【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -19ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>



【2013年12月23日に作成した<第623回>に加筆】
◇◇【ビジョン】で毎日クリスマス気分!に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

★★Merry Xmas & A Happy New Year!
             <善きクリスマス&善き年>をお迎えください!★★

ご存知のようにクリスマスは【御心:聖意・聖旨】【旧約預言・真理の御言葉】と
救世主を待望し続ける【ビジョン:理想・夢念・大志】が、天では<神の御子>の
【神の愛=主イエス】の姿で<受肉>して降誕した事を祝う日です。

●言葉<道>は肉体となって,私たちの間に宿られた。
 私たちはその方の栄光を見た。
 父のみもとから来られた父の独り子としての栄光である。
 その方は恵みと眞理<まこと>に満ちておられた(ヨハネ伝1-14)

私たちの心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】もまた【御心:聖意・聖旨】が
降誕して<最愛の我が子・我が分身>となってくれるので毎日がクリスマスです!

●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●一番大事なことは、どんな環境が必要かということではなく、どんな考えで
 毎日生活しているか、どんな理想を追い求めているか、ということなのです
(ヘレン・ケラー)
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)

2000年頃に世界の叡智が結集したブダペスト・クラブの主宰者であるラズロ博士は
時代の大変革期として現代を「マクロシフト」であると提言しています。

21世紀までの世界のように一部の有識者・権力者にお任せするのでは、この世界は
破滅する危機にあり、そこで私たち個人個人が世界を改善しよう!と当事者意識に
目覚め自己変革する事で、個人の抱く<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
世界を改善させる!という<想念パワー>を重視する新時代・新価値観の提唱です。

私たち各自の<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】が世界を変える!という
新時代到来の「マクロシフト」は【聖書・真理の御言葉】に示される永遠不滅の
【神の愛の方程式=摂理】そのものだと実感できます。

●国家興隆するときには、理想を以て生活とし、
 国家衰退するときには、生活を以て理想とす(徳富蘇峰)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●大いなる事業が完成されるためには一つの精神があれば足りる。
 千の手を動かすために(ゲーテ)
●われ神(愛)とともにありて我一人は世界よりも大なり(内村鑑三)
●人数が少ないからといって世界を変える力はないと侮るなかれ。
 世界を変えてきたのはまさしく少数の力なのである(マーガレット・ミード)
●自分がそうであって欲しいと思う世界に向かう変化を自ら後押ししなさい
 (ガンジー)
●考えてみたまえ。自分の行動の責任が、国家にではなく、
 自分に課せられるなら、果たして戦争など起こりうるものだろうか。
 希望ある未来は、国家にも組織にも存在しない。運命が決めるものでもない。
 人の良心の中だけにある(シュバイツアー)
●単独の勢力:世界改造の実力は一人の霊(内村鑑三)
●余は余一人にして一党派を樹立せん(ダンテ) 
 
たとえ世間的無一物の私でも、私の<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】にも
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】が体現されて降誕してくれた
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に溢れた<最愛の我が子・我が分身>がいます!
見分け方は簡単です。私自身の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を大満足させて
【聖書・真理の御言葉】に発見できる【ビジョン:理想・夢念・大志】だからです。

天来降誕の【ビジョン:理想・夢念・大志】は【神の愛=主イエス&聖霊】の如く
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に満ち溢れた<真の友><人格的存在>であり、
私が見捨てたり裏切ろうとも、たとえ<不義・不正・不実>不純・不潔な私でも
【ビジョン:理想・夢念・大志】は私を見守り続けて育て導く<いつも一緒!>の
<人生の伴侶>【同労者・同志】であり、私自身を体現する<人生の旗印>です!

●私の心の思いなる歌が神の御心にかないますように(詩篇104-34)
●キリストの言葉を、あなた方の内に豊かに宿らせなさい。
 そして、知恵をつくして互いに教え、また訓戒し、
 詩と賛美と霊の歌によって感謝して心から神をほめたたえなさい
 (コロサイ書3‐16)
●あなた方は自分自身が、私たちから送られたキリストの手紙であって、
 墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に
 書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。
 このような確信を私たちはキリストにより神に対して抱いている
 (コリント後書3‐3~4)
●愛は、他のいかなるものにもまして、人を賢明にする。
 ただ愛のみがよく、人びとの本質と事物の実相とについての洞察を、
 また人びとを助けるための最も正しい道と手段とについての本当の
 透徹した洞察力を与えてくれる(ヒルティ)
●われわれの人生とは、われわれの思考が作りあげるものに他ならない
 (アウレリウス)
●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
 あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である
 (ジェームズ・アレン)
●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
 我が命じ遺(オク)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。
 それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、
 食べる人には糧を与える。
そのように、私の口から出る私の言葉もむなしくは、私のもとに戻らない。
それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす
(イザヤ書55-10~11)
●私は確信しているが、神の語られる事はみな成就し、
 神の言葉は一つとして無駄になることはない(トピト記14-4)
●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三)

現在の私が誇れて自慢できるものは【ビジョン:理想・夢念・大志】だけなので、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】にお任せ人生です!
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に満ち溢れ【聖書・真理の御言葉】が体現した
【ビジョン:理想・夢念・大志】のおかげで【御心:聖意・聖旨】を体感できて
<一日一生!日々新た>【バイタリティ:生活力=生命力+活力】に充たされて
無限大の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】で霊的強化されて
肉体は老いても霊的には益々若くなり【青春:幼な心・青年の心】まっしぐらで
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
【福音の戦士・福音の勢力】として<神愛道:神の国・神の義>を突進できます!

●神の無限の力に頼りて我等は我等の信じるが如くに全ての事をなすを得るなり
 (ピリピ書4‐13)
●<愛の波動>(内村鑑三)
 愛は波及す。延びて地の極みに達し世の終わりに至る。
 我も直ちに神に接し、その愛を我が心に受けて、地に愛の波動を起こさんかな。
●愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです
 (ロマ書13-10)
●愛の中に恐れあることなし、全き愛は恐れを除く(ヨハネ第1書4‐18)
●青春とは臆病さを退ける勇気、
 安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
 ときには、二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。
 年を重ねただけで人は老いない。
 理想を失うとき初めて老いる(サミュエル・ウルマン)
●汝の道を主にゆだねよ、
 主に信頼せよ、
 主はそれをなしとげ
 光のごとく汝の義をあきらかにし、
 真昼のごとく汝の訴えをあきらかにし給わん(詩篇37-5~6) 

皆さんが【聖書・真理の御言葉】に天来降誕の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<最愛の我が子・我が分身>として再発見して、毎日ハッピー・クリスマス気分で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げる<福音の戦士>【福音の勢力】に決起して<不屈の楽観・楽天主義>で
混迷大波乱の此の世を【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】で満ち溢れさせ光輝かせて
【救国:精神復興&国体再建】と【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)
●人は一人もこれを信ぜざるも、我が福音は真理なり。
 人はことごとくこれを棄却するも、我が福音は真理なり。
 人はこぞってそのために我を排斥するも、我が福音は真理なり。
 我が福音は人の福音にあらず、神の福音なり。
 ゆえに我れは神に拠(ヨ)り、独り終わりまでこれを保持せんと欲す(内村鑑三)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
 およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
 あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)
●人生の喜びとは何か。
 それは人々が「お前はできない」ということを実現してみせることである。
(バジョット)
●人生をもっとも偉大に使う使い方というのは、
 人生が終わってもまだ続くような何ものかのために使うことである
 (ウイリアム・ジェームズ)
●あなたらしく生きる、そのための道は、後にも先にも二つだけです。
 一つは、奇跡などありえない、とする道。
 もう一つは、すべてが奇跡である、とする道(アインシュタイン)
●大きな愛のあるところ、常に奇跡がある(ウィラ・ギャザー)
●全てのことは願うことから始まる(ルター)
●あなたが今、夢中になっているものを大切にしなさい。
 それはあなたが真に求めているものだから(エマーソン)
●人はどんなに高いところでも登ることができる。
 しかし、それには決意と自信がなければならぬ(アンデルセン)
●私は少なくとも自分の体験により、このようなことを知った。
 自分の夢に向かって確信を抱いて前進し、思い描いた人生を生きるように
 努力するならば、普通では考えられないような成功を手にする(ソロー)
 
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2013年11月27日に作成した<第622回>に加筆】
◇◇<偶像崇拝:多神教・汎神論・万有神論>も導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

日本は無宗教が多数派で、キリスト教会信者は国民の1%レベルと言われています。
一般的に一神教は敬遠され、森羅万象に神宿る多神教を尊重する伝統信仰精神が
根ざしているので<神観>が寛容的で何でも活用する気風が私の中にもあります。
キリスト教が受け入れられないのは、無信仰であるからではなく、既成宗教への
懐疑的精神があるからであり、【神の愛=主イエス】は私たち日本民族に対して
21世紀こそは、これ迄お世話になった<欧米型キリスト教価値観>を突き抜けて
世界の人類・動植物だけでなく森羅万象を【神の愛=主イエス】に立ち帰らせる
新たな<宗教観>で世界を霊的救済する【ミッション:大義・使命・天職】が
託されていると私は確信しています!

●<懐疑と破壊>(内村鑑三)
 信ずるは疑うよりも善し、しかれども疑わずして深く信ずることはできない。
 懐疑は信仰のために必要なり。
 建てるは壊すよりも善し、しかれども壊さずして堅く建てることはできない。
 破壊は建設のために必要なり。
 さらば、恐れずして疑わんかな、大胆に壊さんかな、しかして深遠に信じ、
 永久に築かんかな。
●欧米諸国においてすでに腐敗の兆を示したキリスト教を取って来て、
 これを日本において復活し、これに新生命を与え、そして再びこれを
 世界に伝布しようとする、これが私たちの天職ではないだろうか
 (内村鑑三)

興味深い事に、キリスト教神学の「ユビキタス」もまた【神の愛=主イエス】は、
時空間を超えて、いつどこでも偏在するという考え方です。
日本人が気楽に語る、野球の神様も、トイレの神様も、無機物の神様であろうと、
全神が【神の愛=主イエス】に帰結するとしたら、多神教こそがユビキタスです!

●愛は霊としてこの世に満ち満ちている(ヒルティ)
●神は時おり、自然の出来事や自然の事物を通して、私たちに
 話しかけることもある(ヒルティ)
●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、
 すなわち神の永遠の力と神性とは、被造物に現われており、
 これを通して神を知ることができる(ロマ書1-20)
●万物の父なる神は一つなり。神は万物の上に在し、
 万物を貫き、万物の内に在したまふ。
 我等はキリストの賜物の量に従ひて、おのおの恩恵を賜はりたり
 (エペソ書4ー6~7)
●万物は、天あるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、
 位(王座)も、主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。
 これら一切のものは御子によって造られ、御子のために造られたのである
 (コロサイ書1-16)

日本のプロテスタント系のキリスト教会信者の多数派は、多神教を「偶像崇拝」と
みなして否定的です。靖国神社参拝を批判したり、カトリックならば尊重される
【マリア信心】までも否定的のようです。

私は新興宗教やオウム真理教でも、エホバの塔でも、統一教会でも、完全否定せず、
神社仏閣で楽しく参拝するし、靖国参拝も大好きです。どこにいても礼拝する時は、
先ずは【主の祈り】を捧げて、【神の愛=主イエス】に立ち帰ることを讃美します!

