愛=主イエス】は教会制度や【聖書】を経由しなくても、
私たちの本心が【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】にかなう時は、
私たちの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】に<洗礼>を授けることで
【ビジョン:理想・夢念・大志】経由で【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
<洗礼>して【ミッション:大義・使命・天職】に<召命>する道もある事を
私たちは理解できるはずです。
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり
神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
(内村鑑三)
●人の心を見て慈悲をもて、行いだけを見て責めるな(キングスレー)
たとえキリスト教・【聖書】・教会・【神の愛=主イエス】が嫌いだとしても
【神の愛=主イエス】を信愛できない多くの場合は、誤解・偏見からであり、
私たちが現世のキリスト教制度を受け入れようと、たとえ拒絶しようとも
【神の愛=主イエス】は教会制度の中に収まれるようなチッポケな存在でなく
無限大の【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】であって
<万事・万物>を分け隔てなくこよなく愛される存在であると実感できます!
●真理は教会より大なり!(内村鑑三)
●<聖書と活けるキリスト>(内村鑑三)
聖書は大なり、
しかれども活けるキリストは聖書よりも大なり。
われらもし聖書を学んでかれに接せざれば、
われらの目的を達せりと言うあたわず。
聖書は過去における活けるキリストの行動の記録なり。
しかしてわれらは今日かれの霊をうけて、
新たな聖書を作らざるべからず。
古き聖書を読んで新しき聖書を作らざる者は
聖書を正当に解釈せし者にあらず、
聖書はなお未完の書なり、
しかしてわれらはこれにその末章の材料を供せざるべからず。
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
キリストの教会は世界にして、会員は人類なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
●天の父神は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、
正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる(マタイ伝5-45)
●神は、すべての人に、いのちと息と万物をお与えになった方です。
確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです
(使徒行伝17-25~28)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
<別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
<別訳>全てのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●キリストは万物をもって万物を満たしむる者なり(エペソ書1-23)
●主は万物の上にあり、万物の中に在る(コロサイ書3-11)
●御子は神の栄えの光輝、神の本質の真の姿であり、
その力ある言葉で万物を保っておられる(ヘブル書1-3)
●万物の父なる神は一つなり。
神は万物の上に在し、万物を貫き、万物の内に在したまふ。
我等はキリストの賜物の量に従ひて、おのおの恩恵を賜はりたり
(エペソ書4ー6~7)
私たち各自が<最高!最善!最美!>の道を前進し続ける事を最優先に考えて
【神の愛=主イエス】は私たちの【ビジョン:理想・夢念・大志】に働きかけ
時と場所に応じて【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<内なる声>となって、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】を実現してくれます!
●汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、
しかも墨にあらで活ける神の御霊に記され、
石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり(コリント後書3-3)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望を起こさせ、かつ実現に
至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●人知らずとも我が良心これを知る(新島襄)
●他のいかなる自由よりも、先ず第一に良心に従って知り、考え、信じ、
かつ言うことのできる自由を我にあたえたまえ(ミルトン)
●【良心】とは人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、
悪を戒める神よりの心の声である。人間は心の中に刻まれた法を持っており、
それに従うことが人間の尊厳であり、また、人間はそれによってさばかれる。
【良心】は人間の最奥であり、聖所であって、そこでは、人間はただひとり
神と共にあり、神の声が人間の深奥で響く
(カトリック要理:ロマ書2-15~16)
●神が命じ人が神に応える所に【良心】がある。【良心】は人の神覚である、
人を離れて人が独り神と相対して立つ時に【良心】がある。(内村鑑三)
●道徳は人の道であり、【良心】は神の生命である。(内村鑑三)
現実生活に生きる<生身の私>は、肉体的・精神的・経済的・社会的に見れば、
憧れの<世の光・地の塩>とは無縁の<不義・不正・不実>不純・不潔であり、
洗礼を受けていない私でも、私の心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
私よりも先に【神の愛=主イエス】から直接に<洗礼>を授けられたからこそ、
<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは、
【この世の勢力:富・権威・名声】に妥協せず、遠大崇高なる<高き山頂>を
仰ぎ望みて<大確信:必勝・必決・必現>【大希望:聖望!聖願!聖欲!】を
抱きながら【神の愛=主イエス】にのみ<忠義・忠信・忠誠>で従い勇進する
<福音の戦士&勢力>【愛と自由の戦士:神の僕・忠義の愛子・光の子】です!
