「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -28ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル下11:1-27

 

「あらゆる思いの中でキリストを求める」2020年10月、ウリセス・ソアレス、十二使徒定員会

愛する友人の皆さん,誘惑は人生の中で突然来ることがよくありますが,わたしたちが小さな誘惑を退けるとき,深刻な罪を避けるうえでより良く備えることができます。スペンサー・W・キンボール大管長は言いました。「大きな背きを犯す人は,たいていその前に小さな背きを犯しています。小さな背きが,さらに大きな背きへの扉を開くのです。……きれいに手入れしてある畑が突然雑草に覆われたり……〔す〕ることはありません。」(『歴代大管長の教え―スペンサー・W・キンボール』 106。 サムエル下11章も参照)

 

この世における主の神聖な使命を成し遂げるための備えをしていたとき,救い主イエス・キリストは,御自分の永遠の目的の実現を妨げるものはすべて常に退けることが大切だということを強調されました。サタンは救い主を御自身の使命から引き離そうと何度も攻撃しましたが,救い主は次のように言って,断固としてはねのけました。「『サタンよ,退け。』……そこで,悪魔はイエスを離れ去り,そして,御使たちがみもとにきて仕えた。」(マタイ4:10-11)

 

兄弟姉妹の皆さん,わたしたちが救い主から力と勇気を得て,ふさわしくない考えが心の中に入って来たらすぐに断固としてはねのけ,「退け」と言えたらどうなるか,皆さんは想像できますか。わたしたちの心の望みにどのような影響を与えるでしょうか。それにより生じる行動は,どのようにわたしたちを救い主に近づけ続け,生活の中で聖霊の影響を常に受けられるようにしてくれるでしょうか。イエスの模範に従うことにより,家族間の問題や不和,否定的な感情や傾向,不正や虐待を行うこと,憎むべき依存症の奴隷になること,そのほかのあらゆる神の戒めに反することを引き起こす可能性のある多くの悲劇や好ましくない行いを避けるようになることを知っています。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル下11:1-17

 

「自分自身について気をつけなさい」(英文)2012年10月、アンソニー・D・パーキンズ、七十人

旧約聖書のダビデの物語は、神権の力を無駄にした悲劇的な例です。若いころにゴリアテを倒し、長年義にかなった生活をしていたにもかかわらず(サムエル上13:14、17:45-47参照)、預言者であり、王でもあったこの人物は、霊的な誘惑に屈してしまいました。屋上から美しい女バテシバの入浴を見た決定的な瞬間、「ダビデ、気をつけろ。ばかなことをするな」と叫んで道徳を守る道に引き戻してくれる人も近くにいませんでした。自分自身について気をつけず(サムエル下11:1-17参照)、御霊のささやきに従わなかったために(「皆さんは大きな過ちを犯す前に、必ず聖なる御霊のささやきによって警告を受けるでしょう。」〔ボイド・K・パッカー「若人への助言」〕)、永遠の家族を失ってしまったのです(教義と聖約132:39参照。『聖句ガイド』「ダビデ」の項も参照)。

 

兄弟の皆さん、偉大なダビデですら昇栄の道から外れたとすれば、似たような道をたどらないために、わたしたちには何ができるでしょうか。

 

個人の深い改心と家族の強いきずなという二つのガードレールがあれば、それることなく天への道を上ることができます。これを知っているサタンは、改心を妨げ、家族を分断する大岩を落として、神権の道を上ることができないようにするのですが、幸いなことに、イエス・キリストと預言者が警告の標識を立ててくれています。彼らは改心を妨げる高慢な心(教義と聖約23:1、25:14、38:39参照。エズラ・タフト・ベンソン「高ぶりを心せよ」も参照)や、家族の結束を弱める怒りや貪欲、情欲などの罪に気をつけるよう常に警告を与えてくれます。

 

遠い昔、モーセは、「あなたはみずから慎み、……主を忘れてはならない」(申命6:12。申命8:11-19も参照)と命じました。せわしなく、娯楽に満ちた世の中で、人はいまだに「主……を忘れ……罪悪を行うことや悪しき者に惑わされることが」早いのです(アルマ46:8)。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

サムエル下11:1

春になって、王たちが戦いに出る時期になると、ダビデはヨアブおよび自分と共にいる家来たち、並びにイスラエルの全軍をつかわした。彼らはアンモンの人々を滅ぼし、ラバを包囲した。しかしダビデはエルサレムにとどまっていた。

 

「第7の戒め—盾」2001年10月、二一ル・A・マックスウェル、十二使徒定員会

この7番目の律法を確固として守る方法はたくさんあります。例えばタビデは、自分のいるべき所にいなかったという理由で、容易に罪に陥ってしまいました。「春になって、王たちが戦いに出るに及んで、ダビデは……エルサレムにとどまっていた」とあります(サムエル下11:1)。そして皆さん御存じのように、屋上から一人の女性を色欲の心で見、それが悲劇の始まりとなりました。大切な教えは、「あなたがたは聖なる場所に立ち」、行くべきでない所を避けることです(教義と聖約87:8。マタイ24:15も参照)。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)