【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】! -16ページ目

【ビジョン&大義・使命・天職】に導く【神の愛=主イエス】!

■【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>
■【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】
■【<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>創世道】
■<【御心】お任せ道><【福音・御言葉】お任せ道>



【2015年10月8日に作成した<第653回>に加筆】
◇◇【ビジョン】を<福音・最愛の宝物>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

今日現在、病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

此の世の<万事・万物>の<創造主>である【三位一体:父・子・聖霊】であり、
何よりも【神の愛=主イエス】が責任者である事は【聖書】に明記されています。
そして、ただ生み出すだけでなく、<万事・万物>と<いつも一緒!>であって、
此の世に活かされた最初から最後の最後まで<最高!最善!最美!>に導く為に
見守り導いてくれます!

●初めに、ことば<道=【主イエス】>があった。
 ことば<道=【主イエス】>は神と共にあった。
 ことば<道=【主イエス】>は神であった。
 この方<【主イエス】>は、初めに神と共におられた。
 すべてのものは、この方<【主イエス】>によって造られた。
 造られたもので、この方<【主イエス】>によらずにできたものは一つもない。
 (ヨハネ伝1-1~3)
●キリストは万物をもって万物を満たしむる者なり(エペソ書1-23)
●主は万物の上にあり、万物の中に在る(コロサイ書3-11)
●御子は神の栄えの光輝、神の本質の真の姿であり、
 その力ある言葉で万物を保っておられる(ヘブル書1-3)
●万物の父なる神は一つなり。
 神は万物の上に在し、万物を貫き、万物の内に在したまふ。
 我等はキリストの賜物の量に従ひて、おのおの恩恵を賜はりたり
 (エペソ書4ー6~7)
● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
 <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
 <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●【聖意・聖旨】
 ⇔★万事万物の本源を握る者は神の御手
  ★地に起こる全ての出来事は源を天に置く(内村鑑三)
●全ての事は、神の御旨によりて招かれたる神を愛する者のために、
 ことごとく益をなすを我等は知れり(ロマ書8-28)

従って、たとえ人間が築いている既成教会制度や【聖書】に無縁であろうとも、
クリスチャンにならなくても【神の愛=主イエス】を体感することはできます!

●真理は教会より大なり!(内村鑑三)
●<聖書と活けるキリスト>(内村鑑三)
 聖書は大なり、
 しかれども活けるキリストは聖書よりも大なり。
 われらもし聖書を学んでかれに接せざれば、
 われらの目的を達せりと言うあたわず。
 聖書は過去における活けるキリストの行動の記録なり。
 しかしてわれらは今日かれの霊をうけて、
 新たな聖書を作らざるべからず。
 古き聖書を読んで新しき聖書を作らざる者は
 聖書を正当に解釈せし者にあらず、
 聖書はなお未完の書なり、
 しかしてわれらはこれにその末章の材料を供せざるべからず。
●キリストは教会の救い主にあらずして、世界の救い主なり。
 彼は今や狭き教会を去って広き世界に偏在したまう。
 キリストの教会は世界にして、会員は人類なり(内村鑑三)
●神は何らかの教会制度や、さらにある一定の学問の中に限られてはいない。
 そのようなものがなくとも、神は自らを知らしめ給う(ヒルティ)
●教理を知らないでもクリスチャンである者が少なくない。
 キリスト教は証明せらるべき教義ではなくて、
 生活さるべき一つの生命である(ヘンリー・ドラモンド)
●キリストは人類、特に信者の万事万物である。
 キリストを有して我らは万物を有する。
 我らは主を信じて単に我らの霊魂を救われるのではない。
 主によりて父なる神より万物を賜わる資格を得る(内村鑑三)

私も洗礼を受けたクリスチャンでなく、教会教派・教会制度に無所属であり、
教会的信仰から見れば、異教徒で危険な異端派で<極悪人>の筆頭者ですが
私は【聖書】と<神助:祝福・恩恵>のおかげで【神の愛=主イエス&聖霊】を
いつどこでも体感できます。それが【ビジョン:理想・夢念・大志】でした!

●天の父神は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、
 正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる(マタイ伝5-45)
●神は、すべての人に、いのちと息と万物をお与えになった方です。
 確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです
(使徒行伝17-25~28)
●これは私たちの神の憐れみ深い御心による。また、そのあわれみによって、
 日の光が 上から私たちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照らし、
 私たちの足を平和の道へ導くであろう
 (ルカ伝1-78~79、詩篇107-10、イザヤ書9‐2・59-8)

【神の愛=主イエス】は私たち一人一人を大切に愛されて、まだ母の胎内にいて、
此の世に生まれ出る前から【タレント:個性・才能・可能性】を活かせるように
【賜物・無償ギフト・神恵】の<ラブレター>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】として託しています。

●主の言葉が私に臨んだ。
「私はあなたを母の胎内に形造る前から、あなたを知っていた。
 母の胎から生まれる前に私はあなたを聖別し諸国民の預言者として立てた。」
(エレミヤ記1-4~5)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
 たとい彼等が忘れるようなことがあっても、
 私(主)はあなたを忘れることはない(イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
 <Very Important Person in God' Eye>(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●私の言葉を熱心に求め、慕うがよい。そうすれば教訓が身につくだろう
(知恵の書6-11)
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべく、
 キリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●キリストの言葉を、あなた方の内に豊かに宿らせなさい。
 そして知恵をつくして互いに教えまた訓戒し、
 詩とさんびと霊の歌とによって感謝して心から神をほめたたえなさい
 (コロサイ書3-16)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、
 上から光の源である天の父から来る(ヤコブ書1‐17)
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)
●御言葉を行う者となりなさい。
 自分を欺いて、ただ聞くだけで終わってはならない(ヤコブ書1‐22)
●<キリストの手紙>(コリント後書3-3)
 ▲口語訳
 あなた方は自分自身が私たちから送られたキリストの手紙であって、
 墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に
 書かれたものである事をはっきり現している。
 ▲文語訳
 汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、
 しかも墨にあらで活ける神の御霊に記され、
 石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり

各人の心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】を目指す<生き様・死に様>は
たとえ無信仰でも唯物論者でも、世界中の老若男女誰もが憧れる生き方であり、
あらゆる宗教観でも世界共通の人生目的・存在価値として高く賞賛されることは、
まさに【ビジョン:理想・夢念・大志】が<福音・大切な宝物>である証明です。

●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。
 その測り知れない力は神のものであって、私たちから出たものでないことが、
 あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
 何故なら、全ての永続的な真実の力は神のものであって、
 人間のものではないからである  (ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、
 神はその人の中で自ら全てのことを行ない、
 彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)

しかし、せっかく生来の<大切な宝物>の【ビジョン:理想・夢念・大志】なのに
私のような自助無能者では【ビジョン:理想・夢念・大志】実現を信じ望みながら
現実生活を生き抜くことは到底困難です。

そこで確固たる信念や絶望しない強靭な忍耐力がない世間的<無一物>な私には、
【神の愛=主イエス】は【ビジョン:理想・夢念・大志】を<愛する対象>として
人格的存在の<最愛の我が子・我が分身>へと導いてくれます!

●いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
 このうち最も大いなるものは、愛である(コリント前書13‐13)
●あらゆる奥義と知識に通じていても、山をも移す強い信仰があっても、
 もし、愛がなければ無に等しい。
 自分の全財産を人に施しても、自分の体を焼かれるために渡しても、
 もし、愛がなければ、一切は無益である(コリント前書13-1~2)
●あなたのビジョンを愛しなさい。あなたの理想を愛しなさい。
 あなたの心で沸き起こる音楽、あなたの心で形作られた美しいもの、
 そして、あなたの純粋な思考の周りに漂っているその魅力を愛しなさい。
 これらのうちの一つが、あなたの状態を快適なものにし、
 あなたの環境を素敵なものにしてくれることでしょう。
 これらに対して あなたが誠実さを失わなければ、
 少なくともあなたの世界は
 これらの素晴らしいもので構成されるようになるのです(ジェームズ・アレン)
●ビジョンを持つことだ
 理想を描くことだ
 あなたの心をこよなく鼓舞するもの
 あなたの心に美しく響くもの
 あなたが純粋な心で愛することのできるものを
 しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)
●我々が自ら幸福だと感じるためには、つねに頭が計画にみち、
 心が愛にみちていなければならない (ヒルティ)
●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
 本当に価値あるものは、むしろ人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです
(アインシュタイン)
●大切なのはどれだけたくさんのことをしたかではなく、
どれだけ心をこめたかです(マザー・テレサ)
●<最も貴きもの>(内村鑑三)
 富と糧とに優って貴きものは知識なり
 知識に優って貴きものは道徳なり
 道徳に優って貴きものは信仰なり
 信仰に優って貴きものは愛心なり
●<世界最大の者>(内村鑑三)
 知識をもって腕力に克つべし
 信仰をもって知識に克つべし
 愛をもって信仰に克つべし
 愛は進化の終局なり、最大の能力なり。
 愛に達して我らは世界最大の者となるなり。

私の心の【ビジョン:理想・夢念・大志】を<最愛の我が子・我が分身>として
私自身が大切に守り愛することは、【ビジョン:理想・夢念・大志】を託された
【神の愛=主イエス&聖霊】自身を【信仰:信愛・信頼・信従】することです!
私には【神の愛=主イエス&聖霊】は恐れ多くて甘えるには近づきがたくても
私の<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】ならば
私の心の中心に天井高くそびえたつ<大聖堂:生ける神殿・神の宮>となって
人生の<最高!最善!最美!>の伴侶であり【同労者・同志】<真の友>です!

●わたしたちは生ける神の神殿なのです(コリント後書2-16)
●汝らの身は、その内にある神より受けたる聖靈の宮にして、
 汝らは己の者にあらざるを知らぬか(コリント前書6-19)
●汝ら知らずや、汝らは神の宮にして、神の御靈なんぢらの中に住み給ふを。
 人もし神の宮を毀たば神かれを毀ち給はん。
 それ神の宮は聖なり、汝らも亦かくの如し(コリント前書3-16~17)
●いつどこでも愛をもって真理の味方をすること、
 これがまことに我々の日常の活動的生活の課題である(ヒルティ)
●私たちは神の同労者である。あなた方は神の畑であり、神の建物である
 (コリント前書3-9)
●神様という友人に対して、子供のように信頼することは、
 ありとあらゆる処からやってくる、問題を解決してくれる(ヘレン・ケラー)
●二人はひとりよりも優っている。
 二人が共に労苦すれば、良い報いを得るからである。
 どちらかが倒れるとき、ひとりがその友<仲間>を助け起こす。
 しかしひとりぼっちであって、その倒れる時、
 これを助け起す者のない者は不幸である。
 また、二人が一緒に寝ると暖かいが、ひとりでは、どうして暖かくなろう。
 もしひとりなら、打ち負かされても、二人なら立ち向かえる。
 三つよりの綱はたやすくは切れない(伝道の書4-9~12)
●<友人としての神>
 神は善き友人である。
 第一等の友人である。
 彼に祈祷を聞くの耳がある。
 恩恵を施すの手がある。
 神は名ではなく実である。
 道理ではなく性格である。
 帝王ではない友人である(内村鑑三)
●世には友の振りをする、みせかけの友もある。
 しかし、兄弟よりも愛し、頼もしく親密なる友もある(箴言18-24)
●真の友はどんな時も愛し続けるものであり、
 苦難の時のために生まれた兄弟である(箴言17-17)
●私の命じることを行うならば、あなた方は私の友である(ヨハネ伝15-14)
●もはや、私はあなた方を僕とは呼ばない。
 僕は主人が何をしているか知らないからである。
 私はあなた方を友と呼ぶ。
 父から聞いたことをすべて、あなた方に知らせたからである
(ヨハネ伝15-15)
●<幸福の途>(内村鑑三)
 人として生まれし最大名誉、最大幸福は、
 イエスを知り、彼に知られて、彼の友人となることである。
●神と完全に友となった人にとっては、それ以降の人生において、
 もはや幸福な出来事しか起こらない(ヒルティ)
●神様という友人に対して、子供のように信頼することは、
 ありとあらゆる処からやってくる、問題を解決してくれる(ヘレン・ケラー)
●神様は天高く遠くにおられるが、祈るなら神様がこの地に降りてこられ、
 さらに神様の能力と私たちの努力を結び付ける。(ガースパリン:仏作家)

激動大波乱の大変革時代に皆さんが心に抱く【ビジョン:理想・夢念・大志】こそ
<人生の旗印>に掲げる<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】で
【神の愛=主イエス】が託された【福音】<最愛の宝物>であることを体感して
【神の愛=主イエス】への【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力】による
<不屈の楽観楽天力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
<福音の戦士>【福音の勢力】として大活躍されることを心より応援しています!

●あなたにゆだねられている尊いものを
 私たちの内に宿っている聖霊によって守りなさい(テモテ後書1-14)
●希望は万事をやわらげ、愛は万事を容易にする(ラムネ:フランスの哲学者)
●大きな愛のあるところ、常に奇跡がある(ウィラ・ギャザー)
●愛はいかなるものにもまして人を懸命にさせる(ヒルティ) 
●愛の中に恐れあることなし、全き愛(神の愛・隣人愛)は恐れを除く
(ヨハネ第1書4‐18)
●希望は私たちを欺くことがなく失望に終わらせない。
 私たちに与えられた聖霊によって神の愛が私たちの心に注がれているからである
 (ロマ書5-5)
●神はキリスト(愛)を目的に、キリストに在りて、キリストをして、
 宇宙万物を造り給へり(内村鑑三) 
●【愛】をもって宇宙を造り、宇宙の目的は【愛】、
 その成りし手段は【愛】、その原理と精神は【愛】、
 宇宙は犠牲によりて成る(内村鑑三)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励まし、いつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲して、いかなる、いと低い事物によっても
 引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)
●<軟弱信者に告ぐ>(内村鑑三)
 キリスト教を究めよ、キリスト教について聞かんと欲するなかれ。
 聖書を学べよ、宗教文学を楽しまんと欲するなかれ。
 神を信ぜよ、教会と教師とに頼らんと欲するなかれ。
 己の弱き訴うるを止めて自ら強からんことを求めよ、
 いつまでも信仰の乳をもって養われんと欲する信仰の赤子たるなかれ。
 堅きに耐え、神の信頼を値(ネウチ)する福音の戦士たれ。
●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)
●人は一人もこれを信ぜざるも、我が福音は真理なり。
 人はことごとくこれを棄却するも、我が福音は真理なり。
 人はこぞってそのために我を排斥するも、我が福音は真理なり。
 我が福音は人の福音にあらず、神の福音なり。
 ゆえに我れは神に拠(ヨ)り、
 独り終わりまでこれを保持せんと欲す(内村鑑三)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年9月13日に作成した<第652回>に加筆】
◇◇【ビジョン】を<チャレンジ>で導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

今日現在、病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

最近のスポーツ競技で観られるのに、「チャレンジ<ビデオ判定>」があります。
従来の審判の判定は絶対であり、明白な誤審でも泣き寝入りするしかありません。
しかし近年はビデオ技術や情報の可視化が加速して、観客も事実を知る事になり、
まさに【悪の連鎖:無知・無関心・無責任】からの脱却となった成功例です!

興味深いことは「チャレンジ<挑戦>」という言葉には異議申し立てをする意味も
含まれているということです。ただし、不平・不満・反対を述べ立てるというより
相手が【この世の勢力:富・権威・名声】だから妥協して降参するのではなくて、
自分の行動に「正当な判定判断」を求める前向きな積極的<真理の追求>として
まさに【自主独立精神:自由・独立】で自由行使を発揮するからチャレンジだと
実感できます。

●真の自由は消極的状態でなく積極的状態である
  何事をも為しうる状態又能力でなく,
  ある事を為さずしてある他のことを為す能力
  ⇔善悪を判別して悪を避けて善を行う能力
●I can do that which is right.(我は正しき事を為し能う)
●自由は理想にあらず、境遇にあらず、能力である(内村鑑三)
●【真の自由(内村鑑三)】
  ◆真の自由は発意である   ⇔Unconditional(無境遇)
  ◆真の自由は正しき選択である⇔霊性本来の標準に従う~霊的生命達成の道
  ◆真の自由は善き意志を行う能力である 

ここで重要なのは、「ビデオ判定」が審判も選手も観客にも納得ゆく信用信頼が
あるということです。

世間的落ちこぼれの私でも【この世の勢力:富・権威・名声】の判断判定や処遇に
屈せず「チャレンジ」する価値があるのは【ビジョン:理想・夢念・大志】です!

