【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -20ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>



【2013年6月5日に作成した<第613回>に加筆】
◇◇「君が代」を<讃美歌>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

テレビでも何度か紹介されるように日本民族はユダヤ民族と同祖であるという
学説があります。

そして、国歌「君が代」には、【神の愛=主イエス】の預言成就が宣言される
ヘブライ語読みの「讃美歌」であるという興味深い説まで存在します。

●ヘブライ語訳「君が代」
 立ち上がれ!神を讃えよ!
 神の選民であるシオンの民よ。
 喜べ!(神の国を相続する)残された民よ!
 [別訳:喜べ!人類を救う民として]
 人類の救いが訪れ、神の預言は成就した。
 全地にあまねく宣べ伝えよ。
 <http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=171より抜粋>

この見解に批判や反対論もありますが、私自身は<歓喜!感動!感謝!>です!
これまで私は「君が代」を歌う時に喉が締め付けられる独特な感覚がありました。
その原因が実は<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>だったのです!
これからは【神の愛=主イエス】の<奥義>として受け止めて、堂々と高らかに
讃美できます!ハレルヤ!主の恵みに感謝します!

●<日本国とキリスト>(内村鑑三)
 日本国はキリストを要す。
 彼によるにあらざれば、その家庭を潔むるあたわず。
 日本国はキリストを要す。
 彼によらずして、その愛国心は高尚なるあたわず。
 キリストによりてのみ、真正の自由と独立とあり。
 そは彼は霊魂に自由を与うる者なればなり。
 キリストによらずして、大美術と大文学とあるなし。
 そは彼は人類の理想なればなり。
 キリスト降世二千年後の今日、
 吾人は彼によらざる真正の文明なるものを思惟するあたわず。
 (1901年5月『聖書之研究』)(信7/212)
●<最大の恩恵>(内村鑑三)
 最大の恩恵は神を知ることなり。
 キリストをもって顕れたる神の奥義を識ることなり。
 知識をもってこれを了解し、また霊魂の深きところにおいて、
 これを実得することなり。
●あらゆる奥義と知識に通じていても、山をも移す強い信仰があっても、
 もし、愛がなければ無に等しい。
 自分の全財産を人に施しても、自分の体を焼かれるために渡しても、
 もし、愛がなければ、一切は無益である(コリント前書13-1~2)
●一切の仕事は神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である
 (ヒルティ)
●真理に逆らっては能力(チカラ)なく、真理に従えば能力あり
 (コリント後書13‐8)
●人は一人もこれを信ぜざるも、我が福音は真理なり。
 人はことごとくこれを棄却するも、我が福音は真理なり。
 人はこぞってそのために我を排斥するも、我が福音は真理なり。
 我が福音は人の福音にあらず、神の福音なり。ゆえに我れは神に拠(ヨ)り、
 独り終わりまでこれを保持せんと欲す(内村鑑三)

日本民族の<大和魂>にもヘブライ語の<ヤゥマト=神の民>が示されていて
失われている「十戒の石版」「ノアの杖」「アーク(聖櫃・契約の箱)」なども
日本国土内にあると主張する学説もあり、私たちは【神の愛=主イエス】からの
特別な【ミッション:大義・使命・天職】が託されていると確信します!

【神の愛=主イエス】が私たちに託された【ミッション:大義・使命・天職】を
再認識できるまでは、隠されてきた神秘の全てが発見されることは不可能であると
実感できます。

現在の私の霊的解釈で、世界を救済する【ミッション:大義・使命・天職】とは
人類による<エデンの園復興事業>として<肉食文化根絶>であると確信します!

●創造の目的は人類から発する天界である(スエーデンボルグ)
●<聖書と活けるキリスト>(内村鑑三)
 聖書は大なり、しかれども活けるキリストは聖書よりも大なり。
 われらもし聖書を学んでかれに接せざれば、
 われらの目的を達せりと言うあたわず。
 聖書は過去における活けるキリストの行動の記録なり。
 しかしてわれらは今日かれの霊をうけて、
 新たな聖書を作らざるべからず。
 古き聖書を読んで新しき聖書を作らざる者は
 聖書を正当に解釈せし者にあらず、
 聖書はなお未完の書なり、
 しかしてわれらはこれにその末章の材料を供せざるべからず。 

【神の愛=主イエス】の<預言>【聖書の御言葉】として啓示されているように、
人類から始まる肉食文化根絶は、動物界など天然全体にまでに浸透されるという
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な御計画です!

●私(主)は全地のおもてにある種をもつ全ての草と種のある実を結ぶ全ての木とを
 あなた方に与える。これはあなた方の食物となるであろう(創世記1‐39)
●命ある者には、食物として全ての青草を与える(創世記1‐30)
●川のほとり、その両岸にはあらゆる果樹が生長し、その葉も枯れず、
 実も絶えることもなく、毎月、新しい実をつける。
 その水が聖所から流れ出ているからである。
 その実は植物となり、その葉は薬となる(エゼキエル書47‐12)
●野菜を食べて互いに愛するのは、肥えた牛を食べて互いに憎むのにまさる
 (箴言15‐17)
●狼と子羊は共に草をはみ
 獅子は牛のように、わらを食べ、
 ヘビは塵をその食べ物とし、
 私の聖なる山のどこをおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。
 と主は仰せられる(イザヤ書65-25)
●狼は子羊と共に宿り、ヒョウは子山羊と共に臥し、子牛、若獅子
 肥えたる家畜共にありて小さき童子(ワラベ)に導かれん。
 雌牛と熊とが共に草を食べ、その子らが共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。
 乳飲み子はコブラの穴の上で戯(タワム)れ、
 乳離れした子はマムシの子に手を伸べる。
 私の聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。
 主を知る事が、海をおおう水のように、地を満たすからである(イザヤ書11-6)
●神は仰せられた「見よ、私は全地の上にあって、種を持つ全ての草と、
 種を持って実を結ぶ全ての木をあなた方に与えた。
 それがあなた方の食物である。また、地の全ての獣、空の全ての鳥、
 地をはう全てのもので命の息のあるもののために、食物として、
 全ての緑の草を与える」すると、そのようになった
(創世記1-29~30)

野生の現実世界でも子供を失った母親ライオンがオリックスの子供を育てたり、
タイの動物園では虎と豚が共に仲良く暮らす光景が見られるように、人間による
関与によって、何世代も経過すれば、やがて肉食文化は天然界からも根絶されて
人間の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】も覚醒されて、戦争さえも根絶される
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の<エデンの楽園>復興に至る事が
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】です!

●主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
 彼等は剣をうち変えて鋤(スキ)となし、その槍(ヤリ)をうち変えて鎌となし、
 国は国に向かいて剣をあげず、戦闘のことを再び学ばない(イザヤ書2‐4)
●主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
 彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない(ミカ書4-3)
●その日には、私は彼らのために、野の獣、空の鳥、土を這うものと契約を結ぶ。
 弓も剣も戦いもこの地から絶ち、彼らを安らかに憩わせる
 (ホセア書2-20)
●私はエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。
 戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。
 彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ。
(セカリヤ書9-10)
●あなたの地は再び不法を耳にすることなく、
 暴虐と破壊と崩壊は領土のうちから絶える。
 あなたの城壁は「救い」と城門は「栄誉」と呼ばれる(イザヤ書60-18)
●まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、
 荒野をエデンの園とし、砂漠を主の園とする。
 そこには楽しみと喜び、感謝と歌声が響く(イザヤ書51-3)
●主はこう仰せられる。見よ、
 私はヤコブの天幕の繁栄を回復し、
 その住む所を憐れむ。
 都は廃虚の丘の上に建てられ。
 宮殿・城郭は定められたあるべき姿に再建される。
 そこから感謝の歌と楽を奏する音が聞こえ、喜び笑う声がわき出る。
 私が彼らを増やす。数が減ることはない。私が彼らに栄光を与え、
 卑しめられたり侮られることはない(エレミヤ記30-18~19)

人類から始める肉食文化根絶のためには、<戒律的精神・禁欲>では失敗します。
肉・魚・卵よりも美味しく、動物虐待・虐殺しなくても簡単に安価で入手できる
菜食・菌食による<代替食品>を創りあげよう!という<エゴ:自己欲求>を
突き抜けて【隣人愛精神・聖欲】に達してこそ産業革命から宇宙開発に至るまで
人類の飽くなき創造と挑戦が成功も実現もできる事を私たちは経験して来ました。

●軍隊と巡査と法律とをもって維持されている平和は実は平和ではない。
 聖書は人をして、その利欲の念を絶たしめて、
 これに代わるに他を救わんと欲するの
 聖欲をもってせしめて社会をその根底より改める (内村鑑三)
●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
 最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
●心をつくして神を愛せよ、それからあなたの欲することを為すが良い
(ヒルティ)

従って戒律的・禁欲的な食文化を脱して、飽くなきグルメ道楽にある日本民族は
伝統的には自然に優しく動物愛護であった精神性と、世界を代表する味覚に優れ
料理・食の世界を<道>にまで極めるほど世界で最も食文化吸収力が豊かであり、
<超肉食品>を創り出す<召命>に最適な【タレント:個性・才能・可能性】が
託されている証拠です。いよいよ日本民族が世界救済のために決起し大活躍する
【御心:聖意・聖旨】【ミッション:大義・使命・天職】に出陣の時です!

●主は言われる、私があなた方に対して抱いている計画は私が知っている。
 それは災いではなく平安を与える計画である。
 あなた方に将来と希望を与えるためのものである(エレミヤ記29-11)
●われわれの真の本質の発展と実現は、
 われわれ自身の知恵よりもすぐれた神の明察にしたがい、
 神の道を踏んで、行わるべきである。
 神の意志は、一般的には聖書を通じて、
 個別的にはわれわれの人生の内的運命を通じて啓示されるが、
 この神の意志を、常にためらうことなく、
 おのれの意志として受けとり、よろこんでそれに一致すること、
 これが人生の最高の課題であり、また神の意にかなう供え物でもある。
 このほかの課題はもはや存在しない。
 この供え物を日々そなえていく人は、神に祝福された人であリ、
 また、われわれの今日の内的宗教観によれば、
 その人は彼自身のため、彼の家のため、
 さらには彼の民族のための、神の祭司である(ヒルティ)
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
 すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
 また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを
 悟った日のことである(ヒルティ)
●<われのすべて>(内村鑑三)
 産を失うも可なり、願わくは神の御顔を見失わざらんことを、
 病いに悩むも可なり、願わくは神の御旨(ミココロ)を疑わざらんことを、
 人に棄てらるるも可なり、願わくは神に棄てられざらんことを、
 死するも可なり、願わくは神より離れざらんことを、
 神はわがすべてなり、神を失うて、われはすべてを失うなり。
 「われらに父を示し給え、さらば足れり((ヨハネ伝14-8)」
 わが生涯の目的は神を視、かれをわが有(モノ)とするにあり、その

皆さんが、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】を啓示してくれた
讃美歌「君が代」と【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】に導かれて
世間的常識では現実不可能で、荒唐無稽で、孤立無援の境遇に思われようとも
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げて、誇りある<神の民><福音の戦士>【福音の勢力】として決起して
【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】<御国>【エデンの楽園】復興の為に
大活躍されることを心より応援しています!

●神が御子イエスにおいて前もってお決めになった神の御心である、
 御旨の奥義を私たちに示して下さった。
 時がついに満ちて、御心である救いの業が完成され、
 天にあるものも地にあるものも、
 いっさいのものが、頭であるキリストにあって一つに集められる。
 私たちは御心のままにすべてのことを行われる御子の御計画によって
 前もって定められ、神の民として選ばれ、
 約束された御国を受け継ぐ者となった。
 それは、以前からキリストに希望を置いていた私たちが、
 神の栄光をほめたたえる者となるためである。
 キリストの成し遂げてくれたおかげで、あなた方もまた、
 真理の言葉、救いを約束する福音を聞き、御子を信じるようになった。
 そして、御子に属する者であるという証印を、聖霊に押されたのである。
 聖霊については、ずっと以前からクリスチャン全員に約束されていた。
 この聖霊は私たちが御国を受け継ぐための保証であり、
 私たちは贖われて神のものとなり、
 神の栄光をほめたたえるためにある(エペソ書1-9~14))
●父がその子に対してするように、あなた方の一人一人に呼びかけて、
 神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く諭し勧めたのである。
 御自身の御国と栄光に預からせるようと、神はあなた方を招いておられる
 (テサロニケ前書2‐11~12)
●(この幻はなお定められた時を待ち、終りをさして急いでいる。
 それは偽りではない。)
 もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。
 (ハバクク書2-3)
●人はどんな高いところでも登ることができる。
 しかし、それには決意と自信がなけばならぬ(アンデルセン)
●人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である(ウィリー・ガロン)
●あなたの夢は何か、あなたの目的とするものは何か、
 それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれるだろう(ガンジー)
●未来はいくつか名前を持っている。
 弱者にとっては『不可能』
 臆病者にとっては『未知』
 考え深く勇気のあるものにとっては『理想』(ユーゴ)
●過去は顧みず、現在を充実させ、更に雄雄しく未来を迎えよ(ロングフェロー)
●最も笑うべき、最も向こうみずな希望が、ときとして異常な成功の因であった 
 (ヴォーヴナルグ)
●心からの祈りによって、成し遂げられないものは、この世界にない(ガンジー)
●心をこめないで言葉をさがすより、
 言葉をさがさないで祈りの中に心をこめる方がよい(ガンジー)
●人間は自分自身によって作られもするし、解体されもする。
 思考で武装することによって、人間は自分自身を破壊する武器を作る。
 その一方で、喜び、力、平和に満ちた天国的な邸宅を立てるための道具も作る。
 思考の正しい選択と適用により、人間は聖なる完璧さに上昇するのだ
 (ジェームズ・アレン)
●空想は知識より重要である。
 知識には限界がある。
 想像力は世界を包み込む(アインシュタイン)
●心というものは、それ自身一つの独自の世界なのだ。
 地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ
 [地獄を天国となすも、天国を地獄となすも心しだい](ミルトン)
 
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)




【2013年5月10日に作成した<第612回>に加筆】
◇◇人道を<神愛道>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

私自身の事でも、日本や世界で起きている万事・万物の事についても、
人道<世俗的ヒューマニズム>・理性的・道徳・倫理観・世間体に照らし
解釈してみれば、<不完全・闇・罪悪>にしか見えないことであっても、
【神の愛=主イエス】の価値観である<神愛道>で照らして観るならば、
完全悪はなくて、かえって【御心:聖意・聖旨】実現のために不可欠な
存在である事が実感できるようになりました。

●私は言う「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
 (アウグスティヌス)
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
 (アウグスティヌス)
●怨に酬ゆるに徳をもってし
 憎に対するに愛をもってし
 悪に対するに善をもってする(内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)

例えば、武力戦争は人道的・理性的・道徳倫理観では完全悪の存在です。
しかし、アレキサンダーの侵略行為があってギリシャ語が公用語として
当時の世界に普及され、その後にローマ帝国の支配によって道路網が
整備されたおかげで、パウロの伝道活動は広範囲に一気に宣教できたと
言われています。

万事万物の造り主であり、此の世の初めから終わりまで永遠の存在である
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は、被造物で短命な人間の
能力と叡智では計り知ることのできない事は当然ですね。

●キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
 天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三)
●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
 私の道はあなた方の道と異なる。
 天の地よりも高いように、
 私の道はあなた方の道より高く、
 私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●私(主)がしていることは、今あなたにはわからないが、
 あとでわかるようになるであろう(ヨハネ伝13‐7)

此の世限りの人生観、人道・人権など人間主体の価値観・歴史観で観るならば、
誠に此の世は不完全・不平等・不公平・格差社会の弱肉強食・優勝劣敗の如く
感じても仕方がありませんが、此の世限りではなく、死後の<来世・天国>の
存在に通じる<神愛道>に基づいた人生観・価値観・歴史観で再考するならば、
【神の愛=主イエス】に立ち帰る方向へ前進し続けている事が実感できます!

