「しかし見よ、わたしヤコブは、心の清いあなたがたに述べたい。確固とした思いをもって神に頼り、篤い信仰をもって祈りなさい。そうすれば、神は苦難のときにあなたがたを慰めてくださる。また、あなたがたのことを弁護してくださり、あなたがたを滅ぼそうとする者たちに罰を下される。
「憤りを感じるほどの不公平」2021年4月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会
現世でわたしたちは「はばかることなく」救い主に「近づ〔いて〕」憐れみと癒し,助けを受けることができます。(ヘブル4:16参照。イザヤ41:10;43:2;46:4;61:1-3も参照)説明のつかない苦難に見舞われたとしても,神は分かりやすくどこにでもある意義深い方法でわたしたちを祝福してくださいます。その祝福に気がつくようになると,わたしたちはさらに神を信頼するようになるのです。天の御父とイエス・キリストは,永遠の時の中であらゆる不公平を解決してくださいますが,わたしたちは当然,解決の方法と時期を知りたくなります。御二方はどのように,いつ,解決してくださるのか,わたしの知るかぎり,御二方はその方法と時期を明らかにはされません。確かなのは,必ず解決してくださるということです。
不公平な状況でわたしたちがするべきことの一つは,「人生の中で経験するすべての不公平なことは,イエス・キリストの贖いによって正される」と信じることです。(『わたしの福音を宣べ伝えなさい—伝道活動のガイド』52。イザヤ61:2-3;黙示21:4も参照。)イエス・キリストは世に打ち勝ち,あらゆる不公平を「取り去ら」れました。主がおられるので,わたしたちはこの世で平安を得て元気を出すことができます。(ヨハネ16:33参照)主に委ねるならば,主はこの不公平を聖別してわたしたちの益にしてくださいます。(2ニーファイ2:2参照)慰めるだけでなく,失われたものを元に戻してくださいます。(ヨブ42:10,12-13;モルモン書ヤコブ3:1参照) 不公平をわたしたちの益にしてくださるのです。方法と時期については,アルマのように認め,受け入れる必要があります。「それは重要ではない。神はこれらのことをすべて御存じだからである。これが事実であるということ……が分かれば,わたしにはそれで十分である。」(アルマ40:5)