<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を死守するためなら
【この世の勢力:富・権威・名声】や家族・身内に見捨てられようとも私たちには
絶対不変の正当性である<真理>【神の愛=主イエス&聖霊】の<神助判定>で
いつどこでも何度でも<チャレンジ:直訴・探求・嘆願>に応じてくれます!

●求めよ、さらば与えられん。
 尋ねよ、さらば見出さん。
 門をたたけ、さらば開かれん
(マタイ伝7-7、ルカ伝11-9)
●誰でも求める者は得て、
 捜す者は見出し、
 門をたたく者には開かれる
(マタイ伝7-8、ルカ伝11-10)
●求めよさらば与えられん、
 そしてあなた方の喜びが満ち溢れるであろう(ヨハネ伝16-24)
●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。
 私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムエル)

たとえ【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げることで
【この世の勢力:富・権威・名声】にダメ出し判定が下されて孤立無援になって
連戦連敗で万策尽き果てようとも、圧倒的<自助努力>大惨敗に終わろうとも、
【神の愛=主イエス&聖霊】だけは最後の最後まで決して見捨てず裏切らずに
<最高!最善!最美!>の<神助判定>による【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】で
何度でも【ビジョン:理想・夢念・大志】に再起・再出発に導いてくれます!

●我が魂よ、沈黙して、ただ神に向かい、神を待ち望め。
 我が望みは神から来るからである(詩篇62-6)
●我等に臨む患難は多し、されど主は我等をみなその中から援け出し給う
 (内村鑑三:詩篇34‐19)
●聖霊、汝等の上に臨む時、汝等能力(チカラ)を受けん(使徒行伝1-8)
●神は神を愛される者と共に働いて万事を益となるようにして下さる
 (ロマ書8-28)
●神が私たちに求め給うのは、私たちと共にいますこと、
 神に心を寄せる者を見出して、その心を神みずからの霊によってさらに育て、
 かつ、生き生きとさせること、これ以外の何ものでもない(ヒルティ)

そうです!【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げながら
人生お任せ【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】に生きれば
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
<不死身!不滅!不退転!>の<生き様・死に様>に導かれます!

●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのが
 キリスト信者の生涯である(内村鑑三)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は負けて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)

<大願望>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げる時に
皆さんが単に自助努力の「チャレンジ」で【この世の勢力:富・権威・名声】に
妥協せずに、【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】によって
【神の愛=主イエス&聖霊】の<神助判定>を仰ぐ「チャレンジ」を連発して、
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
【神の愛=主イエス&聖霊】と共に決起する【敬天愛人精神:自由・独立】と
【先駆開拓精神:★挑戦魂★前向き/プラス思考★オープン・マインド】によって
【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
活躍されることを心より応援しています!

●キリストによりてのみ真正の自由と独立とあり。
 そは彼は霊魂の自由を与える者なればなり(内村鑑三)
●独立を説くなかれ、キリストを説くべし(内村鑑三)
●神にすがる依頼心ありて始めて真個の独立と威厳と自尊はあるなり(内村鑑三)
●キリスト・イエスの善い兵卒として私と苦しみを共にしてほしい。
 兵卒に服している者は、日常生活の事にわずらわされてはいない。
 ただ、兵を募った司令官を喜ばせようと努める(テモテ後書2‐3~4)
●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
 戦いに負けて負けるのではない、真理に反して負けるのである
 (内村鑑三)
●神に使役されんための自由なり。神に面と面を合わして語らんための独立なり
 (内村鑑三)
●あなた方の上に聖霊が臨まれるとき、あなた方は力を受ける(使徒行伝1-8)
●希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とで
 あなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださる
 (ロマ書15-13)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●真理のみよく人を救うをうべし、
 聖霊のみよく人を神の子となすをうべし。
 聖書の深き研究と聖霊の親しき交際(まじわり)とをおいて
 他に人を救う道は存ぜざるなり(内村鑑三)
●見ゆる所によらず、信仰によりて歩む(コリント後書5-7)
●すべて彼(主イエス)を信じる者は失望に終わることがない(ロマ書10―11)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年8月12日に作成した<第651回>に加筆】
◇◇<ミッション・スペシャリスト>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

今日現在、病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

宇宙ステーションの飛行士とNASAスタッフとの<心を一つ思いを一つ>にして
ミッション完遂を最終目的にした【チーム・ワーク&チーム・スピリット】には、
此の世に活きる私たち<万事・万物>と<御国:永遠の命・来世・天国>に生きる
【神の愛=主イエス&聖霊】<天界スタッフ>との<相思相愛の主従関係>による
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】の【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を
体感できます!

●あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、
 天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。
 2人、3人が私の名によって集まっているところには私もその中にいる
 (マタイ伝18-19~20)
●同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって
 私の喜びを満たして欲しい(ピリピ書2-2)
●キリストの名によって、あなた方勧める。
 みな語ることを一つにし、お互いの間に分争がないようにし、
 同じ心、同じ思いになって、堅く結び合って欲しい(コリント第1書1-10)

<御国:永遠の命・来世・天国>から見れば、地球環境と宇宙ステーションは
同質であり、私たち<万事・万物>も宇宙船地球号の特務スタッフとして各自に
託された<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を見事に果たし、
神愛競技としての<規定・ルール・原則>【神の愛の方程式=摂理】には従って
時には<自助・此の世>に負け<神助・来世>で勝つ<敗者復活>を受け入れて
無事完走し<御国:永遠の命・来世・天国>に<帰還・帰天>する事が目的です。

●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
 一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
 耐え忍んで走りぬこうではないか。
 信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
 走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない
 (テモテ後書2-5)
●あなた方は知らないのか、競技場で走る者は、みな走りはするが、
 賞を得る者はひとりである。あなた方も賞を得るように走りなさい
 (コリント前書9‐24)
●我らの国籍は天に在り(ピリピ書3‐20)
●これらの人はみな、信仰を抱いて死んだ。
 まだ約束のものを受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、
 そして、地上では旅人であり寄留者であることを自ら言い表した
 (ヘブル書11‐13)
●愛する人たち、あなた方に勧めます。
 いわばこの世では旅人であり、仮住まいの寄留者の身であるのだから、
 魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい(ペテロ前書2-11)

宇宙飛行士もオリンピック選手になれなくても【神の愛=主イエス】が募集する
<ミッション・スペシャリスト>には<無一物>な私でも、誰でも志願できます!
志願者の条件は<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】として<人生の旗印>に
高く掲げて、自発的<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>で出し惜しみせず
【神の愛=主イエス&聖霊】<天界スタッフ>による神助的完全支援に頼り切る
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生によって
たとえ連戦連敗で孤立無援に追い込まれても、ひたすら<全生・全身・全霊>で
直面する<患難辛苦>や<重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>に倒されても
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
何度でも再起・再出発を繰り返して最後の最後まで前向きに走り続ける事です!

●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
 恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい
 (ペテロ第1書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
 自ら心で決めたとおりにすべきである。
神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
●君が何かを全身全霊で欲した時、
 君はその『大いなる魂』と最も近い場所にいる。
 それはいつも、前向きな力として働くのだ(パウロ・コエーリョ)
●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り
 キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を
 得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
●<神意と人意>(内村鑑三)
 人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●恐れるな、私はあなたと共にいる神。
 たじろぐな、私はあなたの神。勢いを与えて、
 あなたを強め、あなたを助け、私の勝利の義の右の手であなたを支える
(イザヤ書41-10)
●ダビデは言った。「主よ、私の力よ、私はあなたを慕い愛します
 主は我が巌(いわお)、砦、逃れ場、我が救い主、我が神、大岩、避けどころ、
 我が盾、救いの角、砦の塔。ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、
 私は敵から救われる(詩篇18-1~3)
●主がすべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を守る。
 主は、あなたが行くにも帰るにも、今からとこしえに至るまで守られる
(詩篇121-7~8)
●人生でもっとも輝かしい時はいわゆる栄光の時でなく、
 落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望が
 わき上がるのを感じたときだ(フローベル)
●間違いと失敗は 我々が 前進するための訓練である(チャニング牧師)

宇宙飛行士が与えられた「ミッション」を完遂できるためには、NASAスタッフは
本人以上に、沈着冷静に事前にあらゆる失敗問題を洗い出して検証し対策を考えて
一人前の宇宙飛行士になるまでは、何年間も教育訓練とリハーサルを繰り返して、
本人が安心しNASAとの【チーム・ワーク&チーム・スピリット】に命を預けて
二者は<心を一つ思いを一つ>の<相愛互助・互助友愛>を具現化しています。

●あなた方に幾らかでも、キリストによる励まし、
 愛の慰め、“霊”による交わり、 
 それに慈しみや憐れみの心があるなら、
 同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、
 わたしの喜びを満たしてください。(ピリピ書2-1~2)

まさに【神の愛=主イエス】の【神愛特訓:オーディション&リハーサル】です!

●肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
 魂の父は、私たちの益のために、
 そのきよさに預からせるために、そうされるのである (ヘブル書12‐10)
●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
 むしろ悲しいものと思われる。
 しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に
 平安な義の実を結ばせるようになる(ヘブル書12‐11)
●「我が子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
 主から責められ懲らしめられても、
 弱り果て力を落としてはいけない。
 なぜなら、主は愛する者を鍛え、
 子として受け入れる者を皆、
 鞭打たれるからである。」
 あなた方は、これを鍛錬(訓練)として忍耐しなさい。
 神は、あなた方を子として取り扱っておられるのである
 (ヘブル書12-5~7)
●我が子よ、
 主の訓練を軽んじてはならない
 主の叱責をいとうな
 父がかわいがる子をしかるように
 主は愛する者を戒める(箴言3‐11~12、ヘブル書12‐5~6)
●神への信頼を失わずに、その試練を切り抜けるならば、
 他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づく事ができる(ヒルティ)
●聖書はすべて神の霊感[息吹]の導きの下に書かれ、
 人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。
 こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、
 十分に整えられるのです(テモテ後書3-16~17)

「何で私が!?」「こんなに頑張ってるのに!」「信じていたのに・・・」などと
せっかく前向きに【ビジョン:理想・夢念・大志】を目指そうとすればするほど
心の中に居座っている<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>が出番とばかりに
失意・失望に追い込む<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>として
<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】で苦しめる電撃奇襲攻撃を
仕掛けてきます。これも【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】だから
【神の愛=主イエス】もご存知なので、たとえ死にたくなるほど辛くなっても、
「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>による
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】お任せ人生さえあれば
一切の心配ご無用です!

●我々が、この人生に召されたのは、それは興味がなくなったら、
 勝手にこの人生から出て行っよいためではなく、
 むしろ、神が適当な時に我々を呼び戻すまで、
 自分や他人にとって有益な生活を営むためである(ヒルティ)
●神への願いはしばしばすぐには聞きいれらないか、
 あるいは、聞きいれられたことが、
 すぐわれわれに知らされるとはかぎらない。
 しかし、神のしもべの中に数えられうる人びとには、
 その辛抱づよい祈願がかならず、おそかれ早かれ、
 そして彼らにとって最もよい方法で、
 聴きとどけられるという十分な確信を、
 われわれは持ち続けるべきだろう。
 ちょうど大磐石の上に立つように、
 われわれはこの確信の上に立たねばならない。
 そうすれば、神はさしあたりわれわれを慰めるために、
 しばしば使者をおつかわしになる。
 それはたいてい普通の人間であるが、
 かならず適当な時期にやって来る(ヒルティ)
●解決の道は今はまったくはっきりしている。
 光か闇か、そのどちらかの側を誰もが選ばねばならぬ(チェスタートン)
●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、
 どんな困難な状況にあっても、正しいやり方である(ヒルティ)
●私は、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
 神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる
 (伝道の書3-10~11)

まさにNASAの万全訓練やスポーツ選手の名コーチによる弱点強化特訓のように
<自助>に完敗して<神助>で勝利する<敗者復活>の【神愛方程式=摂理】を
体得することで、病苦・経済苦・社会苦などの現実的<患難辛苦>に邪魔されず、
不眠不休で見守って導いてくれている【神の愛=主イエス&聖霊】に頼りきって
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
<最愛の我が子・我が分身><人生の旗印>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】として体現できます!

●主はあなたの足をよろけさせず、
 あなたを見守る方は、まどろむこともない。
 見よ。イスラエルを見守る方は、
 まどろむこともなく、眠ることもない。
 主は、あなたを見守る方。
 主は、あなたを覆(オオ)う陰。
 あなたの右にいます方。
 昼も、太陽が、あなたを撃つことがなく、
 夜も、月が、あなたを撃つことはない。
 主は、すべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、
 あなたの魂を見守られる。
 主は、あなたを、出で立つのも帰るのも、
 今よりとこしえまでも見守られる(詩篇121-3~8)
●キリストが私たちのために死なれたのは、
 目覚めていても眠っていても、
 私たちが主と共に生きるためである。
 だから、あなた方は、現にそうしているように、
 励まし合い、お互いの徳を高め合い、
 向上に心がけなさい(テサロニケ前書5-11)
●主が家を建てるのでなければ、建つる者の働きはむなしい。
 主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい
 あなた方が早く起きるのも、遅く休むのも、
 辛苦の糧を食べるのもそれはむなしい。
 主は、その愛する者には、眠っている間にも、
 なくてはならないものを与え備えて下さる(詩篇127‐1~2)
●「成長する種」のたとえ(マルコ伝4-26~29)
 イエスは言われた。「神の国は、ある人が地に種を蒔くようなものである。
 夜は寝て、朝は起き、そうこうしているうちに、種は芽を出して成長するが、
 どうしてそうなるのか、その人は知らない。
 地は人手によらず、おのずから実を結ばせるのであり、
 初めに芽、次に穂、次に穂には豊かな実ができる(マルコ伝4-26~28)
●主よ、進むべき、あなたの道を私に知らせ、
 あなたに従う歩むべき小道を教えてください。
 あなたの真理のうちに、私を導き、私を教えてください。
 あなたこそ、私の救いの神、一日中絶えることなく、あなたを待ち望みます
 (詩篇25-4~5)
●私たちはただ試練と患難を通してのみ、私たちの霊が強くなり、
 夢が生まれて、成功を成し遂げる(ヘレン・ケラー)
●大きな内的進歩がなされる前には、つねに絶望への誘惑が先立ち、
 大きな苦難が訪れる前には、
 非常な内的喜びと力の感じが与えられるものだ(ヒルティ)

宇宙飛行士が自己実現の為にNASAの完全支援に命を預けきるほどの信頼関係の
【チーム・ワーク&チーム・スピリット】でミッション完遂に活躍するように、
【神の愛=主イエス&聖霊】と【チーム・ワーク&チーム・スピリット】である
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生によって
皆さんの<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に掲げ<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に
活躍する<ミッション・スペシャリスト>に自発的に出し惜しみせす志願して、
【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】で<不死身!不滅!不退転!>の
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】を
体得して【神の愛=主イエス&聖霊】と共に【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】を
具現化して<御国:永遠の命・来世・天国>に見事に<帰還・帰天>される事を
心より応援しています!