●十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、
 救いに預かる私たちには神の力である(コリント前書1‐18)
●この世は不完全きわまる世なりという。
 しかり、身の快楽を得んがためには実に不完全きわまる世なり。
 しかれども、神を知らんがためには、
 しかして愛を完(マットウ)うせんがためには、
 余輩はこれより完全なる世につきて思考することはできない(内村鑑三)
●忍耐を練らんとして、寛容を増さんとして、
 愛をその極致において味わわんとして、 
 この世は最も完全なる鍛錬場なり(内村鑑三)

今日現在の私の霊的解釈では、此の世で活かされている私たちの状態とは、
胎児のような境遇だと考えます。胎児は赤ちゃんとして此の世に産まれ出る迄は、
真っ暗な母体で身動きも困難な空間で機能も能力も不自由・不完全な状態であり、
外の世界を実感も創造も理解もできなかったことでしょう。

同様に不完全に感じる此の世での生涯を終え、死後に迎える<新世界>に至るまで
私たちも<最高!最善!最美!>の<来世・天国>を実感も創造も理解する事も、
恐らく不可能であると思います。

【聖書】に明確に示されていませんが、「自殺」が否定されるのも、おそらく
【神の愛=主イエス】の計画した<天命・天寿>より、自己都合で勝手に早く
死後を迎えると<未熟児>として<来世・天国>で苦労することになるからだと
思います。   

たとえ災害や事故事件に巻き込まれるような不条理・不幸・不慮な死に見えても
此の世限りの人道・人権・理性的価値観での解釈に過ぎず、<神愛道>で観れば
【御心:聖意・聖旨】にかなった名誉ある飛び級的<昇天>である事を確信します!

葬儀でよく「永眠」と聞きますが、胎児が産道を抜けて自由解放されたように、
【神の愛=主イエス】に導かれる<神愛道>に従って<来世・天国>に至るなら、
私たちは此の世の生老病死から自由解放されるので自由自在な<天使>のように
【神の愛=主イエス】と共に【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を実現するために
眠ることなく世界中を飛び回って大活躍できることを今から楽しみです!

●私は門である。私を通って入る者は救われる。
 その人は、門を出入りして牧草を見つける(ヨハネ伝10-9)
●イエスは言われた。「私は復活であり、命である。私を信じる者は、
 死んでも生きる」(ヨハネ伝11-25)
●イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、
 だれも父のもとに行くことができない(ヨハネ伝14-6)
●主は私の羊飼い、主は必要なものはみな与えて下さり、
 私には何も欠けることがない。
 主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
 傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
 主の御名にふさわしい義の道に導き、
 私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
 たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
 主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
 あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
 主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
 私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
 生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
 やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
(詩篇23-1~6)

どんなに<闇:不完全・不条理・不合理>と思われる存在が満ち溢れていても
私たちが此の世の原理も仕組みもほとんど理解していないのに生きられるのは、
万事万物の背景にある<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>によって
時にかなって<最高!最善!最美!>に働く【神の愛の方程式=摂理】である
<神愛道>のおかげだと感謝しています!

●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
 <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
 <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●<聖意・聖旨>(内村鑑三)
 ⇔★万事万物の本源を握る者は神の御手
  ★地に起こる全ての出来事は源を天に置く
●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
 植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
 殺すのに時があり、癒すのに時がある。
 崩すのに時があり、建てるのに時がある。
 泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
 嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
 (内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
 そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
 (詩篇139-9~10)
●見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、
 わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
 わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない
 (創世記28-5)
●我が父の愛は無限なり、彼は我の滅びることを欲(ねが)い給わず、
 彼は我につきて永久に絶望し給わず、
 ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
 彼の無限の愛を信じてはばからずして今日起ちて彼に往かん
 (内村鑑三:ルカ伝15‐18・放蕩息子の帰郷)
●主は、いつまでも見放してはおられない。
 たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる
(エレミヤ哀歌3-31~32)
●私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。
 主のあわれみは尽きないからだ。
 それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。
 主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。
 それゆえ、私は主を待ち望む。
 主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。
 主の救いを黙って待つのは良い(エレミヤ哀歌3-22~26)
●すべて彼(主イエス)を信じる者は失望に終わることがない(ロマ書10―11)
●我らのなお滅びざるは主の慈悲・仁愛(いつくしみ)による。
 その憐憫(あわれみ)の尽きざるによる。
 これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大いなるかな
 (エレミヤ哀歌3-22~23)
●愛する人たち、このことだけは忘れてはならない。
 主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようである。
 ある人たちは、遅いと考えているようですが、
 主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。
 そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、
 あなたがたのために忍耐しておられるのです(ペテロ後書3-8~9)

<来世・天国>が最終目的地である<神愛道>は此の世が目的地で人間主体の
人生観・価値観・歴史観では<最低・最悪・最醜>の<闇:不義・不正・不実>を
突き抜けてこそ見出せる<狭き門>であり【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】です!

●[物の前後<The Divine Order(ホレ―シャス・ボナー)>](内村鑑三)
 ◆真(マコト)なることは先にして美なる事は後なり。
  美なることが先にして、真なることが後なるにあらず。
  先ずありのままの森と岩と沢とありて、しかる後に香しき美しき園はあるなり。
 ◆善なることは先にして美なることは後なり。
  美なることは先にして善なることは後なるにあらず。
  先ず荒き野に固き種を下して、しかる後に花は開き枝は茂るなり。
 ◆喜ばしきは先にして悲しき事は後なるにあらず、
  悲しき事は先にして喜ばしき事は後に来るなり。
  一度は涙にむせびて(泣かざる者とては世になければ)、
  しかる後に憂いを忘れて踊り喜ぶなり。
 ◆光は先にして暗闇は後に来るべきものにあらず、
  先ず暗黒を経過して、しかる後に光明は臨むなり。
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は負けて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
●悪いことの中にも何ほどかの善の魂がまじっている。
 人が注意深くそれを探し出すならば(シェークスピア)
●光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり(内村鑑三)
●どんな良い事も、最初に一番良い顔をみせはしない(ヒルティ)
●狭き門より入れ!滅びに至る門は大きく、その道は広い。
 そして、そこから入って行く者は多い。
 命に至る門は狭く、その道は狭い。そして、それを見出す者は少ない
 (マタイ伝7-13~14、ルカ伝13-24)

人間主体の人生観・価値観・歴史観で観れば混迷大波乱の現代世界においては、
どんな<闇:不完全・不条理・不合理>や<不義・不正・不実>であろうとも
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に
働く<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> である<神愛道>に従って
<来世・天国>に至る【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げて
【救国:精神復興&国家再建】と【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】として活躍されることを心より応援します!

●悲しみ憂えてはならない。主を喜び祝う事こそ、あなた方の力の源であるからだ
(ネヘミヤ記8-10)
●すべてのことは、あなたがたの益であって、
 恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、
 感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。だから、私たちは落胆しない。
 たとい私たちの外なる人は滅びても、 内なる人は日々新たにされていく。
 なぜなら、このしばらくの軽い患難は私たちの内に働いて、永遠の重い栄光を、
 あふれるばかりに私たちに得させるからである(コリント後書4-15~17)
●主はあなたの足をよろけさせず、あなたを見守る方は、まどろむこともない。
 見よ。イスラエルを見守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。
 主は、あなたを見守る方。主は、あなたを覆(オオ)う陰。あなたの右にいます方。
 昼も、太陽が、あなたを撃つことがなく、夜も、月が、あなたを撃つことはない。
 主は、すべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を見守られる。
 主は、あなたを、出で立つのも帰るのも、今よりとこしえまでも見守られる
 (詩篇121-3~8)
●苦しみに出会ったら、
 まず感謝するがよい。
 それから、
 その苦しみが何のために役立つかをたずね給え。
 あなたがそれをただ避けようとせず、
 その苦しみの意味を理解しようと真剣に願うならば、
 やがて必ずそれを発見するであろう。
 そうしたら、
 あまり言訳をしたりこぼしたりせずに、
 この道を踏んで進み給え。
 それは、
 あらゆる他の研究や修養にもまして、
 あなたをずっと先きへ、
 しかもずっと速く導くにちがいない。
 これこそ、高きをめざす一番の近道である。
 ひたすら神のみむねに従い。
 いかなる時にも神に望みをかくる者、
 もろもろのなやみと悲しみにとざさるるとも
 神はその人を不思議にも守り給わん。
 いと高きものなる神に依り頼む人は
 砂の上にその家を建てしにあらず (同胞教会讃美歌第172番)
 <『幸福論』(ヒルティ)より>
■<神を信ぜんのみ>(内村鑑三)
 いかなる境遇に遭遇するも神を信ぜんのみ、
 富むも貧するも、
 成功するも失敗するも、
 徳を建つるも罪に陥るも、
 世に迎えらるるも友に捨てらるるも、
 生きるも死するも、
 天に昇るも冥府(よみ)に降るも、
 われは神を信ぜんのみ。
 かくてわれに未来あるなく、
 過去あるなく、
 悲哀あるなく
 失望あるなく、
 時はすべて現在となり、
 事はすべて歓喜となり、
 我が生涯は信、望、愛の相連不絶と化すべし、
 欣(よろこ)ぶべきかな。
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによってキリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)




【2013年4月15日に作成した<第611回>に加筆】
◇◇<ビッグ・ロック>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

内外ともに国難の大危機に直面する日本ですが、政財界や思想・論壇などにおいて
国難突破・国家再建に向けて様々な政策論争や提言・提案が行われています。
例えば、グローバルで打ち勝つために、公用語のように英語力を高める政策や制度が
講じられたり、道徳・倫理観や愛国心や公共心の修得の必要性が提唱されています。

しかし【キリスト精神】【ユダヤ人気質・ヘブライズム】【聖書の世界観】につき
論議されることをメディアで聞いた事はありません。国会議員や財務官僚が中心に
聖書研究会を始めたという記事は観たことがありますが、【聖書】を堂々と公共で
学べるように青少年教育カリキュラムに加えたなら、日本民族は世界を舞台にして
歴史上<最高!最善!最美!>の大活躍をすると確信できます!

●あなたの若い日にあなたの創造者を覚えよ、災いの日が来ないうちに
 また、『何の喜びもない』という年月が近づく前に(伝道の書12-1)
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。
 主を知るは智恵の初めである。神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し
 (内村鑑三:ホセア書4‐3)
●日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。
 才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。
 日本に欠けているのは「生きた確信」である。
 真理そのものを愛する「情熱」である。
 この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である。
(内村鑑三 一八九九年一月十五日『東京独立雑誌』十九号)
●<日本国とキリスト>(内村鑑三)
 日本国はキリストを要す。
 彼によるにあらざれば、その家庭を潔むるあたわず。
 日本国はキリストを要す。
 彼によらずして、その愛国心は高尚なるあたわず。
 キリストによりてのみ、真正の自由と独立とあり。
 そは彼は霊魂に自由を与うる者なればなり。
 キリストによらずして、大美術と大文学とあるなし。
 そは彼は人類の理想なればなり。
 キリスト降世二千年後の今日、
 吾人は彼によらざる真正の文明なるものを思惟するあたわず。
 (1901年5月『聖書之研究』)(信7/212)
●<文明の解>(内村鑑三)
 文明は蒸気にあらず、電気にあらず、憲法にあらず、
 科学にあらず、哲学にあらず、文学にあらず、
演劇にあらず、美術にあらず、人の心の状態なり。
 人を尊むか、真理を愛するか、主義に忠なるか、
 正義に勇なるか、責任を重んずるか、義務に服するか
 文明の秩序はこれらの諸問題によって決定せらる。

以前も紹介した「ビッグ・ロック」の「たとえ話」を思い出します。
先生が教室で学生の前で空の壺に「ビッグ・ロック(大きな石)」を詰め込みます。
そして、先生は学生に尋ねます。
先生:「このツボは一杯か?」、生徒は口をそろえ「一杯です!」と答えます。
すると先生はバケツ一杯の砂利を持ち出して、そのツボの中に入れてみせました。
先生:「このツボは、もう一杯か?」 生徒は皆黙ってしまいます。
先生は答えます。「そうだ。まだ一杯ではない。」
今度は、バケツ一杯の砂を持ち出して、ツボの中に入れてしまいます。
先生:「このツボは、もう一杯か?」生徒は口をそろえて「いいえ!」と答えます。
先生は答えます「そうだ、まだ一杯ではない」
最後に、水さし一杯の水を取り出して、壺の入口に溢れる程、入れてみせます。
先生:「これはどういう意味か?」
ある生徒が答えます。
「それは、『どんなにスケジュールが詰まっていても、詰め込めば何とかなる』
ということだと思います。」
「違う!」と先生は答えます。
先生:「最初に一番大切なものから入れていかないで
    先に日常の些細なことを優先したら
    もう二度と入れることはできない。
    先ずは大事なこと<ビッグ・ロック>から始めなさいということだ!」

