【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -18ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>




【2014年7月25日に作成した<第633回>に加筆】
◇◇不死不滅の【ビジョン:理想・夢念・大志】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

此の世限りなら「生きた証し」を求めますが、<来世>があると確信できるならば、
此の世で死んでも生きる!「<不死身!不滅!不退転!>の証し」を私は求めます。
「<不死身!不滅!不退転!>の証し」は【ビジョン:理想・夢念・大志】です!

「呪い・たたり・怨念」などは死後も不滅である事を簡単に受け入れ易いですが、
【ビジョン:理想・夢念・大志】も死後に<不死身!不滅!不退転!>であると
私は確信しています!

此の世限りの死生観なら、天然世界は過酷な生存競争、しかし、来世があるなら、
此の世は【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】であり、死後にこそ
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】が<自由自在>に
大活躍できる<新生命>が待っていることを楽しみにしています!

●イエスは言われた。「私は復活であり、命である。
 私を信じる者は、死んでも生きる(ヨハネ伝11-25)
●「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。
  又、 生きていて私を信じる者はだれも、決して死ぬことはない」
 (ヨハネ伝11-25~26)
●あなた方が新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、
朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、
 神のことばによるのです(ペテロ前書1-23)
●私は今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。
 預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ
 (ルカ伝13-33)
●死は人生の終末ではない。生涯の完成である(ルター)
●生活の目的は自己完成にあり、そして不死の霊の完成は人生の唯一の目的である
(トルストイ)
●死はむしろ新しい、より偉大な活動のはじまりであろう(ヒルティ)

此の世での【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】の合格条件とは、
【神の愛=主イエス&聖霊】を体感できる事と私は理解しますが、具体的には
単に【聖書・真理の御言葉】を学び、教会信者<クリスチャン>になる事より
自己の【ビジョン:理想・夢念・大志】に【神の愛の力=隣人愛】を見出して
【ビジョン:理想・夢念・大志】に人格的<最愛の我が子・我が分身>として
【神の愛=主イエス&聖霊】を感じられる事だと自分勝手に決めつけています。

【ビジョン:理想・夢念・大志】は此の世から霊的自由解放に導いてくれます!
私が死んでも来世に持ち込めるのは【ビジョン:理想・夢念・大志】だけだと
実感できます。

●主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由がある
(コリント後書3‐17)
●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。
 だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない
(ガラテヤ書5-1)
●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●我が名を畏れ敬うあなた方には義の太陽が昇る。
 その翼には、癒しの力がある。
 牧場に放たれた牛舎の子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる
(マラキ書4-2)
●貧しい者に福音を宣(ノ)べ伝え
 霊的な囚人を釈放し
 霊的な盲人の目を開かせ
 虐げられ打ちひしがれた者に自由を得させる
(ルカ伝4-18、イザヤ書61-1)
●自由人にふさわしく行動しなさい。
 ただし、自由をば悪を行なう口実として用いず
 神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ前書2‐16)
●あなた方が召されたのは、実に自由を得るためである。
 ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい
 (ガラテヤ書5‐13)
●人はただ信仰によってのみ自由とされるのであって、
 いかなる意味においても
 行為の正しさによって自由を得るのではない(ルター)
 
それは、まさに進化論の法則そのものです。アメーバが望んで人間になれたとは
実感できませんが、どんなに現実的に実現不可能で、荒唐無稽に思われようとも
【隣人・社会】に向け【ビジョン:理想・夢念・大志】の未来実現を願望すれば
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】に通じる
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】は確実に実現されることを約束していることが
【旧約聖書・新約聖書】の契約であり、約束実現こそが【真理】そのものです!

●求めよ、さらば与えられん。
 捜せよ、さらば見出さん、
 門を叩け、さらば開かれん(マタイ伝7‐7、ルカ伝11‐9)
●あなた方が私につながっており、私の言葉があなた方に留まっているならば、
 何でも望むものを求めるがよい。そうすれば与えられるであろう
 (ヨハネ伝15‐6)
●何でも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。
 そうすれば、その通りになるであろう(マルコ伝11‐24)
●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
●もし、あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても、
 地上で心を合わせるなら、天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう
 (マタイ伝18‐19)
 
アメーバや魚や猿でも、かもめのジョナサンでも、見果てぬ夢として崇高遠大な
【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱きながら死を迎えても、「見果てぬ夢」の
【ビジョン:理想・夢念・大志】を後世へと語り伝え、受け継ぐ者が次々現れて
現実的実現不可能な【ビジョン:理想・夢念・大志】が具現化したとするならば
私たちも【先人・偉人の教え:名言・格言】【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<最愛の我が子・我が分身>として受け継いで、たとえ未完で死を迎えようとも
<不死身!不滅!不退転!>の【ビジョン:理想・夢念・大志】を後世に伝えて
最後の最後まで前向きに倒れる覚悟で【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱いて
<御国:永遠の命・来世・天国>へ向かいましょう!

●死を考えても、私は泰然自若としていられる。
 なぜなら、われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、
 永遠から永遠に向かって絶えず活動していくものだと確信しているからだ
 (ゲーテ)
●神を敬う心は、人間の死とともに減びず。
 人間の生死にかかわりなく、それは不減なり(ソフォクレス)
●彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている(ヘブル書11‐4)
●不死不減はキリスト教の栄光ある発見である(チャニング)
●偉人の生涯は我々に教える
 我々もまた高貴に生き得ることを
 そして彼亡きあとには 時の砂上に足跡を残すことを。
 別の弱い、よるべなき兄弟は人生の荒海を渡りつつ
 おそらく、それを目に留めて新たに勇気と奮い起こすであろう足跡を
(ヒルティ)
●死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。
 生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし(吉田松陰)
●いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
 いやしくも弱気を発してはいけない。
 たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ
 (坂本竜馬)
●ときには、死について考えてみないわけにいかない。
 死を考えても、私は泰然自若としていられる。
 なぜなら、われわれの精神は、
 絶対に滅びることのない存在であり、
 永遠から永遠にむかって
 たえず活動していくものだとかたく確信しているからだ。
 それは、太陽と似ており、
 太陽も、地上にいるわれわれの目には、
 沈んでいくように見えても、
 実は、けっして沈むことなく、
 いつも輝きつづけているのだからね(ゲーテ)
●明日死ぬつもりで生きなさい。永遠に生きるつもりで学びなさい(ガンジー)

【ビジョン:理想・夢念・大志】は押し付けられたり、義務感や世間体に任せると
現代日本国の憲法のように、結局身につかずに挙句の果てに破綻してしまいます。
【神の愛=主イエス】は【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】として
私たちの<自分らしさ・オリジナリティ>【タレント:個性・才能・可能性】を
最善発揮できる<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に導く
【聖書・真理の御言葉】【御心:聖意・聖旨】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に
通じる<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】を【青春:幼な心・青年の心】に
<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>と共に自発的に抱けるようになります。
だから、「青年の夢」は大切だと誰もが実感できるのだと思います。

●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
 恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
 自ら心で決めたとおりにすべきである。
 神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
 本当に価値あるものは、むしろ人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです
 (アインシュタイン)
●若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。青年時代を楽しく過ごせ。
 心にかなう道を、目に映るところに従って行け(伝道の書11-9)
●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
 応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
 (ヒルティ)
●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
 そして少年の頃の理想主義は何ものにも変える事が出来ない人間の財産である
(シュバイツァー)
●青春の夢に忠実であれ(シラー)
●あなたの若い日にあなたの創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、
 また、『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に(伝道の書12‐1)
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。
 主を知るは智恵の初めである。神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し
 (内村鑑三:ホセア書4‐3)
●あなたにゆだねられている尊いものを
 私たちの内に宿っている聖霊によって守りなさい(テモテ後書1-14)
●どのようにして若者は自分の道を歩む道を清く保つことができるでしょうか。
 御言葉に従って道を保つことです(詩篇119-9)
●若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば年老いても、
 そこから離れることがない(箴言22-6)
●私はすべての人にわが霊を注ぐ。あなた方の息子や娘は預言し、
 年寄りは夢を見、若者は幻を見る(ヨエル書2-28~29)
●神は言われる。終わりの時に、私の霊をすべての人に注ぐ。
 すると、あなた方の息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る
(使徒行伝2-17)

長い歴史の中で生き残り続けてきた【先人・偉人の教え:名言・格言】と同様に
切れば血が流れる、霊的人格を感じさせる【ビジョン:理想・夢念・大志】こそが
個人でも民族でも喜怒哀楽を共にする<伴侶><最愛の我が子・我が分身>となり
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】や【聖書・真理の御言葉】にかなう
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】の具現化が約束されています!

●<事業と信仰>(内村鑑三)
 事業ではない。信仰である。
 事業をなすための信仰ではない。信仰の自然の結果として成る事業である。
 しかり、信者の事業は信仰である。
 人々、イエスに言いけるは、
 われら、神の事業をなさんがために何をなすべきやと。
 イエス答えて彼らに言いけるは、
 神のつかわしたまえる者を信ずる事、これ神の事業なりと(ヨハネ伝6ー28~29)
 イエスを信ずる事、その事が信者の唯一の事業である。
 そうしてもし、彼によって大事業が成るならば、
 なさんと欲して成るにあらずして、
 信仰の結ぶおのずからなる結果として成るのである。
 信仰の生涯はイエスを目的(めあて)に生くるのであって、
 事業はこれを眼中におかないのである。
●<遠大の事業>(内村鑑三)
 余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
 余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
 余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
 余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。

皆さんの【青春:幼な心・青年の心】に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】を見出し
霊的人格の<最愛の我が子・我が分身><人生伴侶>【同労者・同志】として
守り育てて、「<不死身!不滅!不退転!>の証し」<人生の旗印>に掲げて
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】実現を<大確信:必勝・必決・必現>しながら
此の世の<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を突っ走って
<御国:永遠の命・来世・天国>で再会できることを楽しみに応援しています!

●起きよ光を放て、あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上に輝いているから
(イザヤ書60-1)
●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
(伝道の書11-1)
●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
(内村鑑三)
●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)
●<わが唯一の武器>(内村鑑三)
「万軍のエホバ宣べ給う、権勢によらず、能力によらず、我が霊によるなり
(セカリヤ書4-6)」と。
 政権によらず、武力によらず、ただ神の霊による。
 教会によらず、神学によらず、ただ神の聖霊による。
 我が武器はただこれのみ。
 我はこれによりて己に勝ち、世に勝ち、ついに死に勝たんと欲す。
●神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
 神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた(伝道の書3-11)
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
 天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三)
●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
 私の道はあなた方の道と異なる。
天の地よりも高いように、
 私の道はあなた方の道より高く、
 私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語る事によってキリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
 切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する 
(ピリピ書1-20~21)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。
 <最も大切なことは、自分の使命、すなわち主イエスが私にお与えになった
  働きを全うすることです>(使徒行伝20-24)
●完全なる職業とは他人を喜ばして、我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三)
●他を進めて、また自身をも進めるの事業、
 神の事業とは実にかくのごときものなり(内村鑑三)
●われわれが内に向かって、われわれのなすべきことをしたら、
 外に向かってなすべきことは、おのずとなされるでしょう(ゲーテ)
●自分の今行っていることを・・・心から楽しめる者は幸福である(ゲーテ)
●喜んで行い、そして行ったことを喜べる人は幸福である(ゲーテ)
●夢を追求している時は、心は決して傷つかない(パウロ・コエーリョ)
●一日中考えていることが即ちその人である(エマーソン)
●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
 あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である
 (ジェームズ・アレン)
●決して自分の夢を人に奪われてはならない。
 心に描いたものが何であれ自分の心に素直に従って生きてほしい
(ジャック・キャンフィールド)
●誠実、心の真のありのまま、これ常にいかに貴いかな。
 実際に自己の心の中に存することを語る者は、
 その方法のいかに拙劣なるも、必ず彼に聴かんと欲する人あるべし
(カーライル)
●あなたができること、あるいはできると夢見ていることがあれば、
 何でも始めてみることだ。
 大胆さには本来、天賦の才、力、そして魔力が備わっている。
 今こそ、それを発揮させよう(ゲーテ)
●人生は大胆な冒険か、無か、そのどちらかだ(ヘレン・ケラー)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●運命を決定する神は、我々の内側に居る(ジェームス・アレン) 
●人生をもっとも偉大に使う使い方というのは、
 人生が終わってもまだ続くような
 何ものかのために使うことである(ウィリアム・ジェームズ)
●幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。その志を貫くためには、
 玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志をまげて瓦となってまで、
 生きながらえるのは恥とする(西郷隆盛)
 ★<玉>=価値あるもの[正義・名誉]⇔<瓦>=がらくた[生き甲斐の無いもの]
●人生の価値は、その長さとは関係がない。
 人生の価値とは、どのようにその時間を利用したかで決まるものなのだ。
 あなたが十分に生きたかどうかは、あなたが生きた
 年数ではなく、あなたがどのような意志をもって生きたのかで決まる
 (モンテーニュ)
●あなたらしく生きる、そのための道は、後にも先にも二つだけです。
 一つは、奇跡などありえない、とする道。
 もう一つは、すべてが奇跡である、とする道(アインシュタイン)
●自分の心に描く夢の実現に向かって努力する時、
 普段なら思いもよらぬ成功が得られる。
 空中に楼閣を建てても無駄骨には終わらない。
 楼閣は空中に建てるものだ。
 さあ、その下に土台を建てよ(ソロー)
●人の一生は、どう生まれついたかではなく、どう生きるかで決まる(ベル)
●<キリスト信者の生涯>(内村鑑三)
キリスト信者の生涯は計画の生涯にあらず。
待命の生涯なり。
彼に事業の計画あるなし。
彼はただ神の命に従うのみ。
されども神命一たび降(クダ)るや、これと共に、これをおこのうの力降り、
彼は勇者となり知者となりて、難なく大事を遂行す。
常に無能なる彼は、神命に接して偉人となる。
キリスト信者の異能、怪力の秘訣は、彼ならずしてこれを知る人なし。 
●われらは天職を終了(オワル)までは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
 (これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
 衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年7月2日に作成した<第632回>に加筆】
◇◇<我意・人間技>を<神意・神技>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

ワールドカップ・サッカーでは人間技を超えた<神技>が勝負の鍵と実感できます。
日本代表選手の多くが「自分たちのサッカー」にこだわり敗戦後のインタビューで、
「自分たちのサッカーができなかった」と発言していました。

「自分たちのサッカー」とは、言い換えれば「<理想>とするサッカー」であり、
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】で【ビジョン:理想・夢念・大志】を
具現化するには<人間技>だけでは困難であることを証明していると思います。

一方で強豪チームのスター・プレイヤーの多くが素晴らしいゴールを決めた時は、
十字を切り天を仰ぐ【礼拝:★讃美★祈求★感謝】ポーズを示す光景が観られます。
つまり、自分が日々鍛錬して体得した個人の実力<人間技>がどれだけ完璧でも
<我意>に反する最悪の試合状況で、自分の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
瞬時の判断と決行で自由自在に具現化させるには自己実力<人間技>だけでは
成功はあり得ず、<神技・神意>が働いた事を<信仰告白>している証明です!