●私は自分を強くしてくださった私たちの主キリスト・イエスに感謝する。
 主は私を忠実な者と見て、この務めに任じてくださったのである
 (テモテ前書1-12)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●主は助けを求める人の叫び求めることを聞き、
 苦難から常に彼らを助け出される。
 主は打ち砕かれた心に近くいまし、
 悔いる魂、くずおれた者を救われる。
 主に従う人には災いが重なるが、
 主はそのすべてから救い出される。
 骨の一本も損なわれることのないように、
 彼を守ってくださる(詩篇34-17~20)
●彼が、私を呼び求めれば、私は、彼に答えよう。
 私は、苦しみのときに彼と共にいて、
 彼を救い彼に誉れを与えよう。
 私は、彼を長いいのちで満ち足らせ、私の救いを彼に見せよう
 (詩篇91-15)
●神はその恵みを私たちの上に増し加え溢れさせ、
 あらゆる知恵と悟りとを私たちに賜わり、  
 御心の奥義を、自ら予め定められた秘められた計画に従って、
 私たちに示して下さった。
 それは、時の満ちるに及んで救いの業が完成される御計画にほかならない。
 それによって、神は天にあるもの地にあるものを、
 ことごとくキリストに帰させ、
 キリストのもとに一つにまとめられるのである(エペソ書1-8~10))
●人間生活は意志の自由に基づいており、それに、神は自由な人間と、
 みずから進んで働く僕とを欲していられるからである(ヒルティ)
●主は私の羊飼い、
 主は必要なものはみな与えて下さり、私には何も欠けることがない。
 主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
 傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
 主の御名にふさわしい義の道に導き、
 私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
 たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
 主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
 あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
 主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
 私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
 生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
 やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
 (詩篇23-1~6)
●キリストをあなたがもっていれば、
 あなたはもう裕かであり、不足を覚えることがないのだ。
 彼はみずからあなたのために慮(ハカ)り、
 人に望みをかける必要のないよう、
 万事につけての忠実な世話役となるであろう。
 まことに人間は直ぐに変ってゆき、
 たちまち、(あなたを)見捨てるものだが、
 キリストは永遠に(あなたの)傍を去らず、
 終りにいたるまで確固として守護されるのである(トマス・ア・ケンピス)
●私たちは落胆しない。
 たとい私たちの外なる人は滅びても、
 内なる人は日々新たなり。
 一時的な(しばらくの)軽い患難は働いて、
 永遠の重い栄光を、あふれるばかりに私たちに得させる(生み出す)。
 私たちは見えるものでなく、見えないものに目を注ぐ。
 見えるものは一時的であって、見えないものは永遠に続く
  (コリント後書4-16~18) 
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、
 大胆に語ることによって
 キリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが
 公然とあがめられるようにと切に願い、希望している。
 私にとって、
 生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20)
●自由とは、
 人より何の束縛をも受くることなくして、
 わが身を神の自由にゆだぬることなり。
 独立とは、
 人に由(よ)らずして、
 直ちに神と相対して立つことなり。
 神に使役せられんための自由なり。
 神と、顔と顔を合わして語らんための独立なり。
 クリスチャンの自由独立とはかくのごときものなり(内村鑑三)
 
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年7月28日に作成した<第650回>に加筆】
◇◇<神助的自衛権><主の祈り>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

今日現在、病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

現在日本で争論となっている「集団的自衛権」は独立民族国家の<存亡>として、
当然の権利であり、先進国として国際的義務でもあると理解できます。
一方で戦後左翼的思想の<旗印>である「憲法九条」と反戦・反軍・歴史的反日の
絶対平和主義も本心から覚悟があれば素晴らしい決意表明だと思います。

私としては、私達個人の自由と生命と財産の死守のためなら、国防・安全保障に
政府・政治家が真剣に徹底的に議論し改善強化することに大賛成です。

ところで、たとえ<国力:天然国土・国民・軍事力・政治力・経済力・文化力>や
憲法・法律で<万全!最善!完全!>の国防・安全保障体制が構築されたとしても
それは、国民百匹のうち99匹<多数派>を死守する個別・集団的自衛権であり、
どうしても1匹<見捨てられた国民・少数派>が生まれることを覚悟する必要が
あります。

例えば、日本では拉致家族や人質や国家的被害者・竹島問題など1匹<少数派>を
死守しようとすれば、残りの99匹<国民多数>を巻き込む危険性があるために、
国家的意思として踏み込むためには99匹<国民多数>の同意賛同が不可欠です。
従って、世界最大の国力を持つ米国でさえも、1匹の犠牲やむなしという決断を
取ることがよくあります。

そこで特に米国では興味深い自衛権があると最近私は理解するようになりました。
私の霊的命名で説明するとすれば個人の自由を死守する<神助的自衛権>です。
まさに、【主イエス】が唱えた「良き羊飼いの喩え話」に示されています。

●「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、その内一匹をなくしたら、
 その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで
 捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、
 帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、
 『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』
 と言うでしょう。あなたがたに言いますが、それと同じように、
 ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の
 正しい人にまさる喜びが天にあるのです。」(ルカ伝15-4~7)


そうです!【神の愛=主イエス&聖霊】は国家的世間的に見捨てられ孤立無縁に
なろうとも、それが自分勝手の自己責任の自業自得の放蕩息子状態であろうとも
病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>で背信・自暴自棄になろうと
私たち貴重な個人<1匹>は、求めれば公平にいつどこでも救済され死守される
【御心:聖意・聖旨】で約束された<神助的自衛権>があるのです!

●個人とは個々の霊魂(たましい)である。
 英語では【individual】分かつべからざるものの意である
 (内村鑑三)
●個人は分かつべからざる者で、人そのままである。
 神の子、永久の存在者、自由独立、
 不滅の固有性を有し全世界を代価に払うても贖(アガナ)う事のできないほど
 貴いものである(内村鑑三)
●これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい(マタイ伝18‐10)
●これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなた方の天の父の御心ではない
 (マタイ伝18‐14)
●神は人を分け隔てはしない(ロマ書2-11)
●神はその独り子を賜うほどに、この世を愛して下さった。
 それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
(ヨハネ伝3-16)
●律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。
 しかし、今や神の義が律法とは別に、
 しかも律法と預言者とによって証しされて現われた。
 それはイエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、
 すべて信じる人に与えられるものである。
 そこには何らの差別もない(ロマ書3-21~23)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。
 私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)

具体的に<神助的自衛権>を行使する方法は【主イエス】自身が教えています。
いつでもどこでも、幸福でも不幸でも、たとえ喜怒哀楽どんな気分であろうとも
<主の祈り>を唱えるだけで<神助的自衛権>は完全行使できるのです!

●【主の祈り】(マタイ伝6-9~13、ルカ伝11-2~4)
 天に在(マ)します我等の父よ
 願わくは聖名(ミナ)を崇(アガ)めさせ給(タマ)え
 聖国(ミクニ)を臨(キタ)らせ給え
 聖旨(ミココロ)の天に成るごとく地にも成させ給え
 我等の日用の糧を今日も与え給え
 我等に負債(オイメ)ある者を我等が赦(ユル)す如く我等の負債をも赦し給え
 我等を試探(ココロミ)に遭(ア)わせ給うなかれ
 悪より救い出し給え
 国と権(チカラ)と栄えとは窮(カギリ)なく汝の有(モノ)なればなり
 アーメン
●あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、
 隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、
 隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる
 あなた方が祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。
 異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。
 彼らのまねをしてはならない。あなた方の父は、願う前から、
 あなた方に必要なものをご存じなのだ。
 だから、こう祈りなさい。(マタイ伝6-6~9)

何度も紹介しましたが、<主の祈り>とは単なる自己防衛・自己救済ではなくて
【御心:聖意・聖旨】である【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】が具現化されて、
<我等:人類・万事・万物>の救済の為、【この世の勢力:富・権威・名声】が
【神の愛=主イエス&聖霊】に立ち帰るという<完全勝利宣言>です!

また重要な視点として恐るべき強大な<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の
<試練・誘惑><邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>の攻撃侵略に
ただ受け身的に専守防衛するのではなく、積極的に遠ざけて遭遇させないように
先制防御することまで<主の祈り><神助的自衛権>で保証されているのです!
<主の祈り>の【聖徳・聖愛・聖善】宣言も<神愛武具・神愛武装>となります!

●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に、
 超越して最も多く他を利して、 
 最も多く己を利するの道を我に教えたり(内村鑑三)
●「エゴ」を生かして、人に尽くせ(曽野綾子)
●ある程度は、他人のために心配したり、はたらいたりしなければ、
 どんな人も精神的に健康を保つ事はできない(ヒルティ)
●生きるという事は、神の栄光のために、また全ての人の幸せのために、
できる事をやることです(マザー・テレサ)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励まし、いつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲して、いかなる、いと低い事物によっても
 引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)
●彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神の御もとに立ち帰らせ、
 こうして彼らが私(主)への信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた
 人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである
(使徒行伝26-18)
●夜は更け、日は近づいた。だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を
 身に着けましょう(ロマ書13-12)
●悪魔の策略に対抗して立つ事ができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-11)
●だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、
 しっかりと立つ事ができるように、神の武具を身に着けなさい
(エペソ書6-13)

米国映画では戦争・災害・事故など生命的危機や精神的パニック状態に在る時に、
よく<主の祈り>を唱えるシーンが観られます。主人公や登場人物は冷静になり、
直面する<患難辛苦>に勇猛果敢に立ち向かったり、または穏やかに受け入れる
感動的シーンへと導かれるのです。そこは個人と【神の愛=主イエス&聖霊】の
協働的【神愛事業=隣人愛&奇蹟】に導く<神助的自衛権>が行使されています。

●幸福とは神と共にある事である。それに到達する力は魂の声なる勇気である
(ヒルティ)
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
 なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
 私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)
●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、主は私の声を聞かれる。
 たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、
 私を平和のうちに救い出してくださる。
 私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)
●苦難の中で、私が叫ぶと、主は答えてくださった。
 陰府の底から、助けを求めると私の声を聞いてくださった(ヨナ書 2-3)
●何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとを
 ささげ、あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)
●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、
 どんな困難な状況にあっても、正しいやり方である(ヒルティ)
●私たちの生きた祈りと賛美が少しでもあるなら、
 神様は千里の道をかけてでも私たちに会いに来てくださるだろう
(アーロンド)
●神様は天高く遠くにおられるが、祈るなら神様がこの地に降りてこられ、
 さらに神様の能力と私たちの努力を結び付ける(ガースパリン)
●何事も思い煩ってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)
●悲しみ憂えてはならない。主を喜び祝うことこそ、
 あなた方の力の源であるからだ(ネヘミヤ記8-10)
●あらゆる恵みの源である神、すなわち、キリスト・イエスを通して
 あなた方を永遠の栄光へ招き入れて下さったあふるる恵みの神御自身が、
 しばらくの苦しみの後、あなた方を癒し、完全な者とし、強め、力づけ、
 堅く立たせ、揺らぐことがない不動の者にしてくださる(ペテロ前書5-10)
●私の敵よ、私のことで喜ぶな。たとえ倒れても、私は起き上がる。
 たとえ闇の中に座っていても、主こそ我が光なり(ミカ書7-8)
●光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐5)
●主よ、あなたは私の灯りを輝かし、神よ、あなたは私の闇を照らして下さる
(イザヤ書42-16)
●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
(ルカ伝1-79)
●暗闇の中に歩んでいた民は大いなる光を見た。
 死の陰の地に住んでいた人々の上に光が輝いた(イザヤ書9-2)

これから、天変地異による大災害や、分裂対立に伴う事故事件が多発する中で、
国際的政略再編と紛争激化による国家的危機や個人的な病苦・経済苦・社会苦の
<患難辛苦>に直面して、国家的・社会的・世間的に孤立無援に追い込まれて、
1匹<少数派>になろうと、あの7年間も暗闇の中で生き延びれた金魚のように、
私たち個人もまた、【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の
<神助的自衛権>行使の<主の祈り>を唱え続けて【神の愛=主イエス&聖霊】と
協働救済方法である【神愛事業=隣人愛&奇蹟】を具現化させましょう!

●<神の救済法>(内村鑑三)
 死に勝つに生をもってし、
 暗(ヤミ)に逐つに光をもってし、
 怨を滅ぼすに愛をもってす、
 これ神の救済法なり
●怨に酬ゆるに徳をもってし
 憎に対するに愛をもってし
 悪に対するに善をもってする (内村鑑三)
●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)
●泣きながら夜を過ごす人にも喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる
(詩篇30-6)<夕方に泣き悲しむことが宿っても朝には歓呼の声がある>
●苦しみ悩みのうちから、私の主を呼び求めた
 主は私に応えて、私を広いところに置かれた(Set me free)
 主は私の味方、私は恐れない
 人は私に何ができようか(詩篇118-5~6
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、目を覚まして、
 うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい(エペソ書6-18)
●【常時歓喜!不断祈念!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
 (テサロニケ前書5‐16~18)
●熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、望みを抱いて喜び、
 患難に耐え忍び、常に祈りなさい(ロマ書12-11~12)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、
 目を覚まして、うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい
(エペソ書6-18)
●目を覚まして、感謝を込めて、ひたすら祈り続けなさい(コロサイ書4-2)
●あなた方の中で苦しんでいる人は、祈りなさい。
 喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい(ヤコブ書5-13)
●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、
 どんな困難な状況にあっても、正しいやり方である(ヒルティ)

皆様がお任せ人生の【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で
<神助的自衛権>行使である<主の祈り>をいつでもどこでも唱え続けることで
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
人生様々な<患難辛苦>や国家的危機も素直に受け入れて勇猛果敢に立ち向かい
<最愛の我が子・十字架>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>を
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】<大確信:必勝・必決・必現>として掲げながら
【救国:民族精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
【神の愛=主イエス&聖霊】と共に活躍されることを心より応援しています!

●<最も貴きもの>(内村鑑三)
 富と糧とに優って貴きものは知識なり
 知識に優って貴きものは道徳なり
 道徳に優って貴きものは信仰なり
 信仰に優って貴きものは愛心なり
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、かくて自己は死して
 神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。
●<世界最大の者>(内村鑑三)
 知識をもって腕力に克つべし
 信仰をもって知識に克つべし
 愛をもって信仰に克つべし
 愛は進化の終局なり、最大の能力なり。
 愛に達して我らは世界最大の者となるなり。
●<希望>(ヒルティ)
 十字架は重いが、ふしぎなことに
 おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
 初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
 その道を進む者は「勇者」と呼ばれる
 おまえの力は小さくとも
 おまえが帰依した主の力は偉大だ
 おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
 今日は死に、明日はいのちによみがえる
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、
 神は聞き入れて下さる。これが神に対する私たちの確信である。
 私たちは、願い事は何でも聞き入れて下さると分かるなら、
 神に願ったことは既にかなえられていることも分かる
 (ヨハネ第1書5-14~15)
●真の祈りはただの祈りではない。一種の預言である。
 即ち必ず成就すべき事を
 前もって語に表することである(内村鑑三)
●心からの祈りによって、成し遂げられないものは、この世には無い
(ガンジー)
●何でも祈り求めることは既にかなえられたと信じなさい。
 そうすれば、そのとおりになるであろう(マルコ伝11‐24)
●神は約束したことを成就することができると確信した(ロマ書4-21)
●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、神は聞き入れてくださる。
 これが神に対する私たちの確信である(ヨハネ第1書5-14)
●私は初めから、以上のことを確信し、思い巡らした後、こう書き残した。
「主の御業はすべて良く、時が来れば、主は必要なことをすべて満たされる。」
「これはあれよりも悪い」と言ってはならない。
 どんなものも時が来ればその良さが証明される。
 さあ、心から、声高らかに賛美の歌をうたえ。主の御名をほめたたえよ
(シラ書〔集会の書〕39-32~35)
●あなたに備えられているものをすべて生かし抜きなさい。
 神はあなたの、その善き意志を助けてくださるだろう(トマス・ア・ケンピス)
●光の子らというのは、たしかに、尋常ならぬものに対して敏感であり、
 かつ求めてやまぬ人たちのことである。
 彼等はまず、飲み、食い、そして明日は死ぬということ以外に、
 もうすこし良いものが地上にあることを願い、
 このやみがたい願いと意志とから出発して、次第に信仰に、
 そして最後には確信に、到達する人たちである(ヒルティ)
●元気を失うな、勇敢であれ、慰めはしかるべき時に必ず来るであろう
 (ヒルティ)
●【遠大の事業】(内村鑑三)
 余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
 余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
 余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
 余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。
●<聖 望>(内村鑑三)
 われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
 われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
 われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
 万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
 荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
 なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
●望み得ないことを、なおも望み信じ続ける!(ロマ書4‐16~18)
●我らのなお亡びざるはエホバの仁慈(イツクシミ)により、
 あわれみの尽きざるによる。
 これは朝ごとに新しく、あなたの真実はそれほどに大きく深く力強い
 (エレミヤ哀歌3‐22~23)
●摂理と確かな知恵とは、私にある。
 私は分別であって、私には威力がある。
 私によって、王たる者は世を治め、
 君主たちは正しい掟を定める。 
 君侯、自由人、正しい裁きを行う人は皆、私によって治める。 
 私を愛する者を、私は愛する。私を熱心に捜す者は、私を見つける
 (箴言8-14~17)
●魂の喜びにまさる喜びなし。これによりて枯骨もなお芽をふく。
 この喜びを我が主は常に我らのために増したもう(ヒルティ)
●神は、キリスト・イエスにおいて私たちが賜わった慈愛による、
 限りなく優れた豊かな、神の御恵みの絶大なる富を、
 来るべき世々に現そうとされた。
 事実、あなた方は、恵みにより、信仰によって救われた。
 このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物である
(エペソ書2-7~8)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
 理想が事実となって顕れたるものである。すなわち真個の理想である。
「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である
 (内村鑑三)
 
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年7月14日に作成した<第649回>に加筆】
◇◇★★緊急霊的体験★★に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

今日現在、病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉力>が
【神の愛=主イエス&聖霊】です!

先回報告の<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>【礼拝:★讃美★祈求★感謝】が
【神の愛の方程式=摂理】に従って<パワー・アップ&アップ・グレード>される
<奥義>を霊的体験することができました!