私も【聖書】を学んだ当初は、「マリア信仰」は偶像崇拝と決めつけていました。
しかし「心のともしび運動」創設者ハヤット神父とのメールの霊的交流のおかげで
【マリア信心】の<礼拝スピリット>を体得することが出来ました。
★★詳細は以下の過去メルマガをご参照下さい★★
■【マリア信心】⇔礼拝スピリット!
http://blogs.yahoo.co.jp/cforum2000/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%A1%DA%A5%DE%A5%EA%A5%A2%BF%AE%BF%B4%A1%DB%A2%CE%CE%E9%C7%D2%A5%B9%A5%D4%A5%EA%A5%C3%A5%C8%A1%AA&sk=0
■【マリア信心】は<万全策>!
http://blogs.yahoo.co.jp/cforum2000/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%A1%DA%A5%DE%A5%EA%A5%A2%BF%AE%BF%B4%A1%DB%A4%CF%A1%E3%CB%FC%C1%B4%BA%F6%A1%E4%A1%AA&sk=0

今では十字架ネックレスと指ロザリオと【不思議のメダイ】を肌身離さずに
聖マリアへの祈りも【主の祈り】と共に、毎日欠かさず讃美しています!
●原罪なくして宿り給いし聖マリア、
 御身に
 依り頼み奉る
 我らのために祈りたまえ、アーメン
<O Mary, conceived without sin, pray for us who have recourse to thee.>
 
こんな私は【神の愛=主イエス】への確信的絶対的【信仰:信愛・信頼・信従】が
ありますが、どこの教会・宗派にも帰属せず、神学的資格も洗礼も受けていないし、
世間的・教会的視点では無宗教といより異端者で「狂信的偶像崇拝者」の存在です。

7年前の私は個人的福音伝道事業が社会的・経済的・肉体的・精神的に追い込まれ
成功しないのは、洗礼を受けず牧師の資格も無く《もぐりの医者》のような存在で、
「そうか、だから、私の伝道活動は思い通りに花開くことなく、【霊的パワー】も
ないのかもしれない・・・」と弱音を吐いてしまうことがたびたびありました。
そのたびに誰かに【洗礼】さえしてもらえば事態は改善して【洗礼】を受ければ
【弱さ】を克服できる!と自分の都合であがき苦しんだものです。

そこで約束無しで、偶然立ち寄ったカトリック教会で初対面の神父に【洗礼】を
お願いしてみました。実は、ある外国映画のシーンでカトリックでは思い立ったら、
直ぐに【洗礼】してくれるという会話を思い出したからです。
一方で一般的にプロテスタント教会は教会にある程度通わないと簡単に【洗礼】を
してもらえないと聞いた事があったので、カトリック教会を訪問したのです。

ところが、突然訪問したこともあったのでしょう、私の身勝手な都合と立場では、
残念ながらそ【洗礼】をしてくれませんでした。
また、ある時はテレビ伝道の有名牧師の関係者を通じて頼んだことがありましたが、
いつになっても連絡がありませんでした。

今日現在の私にとって、誰からも【洗礼】を受けいていない自由人ということを
心から感謝しています!私にとって【洗礼】こそが<偶像崇拝>であるからです!
授けてくれるのは【神の愛=主イエス】その方であり、教会制度や人を介さずとも
【神の愛=主イエス&聖霊】は私たちを直接<召命>してくれる事を感謝します!

●あなた方が私(主)を選んだのではない。
 私があなた方を選び見出したのである。
 そして、あなた方を立てた。
 それは、あなた方が進んで行って実を結び、
 その実がいつまでも残るためである。
 また、私の名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、
 私があなた方を任命したのである(ヨハネ伝15-16)
●真理は教会より大なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
 そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
 キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
 生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
 彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
 キリストの教会は世界にして会員は人類なり(内村鑑三)

【洗礼】も受けず「クリスチャン」でもなく,教会組織や特定宗派にも属さない
<愛神献霊:自主独立精神・自由・独立>である私の個人的立場だからこそ、
カトリックでも正教でもプロテスタントでも各派宣教組織でも自由に交流できるし、
既成教会組織と異なる、汎神教的信仰・偶像崇拝者としての【個人的福音伝道】が
実現できることを感謝します!ハレルヤ!

●<自由と独立>(内村鑑三)
 自由とは、人より何の束縛をも受くることなくして、
 わが身を神の自由にゆだぬることなり。
 独立とは、人に由(よ)らずして、直ちに神と相対して立つことなり。
 神に使役せられんための自由なり。
 神と、顔と顔を合わして語らんための独立なり。
 クリスチャンの自由独立とはかくのごときものなり

日本民族らしい<多神教・汎神論・万有神論>の視点で此の世の万事万物の背後に
【神の愛=主イエス】【御心:聖意・聖旨】と【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を
見出して、<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>だろうと、此の世の森羅万象を
【神の愛=主イエス】に立帰らせる【ミッション:大義・使命・天職】に決起して
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】の為に
皆さんが活躍されることを心より応援しています!

● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
 <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
 <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●人間はすべて唯一神全知全能なる創造主の作品であり、
 彼の所有物であって他の誰のためでもなく、
 彼が喜ぶかぎりおいて生存するように作られている(ジョン・ロック)
●あなたに委ねられていることを守りなさい。
 そして、俗悪な無駄話と偽りの「知識」による反対論を避けなさい
(テモテ前書6‐20)
●神の神殿と偶像にどんな一致があるか。
 私たちは生ける神の神殿である。神がこう言われているとおりです。
「私は彼らの間に住み、巡り歩く。そして、私は彼らの神となり、
 彼らは私の民となる(レビ記26-12)」(コリント後書6-16)
●キリスト教は西洋の宗教ではない、また東洋の宗教でもない。
 キリスト教はこの世の宗教ではない、天国の宗教である(内村鑑三)
●<宗教とは何ぞや>(内村鑑三)
 宗教とは内的生命である。人には外的生命の他に内的生命がある。
 肉体の生命の他に霊魂の生命がある、
 この世の何物をもってしても与えることの出来ない生命がある、
 財産を奪われ、名誉をそがれ、よし健康を失いてもなお残る者がある。
 それが内的生命である。そして、内的生命を与える者が宗教である。
 ゆえに宗教はこの世に在る者であって、この世の属(もの)でない、
 直(ただ)ちに神より人の霊魂に臨む者であって政府も学府も、
 然り教会も寺院も与えることのできる者でない(内村鑑三)
●私たちは踏みなれた生活の軌道から放り出されると、もうだめだと思います。
 が、実はそこに、ようやく新しいよいものが始まるのです(トルストイ)
●われわれの真の本質の発展と実現は、
 われわれ自身の知恵よりもすぐれた神の明察にしたがい、
 神の道を踏んで、行わるべきである。
 神の意志は、一般的には聖書を通じて、
 個別的にはわれわれの人生の内的運命を通じて啓示されるが、
 この神の意志を、常にためらうことなく、
 おのれの意志として受けとり、よろこんでそれに一致すること、
 これが人生の最高の課題であり、また神の意にかなう供え物でもある。
 このほかの課題はもはや存在しない。
 この供え物を日々そなえていく人は、神に祝福された人であリ、
 また、われわれの今日の内的宗教観によれば、
 その人は彼自身のため、彼の家のため、
 さらには彼の民族のための、神の祭司である(ヒルティ)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2013年11月7日に作成した<第621回>に加筆】
◇◇<神愛ご都合主義>で最善に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

最近の大手メディアの話題に高級ホテル・デパートでの食材偽装問題があります。
世間的には高級食材の偽装が連鎖的に暴露されて全国に波及する最悪事態ですが、
私にとっては、肉食文化根絶への大きな第一歩であり、ビッグ・チャンスです!
日本伝統文化には、肉魚を食材にしない精進料理や肉魚食感の「もどき食品」を
愛好する食文化があります。ソースやスパイスや見た目や食感を工夫することで
<超肉・SURPASS MEAT>でも充分に食を楽しめる事に目覚める時代の始まりです!

●<凋落の希望>(内村鑑三)
 葉落ちて枝空し。しかれども知る。芽ならずして葉落ちざることを。 
 凋落は復活の兆しなり。
 世の日に日に朽ち行くは革新の準備すでに成りたるによる。
●<腐敗と希望>(内村鑑三)
 社会は日々に腐敗しつつあると聞く、福音は日々に進歩しつつあるを識る。
 旧きは日々に失せつつあるなり、新しきは日々に起こりつつあるなり。
 落葉の秋に青春の兆しあり、腐敗は万物復興の徴(しるし)に他ならざるなり。

食を愛するグルメ大国の日本民族が世界の食文化革命担当に<召命>されるのは
私のご都合主義ではなく、【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】のご都合主義であり、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】が示されていると確信します!

●<成功の期待>(内村鑑三)
 成功を期して進めよ、失敗を期するなかれ。
 万事をその最善において解せよ、最悪において解するなかれ。
 神の治め給うこの世にありて神を信じて事を成す、
 永久の失敗あるべき理なし。失敗は一時の現象なり、
 永久の事実にあらざるなり。
 「誠に善を行うに弛(う)むことなかれ、そはもし倦(う)むことなくば
 われら時にいたりて穫り取るべければなり(ガラテヤ書6-9)」

【神の愛=主イエス】は【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】が最善発揮されるために
人間の都合では最悪な出来事こそ<神愛ご都合主義>で導いていると実感できます。

例えば、アレキサンダーの侵略によってギリシャ語が公用語になり、ローマ帝国の
支配下において道路が整備されたおかげでパウロの時代の初の世界的宣教は一気に
実現可能となりました。

植民地政策・帝国主義は現代に生きる私たちの人道的観点では完全否定されますが、
あの勇猛果敢な大航海時代があったからこそ、現代世界は生まれたことも事実です。

2000年間実現できずに世界に散り散りになったユダヤ民族を観て、神学者すら
イスラエル再建の預言は不可能だと決めつけていたのに人類最悪の大虐殺とされる
ナチスのホロコーストで収容所にユダヤ民族の叡智が結集され日夜勉学した人々が
イスラエル建国に目覚めたからこそ実現可能になったことも驚きの歴史的事実です。
イスラエルには今も世界中に散らされた人々が帰還し続けています。

●その日が来れば、主は再び御手を下して御自分の民の残りの者を買い戻される。
 彼らはアッシリア、エジプト、上エジプト、クシュ、エラム、シンアル、ハマト、
 海沿いの国々などに残されていた者である。主は諸国の民に向かって
 旗印を掲げ、地の四方の果てからイスラエルの追放されていた者を引き寄せ、
 ユダの散らされていた者を集められる(イザヤ書11-11~12)
●暗闇の中に歩んでいた民は大いなる光を見た。
 死の陰の地に住んでいた人々の上に光が輝いた(イザヤ書9-2)

人類歴史上最大の<神愛ご都合主義>は12月25日のクリスマスだと思います。
古代ローマ時代の土着の原始信仰と【神の愛=主イエス】を結びつける事により、
【神の愛=主イエス】への【信仰:信愛・信頼・信従】を定着させようとしたのは
教会権威の偽証・謀略というよリ、【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】そのものです!
実際の【主イエス】の降誕日は定かで無いとしても、誰が批判したり否定しようと
クリスマスもサンタ・クロースも年末以外では考えられませんね。

●私は初めから、以上のことを確信し、思い巡らした後、こう書き残した。
 「主の御業はすべて良く、時が来れば、主は必要なことをすべて満たされる。」
 「これはあれよりも悪い」と言ってはならない。
 どんなものも時が来ればその良さが証明される。
 さあ、心から、声高らかに賛美の歌をうたえ。主の御名をほめたたえよ
 (シラ書〔集会の書〕39-32~35)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方がよいと考えられたのである
(アウグスティヌス)
●悪いことの中にも、なにほどかの善の魂がまじっている。
 人が注意ぶかくそれをさがし出すならば(シェークスピア)

私の人生も、【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のおかげで
私の都合ではない<神愛ご都合主義>が働いて万事が<最善>に導かれています!
そうです!「災い転じて<神恵=益>となす」が【御心:聖意・聖旨】です!

●神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて
 万事を益となるようにして下さる事を、私たちは知っている(ロマ書8‐28)
●主は言われる、私があなた方に対して抱いている計画は私が知っている。
 それは災いではなく平安を与える計画である。
 あなた方に将来と希望を与えるためのものである(エレミヤ記29-11)
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、
いつも我々の暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである
(ヒルティ)

どんなに世間的に最悪の暗闇のどん底状態に落ち込んでも、失敗続きで
自業自得の八方塞がりの降参状態に追い込まれようとも、人間業なら不可能でも
【神の愛=主イエス】の<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>によって
<物の前後>に基づく<最善の最後>に向かっている事を日々益々確信できます!

●【物の前後<The Divine Order(ホレ―シャス・ボナー)>】(内村鑑三)
 ◆真(マコト)なることは先にして美なる事は後なり。
  美なることが先にして、真なることが後なるにあらず。
  先ずありのままの森と岩と沢とありて、
  しかる後に香しき美しき園はあるなり。
 ◆善なることは先にして美なることは後なり。
  美なることは先にして善なることは後なるにあらず。
  先ず荒き野に固き種を下して、しかる後に花は開き枝は茂るなり。
 ◆喜ばしきは先にして悲しき事は後なるにあらず、
  悲しき事は先にして喜ばしき事は後に来るなり。
一度は涙にむせびて(泣かざる者とては世になければ)、
  しかる後に憂いを忘れて踊り喜ぶなり。
 ◆光は先にして暗闇は後に来るべきものにあらず、
  先ず暗黒を経過して、しかる後に光明は臨むなり。
先ず黒雲天を覆うて、しかる後に虹顕れる。
  先ず一度墓に降りて、しかる後に天に昇るなり。
●信者の生涯は、
 始めは悪く終りは善くある。
 終りに近づくほど、ますます善くある。
 生命(いのち)の夕暮になればなるほど、
 彼はなにものか、彼の心の奥深き所に結実しつつあるを感ずる。
 人あり、彼に、その生涯の中に最も愉快なりし時はいつか?と聞くならば、
 彼は常に今なりと答うるのである。
 そうして彼の最後(ラースト)が最善(ベスト)である(内村鑑三)
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●最悪のものでも、最高になる、勇気さえあれば(ブラウニング)
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)

皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で生きる事で
世間的常識では「あり得ない」「そんなバカな」「悪運が強い」と思えるような
<神愛ご都合主義>の<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> が働いて
<最悪・闇・マイナス>こそ<最善・光・プラス>に転じる事を、事前に感謝する
<大確信:必勝・必決・必現>と【大希望:聖望!聖願!聖欲!】を抱きながら
<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を高く掲げて活躍されることを
心より応援しています!