●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくに
 すべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13)
 ⇔私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)

そうです!サッカー競技場と同様に私たち各自が主役の人生劇場<競技場>でも、
自分のオリジナリティを示す【ビジョン:理想・夢念・大志】を具現化するには
自助努力や自己実力や【この世の勢力:富・権威・名声】<人間技>に頼る以上に
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】<神技>に一切お任せが
<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>への圧倒的大勝利の秘訣です!

●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない
 (テモテ後書2-5)
●あなた方は知らないのか、競技場で走る者は、みな走りはするが、
 賞を得る者はひとりである。あなた方も賞を得るように走りなさい
 (コリント前書9‐24)
●すべて神から生れた者は、世に打ち勝つ。そして、私たちの信仰こそ、
 世に打ち勝つ勝利の力である(ヨハネ第1書5-4)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
 理想が事実となって顕れたるものである。
 すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、
 「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三)
●真の祈りは、ただの祈りではない、一種の預言である。
 即ち必ず成就すべきことを前もって語に表することである(内村鑑三)
●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。
 私は既に世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
 患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
 私たちは、これら全ての事において、
 私たちを愛して下さる方によって輝かしい圧倒的勝利者となる
 (ロマ書8-35~37)

【神の愛=主イエス】を受け入れるまでの私の信仰解釈では、<我意・我欲>と
<神意・【御心:聖意・聖旨】>とは一致せず、自己実現は否定的価値観でした。
しかし、本来の【神の愛=主イエス】とは<十戒>に代表されるような戒律遵守や
独裁的専制・強制的命令への抑制的・禁欲的・道義的従順だけを期待しておらず、
私たちの自発的・積極的で【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の態度を求めます。

●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
 恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい
 (ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
 自ら心で決めたとおりにすべきである。
神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●<神意と人意>(内村鑑三)
 人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
 (テサロニケ前書5‐16~18)

<神技・【御心:聖意・聖旨】>というのは<人間技・此の世の法則>と異なり、
<【神の愛の力=隣人愛】実現>と<我意・自己都合><自己実現>とを同時に
最善発揮できる【神の愛の奇蹟】であることを私は体感するようになりました!

●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●主に自らをゆだね、おのれの喜びとなせ。
 主はあなたの心の願いをかなえられる(詩篇37-4)
●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
 最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
●「エゴ」を生かして、人に尽くせ(曽野綾子)

私がスーパースターのサッカー選手に見習う事は自己の<本分・本領>である
ピッチ<競技場>に入る時に、【礼拝:★讃美★祈求★感謝】の態度を示して
【ビジョン:理想・夢念・大志】具現化と【ミッション:大義・使命・天職】に
成功・勝利を得れば、手柄を【神の愛=主イエス】に捧げ、失敗しても天を仰ぎ
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】と共に戦っている姿勢です。

●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる 
 <Always,with you> (マタイ伝28‐20)
●インヌマエル:神われらと共にいます (マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
●強く、雄々しくあれ。あなたは、私が先祖たちに与えると誓った土地を、
 この民に継がせる者である。
 ただ、強く、大いに雄々しくあって、
 わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、
 右にも左にもそれてはならない。
 そうすれば、あなたはどこに行っても勝利し成功する。
 この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、
 そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。
 そうすれば、あなたの道は、その行く先々で栄繁し(栄え)、勝利し成功する。
 私は、強く雄々しくあれと命じたではないか。
 雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。
 あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、
 あなたと共にあるからである(ヨシュア記1-9)
●たとい軍勢が私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
 たとい私に向かって戦いを挑んで来ても、私には動じない確信がある。
 一つの事を主に願い、それだけを求めよう。
 命のある限り、主の家に宿り、
 主の麗しさを仰ぎ望んで喜びを得、その宮で思いにふけり、朝を迎える事を
(詩篇27-3~4)
●エリシャは言った「恐れてはならない。私たちと共にいる者の方が、
 彼らと共にいる者より多いのだから」(列王紀略下6-16)
●私はあなた方に言った。「うろたえてはならない。彼らを恐れてはならない。
 あなた方に先立って進まれる神、主御自身がエジプトで、あなた方の目の前で
 なさったと同じように、あなた方のために戦われる(申命記1-29~30)
●主があなた方のために戦われる。あなた方は静かに黙していればよい
(出エジプト記14-14)

たかがスポーツとか、こんな私の<我意・自己都合>など相手にされないなどと
決めつけないで、日本選手のように自助努力で下を向かずに、先ずは天を仰いで
自分の【ビジョン:理想・夢念・大志】にも<神意・【御心:聖意・聖旨】>を
体感して、私の【ミッション:大義・使命・天職】は<聖戦>であると確信して
<最強の敵対勢力>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に打ち勝つ為に
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】でお任せしましょう!

●よく聞け。主はあなた方にこう言われる。
 『この大軍を前にしても恐れるな。
  おじけるな。これはあなた方の戦いではなく、神の戦いである』
(歴代志略下20-15)
●万軍の主は我らと共におられる。ヤコブの神は我らの避けどころ、砦の塔。
 来て、主の成し遂げられる御業を仰ぎ見よ。主は驚くべきことを行い、
 この地を圧倒される(詩篇46-7~8)
●私が神に呼ばわると、主は私を救ってくださる。
 夕べも朝も、そして昼も、私は悩み嘆きうめく。
 すると主は私の声を聞いてくださる。
 たとい私を攻める者が多くとも、
 主は、私の魂を、敵の挑戦から平和のうちに
 救い出してくださる(詩篇55-16~18)
●もし神が我らの味方であるならば、誰が我らに敵対できようか
(ロマ書8-31)
●モーセは民に答えた。
「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために
 行われる主の救いを見なさい。あなた達は今日、エジプト人を見ているが、
 もう二度と、永久に彼らを見ることはない(出エジプト記14-13)
●いかに多くの民に包囲されても決して恐れません(詩篇6-7)
●彼らは幾重にも包囲するが、主の御名によって私は必ず彼らを断ち切り滅ぼそう
(詩篇118-11)
●強く雄々しくあれ。アッシリアの王とその全軍団を見ても、恐れてはならない。
 おじけてはならない。我々と共においでになる方は、敵と共にいる者より力強い。
 敵には肉の腕である人の力しかないが、我々には我々の神、主がいて助けとなり、
 我々のために戦ってくださる(歴代志略下32-7~8)

超一流サッカー選手が<我意・自己都合>の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<神技>で<自己実現>して【ミッション:大義・使命・天職】を完遂する為に
<神意・【御心:聖意・聖旨】>に一致させる【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を
堂々と喜び捧げるように、皆さん各自が主役の人生劇場<競技場>においても
どんな<我意・自己都合>も遠慮せず【礼拝:★讃美★祈求★感謝】することで
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】で【ビジョン:理想・夢念・大志】に
挑戦し続ける為に私のように特定の宗派教会に帰属もせず、洗礼も受けていない
<無一物>でも、<最高!最善!最美!>の<勝利の秘訣>を体得できました!
それは一日中いつどこでも最悪のどん底状態であろうとも自分好みの【讃美歌】を
口ずさみ歌うことです!

●あなた方は、食べるにも、飲むにも、何をするにも、
 ただ神の栄光を現わすためにしなさい(コリント前書10-31)
●どのようなときも、わたしは主をたたえ
 わたしの口は絶えることなく賛美を歌う(詩篇34ー2)
●私は生まれる時から、あなたに依り頼み、あなたにいだかれています。
あなたは私を母の胎から取り上げた方。
 私はいつもあなたを賛美しています(詩篇71-6)
●ひたすら神のみむねに従い。 
 いかなる時にも神に望みをかくる者、
 もろもろのなやみと悲しみにとざさるるとも
 神はその人を不思議にも守り給わん。
 いと高きものなる神に依り頼む人は
 砂の上にその家を建てしにあらず(同胞教会讃美歌第172番)
●この世における人間の主な目的は神の栄光をたたえ、
 永遠にわたって神をよろこぶことである(クロムウエル時代の簡略教理問答書)

【讃美歌】は【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】や不安・恐れを吹飛ばし
<いつも一緒!>【神の愛=主イエス&聖霊】は、私にでも即座に応答してくれて
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれます!

●私は切なる思いで耐え忍び主を待ち望んだ
 主は耳を傾け、身を傾けて私の叫びを聞かれた
 主は私を滅びの穴から、泥沼から引き上げてくださった
 そして、私の足を岩の上に置き、私の歩みを確かにされた
 主は私の口に新しい歌、我らの神への讃美を授けられた
 多くの者はこれを見て、そして恐れ、主に信頼するであろう(詩篇40‐1~3)
●主の栄光がとこしえに続くようにありますように
 主が御自分の御業を喜び祝われるように
 命ある限り、私は主に向かって歌い
 永らえる限り、私の神にほめ歌を歌おう
 どうか、私の心の思いの歌が御心にかないますように
 私は主によって喜び祝う(詩篇104‐31・33~34)
●主に向かって声をあげれば、聖なる山から答えてくださる。
 私は横になって眠ります。私は必ず目をさませるでしょう。
 主が支えていてくださるからです。
 いかに勢ぞろいした幾万の民に包囲されても、決して恐れません
(詩篇3-5~7
●主はあなたの罪・不義をことごとく赦し、病をすべて癒し
 あなたの命を墓穴から贖い出してくださる。
 あなたに慈しみと憐れみの冠を授け
 あなたが生きながらえる限り一生を、善いものに満ち足らせる。
 こうしてあなたは若返って、鷲のように新たになる(詩篇103-3~5)

皆さんが挑戦する人生劇場<競技場>において<我意・我欲>を抑えるのでなく、
先ずは【神の愛=主イエス&聖霊】を仰いで【ビジョン:理想・夢念・大志】と
<神意・【御心:聖意・聖旨】とを一致させる【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を
【讃美歌】で捧げることで、【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の姿勢で
<人間技>を超えた<神技>【神の愛の奇蹟】を【隣人・社会】に巻き起こして、
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
【神の愛=主イエス&聖霊】と共に【ミッション:大義・使命・天職】に勝利して
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●<聖 望>(内村鑑三) 
 われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
 われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
 われはわが事業を永遠の上に築いて、
 短きわれのこの一生をして万世を益するものとならしめん。
 キリスト信者たる栄誉の一は、
 荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
 なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり。
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
 一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
 私たちの参加すべき競争を耐え忍んで
 走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、
 また、その完成者であるイエスを
 仰ぎ見つつ、走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り
 キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めて
 いる(ピリピ書3-13~14)
●恐れるな、私はあなたと共にいる神。
 たじろぐな、私はあなたの神。勢いを与えて、
 あなたを強め、あなたを助け、私の勝利の義の右の手であなたを支える
(イザヤ書41-10)
●ダビデは言った。「主よ、私の力よ、私はあなたを慕い愛します
 主は我が巌(いわお)、砦、逃れ場、我が救い主、我が神、大岩、避けどころ、
 我が盾、救いの角、砦の塔。ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、
 私は敵から救われる(詩篇18-1~3)
●主がすべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を守る。
 主は、あなたが行くにも帰るにも、今からとこしえに至るまで守られる
(詩篇121-7~8)
●人生でもっとも輝かしい時はいわゆる栄光の時でなく、
 落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望が
 わき上がるのを感じたときだ(フローベル)
●君が何かを全身全霊で欲した時、
 君はその『大いなる魂』と最も近い場所にいる。
 それはいつも、前向きな力として働くのだ(パウロ・コエーリョ)
●ビジョンを持つことだ
 理想を描くことだ
 あなたの心をこよなく鼓舞するもの
 あなたの心に美しく響くもの
 あなたが純粋な心で愛することのできるものを
 しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年6月10日に作成した<第631回>に加筆】
◇◇<多機能人格>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

「与える喜び」を体感できるSNSのおかげで、従来の「生活のために働く」仕事観が
「楽しい事をして生活する」価値観に変革し始めています。9時~5時の勤労では
不完全燃焼でもSNSを通じて自己の【タレント:個性・才能・可能性】を活かせば、
自ら起業しなくても【ビジョン:理想・夢念・大志】を具現化する時代到来です!
まさに<多機能人格>で活躍しやすい社会基盤が生まれていると実感できます。

家庭や学校や職場などの公的社会的側面と【隣人・社会】に見せない私的側面との
人格・人柄が一致しないと「多重人格」として異常に扱われるかもしれませんが、
SNSのおかげでオタク文化も社会的認知され、それどころか偏向大手メディアが
エログロナンセンスと軽視してきたニコ生放送が国会の衆参各委員会完全生中継や
記者会見完全生中継や討論やデモ集会や台湾学生国会占拠事件などの可視化報道や
宇宙や天体や精神文化論や世界的アカデミックな会合・研究会の完全生中継などで
大活躍しています。