今日現在が病苦・経済苦・社会苦などの<患難辛苦>によって恐怖・不安・失意の
どん底状態に追い込まれた時にこそ<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>と唱える
<先取りの【信仰:信愛・信頼・信従】>には絶対ハッピーエンド!の霊的確信を
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】に応答する事は理屈で理解しても
私のような意気地なしで臆病者で卑怯者の弱虫にとっては、私の苦手・弱点に向け
早速に<肉体的試練>が<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>として
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>が奇襲攻撃してきたのです。

お陰で【聖書・真理の御言葉】に示される<十字架上の言葉>を霊的解釈したので
皆さんに是非紹介します!

ご存知のように【主イエス】は十字架の上で「7つの言葉」を語られていますが、
その一つに「苦痛の叫び」として「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」が有ります。

●わが神、わが神。どうして私をお見捨てになったのですか
(マタイ伝27-46)

私は従来から、この<弱気の直訴>は絶望的発言ではなく、詩篇22章の冒頭を
私達に語り伝えたのだと霊的確信する者です。

詩篇22章の前半は<患難辛苦>の恐怖・不安・怒り・悲しみなどに耐え切れず、
<直訴>しますが、後半は【神の愛=主イエス】への<歓喜!感動!感謝!>に
終ります。

●わが神、わが神。どうして、私をお見捨てになったのですか。
 なにゆえ遠く離れて私を助けず、私の嘆きの言葉を聞かれないのですか。
 わが神よ、昼は呼び求めても答えて下さらない。
  夜も黙る事もできず平安を得ません(詩篇22-1~2)
●主は悩む者・貧しき者の悩み苦しみを侮らず、
 さげすむことなく、いとうことなく、
 御顔を隠されもしなかった。
 むしろ、助けを叫び求めたとき、聞いてくださいます。
 貧しき者・悩む者は、食べて、満ち足り、主を尋ね求める人々は、
 主を賛美します。
 いつまでも健やかな心が与えられますように。(詩篇22-24~26)
●まことに、王権は主のもの。主は、国々を統べ治めておられる
(詩篇22-28)
●子々孫々、主に仕え、人々は主のことを来たるべき代まで語り伝え、
 主がなされた義とその救いと成し遂げて下さった恵みの御業を
 後に生れる民にのべ伝えるでしょう(詩篇22-30~31)

そうです!私のように、いざとなると<逃げ腰・及び腰・弱腰>の<霊的弱者>が
人生で直面する様々な<十字架><重荷:自己不信・自己否定・自己嫌悪>の前で
先ず<弱気の直訴:エリ、エリ、ラマ、サバクタニ>の<敗北宣言>をしなさいと
霊的体験しました!だから<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>が活きるのです!

【神の愛の方程式=摂理】は「自助に負けて神助で勝つ!」の「敗者復活」です!

●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●正義は負けて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、
 殺されて活くるのがキリスト信者の生涯である (内村鑑三)
●<凋落の希望>(内村鑑三)
 葉落ちて枝空し。しかれども知る。
 芽ならずして葉落ちざることを
 凋落は復活の兆しなり。
 世の日に日に朽ち行くは革新の準備すでに成りたるによる。
●<失敗と成功>(内村鑑三)
 失敗は成功に達するの階段なり。
 葉落ちて実結ぶがごとく、種死して芽出づるがごとく、
 失敗を重ねて成功は来るなり。
●規則によって私たちを責め立てて不利に陥れていた債務証書を破棄し、
 これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。
 そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、
 キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました
 (コロサイ書2-14~15)
●十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、
 救いに預かる私たちには神の力である(コリント前書1-18)
●私たちの強さは弱さから生まれる。
 秘密の力を備えた憤りは、わたしたちがこっぴどい攻撃にさらされ、
 つつかれたり刺されたりするまでは目覚めない。
 人間は、苦しめられ打ち負かされるとき、なにかを学ぶチャンスをえる。
 才覚を発揮すること。勇気をもつこと。事実をつかむこと。
 無知を知ること、節度や、生きるための本当の技術を獲得することなどを
 (エマーソン)
●希望!どんな不幸におちいっても、
 われわれは希望の太陽を心からすててはならない。
 つねに楽天的であること。つまり天命を楽しむこと、
 これこそがわれわれを幸福に導く信仰である。
 今日を立派に生きることが、明日の希望を見いだすことであり、
 明日の希望があってこそわれわれは明るく生きることができる。
 現在を嘆き悲しむものはやがて不運を招くことになる(ヘレン・ケラー)
●なにもかも失われたときにも、未来だけはまだ残っている(ボビー)

自分の弱さを責めたり嘆くのではなく、まさに「弱さ」を誇リましょう!

●主が言われた『私の恵みはあなたに対して十分である。
 私の力は弱いところに完全にあらわれる』
 それだから、キリストの力が私に宿るように、むしろ喜んで私の弱さを誇ろう
 (コリント後書12~9)

「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」次に<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>と
絶唱し続けるだけで、【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】は
<不屈の楽天・楽観力>に<パワー・アップ&アップ・グレード>されます!

さらに自助に負け神助で勝つ「敗者復活」だけでない驚異の霊的体験をしました。
それは【神の愛=主イエス&聖霊】が語られる「異言」体感です!

<異言>は【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に宿る【神の愛=&聖霊】自身が、
舌を使って直接語ってくれる「聞きなれない言葉」「外国語」と記されています。

●パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、
 彼らは異言を語ったり、預言をしたりした(使徒行伝19-6)
●舌のようなものが、炎のように分れて現れ舌のようなものが、
 炎のように分れて現れ、一人一人の上にとどまった。
 すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、
 いろいろの他国の言葉で語り出した(使徒行伝2-3~4)

<異言>は人間と【神の愛=天の父・主イエス】が<霊的交流・会話>する為に、
私達の<仲保者・弁護人>の【神の愛=聖霊】が<通訳・弁護・演出>する事で
私達自身が直接対話できる最善の<パフォーマンス(表現・振舞い>であることを
理解してきました。

●異言を話す者は、人に話すのではなく、神に話すのです。
 というのは、だれも聞いていないのに、自分の霊で奥義を話すからです
 (コリント前書14-2)

今回の出来事まで、私には具体的「異言」体験がなくて残念で熱望してきました。
そして遂に【神の愛=主イエス】は時にかなって美しく体感させてくれました!

それは「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>を
苦痛の中で連呼し続ける内に、自然と「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」だけが
別の意味不明の響きとなって舌が勝手に動いてくれます。是非お試し下さい!

●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
 なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
 私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)

私の人生にとって歴史的・感動的・奇蹟的な霊的体験は以上です。

皆さんが【神の愛=主イエス&聖霊】の前ではホンネの自分自身を可視化させて、
先ず第一義に<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げながら、<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の
<邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>や人生様々な<患難辛苦>に
自助で負け神助で勝つ【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の
「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ」<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>で応じる
<敗北宣言>&<勝利宣言>で打ち勝つことを心より応援しています!

●悲しみ憂えてはならない。主を喜び祝うことこそ、
 あなた方の力の源であるからだ(ネヘミヤ記8-10)
●命は恩寵のうちにある、夕暮れに涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある
 (詩篇30‐5)
●恐れるな、私はあなたと共にいる。
 たじろぐな、私はあなたの神である。
 私はあなたを強くし、あなたを助け、私の義の右の手であなたを守る
(イザヤ書41-10~14)
●一時的なしばらくの軽い患難は働いて、
 永遠の重い栄光を、溢れるばかりに私たちに得させる(生み出す)
 (コリント後書4-17)
●見える所のものは暫時(シバラク)にして、見えざる所のものは永遠なり
(コリント後書4-18)
●試練を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、
 神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう
(ヤコブ書1-12)
●<今日の患難は明日の栄光に遠く及ばず!>
 現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、
 取るに足りないとわたしは思います(ロマ書8-18)
●人生で最も輝かしい時はいわゆる栄光の時でなく、
 落胆や絶望の中で人生への挑戦と
 未来への完遂の展望がわき上がるのを感じたときだ(フローベル)
●私たちのもっともすばらしい栄光は、決してくじけないことではなく、
 くじけるたびに、起きあがってくることにある(オリバー・ゴールドスミス)
●今日も、明日も、困難が待ち受けている。
 しかし、それでも、わたしには、夢がある(キング牧師)
●あなたの夢は何か、あなたの目的は何か。
 それが明らかならば、必ずや道は開かれる(ガンジー)
●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
●The Best is yet to come!
 <最善の時はこれからだ!>(ブラウニング)
●<最善の最後>(内村鑑三)
 信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
 終わりに近づくほど、ますます善くある。
 最後(ラスト)が最善(ベスト)である。

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年7月6日に作成した<第648回>に加筆】
◇◇<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

今日現在、病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
<対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉力>が
【神の愛=主イエス&聖霊】です!

●神の力強い活動によって働く力が、私たち信じる者にとって、いかに
 絶大なるものであるかを、あなた方が知るに至るようにと祈っている
 (エペソ書1-19)
●<最大の能力>(内村鑑三)
 確信と称する活動力ではない、信仰と称する一種の依頼心である。
 これが世界を動かした力である。
 先ず我の無能を覚って、しかる後に神の大能に頼る、
 かくて自己は死して神、我にありて生きるに及んで、我は真個の勇者となる。
●<世界最大の者>(内村鑑三)
 ★知識をもって腕力に克つべし
 ★信仰をもって知識に克つべし
 ★愛をもって信仰に克つべし
 ★愛は進化の終局なり、最大の能力なり
 ★愛に達して我らは世界最大の者となるなり。
●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるが如くに全ての事をなすをうるなり
 (ピリピ書4‐13) ⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる

【神の愛=主イエス】は【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】に満ち溢れ光輝く無限大の
【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と<一日一生!日々新た>な
【バイタリティ:生活力=生命力+活力】で【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を
霊的<パワー・アップ&アップ・グレード>してくれます!

●<神の力>(内村鑑三)
 神はただ愛と生命と精力とあるのみ。
「これゆえに、我ら臆せず、我らが外なる人は壊(こぼ)たるとも、内なる人は
 日々に新たなり(コリント後書4‐16)」
 神にありて我が失敗は失敗にあらず、我が弱きは弱きならず!
「(弱った者には力を与え、勢いのない者には強きを増し加えられる。
 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れ果てて倒れる。しかし、)
 我が神にありて新たなる力を獲、ワシの如く翼を張りて昇り、走れども疲れず、
 歩めども倦まざるなり(内村鑑三:イザヤ40‐31)」
◎【神の生命=神の愛の力⇔新生命力・新活力・新思想】(内村鑑三より)
◆霊魂を復活させ、愚かなる者を智からしむる能力ある事実(詩篇19)
◆すべて信じる者を救わんとする神の大なる能力(ロマ書1-16)
◆神の国は言葉にあらず、能力に在り(コリント前書4-20)
◆大能をもって我が内に働くもの(コロサイ書1-29)
◆【神の生命】は心の内に【光】となって
【新生命力】と【新活力】を加える【生活力(バイタリティ)】を提供する!
◆信仰により救われるのは、信仰により【この能力=生活力】を我らの
 能力とする事ができるからであり、死は【生活力】が欠乏してやって来る。
◆【キリスト教(キリスト精神)】は【神の大なる能力=神の生命=生活力】を
 豊かに供給して人を永遠にまで救わんとする、キリストなる【神の生命】を
 もって【不朽の生命】を与えんとするものである!
●汝ら立ち帰りて静かにせば救いを得、
 平穏(オダ)やかにして依り頼まば力を得べし
             (イザヤ書30‐15:ルター特愛の聖句)

私の実体験で体得した【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の
【神の愛=主イエス】に完全に頼り切る【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】とは
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>という【礼拝:★讃美★祈求★感謝】です!

●【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】(テサロニケ前書5‐16~18)
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
●熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、
 望みを抱いて喜び、患難に耐え忍び、常に祈りなさい
 (ロマ書12-11~12)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、
 目を覚まして、うむことなく根気よく全ての聖徒のために祈り続けなさい
(エペソ書6-18)
●何事も思い煩ってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
(ピリピ書4-6~7)
●目を覚まして、感謝を込めて、ひたすら祈り続けなさい(コロサイ書4-2)

一般的に「お祈り」とは具体的な<嘆願:願望・陳情・苦情>を直訴することだと
私自身も思い込んでいましたが、【神の愛=主イエス&聖霊】に対する場合ならば
最悪のどん底状態でも、明るく元気に<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>だけを
一日中どこでも唱え続けることが最善の【礼拝:★讃美★祈求★感謝】である事を
是非お試し下さい!【神の愛=主イエス&聖霊】は必ず最善に応答してくれます!

【神の愛=聖霊】は私達の声にもならず、祈りもできないほどの絶望的状態でも
一切ご存知の【先回りの神愛】で<最高!最善!最美!>に導き続けているので
たとえ今日現在が、<患難辛苦>未解決でお先真っ暗の最悪状況に見えようとも
目の前に不安や失望や恐るべき<患難辛苦>が迫り来る危機状態が訪れようとも、
【神の愛=主イエス&聖霊】に向け<先取りの【信仰:信愛・信頼・信従】>の
<歓喜!感動!感謝!>で応える態度をお奨めします!

それが先ずは<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>と声高らかに唱える習慣です。
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>宣言こそが自力・世間力・偶然に頼らずに
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の一切お任せ人生です!

■<先回りの神愛>
●私の思いは、あなた方の思いと異なり
 私の道は、あなた方の道と異なる
 主の御告げ
 天が地よりも高いように
 私の道は、あなた方の道よりも高い
 私の思いは、あなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
●我が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
●見よ、侮る者たちよ、驚け、そして滅び去れ、
 私はあなた方の時代に一つの事をする。
 それは人がどんなに説明して聞かせても
 あなた方のとうてい信じられないような事なのである(ハバクク書1-5)
●どんな良い事も、最初に一番良い顔をみせはしない(ヒルティ)
■<先取りの【信仰:信愛・信頼・信従】>
●あなた方の中で苦しんでいる人は、祈りなさい。
 喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい(ヤコブ書5-13)
●思案したり、心配したりせずに、祈りかつ働くことが、
 どんな困難な状況にあっても、正しいやり方である(ヒルティ)
●何事も思い煩ってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、
 あなたがたの求めるところを神に打ち明けなさい。
 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、
 あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう
 (ピリピ書4-6~7)
●主は助けを求める人の叫び求めることを聞き、
 苦難から常に彼らを助け出される。
 主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる魂、くずおれた者を救われる。
 主に従う人には災いが重なるが、主はそのすべてから救い出される。
 骨の一本も損なわれることのないように、彼を守ってくださる
(詩篇34-17~20)
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
 なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
 私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)
●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、主は私の声を聞かれる。
 たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、
 私を平和のうちに救い出してくださる。
 私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)

皆さんも長々とした「~して下さい!」型の<嘆願:願望・陳情・苦情>でなく、
先ずは<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>だけを唱える霊的挑戦をして下さい。
もし不安なら、未実現・未完の<嘆願>や【ビジョン:理想・夢念・大志】でも
実現・完成して「~を感謝します!」型【先取りの<歓喜!感動!感謝!>】を
是非ともお奨めします!

【★ダイナミック!★エキサイティング!★ワンダフル!】な無限大・無尽蔵の
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】の<神助:祝福・恩恵>を霊的体感しましょう!

