さて、わたしはあなたに言い、またあなたに言うことを十二使徒のすべてに言う。立って腰に帯を締め、自分の十字架を負い、わたしに従い、わたしの羊を養いなさい。
「わたしの羊を養いなさい」2005年10月、ユリシス・ソアレス、七十人
救い主はあるとき,ペテロに同じ質問を3度お尋ねになりました。
「『ヨハネの子シモンよ,わたしを愛するか。』彼はイエスに言った,『主よ,そうです。わたしがあなたを愛することは,あなたがご存知です。』イエスは彼に言われた,『わたしの羊を飼いなさい。』」(ヨハネ21:16)
主は天の御父の子供たちの福利について深く心にかけておられたので,羊を養うという特別な責任をペテロにお与えになりました。主は現代においても,ジョセフ・スミスに与えた啓示を通して,再び同じ関心を示されました。
「さて,わたしはあなたに言い,またあなたに言うことを十二使徒のすべてに言う。立って腰に帯を締め,自分の十字架を負い,わたしに従い,わたしの羊を養いなさい。」(教義と聖約112:14)
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イエスは,肉体的,情緒的,霊的な病からの解放を求めてやって来た人々や,落胆や迫害にさいなまれていた人々すべてに,忍耐と愛を示されました。
救い主の模範に従うためには,周りを見回し,同じような苦しい境遇にある羊たちに手を差し伸べ,そして彼らを助け,永遠の命への旅路を歩み続けるよう励まさなければなりません。
今日このような要求は,救い主がこの地を歩まれた時代と同じくらいに,またはそれ以上に大きいと言っていいでしょう。わたしたちは羊飼いとして,羊たち一匹一匹に養いを与え,キリストのみもとに導かなければなりません。これこそが,教会で行うすべてのことの目的なのです。
あらゆる活動,集会,プログラムはこれと同じ目的に焦点を合わせるべきです。人の必要に心を向けるなら,個々の問題を克服できるように力づけ,助けることができます。そして天の御父のみもとへ戻る道を確固として進み,最後まで堪え忍ぶように助けることができるのです。
イエス・キリストの福音は人のために与えられました。プログラムのためではありません。時として,教会の責任を果たそうと焦るあまり,人に焦点を合わせるよりも,むしろプログラムだけに時間をかけすぎることがあります。そして人がほんとうに必要としていることを見逃してしまうのです。このようなことが起きると,わたしたちは自分の召しが持つ大切な意味を見失い,人をないがしろにし,永遠の命を得る神聖な可能性から引き離してしまうのです。
