「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -118ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約10:5

勝利者となるために、まことに、サタンに打ち勝つために、またサタンの業を支えるサタンの手下どもの手から逃れるために、常に祈りなさい。

 

「胸に燃ゆる」2024年4月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会

愛する友人の皆さん,祈りとは,いちばん楽しい時間であり,(「祈りは楽しき」『賛美歌』81番参照)わたしたちの「切なる望み」であり,『賛美歌』(英文)145番)最も簡素で最も純粋な礼拝です。アルマ33:3参照)わたしたちは個人として,家族として,またあらゆる規模の集会で祈るべきです。マタイ14:2318:19-203ニーファイ18:16,21-24,30ヒラマン3:35参照)誘惑に対抗する盾として,祈りの助けを借りるべきです。マタイ6:13ルカ22:403ニーファイ18:15教義と聖約10:5参照)祈る気持ちになれないとき,その気持ちは神から来るものではないのは確かです。神はいつも御自分の子供たちと交わりたいと切に望んでおられるからです。実際,わたしたちを祈らせまいとする試みの中には,敵対者が直接仕掛けてくるものもあります。2ニーファイ32:8ジョセフ・スミス—歴史1:15-16参照)何をどう祈るべきか分からないときでも,祈りを始めて,聖霊が祈るべき言葉を与えてくださるまで,祈り続けましょう。ローマ8:263ニーファイ19:24教義と聖約50:30参照)わたしたちが敵のために,またわたしたちを不当に扱う者たちのために祈る際には,このようなアプローチが必要と言えるかもしれません。マタイ5:44参照)

 

突き詰めていくと,わたしたちは,非常に頻繁に祈られた救い主の模範を仰ぐことになります。しかし,イエスはなぜ祈る必要があったのでしょうか。完全な御方である主は,何を祈られたのでしょう。主も「〔御父の〕御顔を求め,その言葉を信じ,恵みを信頼」(『賛美歌』(英文)142番)したかったのではないでしょうか。主は幾度となく一人になれる場所を求め,天を貫く祈りをささげられました。(マタイ14:23参照)別の折には,数人の友と一緒に祈られました。そして,山肌を覆い尽くした群衆のために天の祝福を求めて祈られました。祈りは,ある時には主の衣を,マタイ17:2マルコ9:3ルカ9:293ニーファイ19:25参照)またある時にはその御顔を輝かせました。マタイ17:2ルカ9:293ニーファイ19:25参照)立ち上がって,また,ひざまずいて祈られました。少なくとも1度は,伏して祈られました。マタイ26:39マルコ14:35参照)

 

贖いのとき,イエスはうつ伏せになり「ますます切に」ルカ22:44祈られたとルカは書いています。完全な御方がますます切に祈るとはどういうことでしょうか。主は常に心から祈られたはずです。しかし,贖いの犠牲を完全にささげ,万人の苦しみを背負い,最後にはそのささげ物の重さのためにあらゆる毛穴から血が流れた主は,かつてないほど懇願しなければならなかったのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約10:4

あなたは翻訳できるように与えられた力と手段以上に急いだり、それ以上に働いたりすることのないようにしなさい。しかし、最後まで励みなさい。

 

「個人に関心を寄せる」2008年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会

疲れ果てているすべての人に申し上げます。救い主の次の言葉に慰めを得てください。「すべて重荷を負うて苦労している者は,わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」マタイ11:28この約束に頼りましょう。神の力はわたしたちの霊と体に精力と活力を吹き込むことができるのです。この祝福を主に求めるよう強くお勧めします。

 

わたしたちが主に近づけば,主はわたしたちに近づいてくださいます。なぜなら,主はこう約束しておられるからです。「主を待ち望む者は新たなる力を得,わしのように翼をはって,のぼることができる。走っても疲れることなく,歩いても弱ることはない。」イザヤ40:31

 

疲れ果てている人に関心を寄せるとき,わたしたちは「弱い者を助け,垂れている手を上げ,弱くなったひざを強め」教義と聖約81:5ているのです。多くの人に関心を寄せる教会指導者は,個々の会員の限界を承知していながらも,彼らの力と能力を存分に発揮させてあげたいと強く願っています。指導者たちは,教え,支えますが,持てる力以上に急いだり,働いたりするよう無理強いすることはありません。教義と聖約10:4参照)

 

忘れないでください。ゆっくりとスタートを切った人が最終的にはいちばん遠くまで行くこともあるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約6:21

見よ、わたしは神の子イエス・キリストである。わたしは自分の民のところに来た者である。そして、民はわたしを受け入れなかった。わたしは暗闇の中に輝いている光である。そして、暗闇はそれを理解しない。

 

「模範となり,光となる」2015年10月、トーマス・S・モンソン大管長

兄弟姉妹の皆さん,どのような環境にあるときも,わたしたちの周囲には,毎日,光を輝かす機会であふれています。救い主の模範に従うとき,家族であれ,友人であれ,職場の同僚であれ,ただの知り合いであれ,まったく見ず知らずの人であれ,それは他の人々の生活に光をもたらす機会となるのです。

 

皆さん一人一人は,天の御父の息子娘です。皆さんは,しばらく地上で生活し,救い主の愛と教えに倣い,全ての人の前で雄々しく自らの光を輝かすために,御父のみもとから来たのです。地上の生活を終えるとき,自らの務めを果たしてきたのであれば,御父のみもとに帰り,御父とともに住むという輝かしい栄光にあずかることができるのです。

 

救い主の御言葉は何と心強いことでしょう。「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は,やみのうちを歩くことがなく,命の光をもつであろう。」ヨハネ8:12 わたしは主について証します。主は救い主,贖い主,御父に対するわたしたちの弁護者です。わたしたちの模範者であり,わたしたちの力であり,「暗闇の中に輝いている光」です。教義と聖約6:21 わたしの声が届く範囲にいる一人一人が,主に従う決意をし,世に輝く光となりますように,主イエス・キリストの聖なる御名により祈ります,アーメン

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)