●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三)
 神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり。
神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
(内村鑑三)
●死に勝つに生をもってし、
 闇を逐うに光をもってし、
 怨を滅するに愛をもってす、
 これ神の救済法なり(内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。
 主を知るは智恵の初めである。
 神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し(内村鑑三:ホセア書4‐3)
●<われのすべて>(内村鑑三)
 産を失うも可なり、願わくは神の御顔を見失わざらんことを、
 病いに悩むも可なり、願わくは神の御旨(ミココロ)を疑わざらんことを、
 人に棄てらるるも可なり、願わくは神に棄てられざらんことを、
 死するも可なり、願わくは神より離れざらんことを、
 神はわがすべてなり、神を失うて、われはすべてを失うなり。
 「われらに父を示し給え、さらば足れり((ヨハネ伝14-8)」
 わが生涯の目的は神を視、かれをわが有(モノ)とするにあり、
 その他にあらず。
●高尚なる勇ましい生涯とはなんであるかというと、
 この世の中はけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、
 神が支配する世の中であるということを信ずることである。
 失望の世の中にあらずして、
 希望の世の中であることを信ずることである。
 この世の中は悲嘆の世の中でなくして、
 歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、
 その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります
(内村鑑三)                   

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)





【2013年10月22日に作成した<第620回>に加筆】
◇◇万事万物をスーパー・ドリーム・チームに導く【神の愛=主イエス】!◇◇
10月20日(日)NHK放映「ダーウィンが来た!」
   ~命がけの約束!サバンナの巨木と小さなハチ~を観て

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

進化論的視点によるテレビ番組「ダーウィンが来た!」を、時々視聴するたびに、
番組が描く天然世界の【神の愛の方程式=摂理】に<歓喜!感動!感謝!>です。
今回番組紹介された、わずか1ミリで産まれて数時間の生涯のイチジクコバチには
特に圧倒されました!詳細は以下を参照ください。

 http://www.nhk.or.jp/darwin/broadcasting/review.html

アフリカのサバンナに植生する巨大イチジクの実りのためだけに、一意専心して
<全生・全身・全霊>を捧げ完全燃焼するイチジクコバチの<生き様・死に様>は
まさに【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【神の愛の方程式=摂理】に
かなっています。

●もしもあなたがあらゆるものにイエスを求めるならば、
必ず(そこに)イエスを見出し得よう(トマス・ア・ケンピス)
●愛は霊としてこの世に満ち満ちている(ヒルティ)
●神は時おり、自然の出来事や自然の事物を通して、
 私たちに話しかけることもある(ヒルティ)
●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、
 すなわち神の永遠の力と神性とは、被造物に現われており、
 これを通して神を知ることができる(ロマ書1-20)

自然界で「虫けら」のような小さくて目立たない存在でも、彼らが存在しなくては
サバンナに生きる象や鳥や魚や昆虫やワニまでもが生き延びる事が困難になります。
宇宙でも人間の社会でも同様に世間的に見捨てられたような目立たない存在こそが
<必要不可欠:コーナー・ストーン>の【ミッション:大義・使命・天職】を担い
この<ひと粒の麦>の<全生・全身・全霊>の献身による<生き様・死に様>が
天然や社会に多くの豊かな成果<【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】>を産み出す事が
【神の愛の方程式=摂理】であり、【御心:聖意・聖旨】だと私は実感しています。

●家造りらの捨てた石が隅のかしら石になった。
 これは主のなされたことで、私たちの目には不思議に見える 
 (詩篇118‐22、マタイ伝21‐42、マルコ伝12‐10、ルカ伝20‐17、
  使徒行伝4‐11、エペソ書2‐20、ペテロ第1書2‐7)
●誠に実に汝等に告げん、一粒の麦も地に落ちて死なずば、ただ一つにて残らん。
 もし死なば多くの実を結ぶべし(ヨハネ伝12-24)
●人々の間で尊ばれるものは、神の御前では忌み嫌われる(ルカ伝16―15)
●もし人が何か役に立つことを知り、かつ学びたいと願うならば
他の人から知られずにおり、人から何ものでもないと思われることを
愛しなければならない(トマス・ア・ケンピス)
●もし、あなたが何事かの知識や学問を役立つように修得したいと欲するならば
自分が世に知られず、つまらぬ者と評されるのを喜びなさい
 (トマス・ア・ケンピス)
 
一方で、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は、此の世の万事万物に
7つの任務を分担させるように<賜物>【タレント:個性・才能・可能性】を
与えてくれていると【聖書の御言葉】に記されています。
 
●<7つの賜物(ロマ書12-6~8)>
①【預言】であれば信仰の程度に応じて預言をし
②【奉仕】であれば奉仕し
③【教える】ものであれば教え
④【勧める】ものであれば勧めさとし
⑤【寄附する】ものは惜しみなく寄附し施し
⑥【指導し治める】ものは熱心に心をつくし指導し治め
⑦【あわれみ慈善をする】もの喜び快くあわれみ慈善をすべし

怠け者で臆病者な私には、イチジクコバチと同様な活躍は到底できませんが、
それでも今日現在生かされているのは、私にも<7つの賜物><特命任務>が
あると確信して、【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】と
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の<不屈の楽観・楽天主義>の心意気で
<預言>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に突き進み続けます!

●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●なぜあなたは、自分が企てたことを実行するのを延期しようとするのか。
 立ちなさい。今すぐ始めなさい。そうしてこう宣言しなさい。
 今こそ実行の時、今こ そ戦いの時、今こそ自分自身を改めるよき時、と。
 不幸と試練の日こそ、自己を際立たせる機会なのである(トマス・ア・ケンピス)

私たち各自の肉体の働きを観察すれば理解できるように。此の世の万事万物は
<心を一つ思いを一つ>の【チーム・ワーク&チーム・スピリット】によって、
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】が実現されるために存在する事を実感できます。

●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、
 お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、
 堅く結び合って欲しい(コリント第1書1-10)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって
 私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)

【神の愛=主イエス&聖霊】と【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満たされた
<相愛互助・互助友愛>に結集する【チーム・ワーク&チーム・スピリット】は
【One Body with Many Parts(コリント前書12‐12~31)】となって参加者全員が
不可欠の<ライトスタッフ:適任者>として適材適所で<最高!最善!最美!>の
パフォーマンスを発揮できるスーパー・ドリーム・チームになります!

●からだが一つであっても肢体(シタイ)は多くあり、
 また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、
 キリストの場合も同様である(コリント前書12‐12)
●神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられた
 (コリント前書12‐18)
●目は手に向かって「お前はいらない」とは言えず、また頭は足に向かって
「お前はいらない」とも言えない。そうではなく、むしろ体の内で他よりも
 弱く見える肢体が、かえって必要なのである(コリント前書12‐21~22)
●もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み一つの肢体が尊ばれると、 
 ほかの肢体もみな喜ぶ(コリント前書12-26)
●あなた方はキリストの身体(カラダ)である。
 一人びとりはその肢体である(コリント前書12-27)
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
 (これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
 衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●あなた方は、さらに大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。
 そこで、私は最もすぐれた道をあなた方に示そう(コリント前書12-31)
●キリスト信者たる栄誉の一つは、弱き取るに足らざるこの身をもってして、
 なお大望を抱いてその一部分を遂行し得るにあり(内村鑑三)

世間的に何の実績も無くても、無資格・無資産の無一物でも、愚か者である私でも
ただ【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】を体得するだけで
<スーパー・ドリーム・チーム><福音の戦士>【福音の勢力】に参加できる事が
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【神の愛の方程式=摂理】なので
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
世間的に連戦連敗でも喜び勇んで【ビジョン:理想・夢念・大志】を目指せます!

●知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子のような者にあらわした
(マタイ伝11-25、ルカ伝10-21)
●<神の力、神の知恵であるキリスト>(コリント前書1‐26~31)
◆兄弟たちよ、あなた方が召された時のことを考えてみるがよい。
 人間的には知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、
 身分の高い者も多くはいない。
◆それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、
 強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
◆有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や
 軽んじられている者、すなわち無に等しい者を、あえて選ばれたのである。
◆それは、どんな人間でも神の御前に誇ることがないためである。
◆あなた方がキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に
 立てられて、私たちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。
◆それは「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである。
●いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
 いやしくも弱気を発してはいけない。
 たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ(坂本竜馬)
●大事を断ぜんと欲せば、先づ成敗を忘れよ(吉田松陰)
●大きな目標があるのに、小さなことにこだわるのは愚かです(ヘレン・ケラー)
●大胆、また大胆、そして常に大胆(ダントン)
●楽天主義者は、信じ、試み、そして目標を成し遂げる(ヘレン・ケラー)
●悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである(アラン)
●現在行っている仕事に全神経を注げ、太陽光線も、
 焦点が合わないと発火させる事はできない(グラハム・ベル)
●成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない
 (シェークスピア)

皆さんが世間的評価に惑わされることなく、【神の愛=主イエス】に託されている
<7つの賜物><特命任務>を活用できる【ミッション:大義・使命・天職】を
<最愛の我が子・我が分身><人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
見出し守り育てて、【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】と
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
<スーパー・ドリーム・チーム><福音の戦士>【福音の勢力】に決起結集して
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●神に仕えるということは自分の生活のすべての瞬間に持っている
 すべての力と手段とを神の御心の成就のために、用いることを意味する
(ヒルティ)
●沈黙せよ、苦しめ、耐えよ、おまえの苦しみは誰にも訴えるな、
 決して神に絶望するな、おまえの助けは日毎に来るのだ(ルター)
●何をするにも、人に対してではなく主に対してするように心から働きなさい
(コロサイ書3-23)
●最善の労働者とは最も多くの仕事をする者でなくして、
 最も貴重な動機をもって仕事をする者である(二宮尊徳:内村鑑三の言葉より)
●<健全なる思念>(内村鑑三)
 事業の困難を思うべからず、また我の弱きを思うべからず。
 神の全能なるを思うべし、その恩恵の無限なるを念ずべし。
 さらば、事業の困難は失せて我等は強き者とならん。
●強く期待する気持ちがあれば、それだけで可能性は現実に転化する。
 強い願望は、われわれが何かを成し遂げるための先触れとなる(スマイルズ)
●愛は隣人を害する事はない。愛は律法を全(マットウ)する(ロマ書13‐10)
●愛は、他のいかなるものにもまして、人を賢明にする(ヒルティ)
●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
 人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
人に絶たるるは神に結ばるるなりき (内村鑑三)
●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)
●人は一人もこれを信ぜざるも、我が福音は真理なり。
 人はことごとくこれを棄却するも、我が福音は真理なり。
 人はこぞってそのために我を排斥するも、我が福音は真理なり。
 我が福音は人の福音にあらず、神の福音なり(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2013年10月5日に作成した<第619回>に加筆】
◇◇最悪な人間関係も最善の<神愛関係>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

人間関係では取り返しがつかないほどに<重荷:不義・不正・不実>を積み重ねて
人間落伍者として【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に追い込まれようと
【神の愛=主イエス】は私たち誰もが滅びることを【御心:聖意・聖旨】でないと
【聖書の御言葉】に約束しているので、たとえ世間的無一物の闇深き私であっても
私の<重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>を帳消しにして原動力に活用して
最悪の<闇>でも<光:【ビジョン:理想・夢念・大志】>に再起させてくれる
【神の愛=主イエス&聖霊】を信愛できることは<歓喜!感動!感謝!>です!