私のような個人もまた、世間的に落ちこぼれ・無能無力の無一物扱いされていても
SNSのおかげで、私の【ビジョン:理想・夢念・大志】も世界中に瞬時に発信できて
世界中と簡単に交流することも可能です。

皆さんご存知のように【聖書】に此の世を生きる有名な処世術が示されています。

●蛇のごとく慧(さと)く、鳩のごとく素直なれ(マタイ伝11-16)

この<生き様・死に様>は単に「世渡り上手で生き抜け」ではないと思います。
<蛇>は<我欲:自己愛・自己本位>で<鳩>は【神の愛=主イエス&聖霊】の
【聖欲】<他人本位>【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】であると実感できます。

私たちは<我欲:自己本位・自己愛>を最善発揮し<聖欲:他人本位・隣人愛>を
具現化する「多機能人格」であることを【神の愛=主イエス】がお望みなのだと
実感するようになりました。

●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
 最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
●「エゴ」を生かして、人に尽くせ(曽野綾子)

恐らく教会的信者や教会権威からは批判されて完全否定する解釈かもしれません。
私も自己愛を捨てて隣人愛に生きる事が敬虔なクリスチャンだと思ってきました。
しかし、SNSの誕生も、コンピュータも飛行機も自動車も、有史以来現代に至る
価値ある産物は、身内や世間の無理解や批判攻撃にも降伏したり断念妥協せず、
ただ内なる<自己本位・自己愛>に従って「こんなものが欲しい!価値ある」と
【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱いたからこそ具現化されたものばかりです。

●神よ!私がいつも、創造できる以上のことを望むことを、許したまえ!
 (ミケランジェロ) 
●いま正しい事も、数年後間違ってることもある。
 逆にいま間違ってることも、数年後正しいこともある(ライト兄弟)

私たちの<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>は、他人本位からではなくて、
オタク文化に代表されるように、初めは<蛇><我欲:自己本位・自己愛>から
生まれ育つことを体感できます。

たとえ世間体や社会常識に反しても<蛇><我欲:自己本位・自己愛>の衝動を
封じ込めず、出し惜しみせず、強制や義務感でなく自発的に進んで自らの本心の
欲望<エゴ>に従うことを【神の愛=主イエス】もまた喜ばれる事を感謝します!

●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
 恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
 自ら心で決めたとおりにすべきである。
 神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●こんな小さな人間でも、やろうという意志さえあれば、
 どんなことでもやれるという事を信じるのだ(ゴーリキー)

ニコ生もそうですが、初めは<蛇><我欲:自己本位・自己愛>中心に見えても、
何でも知りたい!という一般視聴者の<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>が
政治も文化も可視化欲求に目覚めて【悪:無知・無関心・無責任】から解放されて
今では日本を代表する視聴者参加の本格的ジャーナリズム放送にまで達しています。

正に社会的専門家・プロ集団でもなく世間的にニートや閉じこもり状態であっても、
世間的に自由な心があるので<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>に満ち溢れて
<レイマン・スピリット・素人根性><レイマン・エキスパート>の個人視聴者が
<蛇><我欲:自己本位・自己愛>から<鳩><聖欲:他人本位・隣人愛>に転じ
善循環された成功事例だと実感できます。

●軍隊と巡査と法律とをもって維持されている平和は実は平和ではない。
 聖書は人をして、その利欲の念を絶たしめて、
 これに代わるに他を救わんと欲するの
【聖欲】をもってせしめて社会をその根底より改める (内村鑑三)
●歴史の中のすべての変化、進歩は、
 社会の規範にしたがわなかったことから生まれた。
 もし、もめごとを起こしたり、異議を唱えたりする人たちがいなかったら、
 私たちはまだ洞窟の中に住んでいたはずだ(A・S・P・テイラー)
●誰かに向かって「それは不可能だ」などと言ってはいけない。
 神はその不可能なことをやってしまうほど無知な者を
 ずっと待ち続けているのかもしれないのだから(ジョン・ホームズ)
●すべての物事は願望から生まれ、心からの願いはすべてかなえられる
(エルバート・ハバード)
●すべての基本は熱中である。そして熱中は純真な心から生まれる(エマーソン) 
●元始の精力をもって、さまたげられることなく、天真のままに語れよ
 (ホイットマン)
●われわれの願望と言うものは、
 われわれのうちにひそかにひそむ能力の予感であり、
 われわれがなしとげうるであろうことの先触れである(ゲーテ)
●汝の運命の星は汝の胸中にあり(シラー)
●汝の道を進め、人々をしてその言うにまかせよ(ダンテ)
●君自身であれ!そうすれば世界は豊かで美しい!(ヘッセ)

私たち個人も【青春:幼な心・青年の心】の<蛇><我欲:自己本位・自己愛>の
衝動を単なる<個人的趣味>に終わらせず【神の愛=主イエス&聖霊】に託された
【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮する<最愛の我が子・我が分身>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】を熱愛する<鳩><聖欲:他人本位・隣人愛>に
高める<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を目指しましょう!

●少壮時代に心の田地に卸された種子は容易に根を断つ事の出来ないものである
 (森鴎外)
●心というものは、ときとして知識を超えた高みに上がることがありますが、
 どうしてそこに達したのかを証明することはできません。
 すべての偉大なる発見は、そのような飛躍を経たものです(アインシュタイン)
●心の田畑さえ開墾ができれば、世間の荒地を開くこと難しからず(二宮尊徳)
●心は、それ自身が密かに抱いているものを引き寄せる。
 環境は心がそれ自身と同種のものを受け取るための媒体である
 (ジェームズ・アレン)

終戦詔勅を完成した大思想家の安岡正篤氏が説いた「有名無力・無名有力」の如く
混迷大波乱の国難の大危機にある現代日本では、失うものが何も無い私のような
世間的無名ほどに有力で、その原動力は<蛇><我欲:自己本位・自己愛>です!

●プロの作家とは、書く事をやめなかったアマチュアの事である
(リチャード・バック)
●自分の心に描く夢の実現に向かって努力する時、
 普段なら思いもよらぬ成功が得られる。
 空中に楼閣を建てても無駄骨には終わらない。楼閣は空中に建てるものだ。
 さあ、その下に土台を建てよ(ソロー)
●人の一生は、どう生まれついたかではなく、どう生きるかで決まる(ベル)
●自分の仕事を知り、それをなせ。
 我々に大事な務めは遠くの方におぼろげにあるものを眺めているのではなくて
 手元にあって、はっきりしていることを行うことである(カーライル)
●決して自分の夢を人に奪われてはならない。
 心に描いたものが何であれ自分の心に素直に従って生きてほしい
 (ジャック・キャンフィールド)
●誠実、心の真のありのまま、これ常にいかに貴いかな。
 実際に自己の心の中に存することを語る者は、
 その方法のいかに拙劣なるも、必ず彼に聴かんと欲する人あるべし
(カーライル)
●あなたができる事、あるいはできると夢見ている事があれば、
 何でも始めてみる事だ。
 大胆さには本来、天賦の才、力、そして魔力が備わっている。
 今こそ、それを発揮させよう(ゲーテ)

皆さんが世間的常識や世間体に反しようと<蛇><我欲:自己本位・自己愛>の
衝動による【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】を大切にして
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】にお任せすることで
<鳩><聖欲:他人本位・隣人愛>に至る【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<最愛の我が子・我が分身>として<人生の旗印>に掲げる<多機能人格>で
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●一番大事なことは. 環境が必要かということではなく、
 どんな考えで毎日生活しているか、
 どんな 理想を追い求めているかということなのです。
 一言でいえば、その人の人柄の問題なのです(ヘレン・ケラー)
●<修養と祈祷>(内村鑑三)
 修養は、神によらずして自ら高くのぼらんとするの法なり。
 祈祷は、神によって直ちに潔められんとするの途なり。 
 修養は人の法にして、祈祷は神の途なり。
 われらはプラトン、シセロ、孔子、王陽明にならって
 聖人君子と成らんと欲せずして、
 パウロ、アウグスティヌス、ルーテル、クロンウェルにならって
 クリスチャンたらんことを願うべきなり。
●あなたらしく生きる、そのための道は、後にも先にも二つだけです。
 一つは、奇跡などありえないとする道。
 もう一つは、全てが奇跡であるとする道(アインシュタイン)
●何をなすべきかを知るだけでは足りない。
 さらにそれを遂行する勇気をもたねばならない(ディミトロフ)
●決断・・・なすべきことをなそうと決心せよ。
 いったん決心したことはかならず実行に移せ(フランクリン)
●天才の秘密は子供の時の精神を大人になっても持ち続けられるということだ。
 つまり、それは自分の情熱を失わないということである
 (アルダス・ハックスリー)
●人生をもっとも偉大に使う使い方というのは、人生が終わってもまだ続くような
 何ものかのために使うことである(ウィリアム・ジェームズ)
●幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。その志を貫くためには、
 玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志をまげて瓦となってまで、
 生きながらえるのは恥とする(西郷隆盛)
 ★<玉>=価値あるもの[正義・名誉]⇔<瓦>=がらくた[生き甲斐の無いもの]
●人生の価値は、その長さとは関係がない。
 人生の価値とは、どのようにその時間を利用したかで決まるものなのだ。
 あなたが十分に生きたかどうかは、あなたが生きた年数ではなく、
 あなたがどのような意志をもって生きたのかで決まる(モンテーニュ)
●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
 あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である(ジェームズ・アレン)
●改革すべきはたんに世界だけでなく、人間である。
 その新しい人間は、どこから現れるのか?
 それは外部からではけっしてない。
 友よ。それを君自身のうちに見いだすことを知れ。
 しかも鉱石から純粋な金属をとるように、
 この待望の新しい人間に君自らなろうとせよ。
 各人は、驚くべき可能性を内蔵している。
 君の力と若さを信ぜよ。
 たえず言い続ける事を忘れるな。
 「ぼく次第でどうにもなるものだ」と。(ジイド)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年5月14日に作成した<第630回>に加筆】
◇◇<後悔・嘆き>で<神助:祝福・恩恵>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

世間的に観れば私の日々は連戦連敗で「後悔・失意・嘆き」の連続かもしれません。
「~すれば善かった…」「こんな事に成るはず(つもり)で無かったのに…」など
「もし~、~たら、~れば」など、自己責任・自助努力では背負いたくない後悔で
対処不能の事態山積みで【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に追込まれて
これまでの過去の莫大な負債と併せると前向きに生きることは不可能でしょう。

しかし、【神の愛=主イエス】との<出遭い>があったおかげで自滅することなく
「我が人生に悔いなし」という<生き様・死に様>は私には完全に不可能ですが、
【神の愛=主イエス】と<相思相愛の主従関係>の【信仰:信愛・信頼・信従】で
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生のおかげで
「我が人生大満足!」な<生き様・死に様>に導かれています!

<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】だけは、私の過去から現在に至る
「後悔・嘆き」に同情してくれるので私が後悔・嘆く度に【神の愛=主イエス】に
泣きつけば、たとえ火の中、水の中の<絶望的危機状態>で孤立無援になろうとも
<最愛の我が子・我が分身>の【ビジョン:理想・夢念・大志】を高く掲げる限り
何度でも助け拾い上げてくれ、再起・再生のチャンスを与え続けてくれます!

●私は自分の道を思い返し、立ち帰ってあなたの定めに足を向けます。
(詩篇119-59)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中から援け出し給う
(内村鑑三:詩篇34‐19)
●恐れるな。私があなたたちと共にいる。
 私はここから照らそうと望む。
 悔い改めの心を保ちなさい(サンパウロ会)
●水の中を通るときも、私はあなたと共にいる。
 大河の中を通っても、あなたは押し流されない。
 火の中を歩いても、焼かれず
 炎はあなたに燃えつかない
 私が、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者、
 あなたの救い主であるからだ(イザヤ書43-2)
●悪霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました。
 おできになるなら、私どもを憐れんでお助けください(マルコ伝9-22)
●私たちのお仕えする神はその燃え盛る炉や王様の手から
 私たちを救う事ができますし、必ず救ってくださいます(ダニエル書3-17)

世間的には「一度だけの人生はやり直せない」「過去は変えられない」状況でも、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】に従えば、取り返しのつかない事も
解決不能な<患難辛苦>に思えた事も、<不義・不正・不実>の地獄行き決定でも
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に
通じる<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】のためなら
【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】<神助:祝福・恩恵>です!

●試練と祝福は密接に関連している(ヒルティ) 
●患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。
 患難は手段にして恩恵は目的なり(内村鑑三)
●おまえの不幸に打ち負かされるな。神に頼れ、そうすれば勝つだろう。
 洪水が襲ってきても、おまえは上にあって、溺れないだろう。
 苦し過ぎる重荷を負わされたならば、
 主なる神が既にお前の願いを聞き給うたのだ(パウル・ゲルハルト)
●あなたは私の魂を陰府(よみ)に渡すことなく、
 あなたの慈しみに生きる者に墓穴を見させず、
 命の道を教えてくださいます(詩篇16-10~11)
●患難は恩恵と離れて考えるべきでない。それは患難は恩恵の一部なればなり。
 塩味を和せずして甘味は甘味ならず、患難なくして恩恵は恩恵ならず、
 食に薬味の必要なるがごとくに人生に患難は必要なり。
 患難ありて始めて人生に香味は生ずるなり(内村鑑三)
●<手段と目的>(内村鑑三)
 患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。
 患難は手段にして恩恵は目的なり。
 患難をもって始まり恩恵をもって終わるなり。
 一の患難は百の恩恵を招き、短きこの患難の世は
 永遠無窮の恩恵の世に終わる。ゆえにわれらは恩恵について
 思うこと常にして患難について考うること稀ならざるべからず、
 そは神の造化においては患難はその最小部分にすぎざればなり
●<患難の解釈>(内村鑑三)
 患難はこれを消極的に解すべからず、積極的に解すべし。
 これを神の刑罰として解すべからず、神の恩恵として解すべし。
 神の憤怒の表彰として解すべからず、その自愛の示顕として解すべし。
 恩恵はすべて身の患難にして、麗の幸福なり。
 麗の幸福と解してすべての患難は患難たらざるにいたる。
●<恩恵としての患難>(内村鑑三)
 神は無益に患難を下し給わず、
 これを自己かまたは他人を救うために下し給う。
 患難はたしかに神の恩恵なり、
 これなくしてわれも人も罪悪を去りて正義の神に帰るあたわず。

まさに【聖書】の「ラザロの復活」に示された【神の愛の方程式=摂理】です。
ご存知のように、【主イエス】が最愛された姉妹マルタ・マリアの弟ラザロが
急病で危篤状態になり、【主イエス】に助けを求めますが、宣教途中だったので
死亡後4日目に到着します。そこでのマルタ・マリアとの会話に約束されています。
他人本位信仰のマルタも自己本位信仰のマリアも同じ「後悔・嘆き」を語ります。

「主よ、もしここにいて下さいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」
 (ヨハネ伝11-21,32)

そうです!【神の愛=主イエス】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】が在る時には
どんな出来事でも<最悪・闇・マイナス>から<最善・光・プラス>に転じる事を
私たちは理解できます。そして【神の愛=主イエス】は驚きの約束をしています!

