ある日エリシャはシュネムへ行ったが、そこにひとりの裕福な婦人がいて、しきりに彼に食事をすすめたので、彼はそこを通るごとに、そこに寄って食事をした。
「神の預言者」2025年10月、アンドレア・ムニョス・スパナウス、中央若い女性会長会
ある日、預言者エリシャがシュネムを通っていると、「ひとりの裕福な婦人がいて、……彼に食事を〔すすめた〕(この語句のスペイン語訳には、「強く招いた」という意味が込められています。)ので、彼はそこを通る度に、そこに寄って食事をし〔まし〕た。」(列王下4:8)預言者エリシャは彼女の家でともに食事をするよう招かれて、うれしかったことでしょう!エリシャが何度か通っていると、ある日その女性は夫にこう言いました。「あの人は確かに神の聖なる人です。」〔訳注:原文を直訳すると「今、あの人が神の聖なる人であると悟りました」の意。〕
女性は、「今、悟った」と述べています。女性は、預言者だとは知らずにエリシャを家に招き入れ、エリシャの言葉と教えに注意深く耳を傾けることにより、聖霊を通して証を得たようです。(この時代に写真はなかったことを思い出してください。ですから、顔だけで預言者を見分けることは難しかったのです。)
しかし、話はこれで終わりません。ある日、女性は夫に言いました。「わたしたちは……一つの小さいへやを造り、そこに寝台と机といすと燭台とを彼のために備えましょう。そうすれば彼がわたしたちの所に来るとき、そこに、はいることができます。」(列王下4:10)
この忠実な女性は、町を通る預言者が滞在できる場所があるように、自宅に部屋を作ろうとしたのです。
今日のわたしたちはこの経験から、力強い教訓を学ぶことができます。
主はシュネムの女性に、エリシャが神の預言者だと証され、女性は家を開放してエリシャを受け入れるという行動を取りました。
わたしたちも、今日の神の預言者についての個人的な証を受け、天の御父がこの末日にわたしたちのために語られるメッセージに対して、心と思いと家の扉を開くことができます。
