【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -17ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>



【2015年1月16日に作成した<第643回>に加筆】
◇◇【ビジョン:理想・夢念・大志】で<天性>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

ご存知のように新年早々にフランスで起きたテロ事件では「言論の自由」侵害に
世界中で抗議デモに決起する反応を示しました。

そもそもフランス新聞社による何年にも渡る挑発的「冒涜風刺画」が原因なので
社会の多数派は風刺画作成行為自体を百パーセント賛同してしいないはずです。

しかし愚行といえど発言者の「言論の自由」を守る為に抗議するという考え方が
欧米民主主義の基本原理という、以前紹介した大橋巨泉氏の発言を思い出します。

●俺はお前の意見を100パーセント受入れることはできない。
 しかし、もしその意見を言いたいならば、
 お前が意見を言えるようにするためには
 命をかけて守ってやるよ。
●私は君の意見には反対だが、 君がそれを言う自由<権利>は命をかけて守る
 (ボルテール)

さて、本来の【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】の観点で両者の行為を
私が評価するならば、「言論の自由」の確固たる信念で風刺画を継続することも
自爆的テロ行為にも、【神の愛の力=隣人愛】がなければ無に等しく無益です。

●あらゆる奥義と知識に通じていても、山をも移す強い信仰があっても、
 もし、愛がなければ無に等しい。
 自分の全財産を人に施しても、自分の体を焼かれるために渡しても、
 もし、愛がなければ、一切は無益である(コリント前書13-1~2)

【神の愛=主イエス】が喜ばれ【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】が具現化される
【真の自由】とは、たとえ世間体や世間的常識に反し、批判の恐れがあろうとも、
内なる声の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に<忠義・忠信・忠誠>あるのみ!
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を人生最優先できる
【真・善・美】実行力、善いもの善い!<Universal Absorbing Power>です!

●<どこに至るも真理を吸収する力:Universal Absorbing Power>(内村鑑三)
  ★すべて真実なこと、すべて敬い尊ぶべきこと、すべて正しき(公義な)こ と
  ⇔【宗教的真理】<真>
  ★すべて純真で清く潔いこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること
  ⇔【道徳的善行】<善>
  ★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、また徳といわれるもの、
  称賛に値する(耳に善き響きある)もの
  ⇔【審美的美事】<美>
 それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ)
 (ピリピ書4-8)
●自由は理想にあらず、境遇にあらず、能力である(内村鑑三)
●<真の自由>(内村鑑三)
 ◆真の自由は発意である    ⇔Unconditional(無境遇)
 ◆真の自由は正しき選択である ⇔霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道
 ◆真の自由は善き意志を行う能力である 
●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である
 何事をも為しうる状態又能力でなく,
 ある事を為さずしてある他のことを為す能力
 ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力  
●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)
●真の自由とは、自已のうえに万事をなしうることである
 [真の自由とは、すべてのことを己の基準でなしうることである]
 (モンテー二ュ)
●人間生活は意志の自由に基づいており、それに、神は自由な人間と、
 みずから進んで働く僕とを欲していられるからである(ヒルティ)
●<境遇と意志>(内村鑑三)
 人と天然とは外より働き、神は内より働き給う。
 前者は境遇を作り、後者は意志を作り給う。
 吾人が神に到るはかれに意志を強くせられんためなり、
 境遇に勝ちえて自ら新境遇を作らんためなり。
 人は神の子なり、境遇の奴隷にあらず。神に依りて境遇を無視し、
 これを破りて意志の自由を実行すべき者なり。
●自由は自ら己を治むるの意なり(内村鑑三)
●最も善きものは善き意志である。
 ゆえにこの善き意志より出でしものが真の善である(カント)

【真・善・美】実行能力の【真の自由】は私の<自力>だけでは全く無力ですが
【神の愛=主イエス】が<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれます!

●主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由がある
(コリント後書3‐17)
●真理はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●我が名を畏れ敬うあなた方には義の太陽が昇る。
 その翼には、癒しの力がある。
 牧場に放たれた牛舎の子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる
(マラキ書4-2)
●貧しい者に福音を宣(ノ)べ伝え
 霊的な囚人を釈放し
 霊的な盲人の目を開かせ
 虐げられ打ちひしがれた者に自由を得させる
(ルカ伝4-18、イザヤ書61-1)
●自由人にふさわしく行動しなさい。
 ただし、自由をば悪を行なう口実として用いず
 神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ前書2‐16)
●あなた方が召されたのは、実に自由を得るためである。
 ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい
 (ガラテヤ書5‐13)
●人はただ信仰によってのみ自由とされるのであって、
 いかなる意味においても
 行為の正しさによって自由を得るのではない(ルター)

日本のマスメディア・有識者の現代認識は「少子化・高齢化」「格差社会」で、
現代若者はバブル経験がなく、不景気で不自由な時代に生きているかのように
悲観的側面を強調しているように感じますが、【真の自由】を活かせる観点では
これほど豊かでチャンスに満ち溢れた時代は無かったと確信できます!

「生活のために働く」従来型の労働観では上場一流企業の正規社員の労働こそが、
勝ち組であり、急増する「非正規社員・パート労働」やニートは負け組でしょう。
しかし現代先進国世界では「楽しいことをして生活する」労働価値観が生まれ、
世間的常識や世間体より自己の<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>に従って
仕事を自由選択できる人生が【神の愛=主イエス】と共に働く労働価値観に通じ、
ワークライフバランスで活きる勝ち組です!

●様々な立場での労働観(内村鑑三)
 ◆社会学者  ⇔ 労働は賃金を得るための苦業なり
 ◆宗教学者  ⇔ 労働は心身の疲労なり、多くの休養をもってこれを
          償わざるべからず
 ◆キリスト者 ⇔ 労働は手をもって神の真理を実得することなり、
          直ちに神の宇宙に接することなり、
          神とともに働くことなり、
          ゆえに至高純美の快楽なり

米国では先ずは独立起業が目的であり、NPOや個人事業者<フリーランサー>が
人気であるのに、これまでの日本では自営業者はサラリーマンより少数派であり、
独立起業は危険が一杯のように思われてきました。

しかし、日本でもネット社会とSNSやクラウドワークスも普及し始めたお陰で
個人が独立起業リスクもなく【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮して
<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>の高い分野で活躍できる時代到来です!
まさに私でも誰でもがネット活用するだけで世界を舞台にアーティストになれて
自己の【真の自由】を行使できるジャーナリストにも作家にもなれます!

例えば、以前は映画監督にならなくては、自分の映像作品を世界に提供する事は
困難でしたが、動画サイトに投稿するだけで瞬時に世界中に配信できるのです。
自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】や【ビジョン:理想・夢念・大志】に
<忠義・忠信・忠誠>を尽くせる【真の自由】を行使できる現代社会を観たなら、
西郷隆盛も坂本龍馬も吉田松陰も羨ましく思い、きっと感動するでしょうね。

●道は天の道であり、地の道である。
 人の分はそれに従うことである。
 したがって、天を敬うことをもって人生の目的とすべし。
 天は我をも人をも等しき愛をもって愛する。
 したがっておのれ自身を愛する愛をもって、他人を愛すべし。
 人ではなくして、天を友とせよ。
 しかして天を友としつつ最善を尽くすべし。
 決して他人を責むるなかれ。
 ただ、自分が及ばぬ身である事を顧みるべし。」 
 (西郷隆盛)
●幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。その志を貫くためには、
 玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志をまげて瓦となってまで、
 生きながらえるのは恥とする(西郷隆盛)
 ★<玉>=価値あるもの[正義・名誉]⇔<瓦>=がらくた[生き甲斐の無い物]
●人間はただ生きるために生まれてくるのではなく、
 世のため、人のために、事を為すために生まれてくるのだ(坂本龍馬)
●世の中の人はなんとも言わば言え。わが為すことは我のみぞ知る(坂本竜馬)
●人間はただ生きるために生まれてくるのではなく、
 世のため、人のために、事を為すために生まれてくるのだ(坂本龍馬)
●いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
 いやしくも弱気を発してはいけない。
 たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ
 (坂本竜馬)
●世の中には生きながら 心の死んでいる者がいる
 その身は滅んでも魂の存する者もいる(吉田松陰)
●死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし
 生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし(吉田松陰)

私自身も現代若者の多くが既存企業社会で順応できなくても、心配ご無用です!
家族や世間から理解されなくても、ニートや閉じこもりの変わり者と扱われても
ニコ生やツイキャスの人気配信者のように、ブログやツイッター発信者のように
Q&Aサイトでの回答者のように、自分も家族も世間も気づかずに隠されていた
<天性>【タレント:個性・才能・可能性】が発揮されて、視聴者/リスナーも
現実社会では経験できないホンネや批判攻撃するネット行為によって、自我に
目覚める<天性>【タレント:個性・才能・可能性】覚醒が展開されています。

●人間にとって最も尊ぶべきことは、はっきり自覚した目的をもつことと決断、
 さらに実行である(ゲーテ)
●元始の精力をもって、さまたげられることなく、天真のままに語れよ
 (ホイットマン)(Nature without check,with original energy.)

米国ではハッカー犯罪者が国家防衛の適任者<ライトスタッフ>に任命されたり、
世間的評価以上に、先ず<天性>【タレント:個性・才能・可能性】そのものを
評価するのは、人間の視点でなく【神の愛=主イエス】の<視点>といえます。

●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり。
神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは、
 人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
 悪魔たるは、
 人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり。
 神は人の善性を喚起奨励して世を救い、
 悪魔は彼の悪性を刺戟増長して、ついにこれを亡ぼす。
 救済(すくい)といい、
 改良といい、
 善の奨励にほかならざるなり(内村鑑三)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
 (アウグスティヌス)
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
 何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、
 人間のものではないからである(ヒルティ)

<天性>【タレント:個性・才能・可能性】は【神の愛=主イエス】に託された
【賜物・無償ギフト・神恵】だからです!

●<7つの賜物>(ロマ書12-6~8)
①【預言】であれば信仰の程度に応じて預言をし
②【奉仕】であれば奉仕し
③【教える】ものであれば教え
④【勧める】ものであれば勧めさとし
⑤【寄附する】ものは惜しみなく寄附し施し
⑥【指導し治める】ものは熱心に心をつくし指導し治め
⑦【あわれみ慈善をする】もの喜び快くあわれみ慈善をすべし
●ある人には奇蹟を行なう力、
 ある人には預言、
 ある人には霊を見分ける力、
 ある人には異言、
 ある人には異言を解き明かす力が与えられています
 (コリント前書12-10)
●神は教会の中で人々を次のように任命されました。
 すなわち、
 第一に使徒、
 次に預言者、
 次に教師、
 奇蹟を行なう者、
 いやしの賜物を持つ者、
 助ける者、
 管理し治める者、
 異言を語る者などです(コリント前書12-28)

<天性>【タレント:個性・才能・可能性】は運命的に定められたものではなく、
【御心:聖意・聖旨】にかなう【ビジョン:理想・夢念・大志】具現化の為には
<パワー・アップ&アップ・グレード>されることも約束されています!

●あなた方は、さらに大いなる賜物を得ようと熱心に努めなさい。
 そこで、私は最もすぐれた道をあなた方に示そう(コリント前書12-31)

以前紹介しましたが、私の大好きな映画に「ブルース・ブラザース」があります。
まさに世間的に落ちこぼれでアウトローの主人公が【真の自由】を行使できる
【ビジョン:理想・夢念・大志】と【ミッション:大義・使命・天職】に目覚め
<天性>【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮できる<音楽>を武器に
<不死身!不滅!不退転!>の大活躍をし続けるミュージカル・コメディですが、
彼らの<生き様・死に様>こそが、<神愛道:神の国・神の義>に目覚め決起し、
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】具現化の為に<忠義・忠信・忠誠>を尽くす
<福音の戦士>【福音の勢力】【愛と自由の戦士:神の僕・光の子】です!

●人はその職を終了(オワ)るまでは不滅なるがごとし(リビングストン)
●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
 (これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
 衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●キリスト信者たる栄誉の一つは、弱き取るに足らざるこの身をもってして、
 なお大望を抱いてその一部分を遂行し得るにあり(内村鑑三)
●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)

【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の一切お任せ人生で
皆さんが<天性>【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮できるために
世間体・世間的常識より<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>を大切にして
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従って【真の自由】を行使できるように 
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げる<福音の戦士>【福音の勢力】【愛と自由の戦士・光の子】に決起して
【救国:精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
大活躍されることを心より応援しています!

●この世界における、ただ一切の善事だけを報道して悪だのくだらぬ事柄には
 見向きもしないというような新聞なり評論誌なりを我々は持つべきであろう。
 それを読めば、この世には一体どれほど多くの善事がなされており、
 特に最初は邪悪だったものが善に転じたり、
 善に仕えるようになるものがどれほど多いかも初めてわかるだろう(ヒルティ)
●人生の目的は勝利することではない。成長すること、分け合うことだ。
 人生をふりかえって、自分がなにをしたかを考えるとき、
 他人をだしぬいたことや負かしたことよりも、
 他人を喜ばしたことのほうに、きっとたくさんの満足をおぼえるだろう
(ハロルド・クシャナー牧師)
●いつどこでも愛をもって真理の味方をすること、
 これがまことに我々の日常の活動的生活の課題である(ヒルティ)
●私たちは神の同労者である。あなた方は神の畑であり、神の建物である
 (コリント前書3-9)
●私たちは真理のための同労者となるように、
 こういう人々を助けなければならない(ヨハネ第3書8)
●あなた方はこの世に妥協してはならない。
 むしろ心を新たにすることによって、
 造りかえられ何が神の御旨であるか何が善であって神に喜ばれ、
 かつ全き事であるか、わきまえなさい(ロマ書12‐2)
●我はただ語る。人が聴いても語る。聴かないでも語る。
 我は我が歓喜を語らずにはいられない。我はヒバリがさえずるごとく
 人が聴く聴かざるに関せず語る。我は黙するにはあまりに嬉しくある。
 それであるから語るのである(内村鑑三)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
 あなたには私が共にいるからだ。
 誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
 この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)
●父(神)を世に示さん為には隠るるなかれ 
 自己を世に示さざらん為に隠れよ(内村鑑三)
●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。
 とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです
 (テモテ後書4-2)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年1月1日に作成した<第642回>に加筆】
◇◇【神の愛=聖霊・真理の御霊】で<前進>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

★★A Happy New Year!新年2015年明けましておめでとうございます!★★

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

世界も日本も激動波乱の大変革を予感させる新年2015年の年頭にあたって、
【神の愛=主イエス】に【神助精神:神助本願・神助努力・神助本位】でお任せの
<福音の戦士>【福音の勢力】となって<神愛道:神の国・神の義>を進む事を
私は<大確信:必勝・必決・必現>をもって、皆さんにも是非お奨めします!

何故なら、世間的無一物な愚鈍で鈍才な私でも、<最善最強最大の武器>であり、
<最大の【賜物・無償ギフト・神恵】>である【神の愛=聖霊・真理の御霊】の
<全智・全能・全愛>で<パワー・アップ&アップ・グレード>されるからです!

●<天才と聖霊>(内村鑑三)
 キリスト信者はいわゆる天才をもって働かない。
 彼は聖霊の黙示をもって働く。
 世の、聖霊の何たるかを知らない者は、
 聖霊の働きを評するに他に言葉がないものであるから、
 やむを得ず、これを天才と言う。
 しかし、われら少しなりと聖霊の導くところとなりし者は、
 天才と聖霊との区別をよく知っている。
 天才は地の光である。聖霊は天の光である。
 天才はわが内にある。聖霊は上より来たる。
 天才は祈求(もと)めざるに滾々(こんこん)としてわが内よりわき出る。
 聖霊は祈祷と断食とによるにあらざればこれを受くることができない。
 天才は時には粗雑である。乱暴である。汚穢(きたな)くある。
 聖霊はつねに完全で、つねに正しく、つねに聖潔である。
 天才の多くは憤怒の声である。聖霊は愛の示顕である。
 天才と聖霊とは全く別物である。
●<わが唯一の武器>(内村鑑三)
 万軍のエホバ宣(の)べたもう、
 権勢によらず、能力によらず、わが霊によるなりと。
(ゼカリヤ書4-6)
 政権によらず、武力によらず、ただ神の霊による。
 教会によらず、神学によらず、ただ神の霊による。
 わが武器はただこれのみ。
 われはこれにより、おのれに勝ち、世に勝ち、ついに死に勝たんと欲す。
●<最大の賜物>(内村鑑三)
 全世界にあらず、善知識にあらず、
 聖徳にあらず、長寿にあらず、
 聖霊なり。神を知るの知恵なり。
 死に勝つの能力(ちから)なり。
 しかして神はこの最大の賜物を、
 キリストによりて、われらに下したもう。
●<勝利の秘訣>(内村鑑三)
 我に力なし、しかれども我が全能の神は我が為に活動(ハタラ)き給う。
 我に知恵なし、しかれども我が全智の神は我が為に計策(ハカ)り給う。
●<神に感謝す>(内村鑑三)
 我に文才と芸術とあるなし、我は深く神に感謝す。
 我に交際の技量あるなし、我は深く神に感謝す。
 我は経済の学と術とに暗らし、我は深く神に感謝す。
 我は政治を知らず、法律に疎し、我は深く神に感謝す。
 我は我は唯(ただ)依頼(よりたの)むを知る、
 見えぬ神に依頼むを知る、其他を知らず、深く神に感謝す。

私たちに【御心:聖意・聖旨】を<預言>【ビジョン:理想・夢念・大志】として
<内なる声>【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に働いて完全支援してくれるので
安心して【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げましょう!