●<最大の恩恵>(内村鑑三)
 最大の恩恵は神を知ることなり。
 キリストをもって顕れたる神の奥義を識ることなり。
 知識をもってこれを了解し、また霊魂の深きところにおいて、
 これを実得することなり。
●絶えず偉大な思想に生き、些細な事をかえりみないように努めなさい(ヒルティ)
●あなたに委ねられていることを守りなさい。そして、俗悪な無駄話と偽りの
「知識」による反対論を避けなさい(テモテ前書6‐20)
●愚かで無知な思弁・議論を避けなさい。あなたも知っているとおり、
そのような議論は争いのもとになります(テモテ後書2-23)
●私の生涯に最も深い影響を与えた書物は聖書である(ガンジー)
●私が獄につながれ、ただ一冊の本を持ち込むことを許されるとしたら、
私は聖書を選ぶ(ゲーテ)
●聖書は、神が人間に賜った最も素晴らしい賜物である。
人間にとって望ましいものは全て聖書に含まれている(リンカーン)
●聖書の存在は、人間がかつて経験したうちで最も大きい恵みである(カント)
●いかなる世界の歴史におけるよりも、聖書の中には、より確かな真理が存在する
(ニュートン)
●聖書は単なる書物ではない。
それに反対する全てのものを征服する力をもつ生き物である(ナポレオン)
●聖書は古いものでもなければ、新しいものでもない。聖書は永遠のものである
(ルター)
●聖書はかつてこの世に存在した、あるいは存在するであろう書物の中で
最高のものである(ディケンズ)

日本は政財界・教育・社会において難問山積でも【聖書】【神の愛=主イエス】に
頼ることなど当分は期待出来ません。それは、まだ【奥義:神の愛=主イエス】を
知らない多くの日本人が悪いのではなく、私のように【神の愛=主イエス】を知り、
熱烈に【信仰:信愛・信頼・信従】するのに世間でユダやペテロのように裏切って
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を実践してみせないからだと実感出来ます。

●あらゆる奥義と知識に通じていても、山をも移す強い信仰があっても、
 もし、愛がなければ無に等しい。
 自分の全財産を人に施しても、自分の体を焼かれるために渡しても、
 もし、愛がなければ、一切は無益である(コリント前書13-1~2)
●一切の仕事は神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である
 (ヒルティ)
●真理に逆らっては能力(チカラ)なく、真理に従えば能力あり
 (コリント後書13‐8)

私は世間的に伝道者失格でも【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】なんかで
落ち込むことはありません。世間よりも【神の愛=主イエス】が身近だからです!
私は【神の愛=主イエス&聖霊】の<神助:祝福・恩恵>を独り占めしているので
単なる生計のためやノルマや義務感からではなく、こんなに素晴らしい実体験を
どうしたら語り伝えられ理解してもらえるかに無我夢中であり一意専心です。

●人は一人もこれを信ぜざるも、我が福音は真理なり。
 人はことごとくこれを棄却するも、我が福音は真理なり。
 人はこぞってそのために我を排斥するも、我が福音は真理なり。
 我が福音は人の福音にあらず、神の福音なり。ゆえに我れは神に拠(ヨ)り、
 独り終わりまでこれを保持せんと欲す(内村鑑三)
●我はただ語る。人が聴いても語る。聴かないでも語る。
 我は我が歓喜を語らずにはいられない。我はヒバリがさえずるごとく
 人が聴く聴かざるに関せず語る。我は黙するにはあまりに嬉しくある。
 それであるから語るのである(内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
 人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
 人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
 人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
 神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)
●<独立>(内村鑑三)
 金にも優り、名誉にも優り、知識にも優り、生命(イノチ)にも優る、
 嗚呼汝独立よ!
 噫(アヽ)王等よ、噫公(キミ)等よ、噫監督等よ、噫博士等よ、
 汝等は圧制家である。
 独り真理と偕(トモ)に在り、独り良心と偕に在り、独り神と偕に在り、
 独りキリストと偕噫に在りて、我は自由である。

【三位一体:父・子・聖霊】の【神の愛=主イエス】は【聖書】の中に収まらず、
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な活きた存在であり、
此の世に存在する<万事・万物>の起承転結に関与しており、たとえ敵視される
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>が私の中に堂々と居座っていようとも、
<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>で<逃げ腰・及び腰・弱腰>に
追い込まれても、【神の愛=主イエス】は時にかなって<最高!最善!最美!>に
利活用して最善の最後に導いてくれるので一切の心配ご無用です!

●万物の父なる神は一つなり。
 神は万物の上に在し、万物を貫き、万物の内に在したまふ。
 我等はキリストの賜物の量に従ひて、おのおの恩恵を賜はりたり
 (エペソ書4ー6~7)
●我が敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
 たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なりミカ書7-8)
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
 (アウグスティヌス「エンギリオン」)
●怨に酬ゆるに徳をもってし
 憎に対するに愛をもってし
 悪に対するに善をもってする (内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい
 (ロマ書12‐20)
●死に勝つに生をもってし、闇を逐うに光をもってし、
 怨を滅するに愛をもってす、これ神の救済法なり(内村鑑三)

欧米キリスト教国は、絶えず戦争して帝国主義や植民地政策や大量虐殺などなど
民族国家として歴史的には人道的・倫理的には大悪党として扱われるべき存在です。
にもかかわらず、何度敗戦しても好戦的であり、過去に反省や特段の謝罪もせずに
ただ前向きに積極的に明るく元気に改善し成長し続ける姿は、キリスト教について
実体感の無い日本人は、偽善者で卑怯者に思われるかも知れません。

一方で、日本人の多くは、一度敗戦しただけで、過去の敗戦歴史を完全否定して、
必要以上に反省し、何度も謝罪したり、不必要な負債までも背負わされています。
国民の多数が【神の愛=主イエス】によって救われていない民族国家全体もまた
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】から救われていない実態に感じます。

私自身もそうですが、過去の失敗や罪業が人道的・倫理的にどうであろうとも、
【神の愛=主イエス&聖霊】に活かされた個人も家族も組織も民族国家でさえも
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】の囚人状態から自由解放されるので、
【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の【信仰:信愛・信頼・信従】で
結ばれた【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】に生きる決意さえすれば、
過去の歴史はリセットされて、<一日一生!日々新た>に生まれ変わり続けて
未来に向けては崇高遠大な【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げて<歓喜!感動!感謝!>で勇進し続ける事ができるのです!

●主の御霊が私に宿っている。
 貧しい者に素晴らしい福音を宣(ノ)べ伝えるために
 私を聖別し任命された。
 主は私を遣わして 
 霊的な囚人を釈放し
 霊的な盲人の目を開かせ
 虐げられ打ちひしがれた者に自由を得させて
 主の恵みの年を告げられる。(ルカ伝4-18~19、イザヤ書61-1)
●さあ、来たれ。論じ合おう。と主は仰せられる。
 たとい、あなた方の罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。
 たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる(イザヤ書1-18)
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、かくて自己は死して、
 神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。
●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●あなた方は、さらに大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。
そこで、私は最もすぐれた道をあなた方に示そう(コリント前書12-31)
●主が家を建てるのでなければ、建つる者の働きはむなしい。
 主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい
 あなた方が早く起きるのも、遅く休むのも、
 辛苦の糧を食べるのもそれはむなしい。
 主は、その愛する者には、眠っている間にも、
 なくてはならないものを与え備えて下さる(詩篇127‐1~2)

皆さんが<ビッグロック:奥義・真理・道>である【神の愛=主イエス&聖霊】に
【信仰:信愛・信頼・信従】と【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で
結ばれて、【神の愛=主イエス】から託された【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【ミッション:大義・使命・天職】を見出し体得して<人生の旗印>に高く掲げる
<ビジョニスト:世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】に参戦決起して
【救国:精神復興&国家再建】と【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
大活躍されることを心より応援しています!

●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
 何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。<最も大切なことは、自分の使命、
 すなわち主イエスが私にお与えになった働きを全うすることです>
(使徒行伝20-24)
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
 すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
 また、これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを
 悟った日のことである(ヒルティ)
●神の御心にかなうことを求め行なう以上に快い気分を覚えさせ
 喜びを与えるものはない(トマス・ア・ケンピス)
●人の最大発見物は天職なり。
 これを知らずして彼の人生は無意味なり(内村鑑三)
●神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます(ヤコブ書4-8)
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
 (これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
  衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●世に勝つ者はだれか、イエスを神の子と信じる者ではないか
(ヨハネ第一書5-5) 
●その言の奥義は、代々にわたってこの世から隠されていたが、
 今や神の聖徒たちに明らかにされたのである。
 神は彼らに、異邦人の受くべきこの奥義が、
 いかに栄光に富んだものであるかを、知らせようとされたのである。
 この奥義は、あなた方のうちにいますキリストであり、栄光の望みである。
 わたしたちはこのキリストを宣べ伝え、知恵をつくしてすべての人を訓戒し、
 また、すべての人を教えている。
 それは、彼らがキリストにあって全き者として立つようになるためである
 (コロサイ書1-26~28)
●信心の秘められた奥義の真理は確かに偉大です。
 すなわち、キリストは肉において現れ、
“霊”において義と宣言され、天使たちに見られ、異邦人の間で宣べ伝えられ、
 世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた(テモテ前書3-16)
●私は道であり、真理であり、命である。
 誰でも私によらないでは父のみもとに行くことはできない(ヨハネ伝14-6)
●私は真理について証しをするために生まれ、
 また、そのためにこの世に来たのである。誰でも真理につく者は、
 私の声に耳を傾ける(ヨハネ伝18-37)
●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせて、
 あなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●人を救うとは彼を彼の神なる在天の父に導くことなり。
 我に我が父を示す者、これわが師なリ、我が恩人なり(内村鑑三)
●国のために神を信ぜず、神のために国を愛す。現世のために来世を説かず、
 来世のために現世を警(イマシ)む。霊魂のために肉体を潔む(内村鑑三)
●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)




【2013年3月29日に作成した<第610回>に加筆】
◇◇<与える幸福・使命感>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

日本ではキリスト教が根ざさないという考えが世間では定説になっているようです。
確かに歴史的大震災を経験しても、政治的・経済的・社会的に大混乱している現在、
教会が話題になったり教会的信者が飛躍的に急増したという話は聞きません。

しかし、ネット上では、SNSという形で、【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】が
結実しています!ネット・コミュニティには宗教的指導者や神父・牧師や神学者が
いなくても、【神の愛=主イエス】が命じる<黄金律>精神が実践されていて、
自発的献身的に<与える>を喜びとする<GIVE AND TAKE>が具現化されています。

●<黄金律>
 すべて人に為(セ)られんと欲(オモ)うことは、神が汝等に為し給うごとくに、
 汝等もまた人にもそのごとくせよ(マタイ伝7‐12)
●人に与えよ、さらば汝らも与えられん(ルカ伝6-38)
●与えるは受けるより幸いなり(使徒行伝20‐35)
●何を与えるかというよりも大切なのは、どう与えるかということだ(ゲーテ)
●各自は惜しむ心からではなく、また、強いられてでもなく、
 自ら心で決めた通りになすべきである。
 神は喜んで施す人を愛して下さるのである(コリント後書9‐7)
●誰でも自分の益を求めないで、他の人の益を求めるべきである
 (コリント前書10-24)
●何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって、
 互いに人を自分よりすぐれた者としなさい。おのおの、自分のことばかりでなく、
 他人のことも考えなさい。キリストイエスにあっていだいているのと同じ思いを、
 あなた方の間でも互いに生かしなさい(ピりピ書2-3~5)
●自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい
 (マタイ伝22‐39、マルコ伝12‐31、ルカ伝10‐27)

皆さんも御存知のようにネットでは専門家・職業プロ集団よりも熟知・熟練した
一般の名も無き、権威なき、<レイマン・エキスパート:素人的熟練者>がいて
ただひたすらに<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>に満ち溢れる心意気と
<伝えたい!教えたい!助けたい!使命感>に基づく自発的無償奉仕のレビューや
コメントや回答・解説によって、問題解決や最善の提案・提言が実現しています。

●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
 本当に価値あるものは、むしろ、人や事物を深く愛する心から
 生まれてくるのです(アインシュタイン)
●人間のうちに善をのばしてやり、彼らの心に善に対する愛好心を
 注ぎ込むことが必要である(ヒルティ)
●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
 恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)

自発的<GIVE>は義務感・損得利害よりも【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に
従う【神の愛=隣人愛】であり、【ミッション:大義・使命・天職】に通じます!
彼らが<TAKE>するのは【隣人・社会】からの<歓喜!感動!感謝!>であり、
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を体感できる<神助:祝福・恩恵>と言えます。

●完全なる職業とは他人を喜ばして、我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三)
●人に与えるということも、多くの偉大な事柄と同じように、
 ただ実地の練習を通じて学ぶものである。しかし、一旦学んでしまえば、
 それは人生の最も大きな喜びの一つとなる(ヒルティ)

例えば、アマゾンなどのショッピング・サイトでは、一般購入者が感想や意見を
提供してくれます。見ず知らずの私が買う前に知っておくと役立つ情報ばかりです。
天気予報サイトでは、どうしても時差がある専門機関の公式発表では分からない、
直近の地域ピンポイント天気状況を一般ユーザーが教えてくれるので便利です。

YouTubeの意味は当初私にとって「あなたのテレビ(tube)」だと思っていました。
つまり、受け手として視聴者でしかなかったからです。しかし、興味深い事に、
現在では私も進んで動画投稿しています。実はYouTubeのキャッチ・フレースには
<broadcasting yourself>とあるように、「あなたがテレビ局」であるのです。

何故そのように受け手から<提供者:与える側>へと意識変革したかというと、
無償で<GIVE:動画投稿>してくれる人たちは、自分の愛好する楽曲を紹介して、
著作権侵害による削除を覚悟して<伝えたい!教えたい!助けたい!使命感>に
決起して動画や投稿サイトが削除されても、本人か又は他の【同労者・同志】が
立ち上がって再投稿し続けて、愛好する楽曲・動画の灯し火を絶やさない事に
戦い続けて、私たち音楽を愛好する世界中の人々のために献身努力しています。

Q&Aサイトでは、どんな質問や疑問に対しても、誠実に適切に回答してくれる人が
必ず登場してくれます。私自身も見知らぬ植物や昆虫を見つけて正体を知りたい時、
以前は専門機関に問い合わせても回答をもらえなかった事も、今では即時に適切な
回答を得られます。

電化製品やパソコンの修理やトラブル解決なども、私のように困った人のために、
動画で解説していたり、貴重な解決情報を無償にて提供してくれる人もいます。

彼等に共通するのは、まさに【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】に
通じる<黄金律>精神であり、自発的に無償奉仕で<与える幸福・使命感>を
<GIVE & TAKE>で実践する<自由人><<福音の戦士>【福音の勢力】>です。

●愛は幸運の財布である。与えれば与えるほど中身が増す(ミュラー)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
自ら心で決めたとおりにすべきである。
神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず
 神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)
●愛に生きる者には翼がある。喜びに溢れて走り回り、自由で、どこにあっても
 束縛を知らない。自分に与えられる贈り物には目を留めず、
 すべての賜物を越えて、それを与えてくださる方に目を向ける
 (トマス・ア・ケンピス)
●私たち一人びとりは、隣り人の徳を高めるために、
 その益を図って彼等を喜ばすべきである(ロマ書15-2)

日本でのキリスト教会の奮闘努力も認めますが、恐らく一生会うこともない
見知らぬ【隣人・社会】に向けて、ネット社会で起こり続けている献身努力は
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に満ち溢れた<キリストの体=教会>です!

