「み旨のまま行ゆかん」2002年10月、ダリン・H・オークス、十二使徒定員会
この説教の題は,多くの世代にわたって忠実な主の僕をしてきた、次の賛美歌からとったものです。
「山の上や,荒れる
海を越え行き
また戦いくさの場にも
主は召したまわん
わが知らぬ道へと
呼ぶ声小ちいさくも
主によりこたえつつ
み旨のま行かん」
(「み旨のまま行かん」『賛美歌』172番)
末日聖徒ではない女性の詩人によって書かれたこの詩は,あらゆる年代の忠実な神の子どもたちの献身を表しています。
息子イサクを連れてモリヤの山へ向かう苦しい旅に出たアブラハムは,主が行くように望まれた場所へ患実に赴きました(創世22章参照)。巨人ゴリアテの挑戦に立ち向かうために,イスラエルの軍隊の前に出て行ったダビデもそうでした(サムエル上17章参照)。自分の民を救うようにという霊感を受けたエステルは,内庭にいた王に進言するために生命の危険を冒しました(エステル4-5章参照)。エルサレムを出発したリーハイ(1ニーファイ2章参照)と,貴重な記録を取りに戻った息子ニーファイ(1ニーファイ3章参照)は,「主よ,み旨のまま行かん」という強い気持ちに突き動かされました。ほかにも多数の例を聖典から引用することができます。
こうした忠実な人々は皆,主の導きに従い,主の力と慈愛に対する信仰を示しました。ニーファイはこう説明しています。「わたしは行って,主が命じられたことを行います。主が命じられることには,それを成し遂げられるように主によって道が備えられており,それでなくては,主は何の命令も人の子らに下されないことを承知しているからです。」(1ニーファイ3:7)