●御霊を消してはなりません。
 預言を軽んじてはならない。
 すべてのことを吟味し見分けて、
 ほんとうに良いものを堅く大事に守りなさい。
 悪はどんな悪でも遠ざかりなさい(テサロニケ前書5-19~22)
●私(主)は我が霊を全ての肉なる者に注ぐ。
 あなた方の息子、娘は預言をし、あなた方の老人たちは夢を見、
 あなた方の若者は幻を見る。
 その日、私はまた我が霊を、しもべ、はしために注ぐ(ヨエル書2-28)
●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
 何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)
●キリストの言葉を、あなた方のうちに豊かに宿らせなさい。
 そして、知恵をつくして互いに教えまた訓戒し、
 詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい
 (コロサイ書3-16)
●父がその子に対してするように、あなた方の一人一人に呼びかけて、
 神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く諭し勧めたのである。
 御自身の御国と栄光に預からせるようと、神はあなた方を招いておられる
 (テサロニケ前書2‐11~12)
●(この幻はなお定められた時を待ち、終りをさして急いでいる。
 それは偽りではない。)
 もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない。
 (ハバクク書2-3)
 
【この世の勢力:富・権威・名声】では解決困難問題が国内外に山積だからこそ
【神の愛=聖霊・真理の御霊】と共に決起する<福音の戦士>【福音の勢力】が
<内なる声>【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う<真の自由>を行使して
<善いものは善い!>【真・善・美】<Universal Absorbing Power>に従って
世間的常識や因習・先例・固定観念に囚われずに大活躍できる時代到来です!

●自由は理想にあらず、境遇にあらず、能力である(内村鑑三)
●<真の自由>(内村鑑三)
◆真の自由は発意である    ⇔ Unconditional(無境遇)
◆真の自由は正しき選択である ⇔ 霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道
◆真の自由は善き意志を行う能力である 
●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である
 何事をも為しうる状態又能力でなく,
 ある事を為さずしてある他のことを為す能力
 ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力  
●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)
●<どこに至るも真理を吸収する力:Universal Absorbing Power>(内村鑑三)
 ★すべて真実なこと、すべて敬い尊ぶべきこと、すべて正しき(公義な)こと
  ⇔【宗教的真理】<真>
 ★すべて純真で清く潔いこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること
  ⇔【道徳的善行】<善>
 ★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、また徳といわれるもの、
  称賛に値する(耳に善き響きある)もの                
  ⇔【審美的美事】<美>
 それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ)
 (ピリピ書4-8)
●事実の子たれよ、理論の奴隷になるなかれ(内村鑑三)
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり
 神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
 悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
●心というものは、それ自身一つの独自の世界なのだ。
 地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ
 [地獄を天国となすも、天国を地獄となすも心しだい](ミルトン)
●未来はいくつか名前を持っている。
 弱者にとっては『不可能』
 臆病者にとっては『未知』
 考え深く勇気のあるものにとっては『理想』(ユーゴ)
●過去は顧みず、現在を充実させ、更に雄雄しく未来を迎えよ(ロングフェロー)
 
皆さんが【神助精神:神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生を選んで
【神の愛=聖霊・真理の御霊】と共に決起する<福音の戦士>【福音の勢力】で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げ、たとえ連戦連敗で世間的に孤立無援の境遇になろうとも、心配ご無用!
<いつも一緒!>の【神の愛=聖霊・真理の御霊】に完全介護・最善支援されて
新年2015年が【青春:幼な心・青年の心】で<大前進>の一年となるように
心より応援しています!
 
●目をまっすぐ前に注げ。
 あなたに対しているものに、まなざしを正しく向けよ。
 どう足を進めるかを計り、道筋に心を配るなら、
 あなたの道は常に確かなものとなろう。
 右にも左にも迷い出てはならない。
 あなたの足を悪から遠ざけよ(箴言4-25~27)
●進め。どこまでも進め。
 前途を疑惧せずして進め。
 倒るるも退(ヒ)くなかれ。
 明日は今日よりも完全なれ。
 明年は今年よりもさらに一層勇壮にして、
 快活にして、謙遜にして、独立なれ。
 進化の宇宙に存在して、退く者は死する者なり。
 安全は退きて求むべきものにあらずして、
 進みて達すべきものなり。
 歓喜(ヨロコビ)と満足とは前にありて、後ろにあらず。
 臆病者に平和あるなし。
 進め、どこまでも進め(内村鑑三)
●<進まんのみ>(内村鑑三)
 進まんのみ、進まんのみ。
 褒めらるるも褒められざるがごとくに進まんのみ。
 謗(そし)らるるも謗られざるがごとくに進まんのみ。
 ただ一筋に神を目的(めあて)に進まんのみ。
●わたしの考えは、いつも前進するということです。
 もし神が人間の後退をお望みならば、
 人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう
(ユーゴ)
●事実がたとえわかっていなくとも、とにかく前進することだ。
 前進し、行動している間に、事実はわかってくるものだ(フォード)
●間違いと失敗は、われわれが前進するための試練である(チャニング
●人類は絶えず進歩する。この前進運動は信仰の分野にもあらねばならない
 (トルストイ)
●予は常に青年の失敗を興味をもって見ている。
 青年の失敗こそは、彼の成功の尺度である。
 彼は失敗をどう思ったか、それから彼はどうしたか。
 落胆したか。引退したか、あるいは更に勇を鼓して前進したか。
 それで彼の生涯はきまるのである(モルトケ)
●なおも神の御手に御心に逆らわず、
 勇気と希望をすこしも捨てぬ。
 私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
●恐れてはならない、私はあなたと共にいる
 驚いてはならない、私はあなたの神である
 私はあなたを強くし、あなたを助け
 我が勝利の右の手をもって、あなたを支える(イザヤ書41‐10~14)
●苦しみ悩みのうちから、私の主を呼び求めた
 主は私に応えて、私を広いところに置かれた(Set me free)
 主は私の味方、私は恐れない
 人は私に何ができようか(詩篇118-5~6)
●我々はいつも行為によって完全なものになろうとするが、
 神はたいてい苦しみを通して我々を前進させようとし給う(ヒルティ)
●青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。
 青春とは臆病さを退ける勇気、
 安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
 時には二十歳の青春よりも六十歳の人に青春がある (サムエル・ウルマン)
●立ち上がれ、青年たちよ!
 思索せよ、青年たちよ!
 時を空しく過ごすなかれ!
 目を開け!
 大地を踏みしめ、未来へ進め!
 歯を食いしばり、前進せよ!
 まだ手を差し伸べられていない苦悩の民衆のために
 道を示し
 その智慧を引き出せ!
 明るい微笑みで、心をはずませ
 歓喜に魂を燃やしゆけ!
(キルギスの詩人チニスタノフ 
 独裁者スターリンの支配下にあって、恐れなく正義を叫び、
 戦い、三十七歳で殉じていった。
 キルギスの十ソム紙幣に肖像が印刷されている)
●汝は王者なれば ただ一人征(ゆ)け 
 自由の大道を自在なる英知もて進め 
 その尊き偉業の報いを欲せず 自らが愛する思想の実をば結びゆけ
(プーシキン)
●君の呼びかけに、だれも答えないならば
 君よ、我が道を一人征(ゆ)け
 皆が恐れを抱いて沈黙するならば
 君よ、開いた心と恐れなき声をもって、
 ただ真実のみを語れ(タゴール)
●暗い嵐の夜に
 だれも松明(たいまつ)に火をつける者がなく
 扉をたたく君に
 だれ一人として応じる者がいなくとも
 君よ、失望してはならない
 雷(いかずち)が激しくとどろくなかで
 我が心の松明に火をつけ
 一人、暗闇(くらやみ)のなかで火を燃やせ
 (タゴール)
●汝の声 誰も聴かば 一人歩め(ガンジー)
●青年、壮者とは;
         常に不可能を計画する人
         常に大改革を望む人
         常に詩人的にして夢想する人
         常に利害にうとき人
         常に危険を感ぜざる人  (内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2014年12月24日に作成した<第641回>に加筆】
◇◇【神の愛=聖霊・真理の御霊】で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

★★★Merry Xmas & A Happy New Year !
   <善きクリスマス&善き年>をお迎えください!★★★

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

此の世の<万事・万物>の<造り主>が【三位一体:父・子・聖霊】である事は
<福音>であり【賜物・無償ギフト・神恵】でありクリスマス・プレゼントです!
<天の父>は恐れ多くて近づき難い存在ですが、人間として受肉降誕してくれた
【神の愛=主イエス】は身近で、何でも相談できて甘えても許してもらえそうな
兄貴分的存在です。

●【三位一体】(内村鑑三)⇔【三方面よりの愛】
 【父】  ⇔父の厳格 ~ 上より
 【聖霊】 ⇔母の慈悲 ~ 下より
 【子】  ⇔兄の同情 ~ 側より

しかし<不義・不正・不実>不純・不潔の私には【神の愛=主イエス】でも
背伸びせずに本性の泥だらけの普段着姿のままで甘えるには遠慮してしまいます。

そこで私のような世間的無一物な<落ちこぼれ>にも母的存在で介助する為に
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な【助け主】である
【聖霊(の神)】の形となって当時ギリシャ語で【アロス・パラ・クレイトス】と
現される存在で私の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に共生してくれます!

★アロス  =(主イエスと)別で全く同質な
★パラ   =かたわらにいる
★クレイトス=助言者、慰め主、支援者、激励者、とりなし、弁護者

●私は父にお願いしよう。そうすれば、父は別の助け主を送って、
 いつまでもあなた方と共におらせて下さるであろう(ヨハネ伝14‐16)
●それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、
 知ろうともしないので、それを受けることができない。
 あなた方はそれを知っている。
 何故なら、それは あなた方と共におり、
 また、あなた方の内にいるからである(ヨハネ伝14‐17)

此の世の<万事・万物>を創造し統治される天界の【神の愛=主イエス】と
全く<同質>である<全智・全能・全愛>の【神の愛=聖霊・真理の御霊】が、
望み求めさえすれば<いつも一緒!>の<人生の伴侶>【同労者・同志】として
私の心の中に霊的同居人として住み込み【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
最善発揮してくれる事は、まさに人生最大の<クリスマス・プレゼント>です!

●インヌマエル:神われらと共にいます (マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる
 <Always,with you> (マタイ伝28‐20)
●見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。
 誰か私の声を聞いて戸を開ける者があれば、
 私は中に入ってその者と共に食事をし、
 彼もまた、私と共に食事をするであろう(黙示録3-20)

天界の【神の愛=主イエス】は【神の愛=聖霊・真理の御霊】の姿となって
此の世の<万事・万物>いつどこでも<ユビキタス:神は偏在する>として
見方によってはサンタクロースや守護神や背後霊や八百万の神の姿となって
此の世の<万事・万物>の背後に【神の愛の方程式=摂理】を働かせながら
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を起こし続けていると実感しています。

●あなたは、恵み深い者には、恵み深く、
 忠実な者には、忠実にあられ、
 全き者には、全くあられ、無垢な者には無垢に、
 清い者には、清くふるまい、
 心の曲がった者には、策略を用いられ、
 ねじ曲げる方となられる(サムエル後書22-26~27)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、私たちの
 主キリスト・イエスにおける神の愛から私たちを引き離すことは
 できないのである (ロマ書8‐38~39)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
 (内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます
 (詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
 そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
(詩篇139-9~10)
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
 なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
 私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)

<御国:永遠の命・来世・天国>に座す【神の愛=主イエス】には頼めませんが、
【神の愛=主イエス】と同質の【神の愛=聖霊・真理の御霊】にお任せすれば
<不義・不正・不実>不純・不潔の泥だらけで、自分以外の誰にも見せられない、
<7つの大罪:傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲>の本性丸出だしの
普段着姿でも、素直に甘えられる霊的<人生の伴侶>【同労者・同志】であり、
私が裏切ろうと忘恩でも、最後の最後まで見守り支援する霊的<真の友>です!

●<友人としての神>(内村鑑三)
 神は善き友人である。第一等の友人である。彼に祈祷を聞くの耳がある。
 恩恵を施すの手がある。神は名ではなく実である。
 道理ではなく性格である。帝王ではない友人である
●神様という友人に対して、子供のように信頼することは、
 ありとあらゆる処からやってくる、問題を解決してくれる(ヘレン・ケラー)
●<幸福の途>(内村鑑三)
 人として生まれし最大名誉、最大幸福は、
 イエスを知り、彼に知られて、彼の友人となることである。
●真の友はどんな時も愛し続けるものであり、
 苦難の時のために生まれた兄弟である(箴言17-17)
●私の命じることを行うならば、あなた方は私の友である(ヨハネ伝15-14)
●もはや、私はあなた方を僕とは呼ばない。
 僕は主人が何をしているか知らないからである。私はあなた方を友と呼ぶ。
 父から聞いたことをすべて、あなた方に知らせたからである
(ヨハネ伝15-15)
●神と完全に友となった人にとっては、それ以降の人生において、
 もはや幸福な出来事しか起こらない(ヒルティ)

現在は【神の愛=聖霊・真理の御霊】を【神の愛=主イエス】から届けられた
<クリスマス・プレゼント>【賜物・無償ギフト・神恵】と受取められるので
もう真理や此の世の摂理を悟ることに飢え渇く事もなく、人生目的や存在意義を
無い物ねだりで外に探し求める必要はありません。何故なら、こんな私にでも
<天命>である<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
<我が道>であり、<人生目的・存在意義><生き様・死に様>を発見できる
【ミッション:大義・使命・天職】として託されているからです!

●<神を経験する事の証し>(ヒルティ)
 -精神の安らぎ
 -満ち足りる事
 -真理の渇きが鎮まること
 -精神と内的生命との一種の強化
●<神を見ること>(内村鑑三)
 神を見るとは夢幻(マボロシ)の彼を見るということではない
 また神秘的に彼を感ずるということでもない
 神を見るとはイエス・キリストを真(マコト)の神として認むることである
●イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。
 私を通らなければ、だれも父のもとに行くことができない
(ヨハネ伝14-6)
●その方すなわち、真理の御霊が来ると、
 あなた方を導いて真理をことごとく悟らせる。
 その方は、自分から語るのではなく、
 聞いたことを語り、また、これから起こる事をあなた方に告げる
 (ヨハネ伝16-13)
●山家に住して漁業をうらやむなど最も愚なり。
 海には海の利あり、山には山の利あり。
 天命に安んじてその他を願うことなかれ(二宮尊徳)

【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で一切お任せするなら
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】に【神の愛=聖霊・真理の御霊】が応答してくれ
<霊感・インスピレーション>や<神助(セレンディピティ)>を提供してくれます!

●私は思いをこらしつつ愛の息吹に耳をすまし、
 そのささやきをまことと知り、それを書き写すのみ、
 我が内より創るものはない(神曲・煉獄篇第24歌52節)
●クリスチャンは思想の人ではない。
 さらばとて、また実行の人でない。
 クリスチャンは聖霊の人である。
 聖霊によりて神の知恵と大能とを実得するを得し人である(内村鑑三)

【神の愛=聖霊・真理の御霊】は単に健康長寿や家内安全などの<祈願>よりも、
【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】のためには
何でも聞き入れて最強の霊的【同労者・同志】<人生の伴侶><真の友>として
時にかなって<最高!最善!最美!>の<神助:祝福・恩恵>を提供してくれて
<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> で万全で最善に至ります!

●神は神の聖霊を役立てたいと思う人々にだけ、それを授け給うのであって、
 ただそれを所有して楽しむためには与えられない(ヒルティ)
●キリストを神として拝するも我等の良心は少しも品性の堕落を感じません。
 のみならず、帝王を崇拝して自由を失い、富豪を崇拝して威権を隕(オト)
 せし国民もイエスを神として崇め奉りて、その失いし自由と独立を回復した
 例は人類の歴史に幾度もあります(内村鑑三)
●善を為すは難し、しかれどもキリストにありてこれを為すは易し(内村鑑三)
●我は我に力を与え強くして下さるキリストにありて、すべてを為し得る
 (ピリピ書4‐13)
●神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じてすべての善き物をもって汝を恵まん
(内村鑑三)
●我が扶助(タスケ)は天地を造り給える主より来る(詩篇121-2)
●神は我等の避け所、また力なり。悩める時の最もちかき助けなり
(詩篇46-1)
●<神助>(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん。
 ⇔ ★天来の思想
   ★外来の友人
   ★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の事業を助けん。
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすを得べし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
 汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
●神は神を愛する者たちと共にはたらいて万事を益となるようにして下さる
 (ロマ書8‐28)
 
【神の愛=聖霊・真理の御霊】を<内なる心>に実感できる迄の私にとっては、
キリスト教も【聖書・真理の御言葉】も【先人・偉人の教え:名言・格言】も
私の外から働きかける存在でした。しかし【神の愛=聖霊・真理の御霊】自身が
私の心に同居してからは【霊性:魂[勇気]・善意・良心】から語りかけてくれ
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
<パワー・アップ&アップ・グレード>されるようになりました!