●「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。
  又、 生きていて私を信じる者はだれも、決して死ぬことはない」
 (ヨハネ伝11-25~26)

死して4日目の弟ラザロは、マルタとマリアの【信仰:信愛・信頼・信従】ゆえに
見事に復活しました!ラザロは私にとって【ビジョン:理想・夢念・大志】です!

●あなた方が新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、
朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、
 神のことばによるのです(ペテロ前書1-23)
●私は今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。
 預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ
 (ルカ伝13-33)

私自身は悪党バラバのように、取り返しのつかない死刑囚<地獄の住人>ですが、
私の【青春:幼な心・青年の心】が抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは
【神の愛=主イエス】と共に<不死身!不滅!不退転!>の<天国の住人>です!

●あなたにゆだねられている尊いものを
 私たちの内に宿っている聖霊によって守りなさい(テモテ後書1-14)
●どのようにして若者は自分の道を歩む道を清く保つことができるでしょうか。
 御言葉に従って道を保つことです(詩篇119-9)
●若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば年老いても、
 そこから離れることがない(箴言22-6)
●私はすべての人にわが霊を注ぐ。あなた方の息子や娘は預言し、
 年寄りは夢を見、若者は幻を見る(ヨエル書2-28~29)
●神は言われる。終わりの時に、私の霊をすべての人に注ぐ。
 すると、あなた方の息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る
(使徒行伝2-17)
●若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。青年時代を楽しく過ごせ。
 心にかなう道を、目に映るところに従って行け(伝道の書11-9)
●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
 応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
 (ヒルティ)
●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
 そして少年の頃の理想主義は何ものにも変える事が出来ない人間の財産である
  (シュバイツァー)
●青春の夢に忠実であれ(シラー)
●あなたの若い日にあなたの創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、
 また、『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に(伝道の書12‐1)
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。
 主を知るは智恵の初めである。神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し
 (内村鑑三:ホセア書4‐3)

皆さんが人生の患難辛苦に直面し後悔し嘆き失意の時に【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】【聖書・真理の御言葉】を
体感できる【青春:幼な心・青年の心】に抱く<最愛の我が子・我が分身>である
【ビジョン:理想・夢念・大志】に立ち帰る<神助:祝福・恩恵>として受け止め
【神の愛=主イエス&聖霊】と共に活かされ<歓喜!感動!感謝!>し続けられる
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を体得して走り抜けながら
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
人生大満足!の圧倒的大勝利!の活躍をされることを心より応援しています!
 
●失敗は方針を転ぜよとの神の命令である。
 我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである(内村鑑三)
●教会のキリスト教は成功において神の恩恵を認む。
 これに反してキリストの福音は失敗において神の愛を示す(内村鑑三)
●誰が、キリストの愛から私たちを引き離すことができようか。
 患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。
 「神様のためには、いつでも死ねる心がまえでいなければならない。
  私たちは殺されるのを待つ羊のようだ(詩篇44-22)」
 と書いてある通りである。しかし、私たちは、
 私たちを(命を投げ出してまで)愛して下さったキリストによって、
 これらすべてのことの中にあっても、輝かしい圧倒的な勝利者となるのです
 (ロマ書8-35~37)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、
 私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から
 私たちを引き離すことはできないのである (ロマ書8‐38~39)
●賢さで人生を乗り切るのは困難だが、導きによって生きるのは容易である
(ヒルティ)
●主はこう言われる。
「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ。
どれが、幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」
(エレミヤ記6-16) 
●私(主)は目の見えない人たちを導き、彼らがまだ知らない大路に行かせ、
 通ったことのない道を歩ませる。彼らの前で、行く手の闇を光に変え、
 でこぼこの曲がった道を平らにまっすぐにする。
 私はこれらのことを成就させ見捨てることはない(イザヤ書42-16)
●<勝利の秘訣>(内村鑑三)
 我に力なし、しかれども我が全能の神は我が為に活動(ハタラ)き給う。
 我に知恵なし、しかれども我が全智の神は我が為に計策(ハカ)り給う。
 我が神、我と共にいまして懦弱(ヨワ)き拙劣(ツタナ)き我も
 この世に勝ち得て余りあり。
 我は永久(トコシエ)にエホバの聖名(ミナ)に頼らん。
●あなたは主を避けどころとし、いと高き神を宿るところとした。
 あなたには災難もふりかかることがなく、天幕には疫病も触れることがない。
 主はあなたのために御使いに命じて、
 あなたの道のどこにおいても守らせて下さる。
 彼らはあなたをその手にのせて運び、足が石に当たらないように守る
(詩篇91-9~12)
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
 あなたの道を主にゆだねよ。信頼せよ、
 主は計らい、主が成し遂げてくださる。
 あなたの義を光のように、
 あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる(詩篇37-4~6)
●<希望と前進>(内村鑑三)
 人は希望的動物なり。
 彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
 希望は健全にして、回顧は不健全なり。
  ●後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
 罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
 神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●いたずらにあなたを苦しめるために苦難が与えられるのではない。
 信じなさい。まことの生命は悲しみの日に植えられている事を(ヒルティ)
●あなた方が、いろいろな試練にあった時は、
 それをむしろ喜ばしいことに思いなさい(ヤコブ書1‐2)
●彼らは涙の谷を過ぐれども、そこを多くの泉あるところとなす。
 初めの雨は多くの祝福にておおわれる(詩篇84‐6)
●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
 あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
 試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる
 (コリント前書10‐13)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2014年4月18日に作成した<第629回>に加筆】
◇◇最善最強の<レジリエンス>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

最近の日本の心理学・精神医学の世界では、「レジリエンス」がテーマのようです。
「レジリエンス」は「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」等に訳され
「極度の不利な状況に直面しても、正常な平衡状態を維持する事ができる能力」と
定義するそうです。

NHK番組によれば、「レジリエンス」に基づく「心の強さ」とは、鋼のように硬く、
頑丈なイメージではなく、状況に一喜一憂しない「感情をコントロールする力」や、
自分の力を過小評価しない「自尊感情」が大きく関係するといいます。
失敗していても、「自分が成長・前進している」と考えられる「自己効力感」や、
いつかできるという「楽観性」も「レジリエンス」を持つ人に特徴的要素であると
わかってきたといいます。

まさに、<神助体得能力(セレンディピティ):霊能活気・自由想念・独立決起>に導く
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】と
共通します!

「レジリエンス・トレーニング」は米陸軍で実施され、最近のグローバル企業でも
従来型の後ろ向き印象があるストレス・マネジメントやメンタルヘルスに替わって
「リーダーシップ能力」「キャリア自律力」「ストレス対処力」の向上目的として
ポジティブ心理学の手法を取り入れたレジリエンス研修が始まっているようです。

【神の愛=主イエス】の【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】もまた
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
掲げて、<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を突っ走るための
「最善最強のレジリエンス」体得研修です!

●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
 魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
 そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
 むしろ悲しいものと思われる。
 しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に
 平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●「我が子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
 主から責められ懲らしめられても、
 弱り果て力を落としてはいけない。
 なぜなら、主は愛する者を鍛え、
 子として受け入れる者を皆、
 鞭打たれるからである。」
 あなた方は、これを鍛錬(訓練)として忍耐しなさい。
 神は、あなた方を子として取り扱っておられるのである
(ヘブル書12-5~7)
●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。
 神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
 いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
 他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる
 (ヒルティ)

私のような<不義・不正・不実>な「落ちこぼれ」には、自尊感情や自己効力感は
期待できませんが、「自己の弱さ・不完全・無知無能」こそ誇ることで体感できる
【神の愛=主イエス】との【信仰:信愛・信頼・信従】<相思相愛の主従関係>の
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】なら完全無欠の勇者です!

●主が言われた『私の恵みはあなたに対して十分である。
 私の力は弱いところに完全にあらわれる』それだから、
 キリストの力が私に宿るように、むしろ喜んで私の弱さを誇ろう
 (コリント後書12~9)
●心の満足を得る最上の方法は、自分は絞首刑に処せられるのにふさわしい者だと
 自ら思うことである。そして、これはおそらく本当のことかも知れないのだ。
 そうすれば、満足はごく自然に生まれてくる(カーライル)
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、
 信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、かくて自己は死して
 神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。
●我に糧あり、聖書にあり。我に力あり、祈祷に存す。
 我は単独にして世界を相手に戦いうるなり(内村鑑三)
●独立を説くなかれ、キリストを説くべし(内村鑑三)
●我れ神とともにありて我れひとりは世界よりも大なり(内村鑑三)
●人に少しも頼ることなくして、神にのみ頼ってなす事のできる事業のみが
 神の命じ給うた事業である。かかる事業に従事するを得て、
 我等は始めて独立の人となるのである(内村鑑三)
●摂理と確かな知恵とは、私(主)にある。私は分別であって、私には威力がある。  
 私によって、王たる者は世を治め、君主たちは正しい掟を定める。 
 君侯、自由人、正しい裁きを行う人は皆、私によって治める。 
 私を愛する者を、私は愛する。私を熱心に捜す者は、私を見つける
(箴言8-14~17)

教会では今週の金曜日はグッド・フライデーで復活祭に通じる記念すべき週末です。
クリスマスよりも大切な【神の愛=主イエス】の受難の十字架からの栄光の復活は
「最善最強レジリエンス:精神的回復力・抵抗力・復元力・耐久力」の象徴です!

●主は私の魂を生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれる(詩篇23‐3)
●羞恥に始まって栄光に終り、十字架に始まって復活昇天に終る(内村鑑三)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は負けて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
●主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
 主は渇いた魂を満ち足らせ、飢えた魂を良いもので満たしてくださった
(詩篇107-8~9)

【神の愛=主イエス】を受け入れるまでは、どうして「残酷な磔刑の十字架像」が
教会の正面に鎮座していて、ネックレスにしているのかが理解できませんでした。
しかし今は、<闇・マイナス:患難辛苦のどん底状態>に<光・プラス:最善>を
見出す【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】の無限の源泉であり、
<不屈の楽天・楽観力><神助体得能力:霊能活気・自由想念・独立決起>に導く
【神の愛=主イエス】からの【賜物・無償ギフト・神恵】です!

●<幸福と十字架>(内村鑑三)
 人類の幸福は学術の進歩を要す。
 学術の進歩は思想の自由を要す。
 思想の自由は政治の改善を要す。
 政治の改善は人心の洗浄を要す。
 人心の洗浄は霊魂の釈放を要す。
 霊魂の釈放はキリストの十字架を要す。
 キリストの十字架によらずして、
 人類の幸福もまたこれを地上において見るあたわざるなり。
●規則によって私たちを責め立てて不利に陥れていた債務証書を破棄し、
 これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。
 そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、
 キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました
(コロサイ書2-14~15)
●われキリストにならわんと欲して、キリスト伝を学ぶ。学んで、それから、
 ますます倣(なら)うの難さを知り、知りて、それから失望し、失望して、
 それから自己の罪を覚り、覚りて、それから、ついに彼の十字架にすがり、
 すがりて、それから、やや少しく倣いうるに至る。
 先ず、キリストに殺されなくては、キリストにあり生き、
 彼の如く行うことはできない(内村鑑三)
●光、暖かさ、健康、力はすでにもう存在しているのですから、
 スイッチを入れさえすればよいのです。
 電線そのものは別に何でもありません。
 絶縁された二、三本の銅線にすぎないのです。
 しかし、その線の中をプラスとマイナス二つの電流が流れると、
 すべてが変わってきます。
 暗黒は失せ、冷気はなくなり、仕事もたやすくできるようになります。
 聖書は単なる本にすぎませんが、
 神の御霊によって霊感されている聖書の各ページを、
 神の義と愛とが、プラス・マイナス二つの電流のように流れ、
 キリストの十字架で合流しています。
 聖書だけが、私たちに救い主を示してくれます。
 そのことによって聖書は、
 私たちの全生涯を造り変えることができる力の泉となるのです。
 あなたは誘惑にあい、疑惑と敗北と弱さに満ちたご自分の生活に
 倦み疲れてはいませんか。
 また、不安や心配にあきあきしてはいませんか。
 スイッチを入れなさい。聖書を読みなさい(エジソン)
●主は私の魂を生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれる(詩篇23‐3)

私には「レジリエンス」を体得して、「折れない心」を維持するのは不可能ですが、
連戦連敗で世間的恥辱の泥だらけの心になろうと、心が完全に折れ曲がろうとも
最悪の暗闇でも【神の愛=主イエス】への【信仰:信愛・信頼・信従】さえあれば、
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で一切お任せするだけで
<不屈の楽天・楽観力><神助体得能力:霊能活気・自由想念・独立決起>が働き
何度倒されても、【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】から自由解放されて
【ミッション:大義・使命・天職】完遂までは<不死身!不滅!不退転!>となり
<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を目指して再起・再出発できます!