●真理は教会より大なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
 そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
 キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
 生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
 彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
 キリストの教会は世界にして、会員は人類なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
 そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教会はキリストの体であり、すべてのものを、すべてにおいて
 満たしている方によって、満ちみちておられる場です(エペソ書1-23)
●あなた方はキリストの体であり、また、一人一人はその部分です
 (コリント前書12-27)

皆さんが【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】<キリストの体>の一部となるために
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>に満ち溢れる<与える幸福・使命感>で
決起して、先ずはネット社会において【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に献身して
【救国:精神復興&国家再建】と【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●聖なる者たちをととのえて奉仕の業に適した者とされ、
 キリストの体を建てさせ造り上げてゆき、
 ついには、私たちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、
 成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさ徳の高さに至るまで
 成長するのです。
 こうして、私たちは、もはや未熟な者ではなくなり、人々を誤りに導こうとする
 悪賢い人間のだまし惑わす策略、風のように変わりやすい教えに、
 もてあそばれたり、もてあそばれたり引き回されたりすることなく、
 むしろ、愛に根ざして真理を語り、あらゆる面で、頭であるキリストに向かって
 成長していきます。
 キリストにより、体全体は、あらゆる節々が助け補い合うことによリ、
 しっかり組み合わされ、結び合わされて、おのおのの部分は分に応じて
 力量にふさわしく働く力により、体を成長させ、自ら愛によって
 建てられ造り上げられてゆくのです(エペソ書4-12~16)
●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせて、
あなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2013年3月6日に作成した<第609回>に加筆】
◇◇<神の力=人生力>で【ビジョン&使命】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

先日のネット中継を観て初めて知ったのですが、日本政府は今後の国家政策として
若者には以下に示すような「社会人基礎力」の育成を提唱しているようです。

=====================================
「社会人基礎力」とは「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の
3つの能力(12の能力要素)から構成されており、
「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として、
経済産業省が2006年から提唱しています。
企業や若者を取り巻く環境変化により、「基礎学力」「専門知識」に加え、
それらをうまく活用していくための「社会人基礎力」を意識的に育成していく事が
今まで以上に重要となってきています。

■前に踏み出す力(アクション)
 ~一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力~
 主体性  物事に進んで取り組む力
 働きかけ 他人に働きかける巻き込む力
 実行力  目的を設定し確実に行動する力

■考え抜く力(シンキング)
 ~疑問を持ち、考え抜く力~
 課題発見力 現状を分析し目的や課題を明らかにする力
 計画力   課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
 創造力   新しい価値を生み出す力

■チームで働く力(チームワーク)
 ~多様な人々とともに、目標に向けて協力する力~
 発信力    自分の意見をわかりやすく伝える力
 傾聴力    相手の意見を丁寧に聴く力
 柔軟性    意見の違いや立場の違いを理解する力
 情況把握力  自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
 規律性    社会のルールや人との約束を守る力
 ストレスコントロール力 ストレスの発生源に対応する力

 ★経済産業省サイトより抜粋  
  http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/kisoryoku_image.pdf
===================================

国難の激動大転換期に社会や企業が求める人材に不可欠な「社会人基礎力」は
神の愛=主イエス&聖霊】が求め<召命>する<福音の戦士>【福音の勢力】や
<ビジョニスト:世の光・地の塩>の<生き様・死に様>に通じると実感します。

【神の愛=主イエス】の【賜物・無償ギフト・神恵】である<神の力=人生力>は
<内なる声>【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を聞き分け最善発揮させてくれる
<無限大・無尽蔵>の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
<一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】です。

●いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
 このうち最も大いなるものは愛である(コリント前書13-13)
●愛はいつまでも絶える事はない、しかし、預言はすたれ、異言は止み、
 知識はすたれるであろう(コリント前書13‐8)
●神の無限の力に頼りて我等は我等の信じるが如くに全ての事をなすを得るなり
 (ピリピ書4‐13)
●私は、このために、私の内に働いておられる方の力により、
 苦闘しながら努力しているのである(コロサイ書1-29)
●神の力強い活動によって働く力が、
 私たち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、
 あなた方が知るに至るようにと、祈っている(エペソ書1-19)
●<神の力>(内村鑑三)
 神はただ愛と生命と精力とあるのみ。
「これゆえに、我ら臆せず、我らが外なる人は壊(こぼ)たるとも、
 内なる人は日々に新たなり(コリント後書4‐16)」
 神にありて我が失敗は失敗にあらず、我が弱きは弱きならず!
「(弱った者には力を与え、勢いのない者には強きを増し加えられる。
 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れ果てて倒れる。しかし、)
 我が神にありて新たなる力を獲、ワシの如く翼を張りて昇り、走れども疲れず、
 歩めども倦まざるなり(内村鑑三:イザヤ40‐31)」
●【神の生命=神の愛の力⇔新生命力・新活力・新思想】(内村鑑三著述より)
◆霊魂を復活させ、愚かなる者を智からしむる能力ある事実(詩篇19)
◆すべて信じる者を救わんとする神の大なる能力(ロマ書1-16)
◆神の国は言葉にあらず、能力に在り(コリント前書4-20)
◆大能をもって我が内に働くもの(コロサイ書1-29)
◆【神の生命】は心の内に【光】となって
 【新生命力】と【新活力】を加える【生活力(バイタリティ)】を提供する!
◆信仰により救われるのは、信仰により【この能力=生活力】を
 我らの能力とする事ができるからであり、死は【生活力】が欠乏してやって来る。
◆【キリスト教(キリスト精神)】は【神の大なる能力=神の生命=生活力】を
 豊かに供給して人を永遠にまで救わんとする、
 キリストなる【神の生命】をもって【不朽の生命】を与えんとするものである!

限りある私の自力でなく、【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】に頼れば
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】と<相思相愛の主従関係>による
【信仰:信愛・信頼・信従】と【礼拝:★讃美★祈求★感謝】で結ばれて得られる
<神の力=人生力>【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】によって
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が<パワー・アップ&アップ・グレード>され
<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】が産み育てられて
<人生の旗印>として高く掲げる【ミッション:大義・使命・天職】に一意専心し
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
日々新に前に遠く上に高く勇猛果敢に<前進・向上・勇進>に導いてくれます!

●目をまっすぐ前に注げ。
 あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
 どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
 あなたの道は常に確かなものとなろう。
 右にも左にも迷い出てはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ
(箴言4-25~27)
●進め。どこまでも進め。
 前途を疑惧せずして進め。
 倒るるも退(ヒ)くなかれ。
 明日は今日よりも完全なれ。
 明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、快活にして、謙遜にして、独立なれ。
 進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
 安全は退きて求むべきものにあらずして、進みて達すべきものなり。
 歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。臆病者に平和あるなし。
 進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●わたしの考えは、いつも前進するということです。
 もし神が人間の後退をお望みならば、
 人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう(ユーゴ)
●<希望と前進>(内村鑑三)
 人は希望的動物なり。
 彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
 希望は健全にして、回顧は不健全なり。
 「後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
 罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
 神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
 一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
 私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
 信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
 走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、
 キリスト・イエスにおいて上に召して下さる
 神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、
 勇気と希望をすこしも捨てぬ。
 私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●<向上>(内村鑑三)
 上へ、上へ、上へと、昇るは救済(スクイ)なり、降るは滅亡(ホロビ)なり。
 われらは永久に昇りて永久に救われんのみ。道の難きを意とせず、
 われなんじを支えんと主いい給えばなり。
 手段を講じてしかるのにちに進まず、主の命を確かめて懼(オソ)れなく進むなり。
 より高き、より難き、より聖き業へと進むなり。

単独の私なら一歩も踏み出せず、考え抜き、挑戦し続ける智慧も能力もないのに、
【神の愛=主イエス&聖霊】との【チーム・ワーク&チーム・スピリット】ゆえに
世間的無一物の私の個人的アクションも【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】となって
たとえ連戦連敗でも、社会的・経済的・肉体的に最悪の<どん底人生>に見えても
現実生活で倒され踏みつけられることで、かえって霊的・精神的には鍛えられて
よりいっそう崇高遠大な【ビジョン:理想・夢念・大志】を追い求めたくなります。

●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる
 (トマス・ア・ケンピス)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
 許されていると考えるからである (トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、
 力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる
 (トマス・ア・ケンピス)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲していかなる、
 いと低い事物によっても引き停められる事を望まない(トマス・ア・ケンピス)
●汝の能力は汝が日々求めるところに従わん(申命記33‐25)
●神の無限の力に頼りて我等は我等の信ずるがごとくに
 全ての事を為すを得るなり。
 何事も思いわずらってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって、祈りと願いをささげ、
 あなた方の求めるところを神に申し上げるがよい
(内村鑑三:ピリピ書4-13より)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)
●人の歩みは主によって確かとされる。
 主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手を支えておられるからだ(詩篇23‐24)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによって
 キリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
 切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、
 キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●愛に生きる者には翼がある。喜びに溢れて走り回り、
 自由で、どこにあっても束縛を知らない。
 自分に与えられる贈り物には目を留めず、すべての賜物を越えて、
 それを与えてくださる方に目を向ける(トマス・ア・ケンピス)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。<最も大切なことは、自分の使命、
 すなわち主イエスが私にお与えになった働きを全うすることです>
(使徒行伝20-24)

現実生活では様々な患難辛苦に直面した、我らの【同労者・同志】内村鑑三は、
100年前に日本国の【ミッション:大義・使命・天職】を宣言しています。
私たちも内村鑑三の【ビジョン:理想・夢念・大志】を継承して決起しましょう!

■<一日一生:11月29日>(内村鑑三)
●「背信の子どもたちよ、帰れ。わたしはあなた方の背信をいやす」
 「見よ、われわれはあなたのもとに帰ります。あなたはわれわれの神、
  主であらせられます。 まことに、もろもろの丘は迷いであり、
  山の上の騒ぎも同じです。まことに、イスラエルの救はわれわれの神、
  主にあるのです」(エレミヤ記3‐22~23)

 日本はアジアの試験場なり。
 あたかもギリシャがヨーロッパの試験場なりしがごとし。
 ヨーロッパの未来がギリシャによりて決せられしがごとく、
 アジアの未来は日本によりて決せらるるなり。
 日本人の採用する制度と、
 その開発する宗教と哲学と芸術とが、
 ついに東亜全体に普及し、
 永くその模範となりて、
 人類半数以上の運命を支配するに到るは、
 ソロン、フィジアス、プラトーらの事業が
 西洋文明の基礎を定めしがごとくなるべし。
 よって知る、吾人日本人の責任は
 わずかに同胞四千万の安全幸福にのみ止まらずして、
 ヒマラヤ山以東に住する蒼生五億余の将来に関するものなることを。
 この重大の責任あるを知る者にして、
 いかでか軽佻浮薄なるをえんや。

自助・共助・公助よりも【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】に頼って
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】と【信仰:信愛・信頼・信従】&
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】による【チーム・ワーク&チーム・スピリット】で
<神の力=人生力>である【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
<一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】に満たされて
崇高遠大な【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>として高く掲げて
<福音の戦士>【福音の勢力】<ビジョニスト:世の光・地の塩>として決起して
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
皆さんが活躍されることを心より応援しています!

●イエスと共にある者は;
 ◆青春の詩的理想を持続することができる
 ◆単純にして一貫せる生涯を完全に遂行できる
 ★平民の友★自由の主張者★理想の追求者 
 にしてその
 ★実行者★大革命家★大詩人★大預言者
●青年、壮者とは;
 常に不可能を計画する人
 常に大改革を望む人
 常に詩人的にして夢想する人
 常に利害にうとき人
 常に危険を感ぜざる人  (内村鑑三)
●<軟弱信者に告ぐ>(内村鑑三)
 キリスト教を究めよ、キリスト教について聞かんと欲するなかれ。
 聖書を学べよ、宗教文学を楽しまんと欲するなかれ。
 神を信ぜよ、教会と教師とに頼らんと欲するなかれ。
 己の弱き訴うるを止めて自ら強からんことを求めよ、
 いつまでも信仰の乳をもって養われんと欲する信仰の赤子たるなかれ。
 堅きに耐え、神の信頼を値(ネウチ)する福音の戦士たれ。
●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2013年2月15日に作成した<第608回>に加筆】
◇◇<信仰の門>を<羊の門>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇
★★カトリック<信仰の門:【信仰年】開催>宣言に思うこと★★

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/embed/videoseries?list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

ご存知の方も多いと思いますが、今年は信仰的特別年としてカトリック教皇による
<信仰の門:【信仰年】開催の告示>が発令されたそうです。

第二バチカン公会議開幕50周年、『カトリック教会のカテキズム』発布20周年の
2012年10月11日に始まり2013年11月24日の王であるキリストの祭日に終わります。

この新たな福音宣教の【信仰年】に現教皇は在任中として異例の600年ぶり8人目の
在位中(2月28日)の辞任を発表しました。以下は日本カトリック中央協議会の
WEB(HP)に掲示された内容です。
===================================
教皇は、「多くの急激な変化を伴い、信仰生活にとって深刻な意味をもつ問題に
揺るがされている現代世界にあって聖ペトロの船を統治し福音を告げ知らせるには
肉体と精神の力がともに必要です。
この力が最近の数か月に衰え、わたしにゆだねられた奉仕職を適切に果たすことが
できないと自覚するまでになりました。」と辞任の理由を述べられました。
 <http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/cbcj/130213.htmより抜粋>
===================================

世界的権威のローマ・カトリック教皇でさえも、本人が発令したにもかかわらず、
何が起きたのでしょうか?<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>の
総攻撃によって<逃げ腰・及び腰・弱腰>に追い込まれたのだと実感出来ます。
それほどに<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>が強大化している証拠ですね。

日本人が国内外で神も仏もないかのような無惨な事故・事件に巻き込まれるのも、
まさに私たち一人一人の<信仰精神>が試されている特別な一年となる予兆です。
驚嘆の不条理な悲惨・悲劇にも打ち負かされること無く、理解不能な背景にも
【神の愛=主イエス】に立帰る将来と希望に導く<計画>【御心:聖意・聖旨】を
見出しましょう!

