ようこそのお運びで。桜狂い、その前は梅狂い。

◎京都・平野神社・魁(3月28日)

 

 

 

 

◎京都・三室戸寺・枝垂れ梅①(遠景)(3月上旬)

 

 

 

 

 

 

 

 

お題

「雨となり しぐるる空の 浮雲を いづれの方と わきて眺めむ」(源氏物語・葵)六条御息所をめぐる歌⑥

 

源氏は左大臣邸に籠もり、葵の上の四十九日の喪に服している。

 

時雨うちしてものあはれなる暮つ方、中将の君、鈍色の直衣、指貫うすらかに衣更へして、いとををしうあざやかに心恥づかしきさまして参りたまへり。君は、西のつまの高欄におしかかりて霜枯れの前栽見たまふほどなりけり。風荒らかに吹き時雨さとしたるほど、涙もあらそふ心地して、
 ☆「雨となり雲とやなりにけん、

今は知らず」
と、うち独りごちて頬杖つきたまへる御さま、女にては、見捨てて亡くならむ魂かならずとまりなむかしと、色めかしき心地にうちまもられつつ、近うついゐたまへれば、しどけなくうち乱れたまへるさまながら、紐ばかりをさしなほしたまふ。これは、いますこし濃やかなる夏の御直衣に、紅の艶やかなるひきかさねてやつれたまへるしも、見ても飽かぬ心地ぞする。中将も、いとあはれなるまみにながめたまへり。
 ☆「雨となり しぐるる空の 浮雲を いづれの方と わきて眺めむ
行く方なしや」
と、独り言のやうなるを、
 ☆見し人の 雨となりにし 雲居さへ いとど時雨に かきくらすころ

・・・時雨が少し降ってしみじみとした夕暮れ時、中将の君(=三位中将・もと頭中将・葵の上の兄)が鈍色の直衣に、指貫を薄い色に衣更えして、たいそう男らしく鮮やかで立派な様子で参上なさった。源氏の君は、西の端の高欄に寄りかかって霜枯れの植え込みをご覧になっている時であった。風が荒々しく吹き、時雨がさっと降った時、涙も時雨に争う感じがして、

 ☆「雨となり雲とやなりにけん

今は行方が分からない」

と、ひとりごとを言って、頬杖をつきなさっているご様子が、女であったら、先立って亡くなった魂が必ずこの世に留まるだろうよと、色めかしい心で見つめずにはいられなく、近くにすわりなさると、源氏はしどけなくくつろいだ姿のまま、紐だけを直しなさる。源氏の方は、もう少し濃い色の夏の御直衣の下に、紅のつややかな袿を重ねて地味になさっているのが、かえっていくら見ても見飽きない気持ちがする。中将も、とてもしみじみとした眼差しで、空を眺めなさっている。

 ☆「雨となり しぐるる空の 浮雲を いづれの方と わきて眺めむ

行方が分からなくなってしまったよ」

と、ひとりごとのようにおっしゃるので、源氏は

 ☆見し人の 雨となりにし 雲居さへ いとど時雨に かきくらすころ

(とおっしゃる・・・)

 

時雨降る夕暮れ、中将が喪服を薄い鈍色に着替え、庭の植え込みを眺めていた源氏のもとに参上する。源氏の『文選』の一節をつぶやいて葵の上を偲ぶ様子は、女であったら先立っても源氏のもとに魂が留まると思われる風情である。源氏は、中将よりも濃い色の直衣に紅の袿を重ね着て地味な姿だが、見飽きぬ美しさである。二人は葵の上を偲びつつ歌を詠む。

 

 

源氏物語六百仙

 

 

◎和歌と引用漢詩を抜き出す。

 

雨となり雲とやなりにけん・・・亡きあの方は雨となり雲となったのだろうか。

『文選』「高唐賦序」

「(亡き妻は)旦には朝雲となり、暮には行雨となる」

 

三位中将の歌

☆雨となり しぐるる空の 浮雲を いづれの方と わきて眺めむ

・・・雨となって時雨を降らす空の浮雲のどれを、亡き妹の火葬の煙が雲となったものと見分けることができようか。・・・

①「雨となり」・・・上記の漢詩に拠る。

『新勅撰集』

「830 くもとなり 雨となるてふ なかぞらの ゆめにも見えよ よるならずとも」

『続古今集』

「1447 あめとなり くもとなりにし かたみにも まがふさくらの いろやみるらん」

②「浮雲をいづれの方とわきて眺めむ」

・類想歌

『源氏物語』

「118 のぼりぬる 煙はそれと 分かねども なべて雲ゐの あはれなるかな」

 

 

源氏の歌

☆見し人の 雨となりにし 雲居さへ いとど時雨に かきくらすころ

・・・亡き妻が雲となり雨となってしまった空までも、ますます時雨で暗くし、私の心も暗くすることよ。・・・

①「見し人」・・・夫婦の関係になった人。

『後撰集』

「102 花の色は 昔ながらに 見し人の 心のみこそ うつろひにけれ」

『後撰集』

「841 またざりし 秋はきぬれど みし人の 心はよそに なりもゆくかな」

②「時雨にかきくらす」

『斎宮女御集』

「113 かきくらし いつともしらず しぐれつつ あけぬよながら としもへにけり」

『紫式部集』

「115 くまもなく ながむるそらも かきくらし いかにしのぶる しぐれなるらむ」

③「かきくらす」・・・「雲が空一面を暗くする」意と「心を暗くする」意を掛ける。

『古今集』

「566 かきくらし ふる白雪の したぎえに きえて物思ふ ころにもあるかな」

『後拾遺集』

「829 かきくらし くもまもみえぬ さみだれは たえずものおもふ わがみなりけり」

 

中将も源氏も、源氏がつぶやいた『文選』の亡き妻への哀悼詩の一節「・・雲となり・・雨となる」を下敷きにして詠んでいる。

中将は葵の上を火葬した煙が雲となったものが判別できないとし、源氏は火葬した妻が雲となり雨となって空まで一面にかきくらす初冬の寂しい時雨を降らし、自分の心も暗くなると詠じる。

 

 

 

おまけ

 

医大プロジェクトチームの研究に参加して下さった被験者の皆様のご尽力と、

ネンタ医師の困っている患者様を何とかして救いたいという熱意と、

被験者様に集まっていただこうとして開設したこの拙ブログの存在も少しばかり貢献して実現した論文

 

国際科学雑誌 「PLOS ONE 」の論文

「Brain Regions Responsible for Tinnitus Distress and Loudness: A Resting-State fMRI Study」

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0067778

 

二報目

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0137291

  sofashiroihana