●<神助>(内村鑑三)
 ◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん。
 ⇔ ★天来の思想
   ★外来の友人
   ★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
 ◆汝の事業 助けん。
 ◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
 ◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすを得べし。
 ◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
  汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
●何事も神が支配しておられるし、神は私の意見を必要とされない。
 神が責任をもってくださる限り、万事が結局は理想的に処理されると信じます。
 何を悩むことがありましょう(ヘンリー・フォード)
●私たちの手の中には、数知れない小さなものが毎日落ちてきます。
 それは小さい好機です。神様は私たちが利用するのも悪用するのも
 自由なように、これを残して行かれるのです(ヘレン・ケラー)
●「神は、神を愛する者たちと共に働いて、万事を益とするようにして下さる
  (ロマ書8-28)」
 これこそ、正当なしかも長持ちする楽観主義である。このようなことを我々は
 生涯においてそれが単なる「偶然」とのみは思われないほど、
 たびたび経験するものである(ヒルティ)
●人生はよくなるものだという確信を捨ててはいけない。
 それがあなたの人生であれ、他人の人生であれ(アンドレ・ジイド)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)

皆さんの心も【神の愛=主イエス】からの【賜物・無償ギフト・神恵】である
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】を受け入れることで
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】の
「最善最強のレジリエンス」を体得して、<一日一生!日々新た>に活かされて、
<患難辛苦>を<神助体得能力:霊能活気・自由想念・独立決起>の原動力にして
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を挑戦突進し続けることを
心より応援しています!

●どんな幸福な生活にも数多く起こる試練や心労を、
 堪えがたい重荷だと考えるか、
 それとも自分の生活原則を実行し修練するために、 
 神から授けられた機会だと見るかは、
 ものごとの感じ方として大きな相違である。
 そして、この感じ方次第ですべてが決まるのである(ヒルティ)
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
 一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
 私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
 信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
 走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、
 目標を目指して走り、キリスト・イエスにおいて
 上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通して
 あなた方を永遠の栄光へ招き入れて下さったあふるる恵みの神御自身が、
 しばらくの苦しみの後、あなたがたを癒し、完全な者とし、
 強め、力づけ、堅く立たせ、揺らぐことがない不動の者にしてくださる
(ペテロ前書5-10)
●彼らは涙の谷を過ぐれども、そこを多くの泉あるところとなす。
初めの雨は多くの祝福にておおわれる(詩篇84‐6)
●本当の人間の価値は、すべてがうまくいって満足しているときではなく、
 試練に立ち向かい、困難と戦っているときにわかるものだ(キング牧師)
●不幸に屈することなかれ、否、むしろ大胆に、
 積極果敢に、不幸に挑みかかるべし(ベルギリウス)
●<事の先後>(内村鑑三)
 難き事は先になし、易き事を後にせよ。
 易き事を先になして、難き事はついになすあたわざらん。
 深き事を先に極めて、博き事を後に求めよ。
 先に博き者はついに深き者たることあたわざらん。
 博きは倒れやすし。長く保つものは深きものなり。
 始めより広闊(こうかつ)を叫ぶ信仰に、長く保つもの少なし。
●努力の歩みをとどめ、挑戦をとどめてしまうことは、なんとつまらないことか!
 わが人生を磨きもせずに錆びつかせ、戦いもせずに光を失ってしまうことは、
 なんとつまらないことか!(テニソン)
●一事必ず成さんと思わば、他の事を破るるもいたむべからず、
 人の嘲りをも恥ずべからず。
 万事にかえずしては、一大事は成るべからず(吉田兼好)
●自分らしく生きよ!そして勇気を持て!
 きみは、勇敢に、見事に、未来への第一歩を踏み出したのだ(ユーゴ)
●止まることなく、前へと進まねばならない。
 決して、労苦に負け、沈黙して止まってはならない。
 君が、完成へと到達したいならば(シラー)
●『自分には、これはできない』という言い方は誤りである。
 『今までは、これが出来なかった』と言うべきである。
 この現在の一瞬、私がやりたいと思うことは全部できるのだということを、
 私はまぎれもなく知っている(トルストイ)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)




【2014年3月24日に作成した<第628回>に加筆】
◇◇【パッション:具現化原動力】で<神愛力>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

明治時代に北村透谷が「パッション」を情熱と訳したそうです。そのため私自身も
最近まで「心に内に燃える熱意・熱情」だと思い込んできました。

ところで「THE PASSION」はイエスの十字架上の「受難」を意味し、別の見解では
<人類史上最悪最大の患難辛苦>直前の最後に捧げる<ゲッセマネの祈り>の際の
苦難自体を示すとも言われています。

●【ゲッセマネの祈り】(マタイ伝26‐36~44、マルコ伝14‐32~42、
            ルカ伝22‐39~46)
◆「私は悲しみのあまり死ぬほどである」(マタイ伝26‐38、マルコ伝14‐34)
◆「アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。
  どうか、この杯を私から取りのけて過ぎ去らせて下さい。
  しかし、私の思いでなく、御心のままになさってください。」
  (マタイ伝26-39、マルコ伝14‐36)
◆イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。
 そして、その汗が血のしたたるように地に落ちた(ルカ伝22-44)

そこで<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】と
これまでは定義してきました。しかし、最近の実体験による霊的解釈のおかげで、
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】と
体感できるようになりました!

【ビジョン:理想・夢念・大志】や【ミッション:大義・使命・天職】のように、
【神の愛=主イエス&聖霊】から【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に届けられる
<内なる声>として体感・自覚できるものと異なっていて、【パッション】とは
最悪な逆風・逆境の<どん底人生>にあればあるほど、<患難:闇・マイナス>を
<最善:光・プラス>へ転換する<原動力・具現化力>であり、その能力発揮には
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を活気づけて<歓喜!感動!感謝!>へと導く
<共感能力:感受力・感化力>を<パワー・アップ&アップ・グレード>させます。

【神の愛=主イエス&聖霊】と【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれる事によって
神愛特権として【ビジョン:理想・夢念・大志】を人生目的と体感するようになり、
自己本位の実現手段として【ミッション:大義・使命・天職】を自覚・体得できて、
原動力・具現化力として【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】が
万物に託された【タレント:個性・才能・可能性】だと実感できます。

●あらゆる存在は、その特性に従って自己を発展させ自己を実現する生まれつきの
 衝動を自分のうちに持っている(ヒルティ)

私の人間力・自助努力では【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に打勝てず、
せっかくの元気の源の【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】さえ
<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>に吹き消されてしまいます。

私の【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】を最善に喚起するのは、
手に触れられる十字架ネックレス、指ロザリオ、私の<人生の旗印>ロゴ印鑑と、
いつどこでも<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>と讃美礼拝する事であり、次に
【聖書・真理の御言葉】、第三に【主の祈り】、第四に【讃美歌・君が代】があり、
第五には【先人・偉人の教え:名言・格言】が<いつも一緒!>です!

●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)
●信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについての御言葉(による
 (ロマ書10-17)
●あなたの御言葉は、私の足のともしび、私の道の光です((詩篇119ー105)
●どのようにして若者は自分の道を歩む道を清く保つことができるでしょうか。
 御言葉に従って道を保つことです(詩篇119-9)
●御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある(ロマ書10‐8)

私が肉体的に救急搬送・緊急手術で救命された時も、経済的危機に追込まれた時も、
<7つの大罪:傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲>や不安や恐怖などの
毎日毎時追込まれても、【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】を吹飛ばし<不屈の楽天・楽観力>に
導いてくれます!ハレルヤ!主の恵みに感謝します!

●あなたの顔を光に向けていなさい。そうすれば影は見えません。
 いつも真理に目を向けていなさい。
 そうすれば、あなたの心から不安、心配は消えるでしょう(ヘレン・ケラー)
●<無限と希望>(内村鑑三)
 神の愛は無限なり、かれの時もまた無限なり。
 無限の愛を行うに、無限の時をもってす
 いかなる善事をか成し得ざらんや。
 われらはわれらの救拯(すくい)について失望すべからざるなり。
●主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
 主は渇いた魂を満ち足らせ、飢えた魂を良いもので満たしてくださった
(詩篇107-8~9)

【聖書】は「喜べ!」が800回、「恐れるな!」が365回も記されているそうですが、
【聖書】【讃美歌】は<不屈の楽天・楽観力>に満ちていて、たとえ今日現在が
最悪の<どん底状態>でも、感情のおもむくまま、泣きながら、怒りながらでも
口ずさめば、直ぐに感化されて、闇深いほど、活き活き元気に導いてくれます!

●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。
 それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。
 どうか忍耐と励ましと慰めの源である神が、
 あなた方に、キリスト・イエスにならって互いに同じ思いを抱かせ、
 心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神を
 ほめたたえあがめさせて下さるように(ロマ書15-4~6)
●あなた方が、弱り果てて心が元気を失い、疲れ果ててしまわないように、
 あなた方は、御自分に対する罪人たちの反抗を
 耐え忍ばれた主イエスのことを考えなさい(ヘブル書12-3)
●希望はわたしたちを欺くことがなく失望に終わらせない。
 わたしたちに与えられた聖霊によって、
 神の愛が私たちの心に注がれているからである(ロマ書5-5)
●希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とで
 あなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせて下さる
 (ロマ書15-13)
●神の力強い活動によって働く力が、私たち信じる者にとって、いかに
 絶大なるものであるかを、あなた方が知るに至るようにと祈っている
 (エペソ書1-19)
●神が私たちに求め給うのは、私たちと共にいますこと、
神に心を寄せる者を見出して、その心を神みずからの霊によってさらに育て、
かつ、生き生きとさせること、これ以外の何ものでもない(ヒルティ)
●ほむべきかな、私たちの主イエス・キリストの父なる神。
 神はその豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、
 それにより、私たちを新たに生まれさせて、生き生きとした希望を抱かせる
 (ペテロ第1書1‐3)

惨めな連戦連敗で世間的に<逃げ腰・及び腰・弱腰>の<どん底人生>になろうと、
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】は
どんな<闇:患難辛苦>でも<神助:祝福・恩恵>に導く善転力・感化力で導いて
<無限大!>の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】に溢れさせ
<一日一生!日々新た>【バイタリティ:生活力=生命力+活力】アップさせて、
<神助体得能力(セレンディピティ):霊能活気・自由想念・独立決起>を発揮させて、
私の<自力・自助努力>では不可能でも、<神愛力・神助努力>で可能性に導いて
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に再起させてくれます!

●私はあなた方に平安を残して行く。私の平安をあなた方に与える。
 私が与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。
 あなた方は心を騒がせるな、また怖じけるな(ヨハネ伝14‐27)
●患難を避けんとするなかれ、これに勝たんとせよ。
 独り自らこれに勝たんとするなかれ。神により勝たんとせよ(内村鑑三)
●沈黙せよ、苦しめ、耐えよ、おまえの苦しみは誰にも訴えるな、
 決して神に絶望するな、おまえの助けは日毎に来るのだ(ルター)
●我が魂よ、沈黙して、ただ神に向かい、神を待ち望め。
 我が望みは神から来るからである(詩篇62-6)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中から援け出し給う
(内村鑑三:詩篇34‐19)
●聖霊、汝等の上に臨む時、汝等能力(チカラ)を受けん(使徒行伝1-8)
●神は神を愛される者と共に働いて万事を益となるようにして下さる(ロマ書8-28)
●汝ら立帰りて静かにせば救いを得、平穏(オダ)やかにして依り頼まば力を得べし
 (イザヤ書30‐15:ルター特愛の聖句)

今日現在が、世間的に孤立無援で行き詰まり、<どん底人生>にあったとしても、
自力・自助努力では到底解決不可能に思われる<患難辛苦>に直面していようとも、
皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の心意気を持ち
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】を
【聖書・真理の御言葉】【讃美歌】【先人・偉人の教え:名言・格言】で呼び込み
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を一歩でも前進させ
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を見事に完走するまでは
<不死身!不滅!不退転!>の活躍をされることを心より応援しています!

●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●情熱には真の魔力がこもっている。
 それが並の出来と偉業との違いをもたらすからだ(ノーマン・ピール)
●<困難の歓迎>(内村鑑三)
 困難は我をして神に接近せしめまた人に鍛接せしむ
 困難は我の単独を破り、我をして人類の一員たらしむる。
 尊むべきかな困難!(内村鑑三)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムエル)
●人の歩みは主によって確かとされる。
 主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手を支えておられるからだ(詩篇23‐24)
●人はその職を終了(オワ)るまでは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
 人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
 人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
 人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
 神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)





【2014年2月26日に作成した<第627回>に加筆】
◇◇<神助体得能力><セレンディピティ>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

科学的な大発見として<セレンディピティ(serendipity)>が話題になった事が
ありました。偶然や意外な出来事・失敗から幸運をつかみ取る「能力」であり、
何かを探している時、探している物とは別の価値ある物を見つける能力才能だと
定義されているようです。

興味深いことは<セレンディピティ>とは、単なる「待ち受け状態」ではなくて、
日々の自助努力ゆえに生まれる幸運を獲得する能力・才能であるという解釈です。

世俗的・理性的に説明してくれた<セレンディピティ>を、私の信仰的・霊的な
解釈で宗教的に定義することもできます。

●科学は天然界における事実の観察なり。宗教は心霊界における事実の観察なり。
 二者同じく事実の観察なり。科学と宗教は善き兄弟なり。
 科学の敵は宗教にあらず、思弁なり。宗教の敵は科学にあらず、神学なり
 (内村鑑三)
●信仰と哲学は矛盾しない(ライプニッツ)

この「幸運」とは【神の愛=主イエス】の<神助:祝福・恩恵>そのものであり、
<セレンディピティ>とは【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の心がけにより、
与えられる神愛特権である<神助体得能力:霊能活気・自由意思・独立決起>だと
私は霊的に解釈します!

