EC通貨統合の挫折という報道が溢れる中で、ECの通貨統合は進んでいった。それぞれの理由から脱落したアウトもやがてより完全になったスネークに戻ってくる。ECのすごさは、その論評に実践で応えていくところにある。
国際通貨体制の変動の中でも、EMUの立てた基本原則は頑固に守られてきたが、それは結局経済統合からさらに政治統合までを目指すECの行動原理にもとづくものといってよい。つまり、ECの通貨統合への執着は、単なる市場論理から来るものではなく、共同体論理から来るものだからである。その意味で、一九七四年ご一月にEC首脳会議に提出されたチンデマンス報告はとりわけ重要な内容をもっていた。
この報告では、新しい方式によるスネークの維持の必要性、アウトに対する支援、基軸通貨としてのドルとの関係調整、共同体における社会問題の重視、等々を基礎としたヨーロッパ同盟の設立を提言している。要するにこの報告書は、八〇年代、九〇年代のECの将来を展望する指針となっているのである。
一九七八年七月、ブレーメンで開催されたEC理事会で、通貨統合を前進させるためのヨーロッパ通貨制度EMSの創設がヘルムートーシュミット西ドイツ首相(当時)によって提言され、翌七九年三月一三日より発足した。EMSはまずスネークを強化、再構築した。アウト諸国と協議機関をつくり、二段階方式two-tier systemによる域内為替相場の変動幅の調整を行った。すなわち、イギリス、スペイン、ポルトガル、ギリシヤを除く加盟国は原則として上下各二・二五パーセントの幅を遵守し、これが困難な加盟国に例外的に上下各六パーセントのケースを設けたのである。