主はその民をシオンと呼ばれた。彼らが心を一つにし、思いを一つにし、義のうちに住んだからである。そして、彼らの中に貧しい者はいなかった。
「それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」2025年4月、ディーター・F・ウークトドルフ、十二使徒定員会
とは言え、わたしが理想を語っているのは承知しています。この世で理想を経験することはめったにありません。そして「〔完璧な日〕となる」(教義と聖約50:24。〔訳注:英文では“until the perfect day”〕)までは、理想と現実の間に常にギャップが存在します。では、教会が完璧だと感じられないとき、どうすればよいのでしょうか。何らかの理由で、わたしたちのワードで完璧な信仰や愛が育まれないときは、どうでしょうか。あるいは、自分がワードになじめないと感じるときは、どうしますか。
してはいけないのは、理想を諦めることです。
モルモン書のタイトルページには、重要な警告が記されています。「もし誤りがあるとすれば、それは人の犯した誤りである。したがって、……神にかかわるものを非難しないようにしなさい。」
本や教会や人に「誤り 」や「間違い」があっても、神の業と言えるでしょうか。
わたしは声を大きくして、「はい」と答えます。
ですから、主の高い標準に従いつつ、互いに忍耐強くありましょう。わたしたちはそれぞれ成長の途中であり、進歩成長するには救い主に頼らなければなりません。これはわたしたち個人にも、地上の神の王国にも言えることです。
主はわたしたちに、主の王国に加わるだけでなく、王国の建設に熱心に携わるように招いておられます。神は、「心を一つにし、思いを一つにし」た民を思い描いておられます。(モーセ7:18)心を一つにするには、清い心を持つことを目指さなければなりませんし、(教義と聖約97:21参照)それには心の大きな変化が必要です。
しかし、その心の変化とはわたしの心をあなたに合わせることでも、あなたの心をわたしに合わせることでもありません。それは、わたしたちが皆、救い主と一致するように心を変えることです。
まだそこに達していなくても、主の助けがあれば、不可能なことはないということを忘れないでください。(ルカ1:37参照)
