「引き返して、わたしの民の君ヒゼキヤに言いなさい、『あなたの父ダビデの神、主はこう仰せられる、わたしはあなたの祈を聞き、あなたの涙を見た。見よ、わたしはあなたをいやす。三日目にはあなたは主の宮に上るであろう。
「主の側に立つ」2004年10月、ジェームズ・E・ファウスト、大管長会
ハワード・W・ハンター大管長はかつて言いました。「神は人の知らないことを御存じであり,人の見ないものを御覧になる。」(『聖徒の道』1988年1月号,63参照) 主の知恵を測り知ることのできる人はいません。主がどうやってわたしたちを現状から望ましい状態に引き上げてくださるのか,前もって正確に知ることはできません。しかし主は,祝福師の祝福の中で大まかな道筋を示してくださいます。永遠の命へと続く人生の旅路には山や谷,分かれ道がたくさんあります。旅の途中には,学んだり,改めたりすることがたくさん出てきます。主はおっしゃいました。「懲らしめに耐えない者は,わたしの王国にふさわしくないのである。」(教義と聖約136:31)「主は愛する者を訓練」(へブル12:6)されるからです。
地上にいる間,わたしたちは疑わずに信仰によって歩まなければなりません。人生の旅がつらくて堪え難く思えるときには,主の次の言葉に慰めを見いだしてください。「わたしはあなたの祈を聞き,あなたの涙を見た。見よ,わたしはあなたをいやす。」(列王下20:5)癒しの中には,次の世で与えられるものもあります。この世にいる間は決して理解できないこともあります。苦しみの中には,主にしかその理由がお分かりにならないものもあるのです。