●神の無限の力に頼りて我等は我等の信ずるがごとくに
 全ての事を為すを得るなり。
 何事も思いわずらってはならない。
 ただ、事ごとに、感謝をもって、祈りと願いをささげ、
 あなた方の求めるところを神に申し上げるがよい
 (内村鑑三:ピリピ書4-13より)
●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
 これに対抗することはできるであろう。
 私は神のおかげで困難になれてきた。
 神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)
●人の歩みは主によって確かとされる。
 主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手を支えておられるからだ(詩篇23‐24)
●<神助>(内村鑑三)
 ◆神を信ぜよ、さらば神は汝の必要に応じて全ての善き物をもって汝を恵まん。
 ⇔ ★天来の思想
   ★外来の友人
★意(オモ)わほざる汝に臨む全ての恩恵の手段(テダテ)
◆汝の目下の境遇をもって汝の力を量るなかれ。
◆汝は信仰をもって神の力を汝の力となすをうべし。
◆多くを望めよ、そは天にいます汝の父はその恩恵の宝庫を開いて
 汝の来りてこれを求めんことを待ちつつあり給えばなり。
●この神は救い主、助け主。天にも地にも、不思議な御業を行い
 ダニエルを獅子の力から救われた(ダニエル書6-28)
●あなたの力は人の数によるものではなく、
 あなたの主権は強者に頼るものでもありません。
 あなたは虐げられた者の神、
 小さき者の助け主、
 弱き者の支え、
 見捨てられた者の守り、
 希望を失った者の救い主(ユディト記9-11)
●あなたは、私の守り手、助け手となり、
 私の体を滅びから、中傷の罠から、偽りを行う者の唇から
 救い出してくださった。あなたは、私の反対者の目の前で、
 私の助け手となり、あなたの豊かな慈しみと御名によって、
 私を餌食にしようと仕掛けた罠から、私の命をねらう者の手から、
 私が耐えていた数多くの苦しみから、救い出してくださった。
(シラ書〔集会の書〕51-2~3)
●神の無限の力に頼りて我等は我等の信じるが如くに全ての事をなすをうるなり
(ピリピ書4‐13)⇔ 私を強くして下さる方によって何事もすることができる
●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)
●全ての苦難はそれからのちに現実となった時よりも、
 その前に想像された時の方が、よほど困難に思われる(ヒルティ)
●汝ら心を騒がすな。神を信じ、また我(主イエス)を信ぜよ
(ヨハネ伝14-1)
●私は平安をあなた方に残して行く。私の平安をあなた方に与える。
 私が与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。
 あなた方は心を騒がせるな、また、おじけるな(ヨハネ14-27)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、
 私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から
 私たちを引き離すことはできないのである (ロマ書8‐38~39)
●人が信仰によって救われるというのは
 信仰の結果によって救われるというのではない。
 信仰そのものが既に彼の完全なる救済であるというのである(内村鑑三)
●それでもひたすら神に信頼し続けよ。
 そうすれば、まもなく、また光と力を見るだろう。
 おまえが信じたものを、まのあたりに見て、信じたとおりに成るであろう
 (バンヤン)
 
先ずただひたすら<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>と唱える【神助精神】は
直面する<患難辛苦>から現実逃避の<逃げ腰・及び腰・弱腰>の降伏降参でなく
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
<闇・悪・マイナス>を<光・善・プラス>に転じて<対戦・応戦・抗戦>する
霊的<パワー・アップ&アップ・グレード>をしてくれます!

●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
 むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
 (アウグスティヌス)
●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
 暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
 信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
 不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三)
●神の恵みと助けとが示されているのは、とくに困難な時期に、
いつも我々の暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである
(ヒルティ)
●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり。
神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
(内村鑑三)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●世に勝つ者はだれか、イエスを神の子と信じる者ではないか
(ヨハネ第一書5-5)
●一切の仕事が神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である
 (ヒルティ)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
 許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)
●キリスト教は理想ではない、事実である。
 理想が事実となって顕れたるものである。
 すなわち真個の理想である。
 「なすべき」はキリスト教ではない、「なしうる」がキリスト教である
(内村鑑三)

そして<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<神愛武具・神愛武器>に【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を霊的装備する事で
人生最強の宿敵である<心の闇>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】から
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】に導き
<福音の戦士>【福音の勢力】【愛と自由の戦士:神の僕・光の子】となります!

●悪魔の策略に対抗して立つことができるように、
神の武具を身に着けなさい。
私たちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、
 支配と権威、暗闇の世界の支配者、
 天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。
 だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを
 成し遂げて、しっかりと立つことができるように、
 神の武具を身に着けなさい。
 立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして
 着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい(エペソ書6-11~15)
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには、闇も暗くなく、
 夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●神は光であって、神には少しの暗いところもない(ヨハネ第1書1‐5)
●私(主イエス)は世の光である。私に従って来る者は、闇の内を歩くことが
 なく、命の光をもつであろう(ヨハネ伝8‐12)
●光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい(ヨハネ伝12‐36)
●光の子として歩みなさい(エペソ書5‐8、イザヤ書2‐5)
●光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせる(エペソ書5‐9)

皆さんが現実に直面する病苦・経済苦・社会苦などの<患難辛苦>に自力でなく
<アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の一切お任せ人生で
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に
掲げ、自己や世界の<闇・悪・マイナス>を<光・善・プラス>に大転換させる
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
活躍されることを心より応援しています!

●主が言われた『私の恵みはあなたに対して十分である。
 私の力は弱いところに完全にあらわれる』それだから、
 キリストの力が私に宿るように、むしろ喜んで私の弱さを誇ろう
 (コリント後書12~9)
●神はあなた方にあらゆる恵みを豊かに与え、
 あなた方を常に全てのことに満ち足らせ、
 全ての善いわざに富ませる力のある方である
 (コリント後書9‐8)
●嘆くのはやめて旅をし続けるがよい。
 すでに与えられたものをしっかり守れ。
 この午後をなお歩み続けるならば、
 夕べには平和がさし招くであろう(ヒルティ)
●もしこの世の中で不可能な事を目指して粘り強くアタックしないようでは、
 およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ないというのは、まったく正しく、
 あらゆる歴史上の経験がこれを証明している(マックス・ウェーバー)
●人生の喜びとは何か。それは人々が「お前はできない」ということを
 実現してみせることである(バジョット)
●つねに行為の動機のみを重んじて、帰着する結果を思うな。
 報酬への期待を行為のバネとする人々の一人になるな(ベートーヴェン)
●目標に近づくほど、困難は増大する(ゲーテ)
●失敗は罪ではない、目的が低い事が罪である(内村鑑三)
●<神意と人意>(内村鑑三)
 人は止まらんとし、神は動かんとし給う
 人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
 人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
●すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、
 また彼の中にアーメンとなる。
 神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
 しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
 すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
 <すべてにおいて積極的人物となる!> (内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
 人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
 人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
 人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
 神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
●どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある。
 救いのない運命というものはない。
 災難に合わせて、どこか一方の扉を開けて、
 救いの道を残している(セルバンテス)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2015年5月19日に作成した<第647回>に加筆】
◇◇【ビジョン】を<御本尊>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

日本各地の歴史的建造物の神社仏閣で修復困難な連続油被害事件が起きています。
宗教的教会的信仰にとって神社仏閣教会の<御本尊・本殿・聖堂>が必要なのは、
そこに参拝すれば、現実を離れて自然と素直になれ、神仏との霊的交流が可能な
環境があるからだと私は実感します。その霊的拠点が汚されるのは重大事です。

しかし、私のような「神助的個人的信愛者」にとっては、心配ご無用です!
改めて信仰的霊的拠点は、<愛神献霊:自主独立精神・自由・独立>にあって、
誰から攻撃妨害されようとも安全な<自己完結型>の<御本尊・本殿・聖堂>を
内なる【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に確保することをお奨めします!

【神の愛=主イエス&聖霊】に【信仰:信愛・信頼・信従】で一切お任せ人生の
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の立場である私にとって
内なる【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が天井高い大聖堂・大本殿となって、
いつでも【神の愛=主イエス&聖霊】に【礼拝:★讃美★祈求★感謝】できます!

●<われらの礼拝>(内村鑑三)
 われらは、僧衣を着けて高壇に上がり、
 聖書を朗読し、聖歌を吟唱し、手をひろげて天を仰いで祈り、
 手を按(お)いて人に儀式を施し、もってわれらの神を礼拝せんとしない。
 われらの礼拝は教会堂においておこなわれずして、
 あるいは工場において、あるいは田畑において、
 あるいは店頭において、あるいは書斎において、
 その他われらが日々の事業に従事する所において、おこなわるるのである。
 「仕事はすなわち祈祷(礼拝)なり」である。
 われらはわれらの日常の仕事をもって神を礼拝せんと欲するのである。
 礼拝の簡単または欠乏のゆえをもってわれらを責むる者に、
 われらはこの事をもって答うるのである

私は世間的には卑怯者で臆病者で意気地なしで<逃げ腰・及び腰・弱腰>なので
隠れキリシタンと異なり、踏み絵も平気で踏み、宗教的弾圧迫害には屈しますが、
【神の愛=主イエス&聖霊】と【信仰:信愛・信頼・信従】で結ばれているなら
<智恵・聖霊の導き>として【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に働きかけて
たとえ私が火の中、水の中に追込まれ、大小様々な<患難辛苦>に直面しようと、
<御本尊><最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは
日々の【祈祷:霊的呼吸・霊的栄養源】のお陰で<不死身!不滅!不退転!>で
【神の愛=主イエス&聖霊】ご自身が死守してくれるので一切の心配ご無用です!

●近代人が運動に頼るに対して、クリスチャンは祈祷に頼る(内村鑑三)
●絶えず祈るべし、祈祷をもって生命となすべし(内村鑑三)
●仕事は、すなわち祈祷(礼拝)なり(内村鑑三)
●知恵を捨てるな。それがあなたを守る。
 これを愛せ。これがあなたを保つ(箴言4-6)
●父は私に教えて言った。
「私の言葉を心に留め、私の命令を守って、命を得よ、生きよ。
 知恵を得よ。悟りを得よ。忘れてはならない。
 私の口の授けた言葉からそれてはならない。
 知恵を捨てるな。それがあなたを守る。これを愛せ。これがあなたを保つ。
 知恵の初めはこれである。知恵の初めに知恵を得よ。
 あなたがこれまで得たものすべてに代えても、悟りを得よ。
 それを尊べ。そうすれば、それはあなたを高めてくれる。
 それを抱きしめると、それはあなたに名誉を与え尊くする。
 それはあなたの頭に麗しい花輪飾りを与え、
 光栄の冠をあなたに授けよう。」 (箴言4-4~9)
●水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。
 大河の中を通っても、あなたは押し流されない。
 火の中を歩いても、焼かれず
 炎はあなたに燃えつかない
 わたしが、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者、
 あなたの救い主であるからだ(イザヤ書43-2)
●人の歩みは主によって確かにされる。
 主はその人の道を喜ばれる。
 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。
 主がその手をささえておられるからだ(詩篇37‐23~24)
●あなたの為すべきことを主に委ねよ、
 そうすれば、あなたの計画はゆるがず、必ず成る(箴言16-3)

私のように心が<不義・不正・不実>不純・不潔で常に油まみれの汚れた者でも、
唯一【ビジョン:理想・夢念・大志】だけはいつでも汚れなく光り輝く存在です!
そうです!<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】こそが
私が【信仰:信愛・信頼・信従】できる【神の愛=主イエス】自身が体現されて
【御心:聖意・聖旨】が心に刻まれた<ラブレター>であり霊的<御本尊>です!

●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●<キリストの手紙>(コリント後書3-3)
 <口語訳>
 あなた方は自分自身が私たちから送られたキリストの手紙であって、
 墨によらず生ける神の霊によって書かれ、
 石の板にではなく人の心の板に書かれたものである事をはっきり現している。
 <文語訳>
 汝らは我らの職(ツトメ)により書かれたるキリストの書(フミ)なり、
 しかも墨にあらで活ける神の御霊に記され、
 石碑にあらで心の肉碑に記されたるなり
●見よ、その日が来る。
 その日私はイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる。
 私は私の律法を彼等のうちに置き、その心にしるす。
 私は彼等の神となり、彼等は私の民となる(エレミヤ書31‐31~33)
●私の律法を彼等の心に与え、彼等の思いのうちに書きつけよう
 (ヘブル書10‐16)
●私は彼らに一つの心を与える。
 すなわち、私はあなた方のうちに新しい霊を与える。
 私は彼らの身体から石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える
 (エゼキエル書11‐19)

皆さんは2010年制作の米国映画「ザ・ウォーカー(原題: The Book of Eli)」を
ご存じですか?先日、私はネットで無料試聴できて大感動しました!
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00998/v00311/v0000000000000000822/

米国社会は信仰的に堕落して手段を選ばない恥知らずで弱肉強食と観られますが、
一方で100億円以上の莫大な制作費をかけてアカデミー受賞スターを主役にして、
300億円の興行収入を得る成果が上がっている事に頼もしさを感じます。

この映画の日本サイトの説明文には、単なる近未来の最終戦争後の文明崩壊の
無秩序社会で起きるSF・アクション・サスペンスとして紹介されていますが、
私にとっては、【愛と自由の戦士:義勇軍・神の僕・忠義の愛子・光の子】の
<福音の戦士>【福音の勢力】的<生き様・死に様>が描かれた宗教的映画です!

●ひとが本当に神を信じ、それが単に口先だけのことでないなら、
 唯物論的世界秩序においては、
 ただ不可能としか思えない多くの事が当然のことになってくる(ヒルティ)
●一切の仕事が神を離れては困難であり、神と共にあれば一切が可能である
 (ヒルティ)
●愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行ないたがる
 (トマス・ア・ケンピス)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
 許されていると考えるからである (トマス・ア・ケンピス)
●愛は万事に対する能力をもち、愛しないものならば、
 力尽きて倒れる場合にも多くの事を成し遂げ功を奏させる
 (トマス・ア・ケンピス)
●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
 人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
 愛は常に向上を欲していかなる、
 いと低い事物によっても引き停められることを望まない
 (トマス・ア・ケンピス)
●<軟弱信者に告ぐ>(内村鑑三)
 キリスト教を究めよ、キリスト教について聞かんと欲するなかれ。
 聖書を学べよ、宗教文学を楽しまんと欲するなかれ。
 神を信ぜよ、教会と教師とに頼らんと欲するなかれ。
 己の弱き訴うるを止めて自ら強からんことを求めよ、
 いつまでも信仰の乳をもって養われんと欲する信仰の赤子たるなかれ。
 堅きに耐え、神の信頼を値(ネウチ)する福音の戦士たれ。
●<福音の勢力>(内村鑑三)
 福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
 福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
 福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
 福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
 福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
 活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
 この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
 福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
 福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)
●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
 活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
 これキリスト教の真実となす。
 -天体に神の栄光を探る
 -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
 -詩歌に神の無限の愛をたたえる
 -美術に神の美妙の理想を現わす
 -農は神と共に神の地を耕すこと
 -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
 -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
●世に惨事多きや、福音を説くべし
 世に罪悪多きや、福音を説くべし
 国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
 社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
 福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)
●人は一人もこれを信ぜざるも、我が福音は真理なり。
 人はことごとくこれを棄却するも、我が福音は真理なり。
 人はこぞってそのために我を排斥するも、我が福音は真理なり。
 我が福音は人の福音にあらず、神の福音なり。
 ゆえに我れは神に拠(ヨ)り、
 独り終わりまでこれを保持せんと欲す(内村鑑三)

現代米国や現代文明が崩壊して無秩序な堕落世界になり果てた時に、そこから
<再起・再生・復活>するために、「最も大切なもの」は何かを明確に示して、
単なるファンタジーではなく、今日現在<患難辛苦>に直面している個人には
勇気と希望と励ましと慰めを与える【福音・GOOD NEWS】伝道となっています!

●あなたの若い日にあなたの創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、
 また、『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に(伝道の書12‐1)
●神を知って万事ことごとく可なり、
 知らずしてことごとく非なり。
 主を知るは智恵の初めである。
 神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し(内村鑑三:ホセア書4‐3)
●目を上げて、私は山々を仰ぐ
 私の助けはどこから来るのか
 私の助けは来る。天地を創られた主から来る(詩篇121-1~2)
●主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない
 見よ、イスラエルを守る方は、まどろむことなもなく、眠ることもない
(詩篇121-3~4)
●これは私たちの神の憐れみ深い御心による。
 また、そのあわれみによって、
 日の光が 上から私たちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照らし、
 私たちの足を平和の道へ導くであろう
 (ルカ伝1-78~79、詩篇107-10、イザヤ書9‐2・59-8)
●<日本国とキリスト>(内村鑑三)
 日本国はキリストを要す。
 彼によるにあらざれば、その家庭を潔むるあたわず。
 日本国はキリストを要す。
 彼によらずして、その愛国心は高尚なるあたわず。
 キリストによりてのみ、真正の自由と独立とあり。
 そは彼は霊魂に自由を与うる者なればなり。
 キリストによらずして、大美術と大文学とあるなし。
 そは彼は人類の理想なればなり。
 キリスト降世二千年後の今日、
 吾人は彼によらざる真正の文明なるものを思惟するあたわず。
 (1901年5月『聖書之研究』)

私自身には【神の愛=主イエス】から託された【ビジョン:理想・夢念・大志】に
<大義><我が道><人生目的・存在意義>【ミッション:大義・使命・天職】を
体得して、映画の主人公のように【神の愛=主イエス&聖霊】と共に歩き続ける
【同労者・同志】の<生き様・死に様>が示されて<歓喜!感動!感謝!>です!