●【良心】とは人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、
 悪を戒める神よりの心の声である。人間は心の中に刻まれた法を持っており、
 それに従うことが人間の尊厳であり、また、人間はそれによってさばかれる。
 【良心】は人間の最奥であり、聖所であって、そこでは、人間はただひとり
 神と共にあり、神の声が人間の深奥で響く
 (カトリック要理:ロマ書2-15~16)
●神が命じ人が神に応える所に【良心】がある。【良心】は人の神覚である、
 人を離れて人が独り神と相対して立つ時に【良心】がある。(内村鑑三)
●道徳は人の道であり、【良心】は神の生命である。(内村鑑三)
●あなた方の上に聖霊が臨まれるとき、あなた方は力を受ける(使徒行伝1-8)
●希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とで
 あなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせて下さる
(ロマ書15-13)
●真理のみよく人を救うをうべし、聖霊のみよく人を神の子となすをうべし。
 聖書の深き研究と聖霊の親しき交際(まじわり)とをおいて他に人を救う道は
 存ぜざるなり(内村鑑三)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、目を覚まして、
 うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい
(エペソ書6-18)
●御霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、忠実、柔和、
 節制である。これらを禁じる掟(律法)はない(ガラテヤ書5-22~23)
●私は御父の前にひざまずいて祈ります。
 天上と地上にある全ての家族に、その名を与えられた「御父」と呼ばれていて、
 あらゆるものの源の父に祈る。どうか、御父が、その豊かな栄光の富に従い、
 御霊により、力をもってあなた方の内なる人を強めて
 信仰によってあなた方の心の内にキリストを住まわせ、あなた方を愛に根ざし、
  愛に基礎を置いてしっかりと立つ者としてくださるように
 (エペソ書3-14~16)
●聖霊は神がその子の善行に報いんがために下し給う【最大の恩賞】である。
 ★倫理の霊★柔和の霊★赦免の霊★犠牲の霊★子たる霊
 研究によって霊欲を起こし
 祈祷によってこれを呼び求め
 実行によってこれを獲得する
 実行はまことの最も有力なる祈祷である(内村鑑三)

皆さんもクリスマス・プレゼントの【神の愛=聖霊・真理の御霊】を受け入れて
<いつも一緒!>の霊的<人生の伴侶>【同労者・同志】<真の友>を得る事で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
高く掲げる<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を突っ走って
たとえ連戦連敗でも、どんなに屈辱的・自滅的大敗北しようと、何度倒されても、
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
<一日一生!日々新た>に<パワー・アップ&アップ・グレード>されながら
今日よりも明日が、今年よりも新年2015年が、圧倒的大勝利に導いてくれる
【神の愛の方程式=摂理】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に活躍されることを
心より応援しています!

●全て神から生まれ出た者は世に勝つからである。そして、私たちの信頼こそ、
 世に勝たしめた勝利の力である(ヨハネ第1書5-4、詩篇54章)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●キリスト教は不断の幸福を約束しない。しかし、世に勝つ平和を約束している
(ヒルティ)
●激しく攻められて倒れそうになった私を、主は助けてくださった。
 主は我が力、我が砦、我が歌。主は私の救いとなられた。
 聞け、御救いの勝利の喜ばしい歌が主に従う者の天幕に響く。
 主の右の手は勇ましい働きをなし、
 主の右の手は高く上がり、主の右の手は御力を示す。
 私は 死ぬことなく、かえって生き長らえて、主の御業を語り伝えよう
(詩篇118-13~17)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
 患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
 私たちは、これら全ての事において、私たちを愛して下さる方によって
 輝かしい圧倒的勝利者となるロマ書8-35~37)
●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。
 私は既に世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●彼らが私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
 私に向かって戦いを挑んで来ても、私には確信がある(詩篇27-3)
●弱気になってはならない。恐れてはならない。うろたえてはならない。
 彼らのことでおじけてはならない。
 共に行って、あなた方のために、あなた方の敵と戦い、
 勝利を得させてくださるのは、あなた方の神、主である
(申命記20-3~4)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
 主は喜びをもってあなたの事を楽しみ、
 その愛によって安らぎを与え新しくされる。
 主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17)
●さあ、元気を出して行動に打って出よう
 どのような運命にも立ち向かう勇気を持って。
 いよいよ励み、いよいよ求め、
 労苦し、時を待つことを学ぶのだ。(ロングフェロー)
●さあ、元気よく跳び込みなさい、あまり深くはないだろう(ヒルティ)
●なぜあなたは、自分が企てたことを実行するのを延期しようとするのか。
 立ちなさい。今すぐ始めなさい。
 そうしてこう宣言しなさい。
 今こそ実行の時、今こそ戦いの時、今こそ自分自身を改める善き時、と。
 不幸と試練の日こそ、自己を際立たせる機会なのである
 (トマス・ア・ケンピス)
●不幸に屈することなかれ、否、むしろ大胆に、積極果敢に、
 不幸に挑みかかるべし(ベルギリウス)
●イエスと共にある者は;
  ◆青春の詩的理想を持続することができる
  ◆単純にして一貫せる生涯を完全に遂行できる
   ★平民の友★自由の主張者★理想の追求者 
 にしてその
   ★実行者★大革命家★大詩人★大預言者(内村鑑三)  
●神が私たちに下さったのは臆する霊ではなく、
 力と愛と慎みとの霊なのである(テモテ後書1‐6)
●私たちは、はばからずに次のように言うことができます。
 「主は私の助け手。私は恐れない。人は私に何ができるだろう
 (ヘブル書13-6)
●知恵は正しい道に導き、神の国を彼に示し、
 聖なる事柄についての知識を授け、
 労苦を通して繁栄をもたらし、その働きに対して豊かに報いた
 (知恵の書10-10)
●キリストをあなたがもっていれば、
 あなたはもう裕かであり、
 不足を覚える事がないのだ。
 彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
 人に望みをかける必要のないよう、
 万事につけての忠実な世話役となるであろう。
 まことに人間は直ぐに変ってゆき、
 たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
 キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、
 終りに至るまで確固として守護される(トマス・ア・ケンピス)
●<最大の恩恵>(内村鑑三)
 最大の恩恵は神を知ることなり。
 キリストをもって顕れたる神の奥義を識ることなり。
 知識をもってこれを了解し、また霊魂の深きところにおいて、
 これを実得することなり。

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年11月28日に作成した<第640回>に加筆】
◇◇天罰・幸運を<神助>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

私自身の心にも刻まれているのは悪い事があると「(天)罰が当たった」と思い、
思いもかけない偶然の幸運に出遭うと「運がよかった」と自然に思うことです。
日本の代表的真理観だと思います。

戒律遵守で掟破りは天罰で裁き導く「荒ぶる神・怒りの神」はユダヤ旧約時代の
厳父的義の神と共通します。戒律や道徳・倫理観は遵守できる義者善人のもので
私のような<不義・不正・不実>不純・不潔の破戒者には冷たく無力な存在です。
自業自得で負債だらけの私の人生では、毎日が天罰だらけになってしまいます。

強くて正義で裁く厳格な<義の神>を崇め求める神観・信仰者が多数派ならば、
<天罰>は天父に立帰るのに有効ですが、現代のように進化論や科学技術信仰が
多数派の現代は、「天罰」は家庭内DV・パワハラのようで虐待・暴君的神として
恐れられ敬遠されて私にとっては身近な存在ではなくなる危険性があります。

天罰観は<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>が【神の愛=主イエス】から
私のような<不義・不正・不実>不純・不潔の極悪人・罪人を遠ざけようとする
謀略工作であり<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>です!

●主は聖所にとっては、つまずきの石、イスラエルの両王国にとっては、
 妨げの岩、エルサレムの住民にとっては仕掛け網となり、罠となられる。
 多くの者がこれに妨げられ、倒れて打ち砕かれ、罠にかかって捕らえられる。
(イザヤ書8-14~16)

思いがけない幸運を「運が良い」と思うのは、背後に【神の愛=主イエス】を
認めず、天来ではなく確率的偶然の産物とみなしたり、自分の運勢や占いなど
人智の解釈に誘導する事で<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>が大喜びする
<忘恩・背信>に導く<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>です!

英語「GOOD-BYE」を「God be with you」を語源とする考えが
私は大好きです。「神のご加護<神助>と共にある」ことこそ「GOOD」であり、
【神の愛=主イエス】は<善>そのものです!

●善は神なり(マタイ伝19-17)
●You are good and do good!
 あなたは善なる方、いつくしみ深くあられ、すべてを善とする方で
 慈しみを施されます(詩篇119-68)
●神は善なり(マタイ伝19-16)⇔神を知るは善人なり(内村鑑三)
●イエスは言われた。「なぜ、善いことについて、私に尋ねるのか。
 善い方はお一人である。もし命を得たいのなら、掟を守りなさい。」
 (マタイ伝19-17)

荒ぶる怒りの義の神が天罰で統治する「旧約の時代」が終わり、<御子>である
【神の愛=主イエス】が此の世の万事万物の【賜物・無償ギフト・神恵】として
統治される「新約の時代」に活かされている私たちは、<万事・万物>の背後に
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】と【神愛方程式=摂理】を
体感させ【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を具現化する<神助:祝福・恩恵>に
満ちあふれています!

●御自身の御子をさえ惜しまず、私たち全てのために、
 死に引き渡してくださったその方が、どうしてその御親切によって、
 御子と共に万物を恵み与えてくださらないことがあろうか(ロマ書8-32)
●万物は、天あるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、
 位(王座)も、主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。
 これら一切のものは御子によって造られ、御子のために造られたのである
 (コロサイ書1-16)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
 <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
 <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●人間はすべて唯一神全知全能なる創造主の作品であり、
 彼の所有物であって他の誰のためでもなく、
 彼が喜ぶかぎりおいて生存するように作られている(ジョン・ロック)
●万物の父なる神は一つなり。神は万物の上に在し、万物を貫き、
 万物の内に在したまふ。
 我等はキリストの賜物の量に従ひて、おのおの恩恵を賜はりたり
 (エペソ書4ー6~7)
●愛は神の霊としてこの世に満ち満ちている(ヒルティ)

<義の神>が命じる戒律・道徳・倫理観などを遵守できない落ちこぼれの私でも、
<愛の神>【神の愛=主イエス】の<掟>ならば喜んで挑戦し続けられます!

●私は新しい戒めをあなた方に与える。互いに愛し合いなさい。
 私があなた方を愛したようにあなた方もお互いに愛し合いなさい
 (ヨハネ伝13‐34)
●イエスは言われた、
『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、主なるあなたの神を愛せよ』
 これが一番大切な、第一の戒めである。第二もこれと同様である。
『自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ』これらの二つの戒めに、
 律法全体と預言者とが、かかっているこの二つの戒めに優る掟はない
 (マタイ伝22‐37~40、マルコ伝29‐31、ルカ伝26~28)
●正義の温暖なるもの、これを愛という(内村鑑三)
●愛は隣人を害する事はない。愛は律法を全(マットウ)する(ロマ書13‐10)
●愛は、他のいかなるものにもまして、人を賢明にする(ヒルティ)

以前の私は見えなくて恐れ多い【神の愛=主イエス】を<全生・全身・全霊>で
愛することなど到底不可能だと思いましたが、【聖書・真理の御言葉】によって
私でも<全生・全身・全霊>で信じ望み愛せる<人格的対象>を発見出来ました!
私の心に刻まれた<神のラブレター>なる【ビジョン:理想・夢念・大志】です!

●<キリストの手紙>(コリント後書3-3)
 あなた方は自分自身が私たちから送られたキリストの手紙であって、
 墨によらず生ける神の霊によって書かれ、
 石の板にではなく人の心の板に書かれたものである事をはっきり現している。
●私の律法を彼等の心に与え、彼等の思いの内に書きつけよう(ヘブル書10‐16)
●私は彼らに一つの心を与える。
 すなわち、私はあなた方のうちに新しい霊を与える。
 私は彼らの身体から石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える
 (エゼキエル書11‐19)

<最愛の我が子・我が分身>の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】ならば、
戒律遵守の強制的義務感でなくて、自発的に喜んで信じ望み愛して実践できます!

●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
 何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき
 利得のためでなく、本心からそれをしなさい(ペテロ前書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で
 決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださる
 のである(コリント後書9-7)
●人間のうちに善をのばしてやり、彼らの心に善に対する愛好心を
 注ぎ込むことが必要である(ヒルティ)
●自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として
 用いず神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)

牧師や神父や教会信者から敬遠されてきた私でも、【神の愛=主イエス】だけは
<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を求める者、
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を捜す者、
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
【ビジョン:理想・夢念・大志】具現化の登竜門を叩き続ける者には
世間的に連戦連敗で挫折し裏切りの掟破りで、踏みつけられ倒されようとも、
再起再挑戦のために何度でも<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> を
差し伸べて<神助:祝福・恩恵>に導いてくれます!

●求めよ、さらば与えられん。
 捜せよ、さらば見出さん、
 門を叩け、さらば開かれん(マタイ伝7‐7、ルカ伝11‐9)
●あなた方が私につながっており、私の言葉があなた方に留まっているならば、
 何でも望むものを求めるがよい。そうすれば与えられるであろう
 (ヨハネ伝15‐6)
●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
 人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
人に絶たるるは神に結ばるるなりき (内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
 人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
 人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
 人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
 神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのが
 キリスト信者の生涯である(内村鑑三)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)

そうです!先ずは【ビジョン:理想・夢念・大志】を信じ望み愛し続けるならば、
世間的には運悪く、自業自得の呪われ者で、天罰続きの失敗挫折の連戦連敗でも
無一物落ちこぼれ人生を【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】で悲観せず、
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】で求め!捜し!叩き続ける!人生に導く
<神助:祝福・恩恵>が「思いがけない幸運(セレンディピティ)」のカタチとなって
時にかなって美しい【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】が実現されます!

●失敗は方針を転ぜよとの神の命令である。
 我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである(内村鑑三)
●<神助>(内村鑑三)
◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん。
 ⇔ ★天来の思想
   ★外来の友人
   ★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の事業を助けん。
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすを得べし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
 汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
●神は神の聖霊を役立てたいと思う人々にだけ、それを授け給うのであって、
 ただそれを所有して楽しむためには与えられない(ヒルティ)
●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)

<万事・万物>を「天罰・悪運」と「偶然の幸運」で片付けることに決別して
個人的でも民族的でも世界的でも日々直面する大小様々な<患難辛苦>にも、
「天罰」というより、<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の誘惑であり、
<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>の謀略工作とみなすことで
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】【神愛方程式=摂理】なる
<試練・試探>【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】だと受け止めて
どん底でも【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の<主の祈り>を熱唱しながら
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
どんな天罰・悪運に思える<闇・最悪・マイナス>でも<光・最善・プラス>に
大転換できるように<忍耐・辛抱・我慢>ではなくて、<優耐・望耐・歓耐>で
【神愛の事業=隣人愛&奇蹟】である<神助:祝福・恩恵>を勝ち取りましょう!

