プロレスも奥が深い
私境原英樹は先日久しぶりに過去のプロレスの試合を観ました。あるジュニアヘビーの選手の試合でした。シングル戦でしたが、2人共スター選手でした。
それは東京ドームで行われた試合で、5万人の大観衆の前でその試合は行われました。ゴングが鳴り、試合が開始されました。2人共ベテランレスラーで空中戦やら大技を連発しました。
しかしここで私はある事に気づいたのです。それはドームが静まり返っているのです。これはプレレスの会場では考えられない事です。2人は熱闘を繰り広げているとういうのに。
その時ある解説者が「この2人は一生懸命試合をしていますが、観客を置いてきぼりにしていますね。」と言ったのです。まさにその通りで観客が全くその試合展開についていけていませんでした。
そこで私は思いました。まさにこれは演技者にも当てはまる事だと。観客が理解できない芝居をしていては観ている方は何をやっているのか分からず退屈してしまう。これは監督からいつも指摘を受けるのですが、自分のやっている事がこれだったのかと愕然としてしまいました。
やはり観客が感情移入出来る演技をして初めて成り立つ仕事であると再度痛感しました。本当にどちらも奥が深い。一生勉強です!![]()
いまボクはどこですかぁ?

福田繁は今どこにいるんでしょうかぁ?
どんな事を思ってるんでしょうか?
どんな気持ちでいるんでしょうか?
なんでそんな気持ちになってるんでしょうか?
なんでそんな気持ちになってるか考えるんでしょうか?
そんな気持ちを瞬間的に言葉にのせてる人間っちゅうのはやっぱりすげぃ。
さて!
今日はバッコンday。
ワシはもらう側ではなく与える側。
感じる事を主としてのぞんだ今回のバッコン。
…
くはぁ~。
甘かった。
ワシは与える側の人間。
要は与える事を全力を賭して考えなければいけん…
なんとしてでも与えるんだ!
与えないといけねぇ。
ワシはこの気持ちが強くなければ俳優業はなりたたねぇとまで思った。
くはぁ~。
くやしいぢゃねぇかぁ~。
ひとつ考え方を変えようとすると
またもうひとつ考えると事が増える。
まぢでありがてぇなぁ。
バッコンというモノをやっていなかったら感じる事が出来なかったモノやね。
ただ甘かったという結果と反して今までよりも手応えは感じた部分もあった。
それはその場所に存在することができた。
あくまでも自分自身の話やけれども。
はたからみたら何も喋んない使えない魅力のない人間にみえていたけども、たしかにワシはそこに存在できた。
なんて説明したらエエかわからんけど、
感覚的にそこに存在できた。
コレはワシの中で結構大事な感覚だと思う。
存在することはソコで生きている。
が、しかし!
二度いうがあくまでも自分の中での話。
コレを表現し、
対峙している世界と反射しなければ
なんの意味もなぁい。
あぁ。
自分の存在価値。。。
言い訳とマイナス思考なタラレバは捨てましょう。
…
今日はいつもより増してちらかった福田繁の文章でした(´_ゝ`)