●<神を信ぜんのみ>(内村鑑三)
 いかなる境遇に遭遇するも
 神を信ぜんのみ、
 富むも貧するも、
 成功するも失敗するも、
 徳を建つるも罪に陥るも、
 世に迎えらるるも友に捨てらるるも、
 生きるも死するも、
 天に昇るも冥府(よみ)に降るも、
 われは神を信ぜんのみ。
 かくてわれに未来あるなく、
 過去あるなく、
 悲哀あるなく
 失望あるなく、
 時はすべて現在となり、
 事はすべて歓喜となり、
 我が生涯は信、望、愛の相連不絶と化すべし、
 欣(よろこ)ぶべきかな。
●我が父の愛は無限なり、彼は我の滅びることを欲(ねが)い給わず、
 彼は我につきて永久に絶望し給わず、
ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
彼の無限の愛を信じてはばからずして今日起ちて彼に往かん
 (内村鑑三:ルカ伝15‐18・放蕩息子の帰郷)
●これらの小さい者の一人が滅びることは、
 天に在ますあなた方の父の御心ではない(マタイ伝18‐14)

私のように人徳がなくて、たとえ生きた有力な友人・支援者・【同労者・同志】が
身近に見当たらなくても、<最愛の我が子・我が分身>で<人生の伴侶>であり、
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】と<大確信:必勝・必決・必現>に満ち溢れた
<神愛事業><人生の旗印><本領>の【ビジョン:理想・夢念・大志】があれば、
一切の心配ご無用です!

●自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります
(ヘブル書10-35)
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
 キリストに連なる者となるのです(ヘブル書3-14)
●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。
 自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ)

経済的・社会的に無一物になっても、【隣人・社会】から批判され責められようと、
連戦連敗で挫折して落ち込んでも、世間や身内からも見放されることになろうとも
私自身の<不義・不正・不実>ゆえの自業自得で因果応報で同情の余地が全く無く
世間的常識では、どんなに再起も再出発も不可能に思われる最悪な境遇に陥ろうと
私たち各自に起こる大小様々な<患難辛苦>は私たちが耐え忍び逃れる<道>をも
用意されて【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】に
導く<神助:祝福・恩恵>【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】です!

●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
 あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
 試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる
 (コリント前書10‐13)
●患難は恩恵と離れて考えるべきでない。
 それは、患難は恩恵の一部なればなり。
 塩味を和せずして甘味は甘味ならず、患難なくして恩恵は恩恵ならず、
 食に薬味の必要なるがごとくに人生に患難は必要なり。
 患難ありて始めて人生に香味は生ずるなり(内村鑑三)【⑩p415】
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、朝明けには
 喜びの叫びがある(詩篇30‐5)
●試練と祝福は密接に関連している(ヒルティ) 
●<手段と目的>(内村鑑三)
 患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。
 患難は手段にして恩恵は目的なり
 患難をもって始まり恩恵をもって終わるなり。
 一の患難は百の恩恵を招き、
 短きこの患難の世は永遠無窮の恩恵の世に終わる。
 ゆえにわれらは恩恵について思うこと常にして
 患難について考うること稀ならざるべからず、
 そは神の造化においては患難はその最小部分にすぎざればなり(内村鑑三)
●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
 魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
 そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
 むしろ悲しいものと思われる。
 しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に
 平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●「我が子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
 主から責められ懲らしめられても、
 弱り果て力を落としてはいけない。
 なぜなら、主は愛する者を鍛え、
 子として受け入れる者を皆、
 鞭打たれるからである。」
 あなた方は、これを鍛錬(訓練)として忍耐しなさい。
 神は、あなた方を子として取り扱っておられるのである
(ヘブル書12-5~7)
●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。
 神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
 いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
 他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる
 (ヒルティ)

私の実体験で皆さんに推奨できる「患難辛苦に直面して恐怖・弱気・絶望感からの
<逃れの道>」があります。<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>と念じる事です!
人生最悪のどん底状態にある時に、長々と【礼拝:★讃美★祈求★感謝】する事は
弱虫な私には到底困難なので【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵>であり、
<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> そのものです!

●今の私があるのは、ただひとえに、あふれるほどに注がれた神様の恵みと、
 あわれみとのおかげです。実際に働いたのは私ではありません。
 神が私の内部で働き、祝福してくださったのです(コリント前書15-10)
●主は言われた「私の恵みはあなたに対して十分である。
 私の力は弱いところに完全にあらわれる。」
 それだから、キリストの力が私に宿るように、むしろ
 喜んで自分の弱さを誇ろう(コリント後書12-9)
●私はキリストのためならば、
 弱さと侮辱と危機と迫害と行き詰まりとに甘んじよう。
 何故なら、私が弱い時にこそ、私は強いからである(コリント後書12-10)
●苦しみにあったことは私にとって幸せでした。
 私はそれであなた(主)の掟を学びました(詩篇119-71)
●私は神様に、私の弱さを感謝します。
 というのは、私はその弱さを通して、
 私自身を、私の仕事を、私の神様を見つけることができたからです
 (ヘレン・ケラ-)
●我々はいつも行為によって完全なものになろうとするが、
 神はたいてい苦しみを通して我々を前進させようとし給う(ヒルティ)
●あなた方はキリストのためにただ彼を信じることだけでなく、
 彼のために苦しむことも賜っている(ピリピ書1‐29)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
 (内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)

私の中に住みついている<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の総攻撃によって
<弱点への責め苦>となる<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>に
ひっかかって、簡潔明瞭な<主の祈り>さえも唱える気力さえ奪われるほど
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に心が支配されてしまったとしても
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>に<対戦・応戦・抗戦>する手段として
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>は<最高!最善!最美!>の武具武器です!

●悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-11)
●彼らの目を開き、彼らを闇から光へ、悪魔の支配から神のもとへ帰らせ、
 また、彼らが罪の赦しを得、私(主)を信じる信仰によって
 聖別された人々に加わるためである(使徒行伝26‐18)
●神に服従し、悪魔に反抗しなさい。
 そうすれば、悪魔はあなた方から逃げて行きます(ヤコブ書4-7)
●我が敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
 たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なりミカ書7-8)
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●あなたは、私の守り手、助け手となり、
 私の体を滅びから、中傷の罠から、偽りを行う者の唇から
 救い出してくださった。あなたは、私の反対者の目の前で、
 私の助け手となり、あなたの豊かな慈しみと御名によって、
 私を餌食にしようと仕掛けた罠から、私の命をねらう者の手から、
 私が耐えていた数多くの苦しみから、救い出してくださった。
(シラ書〔集会の書〕51-2~3)

もはや万策尽きて絶体絶命で途方に暮れても私たちには最後の最後まで実践できる
【神の愛=主イエス】への【礼拝:★讃美★祈求★感謝】が残されています!
世間や私には最悪の人生どん底の<窮地><患難辛苦>に思われる事に見えても
【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】に導くための
【神の愛=主イエス】の【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】であり、
この【神の愛=主イエス】の<先回りの愛>に応えるために、<先取りの信仰>で
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>と、たとえ声にならずとも心で唱えるだけで、
無力な私の人生には【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】が働いて最悪のマイナスが最善のプラスに転換して
【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】を果たす迄は
世間的に無一物な私でも<不死身!不滅!不退転!>です!

●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない
(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている
(コリント後書6‐9~10)
●人はその職を終了(オワ)るまでは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
 人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
 人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
 人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
 神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)

そうです!人徳も品格が無くても、日頃自分の命をかける勇気も正義感も無くても
無力な私に【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】があるだけで
日々直面するどんな<患難辛苦><窮地>でも、救いの道・解決策に導いてくれて
<神愛事業><最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を掲げ
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に突き進む事は可能です!

●どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。
 救いのない運命というものはない。
 災難に合わせて、どこか一方の扉を開けて、
 救いの道を残している(セルバンテス)
●信仰は人によっては迷信のごとくに見える。
 信仰は確かに一種の冒険である。
 これに従って、あるいは失敗におわるかもしれない。
 しかしながら、信ずる者は信仰の迷信でないことを知る(内村鑑三)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
 理想が事実となって顕れたるものである。
 すなわち真個の理想である。
 「なすべき」はキリスト教ではない、
 「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●キリスト教は完全なる道徳と同時に
 これに達するの途を示しこれを行うの力を供するものである(内村鑑三)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくに
 すべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13)
 ⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)

皆さんの人生にとっても、大小様々な<患難辛苦>や<窮地>に追い込まれても
どんなに思い通りに行かずとも、たとえその場では完全に納得できないとしても
【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】に導くための
【神の愛=主イエス】の【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】であり、
<神助:祝福・恩恵>だと信愛する決意表明<信仰告白:先取りの信仰>として
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>である
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起結集する<福音の戦士>【福音の勢力】<ビジョニスト:世の光・地の塩>で
活躍されることを心より応援しています!

●力も策も神と共にあり、迷うこと、迷わせることも神による(ヨブ記12-16)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。
 私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)
●人の歩みは主によって確かとされる。
 主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手を支えておられるからだ(詩篇23‐24)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによって
 キリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
 切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、
 キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●あなたの力は人の数によるものではなく、
 あなたの主権は強者に頼るものでもありません。
 あなたは虐げられた者の神、
 小さき者の助け主、
 弱き者の支え、
 見捨てられた者の守り、
 希望を失った者の救い主(ユディト記9-11)
●キリストをあなたがもっていれば、あなたはもう裕かであり、
 不足を覚える事がないのだ。
 彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
 人に望みをかける必要のないよう、
 万事につけての忠実な世話役となるであろう。
 まことに人間は直ぐに変ってゆき、
 たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
 キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、
 終りに至るまで確固として守護される(トマス・ア・ケンピス)
●私たちの生きた祈りと賛美が少しでもあるなら、
 神様は千里の道をかけてでも私たちに会いに来てくださるだろう
(アーロンド)
●主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される
(詩篇34-19)
●<神助>(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん。
⇔★天来の思想
 ★外来の友人
 ★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の事業を助けん。
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすを得べし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
 汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2013年9月14日に作成した<第618回>に加筆】
◇◇【ビジョン】で天上を仰ぐ人生に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

我が家には毎年セミが訪問してくれます。最後を迎えるために来るのです。
今年は二匹(二人)も来てくれました。一人目は死にかけて仰向けになって
玄関前のコンクリートにいました。夕方だったので、翌日もう一度青空に
向かって飛び立てるように、ハチミツを口に含ませたり、水を与えて、
野菜のベッドに寝かせて、ベランダの安全な場所に置いて上げました。

しかし、翌朝見てみると、ベッドから這い出して近くに仰向けの格好で
昇天していました。最後の最後まで前に向かった<生き様・死に様>を
見せてくれました。

数日後、また玄関の前に、完全に昇天してしまったセミが仰向けでいました。
二人を仲良くベランダのお墓に葬って上げました。

いつも感動するのはセミの<生き様・死に様>です。彼らは地中で3~17年間も
生活しながらも、その安全な環境を脱出して、見知らぬ地上世界に飛び出して、
わずか二週間の生涯を精一杯に飛び回り、歓喜して、最後の最後まで背中を
見せることなく、茂みに逃げ隠れせずに堂々と前向きに天上を見つめながら
死んで逝く<生き様・死に様>です。

セミの<生き様・死に様>は【神の愛=主イエス】に従う<生き様・死に様>です!
私たちも崇高遠大な<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を高く掲げて
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を最後の最後まで完遂して
天上に住まう【神の愛=主イエス】を仰ぎ望みながら前向きに倒れ逝きたいですね。

●上にあるものを求めなさい。
 そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。
 (常にただ天)上にあるものに心を留め、
 地上のものに心を引かれないようにしなさい。
 あなた方は既に死んだのであって、あなた方の命は、
 キリストと共に神の内に隠されているのです。
 あなた方の命であるキリストが現れるとき、
 あなた方も、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう
(コロサイ書3-1~4)
●上を見よ、下を見るなかれ
 前を見よ、後ろを見るなかれ
 外を見よ、内を見るなかれ
 しかして、人に手を貸すべし (エドワード・へール) 
●<希望と前進>(内村鑑三)
 人は希望的動物なり。
 彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
 希望は健全にして、回顧は不健全なり。
  ●後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
 罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
 神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
 一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
 私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
 信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
 走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、
 目標を目指して走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる
 神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、
 勇気と希望をすこしも捨てぬ。
 私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●目をまっすぐ前に注げ。
 あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
 どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
 あなたの道は常に確かなものとなろう。
 右にも左にも迷い出てはならない。
 あなたの足を悪から遠ざけよ(箴言4-25~27)

現実生活は<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>に心奪われやすく、
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】は<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の
総攻撃で私ごときは<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>に陥る大危機の連続です。
だから自力ではなく【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で
【神の愛=主イエス】の<視点>の<智恵>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
無能な私でもセミの<生き様・死に様>の如く前に遠く上に高く導いてくれます!