●【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
 (テサロニケ前書5‐16~18)
●熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、
 患難に耐え忍び、常に祈りなさい(ロマ書12-11~12)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、
 目を覚まして、うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい
(エペソ書6-18)
●何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、
 感謝をもって祈と願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)

たとえ【神の愛=主イエス】を知らずとも、受け入れずとも、忘れ去ろうとも
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】さえ大事に守って
<大確信:必勝・必決・必現>【大希望:聖望!聖願!聖欲!】を抱き続ければ、
<志望>【ビジョン:理想・夢念・大志】にも【神の愛=主イエス&聖霊】の
【御心:聖意・聖旨】が込められているので【ビジョン:理想・夢念・大志】を
介して【神の愛=主イエス&聖霊】への【信仰:信愛・信頼・信従】と認められて
<神愛特権:霊能活気・自由意思・独立決起>を得られます!

●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
 理想が事実となって顕れたるものである。
 すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、
 「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくに
 すべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13)
 ⇔私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)

だから世間的に「高い理想を持て!」「夢を大切に!」「大志を抱け!」という
宗派・民族を超えた老若男女に共通の認識があり、進化論でさえも現実不可能な
【ビジョン:理想・夢念・大志】を全生物が抱く事が前提であり、現世の法則は
【ビジョン:理想・夢念・大志】を抱くことが不可欠だと実感できます。

●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●国家興隆するときには、理想を以て生活とし、
 国家衰退するときには、生活を以て理想とす(徳富蘇峰)
●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三)
●真の祈りは、ただの祈りではない、一種の預言である。
 即ち必ず成就すべきことを前もって語に表することである(内村鑑三)
●一番大事なことは、どんな環境が必要かということではなく、
 どんな考えで毎日生活しているか、どんな理想を追い求めているか、
 ということなのです(ヘレン・ケラー)
●志の固き人は幸いなるかな。
 なんじは苦しむ。
 しかれども長く苦しむことなし。
 また誤って苦しむことなし(テニスン)
●夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、
 計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
 故に、夢なき者に成功なし(吉田松陰)
●人は志の大きさに比例した人物になる(ジェームズ・アレン)
●夢は人を熱中させ、人生から退屈を消し去ってくれる。
 まさに夢が人生そのものになる。
 人生はあなたの夢の大きさで測れるだろう(コンクリン)
●あなたができること、あるいはできると夢見ていることがあれば、
 何でも始めてみることだ。大胆さには本来、天賦の才、力、
 そして魔力が備わっている。今こそ、それを発揮させよう(ゲーテ)
●不可能だと思わない限り人間は決して敗北しない(カーネギー)
●人生でもっとも輝かしい時はいわゆる栄光の時でなく、
 落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望が
 わき上がるのを感じたときだ(フローベル)
●君が何かを全身全霊で欲した時、
 君はその『大いなる魂』と最も近い場所にいる。
 それはいつも、前向きな力として働くのだ(パウロ・コエーリョ)
●ビジョンを持つことだ
 理想を描くことだ
 あなたの心をこよなく鼓舞するもの
 あなたの心に美しく響くもの
 あなたが純粋な心で愛することのできるものを
 しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)

【ビジョン:理想・夢念・大志】を人格ある<最愛の我が子・我が分身>のように
<全生・全身・全霊>を投じて守り育てるためには、非力非道な私だけに任せれば
たちまち共倒れとなり育児放棄したり、挙句の果てには抹殺か見殺しにします。
そこで世俗的には偶発的<セレンディピティ>として、霊的・信仰的体感としては
【神の愛=主イエス&聖霊】の<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>が
差し伸べられ<神助体得能力:霊能活気・自由意思・独立決起>が与えられる事で
【神の愛の奇蹟】の連発で、【ビジョン:理想・夢念・大志】は死守されます!
【ビジョン:理想・夢念・大志】に従って【ミッション:大義・使命・天職】を
完遂するまでは<不死身!不滅!不退転!>です!

●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない
(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている
(コリント後書6‐9~10)
●人の歩みは主によって確かとされる。
 主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手を支えておられるからだ(詩篇23‐24)
●人はその職を終了(オワ)るまでは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
 人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
 人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
 人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
 神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)

<セレンディピティ>同様に<神助体得能力:霊能活気・自由意思・独立決起>は
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を最善発揮させる<神愛特権>であり能力です。

●自由は理想にあらず、境遇にあらず、能力である(内村鑑三)
●<真の自由>(内村鑑三)
  ◆真の自由は発意である    ⇔Unconditional(無境遇)
  ◆真の自由は正しき選択である ⇔霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道
  ◆真の自由は善き意志を行う能力である 
●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である
 何事をも為しうる状態又能力でなく,
 ある事を為さずしてある他のことを為す能力
 ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力  
●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)
●自由とは、あらゆる特権を有効に発揮させる特権である(カント)
●自由のあるところにのみ道徳は行われる(内村鑑三)
●真の自由とは、すべてのことを己の基準でなしうることである(モンテー二ュ)
●私は人格をすべて表現するために自由を望む(ガンジー)
●あらゆるものを奪われた人間に残されたたった一つのもの、
 それは与えられた運命に対して自分の態度を選ぶ自由、
 自分のあり方を決める自由である(フランクル)
●人間に残された最後の自由はどんな状況にあっても、
 その中で自分の態度を決める事だ(フランクル)
●<独立>(内村鑑三)
 独立とは必ずしも他の援助を絶つの謂(いい)にあらずして、
 自己の有するすべての実力を活用するの謂なり。
 人一人は小宇宙なり。
 彼の内にほとんど無限の力の貯蔵さるるあり。
 これをことごとく活用せんか、
 彼ひとりの希望(正当なる)を充たし得るのみならず、
 彼は進んで他を助け、もってなお余りあるべき者なり。
●<独立>(内村鑑三)
 金にも優り、名誉にも優り、知識にも優り、生命(イノチ)にも優る、
 嗚呼汝独立よ!
 噫(アヽ)王等よ、噫公(キミ)等よ、噫監督等よ、噫博士等よ、
 汝等は圧制家である。
 独り真理と偕(トモ)に在り、独り良心と偕に在り、独り神とに偕在り、
 独りキリストと偕に在りて、我は自由である。

たとえ世間的に無一物で<不義・不正・不実>で不純・不潔な私であっても、
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げれば掲げるほどに、<神助体得能力:霊能活気・自由意思・独立決起>は
<パワー・アップ&アップ・グレード>されて、【神の愛=主イエス&聖霊】の
<神助:祝福・恩恵>【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を体得することができて
<霊感:インスピレーション・直感・閃き><新思想><出遭い>に一切お任せの
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で活かされるおかげで、
<一日一生!日々新た>に老いて益々若き【青春:幼な心・青年の心】です!

●<神助>(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん。
⇔★天来の思想
 ★外来の友人
 ★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の事業を助けん。
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすを得べし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
 汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
●新思想とは;
 ★新鮮なる思想
 ★人に新希望を供する思想
 ★人に新生命を供する思想
 ★人に新計画を供する思想
 ★羽翼を張りて中天に翔(アガ}らんとする意欲を興す思想(内村鑑三)
●イエスと共にある者は;
 ◆青春の詩的理想を持続することができる
 ◆単純にして一貫せる生涯を完全に遂行できる
 ★平民の友★自由の主張者★理想の追求者 
 にしてその
 ★実行者★大革命家★大詩人★大預言者
●青年、壮者とは;
 常に不可能を計画する人
 常に大改革を望む人
 常に詩人的にして夢想する人
 常に利害にうとき人
 常に危険を感ぜざる人(内村鑑三)
●青春とは臆病さを退ける勇気、
 安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
 ときには、二〇歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。
 年を重ねただけで人は老いない。
 理想を失うとき初めて老いる(サミュエル・ウルマン)
●神の導きは、まことにかすかな、かつ微妙な多くの暗示から成り立っており
 人が即座にそれに聞き従うならば、非常におだやかな導きである。
 だが、すぐに従わなければ、警告はいくぶん厳しいものとなってくる(ヒルティ)
●私は思いをこらしつつ愛の息吹に耳をすまし、
 そのささやきをまことと知り、それを書き写すのみ、
 我が内より創るものはない(神曲・煉獄篇第24歌52節)
●クリスチャンは思想の人ではない。
 さらばとて、また実行の人でない。
 クリスチャンは聖霊の人である。
 聖霊によりて神の知恵と大能とを実得するを得し人である(内村鑑三)

皆さんが<神助体得能力:霊能活気・自由意思・独立決起>が与えられる事で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げる【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】を体得して
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】として活躍される事を心より応援します!

●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。
 私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)
●神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと
 共に働いて万事を益となるようにして下さる、ことを私たちは知っている
 (ロマ書8‐28)
●驚くべき導きの、神の側からみた目的と直接の狙いは
 我々を普通の卑近な意味で幸福にすることではない。
 むしろ、恐れを知らず、あらゆる良き行いをすすんでしようとする人、
 一言でいえば、英雄的な人にするためである(ヒルティ)
●<日本国とキリスト>(内村鑑三)
 日本国はキリストを要す。
 彼によるにあらざれば、その家庭を潔むるあたわず。
 日本国はキリストを要す。
 彼によらずして、その愛国心は高尚なるあたわず。
 キリストによりてのみ、真正の自由と独立とあり。
 そは彼は霊魂に自由を与うる者なればなり。
 キリストによらずして、大美術と大文学とあるなし。
 そは彼は人類の理想なればなり。
 キリスト降世二千年後の今日、
 吾人は彼によらざる真正の文明なるものを思惟するあたわず。
 (1901年5月『聖書之研究』)(信7/212)
●<自由独立>(内村鑑三)
 われは政府のものにあらず、
 また教会のものにあらず、
 また会社のものにあらず、
 もちろん自己のものにあらず、神のものなり。
 ゆえに神に使わるべき者にして、人に役(つか)わるべき者にあらざるなり。
 われ神の忠実なる僕たらんと欲して
 自由独立の人たらざらんと欲するもえざるなり。
●人が自分と一つになり、内において単純になるにつれ、
 彼はいよいよ苦労なしに多くのさらに高いことを悟るようになる
 (トマス・ア・ケンピス)
●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
 あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である(ジェームズ・アレン)
●決して自分の夢を人に奪われてはならない。
 心に描いたものが何であれ自分の心に素直に従って生きてほしい
(ジャック・キャンフィールド)
●誠実、心の真のありのまま、これ常にいかに貴いかな。
 実際に自己の心の中に存することを語る者は、
 その方法のいかに拙劣なるも、必ず彼に聴かんと欲する人あるべし
(カーライル)
●ひとが本当に神を信じ、それが単に口先だけのことでないなら、
 唯物論的世界秩序においては、ただ不可能としか思えない多くの事が
 当然のことになってくる(ヒルティ)
●私たちの生きた祈りと賛美が少しでもあるなら、
 神様は千里の道をかけてでも私たちに会いに来てくださるだろう
(アーロンド)
●キリストをあなたがもっていれば、あなたはもう裕かであり、
 不足を覚える事がないのだ。
 彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
 人に望みをかける必要のないよう、
 万事につけての忠実な世話役となるであろう。
 まことに人間は直ぐに変ってゆき、
 たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
 キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、
 終りに至るまで確固として守護される(トマス・ア・ケンピス)
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、
 かくて自己は死して、神、我にありて生きるに及んで、
 我は真個の勇者となる。
●<世界最大の者>(内村鑑三)
 知識をもって腕力に克つべし
 信仰をもって知識に克つべし
 愛をもって信仰に克つべし
 愛は進化の終局なり、最大の能力なり
 愛に達して我らは世界最大の者となるなり。

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年2月11日に作成した<第626回>に加筆】
◇◇<約束の地>【ビジョン】への挑戦に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

【神の愛=主イエス】は<約束:旧約・新約>を守ると【聖書・真理の御言葉】で
完全保証しています。

●見よ、私はあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、
 私はあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
 私は、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない(創世記28-5)
●約束なさった通り、その民イスラエルに安住の地を与えて下さった主は
 たたえられますように。その僕モーセによって告げられた主の恵みの御言葉は、
 一つとしてむなしいものはなかった(列王紀略上8-56)

私達の抱く<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】にも【神の愛=主イエス】の
【御心:聖意・聖旨】【聖書観・真理の御言葉】を見出せたなら、具現化する事が
保証されるので、世間体・此の世の常識に反しても、誰が否定・批判しようとも、
たとえ孤立しても各自に託された【ミッション:大義・使命・天職】を自覚して
<人生の旗印>として高く掲げて安心して喜び感謝して勇進し続けられます!

●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
 我が命じ遺(オク)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。
 それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、
 食べる人には糧を与える。
 そのように、私の口から出る私の言葉もむなしくは、私のもとに戻らない。
 それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす
(イザヤ書55-10~11)
●私は確信しているが、神の語られる事はみな成就し、
 神の言葉は一つとして無駄になることはない(トピト記14-4)
●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三)

私達が【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】に従って
【神の愛=主イエス】に託された<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】として
<約束の地・具現化>を目指し走り抜くために<競技規定・心構え>が有ります。

●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない
 (テモテ後書2-5)
●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
 一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
 私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
 信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
 走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、
 キリスト・イエスにおいて上に召して下さる
 神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●あなた方は知らないのか、競技場で走る者は、みな走りはするが、
 賞を得る者はひとりである。あなた方も賞を得るように走りなさい
 (コリント前書9‐24)

<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠><患難辛苦>の試練に対して
世俗的<忍耐・辛抱・我慢>が必要ですが【神の愛=主イエス&聖霊】と一緒なら
<召命>への【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】に招待される
<神助:祝福・恩恵>を体感できる<優耐・望耐・歓耐>となります!

