ようこそのお運びで。私は人の左側を歩く。これは夫が右側、私が左側を歩くことが長い期間に習慣化された名残だ。つまり、私は夫の存在を前提にして行動しているのである。こういうことが結構あると同境遇の友人と話した。友人は運転席にいるのに、助手席に座っている時の行動をしてしまうことがあるそうだ。気づいた時、改めて「いたはずなのに・・」という事実を突きつけられる。

◎回想・倉敷(5月)昼編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お題

「くれなゐの 涙に深き 袖の色を あさみどりにや 言ひしをるべき」(源氏物語・少女)夕霧をめぐる歌②

 

◎夕霧と雲居の雁が相思相愛であることを知った内大臣(=雲居の雁の父・かつても頭中将)は、二人を育てた大宮(内大臣の母)を叱り、雲居の雁を自邸に引き取ることにする。大宮は雲居の雁と別れを惜しむ。そのさまを夕霧は物陰がら見て涙を流していた。その様子が気の毒で、夕霧の乳母・宰相の君は、大宮に頼んで、夕霧と雲居の雁を引き合わせることを実現させた。

 

源氏物語六百仙


◎御乳母いと心苦しう見て、宮にとかく聞こえたばかりて、夕まぐれの人のまよひに、対面せさせたまへり。かたみにもの恥づかしく胸つぶれて、ものも言はで泣きたまふ。「大臣の御心のいとつらければ、さばれ、思ひやみなんと思へど、恋しうおはせむこそ理なかるべけれ。などて、すこし隙ありぬべかりつる日ごろ、よそに隔てつらむ」とのたまふさまも、いと若うあはれげなれば、
「まろも、さこそはあらめ」とのたまふ。「恋しとは思しなんや」とのたまへば、すこしうなづきたまふさまも、幼げなり。御殿油まゐり、殿まかでたまふけはひ、こちたく追ひののしる御前駆の声に、人々、「そそや」など懼ぢ騒げば、いと恐ろしと思してわななきたまふ。さも騒がればと、ひたぶる心に、ゆるしきこえたまはず。御乳母参りてもとめたてまつるに、気色を見て、「あな心づきなや。げに、宮知らせたまはぬことにはあらざりけり」と思ふにいとつらく、「いでや、憂かりける世かな。殿の思しのたまふことは、さらにも聞こえず、大納言殿にもいかに聞かせたまはん。めでたくとも、もののはじめの六位宿世よ」とつぶやくもほの聞こゆ。ただこの屏風の背後に尋ね来て嘆くなりけり。男君、我をば位なしとてはしたなむるなりけりと思すに、世の中恨めしければ、あはれもすこしさむる心地して、めざまし。
 「かれ聞きたまへ。
 ☆くれなゐの 涙に深き 袖の色を あさみどりにや 言ひしをるべき
 恥づかし」
とのたまへば、
 ☆いろいろに 身のうきほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ
ともののたまひ果てぬに、殿入りたまへば、わりなくて渡りたまひぬ。

・・・御乳母が、(涙を拭う夕霧を)本当に気の毒だと見て、大宮にうまく計らい申し上げて、夕暮の人の出入りに紛れて、(雲居の雁と)対面させなさった。(二人は) お互いに何となく気恥ずかしく胸がどきどきして、何も言わないでお泣きになる。「内大臣(=雲居の雁の父親・元の頭中将)のお気持ちがとても冷たくて、ままよ、いっそ諦めてしまおうと思いますが、(そうすると、あなたが)恋しくてどうにもならない存在におなりになるでしょう。どうして少しはお逢いできそうな折々があったはずのころは、よそよそしく離れていたのでしょうか。」と(夕霧が)おっしゃる様子も、たいへん子供っぽくかわいそうなので、(雲居の雁も)「わたしも、あなたと同じようになるでしょう」とおっしゃる。「恋しいと思って下さいますか」と(夕霧が)おっしゃると少しうなずきなさる様子も、幼い感じである。灯火をお点けし、内大臣が宮中から退出なさる様子で、ものものしく大声を上げて先払いする声に、女房たちが、「それ、お帰りです」などと(女房達が)慌てるので、(雲居の雁は)とても恐ろしとお思いになって震えていらっしゃる。(夕霧は、内大臣に見られて)そんなに騒がれるなら、それでも構わないと、一途な心で、(雲居の雁を)お放し申しあげなさらない。(雲居の雁の)乳母が参上して、(雲居の雁を)お捜し申しあげるうちに、二人の様子を見て、「まあ、いけません。なるほど、(二人のことは)大宮は御存知ないことではなかったのですね」と思うと、実に恨めしくなって、「まあ、情けないことです。内大臣殿がおっしゃることは、申しあげるまでもなく、大納言殿(雲居の雁の再婚相手・義理の父親)にもどのようにお聞きになることでしょう。立派な方であっても、折角の初婚の相手が六位風情という運命では」とつぶやいているのがかすかに聞こえる。ちょうどこの屏風のすぐ後ろに捜しに来て、嘆くのであった。男君(=夕霧)は、自分のことを位が低いと侮辱しているのだなとお思いになると、こんな世間が恨めしくなったので、恋心も少しさめる感じがして、心な気持ちである。
 「あれをお聞きなさってください、
 ☆くれなゐの 涙に深き 袖の色を あさみどりにや 言ひしをるべき
 決まりが悪い」とおっしゃると、(雲居の雁が)
 ☆いろいろに 身のうきほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ
とおっしゃり終わらないうちに、殿がお入りになっていらしたので、(雲居の雁は)しかたなく(ご自分のお部屋に)お戻りになった。・・・