●主は言われる、私があなた方に対して抱いている計画は私が知っている。
 それは災いではなく平安を与える計画である。
 あなた方に将来と希望を与えるためのものである(エレミヤ記29-11)
●<われのすべて>(内村鑑三)
 産を失うも可なり、願わくは神の御顔を見失わざらんことを、
 病いに悩むも可なり、願わくは神の御旨(ミココロ)を疑わざらんことを、
 人に棄てらるるも可なり、願わくは神に棄てられざらんことを、
 死するも可なり、願わくは神より離れざらんことを、
 神はわがすべてなり、神を失うて、われはすべてを失うなり。
 「われらに父を示し給え、さらば足れり((ヨハネ伝14-8)」
  わが生涯の目的は神を視、かれをわが有(モノ)とするにあり、
  その他にあらず。
●諸民族を、その間違った道から神の信仰へ連れ戻すために苦難の時代が
 やって来なければならない場合に普通神は先ず幾人かの個人に苦難をなめさせ、
 その後でこれらの人達が、その他の人々に向かって自分達の経験に基づく故に
 確信をもって教え説くことができるように導き給う。
 そうすれば、この先駆者たちは一般の人々の苦難の時にも勇気を失う事なく、
 なお救われる見込みのある者を励ますにちがいない(ヒルティ)
●私の思いは、あなた方の思いと異なり
 私の道は、あなた方の道と異なる
 主の御告げ
 天が地よりも高いように
 私の道は、あなた方の道よりも高い
 私の思いは、あなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●見よ、侮る者たちよ、驚け、そして滅び去れ、
 私はあなた方の時代に一つの事をする。
 それは人がどんなに説明して聞かせても
 あなた方の到底信じられないような事なのである(ハバクク書1-5)
●我が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●どんな良い事も、最初に一番良い顔をみせはしない(ヒルティ)

カトリック総本山による<聖戦>布告によって映画「エクソシスト」のように
教皇でさえも【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】や無力感や絶望感へと
追い込まれるのですから、私のような世間的無一物の<不義・不正・不実>なら
木っ端微塵の八つ裂きにされても当然でしょうが、興味深いことに、私ごときは
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>から見れば、仲間であると思われていて
私の【福音伝道】などは相手にもされませんから安心して前進あるのみです!

●キリスト信者たる栄誉の一つは、よわき取るに足らざるこの身をもって、
 なおも大望を抱いて、その一部分を遂行しうるにあり(内村鑑三)
●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした
(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)

そうです!ローマ・カットリック権威の枝が折り取られて、今こそ私のような
既成教会制度の外にある<野生:異端・異教徒・異邦人>にバトンタッチされて
<信仰の門>を切り拓く【ミッション:大義・使命・天職】に活躍する出番です!

●ある枝が折り取られ、野生のオリブであるあなたが、その代りに接ぎ木され、
 根から豊かな養分を受けるようになった(ロマ書11‐17)

ユダヤ教会権威が不従順に閉じこまれたおかげで、キリスト教権威が生まれて、
【主の門】が開放され、今度はキリスト教会権威が不従順に閉じこまれる事で
世間的・教会権威から見て<異端・異教徒・異邦人>が<召命>されるのです。

●私(主)は私を求めない者に見出させ、私を尋ねない者に、自分を現した
 (イザヤ書65‐1、ロマ書10‐20)
●イスラエルは、その追い求めているものを得ないで、
 ただ選ばれた者がそれを得た。他の者はかたくなになった(ロマ書11‐7)

私たちはユダヤ教会やキリスト教会を完全否定したり、忘恩で傲慢になっては
いけないと思います。彼等の命がけの信仰のおがげで【神の愛=主イエス】が
全人類に示されたことは<異端・異教徒・異邦人>も感謝すべきだからです。

現在のユダヤ民族やキリスト教権威が堕落腐敗している事に注目するのではなく、
教会権威未公認で教会の外にある世界の<野生勢力:異端・異教徒・異邦人>が
【神の愛=主イエス】と出逢って救われる【御心:聖意・聖旨】が働いていると
確信します!

●一部のイスラエル人がかたくなになったのは、
 異邦人が全部救われるに至る時までのことである(ロマ書11‐25)
●あなた方が、かつては神に不従順であったが、
 今は彼等(ユダヤ)の不従順によってあわれみを受けたように、
 彼等も今は不従順になっているが、
 それは、あなた方の受けたあわれみによって、
 彼等自身も今あわれみを受けるためなのである(ロマ書11‐31)
●神は全ての人をあわれむ為に、全ての人を不従順の中に閉じ込めたのである
 (ロマ書11‐32)

そして、<枝>に過ぎない教会権威が世界を救済するのではなく<根>である
【神の愛=主イエス&聖霊】自身が全人類を救済する事を私たちは目撃できる
歴史的証人となれることを楽しみにしましょう!

●折り取られた枝に対して誇ってはなりません。誇ったところで、
 あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです
 (ロマ書11‐18)
●真理は教会より大なり!(内村鑑三)
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
 彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
 キリストの教会は世界にして、会員は人類なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
 そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
 キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
 生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)

私たちが目撃する不条理な悲惨悲劇が多発し続けるのは【神の愛=主イエス】が
見殺しにしたり見放しているからではなく<いつも一緒!>に見守っています!
たとえ死んでも、地獄に落ちたとしても、決して見捨てることはありません。

●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
 (内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
 そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
 (詩篇139-9~10)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
 たとい彼等が忘れるようなことがあっても、私(主)はあなたを忘れることは
 ない(イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
 <Very Important Person in God's Eye>(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●これらの小さい者の一人が滅びる事は天に在ますあなた方の父の御心ではない
 (マタイ伝18‐14)
●あなた方の髪の毛までも一本残らず番号をつけるように数えられている
 (ほど愛されている)だから恐れるな!(マタイ伝10-30~31、ルカ伝12-7~8)

それでは、何故いつまでも不条理な悲惨・悲劇が起こり続けているのでしょうか?
私の現在の霊的解釈では、私たちの過度な<肉食文化>や動植物への虐待的な
行為の反映だと感じます。私たちが動植物への不条理な悲惨・悲劇を起こす限りは
私たちも同様な<境遇>に追い込まれているのだと実感できます。

●イエス言ひ給ふ「なんぢ剣を元に收めよ、全て剣をとる者は剣にて亡ぶるなり」
(マタイ伝26-52)
●主に逆らう悪しき者は剣を抜き、弓を張って、悩む者、貧しい者、乏しい者を
 打ち倒し、直く歩む者を切り殺そうとする。
 しかしその剣はおのが心臓を貫き、その弓は折られる(詩篇37-14~15)

私たちは宇宙にまで飛び出せる技術・能力がありながらも、いまだに肉食を止めず、
残忍な殺戮<屠殺・生体実験・ペット処分・動物虐待・自然破壊>を繰り返す事は
当然の報復が来ても文句を言える立場でなく、覚悟して生きなければなリません。

●見よ、わたしはすぐに来る。わたしは、報奨を携えて来て、
 それぞれの行い・仕業に応じたふさわしい報奨を与えよう
(黙示録22-12)

私自身も過度な肉食や動植物殺戮の筆頭にあるので、いつどこで何が起ころうとも
不思議でも不条理でもなく、悲劇や悲惨も【神の愛=主イエス】に立ち帰るために
<闇・マイナス・悪>を<光・プラス・善>に転じる【御心:聖意・聖旨】に頼る
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】の<完全お任せ人生>であるので、
一切心配御無用!の<不屈の楽観・楽天主義>で積極的・前向きに前進できます!

●彼らの全ての悩みや苦難を、いつも主は御自分の悩み苦難とし、
 御前に仕える御使いによって彼らを救い、愛と憐れみをもって彼らを贖い
 昔からずっと、彼らを背負い、彼らを抱き携えて来られた(イザヤ書63-9)
●主は助けを求める人の叫び求める事を聞き、苦難から常に彼らを助け出される。
 主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
 主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
 骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる
(詩篇34-17~20)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語る事によってキリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い希望している。
 私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
 神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
 しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
 すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
 <すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)

そして【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に無力感や絶望に恐れる事無く
最後の最後まで【神の愛=主イエス】と【信仰:信愛・信頼・信従】の<福音>を
伝え続けて<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の策略に立ち向かう<聖戦>に
参戦して<迎撃:対戦・応戦・抗戦>に決起します!

●最後に言う。主に依り頼み、その偉大な大能の力によって強くなりなさい。
 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神の武具で身を固めなさい
●主は私の羊飼い、主は必要なものはみな与えて下さり、
 私には何も欠けることがない。
 主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
 傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
 主の御名にふさわしい義の道に導き、
 私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
 たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
 主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
 あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
 主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
 私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
 生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
 やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
(詩篇23-1~6)

まさに<信仰の門>は<肉食文化根絶・エデンの楽園>の入口<羊の門>であり、
肉魚に優る<肉感コピー食・嘘肉・偽肉>を産み出して全世界に普及させるのは、
欧米人や戒律民族よりも<食>を愛する【タレント:個性・才能・可能性】を持つ
私たち日本民族に託された【ミッション:大義・使命・天職】と確信しています!

●私(主)は全地のおもてにある種をもつ全ての草と種のある実を結ぶ全ての木とを
 あなた方に与える。これはあなた方の食物となるであろう(創世記1‐39)
●命ある者には、食物として全ての青草を与える(創世記1‐30)
●川のほとり、その両岸にはあらゆる果樹が生長し、その葉も枯れず、
 実も絶えることもなく、毎月、新しい実をつける。
 その水が聖所から流れ出ているからである。
 その実は植物となり、その葉は薬となる(エゼキエル書47‐12)
●野菜を食べて互いに愛するのは、肥えた牛を食べて互いに憎むのにまさる
 (箴言15‐17)
●狼と子羊は共に草をはみ
 獅子は牛のように、わらを食べ、
 ヘビは塵をその食べ物とし、
 私の聖なる山のどこをおいても、そこなわれることなく、滅ぼされることもない。
 と主は仰せられる(イザヤ書65-25)
●狼は子羊と共に宿り、ヒョウは子山羊と共に臥し、子牛、若獅子
 肥えたる家畜共にありて小さき童子(ワラベ)に導かれん。
 雌牛と熊とが共に草を食べ、その子らが共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。
 乳飲み子はコブラの穴の上で戯(タワム)れ、
 乳離れした子はマムシの子に手を伸べる。
 私の聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。
 主を知る事が、海をおおう水のように、地を満たすからである(イザヤ書11-6)
●神は仰せられた「見よ、私は全地の上にあって、種を持つ全ての草と、
 種を持って実を結ぶ全ての木をあなた方に与えた。
 それがあなた方の食物である。また、地の全ての獣、空の全ての鳥、
 地をはう全てのもので命の息のあるもののために、食物として、
 全ての緑の草を与える」すると、そのようになった
(創世記1-29~30)

<信仰の門>を切り拓く事で<肉食文化根絶:エデンの楽園>に導く<羊の門>を
再建する【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】には【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に掲げる<福音の戦士>【福音の勢力】として決起して<聖戦>に
参戦して皆さんが【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に活躍されることを
心より応援しています!

●はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を
 乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。
 門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、
 羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す
 (ヨハネ伝10-1~3)
●イエスはまた言われた。「はっきり言っておく。私は羊の門である」
 (ヨハネ伝10-7)
●私は門である。私を通って入る者は救われる。
 その人は、門を出入りして牧草を見つける(ヨハネ伝10-9)
●善き音信(オトズレ)をシオンに伝える者よ、高い山にのぼれ。
 善き音信をエルサレムに伝える者よ、力の限り強く声をあげよ、
 声をあげて恐れるな。
 ユダのもろもろの町に言え、「あなた方の神を見よ」と。
 見よ、主なる神は大能をもって来られ、その御腕は世を統治される。
 見よ、主の勝ち取られたものは主と共にあり、
 そのはたらきの実りは、主の御前にある。
 主は牧者(羊飼い)のように、その群れを養い、
 御腕でもって小羊を集め引き寄せ、ふところに抱き入れて携えゆき、
 乳を飲ませている母をやさしく導かれる(イザヤ書40-9~11)
●兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。
 これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、
 あなた方が受け入れ、また、それによって立っている福音です。
 どんな言葉で私が福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、
 あなた方はこの福音によって救われます。
 さもないと、あなた方が信じた事自体が、無駄になってしまうでしょう
 (コリント後書15-1~2)
●あなたは野の石と契約を結び、野の獣はあなたと和解する(和らぐ)
(ヨブ記5-23)
●その日、私はあなた方のために野の獣、空の鳥、地をはうものと契約を結び、
 弓と剣と戦いを地から絶やし、あなた方を安らかに憩わせる
(ホセア書2-20)
●主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
 彼等は剣をうち変えて鋤(スキ)となし、その槍(ヤリ)をうち変えて鎌となし、
 国は国に向かいて剣をあげず、戦闘のことを再び学ばない(イザヤ書2‐4)
●主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。
 彼らは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない(ミカ書4-3)
●私はエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。
 戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。
 彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ(セカリヤ書9-10)
●あなたの地は再び不法を耳にすることなく、
 暴虐と破壊と崩壊は領土のうちから絶える。
 あなたの城壁は「救い」と城門は「栄誉」と呼ばれる(イザヤ書60-18)
●まことに主はシオンを慰め、その全ての廃墟を慰めて、荒野をエデンの園とし、
 砂漠を主の園とする。そこには楽しみと喜び、感謝と歌声が響く
(イザヤ書51-3)
●牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、
 その群れを探すように、私は自分の羊を探す。
 私は雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す
(エゼキエル書34-12)
●彼らは荒野や荒れ地をさまよい、住むべき町へ行く道を見失った。
 飢えと渇きに彼らの魂は衰え果てた。
 苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、
 主は彼らを苦しみ悩みから救い出された。
 そして、住むべき町に行き着くまで、主はまっすぐな道に彼らを導かれた。
 主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
 まことに主は渇いた魂を満ち足らせ、飢えた魂を善きもので満たされた
(詩篇107-4~9)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)





【2013年1月30日に作成した<第607回>に加筆】

◇◇人権・人道100%最善発揮に導く【神の愛=主イエス】!◇◇



★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★

http://www.youtube.com/embed/videoseries?

list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM



【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!

世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!