●The Best is yet to come!
 <最善の時はこれからだ!>(ブラウニング)
●<最善の最後>(内村鑑三)
 信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
 終わりに近づくほど、ますます善くある。
 最後(ラスト)が最善(ベスト)である。
●<希望と前進>(内村鑑三)
 人は希望的動物なり。
 彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
 希望は健全にして、回顧は不健全なり。
 「●後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
 罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
 神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●いたずらにあなたを苦しめるために苦難が与えられるのではない。
 信じなさい。まことの生命は悲しみの日に植えられている事を(ヒルティ)
●あなた方が、いろいろな試練にあった時は、
 それをむしろ喜ばしいことに思いなさい(ヤコブ書1‐2)
●彼らは涙の谷を過ぐれども、そこを多くの泉あるところとなす。
 初めの雨は多くの祝福にておおわれる(詩篇84‐6)
●あなた方はキリストのためにただ彼を信じることだけでなく、
 彼のために苦しむことも賜っている(ピリピ書1‐29)
●我々が神の国に入ってゆくには多くの苦難を経なければならない
 (使徒行伝14‐22)
●患難は恩恵と離れて考えるべきでない。
 それは患難は恩恵の一部なればなり。
 塩味を和せずして甘味は甘味ならず、
 患難なくして恩恵は恩恵ならず、
 食に薬味の必要なるがごとくに人生に患難は必要なり。
 患難ありて始めて人生に香味は生ずるなり(内村鑑三)
●<手段と目的>(内村鑑三)
 患難のための恩恵にあらず、恩恵のための患難なり。
 患難は手段にして恩恵は目的なり。
 患難をもって始まり恩恵をもって終わるなり。
 一の患難は百の恩恵を招き、短きこの患難の世は
 永遠無窮の恩恵の世に終わる。ゆえにわれらは恩恵について
 思うこと常にして患難について考うること稀ならざるべからず、
 そは神の造化においては患難はその最小部分にすぎざればなり(内村鑑三)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、
 朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30‐5)
●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
 あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
 試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる
 (コリント前書10‐13)
●試練と祝福は密接に関連している(ヒルティ) 
●<患難の解釈>(内村鑑三)
 患難はこれを消極的に解すべからず、積極的に解すべし。
 これを神の刑罰として解すべからず、神の恩恵として解すべし。
 神の憤怒の表彰として解すべからず、その自愛の示顕として解すべし。
 恩恵はすべて身の患難にして、麗の幸福なり。
 麗の幸福と解してすべての患難は患難たらざるにいたる。
●<恩恵としての患難>(内村鑑三)
 神は無益に患難を下し給わず、
 これを自己かまたは他人を救うために下し給う。
 患難はたしかに神の恩恵なり、
 これなくしてわれも人も罪悪を去りて正義の神に帰るあたわず。

運が善い幸運な時は自分の運勢や【この世の勢力:富・権威・名声】の手柄より
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】【神愛方程式=摂理】だと
<歓喜!感動!感謝!>に導くのも内なる【ビジョン:理想・夢念・大志】です!
【ビジョン:理想・夢念・大志】を【同労者・同志】<人生最善の伴侶>であり、
【賜物・無償ギフト・神恵】と感謝できるほど、さらに<神助:祝福・恩恵>は
増し加えられ<パワー・アップ&アップ・グレード>されます!

●それを持てる者は与えられて、なお余りあり。
 持たぬ者はその持てる物をも奪わるるなり(マタイ伝13-12)
 感謝は「持てる」を証明す(内村鑑三)
●神が喜ばれるのは、おそらく神へのひたむきな憧れと、
 神に向かって手をさしのべることだけであろう(ヒルティ)
●善を信じなければならない。善なるものがこの世には存在すること、
 そして、それは悪に対して勝利をおさめる力をもつことを
 信じなければならない(ヒルティ)
●この世における人間の主な目的は神の栄光をたたえ、
 永遠にわたって神をよろこぶことである(クロムウエル時代の簡略教理問答書)

皆さんが運悪く天罰に思える「どん底状態」でも、幸運続きの「絶好調」でも
此の世の<万事・万物>の背後には偶然ではない人智の解釈では計り知れない
【神の愛=主イエス&聖霊】【御心:聖意・聖旨】【神の愛の方程式=摂理】が
存在する事を体感して<万事・万物>を<最高!最善!最美!>に導いてくれる
<神助:祝福・恩恵>に対して<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>の心意気で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生旗印>に
【救国:精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●人生の目的は神を知ることにある(内村鑑三)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲していかなる、
 いと低い事物によっても引き停められることを望まない
 (トマス・ア・ケンピス)
●事実の子たれよ、理論の奴隷になるなかれ(内村鑑三)
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり
 神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
 悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
●世の中には幸福も不幸もない。ただ、考え方でどうにでもなるのだ
 (シェークスピア)
●辛いことの背後(ウシロ)には最も歓ばしいことが隠れている。
 我らは何事にかかわらず勇んで主の命に従うべきである(内村鑑三)
●悪いことの中にも、なにほどかの善の魂がまじっている。
 人が注意ぶかくそれをさがし出すならば(シェークスピア)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
 (アウグスティヌス)
●全ての事は、神の御旨によりて招かれたる神を愛する者のために、
 ことごとく益をなすを我等は知れり(ロマ書8-28)
●キリストは我が万事(すべて)であるということである。
 キリストは我が義である、我が潔めである、
 我が救いである。我れキリストを信じて我が為すべき万事をなしたのである。
 「そは神の充足(みちた)れる徳は、ことごとく形体(かたち)をなして
  キリストに住めり」(コロサイ書2-9)
 神はキリストにありて万物をヒトに与え給うのである。
 しかして人はキリストにありて万物を神より受くるのである(内村鑑三)
●神は、すべての人に、いのちと息と万物をお与えになった方です。
 確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
 私たちは、神の内に生き、動き、また存在しているのです
(使徒行伝17-25~28)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)

【2014年11月6日に作成した<第639回>に加筆】
◇◇<主の祈り>依存で【ビジョン】具現化に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

今の私には【神の愛=主イエス】への<祈り>【礼拝:★讃美★祈求★感謝】は
<霊的呼吸>であり、起きてから眠るまでいつどこでも重度の依存症といえます。
しかし最初に祈祷した記念すべき1995年11月11日までの人生36年間は
信仰や宗教への関心はあっても、<主の祈り>も知らない無関心人間でした。

私に<祈り>【礼拝:★讃美★祈求★感謝】依存症に導いてくれた霊的恩人は、
内村鑑三氏の残した著作集です!

●<修養と祈祷>(内村鑑三)
 修養は、神によらずして自ら高くのぼらんとするの法なり。
 祈祷は、神によって直ちに潔められんとするの途なり。 
 修養は人の法にして、祈祷は神の途なり。
 われらはプラトン、シセロ、孔子、王陽明にならって
 聖人君子と成らんと欲せずして、
 パウロ、アウグスティヌス、ルーテル、クロンウェルにならって
 クリスチャンたらんことを願うべきなり。
●<われらの礼拝>(内村鑑三)
 われらは、僧衣を着けて高壇に上がり、
 聖書を朗読し、聖歌を吟唱し、
 手をひろげて天を仰いで祈り、
 手を按(お)いて人に儀式を施し、
 もってわれらの神を礼拝せんとしない。
 われらの礼拝は教会堂においておこなわれずして、
 あるいは工場において、あるいは田畑において、
 あるいは店頭において、あるいは書斎において、
 その他われらが日々の事業に従事する所において、
 おこなわるるのである。
 「仕事はすなわち祈祷(礼拝)なり」である。
 われらはわれらの日常の仕事をもって神を礼拝せんと欲するのである。
 礼拝の簡単または欠乏のゆえをもってわれらを責むる者に、
 われらはこの事をもって答うるのである。
●この世における人間の主な目的は神の栄光をたたえ
 永遠にわたって神をよろこぶ事である(クロムウエル時代の簡略教理問答書)

特に、内村解釈による<主の祈り>が私の信仰人生を大転換させてくれました。
ご存じのように世界一簡潔な祈祷といわれる<主の祈り>は【主イエス】自身が
私たち人類に示された【三位一体:父・子・聖霊】への<祈り方>です。

●【主の祈り】(マタイ伝6-9~13、ルカ伝11-2~4)
 天に在(マ)します我等の父よ
 願わくは聖名(ミナ)を崇(アガ)めさせ給(タマ)え
 聖国(ミクニ)を臨(キタ)らせ給え
 聖旨(ミココロ)の天に成るごとく地にも成させ給え
 我等の日用の糧を今日も与え給え
 我等に負債(オイメ)ある者を我等が赦(ユル)す如く我等の負債をも赦し給え
 我等を試探(ココロミ)に遭(ア)わせ給うなかれ
 悪より救い出し給え
 国と権(チカラ)と栄えとは窮(カギリ)なく汝の有(モノ)なればなり
 アーメン
●あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、
 隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、
 隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる
 あなた方が祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。
 異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。
 彼らのまねをしてはならない。あなた方の父は、願う前から、
 あなた方に必要なものをご存じなのだ。
 だから、こう祈りなさい。(マタイ伝6-6~9)

先ず<主の祈り>が「私」でなく「我等」とあることが感動的大発見でした。
それまで私の理解する<祈り>は、自己救済のご利益追求型でありましたが、
「我等」には、人間だけでなく、動植物や此の世の<万事・万物>が含まれ、
最近は【ビジョン:理想・夢念・大志】【ミッション:大義・使命・天職】も
含まれていると体感できます。つまり自己中心の私でも「世の為、人の為」の
慈善事業・チャリティ活動に、いつどこでも、この身一つで献身できるのです!
今日現在、身近でも世界中でも、苦難の中で祈る気力も失った人間や動植物や
此の世で忘れられ見捨てられた<万事・万物>を【神の愛=主イエス&聖霊】に
救済嘆願を直訴できる【礼拝:★讃美★祈求★感謝】が<主の祈り>です!

●生きるという事は、神の栄光のために、また全ての人の幸せのために、
 できる事をやることです(マザー・テレサ)
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
 なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
 私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)
●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、主は私の声を聞かれる。
 たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、
 私を平和のうちに救い出してくださる。
 私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)
●「エゴ」を生かして、人に尽くせ(曽野綾子)
●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に、
 超越して最も多く他を利して、 
 最も多く己を利するの道を我に教えたり(内村鑑三)
●ある程度は、他人のために心配したり、はたらいたりしなければ、
 どんな人も精神的に健康を保つ事はできない(ヒルティ)

もし私の人生に<主の祈り>が無いとしたら、個人的にも世界中で起きている
未解決問題の悲惨・不安・恐怖・憤怒で<霊的呼吸困難>状態になってしまい
<不義・不正・不実>不純・不潔の私ならば、<霊死>していたことでしょう。
<主の祈り>を繰り返すたびに、無慈悲・無責任・無関心・無知無能な私でも
<一日一生!日々新た>に充霊<パワー・アップ&アップ・グレード>されて
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を<不死身!不滅!不退転!>にさせます!

●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励まし、いつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲して、いかなる、いと低い事物によっても
 引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)
●何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとを
 ささげ、あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)
●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、
 どんな困難な状況にあっても、正しいやり方である(ヒルティ)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。
 私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)
●幸福とは神と共にある事である。それに到達する力は魂の声なる勇気である
(ヒルティ)

今日現在の私は確信できますが、20年前に最初の<主の祈り>を唱えたのは
誰も見ていないトイレの中で、私など聞いてもらうだけで恐れ多い<神様>に
独り善がりで多少恥ずかしい半信半疑気分で始まり、今では病みつきです!
何故なら、【神の愛=主イエス&聖霊】は確実に応答してくれるからです!

●私たちの生きた祈りと賛美が少しでもあるなら、
 神様は千里の道をかけてでも私たちに会いに来てくださるだろう
(アーロンド)
●神様は天高く遠くにおられるが、祈るなら神様がこの地に降りてこられ、
 さらに神様の能力と私たちの努力を結び付ける(ガースパリン)
●苦難の中で、私が叫ぶと、主は答えてくださった。
 陰府の底から、助けを求めると私の声を聞いてくださった(ヨナ書 2-3)
●何事も思い煩ってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)

私は効果が無いなら飽きっぽくて三日坊主なのですが、義務的強制も無くても
今日まで依存度が日々増強されてきたのは、【神の愛=主イエス&聖霊】と
【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】【神の愛の方程式=摂理】が
具現化される【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を此の世や我が身に体感できます!

●悲しみ憂えてはならない。主を喜び祝うことこそ、
 あなた方の力の源であるからだ(ネヘミヤ記8-10)
●あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通して
 あなた方を永遠の栄光へ招き入れて下さったあふるる恵みの神御自身が、
 しばらくの苦しみの後、あなた方を癒し、完全な者とし、強め、力づけ、
 堅く立たせ、揺らぐことがない不動の者にしてくださる(ペテロ前書5-10)

ところで最初は<私の心>に粘着する<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の
霊的拒絶反応が強大な<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>となり
【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に
落ち込まされますが、それも【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】です!
人生最強最悪の宿敵勢力である<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>のお陰で
私の【礼拝:★讃美★祈求★感謝】は鍛錬され光輝く<神愛武具>となりました。

●私の敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
 たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なり(ミカ書7-8)
●光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐5)
●主よ、あなたは私の灯りを輝かし、神よ、あなたは私の闇を照らして下さる
(イザヤ書42-16)
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神の御もとに立ち帰らせ、
 こうして彼らが私(主)への信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた
 人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである
(使徒行伝26-18)
●暗闇の中に歩んでいた民は大いなる光を見た。
 死の陰の地に住んでいた人々の上に光が輝いた(イザヤ書9-2)
●夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を
 身に着けましょう(ロマ書13-12)
●悪魔の策略に対抗して立つ事ができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-11)
●だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、
 しっかりと立つ事ができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-13)

<主の祈り>は個人や民族国家や全人類の【ビジョン:理想・夢念・大志】を
具現化する<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を守り導く
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】が示されているので
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の<誘惑・試探・試練>を軽減させて
<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>から遠ざけてくれるように
祈りなさいとの【主イエス】自身の命令は<逃げ腰・及び腰・弱腰>の弱気で
臆病意気地なしの私には<歓喜!感動!感謝!>の<神助:祝福・恩恵>です!

●今の私があるのは、ただひとえに、あふれるほどに注がれた神様の恵みと、
 あわれみとのおかげです。実際に働いたのは私ではありません。
 神が私の内部で働き、祝福してくださったのです(コリント前書15-10)
●主は言われた「私の恵みはあなたに対して十分である。
 私の力は弱いところに完全にあらわれる。」
 それだから、キリストの力が私に宿るように、むしろ
 喜んで自分の弱さを誇ろう(コリント後書12-9)
●私はキリストのためならば、
 弱さと侮辱と危機と迫害と行き詰まりとに甘んじよう。
 何故なら、私が弱い時にこそ、私は強いからである(コリント後書12-10)

最初は圧倒的に<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の血祭りに遭いますが、
今では<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>による<患難辛苦>は
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】の
燃料源になって【悪:無知・無関心・無責任】を<善:【神愛力=隣人愛】>に
<闇・マイナス>を<光・プラス>へと善循環のリサイクル化しています!

●<神の救済法>(内村鑑三)
 死に勝つに生をもってし、暗(ヤミ)に逐つに光をもってし、
 怨を滅ぼすに愛をもってす、これ神の救済法なり
●怨に酬ゆるに徳をもってし
 憎に対するに愛をもってし
 悪に対するに善をもってする (内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)
●泣きながら夜を過ごす人にも喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる
(詩篇30-6)<夕方に泣き悲しむことが宿っても朝には歓呼の声がある>
●苦しみ悩みのうちから、私の主を呼び求めた
 主は私に応えて、私を広いところに置かれた(Set me fre e)
 主は私の味方、私は恐れない
 人は私に何ができようか(詩篇118-5~6)

ハリウッド映画でパニックや戦闘シーンで主人公が<主の祈り>を唱えるように
世界でも日本周辺も経済破綻・戦争勃発の大危機に直面して、大災害・大混乱も
多発し、個人・民族において精神的に<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>が
強大化する真夜中の現代だからこそ、【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に光輝いて
闇を光に転じる<主の祈り>【礼拝:★讃美★祈求★感謝】が求められています。
<主の祈り><神愛武具>で武装する<福音の戦士>【福音の勢力】の心意気は
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】の
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】に満ちあふれています!

