彼らは、自分たちが同胞のレーマン人のように弱くなってしまったこと、また主の御霊がもはや自分たちを守ってくださらないことを知った。まことに、主の御霊は清くない宮にはとどまらないので、彼らから去ってしまわれたのである。
「みたまはわれに真理告げたもう」2017年4月、ロナルド・A・ラズバンド、十二使徒定員会
主の約束を思い出してください。「わたしはあなたにわたしの御霊を授けよう。わたしの御霊はあなたの思いを照らし,あなたの霊に喜びを満たすであろう。」(教義と聖約11:13)わたしはこの約束が大好きです。霊が喜びに満たされると,わたしたちは日々の生活とは違った永遠の観点から物事を見ることができるようになります。その喜びは,困難や心痛のただ中にあっても,平安としてもたらされます。慰めと勇気を与え,福音の真理を明らかにし,主への愛と,神のあらゆる子供たちへの愛を深くしてくれます。そうした祝福を大いに必要としているにもかかわらず,世の人は多くの面でその祝福を忘れ,放棄してきました。
毎週わたしたちは聖なる聖餐を頂き,「いつも御子を覚え」,つまりいつも主イエス・キリストを覚え,その贖いの犠牲を覚えるという聖約を交わします。わたしたちがこの神聖な聖約を守るとき,「いつも御子の御霊を受けられる」という約束が与えられます。(教義と聖約20:77)
では,そのためにどうしたらよいのでしょうか。
第1は,御霊を受けるにふさわしい生活をするよう努力することです。
聖霊は「日々主なる神をよく覚え」る人に下られます。(アルマ58:40)主の勧告にあるように,わたしたちは「この世のものを捨てて,この世に勝るものを求めなければ」なりません。(教義と聖約25:10)「主の御霊は清くない宮にはとどまらない」からです。(ヒラマン4:24)わたしたちはいつも神の律法に従い,聖文を研究し,祈り,神殿に参入し,信仰箇条第13条にある「正直,真実,純潔,慈善,徳高くあるべきこと,またすべての人に善を行う」という信条に誠実に従って生きるよう努めなければなりません。