●地上の目の前のものに目を奪われて、足をひきずるのでなく
 目を上げてキリストの周りで起こっていることに気を配りなさい。
 そこで全ての事が起こります。主の視点で物事を見なさい
(コロサイ書3-2)
●父は私に教えて言った。
「私の言葉を心に留め、私の命令を守って、命を得よ、生きよ。
 知恵を得よ。悟りを得よ。忘れてはならない。
 私の口の授けた言葉からそれてはならない。
 知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ。
 知恵の初めはこれである。知恵の初めに知恵を得よ。
 あなたがこれまで得たものすべてに代えても、悟りを得よ。
 それを尊べ。そうすれば、それはあなたを高めてくれる。
 それを抱きしめると、それはあなたに名誉を与え尊くする。
 それはあなたの頭に麗しい花輪飾りを与え、光栄の冠をあなたに授けよう。」
 (箴言4-4~9)
●御言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます(詩篇119-130)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲していかなる、
 いと低い事物によっても引き停められることを望まない
(トマス・ア・ケンピス)

私自身は年を重ねるうちに<不義・不正・不実>で不純・不潔の泥にまみれて
堕落しやすく、光輝く【青春:幼な心・青年の心】とかけ離れた闇に留まるとも
私の<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは
いつでもどこでも腐敗も堕落もせずに太陽のように永遠に光り輝く存在です!
【神の愛=主イエス】の【御言葉・ラブレター】【御心:聖意・聖旨】である
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>として高く掲げるならば、
こんな私でも<ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩>として活躍できます!

●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、
 闇の内を歩くことがなく、命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●あなた方は、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、
 何によって塩けをつけるのでしょう。
 もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです
(マタイ伝5-13)
●あなた方は、世の光です。山の上にある町は隠れる事ができません
(マタイ伝5-14) 
●光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい(ヨハネ伝12‐36)
●光の子として歩みなさい(エペソ書5‐8、イザヤ書2‐5)
●あなた方は、以前は闇であったが、今は主にあって光となっている。
 光の子らしく歩きなさい。光はあらゆる善意と正義と真実との実を
 結ばせるものである(エペソ書5-8~9)
●起きよ!光を放て!あなたを照らす光が臨み、
 主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
 見よ。暗闇が地をおおい、暗黒が諸国の民をおおっている。
 しかし、あなたの上には主が朝日の如く輝き、
 その栄光があなたの上に現われる。
 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。
 目を上げて、見渡すがよい。みな集まって、あなたのもとに来る。
 あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。
 そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、
 あなたの心はどよめき喜びに輝く。
 海からの宝はあなたに送られ、国々の財宝はあなたのもとに集まる
 (イザヤ書60-1~5)
●あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、
 上から光の源である天の父から来る(ヤコブ書1‐17)
●これは私たちの神の憐れみ深い御心による。
 また、そのあわれみによって、
 日の光が 上から私たちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照らし、
 私たちの足を平和の道へ導くであろう
(ルカ伝1-78~79、詩篇107-10、イザヤ書9‐2・59-8)
●燃え続ける信念の炎は、我々に光を与えるだけでなく周囲をも照らすのだ
(ガンジー)

皆さんが崇高遠大な<神愛事業>【ビジョン:理想・夢念・大志】を高く掲げて
自力でなく、【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で活きて
世間的孤立や連戦連敗で倒れかけても、うなだれることなく、後退することなく
常に天上の【神の愛=主イエス】を仰ぎ望みながら、前向きで向上し続けるために
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を見事に完遂される事を
心より応援しています!

●私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。
 私の助けは、天地を造られた主から来る。
 主はあなたの足をよろけさせず、あなたを見守る方は、まどろむこともない。
 見よ。イスラエルを見守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。
 主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。
 昼も、太陽が、あなたを撃つことがなく、
 夜も、月が、あなたを撃つことはない。
 主は、すべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を見守られる。
 主は、あなたを、行くにも帰るにも、
 出ると入るとを、今よりとこしえまでも守られる
 (詩篇121-1~8)
●<向上>(内村鑑三)
 上へ、上へ、上へと、昇るは救済(スクイ)なり、降るは滅亡(ホロビ)なり。
 われらは永久に昇りて永久に救われんのみ。道の難きを意とせず、
 われなんじを支えんと主いい給えばなり。
 手段を講じてしかるのにちに進まず、
 主の命を確かめて懼(オソ)れなく進むなり。
 より高き、より難き、より聖き業へと進むなり。
●進め。どこまでも進め。
 前途を疑惧せずして進め。
 倒るるも退(ヒ)くなかれ。
 明日は今日よりも完全なれ。
 明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、
 快活にして、謙遜にして、独立なれ。
 進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
 安全は退きて求むべきものにあらずして、
 進みて達すべきものなり。
 歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
 臆病者に平和あるなし。
 進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●わたしの考えは、いつも前進するということです。
 もし神が人間の後退をお望みならば、
 人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう
(ユーゴ)
●事実がたとえわかっていなくとも、とにかく前進することだ。
 前進し、行動している間に、事実はわかってくるものだ(フォード)
●間違いと失敗は、われわれが前進するための試練である(チャニング
●人類は絶えず進歩する。この前進運動は信仰の分野にもあらねばならない
(トルストイ)
●予は常に青年の失敗を興味をもって見ている。
 青年の失敗こそは、彼の成功の尺度である。
 彼は失敗をどう思ったか、それから彼はどうしたか。
 落胆したか。引退したか、あるいは更に勇を鼓して前進したか。
 それで彼の生涯はきまるのである(モルトケ)
●<偉業>(内村鑑三)
 我れ事を作(ナ)すにあらず、これを作さしめらるるなり
 我は我れの欲する事をなしえずして、欲せざる事をなさしめる
 神は我をして我れ以上の思想を語らしめ、我れ以上の事をなさしめ給う
 神に頼るは我は小なりといえども、はなはだ我は大なる者なり。
●神よ!私がいつも、創造できる以上のことを望むことを、許したまえ!
 (ミケランジェロ) 
●<遠大の事業>(内村鑑三)
 余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
 余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
 余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
 余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。 
●ただ偉大な理念の召使と考えるようになったら、
 その人はすでに確実な頂きに達したといえる。
 聖書は、これを「神のしもべ」と呼んでいる(ヒルティ) 

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)


【2013年9月1日に作成した<第617回>に加筆】
◇◇【ビジョン】で<独立自尊>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

福澤諭吉の提唱する「独立自尊」は、私の場合は、独力では到底届かぬ領域です。
私自身は<不義・不正・不実>で【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】が
総攻撃して来るからです。

●心身の独立を全うし、自らその身を尊重して、
 人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ(福澤諭吉)
●一身独立して一国独立す(福沢諭吉)

一方、同時代に生きた内村鑑三が提唱する<独立自尊>なら私でも可能です!

●神にすがるの依頼心ありて始めて真個の独立と威厳と自尊とはあるなり
 (内村鑑三)
●<独立>(内村鑑三)
 独立とは必ずしも他の援助を絶つの謂(いい)にあらずして、
 自己の有するすべての実力を活用するの謂なり。
 人一人は小宇宙なり。
 彼の内にほとんど無限の力の貯蔵さるるあり。
 これをことごとく活用せんか、
 彼ひとりの希望(正当なる)を充たし得るのみならず、
 彼は進んで他を助け、もってなお余りあるべき者なり。
●自由とは、人より何の束縛をも受くることなくして、
 わが身を神の自由にゆだぬることなり。
 独立とは、人に由(よ)らずして、直ちに神と相対して立つことなり。
 神に使役せられんための自由なり。
 神と、顔と顔を合わして語らんための独立なり。
 クリスチャンの自由独立とはかくのごときものなり。
(内村鑑三)
●<独立>(内村鑑三)
 金にも優り、名誉にも優り、知識にも優り、生命(イノチ)にも優る、
 嗚呼汝独立よ!
 噫(アヽ)王等よ、噫公(キミ)等よ、噫監督等よ、噫博士等よ、
 汝等は圧制家である。
 独り真理と偕(トモ)に在り、独り良心と偕に在り、独り神とに偕在り、
 独りキリストと偕に在りて、我は自由である。

私にとって【神の愛=主イエス&聖霊】と共に在ると確信・体感できるのは、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を想う時です!
私の中にも活きる【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が喜んで発動するのは
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げる時です!
【聖書の御言葉】に示されるように私の【ビジョン:理想・夢念・大志】にも
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】が託された事を確信できるなら、
この名誉ある【賜物・無償ギフト・神恵】<神愛力の宝>を誇ることができて
<神愛の器・神愛の道具>として、私自身も<独立自尊>で活きられます!

●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
 何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。
 その測り知れない力は神のものであって、
 私たちから出たものでないことが、あらわれるためである
 (コリント後書4‐7)
●神が栄光のためにあらかじめ用意しておられたあわれみの器に対して、
 その豊かな栄光を知らせてくださるためになのです。
 神は、このあわれみの器として、私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、
 異邦人の中からも召してくださったのです(ロマ書9-23~24)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
 何故なら全ての永続的な真実の力は神のものであって、
 人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で
 みずから全てのことを行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし
 善き業に歩むべくキリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●愛に生きる者には翼がある。喜びに溢れて走り回り、
 自由で、どこにあっても束縛を知らない。
 自分に与えられる贈り物には目を留めず、
 すべての賜物を越えて、
 それを与えてくださる方に目を向ける(トマス・ア・ケンピス)

たとえ何度も失敗挫折しようと、家族の無理解や世間的に認められず孤立無援でも
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>が
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を総攻撃されたなら、自力なら完全降伏ですが
自力でなく【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のおかげで、
何度惨めにノック・ダウンされようとも、絶対にリング・アウトされること無く、
どん底人生でも、<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
【神愛の事業=隣人愛&奇蹟】<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>に
守られ育てられ【大希望:聖望!聖願!聖欲!】<大確信:必勝・必決・必現>に
光輝く<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で
<独立自尊>に導いてくれます!

●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない
(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている
(コリント後書6‐9~10)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる
 (トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、
 力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる
 (トマス・ア・ケンピス)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲していかなる、
 いと低い事物によっても引き停められる事を望まない
 (トマス・ア・ケンピス)
●神の無限の力に頼りて我等は我等の信ずるがごとくに
 全ての事を為すを得るなり。
 何事も思いわずらってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって、祈りと願いをささげ、
 あなた方の求めるところを神に申し上げるがよい
(内村鑑三:ピリピ書4-13より)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。
 私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)
●人の歩みは主によって確かとされる。
 主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手を支えておられるからだ(詩篇23‐24)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによって
 キリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
 切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、
 キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する
(ピリピ書1-20~21)

【神の愛=主イエス】は<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を通じて
<独立自尊事業>【ミッション:大義・使命・天職】に<召命>してくれます!

●人に少しも頼ることなくして、
 神にのみ頼ってなすことのできる事業のみが
 神の命じ給うた事業である。
 かかる事業に従事するを得て我等ははじめて独立の人となるのである
 (内村鑑三)
●事業の困難を思うべからず、また我の弱きを思うべからず。
 神の全能なるを思うべし、その恩恵の無限なるを念ずべし。
 さらば、事業の困難は失せて我等は強き者とならん(内村鑑三)
●意(オモイ)を事業に注いで事業は成らず、
 眼を神に注いで事業はおのずから成る。
 神は事業の神なれば、我らは神を信じて無為の生涯を送らんと欲するも得ず
 (内村鑑三)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。<最も大切なことは、自分の使命、
 すなわち主イエスが私にお与えになった働きを全うすることです>
(使徒行伝20-24)
●<自由独立>(内村鑑三)
 われは政府のものにあらず、
 また教会のものにあらず、
 また会社のものにあらず、
 もちろん自己のものにあらず、
 神のものなり。
 ゆえに神に使わるべき者にして、
 人に役(つか)わるべき者にあらざるなり。
 われ神の忠実なる僕たらんと欲して
 自由独立の人たらざらんと欲するもえざるなり。

皆さんの<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】を確信して体感することで
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の<独立自尊>によって
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●<日本国とキリスト>(内村鑑三)
 日本国はキリストを要す。
 彼によるにあらざれば、その家庭を潔むるあたわず。
 日本国はキリストを要す。
 彼によらずして、その愛国心は高尚なるあたわず。
 キリストによりてのみ、真正の自由と独立とあり。
 そは彼は霊魂に自由を与うる者なればなり。
 キリストによらずして、大美術と大文学とあるなし。
 そは彼は人類の理想なればなり。
 キリスト降世二千年後の今日、
 吾人は彼によらざる真正の文明なるものを思惟するあたわず。
●<革命の希望>(内村鑑三)
 日本人によって日本国を救わんと欲(おも)うなかれ。
 神によって日本国を救わんと欲うべし。
 日本人の多数は詐欺師なり。偽善者なり。収賄者なり。
 神の聖名(みな)を汚す者なり。
 われらは彼らによって何らの善事をもなすことあたわず。
 されども神は日本人全体よりも強し。しかして神は日本国を愛したもう。
 ゆえにわれらは神にたよりて、日本人多数の意嚮(いこう)に反して、
 われらの愛するこの日本国を救うを得るなり。
 われらは腐敗せる日本人によって日本国を救わんとせしがゆえに失望せり。
 されども今やわれらの目を日本人より転じ、
 宇宙の主宰にして日本国の造り主なる神を望み見て、
 われらは満腔(まんこう)の希望をもって、
 この死滅に瀕せるわが国の救済に従事するを得るなり。
 「わが助けは天地を造りたまえるエホバより来たる」
 (詩篇 121/2)
 この助けありて、われら何事をかなし得ざらんや。
●心をつくして神を愛せよ、それからあなたの欲することを為すが良い
(ヒルティ)
●キリストを神として拝するも我等の良心は
 少しも品性の堕落を感じません。
 のみならず、帝王を崇拝して自由を失い、
 富豪を崇拝して威権を隕(オト)せし国民も
 イエスを神として崇め奉りて、
 その失いし自由と独立を回復した例は
 人類の歴史に幾度もあります(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2013年8月11日に作成した<第616回>に加筆】
◇◇<人生の旗印>を体現・可視化に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