●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、目を覚まして、
 うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい(エペソ書6-18)
●【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
 (テサロニケ前書5‐16~18)
●熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、
 患難に耐え忍び、常に祈りなさい(ロマ書12-11~12)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、
 目を覚まして、うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい
(エペソ書6-18)
●目を覚まして、感謝を込めて、ひたすら祈り続けなさい(コロサイ書4-2)
●あなた方の中で苦しんでいる人は、祈りなさい。
 喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい(ヤコブ書5-13)
●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、
 どんな困難な状況にあっても、正しいやり方である(ヒルティ)

皆さんの抱く<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を見出して確信に導き
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生に導く
<主の祈り>で<神愛武装>する<光の子><福音の戦士>【福音の勢力】で
<闇・マイナス>を<光・プラス>に善循環リサイクル化することによって
【悪:無知・無関心・無責任】を<善:【神愛事業=隣人愛&奇蹟】>に転じて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●<最も貴きもの>(内村鑑三)
 富と糧とに優って貴きものは知識なり
 知識に優って貴きものは道徳なり
 道徳に優って貴きものは信仰なり
 信仰に優って貴きものは愛心なり
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、かくて自己は死して
 神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。
●<世界最大の者>(内村鑑三)
 知識をもって腕力に克つべし
 信仰をもって知識に克つべし
 愛をもって信仰に克つべし
 愛は進化の終局なり、最大の能力なり。
 愛に達して我らは世界最大の者となるなり。
●起きよ!光を放て!あなたを照らす光が臨み、
 主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
 見よ。暗闇が地をおおい、暗黒が諸国の民をおおっている。
 しかし、あなたの上には主が朝日の如く輝き、
 その栄光があなたの上に現われる。
 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。
 目を上げて、見渡すがよい。みな集まって、あなたのもとに来る。
 あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。
 そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、
 あなたの心はどよめき喜びに輝く。
 海からの宝はあなたに送られ、国々の財宝はあなたのもとに集まる
(イザヤ書60-1~5)
●光にさらされる時、すべてのものは、明らかになる。
 明らかにされるものはみな、光となるのです。
 それで、こう言われています。
「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。
 そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」(エペソ書5-13~14)
●<希望>(ヒルティ)
 十字架は重いが、ふしぎなことに
 おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
 初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
 その道を進む者は「勇者」と呼ばれる
 おまえの力は小さくとも
 おまえが帰依した主の力は偉大だ
 おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
 今日は死に、明日はいのちによみがえる
●こうして預言の言葉は、私たちにいっそう確実なものとなった。
 あなた方も、夜が明け、明星がのぼってあなた方の心の中を照らすまで、
 この預言の言葉を暗闇に輝く灯火として、それに目を留めているがよい
 (ペテロ第ニ書1‐19)
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、
 神は聞き入れて下さる。これが神に対する私たちの確信である。
 私たちは、願い事は何でも聞き入れて下さると分かるなら、
 神に願ったことは既にかなえられていることも分かる
 (ヨハネ第1書5-14~15)
●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。
 即ち必ず成就すべき事を
 前もって語に表することである(内村鑑三)
●心からの祈りによって、成し遂げられないものは、この世には無い
(ガンジー)
●何でも祈り求めることは既にかなえられたと信じなさい。
 そうすれば、そのとおりになるであろう(マルコ伝11‐24)
●神は約束したことを成就することができると確信した(ロマ書4-21)
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、神は聞き入れてくださる。
 これが神に対する私たちの確信である(ヨハネ第1書5-14)
●私は初めから、以上のことを確信し、思い巡らした後、こう書き残した。
「主の御業はすべて良く、時が来れば、主は必要なことをすべて満たされる。」
「これはあれよりも悪い」と言ってはならない。
 どんなものも時が来ればその良さが証明される。
 さあ、心から、声高らかに賛美の歌をうたえ。主の御名をほめたたえよ
(シラ書〔集会の書〕39-32~35)
●あなたに備えられているものをすべて生かし抜きなさい。
 神はあなたの、その善き意志を助けてくださるだろう(トマス・ア・ケンピス)
●光の子らというのは、たしかに、尋常ならぬものに対して敏感であり、
 かつ求めてやまぬ人たちのことである。
 彼等はまず、飲み、食い、そして明日は死ぬということ以外に、
 もうすこし良いものが地上にあることを願い、
 このやみがたい願いと意志とから出発して、次第に信仰に、
 そして最後には確信に、到達する人たちである(ヒルティ)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年10月17日に作成した<第638回>に加筆】
◇◇第二の聖書で【神の愛の方程式=摂理】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

日本民族は森羅万象に神宿る汎神論的自然崇拝の<多神教精神>と言われます。
従って一神教的キリスト教は理解できないと私自身も思い込まされてきました。
しかし、最近の私の霊的解釈では、汎神論的<自然崇拝・多神教>であろうとも
【三位一体:父・子・聖霊】【神の愛=主イエス】の【神の愛の方程式=摂理】を
体感できると確信するようになりました!

何故なら<天然・此の世>は【御心:聖意・聖旨】である【第二の聖書】であり
此の世の<万事・万物>は【神の愛の方程式=摂理】で【神の愛=主イエス】と
始めから終わりまで<いつも一緒!>だからです!

●わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、
 わたしがこれを創造し、これを形造り、これを完成した(イザヤ書43-7)
●御子(主イエス)は見えない神の形であって、すべての造られたものに先だって
 生まれた方である(コロサイ書1-15)
●万物は、天あるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、
 位 (王座)も、主権も、支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。
  これら一切のものは御子によって造られ、御子のために造られたのである
(コロサイ書1-16)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
 <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
 <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●神は愛なり、宇宙は愛の機関なり(内村鑑三)
●愛は神の霊としてこの世界に満ち満ちている(ヒルティ)
●神は時おり自然の出来事や自然の事物を通して私たちに話しかける事もある
 (ヒルティ)
●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、
 すなわち神の永遠の力と神性とは、被造物に現われており、
 これを通して神を知ることができる(ロマ書1-20)

日本でキリスト教が普及されないのは、既存キリスト教会が「一神教的信仰」を
前提として日本の汎神論的多神教を完全否定することも原因であると感じます。

しかし既存キリスト教の【聖書】神観でも、広義に見れば一神教と言えません。
もし、<創造主>が<単独の神>「私<天の父>」だけの存在だとしたら、
私には恐れ多くて、味も素っ気も無く共感も愛着も沸かなかったと思います。
内村鑑三は<単独の神>について次のように明確に示しています。

●愛は単独で存在するものではありません。愛は相互的なものですから、
 単独の神には実は愛というものは、ないのです(内村鑑三)

天地創造してくれた【神の愛】が<御父の愛><御子の愛><御霊の愛>の
【三位一体】だから<万事・万物>の細部まで<相愛互助・互助友愛>の
ハーモニー豊かな【チーム・ワーク&チーム・スピリット】を感じます。

●【三位一体】(内村鑑三)⇔【三方面よりの愛】
 【父】  ⇔父の厳格 ~ 上より
 【聖霊】 ⇔母の慈悲 ~ 下より
 【子】  ⇔兄の同情 ~ 側より
●<万物ことごとく可なり>(内村鑑三)
 星は音信を伝えていわく、万物ことごとく可なりと。
 地は洪声を放ちていわく、万物ことごとく可なりと。
 歴史はその教訓を伝えていわく、万物ことごとく可なりと。
 信仰はその実験を宣べていわく、万物ことごとく可なりと。
 「神その創り給える全ての物を視給いけるに、はなはだ善かりき
 (創世記1‐31)」と。
 宇宙と人生の事物にしていずれか善かつ可ならざらんや。
●【愛】をもって宇宙を造り、宇宙の目的は【愛】、
 その成りし手段は【愛】、その原理と精神は【愛】、
 宇宙は犠牲によりて成る(内村鑑三)

まさに<単独の神>ではなくて【三位一体:父・子・聖霊】であるからこそ、
【神の愛=主イエス&聖霊】【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】も無限大であり、
【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】に輝いています!

●愛は神より出づ(ヨハネ第一書4‐7)●神は愛なり(ヨハネ第一書4‐8)
●神はその独り子を賜うほどに、この世を愛して下さった。
 それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
(ヨハネ伝3-16)
●主は我らの爲に生命を捨てたまへり、之によりて愛といふことを知りたり、
 我等もまた兄弟のために生命を捨つべきなり(ヨハネ第1書3-16)
●愛の中に恐れあることなし、全き愛(神の愛・隣人愛)は恐れを除く
 (ヨハネ第1書4‐18)
●希望は私たちを欺くことがなく失望に終わらせない。私たちに与えられた
 聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからである
 (ロマ書5-5)
●神はキリスト(愛)を目的に、キリストに在りて、キリストをして、
 宇宙万物を造り給へり(内村鑑三)
●宗教に関して真に大切なことは、神々に対する正しい概念をいだくことだと
 知らねばならぬ。すなわち、神々は存在すること、そして世界を良く、
 かつ正しく支配したもうこと、きみは神々に従うように定められてあること、
 神々の指図は最高の決議の命令であるから、きみはこれを受け容れ、
 よろこんでこれに従うべき事、等がそれである(エピクテトス;ヒルティ)

特に、戦後日本はGHQ占領政策<war guilt information program>の影響もあり、
公職追放を逃れた敗戦利得勢力<言論思想界/マスメディア/官僚/政界>は
大東亜戦争の【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に支配されているので、
戦後キリスト教会主流も反日・反戦・反天皇の左翼的社会主義価値観にあると
感じます。

●<社会主義>[1907年5月] (内村鑑三)
 キリスト教に似て、しかも最も非なるものを、
 今日わが国において唱えらるる社会主義となす。
 これ聖書にいわゆる「不法の隠れたるもの(テサロニケ後書2-7)」なり。
 これに敬虔なし。恭順なし。平和なし。
 これ単に不平と頑抗と破壊の精神なり。
 これ、しもべを主にそむかせ、
 子を親にそむかせ、弟を兄にそむかせ、
 弟子を師にそむかしむるの精神なり。
 すなわち特に叛逆の精神なり。
 服従を絶対的に拒絶せしむる悪魔の精神なり。
 余輩は長き忍耐の後にこの断言を発せざるを得ざるに至りしを悲しむ。

ユダヤ教<旧約>の土台の上に、キリスト教<新約>が接ぎ木されたように
日本民族の【ミッション:大義・使命・天職】を体得するには世界の民族同様に
民族独自の伝統的土着信仰を完全否定せず土台にする事が信仰回帰の手順であり
先ず【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】から自由解放される事が必要で
世界特有の神道的自然崇拝・汎神論多神教を土台にして、大祭司である皇室が
【神の愛の方程式=摂理】【三位一体:父・子・聖霊】【神の愛=主イエス】に
立ち帰って、日本伝統信仰精神に【キリスト精神:自由・平等・寛容・博愛】を
接ぎ木する事が【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】だと確信します!

●ある枝が折り取られ、野生のオリブであるあなたが、その代りに接ぎ木され、
 根から豊かな養分を受けるようになった(ロマ書11‐17)
●主はこう言われる。
「さまざまな道に立って、眺めよ。昔からの道に問いかけてみよ。
 どれが、幸いに至る道か、と。その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」
 (エレミヤ記6-16) 
●私(主)は目の見えない人たちを導き、彼らがまだ知らない大路に行かせ、
 通ったことのない道を歩ませる。彼らの前で、行く手の闇を光に変え、
 でこぼこの曲がった道を平らにまっすぐにする。
 私はこれらのことを成就させ見捨てることはない(イザヤ書42-16)

日本が体得してきた<天然の法則>からでも、【神の愛の方程式=摂理】は
理解できます。天然と同様に私たち個人的生涯もまた<天然の法則>の下にあり
【神の愛=主イエス】への【信仰:信愛・信頼・信従】は<天理・天然法則>に
【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】【御心:聖意・聖旨】を見出す手段です!

●咲く花は多し、実となるは少なし。実となるは多し、熟するは少なし。
 天然の法則は神の聖旨なり(内村鑑三)
●人はすべて草の如し
 其のすべての栄え草の花の如し
 草は枯れ其の草は落つ
 されど主の道(ことば)は窮(かぎり)なく存(たも)つなり
 しかして汝等に宣伝(のべつた)えられたる福音は即ち此の途なり
 (ペテロ前書1-22~24)
●心の田畑さえ開墾ができれば、世間の荒地を開くこと難しからず(二宮尊徳)
●山家に住して漁業をうらやむなど最も愚なり。
 海には海の利あり、山には山の利あり。
 天命に安んじてその他を願うことなかれ(二宮尊徳)
●天理に順いて種をまき、天理に逆うて草を取り、
 欲に随いて家業を励み、欲を制して義務を思うべきなり(二宮尊徳)
●父がその子に対してするように、あなた方の一人一人に呼びかけて、
 神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く諭し勧めたのである。
 御自身の御国と栄光に預からせるようと、神はあなた方を招いておられる
 (テサロニケ前書2‐11~12)
●主は、すべての人々に分に応じて知恵を与え、主を愛する者には惜しみなく
 それを与えられた。〔主を愛することこそ、輝かしい知恵。主は、御自分を
 示すために、知恵を分け与え、こうして彼らは主を見るようになる。〕
(シラ書〔集会の書〕1-10)
●愛が愛として存する間は信仰はいらない。信仰のための愛ではない。
 愛のための信仰である(内村鑑三)

現代は国内では家族・社会で、世界では宗教・民族・国家で分裂・対立が激化し、
伝染病や天変地異も強大化して、暗黒時代に突入しているように感じますが、
<天理・天然の法則>に基づいても、【神の愛の方程式=摂理】に基いても
【神の愛=主イエス】に立ち帰る新時代幕開けが近い夜明け前の真暗闇であると
体感できます!

●<凋落の希望>(内村鑑三)
 葉落ちて枝空し。しかれども知る。芽ならずして葉落ちざることを。 
 凋落は復活の兆しなり。
 世の日に日に朽ち行くは革新の準備すでに成りたるによる。
●<腐敗と希望>(内村鑑三)
 社会は日々に腐敗しつつあると聞く、福音は日々に進歩しつつあるを識る。
 旧きは日々に失せつつあるなり、新しきは日々に起こりつつあるなり。
 落葉の秋に青春の兆しあり、腐敗は万物復興の徴(しるし)に他ならざるなり。
●【物の前後<The Divine Order(ホレ―シャス・ボナー)>】(内村鑑三)
 ◆真(マコト)なることは先にして美なる事は後なり。
  美なることが先にして、真なることが後なるにあらず。
  先ずありのままの森と岩と沢とありて、
  しかる後に香しき美しき園はあるなり。
 ◆善なることは先にして美なることは後なり。
  美なることは先にして善なることは後なるにあらず。
  先ず荒き野に固き種を下して、しかる後に花は開き枝は茂るなり。
 ◆喜ばしきは先にして悲しき事は後なるにあらず、
  悲しき事は先にして喜ばしき事は後に来るなり。
一度は涙にむせびて(泣かざる者とては世になければ)、
  しかる後に憂いを忘れて踊り喜ぶなり。
 ◆光は先にして暗闇は後に来るべきものにあらず、
  先ず暗黒を経過して、しかる後に光明は臨むなり。
先ず黒雲天を覆うて、しかる後に虹顕れる。
  先ず一度墓に降りて、しかる後に天に昇るなり。

皆さんが日本の伝統的文化や伝統的信仰精神や【第二の聖書:此の世・天然】に
【神の愛=主イエス】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】【御心:聖意・聖旨】を
体感して、日本の旧約時代の「武士道」を土台に<神愛道:神の国・神の義>を
<接ぎ木>する事で【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】を
体得することを心よりお奨めします!

●厳格なる正義の準備なきところにキリストの福音の栄えた例(タメシ)はない
 ◆全ての預言者はイエスの先駆者であった
  ⇔預言者なくしてキリストは世にあらわれなかった
 ◆旧約の道徳を排して新約は解らない
 ◆ピューリタン道徳があって、健全な英米キリスト教があり得た
 ◆最も善きキリスト者は厳格な武士の家に起こった(内村鑑三)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、
 私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から
 私たちを引き離すことはできないのである (ロマ書8‐38~39)
●賢さで人生を乗り切るのは困難だが、導きによって生きるのは容易である
(ヒルティ)

皆さんが単に欧米キリスト教の受け売りでなく【第二の聖書:此の世・天然】と
日本古来の<伝統的信仰精神:自然崇拝・汎神論的神道・多神教>を土台にして
<天理・天然の法則>にも【三位一体:父・子・聖霊】の<真理>を見出す事で
私心の<願望><最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【神の愛=主イエス】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】【御心:聖意・聖旨】を
体感することで、<闇・マイナス・敗北>のピンチこそ【神の愛=主イエス】の
<神助:祝福・恩恵>であり、<光・プラス・勝利>に導く絶好のチャンスだと
体得する<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を走り抜けて
たとえ連戦連敗でも<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を掲げて
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】に<お任せ人生>の
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起して活躍されることを心より応援しています!