●汝の全力を尽くして汝自身の最高の理想に縋すがるべし。
富、地位、人望を称するが如き世俗の目的に迷わさるるなかれ。
汝は汝自身たるべし(トマス・デビッドソン)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。
「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である
(内村鑑三)
●あなたの夢は何か、あなたの目的とするものは何か、
それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれるだろう(ガンジー)
●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である
(ジェームズ・アレン)
●夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、
計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし(吉田松陰)
●人は志の大きさに比例した人物になる(ジェームズ・アレン)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●ビジョンを持つことだ
理想を描くことだ
あなたの心をこよなく鼓舞するもの
あなたの心に美しく響くもの
あなたが純粋な心で愛することのできるものを
しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)
私は泥まみれで闇深き存在でも、私の抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> に育てられ守られ導かれて
【御言葉】と<神助:祝福・恩恵>【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光り輝く
<人生の旗印>となって現実の私を<我が道><人生目的・存在意義>である
【ミッション:大義・使命・天職】に導いてくれる存在です!
●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか
(箴言20‐24)
●人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
主がその手をささえておられるからだ(詩篇37‐23~24)
●あなたの為すべきことを主に委ねよ、
そうすれば、あなたの計画はゆるがず、必ず成る(箴言16-3)
●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
●人は心に自分の道を計画を思い巡らす。
しかし、その人の歩みを一歩一歩備え確かなものにするのは主である
(箴言16-9)
●私はあなたの仰せの道を走ります。
あなたが、私の心を広くしてくださるからです(詩篇119-32)
●私はあなた方に悟りを与え行くべき道を教えよう。
私はあなた方に目を留めて助言を与えよう(詩篇32‐8)
●神に従う者の道は平らである。
あなた(主)は神に従う者の道筋をならし平らにされる(イザヤ書26‐7)
【主イエス】が人生最優先に求めよと教え導いた<神の国・神の義>とは、
【ビジョン:理想・夢念・大志】に<洗礼>を授けてもらうことによって、
<神助:祝福・恩恵>【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に輝く<神の国>として
<神の義>【ミッション:大義・使命・天職】を体得する事だと体感します!
●先ず神の国と神の義を求めなさい。そうすればこれらのものは
全て添えて与えられるであろう(マタイ伝6‐33)
●ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのもの(衣食住の必要)は
加えて与えられる(ルカ伝12-31)
●神の国は、飲食ではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びである。
こうしてキリストに仕える者は、神に喜ばれ、かつ、
人にも受け入れられるのである。こういうわけで、平和に役立つことや
互いの徳を高め向上することを、追い求めようではないか
(ロマ書14-117~19)
●神の国はあなた方の内(間)にある(ルカ伝17‐21)
⇔天国とはどこのことでもない、人が人を愛するところである(内村鑑三)
価値観大転換期に突入して激変混迷にある世界情勢と内外共に国難の大危機に
直面する日本に生きる皆さんの本心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス】から洗礼を授けてもらって、<神助:祝福・恩恵>と
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光輝く<福音の戦士>【福音の勢力】へと
<パワー・アップ&アップ・グレード>させて<世の光・地の塩>となって
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】にて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
勇進し続けて大活躍されることを心より応援しています!
●あなた方はこの世に調子を合わせ妥協してはならない。
むしろ、何が神の御心であるか、何が善いことで、
神に受け入れられ神に喜ばれ、完全であるのかをわきまえ知るために、
心の一新によって自分を造り変えなさい(ロマ書12-2)
●キリストに帰依することは、義しき存在へ到達するため、
世にある限りの実に最良の手段であると我々は信じている。
しかしあなたの生涯の目的は、あなた自身があなたの最奥の本性において、
キリストに似た人間に、すなわち、善良な、この世の生活でも、
あの世の生活でも、等しく有用な人間になることである。
この目的に向かってまっすぐに、あなたの力の限りを尽くして突進しなさい
(ヒルティ)
●我らのつとめは成功にあらず。失敗にたゆまずして、さらに進むことなり
(スチブソン)
●見よ、私が選んだ僕
私の心にかなう愛する者よ
私は彼に私の霊を授け
そして、彼は正義を異邦人に宣べ伝えるであろう
彼は争わず、叫ばず、またその声を大路で聞く者はない
彼が正義に勝ちを得させる時まで
いためられたアシを折ることがなく
くすぶる燈心を消すこともない
まことを持って公義をもたらす彼は衰えず、くじけない
ついには地に公義を打ちたてる
島々も異邦人も、その教えを待ち望み、彼の名に望みを置くだろう
(イザヤ書42-1~4、マタイ伝12‐18~21)
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン
それでは行く年も来る年も、今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)