民族国家や組織・家系に<旗印>があるように、個人にも<人生の旗印>があると
【聖書】から学びました。

●我らが、あなたの勝利に喜びの声をあげ、我らの神の御名によって、
 旗を高く掲げることができるように。
 主が、あなたの願い求めるところを、すべて実現させてくださるように
 (詩篇20-6)
●城門を通れ、通って行け。
 民の道を備え整え開き、土を盛り上げよ、
 土を盛り上げて大路を造れ。石を取り除け。
 諸国の民に向かって旗を掲げよ(イザヤ書62-10)

私にとって<人生の旗印>は【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】であり、
【青春:幼な心・青年の心】に生まれてきた【ビジョン:理想・夢念・大志】です。

●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
 応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も、最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
 (ヒルティ)
●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
 そして少年の頃の理想主義は何ものにも変えることが出来ない人間の財産である
 (シュバイツァー)
●あなたの夢は何か、あなたの目的とするものは何か、
 それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれるだろう(ガンジー)
●青春の夢に忠実であれ(シラー)
●素晴らしい人生、それは青年時代に考えた事が
 壮年になってから実現される事である

<人生の旗印>で<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】は
私の現実的生活がどうなろうと、常に光り輝き<不死身!不滅!不退転!>です!

●人生に絶望なし(ヘレン・ケラー)
●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)

<人生の旗印>の<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】は
私らしい<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に導いてくれます!
【神の愛=主イエス】からの【賜物・無償ギフト・神恵】だからこそ、私にとって
<本領・本分>であり、<全生・全身・全霊>で喜び進んで死守できる存在です!

●人は自己を失わなければ、どんな生活を営んでもよい。
 自分の本領に留まるなら、一切を失ってもかまわない(ゲーテ)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●我々の願望と言うものは、我々のうちにひそかにひそむ能力の予感であり、
 我々がなし遂げ得るであろうことの先触れである(ゲーテ)
●運の良い人々とは、強い信念を維持し、数々の犠牲を払い、
 粘り強い努力を続けてきた人々である。あらゆる成功が仕上げられた思考であり、
 達成された目標であり、現実化されたビジョンである(ジェームズアレン)
●全ての守るべき物よりもまさりて、汝の心を守れ、
 そは生命の流れこれより出づればなり
 力の限り見張って、あなたの心を見守れ。命の泉はこれから沸くから
 (箴言4‐23)
●知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ
 (箴言4-6)
●父は私に教えて言った。
 「私の言葉を心に留め、私の命令を守って、命を得よ、生きよ。
  知恵を得よ。悟りを得よ。忘れてはならない。
  私の口の授けた言葉からそれてはならない。
  知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ。
  知恵の初めはこれである。知恵の初めに知恵を得よ。
  あなたがこれまで得たものすべてに代えても、悟りを得よ。
  それを尊べ。そうすれば、それはあなたを高めてくれる。
  それを抱きしめると、それはあなたに名誉を与え尊くする。
  それはあなたの頭に麗しい花輪飾りを与え、光栄の冠をあなたに授けよう。」
 (箴言4-4~9)

<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を、より身近にして
<いつも一緒!>の<実像>にすることも、<人生の旗印>にすれば可能です!
私のブログやネットサービスのアイコンは、<人生の旗印>として考案しました。
更に、今年になって、<人生の旗印>が刻まれたゴム印鑑も造ってみました。
おかげで、私にとって<人生の旗印>である【ビジョン:理想・夢念・大志】は
国旗や企業ロゴバッジのように手に触れられて携帯できる【同労者・同志】です!

●人は幸福になろうと決めて、心に幸福のイメージを描くと、
 そのイメージと同じような幸福が得られる(リンカーン)

皆さんの中にも、「<人生の旗印>を印鑑にしたい!」という人がいるなら、
非常に手頃な価格で品質も良いサイトを紹介します。ご参照ください。

 ■ジャンクドットコム http://www.junc.com/
 
<人生の旗印><最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】は
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】と【聖書の御言葉】を具現化して
<いつも一緒!>の【同労者・同志】である<印鑑>に体現・可視化されたので
私の<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】は
<一日一生!日々新た>に<パワー・アップ&アップ・グレード>されます!

●願わくは、あなたの僕への御言葉を思い出し給え。
 あなたは私がその御言葉を待ち望むようになさいました。
 これこそ悩みのときの私の慰め、まことに御言葉は私を生かします
(詩篇119-49~50)
●人の心には多くの計画がある。されど主の御旨のみ堅く立つべし(箴言19-21)
●様々に異なった教えに惑わされてはならない。
 食べ物ではなく、恵みによって心が強健に定まるのはまことによい事である
(ヘブル書13-9)

皆さんの<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<印鑑><印章>など
<いつも一緒!>の【同労者・同志】に体現・可視化する事で、<人生の旗印>が
いつも闇を光で照らす<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>となって、
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
【ビジョン:理想・夢念・大志】に【ミッション:大義・使命・天職】を体得して
人生の圧倒的大勝利に通じる<神愛道:神の国・神の義>を突き進まれることを
心より応援しています!

●私たちは、いつも、こうなりたいと望むものになれる(ナイチンゲール)
●あなたの夢は何か、あなたの目的は何か。
 それが明らかならば、必ずや道は開かれる(ガンジー)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●何より、出来ると思え、続いて、手段が付いてくる(リンカーン)
●我が敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
 たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なりミカ書7-8)
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●ひたすら神のみむねに従い。
 いかなる時にも神に望みをかくる者、
 もろもろのなやみと悲しみにとざさるるとも
 神はその人を不思議にも守り給わん。
 いと高きものなる神に依り頼む人は
 砂の上にその家を建てしにあらず(同胞教会讃美歌第172番)
●この世における人間の主な目的は神の栄光をたたえ、
 永遠にわたって神をよろこぶことである(クロムウエル時代の簡略教理問答書)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、
 勇気と希望をすこしも捨てぬ。
 私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●あなた方はこの世に調子を合わせ妥協してはならない。
 むしろ、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に受け入れられ神に喜ばれ、
 完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を造り変えなさい。
 (ロマ書12-2)
●主は私に仰せられた。
 「あなたの見るとおりだ。私は、私の言葉を成し遂げようと見張っている」
 (エレミヤ記1-12)
●主は人の一歩一歩を定め、主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる。
 人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。
 全く打ち捨てられる事もない。
 主がその手を助け支えられるからである。
 若い時にも老いた今も、私は見ていない。
 主に従う人が捨てられ、あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見た事がない。
(詩篇37-23~25)
●勇ましい兵士のように闘いなさい。そして特にひ弱さのため、くずおれかけても
 前よりもっと確固とした勇気を取り戻しなさい (トマス・ア・ケンピス)
●信仰の戦いを勇敢に立派に戦い抜き、永遠のいのちを獲得しなさい。
 あなたは、命を得るために、神から召され、また、多くの証人たちの前で
 信仰を表明(告白)したのである(テモテ前書6-12)
●愛の中に恐れあることなし、全き愛(神の愛・隣人愛)は恐れを除く
 (ヨハネ第1書4‐18)
●輝くものを汚し、高貴なものを悪口することを、人間の世は好むものだ。
 しかし、恐れるな!
 高貴なもの、偉大なものを讃えゆく美しき心は、まだあるのだ(シラー)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2013年7月18日に作成した<第615回>に加筆】
◇◇【ビジョン:理想・夢念・大志】崇拝に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

私の場合、【聖書】【神の愛=主イエス】に導いてくれた<最大の恩人>とは
幼少の頃から私の心に浮かぶ<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】でした。

たとえ家族や境遇がキリスト教と無縁でも、【聖書】が身近にない環境であろうと
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】は
世界中老若男女誰の心の中にも必ず存在する事は、皆さんも共感すると思います。

そうです!キリスト教でも、異教徒でも、無宗教・唯物論者や進化論支持者でも、
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】と<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】は
大切な存在です。

私は【神の愛=主イエス】が人生で先ず求めよと教示した<神の国・神の義>とは、
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
<神の国>、【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げて決起する
【ミッション:大義・使命・天職】が<神の義>だと体得しています。

●まず神の国と神の義とを求めなさい。
 そうすれば、これらのもの[生活必需]は、すべて添えて与えられるであろう
 (マタイ伝6-33)
●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
 我が命じ遺(おく)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
 (内村鑑三)
●ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。
 「私を大いに祝福し、豊かに私を恵み
  私の領域を広げて責任を増し加えてくださいますように。
  御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて
  私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」
  そこで神は彼の願ったことをかなえられた(歴代志略上4ー10)
●イエスは言われた。「神の国は、ある人が地に種を蒔くようなものである。
 夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して成長するが、
 どうしてそうなるのか、その人は知らない。
 地は人手によらず、おのずから実を結ばせるのであり、
 初めに芽、次に穂、次に穂には豊かな実ができる(マルコ伝4-26~28)

私自身は無一物で泥んこ真っ黒けな卑怯者で意気地なしの格好わるい極悪人ですが
私の心の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは格好良い崇拝の対象です。

私自身の中にも確実に存在し光輝いている【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】を心で聞く受信器になって
【聖書の御言葉】を具現化し、【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を反映させ光輝く
<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】は【賜物・無償ギフト・神恵】であり、
同時に私自身に託された人格的な<最愛の我が子・我が分身>になってくれる
人間業を超えた驚きの<神業>【神の愛の方程式=摂理】だと実感できます!

●【良心】とは人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、
 悪を戒める神よりの心の声である。人間は心の中に刻まれた法を持っており、
 それに従うことが人間の尊厳であり、また、人間はそれによってさばかれる。
 【良心】は人間の最奥であり、聖所であって、そこでは、人間はただひとり
 神と共にあり、神の声が人間の深奥で響く
 (カトリック要理:ロマ書2-15~16)
●神が命じ人が神に応える所に【良心】がある。【良心】は人の神覚である、
 人を離れて人が独り神と相対して立つ時に【良心】がある。(内村鑑三)
●道徳は人の道であり、【良心】は神の生命である。(内村鑑三)
●洗礼は肉の汚れを取り除く事ではなくて神に正しい良心を願い求める事です。
(ペテロ前書3-21)
●正しい良心を持ちなさい。
そうすればあなたはいつも喜びをもつことができよう。
 正しい良心はずい分たくさんな物事を忍ぶ力を具え、
 逆境にあっても、つねにずい分と大きな喜びを覚える
 (トマス・ア・ケンピス)
●信仰は聞く事から始まり、聞く事は、キリストについての御言葉から来る
 (ロマ書10-17)
●私は思いをこらしつつ愛の息吹に耳をすまし、そのささやきをまことと知り、
 それを書き写すのみ、我が内より創るものはない(神曲・煉獄篇第24歌52節)
●クリスチャンは思想の人ではない。
 さらばとて、また実行の人でない。
 クリスチャンは聖霊の人である。
 聖霊によりて神の知恵と大能とを実得するを得し人である(内村鑑三)
●神は驚くべき御声をとどろかせ、
 私たちの知りえない大きな業を成し遂げられる(ヨブ記37-5)
●あなた方の内に働きかけて御心のままに志望(願い)を起こさせ、かつ実現に
 至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)

私もそうでしたが、【神の愛=主イエス】【聖書】を知らずとも、受入れずとも
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
完全に滅亡することはありません。世間でも【神の愛=主イエス】を知らずとも、
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
見事に自己実現している多くの人びとがいるでしょう。だから多くの人にとっては
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】は
【神の愛=主イエス】からの【賜物・無償ギフト・神恵】だと思わないでしょうし、
30歳までの私自身も全く無関係だと思い込んでいました。

どうやら私の自己都合で【神の愛=主イエス】を受け入れる選択権があるのでなく
【神の愛=主イエス】が私にとって<最高!最善!最美!>の時と場所を選ばれて
【神の愛=主イエス】から<召命>される事で【信仰精神:信愛・信頼・信従】は
<神愛特権>として与えられたのだと実感出来ます!