教育現場の「いじめ」や「体罰」についてマスメディアや政界で問題提起しています。

しかし、今までのところ、宗教関係の有識者の発言や提言は取り挙げられていません。

私の視点では、学校だけでなく現代社会の至る所で起きる人間関係の対立・分裂とは

<不義・不正・不実>な不当な扱いに勇気をもって立ち向かえず屈服妥協してしまい

個人の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う<精神的自由>を侵害争奪してくる

自己の<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>との<霊的自由闘争>です。

つまり<万軍の主>【神の愛=主イエス】が私たちのために戦ってくれる<聖戦>です。



●最後に言う。主に依り頼み、その偉大な大能の力によって強くなりなさい。

 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神の武具で身を固めなさい。

 私たちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、 

 権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。

 それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、

 堅く立ちうるために、神のすべての武具を身につけなさい

(エペソ書6-10~13)

●よく聞け。主はあなた方にこう言われる。

 『この大軍を前にしても恐れるな。おじけるな。これはあなた方の戦いではなく、

 神の戦いである』(歴代志略下20-15)

●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない

 (テモテ後書2-5)

●私はあなた方に言った。「うろたえてはならない。彼らを恐れてはならない。

 あなた方に先立って進まれる神、主御自身が、エジプトで、あなた方の目の前で

 なさったと同じように、あなた方のために戦われる(申命記1-29~30)

●主があなた方のために戦われる。あなた方は静かに黙していればよい

(出エジプト記14-14)

●強く雄々しくあれ。アッシリアの王とその全軍団を見ても、恐れてはならない。

 おじけてはならない。我々と共においでになる方は、敵と共にいる者より力強い。

 敵には肉の腕である人の力しかないが、我々には我々の神、主がいて助けとなり、

 我々のために戦ってくださる(歴代志略下32-7~8)



命の問題、精神的・霊的問題にもかかわらず、宗教や信仰精神が軽視されている事に

問題解決が困難な原因があると思えます。見方を変えれば、人間力では万策尽きて

【神の愛=主イエス】の【信仰:信愛・信頼・信従】に立ち帰るビッグチャンスです!



●<宗教とは何ぞや>(内村鑑三)

 宗教とは内的生命である。人には外的生命の他に内的生命がある。

 肉体の生命の他に霊魂の生命がある、

 この世の何物をもってしても与えることの出来ない生命がある、

 財産を奪われ、名誉をそがれ、よし健康を失いてもなお残る者がある。

 それが内的生命である。そして、内的生命を与える者が宗教である。

 ゆえに宗教はこの世に在る者であって、この世の属(もの)でない、

 直(ただ)ちに神より人の霊魂に臨む者であって政府も学府も、

 然り教会も寺院も与えることのできる者でない(内村鑑三)

●人の生涯は、いつか突然、単純な信仰の境地が訪れて、神への愛がなければ、

 どんな信仰も、また神の意志についてのどんな歴史的な、あるいは教養的な知識も

 魂の向上に役立たないことがわかり、反対に、心のなかに神への愛があれば、

 一切が明らかになり、やさしく、簡単になる、ということを示される。

 我々はこのような境地に達しなければならない。そうなれば、

我々は全ての哲学書や神学書を閉じてよろしいし、またそうしたくなる(ヒルティ)


現代の社会問題の解決策は霊的<パワー・アップ&アップ・グレード>であると、

私は確信しています。具体的には【神の愛=主イエス】の【福音伝道事業】として

チャプレン(従軍牧師)的【父性型カウンセラー】と24時間<福音伝道>放送の

社会普及が、私の【ビジョン:理想・夢念・大志】です。



●霊魂を救うのではない。霊魂を創造(ツク)るのである。

 イエス・キリストを紹介して彼より生命(霊魂)を受けしむるのである。

 伝道とは、救済とはこれである(内村鑑三)

●<最大事業>(内村鑑三)

 国産を興すも事業なり、善政を布(シ)くも事業なり、教育を施すも事業なり、

 大文学を産むも事業なり、しかれどもこの他になお一大事業存するあり、

 イエスキリストを世に紹介するの事業これなり。

 イエスは食物なり、また飲料(ノミモノ)なり。

 かれは心霊的天地なり、イエスもまた人生の必要物なり。

 人はかれによらずして父に来るあたわざるなり。

 伝道は真面目なるかつ確実なる事業なり、

 しかり、橋を架するよりも、運河を鑿(ウガ)つよりも、難かつ有益なる事業なり。

●<福音の勢力>(内村鑑三)

 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む

 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す

 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す

 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す

 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において

 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。

 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。

●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり

 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。

 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)

●<キリスト教の真意>(内村鑑三)

 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、

 これキリスト教の真実となす。

 -天体に神の栄光を探る

 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む

 -詩歌に神の無限の愛をたたえる

 -美術に神の美妙の理想を現わす

 -農は神と共に神の地を耕すこと

 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること

 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと

●世に惨事多きや、福音を説くべし

 世に罪悪多きや、福音を説くべし

 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし

 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし

 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)



不当ないじめ、DV、体罰など【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う精神的自由を

侵害争奪する<聖戦・霊的自由闘争>に、独りでも<対戦・応戦・抗戦>できるように

家庭内、教育現場、職場環境でも、至る所で、<善い物は善い!>【真・善・美】に

従う【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に<パワー・アップ&アップ・グレード>して

【神の愛=主イエス&聖霊】が<Universal Absorbing Power>に満たしてくれます!



●【どこに至るも真理を吸収する力:Universal Absorbing Power(内村鑑三)】

  ★すべて真実なこと、すべて敬い尊ぶべきこと、すべて正しき(公義な)こ と

  ⇔【宗教的真理】<真>

  ★すべて純真で清く潔いこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること

  ⇔【道徳的善行】<善>

  ★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、また徳といわれるもの、

  称賛に値する(耳に善き響きある)もの

  ⇔【審美的美事】<美>

 それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ)

 (ピリピ書4-8)

●あなたはこの人生において、一人の善き人間になるべきである。

 常に善き霊の励ましに従い、その他の全てを拒むような一人の人間になりなさい

(ヒルティ)



【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の【信仰:信愛・信頼・信従】で

結ばれて<全生・全身・全霊>の【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で

生きる事は【神の愛=主イエス】に100%お任せして<神の奴隷>となることです。



人間関係だと他者に100%お任せする奴隷状態になれば、私の≪人格・自由意志≫は

0パーセントになってしまう覚悟が必要でしょう。一方で、【神の愛=主イエス】は

私たちの≪人格・自由意志≫100%に最善発揮させて、同時に≪神の支配≫100%で

自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と【ビジョン:理想・夢念・大志】に従える

<真の自由>獲得に導いてくれるので、まさに人間業で不可能な【神業】を示します!



●<真の自由>(内村鑑三)

 ◆真の自由は発意である    ⇔ Unconditional(無境遇)

 ◆真の自由は正しき選択である ⇔ 霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道

 ◆真の自由は善き意志を行う能力である 

●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である

 何事をも為しうる状態又能力でなく,

 ある事を為さずしてある他のことを為す能力

 ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力  

●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)

●真の自由とは、自已のうえに万事をなしうることである

 [真の自由とは、すべてのことを己の基準でなしうることである](モンテー二ュ)

●人間生活は意志の自由に基づいており、それに、神は自由な人間と、

 みずから進んで働く僕とを欲していられるからである(ヒルティ)

●自由だ!自由だ! 全能の神に感謝すべきかな。

 私たちはついに自由になった!(キング牧師)

●<境遇と意志>(内村鑑三)

 人と天然とは外より働き、神は内より働き給う。

 前者は境遇を作り、後者は意志を作り給う。

 吾人が神に到るはかれに意志を強くせられんためなり、

 境遇に勝ちえて自ら新境遇を作らんためなり。

 人は神の子なり、境遇の奴隷にあらず。神に依りて境遇を無視し、

 これを破りて意志の自由を実行すべき者なり。

●人はただ信仰によってのみ自由とされるのであって、いかなる意味においても

 行為の正しさによって自由をえるのではない(ルター)

●主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由がある

(コリント後書3‐17)

●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。

 だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない

(ガラテヤ書5-1)

●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)

●我が名を畏れ敬うあなた方には義の太陽が昇る。その翼には、癒しの力がある。

 牧場に放たれた牛舎の子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる

(マラキ書4-2)

●貧しい者に福音を宣(ノ)べ伝え

 霊的な囚人を釈放し

 霊的な盲人の目を開かせ

 虐げられ打ちひしがれた者に自由を得させる

(ルカ伝4-18、イザヤ書61-1)

●自由人にふさわしく行動しなさい。

 ただし、自由をば悪を行なう口実として用いず

 神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ前書2‐16)

●あなた方が召されたのは、実に自由を得るためである。

 ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい

 (ガラテヤ書5‐13)



世間では人権侵害や人道違反だと法律や制度改正による解決策を検討していますが、

人権も人道も百%守りたいならば、<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】に

百%お任せする【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】を私は確信をもって

皆様にお奨めします!



●視よ、我は世の終わりまで常に汝等と共に在るなり

 ≪With You Always≫(マタイ伝28‐20)

●神は我等の避け所、また力なり。悩める時の最もちかき助けなり(詩篇46-1)

●私が神に信頼していた時には、神は決して私を見捨てられなかった

(クロムウエル)

●人間はすべて唯一神全知全能なる創造主の作品であり、彼の所有物であって

 他の誰のためでもなく、彼が喜ぶかぎりおいて生存するように作られている

 (ジョン・ロック)

●汝の道を主にゆだねよ、

 主に信頼せよ、

 主はそれをなしとげ

 光のごとく汝の義をあきらかにし、

 真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6)

●心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。

 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。

 そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)

●主は人の一歩一歩を定め、主は御旨にかなう道を備え、

 その行く道を喜ばれる。

 人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。

 全く打ち捨てられることもない。

 主がその手を助け支えられるからである。

 若い時にも老いた今も、私は見ていない。

 主に従う人が捨てられ、

 あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見たことがない。

(詩篇37-23~25)

●私はあなたの仰せの道を走ります。

あなたが、私の心を広くしてくださるからです(詩篇119-32)

●主よ、私は知っています。人間の道は、その人によるのではなく、歩くことも

 その歩みを確かにすることも、人によるのではないことを(エレミヤ書10‐23)

●人の歩みは主によって定められる。人間はどうして自分の道を理解できようか

 (箴言20‐24)

●人は心に自分の道を思い巡らす。

 しかし、その人の歩みを確かにするものは主である(箴言16‐9)

●人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。

 その人は倒されてもまっさかさまに倒されはしない。

 主がその手を支えておられるからだ(詩篇37‐23~24)



皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】で人権も人道も百%守られて

<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に

高く掲げて【神の愛=主イエス&聖霊】と共に、現代社会の至る所で多発している

<精神的自由>の侵害争奪する<聖戦・霊的自由闘争>に<対戦・応戦・抗戦>して

たとえ強大な<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>の奇襲攻撃によって

【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】で連戦連敗の危機に追い込まれようとも

<真の自由><善い物は善い!>【真・善・美】<Universal Absorbing Power>で

【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】で打勝ち

<我が道>【ミッション:大義・使命・天職】を生きる活躍を心より応援しています!



●未来はいくつか名前を持っている。

 弱者にとっては『不可能』。

 臆病者にとっては『未知』。

 考え深く勇気のあるものにとっては『理想』(ユーゴ)

●上を見よ、下を見るなかれ

 前を見よ、後ろを見るなかれ

 外を見よ、内を見るなかれ

 しかして、人に手を貸すべし (エドワード・へール)

●青年よ大志を抱け!(クラーク)

●汝の車を星につなげ!(エマーソン)

●失敗は罪ではない、目的が低いことが罪である(内村鑑三)

●美しいビジョン気高い理想を抱き続けている者は、

 いつの日にか、それを現実にするものとする。

 コロンブスは、未知の世界のビジョンを抱きつづけ、それを発見した。

 コペルニクスは他の無数の世界と、

 より広い宇宙のビジョンを抱きつづけ、それを証明した。

 ビジョンを持つことだ。理想を描くことだ。

 あなたの心をこよなく鼓舞するもの、あなたの心に美しく響くもの、

 あなたが純粋な心で愛することのできるものをしっかりと胸に抱く事だ。

 その中から、あらゆる喜びに満ちた状況、

 あらゆる天国のような環境が成長する。

 もしあなたがそれを抱きつづけたならば、あなたの世界はやがて、

 それに基づいて築かれることになる(ジェームズ・アレン)

●私は自分を強くしてくださった私たちの主キリスト・イエスに感謝する。

 主は私を忠実な者と見て、この務めに任じてくださったのである

 (テモテ前書1-12)

●私はあなた方に悟りを与え行くべき道を教えよう。

 私はあなた方に目を留めて助言を与えよう(詩篇32‐8)

●神に従う者の道は平らである。

 あなた(主)は神に従う者の道筋をならし平らにされる(イザヤ書26‐7)

●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。

 主を知るは知恵のはじめである(ホセア書研究:内村鑑三)

●あなたのしようとすることを主にゆだねよ、そうすれば、

 あなたの計画はゆるがない(箴言16-3)

●真っ先に人間に慰めを求めないで、神にそれを求めなければならない(ヒルティ)

●神(愛)を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん

 (内村鑑三)

●おまえの不幸に打ち負かされるな。神に頼れ、そうすれば勝つだろう。

 洪水が襲ってきても、おまえは上にあって、溺れないだろう。

 苦し過ぎる重荷を負わされたならば、

 主なる神が既にお前の願いを聞き給うたのだ(パウル・ゲルハルト)

●主が言われた『私の恵みはあなたに対して十分である。

 私の力は弱いところに完全にあらわれる』それだから、

 キリストの力が私に宿るように、むしろ喜んで私の弱さを誇ろう

 (コリント後書12~9)

●神はあなた方にあらゆる恵みを豊かに与え、

 あなた方を常にすべてのことに満ち足らせ、すべての善いわざに

 富ませる力のある方である(コリント後書9‐8)

●嘆くのはやめて旅をし続けるがよい。すでに与えられたものをしっかり守れ

 この午後をなお歩み続けるならば、夕べには平和がさし招くであろう(ヒルティ)

●<最大の能力>(内村鑑三)

 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。

 これが世界を動かした力である。

 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、かくて自己は死して

 神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。

●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、

 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、私たちの

 主キリスト・イエスにおける神の愛から私たちを引き離すことは

 できないのである (ロマ書8‐38~39)



ハレルヤ!栄光を主に帰します。

主の恵みに感謝します!アーメン



それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。

May grace and peace be with your spirit.

Good luck & God bless you!

 

メイル歓迎します。

cforum@tanaka.name

田中 聡(さとし)





【2013年1月14日に作成した<第606回>に加筆】
◇◇<愛神献霊:自主独立精神・自由・独立>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/embed/videoseries?
list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

新年2013年を迎えて政治的・経済的・社会的に「このままだと危険だ!」という
内外とも国難の大危機にあると自覚する日本人が多数派になりつつあると感じます。
日本も世界も<価値大転換:パラダイムシフト/マクロシフト>が解決策である事を
理解し、各民族国家が存亡を賭けて官民一体で新価値を打ち立て新時代を切り拓く
<国家ビジョン>を模索している勢力大再編の時代到来です。

●国家興隆するときには、理想を以て生活とし、
 国家衰退するときには、生活を以て理想とす(徳富蘇峰)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)

明治時代の精神啓蒙に貢献した福澤諭吉が「国家の独立は国民の独立より」を
提唱したように、現代日本国再建も、個人の<自主独立精神:自由・独立>から
始まるので、社会の最悪ピンチは私たち個人が活躍できる絶好のチャンスです!

