ようこそのお運びで。

相変わらずの心身の不調で参っています。写真も記事もまだ好調だった時のものです。

◎ご近所 桜(4月上旬)

 

 

 

お題「あまた年 今日あらためし 色ごろも きては涙ぞ ふる心地する」(源氏物語・葵)六条御息所をめぐる歌⑩

 

元日を迎え、源氏は、葵の上を亡くした左大臣邸に新年の挨拶に訪れる。

 

宮の御消息にて、「今日はいみじく思ひたまへ忍ぶるを、かく渡らせたまへるになむ、なかなか」など聞こえたまひて、「昔にならひはべりにける御装ひも、月ごろはいとど涙に霧りふたがりて、色あひなく御覧ぜられはべらむと思ひたまふれど、今日ばかりはなほやつれさせたまへ」とて、いみじくし尽くしたまへるものども、また重ねて奉れたまへり。かならず今日奉るべきと思しける御下襲は、色も織りざまも世の常ならず心ことなるを、かひなくやはとて着かへたまふ。来ざらましかば口惜しう思さましと心苦し。御返りには、「春や来ぬるともまづ御覧ぜられになむ、参りはべりつれど、思ひたまへ出でらるること多くて、え聞こえさせはべらず。

  ☆あまた年 今日あらためし 色ごろも きては涙ぞ ふる心地する

えこそ思ひたまへしづめね」と聞こえたまへり。御返り、

  ☆新しき 年ともいはず ふるものは ふりぬる人の 涙なりけり

おろかなるべきことにぞあらぬや。

・・・葵の上の母、大宮のお伝言で、「今日は元日ですので、ひどく我慢しておりますが、このようにおいでになったことで、かえって涙が溢れてきました」などと申し上げなさって、「昔に倣ってあつらえました御装いも、ここ数ヶ月はますます涙で霧がかかったように塞がれて、色合いも良くなくご覧に入れることでしょうと思いますが、今日だけはこのお粗末な衣装をお召しになってください」と言って、たいそう入念に仕立てなさった御装束の数々を、また重ねてさしあげなさった。必ず今日、お召しになるようにと思いなさった御下襲は、色も織り方も世間並みではなく格別であるのを、着用しなくては折角の甲斐がないのではとお思いになって、着替えなさった。もし今日、私が参上しなかったら、残念にお思いになったことであろうにと思うと、いたわしい。

御返事には、「『春が来たのか』と私が参上しましたことでご覧いただくため、参上しましたが、思い出されますことが多くて、何も申し上げることができません。

 ☆あまた年 今日あらためし 色ごろも きては涙ぞ ふる心地する

気持ちを鎮めることができません」と申し上げなさった。御返事に、

 新しき 年ともいはず ふるものは ふりぬる人の 涙なりけり

並み並みではない悲しみであるよ。・・・

 

故葵の上の母親の大宮は、源氏の為に新年の装束を新しく誂えていた。特に今日お召しになるようにと用意していた下襲は出来映えが素晴らしく、源氏はそれに着替えた。もし今日源氏が来なかったなら、さぞ残念だったろうと思うと、いたましい。源氏は春の到来を知っていただこうと年始に参上したが、思い出されることが多く、十分に言い尽くせない。

 

源氏物語六百仙

 

◎和歌を取り出す。

 

源氏の歌

あまた年 今日あらためし 色ごろも きては涙ぞ ふる心地する

・・・長年、元旦の今日、新調していただいた美しい晴れ着。今日、参上して着用するにつけても、涙が降り、昔のことが思い出される心地が致します。・・・

①「色ごろも」・・・正月元日の衣装。

『古今和歌六帖』

「3489 くれなゐの はつはなぞめの いろごろも おもひしこころ われはわすれず」

②「きて」・・・「着て」「来て」の掛詞

『後撰集』

「529 唐衣 きて帰りにし さよすがら あはれと思ふ うらむらんはた」

『後撰集』

「660 怨みても 身こそつらけれ 唐衣 ていたづらに かへすとおもへば」

③「ふる」・・・「降る」と「古る」の掛詞

『後撰集』

「847 君見ずて いく世へぬらん 年月の ふるとともにも おつるなみだか」

『貫之集』

「658 から衣 袂をあらふ 涙こそ 今は年ふる かひなかりけり」

 

大宮の返歌

☆新しき 年ともいはず ふるものは ふりぬる人の 涙なりけり

・・・新しい年でもあるのに関わらず、古びる――降る――ものは、老親の涙でございます。・・・

①「~ともいはず」・・・~を無視して。

『敦忠集』

「95 あたらしき としともいはず うぐひすに おとらざるべき はるにもあるかな」

『貫之集』

「858 あら玉の 年よりさきに 吹く風は 春ともいはず 氷ときけり」

②「ふる」・・・「古る」と「降る」との掛詞。

③「ふりぬる人」・・・「古りぬる人」。年老いた人。

『重之集』

「299 山のうへを よそにみしかば しらゆきは ふりぬる人の みにもきにけり」

 

「新」と「古」の対比を軸にした贈答歌。源氏は、葵の上の生前と同様に左大臣邸で用意した新調の新年の晴れ着を着ると思い出されることが多く「古る心地」がすると言い、大宮は「降る」に「古る」を掛け、新年なのに「降る」(古る)ものは「古り」ぬる人の昔を思い出す涙だと答える。