●あなた方が神の御心を行なって、
 約束のものを手に入れるために必要なものは忍耐である(ヘブル書10-36)
●試練を耐え忍ぶ者は幸いなり。その人は適格者と認められ、
 神を愛する人々に約束された命の冠をいただく(ヤコブ書1‐12)
●忍耐といえば、ふつうつらいことと思われている、
 我慢することと思われている。
 キリスト信者の忍耐とはそんなものではない。
 キリスト信者の忍耐とは、優(ゆう)に耐(た)えるということである。
 すなわち神によって、希望をもって、歓(よろこ)びつつ、
 何の苦をも感ずることなく、耐うるということである(内村鑑三)
●あなた方が知っているとおり、私たちは、父親がその子供に対するように、
 あなた方一人一人に呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、
 慰め、強く勧めたのでした。
 御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなた方を招いておられます
(テサロニケ前書2-11~12)
●<患難とその結果>(内村鑑三:ロマ書5‐3)
 患難によりて壊(コボ)たれ、忍耐によりて支え
 練達(実行)によりて再築し、美わしき義の実を結ぶに至る。
 練達は希望を生ず。
●患難は忍耐を生み、
 忍耐は練達(練られた品性)を生み出し、
 練達は希望を生み出す(ロマ書5-3~4)
●苦難は忍耐を生み、
 忍耐は試練にみがかれた徳を生み、
 その徳は希望を生み出す(ロマ書5-3~4)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
 他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる(ヒルティ)
●あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通して
 あなた方を永遠の栄光へ招き入れて下さったあふるる恵みの神御自身が、
 しばらくの苦しみの後、あなたがたを癒し、完全な者とし、
 強め、力づけ、堅く立たせ、揺らぐことがない不動の者にしてくださる
(ペテロ前書5-10)
●彼らは涙の谷を過ぐれども、そこを多くの泉あるところとなす。
初めの雨は多くの祝福にておおわれる(詩篇84‐6)
●あなた方はキリストのためにただ彼を信じることだけでなく、
彼のために苦しむことも賜っている(ピリピ書1‐29)
●命と信心とにかかわるすべてのことは、主イエスの神聖の力によって、
私たちに与えられている。それは、御自身の栄光と力ある業と徳とによって
私たちを召し出してくださった主イエスを認識させることによる
(ペテロ後書1ー3)

<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を死守するために
私には世俗的価値である<忍耐・辛抱・我慢>など全く持ち合わせていませんが、
その代わりに【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のおかげで
<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の意気に
導いてくれる<優耐・望耐・歓耐>が<一日一生!日々新た>に注がれています!

●希望はわたしたちを欺くことがなく失望に終わらせない。
 わたしたちに与えられた聖霊によって、
 神の愛が私たちの心に注がれているからである(ロマ書5-5)
●あなたの顔を光に向けていなさい。
 そうすれば影は見えません。
 いつも真理に目を向けていなさい。
 そうすれば、あなたの心から不安、心配は消えるでしょう(ヘレン・ケラー)
●あなた方が、弱り果てて心が元気を失い、疲れ果ててしまわないように、
 あなた方は、御自分に対する罪人たちの反抗を
 耐え忍ばれた主イエスのことを考えなさい(ヘブル書12-3)
●これまでに書かれた事がらは、すべて私たちを教え導くためのものである。
 それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みを抱かせるためである。
 どうか忍耐と励ましと慰めの源である神が、
 あなた方に、キリスト・イエスにならって互いに同じ思いを抱かせ、
 心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神を
 ほめたたえあがめさせて下さるように(ロマ書15-4~6)
●希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とで
 あなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせて下さる
 (ロマ書15-13)
●<無限と希望>(内村鑑三)
 神の愛は無限なり、かれの時もまた無限なり。
 無限の愛を行うに、無限の時をもってす
 いかなる善事をか成し得ざらんや。
 われらはわれらの救拯(すくい)について失望すべからざるなり。

皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】に生きる事で
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】として<約束の地・具現化>が
保証された<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を見出し
<人生の旗印>に掲げる<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に
<召命>された<福音の戦士>【福音の勢力】に決起して<約束の地・具現化>に
挑む<不屈の楽観・楽天主義>【パッション:受難覚悟の情熱・熱血・気迫】の
<優耐・望耐・歓耐>で突っ走り戦い抜く活躍を心より応援しています!

●努力の歩みをとどめ、挑戦をとどめてしまう事は、なんとつまらないことか!
 わが人生を磨きもせずに錆びつかせ、戦いもせずに光を失ってしまうことは、
 なんとつまらないことか!(テニソン)
●一事必ず成さんと思わば、
 他の事を破るるもいたむべからず、
 人の嘲りをも恥ずべからず。
 万事にかえずしては、一大事は成るべからず(吉田兼好)
●自分らしく生きよ!そして勇気を持て!
 きみは、勇敢に、見事に、未来への第一歩を踏み出したのだ(ユーゴ)
●止まることなく、前へと進まねばならない。
 決して、労苦に負け、沈黙して止まってはならない。
 君が、完成へと到達したいならば(シラー)
●『自分には、これはできない』という言い方は誤りである。
 『今までは、これが出来なかった』と言うべきである。
 この現在の一瞬、私がやりたいと思うことは全部できるのだということを、
 私はまぎれもなく知っている(トルストイ)
●天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、
 苦悩する者のために戦う者のことだ(ナイチンゲール)
●愛は平和ではない。愛は戦いである。武器の代わりが誠実であるだけで、
 それは地上における最も激しい、厳しい、
 自らを捨ててかからねばならぬ戦いである(ネール)
●本当の人間の価値は、すべてがうまくいって満足しているときではなく、
 試練に立ち向かい、困難と戦っているときにわかるものだ(キング牧師)
●賞賛に値するのは、実際に行動した人物であり、汗と血でまみれ、勇敢に戦い、
 何度も間違いを犯して成功にまで手が届かなかった人物であり、
 熱意をもって身を捧げ、有意義な目標に向かって全精力を使い、
 たとえ失敗したとはいえ果敢に挑戦した人物である。
 その人物は、勝利も敗北も知らない臆病者たちとは一線を画している
 (セオドア・ルーズベルト)
●喜びとは、勝利それ自体にではなく、途中の戦い、努力、苦闘の中にある
(ガンジー)
●一度も戦わないよりは、戦って負けるほうがはるかによい(アーサー・クラフ)
●私が学んだことは、変化を起こすには、
 恐れずに、最初の一歩を踏み出すということです。
 そうでなければ、変化を起こすことは、できません。
 思うに、ただ一つの失敗というのは、挑戦してみようとしないことです
(ローザ・パークス)
●「つらい!」と言うのか。そんなことは 百も承知している。
 しかし、前進せよ。
 素晴らしい報酬を受けるのは、勇敢に戦った人だけなのだ
(聖ホセマリア・エスクリバー)
●人生の幸福は困難に出合う事が少ないとか、
 全くないとかいう事にあるのではなく、
 むしろあらゆる困難と戦って輝かしい勝利をおさめることにある(ヒルティ)
●なぜあなたは、自分が企てたことを実行するのを延期しようとするのか。
 立ちなさい。今すぐ始めなさい。そうしてこう宣言しなさい。
 今こそ実行の時、今こそ戦いの時、今こそ自分自身を改めるよき時、と。
 不幸と試練の日こそ、自己を際立たせる機会なのである(トマス・ア・ケンピス)
●弱気になってはならない。恐れてはならない。うろたえてはならない。
 彼らのことでおじけてはならない。
 共に行って、あなた方のために、あなた方の敵と戦い、
 勝利を得させてくださるのは、あなた方の神、主である
(申命記20-3~4)
●あなた方は自分の確信を放棄してはいけない。
 この確信には大きな報いがあります。
 あなた方が神の御心を行って
 約束されたものを受けるために必要なのは忍耐です。
「もうしばらくすれば、来るべき方がお見えになる。遅くなることはない。
 私に属する義人は信仰によって活きる。
 もし恐れ退いて、ひるむようなことがあれば、
 その者は私の心に適わない。」
 しかし、私たちは、恐れひるんで滅びる者ではなく、
 信仰によって命を確保する者です(ヘブル書10-35~39)
●まことに主よ、あなたは私のともし火、我が神は私の闇を照らされる
 あなたによって、私は敵の軍勢を襲い滅びし、我が神によって、城壁を越える。
 我が神、その道は完全。主の御言葉は純粋で、約束は真実である。
 主の御もとに身を避ける全ての者の、主は盾となってくださる。
 主の他に神はない。神の他に我らの岩はない。
 我が神こそ、私の力強い堅固な砦、避け所である。
 私の道を完全に探り出される
 主は私の足を雌鹿のように速くし、高い所に安全に立たせる
 (サムエル後書22-29~34)
●あなた方は、光に照らされて後、
 苦難に会いながら激しい戦いに耐えた初めのころを、
 思い起こしなさい。
 人々の目の前で、そしりと苦しみとを受けた者もあれば、
 このようなめにあった人々の仲間になった者もありました。
 あなた方は、捕えられている人々を思いやり、また、もっとすぐれた、
 いつまでも残る財産を持っていることを知っていたので、
 自分の財産が奪われても、喜んで忍びました(ヘブル書10-32~34)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年1月20日に作成した<第625回>に加筆】
◇◇<顧客のプロ化>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
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【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

日本ではプレゼンテーション能力や自己意見を主張して説得できる能力こそが、
これからのリーダーシップに求められ、世界に打ち勝つグローバル人財の要件と
言われています。

何故なら、世界で活躍する欧米人がそのような能力やスキルを持っているからだと
思います。

以前の私もそのように感じて、プレゼン能力や説得手法などを学ぼうとしました。
しかし、最近になって感じることは、「顧客:聞き役・受け手」側の態度こそが
重要であるという事です。

黒人ジャズ・ミュージシャンの多くは、幼年時代に教会内で演奏することによって
自由で個性豊かな音楽性を体得したそうです。教会に集まる信者<顧客:聴衆>は
アットホームに包み込んで、ミスを恐れて緊張することなく楽しく演奏できたので
【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮できるのです。

10年以上前にNHKで加山雄三氏がアメリカを旅するドキュメント番組がありました。
彼は初めて黒人系教会の集会に飛び入り参加して自分の歌と演奏を披露しました。
彼はそれまでの半世紀以上に及ぶ何千という演奏では一度も味わえなかったような
<顧客:観衆・受け手>との一体感による心地良さを体験できた!と演奏直後に
興奮して語ってくれました。まさに<心を一つ思いを一つ>になったからですね。

●キリストの名によって、あなた方勧める。みな語ることを一つにし、
 お互いの間に分争がないようにし、同じ心、同じ思いになって、
 堅く結び合って欲しい (コリント第1書1-10)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって
 私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)

世界で活躍するバイオリニスト五島みどりさんの弟、龍さんは10代前半の頃から
バイオリニストで活躍して成長してゆく姿がテレビで紹介されてきました。

米国NYで生活している彼が盛大な在米日本人向けのディナー・パーティーで
演奏することになります。テレビではそのリハーサルから本番までを放映しました。

彼はホテル会場での音色感触を事前に知りたくて、リハーサルすることを求めます。
10歳前後でも演奏家として素晴らしい演奏をしたい!という【想念・ビジョン】を
抱く【プロ意識】に満ちています。

会場では数十名の給仕がテーブル・セットのために忙しく走りまわっていました。
給仕の姿には会場オープンまで時間に余裕がない緊張感が充分に感じられました。
バイオリニストは迷惑をかけまいとして静かにステージに立って演奏を始めます。

彼が音色を探ろうとリハーサル演奏を始めると、感動的な出来事が起きました!
それまで急がしそうにガチャガチャと食器を鳴らして走りまわっていた給仕全員が
誰に命じられるわけでもなく、ピタッと手を休めて、演奏者の演奏を静かに暖かく
見守っているのです。

彼にとって本番さながらの静寂な環境なので本当に観衆に向け演奏しているのと
同じ体験であったに違いありません。満足して演奏を終えると、その会場にいた
給仕や裏方や関係者全員が、心を一つの拍手喝采によって彼のリハーサル演奏を
心から讃美してくくれました。

きっと本番目前の主役にとって、それは勇気と励ましと自信になった事は確かです。
そこは、それぞれの任務に応じた【プロ意識】から互いを尊重し合う【独立人】が
集まる教会であり、<心を一つ思いを一つ>にした【愛の演奏会】でした!

●真個の聖徒の交際は独立人の交際なり(内村鑑三)

「ディナー・ショー」という一つの【目的】に向かって、各分野のプロが結集した
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】がそこには存在していました。

ところで、本番演奏は顧客が食事をしながらの会話とガチャガチャという騒音で
演奏の音が打ち消されるような状況でした。

オリンピックが開催されるなら、なおさら<顧客のプロ化>が急務だと感じます。
大リーグ野球では、敵味方関係なく、ピッチャーが投げてバッターが打つまでは
球場全体が「しーん」としています。一方日本の野球は応援に夢中の大騒音の中で
真剣勝負をしなくてはなりません。

テニスプレーヤーの伊達公子さんが日本で試合中に、ミスをする度、観衆が一斉に
「あー」と溜息を連発するので、試合途中に怒って「シャラップ!」と叫んだ事が
報道されたことも有りました。

私もそうですが、海外ミュージシャンの演奏を聞く時には、途中で「手拍子」を
しがちですが、これもリズム的に迷惑だと聞いたことが有ります。そういえば、
紅白歌合戦初出場の泉谷しげる氏も観客の「手拍子」を禁じましたね。

私達の良かれと思う習慣が実は<パフォーマー・主役>のプレゼンや演技・演奏の
最善発揮を邪魔している危険があるのでは無いでしょうか。

私の定義する「プロフェショナル」とは
「自分は【隣人・社会】に何か与えるものが有るという確信」であると考えます。

<顧客:受け手>は<主役>の抱く<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】や
【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮する<条件・時空間>を与える事が
責務であり、それが<顧客のプロ化>だと考えます。