●<勝利の秘訣>(内村鑑三)
 我に力なし、しかれども我が全能の神は我が為に活動(ハタラ)き給う。
 我に知恵なし、しかれども我が全智の神は我が為に計策(ハカ)り給う。
 我が神、我と共にいまして懦弱(ヨワ)き拙劣(ツタナ)き我も
 この世に勝ち得て余りあり。
 我は永久(トコシエ)にエホバの聖名(ミナ)に頼らん。
●あなたは主を避けどころとし、いと高き神を宿るところとした。
 あなたには災難もふりかかることがなく、天幕には疫病も触れることがない。
 主はあなたのために御使いに命じて、
 あなたの道のどこにおいても守らせて下さる。
 彼らはあなたをその手にのせて運び、足が石に当たらないように守る
(詩篇91-9~12)
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
 あなたの道を主にゆだねよ。信頼せよ、
 主は計らい、主が成し遂げてくださる。
 あなたの義を光のように、
 あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる(詩篇37-4~6)
●<希望と前進>(内村鑑三)
 人は希望的動物なり。
 彼にありては前を望むは自然にして、後を顧るは不自然なり。
 希望は健全にして、回顧は不健全なり。
  ●後にあるものを忘れ、前にあるものを望み(ピリピ書3-13)」と
 罪を忘れ、病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
 神と、生命と、成功と、愛とに向かって進まんのみ。
●いたずらにあなたを苦しめるために苦難が与えられるのではない。
 信じなさい。まことの生命は悲しみの日に植えられている事を(ヒルティ)
●あなた方が、いろいろな試練にあった時は、
 それをむしろ喜ばしいことに思いなさい(ヤコブ書1‐2)
●彼らは涙の谷を過ぐれども、そこを多くの泉あるところとなす。
 初めの雨は多くの祝福にておおわれる(詩篇84‐6)
●あなた方に会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。
 あなた方を耐えられないような試練に会わせることはないばかりか
 試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さる
 (コリント前書10‐13)
●信者の生涯は、
 始めは悪く終りは善くある。
 終りに近づくほど、ますます善くある。
 生命(いのち)の夕暮になればなるほど、
 彼はなにものか、彼の心の奥深き所に結実しつつあるを感ずる。
 人あり、彼に、その生涯の中に最も愉快なりし時はいつか?と聞くならば、
 彼は常に今なりと答うるのである。
 そうして彼の最後(ラースト)が最善(ベスト)である(内村鑑三)
●最悪のものでも、最高になる、勇気さえあれば(ブラウニング)
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
●すべての聖徒と共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さが
 どれほどであるか理解することができ、また人知をはるかに越えた
 キリストの愛を知って、そしてついには神の満ちあふれる豊かさの全てに
 あずかり、あなた方が満たされますように、と祈る。
 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちが願い求めまた思う所の
 いっさいを、はるかに越えてかなえて豊かに施すことができる方に
 教会により、また、キリスト・イエスによって、
 栄光が世々限りなくあるように、アーメン(エペソ書3-18~20)
●<無限と希望>(内村鑑三)
 神の愛は無限なり、かれの時もまた無限なり。無限の愛を行うに、
 無限の時をもってす。いかなる善事をか成し得ざらんや。
 我らは我らの救拯(すくい)について失望すべからざるなり。
●摂理と確かな知恵とは、私にある。私は分別であって、私には威力がある。
 私によって、王たる者は世を治め、君主たちは正しい掟を定める。 
 君侯、自由人、正しい裁きを行う人は皆、私によって治める。 
 私を愛する者を、私は愛する。私を熱心に捜す者は、私を見つける
 (箴言8-14~17)
●我々の真の本質の発展と実現は、我々自身の知恵よりもすぐれた神の明察に
 したがい、神の道を踏んで、行わるべきである。神の意志は、一般的には
 聖書を通じて、個別的には我々の人生の内的運命を通じて啓示されるが、
 この神の意志を、常にためらうことなく、おのれの意志として受けとり、
 よろこんでそれに一致すること、これが人生の最高の課題であり、
 また神の意にかなう供え物でもある。このほかの課題はもはや存在しない。
 この供え物を日々そなえていく人は、神に祝福された人であリ、
 また、我々の今日の内的宗教観によれば、その人は彼自身のため、
 彼の家のため、さらには彼の民族のための、神の祭司である(ヒルティ)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2014年9月29日に作成した<第637回>に加筆】
【2003年8月19日に作成した<第313回>の<改訂版・再掲載>】
◇◇黎明近きがゆえに、暗黒は益々甚だし(内村鑑三)◇◇
★★テサロニケ書の【パウロの未来観】で現代を考える★★
●さて兄弟たちよ、私たちの主イエス・キリストの来臨と私たちが
 みもとに集められることについて、あなた方にお願いすることがある。
 霊により、あるいは言葉により、あるいは私たちから出たという手紙によって、
 主の日はすでに来たとふれまわる者があっても、すぐさま心を動かされたり、
 あわてたりしてはいけない(テサロニケ後書2-1~2)
●誰がどんなことをしても、それにだまされてはならない。
 先ず背教のことが起こり、不法の者、すなわち、滅びの子が現われるに違いない。
 彼はすべて神と呼ばれたり、拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、
 自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する(テサロニケ後書2-3~4)
●禍(ワザワイ)なるかな、彼らは悪を呼びて善となし、善を呼びて悪となし、
 暗きを光とし、光を暗きとして苦きを甘しとし、甘きを苦しとする
 (イザヤ書5‐20)

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

☆☆注釈☆☆
本文は2003年当時の霊的メッセージです。私のブログに初訪問された方の
足跡から掘り起こされた再掲載です。ブログ初訪問された方に心より感謝します!


マタイ伝24章には、主イエスの言葉によって【主の再臨】の時への
【前兆】について具体的に示されています。

そして、パウロも【神の啓示】を受けて【主の栄光】の<前兆>として
<真暗黒>がやって来ることを私たちに告げています。

現代の世界も、特に日本はまさに<真暗黒>の<前兆>に匹敵する程に
天変地異や民族紛争や【愛の冷却】が進展し、驚愕で不思議な出来事が
連続多発していると実感します。

●多くの人がつまずき、互いに裏切り憎みあい、多くの偽預言者が起って、
 多くの人を惑わし、不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう
 (マタイ伝24‐10~12)
●見よ、侮る者たちよ、驚け、そして滅び去れ、
 私はあなた方の時代に一つの事をする。
 それは人がどんなに説明して聞かせても
 あなた方のとうてい信じられないような事なのである(ハバクク書1-5)

今まさに<個人的信仰>が試されています。パウロが警告しているように、
初めに背教者が続出するということは【神の愛=主イエス】への
【信仰ある者】から、誘惑に負け、つまずき、裏切ることになるからです。

日本の報道やメディアの世界には宗教界からの発言が少なく、
どんな事件にも一切沈黙しているように見えることも<宗教の権威>が
失われている象徴のように思います。

これほどに【宗教】が無力で、一方で危険とさえあると思われている事態は
【不法の者】にとっては日本が【悪の支配】にあり、彼らには都合がよく、
一時的勝利であるといえるでしょう。

●背教者続出し、無神論は臆面なく唱えられ、道徳はあざけられ、
 人倫は無視せられ、価値は転倒して、昔の悪は今の善として讃美せらるる
(内村鑑三)

興味深いことは、内村鑑三の生きた戦前の1920年代においても、
さらには賀川豊彦の生きた戦後の1950年代においても、
現在と共通の感慨を抱いて日本の【悪徳腐敗】の危機を嘆き
【信仰復興】を切に訴えていることです。

「二度あることは三度ある」かまたは「三度目の正直」かいずれにしても、
私たちの生きている現代も、過去に負けず劣らずの
<混迷波乱・腐敗堕落の時代>に突入していると実感します。

経済復興や政治改革や社会改良を各分野の権威や専門家や有識者に求めても、
もやは有効で画期的な解決策は見当たらないように思えます。

経済基盤である【根本精神】からの見直し改革こそが必要不可欠だからです。

●経済の背後に政治あり  政治の背後に社会あり
 社会の背後に道徳あり  道徳の背後に宗教あり
 宗教は始めにして経済は終りなり。
 宗教の結果はついに経済において顕れる(内村鑑三)

トラック事故が多発している背景には、不景気のために仕事の取り合いになって、
低料金で厳しいスケジュールでも請け負うことになり、高速料金負担は運転手が
自己負担せざるを得ない運用になっていると報道では聞きます。

苛酷労働に加え、高速道路を避けて普通道路を制限速度オーバーで爆走している
危険極まりない物流体制で維持されている経済活動が正常であるはずがありません。

フランスを筆頭に欧米ならば、運転手組合の長期ストライキとデモが
起きている状態だと言えるでしょう。

市民や社会全体が労使交渉を暖かく支援し受け入れるか、
それとも生命の犠牲をも覚悟して現状の危険な体制を維持させるか、
どちらかを選択する時だといえます。
さらに高速道路の夜間料金軽減化または無料化に早急に踏み切るべきと考えます。

●他のいかなる自由よりも、先ず第一に良心に従って知り、
 考え、信じ、かつ言うことの自由を我に与えよ(ミルトン)

私たちの住む日本社会は豊かに発展進歩してきましたが、
一方で何かが足りないと誰もが認めている【不安の時代】でもあります。

誰が平和を維持してきたのかというと、ある勢力は平和憲法だと唱え、
ある勢力は日米安保や政治の力だと、ある勢力は個人の経済的努力だと
唱えているようです。

私自身は全て【三位一体:父・子・聖霊】【神の愛=主イエス】のおかげであり、
【神の愛=主イエス】の【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】のおかげであり、
賀川豊彦の説く【相愛互助・互助友愛】のおかげと実感しています。

●あらゆる奥義と知識に通じていても、山をも移す強い信仰があっても、
 もし、愛がなければ無に等しい。自分の全財産を人に施しても、
 自分の体を焼かれるために渡しても もし、愛がなければ、一切は無益である
 (コリント前書13-1~2)
●<世界最大の者>(内村鑑三)
 知識をもって腕力に克つべし
 信仰をもって知識に克つべし
 愛をもって信仰に克つべし
 愛は進化の終局なり、最大の能力なり。
 愛に達して我らは世界最大の者となるなり。
●<最も貴きもの>(内村鑑三)
 富と糧とに優って貴きものは知識なり
 知識に優って貴きものは道徳なり
 道徳に優って貴きものは信仰なり
 信仰に優って貴きものは愛心なり
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、
 信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、
 かくて自己は死して神、我にありて生きるに及んで、
 我は真個の勇者となる。

現在の儀式化した伝統的宗教組織にも、新興宗教にしても「宗教界」には頼れず、
<人間力>で解決しようとする<多数派勢力>があるおかげで、
真実の【神の愛=主イエス&聖霊】と【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を
個人個人が再発見して体感するには【絶好のチャンス】です!

●愛が愛として存在する間は信仰はいらない。
 信仰のための愛ではない。愛のための信仰である(内村鑑三)
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
 (アウグスティヌス)
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三)
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、
いつも我々の暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである
(ヒルティ)
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり。
神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
(内村鑑三)

私自身の個人的問題解決も、社会のあらゆる分野で起きている問題解決にも
もはや人間力と【この世の勢力:富・権威・名声】に頼っても解決不可能であり、
【神の愛=主イエス】が定めた【掟】【ゴールデン・ルール(黄金律)】こそが
此の世の<万事・万物>を<最高!最善!最美!>に導く万能解決策です!

●イエスは言われた、
 『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、主なるあなたの神を愛せよ』
 これが一番大切な、第一の戒めである。第二もこれと同様である。
 『自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ』
 これらの二つの戒めに、律法全体と預言者とが、
 かかっているこの二つの戒めに優る掟はない
 (マタイ伝22‐37~40、マルコ伝12‐29‐31、ルカ伝10‐26~28)
●心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くし、
 主なる汝の神を愛せよ(申命記6‐5)
●<愛の順序>(内村鑑三)
 第一に神を愛すべし、
 第二に世界と人類を愛すべし、
 第三に国と国人を愛すべし
 第四に自己と家族を愛すべし
●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。
 主を知るは智恵の初めである。
 神を知るに知識なくして道徳も政治も殖産も無し(内村鑑三:ホセア書4‐3)

私たち個人個人が<負債・重荷>として背負っている個人レベルから
地球レベルに至る困難な社会問題や将来問題でも、
どんな<不可能なマイナス・最悪>でも<プラス・最善・可能>となさしめる!
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】と
勇気と希望と慰めと励ましを無限に与えてくれる
【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
<一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】が
【神愛力&神愛事業=隣人愛&奇蹟】だと私は実感しています。

●人間を全て皆愛することは、キリストへの愛がなければできないのである
 (ヒルティ)
●心を尽くして神を愛せよ、それからあなたの欲することをなすがよい(ヒルティ)
●いわゆる人間愛は、すべて神に対する強い愛という根底がなければ
 単なる幻想である(ヒルティ)
●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越して
 最も多く他を利して最も多く己を利するの道を教えたり(内村鑑三)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
 許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●それゆえ愛は万事に対する能力をもち、
 愛しないものならば力尽きて倒れる場合にも、
 多くのことを成し遂げる功を奏させる(トマス・ア・ケンピス)
●<幸福と十字架>(内村鑑三)
 人類の幸福は 学術の進歩を要す
  学術の進歩は 思想の自由を要す
   思想の自由は 政治の改善を要す
    政治の改善は 人心の洗浄を要す
     人心の洗浄は 霊魂の釈放を要す
      霊魂の釈放は キリストの十字架を要す

これだけ宗教的に成熟してしまった日本で、既成宗教組織に頼らず、
どうやって【神の愛=主イエス】に立ち帰ろうとする【信仰復興】が
実現されるのでしょうか?

心配ご無用!全智全能なる【三位一体:父・子・聖霊】【神の愛=主イエス】に
不可能な事などありません!【福音の勢力】が最後には勝利します!

●<勝利の秘訣>(内村鑑三)
 我に力なし、しかれども我が全能の神は我が為に活動(ハタラ)き給う。
 我に知恵なし、しかれども我が全智の神は我が為に計策(ハカ)り給う。
●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)

【神の愛=主イエス】は私たちの勝手都合で選べるのではなく、
先ず【神の愛=主イエス】から私たち個人個人が選ばれなくてはならないことは
明らかです。

●あなた方が私を選んだのではない、私があなた方を選んだのである
 (ヨハネ伝15-16)
●クリスチャンとなることは我らが好んでなれることではない。
 クリスチャンは神の特別な創造である。
 ゆえにこれになるを得て我等はただ神に感謝するのみである(内村鑑三)

現在の日本社会は【神の不在】のような不条理に満ちた出来事が連続多発するので、
まさに個人個人の【信仰精神】が試され訓練されている
【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】です!

●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
 魂の父は、私たちの益のために、そのきよさに預からせるために
 そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
 むしろ悲しいものと思われる。
 しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に
 平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●「我が子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
 主から責められ懲らしめられても、
 弱り果て力を落としてはいけない。
 なぜなら、主は愛する者を鍛え、
 子として受け入れる者を皆、
 鞭打たれるからである。」
 あなた方は、これを鍛錬(訓練)として忍耐しなさい。
 神は、あなた方を子として取り扱っておられるのである
(ヘブル書12-5~7)
●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●あなた方は訓練として耐え忍びなさい。
 神はあなた方を、子として扱っておられるのである。
 いったい父に訓練されない子があろうか(ヘブル書12‐7)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
 他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる
 (ヒルティ)

「神も仏も本当にいないのか?」「人生で一番大切なものはナンなんだ?」とか
疑問を抱かせる困難に直面する人もいるでしょう。
そして、最悪のどん底を経験して、「そうだ!神は存在する!」
「最も大切なものは【神の愛=主イエス】だ!」と確信できれば合格です!

●神はある時は我等を窮境に追い詰め、
 そこに我らの無能なると
 神の大能なることを知らしめたまう(内村鑑三)
●希望は時々刻々この世に臨みつつあり、
 腐敗の累積はあえて恐るるに足らざるなり(内村鑑三)
●あなた方をキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さった
 あふるる恵みの神はしばらくの苦しみの後、
 あなた方をいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さる
 (ペテロ第1書5‐10)
●私は思う。今この時の苦しみは、
 やがて私たちに現されようとする栄光に比べると言うに足りない
 (ロマ書8‐18)
●彼(主)は正義に勝ちを得させる時まで
 いためられたアシを折ることが無く
 くすぶる燈心を消すことも無い(イザヤ書42‐3、マタイ伝12‐20)
●我等は悪を避けんとするよりも、むしろ神と共にあらんことを努むべし
(内村鑑三)
●まっさきに人間に慰めを求めないで神にそれを求めなければならない
(ヒルティ)

自分のこれまでの生き方や現実の社会に疑問を抱き、自己の無力を自覚して
素直に【真理】を求める心になれば、【神の愛=主イエス】は必ず私たちの心に
【聖霊】となって訪れてくれます!
つまり、私たち個人個人の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が
【神の家:神殿・大聖堂・礼拝堂】となるのです!
ハレルヤ!栄光を主に帰します!

●神の家とは、生ける神の教会のことであって、
 それは真理の柱、真理の基礎(土台)なのである(テモテ前書3-15)
●神の神殿と偶像にどんな一致があるか。私たちは生ける神の神殿である。
 神がこう言われているとおりです。
 「私は彼らの間に住み、巡り歩く。そして、私は彼らの神となり、
  彼らは私の民となる(レビ記26-12)」(コリント後書6-16)
●見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。
 だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、
 わたしは中に入ってその者と共に食事をし、
 彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。
 勝利を得る者には、わたしと共にわたしの座につかせよう。
 それはちょうど、わたしが勝利を得て
 わたしの父と共にその御座についたのと同様である(黙示録3-20~21)

私たちが抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】が【神の愛=主イエス&聖霊】が
【心】に訪問した足跡であり【預言書】に示された【預言・夢・幻】そのものです。

●私(主)は我が霊を全ての肉なる者に注ぐ。
 あなた方の息子、娘は預言をし、あなた方の老人たちは夢を見、
 あなた方の若者は幻を見る。
 その日、私はまた我が霊を、しもべ、はしために注ぐ(ヨエル書2-28)

腐敗混乱してしまった時代には、個人でも社会全体でも、
【真理】<正義>を自分の外に求めるのは失望したり危険なだけです。
私たちの<内なる世界><内なる声>【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に
耳を傾け捜し求めましょう!

