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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約88:15

そして、霊と体が人を成す。

 

「永遠のための決断」2013年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会

愛する兄弟姉妹の皆さん,毎日が決断の日です。トーマス・S・モンソン大管長は「決断は行く末を決める」と述べています。(トーマス・S・モンソン「決断は行く末を決める」教会教育システムファイヤサイド,2005年11月6日) 決断する自由を賢明に行使することは,現世と永遠にわたる皆さんの霊的な成長にとってきわめて重要です。皆さんが学ぶのに若すぎることはありません。皆さんが変わるのに年を取りすぎているということもありません。学んで変わりたいという強い気持ちは,神から与えられた永遠の進歩を目指す熱意から生じます。 永遠のための決断を下す機会は毎日あります。

 

わたしたちは永遠の存在であり,天の両親の霊の子供です。聖書にこう記されています。「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち……男と女とに創造された。」創世1:27コロサイ3:10アルマ18:34エテル3:15モーセ6:9も参照) 最近,わたしは人々に愛されている歌「神の子です」を歌う子供たちのコーラスを聴きました。(「神の子です」『賛美歌』189番) そして考えました。「母親や信仰篤い父親がこの歌を歌うのをあまり聞いたことがないのは,なぜだろうか。」皆が神の子なのではないでしょうか。実際,だれ一人として神の子であることを決してやめられないのです。

 

神の子として,わたしたちは,この世の両親を愛する以上に,心と精神を尽くして神を愛さなければなりません。マタイ10:37 参照) 兄弟や姉妹のように隣人を愛さなければなりません。これらの戒めより大事な戒めはほかにありません。マルコ12:30-31 参照) わたしたちは人の命の価値を,人生の様々な局面で常に尊ばなければなりません。

 

聖文では,体と霊が人を成すと教えられています。教義と聖約88:15参照) 二つのものから成る存在として,皆さんはそれぞれ,体と霊という神の貴い賜物について神に感謝しなければなりません。

 

※永遠の進歩の概念については,W・W・フェルプスが賛美歌 “If You Could Hie to Kolob”(Hymns, 284番)の歌詞の中に適切に表現しています。第4節にこうあります。「徳に終わりはなく,力に終わりはなく,知恵に終わりはなく,光に終わりはなく,一致に終わりはなく,若さに終わりはなく,神権に終わりはなく,真理に終わりはない。」第5節は次の言葉で結ばれています。「栄光に終わりはなく,愛に終わりはなく,存在に終わりはなく,天に死はない。」

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約88:11-13

また、今輝いてあなたがたに光を与える光は、あなたがたの目を明らかにする者によって来るものであり、これはあなたがたの理解を活気づける光と同じである。

この光は、広大な空間を満たすために神の前から発している。

これは万物の中にあり、万物に命を与える光であり、万物が治められる律法、すなわち御座に着き、永遠の懐にあり、万物のただ中におられる神の力である。

 

「神の光のもたらす希望」2013年4月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

皆さんの中には,闇に支配されつつあると感じている人がいるかもしれません。心配事,恐れ,疑いの気持ちが重くのしかかっているかもしれません。そのような人と,また皆さんすべてに,すばらしくまた確かな真理を今一度お伝えします。神の光は実在します。あらゆる人がそれを受けることができます。それは万物に命を与えます。教義と聖約88:11-13参照) 心の奥底の痛みを和らげる力を持っています。孤独と心の病を癒す乳香となることができます。絶望のときに希望の種を植え付けてくれます。深い悲しみの谷に光を投げかけてくれます。目の前の道を照らし,深い闇夜から新たな夜明けという約束に導かれるという確信を与えてくれます。

 

これが「世に来るすべての人に光を与え」る,「イエス・キリストの御霊」です。教義と聖約84:45-46

 

しかし,暗闇の中にただ座ってだれかがスイッチを押してくれるのを待っているだけの人に,霊の光がもたらされることはほとんどありません。キリストの光に目を向けてそれを見いだすには信仰を働かせる必要があります。霊的な光をこの世的な目で見分けることはできません。イエス・キリストはこう教えておられます。「わたしは暗闇の中に輝いている光である。そして,暗闇はそれを理解しない。」教義と聖約6:21 なぜなら,「生れながらの人は,神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚かなものだからである。また,御霊によって判断されるべきであるから,彼はそれを理解することができない。」1コリント2:14

 

では,神の光のもたらす希望に目を向けてそれを見いだすにはどうすればよいでしょうか。

 

第1,あなたが今立っている地点から出発する

 

天の御父の祝福と賜物を受けるために,わたしたちは完全でなくてもよいのです。これを知ることは,すばらしいことです。神の祝福を受けるためにわたしたちが完全になるまで待つ必要はありません。実際,わたしたちが光に向かって最初の一歩を歩み始めたときから,天が開き始め,天からの祝福が降ってわたしたちの心に滴り始めるのです。

 

出発するための完璧な場所は,あなたが今立っている地点です。自分がどれほどふさわしくないと感じているか,あるいはほかの人よりもどれほど遅れをとっていると感じているかは問題ではありません。天の御父を求め始める瞬間に,御父の光に託す望みがあなたの霊を目覚めさせ,元気づけ,高めるのです。アルマ34:31参照)闇は直ちに消え去らないかもしれませんが,夜が夜明けに道を譲るように,確かに光はやって来ます。

 

第2,主に心を向ける

 

祈りを通して心の奥底にある思いを打ち明け,あなたがどのように感じているかを天の御父に説明してください。自分の欠点を認めてください。心を注ぎ出し,感謝を表すのです。直面している試練を御父に伝え,強さと支えをキリストの御名によって御父に願い求めましょう。あなたの耳が開かれて,御父の声が聞こえるよう願い,目が開かれて,御父の光が見えるよう願い求めてください。

 

第3,光の中を歩む

 

天の御父はあなたが過ちを犯すことを御存じです。御父はあなたが恐らく何度もつまずくかもしれないことを御存じです。御父はそれを悲しまれるでしょうが,それでもあなたを愛してくださいます。御父はあなたの望みを打ち砕くことを願ってはおられず,あなたが奮起して,あなたが本来なるべき人になることを望んでおられます。

 

このため,御父は御子をこの地上に遣わして,道を照らし,道中のつまずきの石を安全に乗り越える方法を示されました。わたしたちに与えてくださった福音は,弟子として歩むべき道を教えるものです。福音はわたしたちが知り,行うべき事柄,神の愛される御子,わたしたちの救い主の足跡に従って御父の光の中を歩まなければならないことを教えています。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約88:11

また、今輝いてあなたがたに光を与える光は、あなたがたの目を明らかにする者によって来るものであり、これはあなたがたの理解を活気づける光と同じである。

 

「目に宿る光」2005年10月、ジェームズ・E・ファウスト、大管長会

友人がはっきりと見て取った,学生たちの目に宿る光とは何のことでしょう。主御自身が答えを下さっています。「また,今輝いてあなたがたに光を与える光は,あなたがたの目を明らかにする者によって来るものであり,これはあなたがたの理解を活気づける光と同じである。」教義と聖約88:11 その光はどこから来るのでしょうか。主はこうおっしってます。「わたしが世に来るすべての人を照らすまことの光である……。」教義と聖約93:2主はまことの光です。そして,御霊は「世に来るすべての人に光を与え,……その声を聴く……すべての人を照ら」教義と聖約84:46 します。この光は,わたしたちの顔と,そして目にも表れます。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)