●我れをしてまず凝結の基礎たらしめよ。さらば我れより凝固は始まるべし。
 我れをして万有の土台の上に屹立(キツリツ)せしめよ。
 さらば周囲はおのずから来たりて我れより整列するに至るべし。
 これ革新事業成功の大秘訣なり(内村鑑三)
●個人をもって始まらざる事業にして、偉大なる事業あるなし(内村鑑三)
●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせて、
あなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●ひとりひとりの個人の運命を改善することなくしては、
 よりよき社会の建設は不可能です。
 ですから、各人が自分の運命を切り開いていこうと努力しながら、
 しかも同時に全人類にたいして責任をわけもたねばならないのです。
 なぜなら、自分が一番役にたってあげられる人々をたすけることは、
 私たち一人一人の義務だからです(キュリー夫人)
●それぞれの個人には、この世で身にあった仕事がある。
 その仕事に就けるかどうかが重要なことだ(ホーソン)

明治維新の新時代を築いた政治的指導者たちは欧米視察を体験して、近代化には
キリスト教精神のような日本民族の精神的支柱が不可欠だと認識したと聞きます。
明治新時代が国学精神復興と国家神道を打ち立てて樹立されたように、今世紀に
キリスト精神後進の日本民族が先頭に立って、【神の愛=主イエス】に立ち帰る
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
挑戦することで世界的宗教大改革が起こる事を私は確信します!

●キリスト教を純日本人のものとなし、これをもって日本を救い、
 かつ世界における日本国の使命を果たさしめん(手島郁郎)
●聖霊の恩化に浴した大和島根が、地球の祭壇として選ばれ、
 世界の光たるべき光栄を担うにいたるべきことは、
 まさに歴史の必然であり、人間の論をまたない神の予定であろう(手島郁郎)
●多くの先なる者が後にされ、後から来た者が先とされる
 (マタイ19-30、マルコ10-31、ルカ18-30)

【神の愛=主イエス】が喜ばれる【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】の
<自主独立:自由・独立>とは【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】に
通じると実感できます。

●神(愛)に仕えることを自由という(ヒルティ)
●自由とは、人より何の束縛をも受くることなくして、
 わが身を神の自由にゆだぬることなり。
 独立とは、人に由(よ)らずして、直ちに神と相対して立つことなり。
 神に使役せられんための自由なり。
 神と、顔と顔を合わして語らんための独立なり。
 クリスチャンの自由独立とはかくのごときものなり(内村鑑三)
●<独立>(内村鑑三)
 独立とは必ずしも他の援助を絶つの謂(いい)にあらずして、
 自己の有するすべての実力を活用するの謂なり。
 人一人は小宇宙なり。
 彼の内にほとんど無限の力の貯蔵さるるあり。
 これをことごとく活用せんか、
 彼ひとりの希望(正当なる)を充たし得るのみならず、
 彼は進んで他を助け、もってなお余りあるべき者なり。
●<自由独立>(内村鑑三)
 われは政府のものにあらず、
 また教会のものにあらず、
 また会社のものにあらず、
 もちろん自己のものにあらず、神のものなり。
 ゆえに神に使わるべき者にして、
 人に役(つか)わるべき者にあらざるなり。
 われ神の忠実なる僕たらんと欲して
 自由独立の人たらざらんと欲するもえざるなり。
●キリストを神として拝するも我等の良心は
 少しも品性の堕落を感じません。
 のみならず、帝王を崇拝して自由を失い、
 富豪を崇拝して威権を隕(オト)せし国民も
 イエスを神として崇め奉りて、
 その失いし自由と独立を回復した例は
 人類の歴史に幾度もあります(内村鑑三)
●キリスト者はすべての者の上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない。
 キリスト者はすべての者に奉仕する僕であって、何人にも従属する(ルター)

【神の愛=主イエス&聖霊】に向けて【信仰:信愛・信頼・信従】で堅く結ばれた
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】では【真・善・美】に感じるままに
たとえ世間が何と言おうと、家族や身内に反対されようとも、孤立無援になろうと
<善いものは善い!>と断言する<Universal Absorbing Power>に満たされます!

●<どこに至るも真理を吸収する力:
Universal Absorbing Power>(内村鑑三)
 ★すべて真実なこと、すべて敬い尊ぶべきこと、すべて正しき(公義な)こと
 ⇔【宗教的真理】<真>
 ★すべて純真で清く潔いこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること
 ⇔【道徳的善行】<善>
 ★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、また徳といわれるもの、
  称賛に値する(耳に善き響きある)もの                
 ⇔【審美的美事】<美>
 それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ)
 (ピリピ書4-8)
●事実の子たれよ、理論の奴隷になるなかれ(内村鑑三)
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり
 神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
 悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
●自由は理想にあらず、境遇にあらず、能力である(内村鑑三)
●【真の自由(内村鑑三)】
◆真の自由は発意である    ⇔ Unconditional(無境遇)
◆真の自由は正しき選択である ⇔ 霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道
◆真の自由は善き意志を行う能力である 
●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である
 何事をも為しうる状態又能力でなく,
 ある事を為さずしてある他のことを為す能力
 ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力  
●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)

内村鑑三は【神の愛=主イエス】を畏れて【この世の勢力:富・権威・名声】を
恐れない<畏神不恐人>をもって<自主独立精神:自由・独立>を示しました。
【聖書の御言葉】に「恐れるな!」が365回出現するほど<いつも一緒!>の
【神の愛=主イエス&聖霊】は、私たちの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
守り育てて、<我が道>【ビジョン:理想・夢念・大志】に導いてくれます!

●<畏神不恐人>(内村鑑三)
 神を畏れて人を恐れず
●悪の力のもとは私たちの恐怖心である。私たちがそれを恐れなくなれば
 悪はたちまち力が弱くなってしまう(ヒルティ)
●恐れるな、ただ信ぜよ(マルコ5-36)
●恐れてはならない、私はあなたと共にいる
 驚いてはならない、私はあなたの神である
 私はあなたを強くし、あなたを助け
 我が勝利の右の手をもって、あなたを支える(イザヤ書41‐10~14)
●あなた方の髪の毛までも一本残らず番号をつけるように数えられている
 (ほど愛されている)。だから恐れるな!
(マタイ伝10-30~31、ルカ伝12-7~8)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
 あなたには私が共にいるからだ。
 誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
 この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)
●父(神)を世に示さん為には隠るるなかれ
 自己を世に示さざらん為に隠れよ(内村鑑三)
●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。
 とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです
(テモテ後書4-2)

中村正直や西郷隆盛は<敬天愛人>による<自主独立精神:自由・独立>を示して
自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に掲げる【ミッション:大義・使命・天職】に従って生き抜く事で
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】で光輝く<生き様/死に様>を体現しています。

●<敬天愛人>(中村正直/西郷隆盛)
 道は天地自然の物にして,人は之を行ふものなれば,天を敬するを目的とす。
 天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ,我を愛する心を以て人を愛する也。
●人を相手にせず,天を相手にせよ。
 天を相手にして,己を尽くし人を咎めず,
 我が誠の足らざるを尋ぬべし(西郷隆盛)
●心を尽くして神を愛せよ、それからあなたの欲することをなすがよい(ヒルティ)
●善を為すは難し、しかれどもキリストにありてこれを為すは易し(内村鑑三)
●我は我に力を与え強くして下さるキリストにありて、すべてを為し得る
 (ピリピ書4‐13)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによって
 キリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
 切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、
 キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●自由を愛することは他者を愛すること(ウイリアム・ハズリット)
●各自は惜しむ心からでなく、また強いられてでもなく、自ら心で決めた通りに
 すべきである。神は喜んで施す人を愛して下さるのである(コリント後書9‐7)
●愛に生きる者には翼がある。喜びに溢れて走り回り、
 自由で、どこにあっても束縛を知らない。
 自分に与えられる贈り物には目を留めず、すべての賜物を越えて、
 それを与えてくださる方に目を向ける(トマス・ア・ケンピス)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。<最も大切なことは、自分の使命、
 すなわち主イエスが私にお与えになった働きを全うすることです>
 (使徒行伝20-24)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励まし、いつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲して、いかなる、いと低い事物によっても
 引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)

しかし、私のような<不義・不正・不実>不純・不潔の臆病者の卑怯者にとって、
もっと【神の愛=主イエス】に完全密着できる<自主独立精神:自由・独立>が
必要不可欠で、体得できたのが<愛神献霊:自主独立精神・自由・独立>です。

世間や家族や【この世の勢力:富・権威・名声】を恐れずに出し抜けたとしても
最悪・最強・最大の<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>である
<私自身:我欲・我執・我儘>の総攻撃で<逃げ腰・及び腰・弱腰>になるので
私の場合は、<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】にしがみつくために
<超歓喜!超感動!超感謝!の大讃美!大絶賛!大称賛!>の<霊的いけにえ>は
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】<自己破滅:絶望・失意・落胆>の
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】への襲撃に<対戦・応戦・抗戦>するための
<最高!最善!最美!>の<光>【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】の武装兵器です!

●あらゆる悪意、あらゆる偽り、偽善、ねたみ、いっさいの悪口を捨て去って、
 今生まれたばかりの乳飲み子のように混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。
 これを飲んで成長し、救われるようになるためです。
 あなた方は、主が恵み深い方だということを 既に味わい知ったはずです。
 この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、
 神にとっては選ばれた、尊い、生ける石なのです。
 あなた方自身もそれぞれ生ける石として用いられ、
 霊的な家に造り上げられるようにしなさい。
 そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、
 イエス・キリストを通して献げなさい(ペテロ前書2-1~5)
●夜は更け、日は近づいた。それだから、闇の業(わざ)を脱ぎ捨てて、
 光の武具を身に着けようではないか(ロマ書13-12)
●悪魔の策略に対抗して立つ事ができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-11)
●だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、
 しっかりと立つ事ができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-13)

私が献げる<霊的いけにえ>は<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>の言葉です。
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】<自己破滅:絶望・失意・落胆>に
追い込まれ孤立無援の万策尽きた<どん底状態>の時だけでなく、有頂天状態でも
いつどこでも何があろうとも、【御言葉】<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>が
私の心の中心に唇に常在しているおかげ、【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
私の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて勇進しつづける事ができます!

●感謝のいけにえを神にささげよ。あなたの誓いをいと高き方に果たせ
(詩篇50-14)
●感謝のいけにえをささげる人は、私をあがめよう。その道を正しくする人に、
 私は神の救いを見せよう(詩篇50-23)
●神よ。あなたへの誓いは、私の上にあります。私は、感謝のいけにえを、
 あなたにささげます(詩篇56-12)
●感謝のいけにえをささげ、御業を語り伝え、喜び歌え(詩篇107-22)
●あなたに感謝のいけにえをささげ、主の御名を呼び求めます(詩篇116-17)

皆さんが<畏神不恐人><敬天愛人>に加えて<愛神献霊>を武装兵器で体得する
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】の<自主独立精神:自由・独立>で
世間が何と言おうと、家族や身内の無理解にあっても、どん底人生でも有頂天でも
<善いものは善い!>【真・善・美】に従う<Universal Absorbing Power>を
最善発揮して、【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】となって世界を舞台に活躍される事を
心より応援しています!

●自由とは、あらゆる特権を有効に発揮させる特権である(カント)
●自由のあるところにのみ道徳は行われる(内村鑑三)
●真の自由とは、すべてのことを己の基準でなしうることである(モンテー二ュ)
●私は人格をすべて表現するために自由を望む(ガンジー)
●あらゆるものを奪われた人間に残されたたった一つのもの、
 それは与えられた運命に対して自分の態度を選ぶ自由、
 自分のあり方を決める自由である(フランクル)
●人間に残された最後の自由はどんな状況にあっても、
 その中で自分の態度を決める事だ(フランクル)
●人間生活は意志の自由に基づいており、それに、神は自由な人間と、
 みずから進んで働く僕とを欲していられるからである(ヒルティ)
●自由だ!自由だ! 全能の神に感謝すべきかな。
 私たちはついに自由になった!(キング牧師)
●<境遇と意志>(内村鑑三)
 人と天然とは外より働き、神は内より働き給う。
 前者は境遇を作り、後者は意志を作り給う。
 吾人が神に到るはかれに意志を強くせられんためなり、
 境遇に勝ちえて自ら新境遇を作らんためなり。
 人は神の子なり、境遇の奴隷にあらず。神に依りて境遇を無視し、
 これを破りて意志の自由を実行すべき者なり。
●人はただ信仰によってのみ自由とされるのであって、いかなる意味においても
 行為の正しさによって自由をえるのではない(ルター)
●主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由がある
(コリント後書3‐17)
●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。
 だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない
(ガラテヤ書5-1)
●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●我が名を畏れ敬うあなた方には義の太陽が昇る。その翼には、癒しの力がある。
 牧場に放たれた牛舎の子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる
(マラキ書4-2)
●貧しい者に福音を宣(ノ)べ伝え
 霊的な囚人を釈放し
 霊的な盲人の目を開かせ
 虐げられ打ちひしがれた者に自由を得させる
(ルカ伝4-18、イザヤ書61-1)
●自由人にふさわしく行動しなさい。
 ただし、自由をば悪を行なう口実として用いず
 神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ前書2‐16)
●あなた方が召されたのは、実に自由を得るためである。
 ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい
 (ガラテヤ書5‐13)
●<吉田松陰が亡くなる一年前に弟子に送った漢詩>
「志を立てるためには人と異なることを畏れてはならない
 世俗の意見に惑わされてもいけない
 死んだ後の業苦を思いわずらうな
 また目前の安楽は一時しのぎと知れ
 百年の時は一瞬にすぎない
 君たちはどうかいたずらに時を過ごすことのないように」
 (NHK「その時歴史が動いた」より)
●神のために大事を計画し、神より(与えられる)大事を望め
 (在インド宣教師ウイリアム・ケリー)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)

【2013年1月1日に作成した<第605回>に加筆】
◇◇国難を<ビジョニスト:世の光・地の塩>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/embed/videoseries?
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【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

★★★新年あけましておめでとうございます!
   2013年が飛躍の<善き年>になるよう祈念いたします!★★★

新年2013年はいよいよ世界的に<価値観大転換期:マクロシフト>が加速して
日本も乱世大混乱の国難の危機に直面しており、私たち個人個人が大活躍できる
絶好のチャンスです!