たとえば、SNSの世界では「イイネ」ボタンが常識・ネットマナーになっています。
まさに<心を一つ思いを一つ>にする<顧客のプロ化>の具体例であると感じます。

ようするに、<顧客のプロ化>の根本精神は【神の愛=主イエス】の命じられた
<ゴールデン・ルール・黄金律>に通じると私は体感しています。

●<黄金律>(マタイ伝7‐12)
 すべて人に為(セ)られんと欲(オモ)うことは、神が汝等に為し給うごとくに、
 汝等もまた人にもそのごとくせよ
●人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい。
●人に与えよ、さらば汝らも与えられん(ルカ伝6-38)
●与えるは受けるより幸いなり(使徒行伝20‐35)
●何を与えるかというよりも大切なのは、どう与えるかということだ(ゲーテ)
●各自は惜しむ心からではなく、また、強いられてでもなく、
 自ら心で決めた通りになすべきである。
 神は喜んで施す人を愛して下さるのである(コリント後書9‐7)
●誰でも自分の益を求めないで、他の人の益を求めるべきである
 (コリント前書10-24)
●何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって、
 互いに人を自分よりすぐれた者としなさい。
 おのおの、自分のことばかりでなく、
 他人のことも考えなさい。
 キリストイエスにあって、抱いているのと同じ思いを、
 あなた方の間でも互いに生かしなさい(ピりピ書2-3~5)
●自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい
 (マタイ伝22‐39、マルコ伝12‐31、ルカ伝10‐27)

以前メルマガで紹介の「カバの郵便配達人」で世界を飛び回り宣教に活躍する
日系米国人のジョセフ・オザワ牧師は夢の中で明確な【ビジョン】を見たそうです。

夢で見た世界は、まさに【神の前】に独りだけ立たされている状況だったそうです。
オザワ牧師は本当の神様であるなら、先ずは謝ることからを始めるべきだと思って、
心に思いつく「罪・間違い」を告白し始めます。

「ああ、神様、私は十分に祈っていませんでした。」と神様に謝罪申し上げると、
「それは、とても大切な事だが、一番大切な事ではありませんよ」と声がします。

そこで今度は自分勝手さや、時々我がままになる自分の性分を自戒して謝罪します。
しかし「それも大切だが、一番大切な事ではありません」と【神の声】がします。

さらにオザワ牧師は考えつく限りの【罪】を告白し懸命になって謝罪したそうです。
それでも「それらはとても大切だけれども、でも一番大切な事ではありません。」

そこで、オザワ牧師は困り果てて神様に質問します。

「それでは神様は一体何をお望みなのでしょうか?」

「あなたが<最後の時(最後の審判)>で、私の前に立った時に、
 私はあなたに一つだけ質問をします。それは;

 『あなたは私の愛を受け入れることを学びましたか?』
 Did you learn to receive God's love?

そうです!【神の愛=主イエス】からの【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を
与えられる<顧客:受け手>である私たちは<顧客のプロ化>を学ぶことが
最も大切であり、私たちの各自に届けられる【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に満ち溢れた【御心:聖意・聖旨】を見出し
<最愛の我が子・我が分身><本分・本領>として死守する事だと確信します!

●人は自己を失わなければ、どんな生活を営んでもよい。
 自分の本領に留まるなら、一切を失ってもかまわない(ゲーテ)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●我々の願望と言うものは、我々のうちにひそかにひそむ能力の予感であり、
 我々がなし遂げ得るであろうことの先触れである(ゲーテ)
●運の良い人々とは、強い信念を維持し、数々の犠牲を払い、
 粘り強い努力を続けてきた人々である。
 あらゆる成功が仕上げられた思考であり、
 達成された目標であり、現実化されたビジョンである(ジェームズアレン)
●全ての守るべき物よりもまさりて、汝の心を守れ、
 そは生命の流れこれより出づればなり
 力の限り見張って、あなたの心を見守れ。命の泉はこれから沸くから
(箴言4‐23)
●知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ
 (箴言4-6)
●父は私に教えて言った。
 「私の言葉を心に留め、私の命令を守って、命を得よ、生きよ。
  知恵を得よ。悟りを得よ。忘れてはならない。
  私の口の授けた言葉からそれてはならない。
  知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ。
  知恵の初めはこれである。知恵の初めに知恵を得よ。
  あなたがこれまで得たものすべてに代えても、悟りを得よ。
  それを尊べ。そうすれば、それはあなたを高めてくれる。
  それを抱きしめると、それはあなたに名誉を与え尊くする。
  それはあなたの頭に麗しい花輪飾りを与え、光栄の冠をあなたに授けよう。」
 (箴言4-4~9)

皆さんが【神の愛=主イエス】に与えられた【ミッション:大義・使命・天職】を
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】に啓示されている
【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】に見出して体得実践できるような
<顧客のプロ化>となって<福音の戦士>【福音の勢力】として活躍される事を
心より応援しています!

●願わくは、あなたの僕への御言葉を思い出し給え。
 あなたは私がその御言葉を待ち望むようになさいました。
 これこそ悩みのときの私の慰め、まことに御言葉は私を生かします
(詩篇119-49~50)
●人の心には多くの計画がある。されど主の御旨のみ堅く立つべし(箴言19-21)
●あなた方はこの世に調子を合わせ妥協してはならない。
 むしろ、何が神の御心であるか、何が善いことで、
 神に受け入れられ神に喜ばれ、
 完全であるのかをわきまえ知るために、
 心の一新によって自分を造り変えなさい(ロマ書12-2)
●主は私に仰せられた。
 「あなたの見るとおりだ。私は、私の言葉を成し遂げようと見張っている」
 (エレミヤ記1-12)
●主は人の一歩一歩を定め、主は御旨にかなう道を備え、その行く道を喜ばれる。
 人は倒れても、まっさかさまに倒されはしない。
 全く打ち捨てられる事もない。
 主がその手を助け支えられるからである。
 若い時にも老いた今も、私は見ていない。
 主に従う人が捨てられ、あるいはその子孫が食物を請い歩くのを見た事がない。
(詩篇37-23~25)
●信仰の戦いを勇敢に立派に戦い抜き、永遠のいのちを獲得しなさい。
 あなたは、命を得るために、神から召され、また、多くの証人たちの前で
 信仰を表明(告白)したのである(テモテ前書6-12)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2014年1月1日に作成した<第624回>に加筆】
◇◇<御国:永遠の命・来世・天国>の希望に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★★新年あけましておめでとうございます!
   2014年が飛躍の<善き年>になるよう祈念いたします!★★★

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
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【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

明日の存在は認めても、死後に迎える<御国:永遠の命・来世・天国>について
無関心だったり、此の世だけで満足で、存在すら無用な人も多いように感じます。
きっとそのような人々は「幸福な人生」を送っているからだと思います。

一方、私にとっては<御国:永遠の命・来世・天国>は絶対不可欠な存在です!
私の無慈悲・無能無力・無責任ゆえに、多くのペットや動植物を死なせることや
助けるべきなのに見て見ぬふりをして見殺しにしたことも何度もあります。
私の犠牲になった彼らが此の世限りの生涯である事は、私には痛恨の極みであり、
【神の愛=主イエス】が存在するので不条理な此の世限りのはずはなく、絶対に
<御国:永遠の命・来世・天国>があると確信できます!

●これらの小さい者の一人が滅びる事は天に在ますあなた方の父の御心ではない
 (マタイ伝18‐14)
●神はその独り子を賜うほどに此の世を愛して下さった。
 それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
(ヨハネ伝3-16)
●我が父の愛は無限なり、彼は我の滅びることを欲(ねが)い給わず、
 彼は我につきて永久に絶望し給わず、
 ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
 彼の無限の愛を信じてはばからずして今日起ちて彼に往かん
 (内村鑑三:ルカ伝15‐18・放蕩息子の帰郷)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
 たとい彼等が忘れるようなことがあっても、私(主)はあなたを忘れる事はない
 (イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
「Very Important Person in God's Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)

私の都合でなくとも、世界中で不条理・不業な<死・破滅>を遂げた万事万物は、
失われること無く<御国:永遠の命・来世・天国>に先立ったと確信します!

●私は復活<よみがえり>であり、命である。私を信じる者は死んでも生きる
 (ヨハネ書11‐25)
●死は人生の終末ではない。生涯の完成である(ルター)
●生活の目的は自己完成にあり、そして不死の霊の完成は人生の唯一の目的である(トルストイ)
●世の中には生きながら 心の死んでいる者がいる
 その身は滅んでも魂の存する者もいる(吉田松陰)
●死はむしろ新しい、より偉大な活動のはじまりであろう(ヒルティ)
●いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
 いやしくも弱気を発してはいけない。
 たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ
 (坂本竜馬)
●死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし
 生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし(吉田松陰)
●ときには、死について考えてみないわけにいかない。
 死を考えても、私は泰然自若としていられる。
 なぜなら、われわれの精神は、
 絶対に滅びることのない存在であり、
 永遠から永遠にむかって
 たえず活動していくものだとかたく確信しているからだ。
 それは、太陽と似ており、
 太陽も、地上にいるわれわれの目には、
 沈んでいくように見えても、
 実は、けっして沈むことなく、
 いつも輝きつづけているのだからね(ゲーテ)
●死はそれほど恐れることではない。むしろ不十分な生き方を恐れなさい
(ベルトルト・ブレヒト)
●明日死ぬつもりで生きなさい。永遠に生きるつもりで学びなさい(ガンジー)
●神を敬う心は、人間の死とともに減びず。
 人間の生死にかかわりなく、それは不減なり(ソフォクレス)
●私(主イエス)はよみがえりであり、命である。
 私を信じる者は、たとい死んでも生きる(ヨハネ伝11-25)
●彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている(ヘブル書11‐4)
●不死不減はキリスト教の栄光ある発見である(チャニング)
●<わが唯一の武器>(内村鑑三)
「万軍のエホバ宣べ給う、権勢によらず、能力によらず、我が霊によるなり
(セカリヤ書4-6)」と。
 政権によらず、武力によらず、ただ神の霊による。
 教会によらず、神学によらず、ただ神の聖霊による。
 我が武器はただこれのみ。
 我はこれによりて己に勝ち、世に勝ち、ついに死に勝たんと欲す。

新年始めに素晴らしい【福音:来世の希望】をご紹介します!
【聖書・真理の御言葉】の霊的解釈によって、私たちの生涯は胎児を1段階として
【神の愛=主イエス】が復活して新天新地誕生までに7段階も有るのです!

詳細を知りたい方は、転載禁止・著作権侵害と指摘されたので、以下のブログをご参照下さい!

http://blogs.yahoo.co.jp/cforum2000/53953920.html

考えてみて下さい。神の似姿に造られた私たち人間が此の世の何も知らないままに
死ぬなんてあり得ません!そうです!私たちは胎児の時のように、死後の世界は、
此の世にあっては実態を想像できません。死後の世界の出来事が楽しみです!
自分勝手な自殺が禁じられるのは、<御国:永遠の命・来世・天国>に旅立つ為に
与えられた「天寿・天命」より早めに死んでしまうと早産・未熟児の危険があり、
死後の世界で苦労しなくてはならないからだと私は霊的解釈しています。

皆さんが今も将来もどんなに過酷な患難辛苦に直面して死にたくなっても大丈夫!
たとえ身近な<愛する万事万物:人間・動植物・無機物・想念>が死滅しようとも
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】は<最高!最善!最美!>に導いて
私たち被造物の理解を越えて、時にかなって<御国:永遠の命・来世・天国>へと
結びつけてくれます!

●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
 植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
 殺すのに時があり、癒すのに時がある。
 崩すのに時があり、建てるのに時がある。
 泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
 嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
●神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
 神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた(伝道の書3-11)
●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
 天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三)
●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
 私の道はあなた方の道と異なる。
天の地よりも高いように、
 私の道はあなた方の道より高く、
 私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●私(主)がしていることは、今あなたにはわからないが、
 あとでわかるようになるであろう(ヨハネ伝13‐7)
●かつて書かれた事柄は、すべて私たちを教え導くためのものです。
 それで私たちは、聖書から忍耐と慰めを学んで
 希望を持ち続けることができるのです(ロマ書15-4)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによってキリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
 切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する 
(ピリピ書1-20~21)
●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。
 <最も大切なことは、自分の使命、すなわち主イエスが私にお与えになった
  働きを全うすることです>(使徒行伝20-24)

今日現在の私の霊的解釈では胎児にとって「手足」は不自由で不便でも、誕生後に
重要な機能として事前に与えられたように、私たちが死後の世界に旅立つためにも
此の世では最重要に思われないものでも、死後の世界で必要不可欠なものとして
<最愛の我が子・我が分身>となる<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
あると実感しています。

皆さんが新年を迎えて、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】に通じる
<想念>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<最愛の我が子・我が分身>として
掲げて【ビジョン:理想・夢念・大志】重視の処世訓である【山上の垂訓】を胸に
2014年を【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の心意気で
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を駆け抜ける活躍を心より
応援しています!

●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、
また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか
 (ヘブル書12‐1~2)
●【山上の垂訓:神の国の福音・天国の道徳】
(マタイ伝5‐2~12、ルカ伝6‐20~23)
◆心に貧しき者は福(サイワイ)なり、天国は即ちその人の有(モノ)なればなり。
◆哀しむ者は福なり、その人は安慰(ナグサメ)を得(ウ)べければなり。
◆柔和なる者は福なり、その人は地を嗣(ツ)ぐことを得べければなり。
◆飢え渇くごとく義を慕う者は福なり、その人は飽くことを得べければなり。
◆あわれみある者は福なり、あわれみを得べければなり。
◆心の清き者は福なり、その人は神をみることを得べければなり。
◆和平(ヤワラギ)を求むる者は福なり、
 その人は神の子と称(トナ)えらるべければなり。
◆義(タダシ)きことの為に責められる者は福なり、
 天国は即ちその人の有なればなり。
●「死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし
 生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし」
●われらは天職を終了(オワル)までは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●「私は30歳。四季はすでに備われており、花を咲かせ、実をつけているはず
 である。それが単なるもみ殻なのか、成熟した粟の実であるのかは、私の
 知るところではない。もし同志の諸君の中に私のささやかな真心を憐れみ
 受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種が絶えずに、
 穀物が年々実っていくのと同じである」
●誠に実に汝等に告げん、一粒の麦も地に落ちて死なずば、ただ一つにて残らん。
 もし死なば多くの実を結ぶべし(ヨハネ伝12-24)
●見えるものは一時的であって、見えないものは永遠に続く(コリント後書4‐18) 

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)