●あなた方が私(主)を選んだのではない。
 私があなた方を選び見出したのである。
 そして、あなた方を立てた。
 それは、あなた方が進んで行って実を結び、
 その実がいつまでも残るためである。
 また、私の名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、
 私があなた方を任命したのである(ヨハネ伝15-16)

宗教と対極にある<エゴ・自己愛>だけを大切に生きていた私のことですから、
【神の愛=主イエス】の<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> が
徐々に優しく差し伸べられたおかげで、これほどに朽ちるべき死ぬべき私でも
<歓喜!感動!感謝!>に満ち溢れる<神愛道:神の国・神の義>人生です!

●この朽ちるべきものが朽ちないものを着、
 この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。
 この朽ちるべきものが朽ちないものを着、
 この死ぬべきものが死なないものを着るとき、
 次のように書かれている言葉が実現するのです。
 「死は勝利にのみ込まれた。
  死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
  死よ、お前のとげはどこにあるのか。」(コリント前書15-53~55)
●我が父の愛は無限なり、彼は我の滅びることを欲(ねが)い給わず、
 彼は我につきて永久に絶望し給わず、
 ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
 彼の無限の愛を信じてはばからずして今日起ちて彼に往かん
 (内村鑑三:ルカ伝15‐18・放蕩息子の帰郷)
●魂のよろこびに
 まさる喜びはなし。
 これによりて枯骨も芽をふく。
 この喜びを、わが主は常に、
 われらのために増したもう(ヒルティ)
●ほむべきかな、私たちの主イエス・キリストの父である神。
 <ほめたたえられますように>
 神は、私たちをキリストにおいて、
 天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。
 天地創造の前から、神は私たちを愛して、
 御前で聖なる者、傷と汚れのない者にしようと、
 キリストにおいて私たちをお選びになりました。
 イエス・キリストによって神の子にしようと、
 御心のままに前もってお定めになったのです。
 神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい栄光ある恵みを、
 私たちがほめたたえるためです。
 私たちはこの御子において、神の豊かな恵みゆえに、
 その血によって贖われ、罪を赦されました。
 神はこの恵みを私たちの上にあふれさせ、
 すべての知恵と悟りと思慮深さとを与えて、
 御旨の奥義を、自らあらかじめ定められた計画に従って、
 私たちに知らせてくださいました(エペソ書1-3~9)
●あなたの憂いをすべて主にゆだねよ。
 主はあなたに代わり配慮される。
 あなたの家族のための憂いを、われらの信ずる主にゆだねよ
 あなたはいたずらに策を案じ考えるだけだ。
 しかし、主には行く道と将来が開かれる
 主は心配を嫌うが、あなたが捧げる天に向かっての祈りは喜んで聞きたまう。
 あなたがやっと一つの策を立てる間に、主は千もの策を持っていられる。
 なにびとも勝手気ままに、あなたを害する事のないように、
 主はあなたへの恵みの為にみんなの心を小川のように導かれる。
 主の御手から苦しみも喜びも安んじて受け、ひるんではならない。
 主はあなたの運命をすぐにも変えられる。
 しかし、それを悪くするのは、あなたの嘆きだ。
 いたずらにあなたを苦しめるために、苦しみが与えられたのではない。
 信じなさい、まことの生命は、悲しみの日に植えられることを(ヒルティ)

【神の愛=主イエス&聖霊】の<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> で
守り導かれる<神愛特権>によって悩み迷い続けてきた私の人生は定まりました!
私と縁遠い見果てぬ存在に思われた<真理>【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】は
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
身近に一体感ができるようになり、<道>は<神愛道:神の国・神の義>を通って
【ミッション:大義・使命・天職】に到達でき、<命>のおかげで不滅で無尽蔵の
【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と<一日一生!日々新た>な
【バイタリティ:生活力=生命力+活力】によって<パワー・アップ>されるので
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】で満ちた
<神愛力>【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】を身にまとう事ができます!

●イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。
私を通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハネ伝14-6)
●<神を経験する事の証し>(ヒルティ)
 -精神の安らぎ
 -満ち足りる事
 -真理の渇きが鎮まること
 -精神と内的生命との一種の強化
●あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。
 主は永遠の神、地の果てまで創造された方。
 倦み弱ることなく、また疲れることなく、その英知は測り知れず究めがたい。
 弱り疲れた者に大いなる力を
 与え、勢いを失っている者を増強して活気づける。
 若者も弱り、倦み疲れ、勇士もつまずき疲れ果てて倒れようが
 主を待ち望む者は新たな力を得、鷲のように翼を張って上ることができる。
 走っても弱りたゆまず、歩いても疲れない(イザヤ書40-28~31)
●主はあなたの罪・不義をことごとく赦し、病をすべて癒し
 あなたの命を墓穴から贖い出してくださる。
 あなたに慈しみと憐れみの冠を授け
 あなたが生きながらえる限り一生を、善いものに満ち足らせる。
 こうしてあなたは若返って、鷲のように新たになる(詩篇103-3~5) 
 
【神の愛=主イエス&聖霊】と【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】と
【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれたからといっても、私自身は相も変わらず
<7つの大罪:傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲>で真っ黒けですが
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは輝き増して
2000年前に受肉した<イエス・キリスト>の似姿である人格的存在として
【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】を具現化してくれる崇拝の対象です!

●<常時歓喜!不断祈求!万事感謝!>(テサロニケ前書5‐16~18)
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
●<愛の十戒>(ロマ書12章9~21節)
◆愛は偽りがあってはならない。悪を憎み退け、善には親しみ結び、
 兄弟の愛を持って互いにいつくしみ、進んで互いに尊敬し合いなさい。
◆熱心でうむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、
 患難に耐え、常に祈りなさい。
◆貧しい聖徒を助け、努めて旅人をもてなしなさい。
◆あなた方を迫害する者を祝福しなさい。祝福して呪ってはいけない。
◆喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。
◆互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、
 かえって低い者たちと交わるがよい。
 自分が知者だと思いあがってはならない。
◆誰に対しても悪をもって悪に報いず、全ての人に対して善を図りなさい。
◆あなた方はできる限り全ての人と平和に過ごしなさい。
◆愛するたちよ、自分で復讐しないで、むしろ神の怒りに任せなさい。
 何故なら、「主が言われる;復讐するは我にあり。私自身が報復する」
 と書いてあるからである。むしろ
 「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、
 かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、
 あなたは彼の頭に燃え盛る炭を積む事になるのである」
◆悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい。
●<愛の讃歌>(コリント前書13-4~8)
【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
   全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
【愛】はいつまでも絶えることがない

皆さんの人生においても、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】があって
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】は
【神の愛=主イエス&聖霊】の【賜物・無償ギフト・神恵】だと体感できるように
先ずは<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】崇拝の人生として活躍される事を
お奨めします!

●<境遇と意志>(内村鑑三)
 人と天然とは外より働き、神は内より働きたもう。
 前者は境遇を作り、後者は意志を作りたもう。
 吾人が神にいたるは、彼に意志を強くせられんためなり。
 境遇に勝ち得て、みずから新境遇を作らんためなり。
 人は神の子なり。境遇の奴隷にあらず。
 神によりて境遇を無視し、これを破りて意志の自由を実行すべき者なり。

【霊性:魂[勇気]・善意・良心】の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
<人格:最愛の我が子・我が分身>を感じて【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】【キリスト精神】を体感して
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に掲げ、様々な<患難辛苦>で
何度倒されようとも、何度でも決起して、退却したり滅びる事無く、明るく元気に
<神愛道:神の国・神の義>を走り抜く【ミッション:大義・使命・天職】に
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気で
圧倒的大勝利の人生として挑戦し続けることを心より応援しています!

●どんな幸福な生活にも数多く起こる試練や心労を堪え難い重荷だと考えるか、
 それとも自分の生活原則を実行し修練するために、
 神から授けられた機会だと見るかは、物事の感じ方として大きな相違である。
 そして、この感じ方次第ですべてが決まるのである(ヒルティ)
●人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒されてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手を支えておられるからだ(詩篇37‐23~24)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる
 (トマス・ア・ケンピス)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
 許されていると考えるからである (トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、
 力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる
 (トマス・ア・ケンピス)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲していかなる、
 いと低い事物によっても引き停められる事を望まない
 (トマス・ア・ケンピス)
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、すなわち
 神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、また、
 これまで彼が導かれてきたすべての道がそこに通じているのを悟った
 日のことである(ヒルティ)
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
 戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三)
●あなた方はこの世では悩みがある。しかし、勇気を出しなさい。
 私(主イエス)はすでに世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●キリスト教は不断の幸福を約束しない。しかし、世に勝つ平和を約束している
 (ヒルティ)
●私たちは真理にさからっては何をする力もなく、真理に従えば力がある
 (コリント後書13-8)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
 患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
 私たちは、これら全ての事において、私たちを愛して下さる方によって
 輝かしい圧倒的勝利者となる(ロマ書8-35~37)
●激しく攻められて倒れそうになった私を、主は助けてくださった。
 主は我が力、我が砦、我が歌。主は私の救いとなられた。
 聞け、御救いの勝利の喜ばしい歌が主に従う者の天幕に響く。
 主の右の手は勇ましい働きをなし、
 主の右の手は高く上がり、主の右の手は御力を示す。
 私は 死ぬことなく、かえって生き長らえて、主の御業を語り伝えよう
(詩篇118-13~17)
●すべて神から生まれた物は、世に打ち勝つ。
 私たちの信仰こそ、世に打ち勝つ勝利の力である。
 世に打ち勝つ者は誰か。イエスが神の子であると信じる者ではないか
 (ヨハネ第1書5-4~5)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2013年6月26日に作成した<第614回>に加筆】
◇◇<神愛特権>で【ビジョン&使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!
 
「神の子ども」になれるという<神愛特権>を得られる必要条件は単純明快です。
【聖書】に示されている【神の愛=主イエス】の<実在>を受入れるだけです。

●この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、
 神の子どもとされる特権をお与えになった(ヨハネ伝1-12)

私は教会や宗派に属さず、洗礼を受けたクリスチャン<教会的信者>でもないので
世間的評価や【この世の勢力:富・権威・名声】からは非公認・無縁の無一物でも
どんなに惨めな恥辱にまみれ、背信で忘恩な罪筆頭の地獄の住人に成り果てようと
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】と個人的【信仰:信愛・信頼・信従】で
ダイレクトに結ばれている!と体感できる事こそ、【賜物・無償ギフト・神恵】の
<神愛特権>が、落ちこぼれの私にでさえも授与された証明です!

●主は私の羊飼い、主は必要なものはみな与えて下さり、
 私には何も欠けることがない。
 主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
 傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
 主の御名にふさわしい義の道に導き、
 私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
 たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
 主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
 あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
 主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
 私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
 生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
 やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
 (詩篇23-1~6)
●まことに、私のいのちのある限り、恵みと慈しみとが、
 いつも私を追って来て寄り添ってくれる。
 私は、とこしえに主の宮に住まいましょう(詩篇23-6)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、
 現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、
 私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から
 私たちを引き離すことはできないのである(ロマ書8‐38~39)
●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる
 <With You Always>(マタイ伝28‐20)
●インヌマエル:神われらと共にいます(マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
●もしもあなたがあらゆるものにイエスを求めるならば、
 必ず(そこに)イエスを見出し得よう(トマス・ア・ケンピス)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
 (内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
 そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
(詩篇139-9~10)
●あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
 そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3ー6)

私が得た<神愛特権>は罪から解放される「免許・資格」であったり、
心が自由平安である「境遇・状態」のようなものではありません。

私にとって<最高!最善!最美!>の<神愛特権>とは、いつでも、どこでも
地獄にいようと恥知らずであろうと【神の愛=主イエス】と直接対話ができて
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従って
生きる証として【礼拝:★讃美★祈求★感謝】ができる<自由・能力>です!