●【良心】とは人間の行いの善悪を判断し、善を命じ、悪を禁じ、善をほめ、
 悪を戒める神よりの心の声である。人間は心の中に刻まれた法を持っており、
 それに従うことが人間の尊厳であり、また、人間はそれによってさばかれる。
 【良心】は人間の最奥であり、聖所であって、そこでは、人間はただひとり
 神と共にあり、神の声が人間の深奥で響く
 (カトリック要理:ロマ書2-15~16)
●神が命じ人が神に応える所に【良心】がある。【良心】は人の神覚である、
 人を離れて人が独り神と相対して立つ時に【良心】がある。(内村鑑三)
●道徳は人の道であり、【良心】は神の生命である。(内村鑑三)
●洗礼は肉の汚れを取り除く事ではなくて神に正しい良心を願い求める事です。
(ペテロ前書3-21)
●正しい良心を持ちなさい。
そうすればあなたはいつも喜びをもつことができよう。
 正しい良心はずい分たくさんな物事を忍ぶ力を具え、
 逆境にあっても、つねにずい分と大きな喜びを覚える
 (トマス・ア・ケンピス)
●信仰は聞く事から始まり、聞く事は、キリストについての御言葉から来る
 (ロマ書10-17)
●私は思いをこらしつつ愛の息吹に耳をすまし、そのささやきをまことと知り、
 それを書き写すのみ、我が内より創るものはない(神曲・煉獄篇第24歌52節)
●クリスチャンは思想の人ではない。
 さらばとて、また実行の人でない。
 クリスチャンは聖霊の人である。
 聖霊によりて神の知恵と大能とを実得するを得し人である(内村鑑三)
●神は驚くべき御声をとどろかせ、
 私たちの知りえない大きな業を成し遂げられる(ヨブ記37-5)
●あなた方の内に働きかけて御心のままに志望(願い)を起こさせ、かつ実現に
 至らせるのは神であって、それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)

皆さんの【霊性:魂[勇気]・善意・良心】にも働きかける【聖霊の訪問】や
【神の導き】<神助:祝福・恩恵>を信じて楽しみに待ち望みましょう!
そして私たち各自に託された<人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
大切に守り育てて今度こそ【信仰復興】を実現させようではありませんか!

●だから、あなた方は神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、
 憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身につけなさい(コロサイ書3-12)
●<愛の讃歌>(コリント前書13-4~8)
【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
   全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
【愛】はいつまでも絶えることがない

皆さんの心に【神の愛=聖霊】の訪問足跡である【ビジョン:理想・夢念・大志】を
【キリストの手紙】【キリストの御言葉】【御心:聖意・聖旨】として受けとめて
【神愛力&神愛事業=隣人愛&奇蹟】で連帯させる【帯:神愛の絆】となって
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】で活躍されることを心より応援しています!

●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)
●キリストの言葉を、あなた方のうちに豊かに宿らせなさい。
 そして、知恵をつくして互いに教えまた訓戒し、
 詩とさんびと霊の歌とによって、感謝して心から神をほめたたえなさい
 (コロサイ書3-16)
●<キリストの手紙>
 汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、
 しかも墨にあらで活ける神の御霊に記され、
 石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり(コリント後書3-3)
●私の律法を彼等の心に与え、彼等の思いのうちに書きつけよう(ヘブル書10‐16)
●これら一切のものの上に、愛を加えなさい。
 愛はすべてを完全に結ぶ帯である(コロサイ書3-14)
●キリストの平和が、あなた方の心を支配するようにしなさい。
 あなた方が召されて一体となったのは、このためである。
 いつも感謝していなさい (コロサイ書3-15)
●<神に感謝す>(内村鑑三)
 我に文才と芸術とあるなし、我は深く神に感謝す。
 我に交際の技量あるなし、我は深く神に感謝す。
 我は経済の学と術とに暗らし、我は深く神に感謝す。
 我は政治を知らず、法律に疎し、我は深く神に感謝す。
 我は我は唯(ただ)依頼(よりたの)むを知る、
 見えぬ神に依頼むを知る、其他を知らず、深く神に感謝す。

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)



【2014年9月14日に作成した<第636回>に加筆】
◇◇<名コーチ・偉大な教師>の【ビジョン】で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

ご存知のように、プロテニスプレイヤー錦織選手が決勝にまで勝ち抜けた背景に、
錦織氏の潜在的な【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮できるように
<名コーチ>マイケル・チャン氏による熱心な反復強化訓練があったそうです。

私の【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮させてくれる<名コーチ>は
<最愛の我が子・我が分身>で人格的な【ビジョン:理想・夢念・大志】です!
【ビジョン:理想・夢念・大志】は私が憧れる信愛できる<ヒーロー像>であり、
【ビジョン:理想・夢念・大志】は喜怒哀楽も生老病死にも<いつも一緒!>で
私が裏切ろうと見捨てようと最後の最後まで<人生伴侶>【同労者・同志】です!

●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)
●夢を追求している時は、心は決して傷つかない(パウロ・コエーリョ)
●一日中考えていることが即ちその人である(エマーソン)
●成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない
 (シェークスピア)
●君がどんなに遠い夢を見ても、君自身が可能性を信じる限り、
それは手の届くところにある(ヘッセ)

私を常に<熱き思い燃える心>にして<最高!最善!最美!>の人生目的に導く
<最愛の我が子・我が分身>である<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】が
私にとって<名コーチ・偉大な教師>です!

●凡庸な教師は、ただしゃべる
 良い教師は、説明する
 優れた教師は、自らやってみせる
 偉大な教師は、心に火をつける(ウィリアム・アーサー・ワード)
●あなたのビジョンや夢を大切にしなさい。それは、あなたの魂の子どもであり、
 最終的な目標の青写真なのです(ナポレオン・ヒル)

私自身もそうでしたが、私が心底【神の愛=主イエス&聖霊】に信愛するまでは、
【ビジョン:理想・夢念・大志】は<自分の所有物>だと思い込んでいました。
従って、自分の<願望>や将来の夢に通じる天職を求めていましたが、具現化は
自力と世間と運に頼るものだと覚悟していました。

しかし、【聖書・真理の御言葉】によって【神の愛=主イエス】に出遭うことで
私の【青春:幼な心・青年の心】に思い描く【ビジョン:理想・夢念・大志】は
私の所有物ではなく、【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】である事が
確信できるようになりました!

●神のみこころを行おうと思う者であれば、
 だれでも、わたしの語っているこの教が神からのものか、
 それとも、わたし自身から出たものか、わかるであろう(ヨハネ伝7-17)
●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)

そうです!特定キリスト教宗派に属さず、洗礼を受けたクリスチャンでなくても
私の【ビジョン:理想・夢念・大志】こそが【神の愛=主イエス&聖霊】が宿る
<知恵>【御心:聖意・聖旨】に満ち触れた<神愛道:神の国・神の義>です!

●知恵は正しい道に導き、神の国を彼に示し、聖なる事柄についての知識を授け、
 労苦を通して繁栄をもたらし、その働きに対して豊かに報いた
 (知恵の書10-10)
●まず神の国と神の義とを求めなさい。
 そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう
(マタイ伝6-33)
●ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、
 これらのもの(衣食住の必要)は加えて与えられる。(ルカ伝12-31)
●神の国は、飲食ではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びである。
 こうしてキリストに仕える者は、神に喜ばれ、
 かつ、人にも受け入れられるのである。
 こういうわけで、平和に役立つことや互いの徳を高め向上することを、
 追い求めようではないか(ロマ書14-117~19)

【聖書・真理の御言葉】を通じて私の<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
【御心:聖意・聖旨】を体感できたおかげで、此の世の大小様々な<患難辛苦>や
失敗・挫折も、<神愛道:神の国・神の義>の【ビジョン:理想・夢念・大志】に
導く<神助:祝福・恩恵><【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手>であり
踏みつけられ倒されても、何度でも決起できる<不死身!不滅!不退転!>に導く
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】を
<パワー・アップ&アップ・グレード>させてくれます!

●教会のキリスト教は成功において神の恩恵を認む。
 これに反してキリストの福音は失敗において神の愛を示す(内村鑑三)
●呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く勧めたのでした。
 御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなたがたを招いておられます
(テサロニケ前書2-12)
●私たちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、
 恵みの上に、更に恵みを受けた(ヨハネ伝1-16)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのが
 キリスト信者の生涯である(内村鑑三)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は負けて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)

世間的に【ビジョン:理想・夢念・大志】は具現化できなければ敗北ですが、
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】にお任せ人生では
<神愛道:神の国・神の義>に導いてくれる<名コーチ・偉大な教師>である
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げて走り続ける
<ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩>こそが人生の圧倒的大勝利です!

●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、
 闇の内を歩くことがなく、命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●あなた方は、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、
 何によって塩けをつけるのでしょう。
 もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです
(マタイ伝5-13)
●あなた方は、世の光です。山の上にある町は隠れる事ができません
(マタイ伝5-14) 
●光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい(ヨハネ伝12‐36)
●光の子として歩みなさい(エペソ書5‐8、イザヤ書2‐5)
●あなた方は、以前は闇であったが、今は主にあって光となっている。
 光の子らしく歩きなさい。光はあらゆる善意と正義と真実との実を
 結ばせるものである(エペソ書5-8~9)
●起きよ、光を放て、あなたの光が臨み、
 主の栄光があなたの上に輝いているからだ(イザヤ書60-1)
●あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、
 上から光の源である天の父から来る(ヤコブ書1‐17)
●これは私たちの神の憐れみ深い御心による。
 また、そのあわれみによって、
 日の光が 上から私たちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照らし、
 私たちの足を平和の道へ導くであろう
(ルカ伝1-78~79、詩篇107-10、イザヤ書9‐2・59-8)
●燃え続ける信念の炎は、我々に光を与えるだけでなく周囲をも照らすのだ
(ガンジー)
●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。
 私は既に世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
 患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
 私たちは、これら全ての事において、
 私たちを愛して下さる方によって輝かしい圧倒的勝利者となる
 (ロマ書8-35~37)

【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生によって
皆さんの【ビジョン:理想・夢念・大志】が<名コーチ・偉大な教師>になって
【神の愛=主イエス&聖霊】と共に<神愛道:神の国・神の義>突っ走り続ける
<ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩>の<福音の戦士>【福音の勢力】で
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●大きな目標があるのに、小さなことにこだわるのは愚かです(ヘレン・ケラー)
●生きるという事は、神の栄光のために、また全ての人の幸せのために、
 できる事をやることです(マザー・テレサ)
●志の固き人は幸いなるかな。
 なんじは苦しむ。
 しかれども長く苦しむことなし。
 また誤って苦しむことなし(テニスン)
●夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、
 計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
 故に、夢なき者に成功なし(吉田松陰)
●人は志の大きさに比例した人物になる(ジェームズ・アレン)
●夢は人を熱中させ、人生から退屈を消し去ってくれる。
 まさに夢が人生そのものになる。
 人生はあなたの夢の大きさで測れるだろう(コンクリン)
●あなたができること、あるいはできると夢見ていることがあれば、
 何でも始めてみることだ。大胆さには本来、天賦の才、力、
 そして魔力が備わっている。今こそ、それを発揮させよう(ゲーテ)
●一番大事なことは. 環境が必要かということではなく、
 どんな考えで毎日生活しているか、
 どんな 理想を追い求めているかということなのです。
 一言でいえば、その人の人柄の問題なのです(ヘレン・ケラー)
●美しいビジョン気高い理想を抱き続けている者は、
 いつの日にか、それを現実にするものとする。
 コロンブスは、未知の世界のビジョンを抱きつづけ、それを発見した。
 コペルニクスは他の無数の世界と、
 より広い宇宙のビジョンを抱きつづけ、それを証明した。
 ビジョンを持つことだ。理想を描くことだ。
 あなたの心をこよなく鼓舞するもの、あなたの心に美しく響くもの、
 あなたが純粋な心で愛することのできるものをしっかりと胸に抱くことだ。
 その中から、あらゆる喜びに満ちた状況、あらゆる天国のよな環境が成長する。
 もしあなたがそれを抱きつづけたならば、あなたの世界はやがて、
 それに基づいて築かれることになる(ジェームズ・アレン)
●人生は大胆な冒険か、無か、そのどちらかだ(ヘレン・ケラー)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●運命を決定する神は、我々の内側に居る(ジェームス・アレン) 
●人生をもっとも偉大に使う使い方というのは、
 人生が終わってもまだ続くような
 何ものかのために使うことである(ウィリアム・ジェームズ)
●幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。その志を貫くためには、
 玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志をまげて瓦となってまで、
 生きながらえるのは恥とする(西郷隆盛)
 ★<玉>=価値あるもの[正義・名誉]⇔<瓦>=がらくた[生き甲斐の無いもの]
●人生の価値は、その長さとは関係がない。
 人生の価値とは、どのようにその時間を利用したかで決まるものなのだ。
 あなたが十分に生きたかどうかは、あなたが生きた
 年数ではなく、あなたがどのような意志をもって生きたのかで決まる
 (モンテーニュ)
●自分の心に描く夢の実現に向かって努力する時、
 普段なら思いもよらぬ成功が得られる。
 空中に楼閣を建てても無駄骨には終わらない。
 楼閣は空中に建てるものだ。
 さあ、その下に土台を建てよ(ソロー)
●人の一生は、どう生まれついたかではなく、どう生きるかで決まる(ベル)
●<キリスト信者の生涯>(内村鑑三)
キリスト信者の生涯は計画の生涯にあらず。
待命の生涯なり。
彼に事業の計画あるなし。
彼はただ神の命に従うのみ。
されども神命一たび降(クダ)るや、これと共に、これをおこのうの力降り、
彼は勇者となり知者となりて、難なく大事を遂行す。
常に無能なる彼は、神命に接して偉人となる。
キリスト信者の異能、怪力の秘訣は、彼ならずしてこれを知る人なし。 

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2014年8月30日に作成した<第635回>に加筆】
◇◇【ビジョン:理想・夢念・大志】で霊的自由に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
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【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

私の個人的印象では日本のプロテスタント系教会牧師の説教する「メッセージ」は
「罪を自覚し悔い改めれば、全て赦され天国に行けます!」が「基本フレーズ」と
感じます。

しかし、牧師が説教するように罪の定義が「十戒」であるならば、私自身の人生は
一日中一秒残らず罪の自覚に支配され続ける罪の奴隷と成り果ててしまうでしょう。

●十戒(出エジプト記20ー3~17、申命記5ー7~12)
 1.汝、我が面(カオ)の前に我の外(ホカ)何物をも神とするべからず
 2.汝、自己(オノレ)の為に何の偶像をも彫(キザ)むべからず
 3.汝の神エホバの名をみだりに口にするべからず
 4.安息日を憶(オボ)えて之を聖潔(キヨ)く守るべし
 5.汝の父と母とを敬うべし
 6.汝、殺すなかれ
 7.汝、姦淫するなかれ 
 8.汝、盗むなかれ
 9.汝、その隣人に対して虚妄(イツワリ)の証拠(アカシ)を立つるなかれ
10.汝、その隣人の家を貪(ムサボ)るなかれ、又汝の隣人の妻及び
   その僕婢(シモベシモネ)、牛、ロバ並びに全て汝の隣人の所有(モノ)を
   貪るなかれ

私の解釈は罪の自覚は<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】であり、
悔い改めるとは、「メタノイア:方向転換/回れ右!」が本来の語源であるそうで、
現実の<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に目を向けていないで
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】が示される
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を直視し続ける為に
【神の愛=主イエス】は<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】から
霊的に自由解放してくれることが「赦し」だと実感しています!

●すべて労する者、重荷を負う者、我れに来たれ。我れ汝らを休ません
(マタイ伝11-28)
●私たちは、キリストによってこのような確信を神の前で抱いている。
 もちろん、独りで事を定める力や何かできるなどと思う資格が、
 自分にあるということではない。
 私たちの資格は神から与えられたものである。
 神は私たちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされた。
 そして、文字【十戒】ではなく霊【聖霊】に仕える資格を与えてくださった。
 文字【十戒】は殺すが、霊【聖霊】は生かす(コリント後書3-4~6)

【神の愛=主イエス】は私たちが互いに、時には民族・国家的に「十戒」の罪で
責めたり裁き合うことがお望みではなく、常に積極的に前向きに【愛の十戒】の
具現化である【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】こそが【御心:聖意・聖旨】です!

●【愛の十戒】(ロマ書12ー9~21)
 ◆愛は偽りがあってはならない。
  悪を憎み退け、善には親しみ結び、兄弟の愛を持って互いにいつくしみ、
  進んで互いに尊敬し合いなさい。
 ◆熱心でうむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、患難に耐え、
  常に祈りなさい。
 ◆貧しい聖徒を助け、努めて旅人をもてなしなさい。
 ◆あなた方を迫害する者を祝福しなさい。祝福して呪ってはいけない。
 ◆喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。
 ◆互いに思うことを一つにし、高ぶった思いを抱かず、
  かえって低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと
  思いあがってはならない。
 ◆誰に対しても悪をもって悪に報いず、全ての人に対して善を図りなさい。
 ◆あなた方はできる限り全ての人と平和に過ごしなさい。
 ◆愛するたちよ、自分で復讐しないで、むしろ神の怒りに任せなさい。
  何故なら、「主が言われる;復讐するは我にあり。私自身が報復する」と
  書いてあるからである。
  むしろ「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、
  かわくなら、彼に飲ませなさい。
  そうする事によって、あなたは彼の頭に燃え盛る炭を積む事になるのである」
 ◆悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい。
●<愛の讃歌>(コリント前書13-4~8)
【愛(主イエス)】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
   全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
【愛】はいつまでも絶えることがない

【主イエス】自身も「十戒」遵守とは、単なる「人道的・道徳倫理観」ではなく
先ず【神の愛=主イエス】を<全生・全身・全霊>で愛する事で生まれ湧き上がる
【隣人・社会】を愛する<黄金律>【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】の掟です!