●強いられてするのでなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき
 利得のためでなく、本心からそれをしなさい(ペテロ前書5-2)
●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、自ら心で
 決めたとおりにすべきである。神は喜んで施す人を愛してくださる
 のである(コリント後書9-7)
●自由人にふさわしく行動しなさい。
 ただし、自由をば悪を行う口実として用いず神の僕にふさわしく行動しなさい
 (ペテロ第1書2‐16)
●<勝利の生涯>(内村鑑三)
 世を遁(のが)れんとするなかれ、世に勝つべし。
 境遇の改まらんとことを祈るなかれ、心の改まらんことを祈るべし。
 苦痛の去らんことを願うなかれ、恩恵の増さんことを願うべし。
 外に富みかつ栄えんと欲するなかれ、衷(うち)に喜びかつ楽しむ者となるべし。
●おまえの不幸に打ち負かされるな。神に頼れ、そうすれば勝つだろう。
 洪水が襲ってきても、おまえは上にあって、溺れないだろう。
 苦し過ぎる重荷を負わされたならば、
 主なる神が既にお前の願いを聞き給うたのだ(パウル・ゲルハルト)
●主に依り頼み、その偉大な力によって、強くなれ(エペソ書6-10)

皆さんも<価値観大転換・マクロシフト>の混迷大波乱の激動の世界にあって、
【神の愛=主イエス&聖霊】の【御心:聖意・聖旨】<計画>が体現されている
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<御本尊>に、
一切お任せ人生の【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で
託された<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を走り抜いて
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
<福音の戦士>【福音の勢力】で活躍されることを心より応援しています!
 
●"DO YOUR BEST,AND IT MUST BE FIRST CLASS"
 「最善を尽くせ、しかも一流であれ」(ポール・ラッシュ)
●もしキリストの名のもとに何かしようと思ったら、
 人々が目標としてまねのできる本物を示せ。
 しかもそれは一流のものでなければならない(トイスラー博士)
●あなたに備えられているものをすべて生かし抜きなさい。
 神はあなたの、その善き意志を助けて下さるだろう(トマス・ア・ケンピス)
●あなた方は自分の確信を放棄してはいけない。
 この確信には大きな報いがあります。
 あなた方が神の御心を行って約束されたものを
 受けるために必要なのは忍耐です。
「もうしばらくすれば、来るべき方がお見えになる。
 遅くなることはない。
 私に属する義人は信仰によって活きる。
 もし恐れ退いて、ひるむようなことがあれば、
 その者は私の心に適わない。」
 しかし、私たちは、恐れひるんで滅びる者ではなく、
 信仰によって命を確保する者です(ヘブル書10-35~39)
●私は苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。
 というのは、私は自分が信頼している方をよく知っており、
 私に委ねられているものを、
 その方がかの日まで守る事がおできになると確信しているからです
(テモテ後書1-12)
●人間はすべて夢想家だ。 
 春の日の柔らかな霞、長い冬の晩の赤い炎を見ながら夢想する。
 このとき偉大な夢を忘れてしまう者もいるが、
 太陽の光のもとにでる日を待ち望み、
 逆境にあっても、
 夢を大事に育み大きくする者もいる。
 夢は必ず叶うと心から信じていれば、その日は必ず来る(ウィルソン)
●神の側に立とうと決心するがよい。次にはあなたの力と個性に合わせて、
あなたに個人的に下される神の命令に従え(ヒルティ)
●神は神を愛する者たちと共にはたらいて万事を益となるようにして下さる
 (ロマ書8‐28)
●キリスト信者たる栄誉の一つは、弱き取るに足らざるこの身をもってして、
 なお大望を抱いてその一部分を遂行し得るにあり(内村鑑三)
●自分の決められた道を走りとおし、
 また、主イエスからいただいた、
 神の恵みの福音を力強く証しするという任務を
 果たすことができさえすれば、
 この命すら決して惜しいとは思いません。
 <最も大切なことは、自分の使命、
  すなわち主イエスが私にお与えになった働きを全うすることです>
 (使徒行伝20-24)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)



【2015年4月6日に作成した<第646回>に加筆】
◇◇【ビジョン】で<神の国・神の義>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

日本でも世界でも、紛争・事件・事故・災害などに巻き込まれる<不慮の死>を
遂げる悲劇報道が繰り返されています。

<万事万物>を見守っている<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】は
人間的な悲劇を観ていても私たちの自己責任として見放しているのでしょうか?
以前の私なら疑問を感じても多忙な現実生活に追われて真剣に考える余裕すらも
ありませんでした。

しかし、今日現在の私には霊的に【神の愛=主イエス&聖霊】を体感できます!
そうです!此の世の<万事・万物>は【神の愛=主イエス】により産み出されて
最初から最後まで<最高!最善!最美!>に導く【御心:聖意・聖旨】によって
守り育てられ導かれていることを確信できます!

● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
 <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
 <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
 栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
●【聖意・聖旨】(内村鑑三)
 ★万事万物の本源を握る者は神の御手
 ★地に起こる全ての出来事は源を天に置く
●全ての事は、神の御旨によりて招かれたる神を愛する者のために、
 ことごとく益をなすを我等は知れり(ロマ書8-28)
●キリストは人類、特に信者の万事万物である。
 キリストを有して我らは万物を有する。
 我らは主を信じて単に我らの霊魂を救われるのではない。
 主によりて父なる神より万物を賜わる資格を得る(内村鑑三)
●キリストは万物をもって万物を満たしむる者なり(エペソ書1-23)
●主は万物の上にあり、万物の中に在る(コロサイ書3-11)
●御子は神の栄えの光輝、神の本質の真の姿であり、
 その力ある言葉で万物を保っておられる(ヘブル書1-3)
●万物の父なる神は一つなり。神は万物の上に在し、
 万物を貫き、万物の内に在したまふ。
 我等はキリストの賜物の量に従ひて、おのおの恩恵を賜はりたり
(エペソ書4ー6~7)

天然世界は宇宙から原子世界の見えない隅々まで<相愛互助・互助友愛>で
【神の愛の力=隣人愛&奇蹟】の<光>【真・善・美】に満ち溢れる一方で、
此の世は【神の愛=主イエス】の再臨までは「不完全・未完成」であることを
思い出させ自覚させられるのが、突然の悲劇・悲惨・不条理の出来事です。
つまり【神の愛=主イエス】の不在期間、此の世を一時的に統治しているのは、
<此の世の君><闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>であるからです。

●全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている(ヨハネ第1書5-19)
●あなた方の敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、
 誰かを食 いつくそうと探し回っています(ペテロ前書5-8)
●悪魔は最初から入殺しであって、真理をよりどころとしていない
(ヨハネ伝8-44)
 
<此の世の神・君・支配者>である<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>は
【この世の勢力:富・権威・名声】を操作し<真理>【神の愛=主イエス】から
遠ざける工作が得意です。

●この世の神が、信じようとはしないこの人々の心の目をくらまし、
神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにした
(コリント前書4-4)

此の世で抹殺され<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の大勝利に見えても、
<万事・万物>は何一つ【神の愛=隣人愛】に無縁に滅び去らされることはなく、
【神の愛=主イエス】を信愛するなら<御国:永遠の命・来世・天国>において
再生復活できる<真理・光>【神の愛=主イエス】の圧倒的大勝利です!

●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
 患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
 私たちは、これら全ての事において、私たちを愛して下さる方によって
 輝かしい圧倒的勝利者となるロマ書8-35~37)
●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。
 私は既に世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。
 世に打ち勝つ勝利、それは私たちの信仰です。
 だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか
 (ヨハネ第1書5-4~5)
●これらの小さい者の一人が滅びる事は天に在ますあなた方の父の御心ではない
 (マタイ伝18‐14)
●神はその独り子を賜うほどに此の世を愛して下さった。
 それは御子を信じる者が一人も滅びないで永遠の命を得るためである
(ヨハネ伝3-16)
●我が父の愛は無限なり、彼は我の滅びることを欲(ねが)い給わず、
 彼は我につきて永久に絶望し給わず、
 ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
 彼の無限の愛を信じてはばからずして今日起ちて彼に往かん
 (内村鑑三:ルカ伝15‐18・放蕩息子の帰郷)
●女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
 たとい彼等が忘れるようなことがあっても、私(主)はあなたを忘れる事はない
 (イザヤ書49‐15)
●私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している
「Very Important Person in God's Eye」(イザヤ書43‐4:V.I.P.の語源)
●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
 神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
 (内村鑑三:詩篇139‐7~8)
●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
 私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
 たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
 私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
 そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
 (詩篇139-9~10)

いよいよ現代世界は<光>【神の愛=主イエス】の再臨の夜明けの時代にあって
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>もまた強大化し暗黒化しているからこそ
驚くべき対立・紛争・事故・事件・災害が多発しているのだと実感できます。

●黎明近きがゆえに暗黒は益々甚だし(内村鑑三)
●誰がどんなことをしても、それにだまされてはならない。
 先ず背教のことが起こり、不法の者、
 すなわち、滅びの子が現われるに違いない。
 彼はすべて神と呼ばれたり、拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、
 自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する(テサロニケ後書2-3~4)
●禍(ワザワイ)なるかな、彼らは悪を呼びて善となし、善を呼びて悪となし、
 暗きを光とし、光を暗きとして苦きを甘しとし、甘きを苦しとする
 (イザヤ書5‐20)
●多くの人がつまずき、互いに裏切り憎みあい、多くの偽預言者が起って、
 多くの人を惑わし、不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう
 (マタイ伝24‐10~12)
●見よ、侮る者たちよ、驚け、そして滅び去れ、
 私はあなた方の時代に一つの事をする。
 それは人がどんなに説明して聞かせても
 あなた方のとうてい信じられないような事なのである(ハバクク書1-5)

そこで私たちが、いつ<不慮の死>を迎えても、後悔せず大満足できるためには、
【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>として高く掲げることです!

●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●国家興隆するときには、理想を以て生活とし、
 国家衰退するときには、生活を以て理想とす(徳富蘇峰)
●心に植えつけられた御言葉を素直に受け入れなさい。
 御言葉にはあなた方の魂を救う力がある(ヤコブ書1‐21)

まさしく【主イエス】自身が語った「神と富」<二人の主人>に示されています。

●人は二人の主人に兼ね仕える事はできず、
 汝等神と富とに兼ね仕える事はできない(マタイ伝6-24,ルカ伝16-13)

つまり、<神>【ビジョン:理想・夢念・大志】を人生目的と最優先すれば、
<富>【この世の勢力:富・権威・名声】は実現手段で添えて与えられます。
<神>【ビジョン:理想・夢念・大志】はpriceless<値付けできない真価>で、
肉体的に死んでも<御国:永遠の命・来世・天国>へのパスポートになります。

●まず神の国と神の義とを求めなさい。
そうすれば、これらのもの[生活必需]は、すべて添えて与えられるであろう
(マタイ伝6-33)

たとえば、ドイツ人パイロットの自暴自棄の飛行機事故においても示されます。
彼は幼い頃からパイロットになることを夢見て、見事に実現した成功者でした。
しかし<富>【この世の勢力:富・権威・名声】の<手段>を主人にしたことで
手段が奪われることで人生目的も見失ったかのように錯覚したのだと思います。

彼本来の<神>【ビジョン:理想・夢念・大志】は「パイロット」職能を手段に
具現化できる<歓喜!感動!感謝!><LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>に
満ち溢れた【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】であることに気づいていたならば
たとえパイロットでは挫折しても、それは【神の愛=主イエス&聖霊】による
方針転換のための【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】であって、
<神助体得能力(セレンディピティ):霊能活気・自由想念・独立決起>さえあれば、
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
<自分らしさ/オリジナリティ>【タレント:個性・才能・可能性】を磨いて
別の<富>【この世の勢力:富・権威・名声】を<手段>として活用することで
本来の<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】まっしぐらです!

●失敗は方針を転ぜよとの神の命令である。
 我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである(内村鑑三)
●私は思う。今この時の苦しみは、
 やがて私たちに現されようとする栄光に比べると言うに足りない
 (ロマ書8‐18)
●快適な場所に着くまでにあなたは火と水の中を通り過ぎなければならない
 (トマス・ア・ケンピス:詩篇66-12)
●お前の意図に反しても、それは全くもう駄目というわけではない。
 目前の感じによって物事を判断するのは間違いである(トマス・ア・ケンピス)
●我らのつとめは成功にあらず。失敗にたゆまずして、さらに進むことなり
(スチブソン)
●自分の仕事が好きでなければ、本当の成功は望めない。
 多くの成功者は何度も他の仕事で失敗を重ねて、
 やっと自分のやりたい仕事を見出している(デール・カーネギー)
●失敗は罪ではない、目的が低い事が罪である(内村鑑三)
●機会を活かして十分に用いよ!(エペソ書5-16)
●困難の中に、機会がある(アインシュタイン)
●失敗とは、よりよい方法で再挑戦する素晴らしい機会である(フォード)
●目標に近づくほど、困難は増大する(ゲーテ)
●敗北を恐れるな。敗因が明らかな時ほど勝利が近い時もない
 (ヘンリービーチャー)
●過去は顧みず、現在を充実させ、更に雄々しく未来を迎えよ
(ロングフェロー)
●間違いをおかしても、深刻なものであっても、やり直す機会は必ずある。
 失敗とは転ぶことではなく、そのまま起きあがらないことなのです
(メアリー・ピックフォード)

失敗挫折の連戦連敗で経済的・社会的・肉体的・精神的に追い込まれようとも、
<神>【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げるならば、
【神の愛=主イエス&聖霊】は<【神愛の御手】:導き手・助け手・癒し手>を
差し伸べてくれるので世間的に死んでも霊的に<不死身!不滅!不退転!>です!

●教会のキリスト教は成功において神の恩恵を認む。
 これに反してキリストの福音は失敗において神の愛を示す(内村鑑三)
●呼びかけて、神の御心にそって歩むように励まし、慰め、強く勧めたのでした。
 御自身の国と栄光にあずからせようと、神はあなたがたを招いておられます
(テサロニケ前書2-12)
●負けて勝ち、踏みつけられて立ち、殺されて活くるのが
 キリスト信者の生涯である(内村鑑三)
●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
 途方にくれても、行き詰まらない
 迫害にあっても、見捨てられない
 倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
●人に知られていないようで、認められ
 死にかかっているようで、生きており
 こらしめられているようで、殺されず
 悲しんでいるようで、常に喜んでおり
 貧しいようであるが、多くの人を富ませ
 何も持たざるようで、全てのものを持っている
(コリント後書6‐9~10)

<神の国>は遠くに存在するのではなく、たとえキリスト教に無縁であろうとも、
誰の心にも存在する【ビジョン:理想・夢念・大志】に発見でき体感できます!
 
●知恵は正しい道に導き、神の国を彼に示し、聖なる事柄についての知識を授け、
 労苦を通して繁栄をもたらし、その働きに対して豊かに報いた
 (知恵の書10-10)
●神の国は、飲食ではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びである。
 こうしてキリストに仕える者は、神に喜ばれ、
 かつ、人にも受け入れられるのである。
 こういうわけで、平和に役立つことや互いの徳を高め向上することを、
 追い求めようではないか(ロマ書14-117~19)
 
<神の義>は<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<本分/本領>として<人生の旗印>として高く掲げることによって与えられる
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】として体得できます!

●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)
●夢を追求している時は、心は決して傷つかない(パウロ・コエーリョ)
●一日中考えていることが即ちその人である(エマーソン)
●成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない
 (シェークスピア)
●君がどんなに遠い夢を見ても、君自身が可能性を信じる限り、
 それは手の届くところにある(ヘッセ)

此の世は<惡魔の策略><邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>で
【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】【悪:無知・無関心・無責任】に
引きずり込まれる危険がいっぱいなので、最強最善の<神愛武装・武具>として
<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢念・大志】で対抗できます!

●終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、
 神のすべての武具を身に着けなさい。
 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、
 主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、
 また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、
 また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、
 神のすべての武具をとりなさい。
 では、しっかりと立ちなさい。
 腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
 足には平和の福音の備えをはきなさい(エペソ書6-10~15)
●悲しみに出会ったら、
 まず感謝するがよい。
 それから、
 その悲しみが何のために役立つかをたずね給え。
 あなたがそれをただ避けようとせず、
 その苦しみの意味を理解しようと真剣に願うならば、
 やがて必ずそれを発見するであろう。
 そうしたら、
 あまり言訳をしたりこぼしたりせずに、
 この道を踏んで進み給え。
 それは、
 あらゆる他の研究や修養にもまして、
 あなたをずっと先きへ、
 しかもずっと速く導くにちがいない。
 これこそ、高きをめざす一番の近道である。
    ひたすら神のみむねに従い。
    いかなる時にも神に望みをかくる者、
    もろもろのなやみと悲しみにとざさるるとも
    神はその人を不思議にも守り給わん。
    いと高きものなる神に依り頼む人は
    砂の上にその家を建てしにあらず (同胞教会讃美歌第172番)
                    <『幸福論』(ヒルティ)より>

皆さんが【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生目的・人生の旗印>に高く掲げ
<不屈の楽天楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】の
【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】の<一切お任せ>人生で
<神愛道:神の国・神の義>を突き進む<ビジョニスト:世の光・地の塩>として
【神愛事業=隣人愛&奇蹟】を具現化する【福音の戦士・福音の勢力】に決起して
<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>の策略に<対戦・応戦・抗戦>しながら
【救国:精神復興&国家再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
大活躍されることを心より応援しています!
 
