俳優として一流に・・・そして新たな映画の可能性に向かって・・・ -146ページ目

不吉な……

俳優として一流に・・・そして新たな映画の可能性に向かって・・・


宮下純ですキラキラ


不吉な夢を見ました。

今回のCFAの真っ最中に、次回のCFAのオーディションが開催され、スピンにも入れないという……あせるあせるあせる


後悔なんて幾らでも出てきて、悔しがる自分がそこにいた。


目覚めて、夢だと分かってからも、私は落ち着かない。


だって、やっぱり、今の私には足りない物が多いから。


夢は、自分の潜在意識だとも言うけれど、私はお告げの様な気がしてる。


このままじゃ駄目でしょ、と言われている。


人間は、危機に直面しないと気付かないことが山ほどある。


知っている、と、認識している、と、危機感を持っているとは全く違うし、行動しているとでは雲泥の差がある。



夢で貰えたのは危機感だ。


不吉なのではない、これを幸運とする事が、私には必要なのだ。


よしキラキラ


頑張れるぞ、私ニコニコアップアップアップ

理由なき感動


おはようございます。

爽やかな日曜の朝、皆様いかがお過ごし遊ばせ?


僕はサタデーナイトヒーハーに、録画しておいた新ドラマ『美しい隣人』を観たが、仲間さんの登場シーンのドレス姿があまりにも美しくなくて腰の蝶つがいがガタガタになるほど笑ってしまった。


あ、


高橋宙無です。



俳優として一流に・・・そして新たな映画の可能性に向かって・・・-高橋写真


いきなりですが。


『感動』とは何なのか。


映画や、小説や、歌詞の付いてる歌などの感動は言葉や理屈で説明できる。


しかし、絵画やクラシック、建造物や自然、または詩など、わけもなく胸を打つ、


そう


『魂が揺さぶられる』


ような感覚は、誰しも一度は経験したことがあるだろう。


この正体とは一体何なのか。


昨日、プラトンの二元論を少しだけ学んだが、


“魂”と“肉体”


この二つで人間は世俗を生きている。

人間は生きていく中で“理性”が身に付き、理屈や理由の元に生きていく。


しかし本来“魂”は天国のような所では真理を知っており、肉体に宿ったときにそれを忘却してしまう。


“芸術”に触れることでその忘却した真理を思い起こさせるのではないか。


では、その芸術を生み出す芸術家はどのように生み出すのか。


芸術を生み出す人には、真理を受け取るアンテナのようなものがあり、それによりイマジネーションを想起する。

もしかしたら宗教ではそれは“神のお告げ”のようなものかもしれない。


しかし本来、真理は言葉にはできない感覚的なもの。


だから芸術家はその想起したイマジネーションを言葉に、絵に、音に、形に表現することに苦しむ。

時にそれは狂ったように。


まさに産みの苦しみである。


結局、何が言いたいかっていうと、


頭で理解するよりも、


自分の感覚を信じれるようになろうと。


そしてもっとその感覚を研ぎ澄ましていこうと。


思います。


ではまた。



脚本における想い。

望月智弥です。


最近いつもよりたくさん映画を見ようと心掛けて、とりあえず手当たり次第4本まとめて借りました。


映画を見るにあたって、役者の動き、セリフ、感情を見るのはもちろん。今回はその話自体の構成やどういう意図があって書かれたセリフなのか考えながら映画を見させていただきました。



やはり脚本を書くのは素人のおれらとは違い、実に面白い。



辻褄がちゃんとあってるし、話を人に伝えるために時系列をわざと崩すなど、その話の中には色々な想いが詰まっているのだと思った。

まぁ、おれらがそんな簡単に脚本を考えられたら作家は苦労しないんだろうけど、おれらも良いものを作りたい。