政治も経済も社会全体が分裂・対立が激化して家族や社会の<愛>が冷却するのは
【神の愛=主イエス】が日本民族救済のために急接近している証拠です!

●多くの人がつまずき、互いに裏切り憎みあい、
 多くの偽預言者が起って、多くの人を惑わし、
 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう(マタイ伝24‐10~12)
●地に平和をもたらすために、私が来たと思うな。むしろ分裂である。
(ルカ伝12-51)
●私は敵対させるために来たのである(マタイ伝10-35)
●今から後は、一家の内で5人が相別れて3人はふたりに、ふたりは3人に対立し
 息子は父親を侮り、娘は母親に、嫁はしゅうとめに逆らい、
 それぞれ自分の家の者を敵とする
 (ミカ伝7-6、ルカ伝12-53、マタイ伝10-36)

これまで信頼してきた【この世の勢力:富・権威・名声】や価値観が崩壊し続けて
最後の最後まで残るものが信仰と希望と愛であり、<最高!最善!最美!>なのは
<不滅の霊>【神の愛=主イエス&聖霊】である事を体感できる時代到来です!

●いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
 このうち最も大いなるものは愛である(コリント前書13-13)
●愛はいつまでも絶える事はない、しかし、預言はすたれ、異言は止み、
 知識はすたれるであろう(コリント前書13‐8)
●イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない
(ヘブル書13-8)
●あなたの不滅の霊がすべてのものの中にある(知恵の書12-1)

【神の愛=主イエス】に<相思相愛の主従関係>の【信仰:信愛・信頼・信従】で
堅く結ばれて【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】に活かされるならば、
たとえ政治家や社会的成功者でなくても私のように世間的落ちこぼれの無一物でも、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を体現する<ビジョニスト:世の光・地の塩>に
【神の愛=主イエス】は導いてくれます!

●<一日一生:5月28日>(内村鑑三)
 国に尽くさんと欲せば、必ずしも政治または軍事に携わるの要はない。
 社会に仕えんと欲せば、必ずしも社会事業に従事するの要はない。
 われに賦与されし能力(ちから)に応じ、わがなすべき事を忠実になせば、
 それ以上の愛国的な行為はない。また社会的事業はない。
 レンブラントは善き絵を描いて、オランダ国の名を世に揚げた。
 ワーズワースは善き詩を作りて、英民族の風儀を一変した。
 奉公の道は一にして足りない。
 美術も音楽も作詩も説教も、忠実にこれをなせば、
 国を興し民を化するの事業である。
 必ずしも議会の壇上に登るに及ばず。
 ひとり書斎にこもり、考え方を万世に垂(た)るることができる。
 必ずしも慈善事業に従事するに及ばず。
 教壇に聖書を講じて、慈善以上の大慈善を施すことができる。
 わがなすべくこの世におくられし事を忠実になして、
 われは国家を益し、社会を改め、しかり、全宇宙を動かすことができる。
 願う、静かにして、運動また宣伝の手段を用いずして、
 小にして大なる愛国者または改革者たらんことを。

どんなに<不義・不正・不実>の闇深く患難辛苦に満ちた自己と此の世であろうと
皆さんが【神の愛=主イエス】との【信仰:信愛・信頼・信従】で堅く結ばれた
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】に守られ育てられ導かれることで
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<ビジョニスト:世の光・地の塩>となって世界を舞台に活躍される事を
心より応援しています!

●暗い嵐の夜に
 だれも松明(たいまつ)に火をつける者がなく
 扉をたたく君に
 だれ一人として応じる者がいなくとも
 君よ、失望してはならない
 雷(いかずち)が激しくとどろくなかで
 我が心の松明に火をつけ
 一人、暗闇のなかで火を燃やせ(タゴール)
●暗いと不平をいうよりもすすんであかりをつけましょう!(心のともしび)
●一灯を下げて暗夜を行く、暗夜を憂うることなかれ、ただ一灯を頼め
 (佐藤一斎)
●たった一つのロウソクなどと考えてはなりません。
 すべての人が自分のロウソクに火を灯せば、
 真っ暗な夜を明るい昼に変える事ができるのです(オグ・マンディーノ)
●「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、私たちの心の内に輝いて、
 イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光の知識を明らかにし悟るために、
 光で照らして下さったのである(コリント後書4-6)
●その言の奥義は、代々にわたってこの世から隠されていたが、
 今や神の聖徒たちに明らかにされたのである。
 神は彼らに、異邦人の受くべきこの奥義が、
 いかに栄光に富んだものであるかを、知らせようとされたのである。
 この奥義は、あなたがたのうちにいますキリストであり、栄光の望みである。
 わたしたちはこのキリストを宣べ伝え、知恵をつくしてすべての人を訓戒し、
 また、すべての人を教えている。
 それは、彼らがキリストにあって全き者として立つようになるためである
 (コロサイ書1-26~28)
●<一日一生:1月25日>(内村鑑三)
 イエスの弟子は世の光である。
 文明の先導者である。
 知識の開発者である。
 霊光の供給者である。
 このことについて疑いをいだく者はない。
 世のいわゆるキリスト教に迷信がないではない。
 いわゆるキリスト教会なるものが
 頑迷無知の巣窟と化したることは幾回もある。
 されども過去千九百年間の人間の歴史において、
 イエスの弟子が光明の炬火(たいまつ)の把持者(もちて)であったことは、
 いかなる人といえども疑わんと欲してあたわざるところである。
 われは世の光なりとイエスはいいたもうた。
 しかして信者はイエスにかわりて世を照らす者である。
 もちろんイエスのごとくにみずから光をはなつあたわずといえども、
 しかも各自の信仰の量にしたがい、
 彼の光を反射するのである。

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)

【2012年12月23日に作成した<第604回>に加筆】
◇◇<サンタ・クロース精神>の【ビジョン】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
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【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

★★★Merry Xmas & A Happy New Year !
   <善きクリスマス&善き年>をお迎えください!★★★

もしクリスマスにサンタ・クロースの存在がなかったら、どうだったでしょうか?
特に日本では、クリスマスの日はキリスト教会内の厳粛な恒例イベントととして
ミサや礼拝が行われるだけで、私のような教会信者<クリスチャン>でない者は、
縁遠い存在だったかも知れません。

サンタ・クロースはクリスマスを商業化したという教会的批判もあるでしょうが、
一方で、人気者のサンタのおかげで、クリスチャンでなくても、キリスト教を
知らずとも、クリスマスが毎年欠かさず戦時でも世界中どこでも話題になって、
誰もが【神の愛=主イエス】【聖書】に出逢えるビッグ・チャンスです!

常に前向き<不屈の楽観・楽天主義>で【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】な
<サンタ・クロース精神>は【神の愛=主イエス】が喜ばれる<人間像>であり、
【聖書の御言葉】が教示する【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】や
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に通じる【ビジョン:理想・夢念・大志】を
体現していると言えます。

●<常時歓喜!不断祈求!万事感謝!> (テサロニケ前書5‐16~18)
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
●<愛の十戒>(ロマ書12章9~21節)
 ◆愛は偽りがあってはならない。悪を憎み退け、善には親しみ結び、
  兄弟の愛を持って互いにいつくしみ、進んで互いに尊敬し合いなさい。
 ◆熱心でうむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、
  患難に耐え、常に祈りなさい。
 ◆貧しい聖徒を助け、努めて旅人をもてなしなさい。
 ◆あなた方を迫害する者を祝福しなさい。祝福して呪ってはいけない。
 ◆喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。
 ◆互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、
  かえって低い者たちと交わるがよい。
  自分が知者だと思いあがってはならない。
 ◆誰に対しても悪をもって悪に報いず、全ての人に対して善を図りなさい。
 ◆あなた方はできる限り全ての人と平和に過ごしなさい。
 ◆愛するたちよ、自分で復讐しないで、むしろ神の怒りに任せなさい。
  何故なら、「主が言われる;復讐するは我にあり。私自身が報復する」
  と書いてあるからである。むしろ
  「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、
   かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、
   あなたは彼の頭に燃え盛る炭を積む事になるのである」
◆悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい。
●<愛の讃歌>(コリント前書13-4~8)
【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
   全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
【愛】はいつまでも絶えることがない

だから【神の愛=主イエス】を素直に実感できる<幼な心・幼な子>ほどに、
【ビジョン:理想・夢念・大志】<サンタ・クロース>を人格的実在者として
受け止められるのだと、最近になってようやく理解できるようになりました。

●幼な子をそのままにしておきなさい。
 わたしのところに来るのを止めてはならない。
 天国はこのような者の国である(マタイ伝19~14)
●天国とはそのような者(幼な子)の国である。
 幼な子のように神の国を受入れる人でなければ、
 決してそこに入いる事はできない
(マタイ伝19-14、マルコ伝10-13~16、ルカ伝18-15~17)
●心を入れかえて幼な子のようにならなければ、
 天国に入いる事はできないであろう
(マタイ伝18-3、マルコ伝9-33~37、ルカ伝9-46~48)
●有限の我等が無限の神に対して幼な心を懐くにいたって救われる。
 すなわち、幼な子となりて救われる(内村鑑三)
●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした
(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
●私たちは幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、
 幼な子らしく考えていた。しかし、おとなになった今は、
 幼な子らしい事を捨て去った(コリント前書13-11)
●人間の真の偉大さは、
 その人が善の完き道具、
 あるいは――もっと明確にいえば――彼を通して語りかつ行い給う、
 神の霊の完き道具である、
 という点にある。
 その人がこのことを自覚すればするほど、
 彼はますます確実に己れの道に徹し、
 いよいよ多くの事をなし遂げるであろう、
 たとえ世間の人が全然彼を理解せず、
 それともただ部分的に、
 しかも徐々にしか、
 理解しない場合でも。
 世間の見解などは大したことではない。
 それどころか、
 非常によい働きをした人びとすらも、
 たいていはその死後になって初めて世間に理解されたにすぎない。
 <3月1日:「眠られぬ夜のために」>(ヒルティ)

【神の愛=主イエス】に出遇い、【神の愛=主イエス】に立ち帰る<狭き門>は
必ずしも【聖書】やキリスト教会や既存の神学・教会制度だけでなく、教会外の
たとえ教会制度の敵対勢力であろうとも、常に私たち各自にオーダー・メイドで
準備されていると実感できます!

●真理は教会より大なり!(内村鑑三)
●主義にあらず、性格なり。
 教理にあらず、生命なり。
 キリスト教にあらず、キリストなり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
 そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
 キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、生活さるべき一つの生命である
(ヘンリー・ドラモンド)
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
 彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
 キリストの教会は世界にして会員は人類なり(内村鑑三)

私にとって<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】こそが
<全智・全能・全愛>【三位一体:父・子・聖霊】【神の愛=主イエス&聖霊】や
【聖書の御言葉】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を体感できる<狭き門>であり、
<いつも一緒!><人生の伴侶>であり人格的実在の<サンタ・クロース>です!

●狭隘(キョウアイ)は真正の世界主義に達する最良の手段である(内村鑑三)
●咲く花は多し、実となるは少なし。
 実となるは多し、熟するは少なし。
 天然の法則は神の聖旨なり(内村鑑三)
●狭き門より入れ!滅びに至る門は大きく、その道は広い。
 そして、そこから入って行く者は多い。命に至る門は狭く、その道は狭い。
 そして、それを見出す者は少ない(マタイ伝7-13~14、ルカ伝13-24)

たとえ【この世の勢力:富・権威・名声】がサンタ・クロースを完全否定しようと
どんなに商業化や堕落・腐敗に誘惑し、おとしめしようと、サンタ・クロースは
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】で光輝く<不死身!不滅!不退転!>のごとく、
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に光輝く【ビジョン:理想・夢念・大志】もまた
時代を超えて民族を超えた<不死身!不滅!不退転!>の存在です!

●いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
 このうち最も大いなるものは愛である(コリント前書13-13)
●愛はいつまでも絶える事はない、しかし、預言はすたれ、異言は止み、
 知識はすたれるであろう(コリント前書13‐8)
●イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない
(ヘブル書13-8)
●あなたの不滅の霊がすべてのものの中にある(知恵の書12-1)

サンタ・クロースは私たちの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】の姿であり、
いつでも<不屈の楽観・楽天主義>で【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】である
<サンタ・クロース>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げて、
世界を舞台にして【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】で此の世を光輝かせましょう!

【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の為に
皆さんが前向き<不屈の楽観・楽天主義>で【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】な
<サンタ・クロース精神>【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】の心意気で
【愛と自由の戦士:神の僕・光の子】<福音の戦士>【福音の勢力】に決起して
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】の【ビジョン:理想・夢念・大志】で光輝く活躍を
心より応援しています!

●人間が生まれつき持っているところの良心の命令、
道理上かくせねばならぬという当為当然の道、
それはすべて実行するのである(吉田松陰)
●未来にむかって大いなる展望を与えてくれるような高所に立てば、
 時折、風が激しく吹きぬけても、一向(いっこう)に気にならないものなのだ
(ワーズワース)
●世界はきみたちに大きく開かれている。どしどし遠慮なく進むがいい。
 大地は広々とつづき、空は広大無辺にひろがっている(ゲーテ)
●今日(こんにち)の人々よ、若い人々よ、今度は君たちの番が来ている!
 われわれを踏み越えて行きたまえ。そして前進したまえ。
 われわれよりもいっそう偉大で、いっそう幸福でありたまえ
(ロマン・ロラン)
●愛はいかなる瞬間にも、われわれの心を満たし、
 そのほかのすべてをそこから追い払おうと用意している
 ―それが実現すれば、その結果として、世界苦と
 この世の不安とは消え去り、生きる喜びがわいてくる(ヒルティ)
●信仰を持って祈る者に新世界が開かれる。
 信仰ある祈りによって理想は必ず実現せられる(賀川豊彦)
●人間の無私の献身によって隣人たちの幸福を生み出したり、
 それを固めたり、また増進したりするためにはたらく時、
 初めて真の人間、つまり神の似姿になり始める。
 ただ自分のために存在するならば、人間とは一体何であろうか。
 (イスラエルの祈り:ヒルシェ)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。
 <最も大切なことは、自分の使命、すなわち主イエスが私にお与えになった
  働きを全うすることです>(使徒行伝20-24)
●人間にとってもっとも尊ぶべきことは、はっきり自覚した目的をもつことと決断、
 さらに実行である(ゲーテ)
●このゆえに、わが愛する兄弟よ、
 なんじら堅くして動かず、つねに励みて主のわざを務めよ。
 そは、なんじら、主にありてなすところの労苦のむなしからざるを知ればなり
 とある(コリント前書15-58)
●「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である
 (内村鑑三)
●一切の仕事が神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である
 (ヒルティ)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)