ヘブル11:1 信仰によって歩む | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヘブル11:1
さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。


「信仰によって歩む」2002年4月、ゴードン・B・ヒンクレー、大管長
人生を歩む男女には疑いや失意、幻滅といった暗い時期が訪れることがあります。そのような中で信仰の光をもって先を見通す人は少なく、多くは暗闇の中でつまずき、道に迷う人もいます。

わたしの今朝の皆さんへの願いは、信仰を持つこと、パウロが「望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」(ヘブル11:1)と説いた信仰を皆さんに持っていただくことです。

改宗の過程で求道者が教会について教わるのはわずかなことです。読むのもわずかです。教会のすばらしさのすべてを知ることはありません。それは不可能です。しかし、熱心に研究し、進んでひざまづいて祈れば、御霊がその人の心にかすかに触れます。そして正しい道が示され、その人はそれまでに経験しなかったものを目にします。意識しているか否かにかかわらず信仰によって着実な歩みを始めるのです。すると、新たな理解の光が注がれます。

昔わたしは西部山岳地帯を走る鉄道の会社で働いていました。列車にはよく乗りました。蒸気機関車の時代です。その線路上の怪物は巨大で、速く、危険でした。わたしは、機関士は夜中によく長い距離を走らせるものだと不思議に思ったものです。しかし後で、列車は長い距離を一度に進むわけではなく、短い距離を積み重ねていくことに気づきました。機関車には強力なヘッドライトが装備されていて、400ヤード(約300メートル)から500ヤード(約400メートル)先を照らすことができます。機関士が見ているのはその範囲だけです。それでいいのです。ヘッドライトは夜が明けるまで列車の前方を照らし続けてくれるわけですから。

このプロセスについて主はこう言われました。「人を教化しないものは、神から出てはおらず、暗闇である。

神から出ているものは光である。光を受け、神のうちにいつもいる者は、さらに光を受ける。そして、その光はますます輝きを増してついには真昼となる。」(教義と聖約50:23-24)

わたしたちの永遠の旅路も同じです。一歩ずつ進みます。そのようにして未知の世界を目指します。でも、信仰が行く手を照らしてくれます。信仰を養い育てれば、暗闇を進むことはありません。