●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
 あなたには闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
 あなたには闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、主は私の声を聞かれる。
 たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、
 私を平和のうちに救い出してくださる。
 私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)
●我等に必要なものは必ず与えらるべし。
 しかも前もって与えれられず、必要の時に与えらるべし。
 ゆえに我等は要なき物を要なき時に祈求(モト)めて
 主たる我等の神を試むべからず。
 (内村鑑三:マタイ伝4-7詩篇46-1)
●我々が、この人生に召されたのは、それは興味がなくなったら、
 勝手にこの人生から出て行っよいためではなく、むしろ、
 神が適当な時に我々を呼び戻すまで、
 自分や他人にとって有益な生活を営むためである(ヒルティ)
●あなた方のうちに善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、
 その業を完成して下さるにちがいないと、確信している(ピリピ書1~6)
●たとい軍勢が私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
 たとい私に向かって戦いを挑んで来ても、私には動じない確信がある。
 一つのことを主に願い、それだけを求めよう。
 命のある限り、主の家に宿り、主の麗しさを仰ぎ望んで喜びを得、
 その宮で思いにふけり、朝を迎えることを(詩篇27-3~4)
●夜のあとには  朝が来る。
 冬のあとには  春が来る。 
 嵐のあとには  日光にあふれた世界が来る。
 敗北のあとには チャンスが来る(ロバート・シュラー)
●「つらい!」と言うのか。そんなことは 百も承知している。
 しかし、前進せよ。素晴らしい報酬を受けるのは、勇敢に戦った人だけなのだ。
 (聖ホセマリア・エスクリバー)
●一度に「海」をつくろうと思ってはならない。
 まず「小川」からつくらねばならない(ユダヤの格言)
●主は言われる、私があなた方に対して抱いている計画は私が知っている。
 それは、災いではなく平安を与える計画である。
 あなた方に将来と希望を与えるためのものである(エレミヤ記29-11)
●私達が最善を尽くす時、どんな奇跡が私達の人生、
 もしくは他の人の人生に起こるかはわからない(ヘレン・ケラー)
●自分のめざすところをはっきり自覚し、たゆまぬ前進をするもの。
 自分の目的に対する手段を知って
 それをとらえ利用することができる人間は尊敬に値する。
 その目的が大きいとか、小さいとか、賞賛に値するとか、
 非難に値するとかいうようなことは後になって批判されることだ。
 元来不幸とか不遇とかいっているものの大部分は、
 その原因をただすと、人間がいかに怠けもので、
 自分の目的を的確に知ろうとせず、たとえそれを知っても、
 それに向かってまじめに突進しようという努力の足りないところにある。
 人間にとってもっとも尊ぶべきことは、
 はっきり自覚した目的をもつことと決断、さらに実行である(ゲーテ)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年2月28日に作成した<第645回>に加筆】
◇◇【マリア信心】で<神助精神>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

皆さんも御存知のビートルスの名曲「LET IT BE(レット・イット・ビー)」は、
ゴスペルであることを、私自身は21世紀初めまで知りませんでした。

「レット・イット・ビー/LET IT BE」は「なるようになるさ/あるがまま」的な
現実生活の過酷・悲惨・不条理に直面して「仕方ない<NO WAY>」と思う様な
理想主義より現実主義処世術の気分を歌ったているのだと思い込んでいました。

しかし、この「レット・イット・ビー/LET IT BE」は【聖書】から由来していて
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】が
込められた【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】に通じます!

●マリアは言った
「私は主のはしためです。御言葉どおり、この身に成りますように」
 (ルカ伝1-38)
 <"Behold, I am the servant of the Lord;
   let it be to me according to your word.">

あの美しく物悲しいようでいて、霊的パワフルさを感じる旋律・曲調の名曲が
現実がどんなに過酷で悲惨で不安で不条理でも、思い通り行かず連戦連敗でも、
どん底で希望を見出す!【ゴスペル:霊的讃美歌】であったことは感激です!

●これは私たちの神の憐れみ深い御心による。また、そのあわれみによって、
 日の光が 上から私たちに臨み、暗黒と死の陰とに住む者を照らし、
 私たちの足を平和の道へ導くであろう
 (ルカ伝1-78~79、詩篇107-10、イザヤ書9‐2・59-8)
●私は切なる思いで耐え忍び主を待ち望んだ
 主は耳を傾け、身を傾けて私の叫びを聞かれた
 主は私を滅びの穴から、泥沼から引き上げてくださった
 そして、私の足を岩の上に置き、私の歩みを確かにされた
 主は私の口に新しい歌、我らの神への讃美を授けられた
 多くの者はこれを見て、そして恐れ、主に信頼するであろう(詩篇40‐1~3)
●主の栄光がとこしえに続くようにありますように
 主が御自分の御業を喜び祝われるように
 命ある限り、私は主に向かって歌い
 永らえる限り、私の神にほめ歌を歌おう
 どうか、私の心の思いの歌が御心にかないますように
 私は主によって喜び祝う(詩篇104‐31・33~34)
●言葉と讃美と霊的な歌とをもって語り合い、
 主に向かって心から讃美の歌を歌いなさい
 そして、いつも、あらゆることについて、
 私たちの主イエス・キリストの御名によって
 父なる神に感謝しなさい(エペソ書5‐19~20)
●この地上には、永遠の都はない
 来たらんとする都こそ、私たちの求めているものである
 だからこそ、私たちはイエスによって、賛美のいけにえ、すなわち、
 彼の御名をたたえる唇の実を、絶えず神にささげようではないか
 (ヘブル書13-14~15)

【ビジョン:理想・夢念・大志】に【御言葉】【御心:聖意・聖旨】を体感する
【福音の戦士・福音の勢力】<ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩>にとって
「レット・イット・ビー/LET IT BE」は<神愛道:神の国・神の義>を突き進み
現実の患難辛苦<荒れ野・砂漠>を乗り越えるために、自力・世間力に頼るよりも
人生一切お任せする【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】で
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】する<生き様・死に様>そのものです!

●荒れ野と、かわいた地とは、楽しみ、
 砂漠は喜びで花咲き
 サフランのように、盛んに花咲き、かつ喜び楽しみ、かつ歌う
 (イザヤ書35-1)
●見よ、私は新しいことをする。今もうそれが芽生え起ころうとしている。
あなた方はそれを悟らないのか。
確かに私は荒れ野に道を敷き、砂漠に大河を流れさせる(イザヤ書43-19)
●野の獣、山犬や駝鳥もわたしをあがめる。
 荒れ野に水を沸き立たせ、砂漠に大河を流れさせ、
私の選んだ民に水を飲ませるからだ(イザヤ書43-20)

カトリックが【聖母マリア】を崇拝することを、日本のプロテスタント派では、
偶像崇拝であると簡単に片付けているように感じられます。私自身もそうでした。

しかし、「暗いと不平を言うよりもすすんであかりをつけましょう」で有名な
TV・ラジオ・ネット放送伝道「カトリックアワー心のともしび運動」創設者の
ハヤット神父<2009年帰天>との出遭いとメールによる霊的交流によって
「マリア信仰」というより【マリア信心】の意義を確信できるようになりました!

【聖母マリア】が現実に過酷境遇にあろうと【ビジョン:理想・夢念・大志】を
死守し人類史上<最高!最善!最美!>の【ミッション:大義・使命・天職】を
見事に完遂できたのは、「レット・イット・ビー/LET IT BE」の心意気である
一切お任せの【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】を体得して
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の<生き様・死に様>を貫き通したことを
現在の私には霊的に体感できるからです。

●何事も思いわずらってはならない。ただ事々に感謝と祈りと願いとをささげ、
 あなた方の求めるところを神に申し上げるがよい(ピリピ書4‐6)
●思い煩いは何もかも神にお任せしなさい。
 神があなた方のことを心にかけていて下さるからでる(ペテロ前書5-7)
●夕べに、朝に、真昼に、私が嘆き、うめけば、 主は私の声を聞かれる
 たとい私を攻める者が多くとも、主は私が戦う戦いから、
 私を平和のうちに救い出してくださる
 私と争い挑む者が多いから(詩篇55-17~18)
●【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】
 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
 これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
 (テサロニケ前書5‐16~18)
●望みて喜び、患難に耐え、常に祈れ(ロマ書12-12)
●熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え
 望みを抱いて喜び、患難に耐え忍び、常に祈りなさい
 (ロマ書12-11~12)
●絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、
 目を覚まして、うむことなく根気よく
 全ての聖徒のために祈り続けなさい(エペソ書6-18)
●目を覚まして、感謝を込めて、ひたすら祈り続けなさい(コロサイ書4-2)

私がどこかの既成教会に帰属して洗礼を受けた「クリスチャン」だったなら、
現在の私が信愛する【マリア信心】に至ることは困難だったかもしれません。
私には現実の患難辛苦や<重荷>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】を
一切お任せする【マリア信心】は信仰目的でなく<最愛の我が子・我が分身>の
【ビジョン:理想・夢念・大志】を守り育て<自己実現&神愛実現>に挑戦する
<ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩><福音の戦士・福音の勢力>として
<最高!最善!最美!>の<具現化手段:神愛武器・神愛武装>だからです。

●すべて労する者、重荷を負う者、我れに来たれ。我れ汝らを休ません
 (マタイ伝11-28)
●あなたの重荷を主にゆだねよ、主はあなたを支えてくださる。
 主に従う者を支え、とこしえに動揺しないように、はからって下さる
(詩篇55-22)
●あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。
 主は計らい、主が成し遂げてくださる。
 あなたの正しさを光のように明らかにし、
 あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる
(詩篇37-5~6)
●わが魂よ。なぜ、おまえは絶望しているのか。
 なぜ、御前で思い乱れているのか。
 神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。
 私の救い、私の神を(詩篇43-5)

私が体得する【マリア信心】とは具体的には、聖女カタリナが【聖母マリア】と
<霊的交流>したことから生まれたという「不思議のメダイ」に体現されます。

●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、
 神はその人の中でみずから全ての事を行ない彼を完全へと導き給う
(聖女カタリナ)

ハヤット神父の主催のカトリック「心のともしび運動」では申し込めば、
誰にでも無料で提供してくれます。

★★詳しくは以下のサイトを是非ともご覧下さい!★★
http://www.tomoshibi.or.jp/present/index.html

私は97年から肌身離さず身に着けている<十字架>と一緒に、2006年から
その貴重な「不思議なメダイ」で霊的に<神愛武装・神愛武具>にすることで、
私自身の【信仰:信愛・信頼・信従】精神も、【礼拝:★讃美★祈求★感謝】も
霊感<神助体得能力(セレンディピティ):霊能活気・自由想念・独立決起>も
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】も
<パワー・アップ&アップ・グレード>されました!

【マリア信心】を活かすためには「メダイ」を身に着けることと同時に、
次のような特別な【祈祷:霊的呼吸・霊的栄養源】を実践することが条件です。

●原罪なくして、やどり給いし聖マリア、
 御身に依(よ)り頼み奉る
 我らのために祈りたまえ
 アーメン
<O Mary, conceived without sin,pray for us who have recourse to thee.>

私の霊的理解は【天の父・創造主】に【礼拝:★讃美★祈求★感謝】するには、
<主の祈り>が<最高!最善!最美!>の【祈祷:霊的呼吸・霊的栄養源】ですが
<不義・不正・不実>不純・不潔の私一人では、恐れ多くて安心満足できないので
私のために一緒に祈ってもらう、取り次ぎ役の【マリア信心】による【祈祷】が
【チームワーク&チームスピリット】の【礼拝:★讃美★祈求★感謝】となって
【神の愛=主イエス&聖霊】への【祈祷:霊的呼吸・霊的栄養源】は万全です!

●あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、
 天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう。
 二人、三人が私の名によって集まっているところには私(主イエス)も
 その中にいる (マタイ伝18-19~20)
●二人はひとりよりも優っている。
 二人が共に労苦すれば、良い報いを得るからである。
 どちらかが倒れるとき、ひとりがその友<仲間>を助け起こす。
 しかしひとりぼっちであって、その倒れる時、
 これを助け起す者のない者は不幸である。
 また、二人が一緒に寝ると暖かいが、ひとりでは、どうして暖かくなろう。
 もしひとりなら、打ち負かされても、二人なら立ち向かえる。
 三つよりの綱はたやすくは切れない(伝道の書4-9~12)
●二人による証言は真実である(ヨハネ伝8-17)
●十二人の弟子を呼び寄せ、二人ずつ組みにして遣わす(マルコ伝6-7)

現実的患難辛苦や悲惨・不条理で個人から世界全体までを霊的危機に追い詰める
強大な<闇の勢力:悪魔・悪霊・反キリスト>に<対戦・応戦・抗戦>する為に
皆さんが「レット・イット・ビー/LET IT BE」に示される【マリア信心】を
一切お任せの【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】として、
【ビジョン:理想・夢念・大志】の<具現化手段:神愛武装・神愛武具>として
体得して、<神助体得能力(セレンディピティ):霊能活気・自由想念・独立決起>と
<不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】を
<パワー・アップ&アップ・グレード>させながら<神愛道:神の国・神の義>を
突進む<ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩>【福音の戦士・福音の勢力】に
決起して【神愛事業=隣人愛&奇蹟】に活躍される事を心より応援しています!

●この動揺する時代に自分までぐらつくのは、ただ災いを増すばかり、
 おのれの志を守ってゆずらぬ者だけが世の中をつくりあげて行くのだ
 (ゲーテ) 
●私は勇気を持って、はばからずに言おう
 「主は私の助け主、私は恐れない。人が私に何をなし得よう」
 (ヘブル書13-6、詩篇56-11、118-6、ダニエル書3-17、
  ルカ伝12-4)
●あなた方のうち、だれが主を恐れ、そのしもべの声に聞き従うのか。
 暗やみの中を歩き、光を持たない者は、
 主の御名に信頼し、自分の神に拠り頼め(イザヤ書50-10)
●私は人に用いる索(ツナ)、すなわち愛のきずなで彼らを引いた。
 私は彼らにとっては、そのあごの「くびき」をはずす者のようになり、
 やさしくこれに食べさせてきた(ホセア書11-4)
●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
 かえって、試練の時も、いつものように、
 キリストのために、大胆に語ることによって
 キリストのすばらしさが現わされて,
 生きるにも死ぬにも、
 私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
 切に願い、希望している。
 私にとって、生きることは、
 キリストのために良い機会を得たことを意味し、
 死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
●万の受造物(被造物すべて)は今に至るまで、常に共にうめき共に労苦し、
 生みの苦しみにあることを私たちは知っている(ロマ書8-22)
●それだけではなく、御霊の初穂(最初の実)を持っている私たち自身も、
 心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること
 すなわち、身体のあがなわれることを待ち望んでいる(ロマ書8-23)
●御霊もまた同じように、弱い私たちを助けてくださる。
 なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが、
 御霊自ら言葉にあらわせない切なるうめきをもって、
 私たちのためにとりなし祈ってくださる(ロマ書8-26)
●神を待つ心に啓示は与えられる(賀川豊彦)
●信仰を持って祈る者に新世界が開かれる。
 信仰ある祈りによって理想は必ず実現せられる(賀川豊彦)
●あなたは知らないのか、聞いていないのか、
 主は永遠の神、地の果てまで創造された方。
 疲れることなく、たゆむことなく、その叡智ははかり知れない。
 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。
 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。
 しかし、主を待ち望む者は、新しく力を得て、
 ワシのごとく、翼を張りてのぼり
 走れども疲れず、歩めども倦まざる者となる(イザヤ書40‐28~31) 
●信仰の道はなんとたやすいことか、ただお任せすれば足りる。
 そうすれば光明が私に臨み、能力が私に加わり、汚穢は私を去り、
 聖霊は私に宿る。信仰は完全に達するための近道である(内村鑑三)
 
ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
cforum@tanaka.name
田中 聡(さとし)


【2015年2月6日に作成した<第644回>に加筆】
◇◇【ビジョン】を<神助責任>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

皆さんもご存知のように新年早々から悲惨なテロ殺害事件が起きてしまいました。
マスメディアだけでなくネット情報もあって、様々な陰謀説が紹介されて日本の
世論は分断されたように感じます。注目するのは「自己責任」論が有ることです。

確かに3度も日本政府機関から警告されても、あえて出かけた個人の自由行動に
責任が伴うことは事実です。これは人間世界の中での論点であると思います。

私たちの現実生活では、自由行動に対して自己責任・結果責任・説明責任などが
伴うので、【ビジョン:理想・夢念・大志】を追い求める自由行動が敬遠される
最大理由だと私は実感します。

もし逆に、自分の【ビジョン:理想・夢念・大志】にチャレンジする自由行動を
選択しないで断念・放棄したために、自己責任・結果責任・説明責任が問われて
「君ならできた!」「君が挑戦しないせいだ!」「なぜ挑戦しないの?!」と
世間や家族に批判攻撃されるなら、何度失敗しようと、世間的無一物になろうと
私たちは自発的に出し惜しみせず喜び勇んで【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<人生の旗印>に高く掲げて何度でも挑戦し続けることができます!