●<真の自由>(内村鑑三)
 ◆真の自由は発意である   ⇔Unconditional(無境遇)
 ◆真の自由は正しき選択である⇔霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道
 ◆真の自由は善き意志を行う能力である 
●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である
 何事をも為しうる状態又能力でなく,
 ある事を為さずしてある他のことを為す能力
 ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力  
●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)
●真の自由とは、自已のうえに万事をなしうることである
 [真の自由とは、すべてのことを己の基準でなしうることである]
 (モンテー二ュ)
●天の高きに上げられても、陰府の低きに下げられても私は祈ろう。
力なき私、私のできることは祈ることのみ(内村鑑三)
●神様は天高く遠くにおられるが、祈るなら神様がこの地に降りてこられ、
 さらに神様の能力と私たちの努力を結び付ける。(ガースパリン)
●朝の祈りは神様の慈悲と祝福の倉庫を開く鍵であり、
 夕方の祈りは神様の守りの御翼の影に隠していただく入り口である
 (ペンリーピッチャー)
●私たちの生きた祈りと賛美が少しでもあるなら、
 神様は千里の道をかけてでも私たちに会いに来てくださるだろう
(アーロンド)
●すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。
 そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、
 忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい(エペソ書6-18)
●近代人が運動に頼るに対して、クリスチャンは祈祷に頼る(内村鑑三)
●絶えず祈るべし、祈祷をもって生命となすべし(内村鑑三)
●仕事は、すなわち祈祷(礼拝)なり(内村鑑三)

闇深い私の<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】は棚上げできて
【神の愛=主イエス】<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> にお任せの
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】の【信仰:信愛・信頼・信従】こそ
【三位一体:父・子・聖霊】への<敬愛・熱愛・親愛>であり、私の愛の働きも
私自身の内なる働きではなく、<神愛特権>による<神助:祝福・恩恵>であり、
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】そのものです!

●この人が多くの罪を赦されたことは、私に示した愛の大きさで分かる。
 赦されることの少ない者は、愛することも少ない(ルカ伝7-47)
●今の私があるのは、ただひとえに、あふれるほどに注がれた神様の恵みと、
 あわれみとのおかげです。実際に働いたのは私ではありません。
 神が私の内部で働き、祝福してくださったのです(コリント前書15-10)

<神愛特権>【礼拝:★讃美★祈求★感謝】で【神の愛=主イエス&聖霊】と
いつでも、どこでも、<相思相愛の主従関係>の霊的交流ができるおかげで、
過去の<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】を棚上げできても
これで人生ハッピーエンドとは行かず、<聖戦>のスタート地点に過ぎません。

【信仰:信愛・信頼・信従】【キリスト精神】【聖書の世界観】を体得する事で
内なる光が増大すれば、内なる兇悪な<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>も
真昼の影の如く先鋭化した<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>と
<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>で【神の愛=主イエス】との分断工作を企て
<7つの大罪:傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲>を積み重ねる事で
日々<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】の霊的奴隷で苦しませ
私の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】をあの手この手で総攻撃してきます。

この根深い<悪循環>から逃れることはできませんが、一切の心配ご無用です!
たとえ私は<悪玉菌><大罪の総合デパート>でも、【神の愛=主イエス】は
破廉恥・臆病者・卑怯者の<悪玉菌>の<弱き私>にも、私だからこそできる
<最高!最善!最美!>の<使い道>【ミッション:大義・使命・天職】と
【タレント:個性・才能・可能性】の最善発揮に導いてくれます!

●主は言われた「私の恵みはあなたに対して十分である。
 私の力は弱いところに完全にあらわれる。」
 それだから、キリストの力が私に宿るように、むしろ
 喜んで自分の弱さを誇ろう(コリント後書12-9)
●私はキリストのためならば、
 弱さと侮辱と危機と迫害と行き詰まりとに甘んじよう。
 何故なら、私が弱い時にこそ、私は強いからである(コリント後書12-10)
●苦しみにあったことは私にとって幸せでした。
 私はそれであなた(主)の掟を学びました(詩篇119-71)
●私は神様に、私の弱さを感謝します。
 というのは、私はその弱さを通して、
 私自身を、私の仕事を、私の神様を見つけることができたからです
 (ヘレン・ケラ-)
●我々はいつも行為によって完全なものになろうとするが、
 神はたいてい苦しみを通して我々を前進させようとし給う
 (ヒルティ)
●あなた方はキリストのためにただ彼を信じることだけでなく、
 彼のために苦しむことも賜っている(ピリピ書1‐29)
●自分の授かった才能に生きることがもっとも美しい生き方だ(ゲーテ)

<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>や
<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>で日々多種多様な奇襲攻撃に
何度倒され挫折しても、<逃げ腰・及び腰・弱腰>にならず再起できるようにと
<神愛の智恵:聖書観力・霊感力・直観力>と<神愛戦力:対戦・応戦・抗戦>が
<神愛の武具・武器・武装>である<神愛特権>として授与されています!

●悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-11)
●彼らの目を開き、彼らを闇から光へ、悪魔の支配から神のもとへ帰らせ、
 また、彼らが罪の赦しを得、私(主)を信じる信仰によって
 聖別された人々に加わるためである(使徒行伝26‐18)
●神に服従し、悪魔に反抗しなさい。
 そうすれば、悪魔はあなた方から逃げて行きます(ヤコブ書4-7)
●自分の欠点を直視し認めることです。ただし欠点に振り回されてはいけません
(ヘレン・ケラー)
●主御自身が知恵を造り、これを見て、価値あるものとされ、
 造られた全てのものの上に知恵を注がれた。
 主は、すべての人々に分に応じて知恵を与え、
 主を愛する者には惜しみなくそれを与えられた。
〔主を愛することこそ、輝かしい知恵。主は、御自分を示すために、
 知恵を分け与え、こうして彼らは主を見るようになる。〕
 (シラ書〔集会の書〕1-9~10)
●その方すなわち、真理の御霊が来ると、
 あなた方を導いて真理をことごとく悟らせる。
 その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、
 また、これから起こる事をあなた方に告げる(ヨハネ伝16-13)
●我が敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
 たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なりミカ書7-8)
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)

<神愛特権>は無尽蔵な【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
<一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】に満ち溢れた
【神の大なる能力】です!

●【神の生命=神の愛の力⇔新生命力・新活力・新思想】(内村鑑三著述より)
 ◆霊魂を復活させ、愚かなる者を智からしむる能力ある事実(詩篇19)
 ◆すべて信じる者を救わんとする神の大なる能力(ロマ書1-16)
 ◆神の国は言葉にあらず、能力に在り(コリント前書4-20)
 ◆大能をもって我が内に働くもの(コロサイ書1-29)
 ◆破壊力でなく【建設力】、殺す力でなく【活かす力】
 ◆【キリスト教(キリスト精神)】は【生命】である!
  動くものであるのみならず、 【意志】をもって動くもの
  動かすものであるのみならず、【愛】をもって動かすもの
 ◆【神の生命】は心の内に【光】となって
  【新生命力】と【新活力】を加える【生活力(バイタリティ)】を提供する!
 ◆信仰により救われるのは、信仰により【この能力=生活力】を我らの能力と
  することができるからであり、死は【生活力】が欠乏してやって来る。
 ◆【キリスト教(キリスト精神)】は【神の大なる能力=神の生命=生活力】を
  豊かに供給して人を永遠にまで救わんとする、キリストなる【神の生命】を
  もって【不朽の生命】を与えんとするものである!
●いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
 このうち最も大いなるものは愛である(コリント前書13-13)
●愛はいつまでも絶える事はない、しかし、預言はすたれ、異言は止み、
 知識はすたれるであろう(コリント前書13‐8)
●神の無限の力に頼りて我等は我等の信じるが如くに全ての事をなすを得るなり
 (ピリピ書4‐13)
●私は、このために、私の内に働いておられる方の力により、
 苦闘しながら努力しているのである(コロサイ書1-29)
●神の力強い活動によって働く力が、
 私たち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、
 あなた方が知るに至るようにと、祈っている(エペソ書1-19)
●<神の力>(内村鑑三)
 神はただ愛と生命と精力とあるのみ。
「これゆえに、我ら臆せず、我らが外なる人は壊(こぼ)たるとも、
 内なる人は日々に新たなり(コリント後書4‐16)」
 神にありて我が失敗は失敗にあらず、我が弱きは弱きならず!
「(弱った者には力を与え、勢いのない者には強きを増し加えられる。
 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れ果てて倒れる。しかし、)
 我が神にありて新たなる力を獲、ワシの如く翼を張りて昇り、走れども疲れず、
 歩めども倦まざるなり(内村鑑三:(イザヤ書40ー31)」

<神愛特権>は私の人間性・人格を世間的善人に清めるためには全く無力ですが、
心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を<最愛の我が子・我が分身>に育て
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に輝かせて
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>や<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>の
奇襲攻撃による<患難辛苦>で日々何度ノックダウンしても、ノックアウトせず、
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気と
【先駆開拓精神:★挑戦魂★前向き/プラス思考★オープン・マインド】に満ちて
世間的に無一物で孤立無援に思えても<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス】の
<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> に支えられ再起・再出発し続け、
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】と<大確信:必勝・必決・必現>に至らしめて
<最善の最後>に導く【神の大なる能力】であり【御心:聖意・聖旨】です!

●<神意と人意>(内村鑑三)
 人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●<積極的人生>(内村鑑三)
 すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
 神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
 しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
 すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
 <すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●不可能だと思わない限り人間は決して敗北しない(カーネギー)
●苦しみが私達の生活に訪れて来る時、ほほえみをもって受け入れましょう。
 神が送り給うすべて、求め給うすべてをほほえみながら受け入れる勇気は、
 神からの最も偉大な賜物といえます(マザー・テレサ)
●一番大事なことは、どんな環境が必要かということではなく、どんな考えで
 毎日生活しているか、どんな理想を追い求めているか、ということなのです
(ヘレン・ケラー)
●人生に絶望なし(ヘレン・ケラー)
●彼らは涙の谷を過ぐれども、そこを多くの泉あるところとなす。
 初めの雨は多くの祝福にておおわれる(詩篇84‐6)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、
 朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30‐5)
●<患難の解釈>(内村鑑三)
 患難はこれを消極的に解すべからず、積極的に解すべし。
 これを神の刑罰として解すべからず、神の恩恵として解すべし。
 神の憤怒の表彰として解すべからず、その自愛の示顕として解すべし。
 恩恵はすべて身の患難にして、麗の幸福なり。
 麗の幸福と解してすべての患難は患難たらざるにいたる。
●The Best is yet to come!
 <最善の時はこれからだ!>(ロングフェロー)
●<最善の最後>(内村鑑三)
 信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
 終わりに近づくほど、ますます善くある。
 最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●<希望と前進>(内村鑑三)
 人は希望的動物なり。
 彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
 希望は健全にして、回顧は不健全なり。

<神愛特権>の【信仰:信愛・信頼・信従】と【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を
体得して、皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】のお任せ人生で
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>と<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>には
<神愛の智恵:聖書観力・霊感力・直観力>と<神愛戦力:対戦・応戦・抗戦>を
<最高!最善!最美!>の<神愛の武具・武器・武装>として万全武装することで
<神の子供><ビジョニスト:世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】で
<聖戦>に決起し<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>を高く掲げる【ミッション:大義・使命・天職】に<召命>されて
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】と共に、人生の最後の最後まで
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
世界を舞台に勇進し続けることを心より応援しています!

●幸福とは神と共にあることである。
 それに到達する力は、魂の声なる勇気である(ヒルティ)
●あなた方がわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、
 わたしはあなた方に聞こう。
 もし、あなた方が心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、
 わたしを見つけるだろう。
 わたしはあなた方に見つけられる(エレミヤ記29-12~14)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
 主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、
 その愛によって安らぎを与え新しくされる。
 主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17)
●見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、
 わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
 わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない
(創世記28-5)
●神の無限の力に頼りて我等は我等の信ずるがごとくに
 全ての事を為すを得るなり。
 何事も思いわずらってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって、祈りと願いをささげ、
 あなた方の求めるところを神に申し上げるがよい
 (内村鑑三:ピリピ書4-13より)
●後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
 罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
 神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●汝ら前に進まんのみ(内村鑑三:出エジプト記14-15)
 前に進まんのみ、
 餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず
 前に進まんのみ
●上を見よ、下を見るなかれ
 前を見よ、後ろを見るなかれ
 外を見よ、内を見るなかれ
 しかして、人に手を貸すべし (エドワード・へール)
●進め。どこまでも進め。
 前途を疑惧せずして進め。
 倒るるも退(ヒ)くなかれ。
 明日は今日よりも完全なれ。
 明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、
 快活にして、謙遜にして、独立なれ。
 進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
 安全は退きて求むべきものにあらずして、
 進みて達すべきものなり。
 歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
 臆病者に平和あるなし。
 進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、
 かくて自己は死して、神、我にありて生きるに及んで、
 我は真個の勇者となる。
●神はかれを愛する者にかれ自身を与えたまう。
 彼に世界とその富を与えたまわず、
 世とその名誉を与えたまわず、
 聖霊を与え給う(内村鑑三)
●信仰のための愛ではない、愛のための信仰である。
 信仰は愛を強め、潔め、高めるために必要なるのである(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)