 

夕霧と雲居の雁が互いを恋しく思っている気持ちを確認していると、雲居の雁の父・内大臣が帰宅してきた様子である。夕霧が「えい・ままよ」と思って雲居の雁と離れないでいると、雲居の雁の乳母が、その様子を見て、「お父君のお腹立ちは無論、雲居の雁の義理の父君もどう思われるか。はじめの結婚の相手が情けない低い身分の六位ごときでは」とつぶやく。これを聞き、夕霧は恋心のさめる位心外な思いになる。

 

 

                         伝統のいろは

 

◎歌を取り出し、検討する。

 

夕霧の歌

☆くれなゐの 涙に深き 袖の色を あさみどりにや 言ひしをるべき

・・・あなたを恋い慕って血の涙を流し、深紅に染まっている私の袖の色を、六位ふぜいの浅緑と言ってけなしてよいものでしょうか。・・・ 

①「くれなゐの涙」・・・紅涙。血の涙。

☆『伊勢集』

「280 くれなゐの なみだしこくは みどりいろの そでもみぢても みえましものを」

☆『紫式部集』

「31 くれなゐの なみだぞいとど うとまるる うつるこころの いろに見ゆれば」

②「ふかき袖の色」・・・血の涙で深く紅に染まった袖の色。

☆『紫式部集』

「8 つゆふかく おく山ざとの もみぢばに かよへるそでの いろをいみせばや」

③「あさみどり」・・・浅葱色。六位の袍の色。

類例

☆『後撰集』

「812 くれなゐに 涙しこくは 緑なる 袖も紅葉と 見えましものを」

☆『拾遺集』

「1027 松ならば 引く人 けふは 有りなまし 袖の緑ぞ かひなかりける」

④言ひしをる・・・なじる。けなす。

 

 

雲居の雁の返歌

☆いろいろに 身のうきほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ

・・・色々なことで我が身のつらい運命を知らずにはいられませんが、どのように定められた私たちの仲なのでしょう。・・・

①いろいろに・・・「さまざまに」の意に、紅やあさみどりなど「色々な色」を掛ける。「色々」は「染め」の縁語

☆『能宣集』

「212 いろいろに ふかきこころを そめてこそ 君がたむけの ぬさとなしけれ」

②「中の衣」・・・上着と下着との間に着る衣。「中」に「男女の仲」を掛ける。雲居の雁と夕霧の中。

☆『源氏物語』「紅葉賀」

「94 つつむめる 名をやもり出でん 引きかはし かくほころぶる 中の衣に」

☆『源氏物語』「明石」

「240 かたみにぞ かふべかりける 逢ふことの 日数へだてん 中のころもを」

 

 

思い合っているのに雲居の雁と引き離されてしまう悲しみから血の涙を流している。それだけでもつらいのに、深紅の色に染まった袖を「六位」ごときの浅緑色と侮辱された悔しさ。夕霧は深い悲しみと屈辱感を歌に詠む。雲居の雁は、夕霧の歌に「くれなゐ」「あさみどり」と色の描写がされたことに関連させて「いろいろ」という表現を使用し、「袖」を詠まれたことに合わせて「中の衣」という語を用い、「中」に「仲」を掛けるという工夫を凝らして、「いろいろ」とさまざまな障壁に阻まれる二人の「仲」を嘆き悲しむ。

                                                      続く

 

 

おまけ

 

医大プロジェクトチームの研究に参加して下さった被験者の皆様のご尽力と、

ネンタ医師の困っている患者様を何とかして救いたいという熱意と、

被験者様に集まっていただこうとして開設したこの拙ブログの存在も少しばかり貢献して実現した論文

 

国際科学雑誌 「PLOS ONE 」の論文

「Brain Regions Responsible for Tinnitus Distress and Loudness: A Resting-State fMRI Study」

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0067778

 

二報目

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0137291

 

 

  sofashiroihana