●なぜあなたは、自分が企てたことを実行するのを延期しようとするのか。
 立ちなさい。今すぐ始めなさい。
 そうしてこう宣言しなさい。
 今こそ実行の時、今こそ戦いの時、今こそ自分自身を改める善き時、と。
 不幸と試練の日こそ、自己を際立たせる機会なのである
 (トマス・ア・ケンピス)
●不幸に屈することなかれ、否、むしろ大胆に、
 積極果敢に、不幸に挑みかかるべし(ベルギリウス)
●人生で最も輝かしい時はいわゆる栄光の時でなく、
 落胆や絶望の中で人生への挑戦と
 未来への完遂の展望がわき上がるのを感じたときだ(フローベル)
●喜んで行い、そして行なったことを喜べる人は幸福である(ゲーテ)
●あなたができること、あるいは夢見られることはなんでも始めよ。
 毎日を生きよ。あなたの人生が始まった時のように(ゲーテ)
●あなたができること、あるいはできると夢見ていることがあれば、
 何でも始めてみることだ。大胆さには本来、天賦の才、力、
 そして魔力が備わっている。今こそ、それを発揮させよう(ゲーテ) 

この非現実的な【ビジョン:理想・夢念・大志】最優先する<道:本分・本領>、
<真理:【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】>で<命:生き様・死に様>なのが
【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】です!

●私は道であり、真理であり、命である。
 誰でも私によらないでは父のみもとに行くことはできない(ヨハネ伝14-6)
●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
 かつ実現に至らせるのは神であって、
 それは神が善しとされるところだからである。
何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
(ピリピ書2-13~14)
●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
●ビジョン(預言)がなければ民族は欲しいままに振るまい、我がままになり滅ぶ
 (箴言29-18)
●人は自己を失わなければどんな生活を営んでもよい。
 自分の本領に留まるならば一切を失ってもかまわない(ゲーテ)
●我等は神に造られたる者にして、神のあらかじめ備え給いし善き業に歩むべく
 キリスト・イエスの中に造られたるなり(エペソ書2‐10)
●私たちはこの宝を土の器の中に持っている。
 その測り知れない力は神のものであって、私たちから出たものでないことが、
 あらわれるためである(コリント後書4‐7)
●人間の力の秘密は、神の道具であるという性質にある。
 何故なら、全ての永続的な真実の力は
 神のものであって、人間のものではないからである(ヒルティ)
●神がひとたび人間の意志を所有されるならば、
 神はその人の中で自ら全てのことを行ない、
 彼を完全へと導き給う(聖女カタリナ)
●青年の夢を軽んじてはならない。
 それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に応じたものであり、
 したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
 つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
 (ヒルティ)
●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
 そして少年の頃の理想主義は何ものにも変える事が出来ない人間の財産である
 (シュバイツァー)

従って、<十字架>【ビジョン:理想・夢念・大志】最優先の個人も組織でも
民族・国家でも真昼のように明るく元気で【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】の
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】<大確信:必勝・必決・必現>で光輝きます!

●希望(ヒルティ)
 十字架は重いが、ふしぎなことに
 おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
 初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
 その道を進む者は「勇者」と呼ばれる
 おまえの力は小さくとも
 おまえが帰依した主の力は偉大だ
 おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
 今日は死に、明日はいのちによみがえる
●主をおのれの喜びとせよ。主に自らをゆだねよ、
 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
 あなたの道を主にゆだねよ。信頼せよ、
 主は計らい、主が成し遂げてくださる。
 あなたの義を光のように、
 あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる
(詩篇37-4~6)
●国家興隆するときには、理想を以て生活とし、
 国家衰退するときには、生活を以て理想とす(徳富蘇峰)
●すべて彼(主イエス)を信じる者は失望に終わることがない(ロマ書10―11)
●ほむべきかな、私たちの主イエス・キリストの父なる神。
神はその豊かなあわれみにより、
イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、
 それにより、私たちを新たに生まれさせて、
 生き生きとした希望を抱かせる(ペテロ前書1‐3)

そして、【ビジョン:理想・夢念・大志】最優先して挑戦し続ける自由行動には、
何度失敗・挫折して連戦連敗であろうと、自己責任・結果責任・説明責任はなく
【神の愛=主イエス&聖霊】に万事お任せできる<神助責任>があるのみです!

●全ての事は、神の御旨によりて招かれたる神を愛する者のために、
 ことごとく益をなすを我等は知れり(ロマ書8-28)
●神はあなた方をかえりみていて下さるのであるから、
 自分の思い煩いを一切神にゆだねるがよい(ペテロ第一書5-7)

そうです!<神助責任>のおかげで【ビジョン:理想・夢念・大志】に挑戦して
連戦連敗するほど、世間・家族に見捨てられ、憎まれ、孤立になればなるほどに
【神の愛=主イエス&聖霊】の<神愛の御手:導き手・助け手・癒し手> により
私の【ビジョン:理想・夢念・大志】だけは<不死身!不滅!不退転!>に導き
<無限大・無尽蔵>の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
<一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】によって
<パワー・アップ&アップ・グレード>され再挑戦へと再起・再出発できます!

●始めは小なるも可なり。終りの大ならんことを欲す。
 始めは悲しむも可なり。終りに喜ばんことを欲す。
 始めに羞恥あるも可なり。終りに名誉あらんことを欲す。
 始めに家なきも可なり。終りに住みかなきをいとう。
 しかして神はおのれを愛する者を、始めに苦しめたもうといえども、
 終りにには「笑いをもて彼の口を満たし、
 喜びを彼のくちびるに置きたまう」(詩篇126-2)べし。
 羞恥に始まって栄光に終り、十字架に始まって復活昇天に終る。
 「義者の道は旭日のごとし。いよいよ輝きを増して昼の正午(まなか)に至る」。
 願わくはわれもその恩恵にあずからんことを(内村鑑三)
●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
 人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
 人に絶たるるは神に結ばるるなりき(内村鑑三)
●人々が「失われた」と言うところで、神は「見いだした」と言い、
 人々が「裁かれた」と言うところで、神は「救われた」と言い、
 人々が「否」というところで、神は「然り」と言う。
 人々がなげやりな気持や、高慢から、目をそらせるようなところで、
 神は他のどこにもない愛のこもった目を向けるのである(ボンヘファー)
●人は表面のことを見るが、神は心中を見られる。
 人は行ないを考察するが、神は意図をおもんばかられる
 (トマス・ア・ケンピス)
●小さい者の一人が滅びる事は、天に在ますあなた方の父の御心ではない
 (マタイ伝18‐14)
●我が父の愛は無限なり、彼は我の滅びることを欲(ねが)い給わず、
 彼は我につきて永久に絶望し給わず、
 ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
 彼の無限の愛を信じてはばからずして今日起ちて彼に往かん
 (内村鑑三:ルカ伝15‐18・放蕩息子の帰郷)
●見よ、私はあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、
 私はあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
 私は、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない
(創世記28-5)
●富と栄光は御前にあり、あなたは万物を支配しておられる。
 勢いと力は御手の中にあり、あなたの御手によって、いかなるものでも
 偉大なる者、力ある者となさることができる(歴代志略上29-12)
●あなたは全て生ける命あるものに御手を開き、望み願いを満たされます。
(詩篇145-16)
●我々は、希望がひとかけらでも残っている限り、繰り返し、繰り返し挑戦して、
 絶対に、へこたれない(ホセ・リサール)

私たちが世間的常識でない非現実的な【ビジョン:理想・夢念・大志】を掲げて
たとえ世間に過酷冷淡な批判や蔑視されて家族や身内からの無理解で孤立しても
<いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】は最後の最後まで絶対見捨てず
私たちの最強の味方で<【神の愛】の御手:導き手・助け手・癒し手> を伸ばし
【ビジョン:理想・夢念・大志】が<最高!最善!最美!>の具現化される為に
<神助体得能力(セレンディピティ):霊性活気・自由想念・独立決起>を与えてくれ
<不屈の楽観楽天力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
<自己実現&神愛実現>する霊的戦いに挑み続けられる様に守り導いてくれます!

●<With You Always>
 見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる(マタイ伝28‐20)
●インヌマエル:神われらと共にいます (マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
●もしもあなたがあらゆるものにイエスを求めるならば、
 必ず(そこに)イエスを見出し得よう(トマス・ア・ケンピス)
●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
 力ある者も、高い者も深い者も、その他どんな被造物も、
 私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から
 私たちを引き離すことはできないのである(ロマ書8‐38~39)
●私はあなたを堅固な青銅の城壁にする。彼らがあなたを攻めても、
 あなたに勝つことはできない。
 私があなたと共にいて、あなたを助け、あなたを救い出すからだ
 ―主の御告げ一(エレミヤ記15-20)
●主は、恐るべき強い勇士として私と共にいます。
 それゆえ、私を迫害する者はつまずき打ち勝つことを得ず、
 成功することなく、甚だしく辱めを受ける。
 それは忘れられることのない永遠(とこしえ)の恥辱である
 (エレミヤ記20-11)
●強くあれ、雄々しくあれ。
 彼らを恐れてはならない。うろたえるな
 あなたの神、主ご自身が、あなたと共に進まれるからだ
 主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない
 (申命記31-6、へブル書13-5)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
 主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、
 その愛によって安らぎを与え新しくされる。
 主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17)
●主御自身があなたに先立って行き、主御自身があなたと共におられる。
 主はあなたを見放すことも、見捨てられることもない。
 恐れてはならない。おののいてはならない(申命記31-8)
●私は、強く雄々しくあれと命じたではないか。
 うろたえてはならない。おののいてはならない。
 あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる(ヨシュア記1-9)
●神と共にあって私の家は確かに立つ。神は永遠(とこしえ)の契約を私に賜る。
 すべてに整い、守られるべき契約を。
 まことに神は私の願いと救いとを、私の喜びを、
 すべて芽生えさせ育て上げてくださる(サムエル後書23-5)
●神と共に知恵と力はあり、神と共に思慮分別もある(ヨブ記12-13)
●恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、
 わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け
 わたしの救いの右の手であなたを支える(イザヤ書41-10)
●人の道は主の目の前にあり、主は、その道筋のすべてに心を配って、
 その行いを見守られる(箴言5-21)
●不可能を口にしないのは万事が自分にとり可能であり、
 許されていると考えるからである(トマス・ア・ケンピス)

いよいよ全世界が霊的聖戦に巻き込まれ多発する霊的事件・事故・災害やテロで
いつ死んでもおかしくない危機的状況だから【ビジョン:理想・夢念・大志】を
<神愛武器・武装>として【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に完全装備して、
私たちが霊的圧倒的勝利!を勝ち取る絶好のビッグ・チャンスです!

●末の世において道義を実践したならば、必ずその時の人々から、
 極端だといわれるであろう。
 もしまた、世人から極端だといわれるくらいでなければ、
 決して道義ではないのであって、
 すなわち世俗に同調し濁った世に迎合したものにすぎない(吉田松陰)
●善を求めよ、悪を求めるな。お前たちが生きることができるために。
 そうすれば、お前たちが言うように万軍の神なる主は
 お前たちと共にいてくださるだろう(アモス書5-14)
●人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、
 お前に告げられている。
 正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである
 (ミカ書6-8)
●わたしの考えは、いつも前進するということです。
 もし神が人間の後退をお望みならば、
 人間の頭のうしろに目を一つだけおつけになっていたでしょう(ユーゴ)
●勇ましい兵士のように闘いなさい。
 そして特にひ弱さのため、くずおれかけても
 前よりもっと確固とした勇気を取り戻しなさい (トマス・ア・ケンピス)
●信仰の戦いを勇敢に立派に戦い抜き、
 永遠のいのちを獲得しなさい。
 あなたは、命を得るために、神から召され、
 また、多くの証人たちの前で信仰を 表明(告白)したのである
 (テモテ前書6-12)
●主を待ち望め、雄々しくあれ、心を強くせよ、主を待ち望め(詩篇27-14)
●さあ、元気を出して行動に打って出よう
 どのような運命にも立ち向かう勇気を持って。
 いよいよ励み、いよいよ求め、
 労苦し、時を待つことを学ぶのだ。(ロングフェロー)
●さあ、元気よく跳び込みなさい、あまり深くはないだろう(ヒルティ)
●全て神から生まれ出た者は世に勝つからである。
 そして、私たちの信頼こそ、世に勝たしめた勝利の力である
 (ヨハネ第1書5-4、詩篇54章)
●キリスト教は世をあきらめずして、世に勝たしむるものなり(内村鑑三)
●キリスト教は不断の幸福を約束しない。
 しかし、世に勝つ平和を約束している(ヒルティ)
●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。
 私は既に世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
●彼らが私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
 私に向かって戦いを挑んで来ても、私には確信がある(詩篇27-3)
●弱気になってはならない。恐れてはならない。うろたえてはならない。
 彼らのことでおじけてはならない。
 共に行って、あなた方のために、あなた方の敵と戦い、
 勝利を得させてくださるのは、あなた方の神、主である(申命記20-3~4)
●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
 主は喜びをもってあなたの事を楽しみ、
 その愛によって安らぎを与え新しくされる。
 主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17)

皆さんが【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】にお任せして
国難大危機にこそ【ビジョン:理想・夢念・大志】を<人生の旗印>に高く掲げ、
世間的に無責任に思われようと、何が起ころうとも<神助責任>で、ひたすらに
<不屈の楽観楽天力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
【救国:精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
決起する<福音の戦士>【福音の勢力】となって<神愛道:神の国・神の義>に
【大希望:聖望!聖願!聖欲!】と<大確信:必勝・必決・必現>を抱きながら
霊的聖戦に挑み続けて輝かしい圧倒的勝利されることを心より応援しています!

●<聖 望>(内村鑑三)
 われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
 われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
 われはわが事業を永遠の上に築いて、短きわれのこの一生をして
 万世を益するものとならしめん。キリスト信者たる栄誉の一は、
 荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
 なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり
●<遠大の事業>(内村鑑三)
 余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
 余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
 余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
 余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。
●激しく攻められて倒れそうになった私を、主は助けてくださった。
 主は我が力、我が砦、我が歌。主は私の救いとなられた。
 聞け、御救いの勝利の喜ばしい歌が主に従う者の天幕に響く。
 主の右の手は勇ましい働きをなし、
 主の右の手は高く上がり、主の右の手は御力を示す。
 私は 死ぬことなく、かえって生き長らえて、主の御業を語り伝えよう
(詩篇118-13~17)
●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
 患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
 私たちは、これら全ての事において、私たちを愛して下さる方によって
 輝かしい圧倒的勝利者となるロマ書8-35~37)
●起きよ!光を放て!あなたを照らす光が臨み、
 主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
 見よ。暗闇が地をおおい、暗黒が諸国の民をおおっている。
 しかし、あなたの上には主が朝日の如く輝き、
 その栄光があなたの上に現われる。
 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。
 目を上げて、見渡すがよい。みな集まって、あなたのもとに来る。
 あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。
 そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、
 あなたの心はどよめき喜びに輝く。
 海からの宝はあなたに送られ、国々の財宝はあなたのもとに集まる
(イザヤ書60-1~5)

ハレルヤ!栄光を主に帰します。
主に感謝します!アーメン

それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
May grace and peace be with your spirit.
Good luck & God bless you!
 
メイル歓迎します!
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田中 聡(さとし)