「そしてわたしは、異邦人が慈愛を持てるように、主が彼らに恵みを授けてくださることを主に祈った。そこで主はわたしに言われた。『たとえ彼らに慈愛がなくても、あなたにとっては問題ではない。あなたは忠実であったので、あなたの衣は清くされるであろう。また、あなたは自分の弱さを認めたので、強くされて、わたしが父の住まいに用意した場所に座せるようになるであろう。』さて、わたし……は、キリストの裁きの座の前で会うときまで、異邦人とわたしの愛する同胞に別れを告げる。その裁きの座の前で、すべての人は、わたしの衣があなたがたの血で汚れていないことを知るであろう。」その遺言者たちは今や死に、彼らの遺言は効力を持つ。
「魂の安寧」(英文)2009年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
近代に語られた「終わりの時」の証を紹介しましょう。ジョセフ・スミスと兄のハイラムが、殉教が迫っていることを知りながらカーセージに向かって出発したとき、ハイラムは弟の心を慰めるために次の一節を読みました。
「あなたは忠実であったので,……あなたは……強くされて,わたしが父の住まいに用意した場所に座せるようになるであろう。さて,わたしモロナイは,キリストの裁きの座の前で会うときまで,……別れを告げる。」(エテル12:37−38, 教義と聖約135:5)
それはモルモン書のエテル書第12章にある数節でした。ハイラムはモルモン書を閉じる前に,読んだページの角を折り返し,永遠の証に付け加えました。この証のために,二人の兄弟は命を落とそうとしていたのです。わたしが今手にしているのは,ハイラムが読んだそのモルモン書です。ページの角が折られているのが今でも分かります。のちに,カーセージの監獄に入れられた預言者ジョセフは,自分たちを見張る看守に向かい,モルモン書が神聖な真実の書物であることを力強く証しました(History of the Church,第6巻,600)。そして間もなく,最期の言葉を残した二人の命を銃弾が奪ったのです(教義と聖約135:5参照)。
モルモン書が神聖な書物であるというわたしの証の根拠となる数え切れないほど多くの要素の一つとして,わたしはこれをモルモン書が真実であることを示すさらなる証拠として提示します。最も助けを必要とする最期の時を迎えたこの二人が,事実に基づかない,作り話でできた書物に命と名誉をかけ(これには,教会と教導の業という意味も加えることができます),そこに永遠の救いを探し続けることで,神を冒涜するでしょうか。
このすぐ後に,ジョセフとハイラムの妻たちが夫を,そして子供たちが父親を失ったことは考慮しないでください。また,従ってきたわずかな人々も「家,友達,家庭を失」い,その子供たちが凍りついた川と未開の大草原に血の足跡を残すことになった(ジョセフ・スミス,History of the Church,第4巻,539)ということも忘れてください。そして多くの人が命を失い,また多くの人が生きて,モルモン書と,モルモン書が真実であることを宣言する教会のために世の隅々まで出て行ったということも忘れてください。このすべてを考慮から外したとしても,死を目前にした二人の兄弟が,もし神の御言葉でないとしたら時の終わりまでもペテン師,詐欺師の烙印を押されるような書物から引用し,慰めを見いだしながら永遠の裁き主の御前に行こうとするでしょうか。そのようなことをするはずがありません。二人は,モルモン書が神聖な起源を持つ永遠に真実の書物であることを否定するくらいなら,むしろ進んで死を選ぶ人たちでした。