●イエスに尋ねた。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」
 イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。
 『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
  心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、
  あなたの神である主を愛せよ。』
  次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』
  この二つより大事な命令は、ほかにありません。(マルコ伝12ー29~31)
●そして、『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、
 また隣人を自分のように愛する』ということは、どんな焼き尽くす
 献げ物やいけにえよりも優れています。」(マルコ伝12-33)
●イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。
 ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、
 主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、
 わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、
 あなたが幸いを得ることではないか。
 見よ、天とその天の天も、地と地にあるすべてのものも、
 あなたの神、主のものである(申命記10-12~13)
●イエスは言われた。
 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、力を尽くして、
 あなたの神である主を愛しなさい
(マタイ伝22-37、マルコ伝12-30
●あなたがたは、私を愛しているならば、私の掟を守る(ヨハネ伝14-15)
●<黄金律>(マタイ伝7‐12)
 すべて人に為(セ)られんと欲(オモ)うことは、神が汝等に為し給うごとくに、
 汝等もまた人にもそのごとくせよ

いつでもどこでも恐れず恥じずに<全生・全身・全霊>で【神の愛=主イエス】を
愛することは<不義・不正・不実>不純・不潔の私には絶対に不可能な掟ですが、
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】が示される
心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を<全生・全身・全霊>で愛するならば
私でも可能です!

●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、それは神が善しとされる所だからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、
 神はその人の中で自ら全てのことを行ない、彼を完全へと導き給う
 (聖女カタリナ)
●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
 応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
 (ヒルティ)
●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
 理想が事実となって顕れたるものである。
 すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、
 「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくに
 すべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13)
 ⇔私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)

<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】の<人生の旗印>を
高く掲げることは、私が背負える<十字架>であり、<生き様・死に様>である
【ミッション:大義・使命・天職】に通じます!

●誰でも私について来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、
 私に従って来なさい(マタイ伝16-24、マルコ伝8-34、ルカ伝9-23)
●<幸福と十字架>(内村鑑三)
 人類の幸福は学術の進歩を要す。
 学術の進歩は思想の自由を要す。
 思想の自由は政治の改善を要す。
 政治の改善は人心の洗浄を要す。
 人心の洗浄は霊魂の釈放を要す。
 霊魂の釈放はキリストの十字架を要す。
 キリストの十字架によらずして、
 人類の幸福もまたこれを地上において見るあたわざるなり。
●規則によって私たちを責め立てて不利に陥れていた債務証書を破棄し、
 これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。
 そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、
 キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました
(コロサイ書2-14~15)
●希望(ヒルティ)
 十字架は重いが、ふしぎなことに
 おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
 初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
 その道を進む者は「勇者」と呼ばれる
 おまえの力は小さくとも
 おまえが帰依した主の力は偉大だ
 おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
 今日は死に、明日はいのちによみがえる
 
皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】にお任せして
現実の些細な無駄話の<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】から
霊的自由にされて<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】に
<大確信:必勝・必決・必現>を抱きながら、<人生の旗印>として高く掲げる
【愛と自由の戦士:神の僕・光の子】<福音の戦士>【福音の勢力】に決起して
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●絶えず偉大な思想に生き、些細な事をかえりみないように努めなさい(ヒルティ)
●あなたに委ねられていることを守りなさい。そして、俗悪な無駄話と偽りの
「知識」による反対論を避けなさい(テモテ前書6‐20)
●愚かで無知な思弁・議論を避けなさい。あなたも知っているとおり、
そのような議論は争いのもとになります(テモテ後書2-23)
●自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります
(ヘブル書10-35)
●私たちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、
 キリストに連なる者となるのです(ヘブル書3-14)
●恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。
 あなたには私が共にいるからだ。
 誰もあなたを襲って危害を加えるようなことはない。
 この町には私の民が大勢いるからだ(使徒行伝18-9~10)
●あなた方が知っているとおり、私たちは、父親がその子供に対するように、
 あなた方一人一人に呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、
 慰め、強く勧めたのでした。
 御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなた方を招いておられます
(テサロニケ前書2-11~12)
●人生の喜びとは何か。
 それは人々が「お前はできない」ということを実現してみせることである。
(バジョット)
●一事必ず成さんと思わば、他の事を破るるもいたむべからず、
 人の嘲りをも恥ずべからず。
 万事にかえずしては、一大事は成るべからず(吉田兼好)
●自分らしく生きよ!そして勇気を持て!
 きみは、勇敢に、見事に、未来への第一歩を踏み出したのだ(ユーゴ)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
 およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
 あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)
●人間は、できうる限り遠い未来のことを考えて人生を生きるべきである
(トインビー)
●未来にむかって大いなる展望を与えてくれるような
 高所に立てば、時折、風が激しく吹きぬけても、
 一向(いっこう)に気にならないものなのだ(ワーズワース)
●未来は外からくるものではありますまい、未来は諸君らの裡(うち)にある
(ジイド)
●戦おう!勝利は勇者のものだ!
 冷たく立ちはだかる逆境と無慈悲な運命の壁を突き崩し、飛翔せよ。
 そして、はるかなる栄光をつかみたまえ。
 群がる犬のような愚者の誹謗(ひぼう)など一笑に付し、決して恐れるな。
 翼を広げ、頂上を目指したまえ。
 コンドルだけが到達できる山頂を!
 あなたの心が抱く理想に命を吹き込み、旅立ちたまえ。
 私は祈る。あなたの船が善なる海風に恵まれるように。
 そして、常に順風満帆の航海であれ!―と(エルサルバドルの詩人エスピノ)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2014年8月11日に作成した<第634回>に加筆】
◇◇<命より大切なもの>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
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【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読に感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

未成年の悲惨な事件が起きるたびに、「命の大切さ」を自覚できる青少年教育が
解決策のように大手マスコミは有識者・専門家と共に訴え続けます。

しかし、一方で社会では死刑を廃止する事もできず、ペット殺処分や野生動物の
迷惑駆除は盛んです。つまり、世間的に必要なら大切であり、迷惑で不要ならば
「大切な命」から例外扱いされることになります。この恐るべき例外がある事は
多感な未成年には残酷な現実であり「命が大切!」は偽善に感じると思います。

そこで、命は大切ですが、「命:生存」は「最も大切な人生目的」ではない事を
明確にすることを私は主張します。命もお金も生存するためには不可欠ですが、
命もお金も「人生目的」ではなく「人生目的」の「実現手段」に過ぎません。

私の「人生目的」は心に抱く<願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】です!
この【ビジョン:理想・夢念・大志】こそが最も大切な存在と実感できます。

●旧約聖書いわく、ビジョンがなければ民は滅ぶ (「マクロシフト」より)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。
 この世でどれだけの価値のあることをするかである(O.ヘンリー)
●われらの意志は、そを汝(神)にささげんがために、
 われらに与えられしものなり(テニソン)
●人間を偉大にしたり卑小にしたりするのは、その人の志である(シラー)
●人生において、諸君には二つの道が拓かれている。
 一つは理想へ、もう一つは死へと通じている(シラー)  

【神の愛=主イエス】は此の世限りの肉体的・物質的<外的生命>より優れた
【賜物・無償ギフト・神恵】として【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
最善発揮させて<御国:永遠の命・来世・天国>に導く霊的<内的生命>を
与えてくれます。

●あなたの恩恵は、命にまさるゆえ、
 我がくちびるはあなたをほめたたえる(詩篇31-5)
●神はその独り子を賜うほどに、この世を愛して下さった。
 それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
(ヨハネ伝3-16) 
●<宗教とは何ぞや>(内村鑑三)
 宗教とは内的生命である。人には外的生命の他に内的生命がある。
 肉体の生命の他に霊魂の生命がある、
 この世の何物をもってしても与えることの出来ない生命がある、
 財産を奪われ、名誉をそがれ、よし健康を失いてもなお残る者がある。
 それが内的生命である。そして、内的生命を与える者が宗教である。
 ゆえに宗教はこの世に在る者であって、この世の属(もの)でない、
 直(ただ)ちに神より人の霊魂に臨む者であって
 政府も学府も、然り教会も寺院も与えることのできる者でない

<内的生命>は保身的に健康長寿だけを<目的・願望>にしても満足する事無く
【御心:聖意・聖旨】の【ビジョン:理想・夢念・大志】を<目的・願望>にして
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が喜ぶ【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を求め体感できる時に
<此の世>で最善発揮され光輝き増して、本人だけでなく【隣人・社会】にも
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】を
与えてくれます。

●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、闇の内を歩くことがなく、
 命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●人間の使命は、自分の霊を守ることである。
 自分の霊を守るということは、それを育て、それを拡大せしめることである
 (トルストイ)
●希望!どんな不幸におちいっても、
 われわれは希望の太陽を心から捨ててはならない。
 常に楽天的である事。つまり天命を楽しむ事、
 これこそがわれわれを幸福に導く信仰である。
 今日を立派に生きることが、明日の希望を見いだすことであり、
 明日の希望があってこそわれわれは明るく生きることができる。
 現在を嘆き悲しむものはやがて不運を招くことになる(ヘレン・ケラー)
●起きよ!光を放て!あなたを照らす光が臨み、
 主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
 見よ。暗闇が地をおおい、暗黒が諸国の民をおおっている。
 しかし、あなたの上には主が朝日の如く輝き、
 その栄光があなたの上に現われる。
 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。
 目を上げて、見渡すがよい。みな集まって、あなたのもとに来る。
 あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。
 そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、
 あなたの心はどよめき喜びに輝く。
 海からの宝はあなたに送られ、国々の財宝はあなたのもとに集まる
(イザヤ書60-1~5)

私のように肉体的<外的生命>では臆病者で卑怯者で、特攻隊や殉教者のように
【隣人・社会】のために積極的に自己犠牲精神で命を捨てる覚悟はありませんが、
私の<内的生命>は<我が友>【同労者・同志】<最愛の我が子・我が分身>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】に通じる【ミッション:大義・使命・天職】に
喜んで献身的に命を捧げられます!

●人その友のために己の生命を棄つる、之より大なる愛はなし(ヨハネ伝15-13)
●最も大切な事は、自分の使命、すなわち主イエスが
私にお与えになった働きを全うする事です(使徒行伝20-24)
●人間の第一職分は、自家の天職を探求するのが第一で、
 其天職をどこまでも遂行するのが第二の本分であろう(徳富蘆花)
●人間にとって最優先課題はこの世でつくべき仕事を発見することだ
 (カーライル)
●人の最大発見物は天職なり。これを知らずして彼の人生は無意味なり
 (内村鑑三)
●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
 すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
 また、これまで彼が導かれてきたすべての道が
 そこに通じているのを悟った日の ことである(ヒルティ)
●情熱をもって君たちの使命を愛せよ。これより美しい事はない(ロダン)
●真の文明人は、人生における自己の使命を知っている人間のことである
 (トルストイ)
●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
 (これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
 衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
●この世における使命をまっとうせんがために、
 我々の仕事を明日に繰り延べることなく、
 あらゆる瞬間において、自己の全力を傾注して生きなければならない
 (トルストイ)

私の肉体的<外的生命>は【この世の勢力:富・権威・名声】に降伏妥協しやすく
世間体や世間的常識からの孤立・迫害・無理解を恐れ<不義・不正・不実>に弱く
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>と<邪魔症候群:邪気・邪意・邪心>の
霊的奴隷で<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に押しつぶされて
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従った自由な決起行動が不可能です。

しかし【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】にお任せすれば
【神の愛=主イエス&聖霊】による<一日一生!日々新た>な霊的<内的生命>は
どんなに強大最悪な<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】の私でも
過去の一切を木っ端微塵に吹き飛ばして、【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
最善発揮させて<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>として掲げることができる霊的<真の自由>を与えてくれます!

●人はただ信仰によってのみ自由とされるのであって、
 いかなる意味においても行為の正しさによって自由を得るのではない
(ルター)
●主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由がある
(コリント後書3‐17)
●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。
 だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない
(ガラテヤ書5-1)
●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
●我が名を畏れ敬うあなた方には義の太陽が昇る。その翼には、癒しの力がある。
 牧場に放たれた牛舎の子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる
(マラキ書4-2)
●貧しい者に福音を宣(ノ)べ伝え
 霊的な囚人を釈放し
 霊的な盲人の目を開かせ
 虐げられ打ちひしがれた者に自由を得させる
(ルカ伝4-18、イザヤ書61-1)
●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。
 だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない
(ガラテヤ書5-1)
●あなた方が召されたのは、実に、自由を得るためである。
 ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい
 (ガラテヤ書5‐13)
●<真の自由>(内村鑑三)
 ◆真の自由は発意である    ⇔ Unconditional(無境遇)
 ◆真の自由は正しき選択である ⇔ 霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道
 ◆真の自由は善き意志を行う能力である 
●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である
 何事をも為しうる状態又能力でなく,
 ある事を為さずしてある他のことを為す能力
 ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力  
●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)
●真の自由とは、自已のうえに万事をなしうることである
 [真の自由とは、すべてのことを己の基準でなしうることである]
 (モンテー二ュ)
●人間生活は意志の自由に基づいており、それに、神は自由な人間と、
 みずから進んで働く僕とを欲していられるからである(ヒルティ)
●自由とは、あらゆる特権を有効に発揮させる特権である(カント)
●自由のあるところにのみ道徳は行われる(内村鑑三)
●私は人格をすべて表現するために自由を望む(ガンジー)
●あらゆるものを奪われた人間に残されたたった一つのもの、
 それは与えられた運命に対して自分の態度を選ぶ自由、
 自分のあり方を決める自由である(フランクル)
●人間に残された最後の自由はどんな状況にあっても、
 その中で自分の態度を決める事だ(フランクル)
●自由だ!自由だ! 全能の神に感謝すべきかな。
 私たちはついに自由になった!(キング牧師)
●<境遇と意志>(内村鑑三)
 人と天然とは外より働き、神は内より働き給う。
 前者は境遇を作り、後者は意志を作り給う。
 吾人が神に到るはかれに意志を強くせられんためなり、
 境遇に勝ちえて自ら新境遇を作らんためなり。
 人は神の子なり、境遇の奴隷にあらず。神に依りて境遇を無視し、
 これを破りて意志の自由を実行すべき者なり。
●善を為すは難し、しかれどもキリストにありてこれを為すは易し(内村鑑三)
●我は我に力を与え強くして下さるキリストにありて、すべてを為し得る
 (ピリピ書4‐13)
●神に仕えることを自由という(ヒルティ)
●絶対の自由は、ただ神にのみ仕えて他の一切のものに仕えないことである
(ヒルティ)

皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】にお任せして
此の世限りの肉体的<外的生命>を手段として活かす為に<大切な存在>であり、
<御国:永遠の命・来世・天国>に導いてくれる【賜物・無償ギフト・神恵】の
<一日一生!日々新た>な霊的<内的生命>が働く<神の器・神の道具>として
【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が喜ぶ【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】である
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>を
高く掲げる<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に自由決起して
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべく
 キリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。
 その測り知れない力は神のものであって、
 私たちから出たものでないことが、あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
 何故なら全ての永続的な真実の力は神のものであって、
 人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、神はその人の中で
 みずから全てのことを行ない、彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)
●自由人にふさわしく行動しなさい。
 ただし、自由をば悪を行なう口実として用いず
 神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ前書2‐16)
●はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、
 わたしをお遣わしになった方を信じる者は、
 永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている
 (ヨハネ伝5-24)
●上にあるものを求めなさい。
 そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。
 (常にただ天)上にあるものに心を留め、
 地上のものに心を引かれないようにしなさい。
 あなた方は既に死んだのであって、あなた方の命は、
 キリストと共に神の内に隠されているのです。
 あなた方の命であるキリストが現れるとき、
 あなた方も、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう
(コロサイ書3-1~4)
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、
 かくて自己は死して、神、我にありて生きるに及んで、
 我は真個の勇者となる。
●<向上>(内村鑑三)
 上へ、上へ、上へと、昇るは救済(スクイ)なり、
 降るは滅亡(ホロビ)なり。
 われらは永久に昇りて永久に救われんのみ。
 道の難きを意とせず、
 われなんじを支えんと主いい給えばなり。
 手段を講じてしかるのにちに進まず、
 主の命を確かめて懼(オソ)れなく進むなり。
 より高き、より難き、より聖き業へと進むなり。
●道は天の道であり、地の道である。
 人の分はそれに従うことである。
 したがって、天を敬うことをもって人生の目的とすべし。
 天は我をも人をも等しき愛をもって愛する。
 したがっておのれ自身を愛する愛をもって、他人を愛すべし。
 人ではなくして、天を友とせよ。
 しかして天を友としつつ最善を尽くすべし。
 決して他人を責むるなかれ。
 ただ、自分が及ばぬ身である事を顧みるべし(西郷隆盛)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主の恵みに感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します。
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田中 聡(さとし)