ようこそのお運びで。物に憑かれたように旅に出たい。事実、ここ数日京都に滞在もした。再々書いているように孤独・虚無・不安・世の不条理への怒りなど、死別や病からくる負の感情を誤魔化すためである。一人の自宅に戻ると、目を瞑っていた感情が忽ち怒濤のように襲ってくるが、今度は疲労で誤魔化す。古典文学に登場する全ての花を目にしたい。和の雰囲気の花も全部、この目で見てみたい。
※以下の拙写真は最近のものです。
◎京都・府立植物園のどしゃぶりの雨に濡れる花菖蒲
※以下の拙写真は、4月下旬のものです。
◎京都・大原・三千院の名残の桜・新緑・石楠花・苔庭
◎京都・大原の里の風景
◎京都・大原・寂光院に至る階段・門・本殿・名残の桜
◎京都・平野神社の八重桜と御衣黄、山吹。
お題
「九重に かすみへだてば 梅の花 ただかばかりも 匂ひこじとや」
(源氏物語・真木柱)玉蔓をめぐる歌㉘
◎大将は、かく渡らせたまへるを聞きたまひて、いとど静心なければ、急ぎまどはしたまふ。みづからも、似げなきことも出で来ぬべき身なりけりと心憂きに、えのどめたまはず、まかでさせたまふべきさま、つきづきしきことづけども作り出でて、父大臣など賢くたばかりたまひてなん、御暇ゆるされたまひける。「さらば。物懲りして、また出だし立てぬ人もぞある。いとこそからけれ。人より先に進みにし心ざしの、人に後れて、けしきとり従ふよ。昔のなにがしが例も、引き出でつべき心地なむする」とて、まことにいと口惜しと思しめしたり。聞こしめししにも、こよなき近まさりを、はじめよりさる御心なからんにてだにも、御覧じ過ぐすまじきを、まいていとねたう、飽かず思さる。されど、ひたぶるに浅き方に、思ひ疎まれじとて、いみじう心深きさまにのたまひ契りてなつけたまふも、かたじけなう、我は我と思ふものをと思す。御輦車寄せて、こなたかなたの御かしづき人ども心もとながり、大将も、いとものむつかしうたち添ひ騷ぎたまふまで、えおはしまし離れず。「かういと厳しき近き守りこそむつかしけれ」と憎ませたまふ。
「☆九重に かすみへだてば 梅の花 ただかばかりも 匂ひこじとや」
ことなることなき言なれども、御ありさまけはひを見たてまつるほどは、をかしくもやありけん。「野をなつかしみ明かいつべき夜を、惜しむべかめる人も、身をつみて心苦しうなむ。いかでか聞こゆべき」と思し悩むも、いとかたじけなしと、見たてまつる。
「☆かばかりは 風にもつてよ 花の枝に 立ちならぶべき にほひなくとも」
さすがにかけ離れぬけはひを、あはれと思しつつ、かへり見がちにて渡らせたまひぬ。
・・・大将は、このように(帝が)お越しになったのを聞きなさって、いっそう心の落ち着きを失ったので、急いで(玉蔓の退出を)せき立てなさる。玉蔓自身も、自分には似つかわしくないことも起こりかねない身の上であったと情けなく思うので、落ち着いていることがおできにならずにいると、父大臣(実父の内大臣)などが(玉蔓を)退出させなさる段取りをし、もっともらしい口実などを作り出して、上手に取り繕いなさって、御退出を許されなさったのであった。「それではしかたがない。これに懲りて、二度と出仕をさせないという人がいても困る。とてもつらいことだ。誰より先に(あなたを)所望した思いが、人に先を越されて、その人の御機嫌を取ることだよ。昔の誰それの例(※不詳)も、引き合いに出したい気がする。」と仰って、ほんとうに残念だとお思いになっている。噂にお聞きになっていた時よりも、実際にご覧になると、この上なく美しいのを、初めからそのようなお気持ちがなかった時でさえお見逃しになれなかっただろうに、ましてたいそう悔しく、限りも無く残念にお思いになる。そうではあるが、心の浅い者として、疎んじられまいと思って、たいそう愛情深い様子にお約束なさって、親しませなさるのも、(玉蔓には)恐れ多く、「今の私は、右大将の妻となった私と諦めようとしているものを」とお思いになる。御輦車を寄せて、源氏側、内大臣側のお迎えの人々が待ち遠しがって、大将もひどくやかましくお側を離れず騒ぎたてなさるまで、(帝は玉蔓から)離れなさることがおできにならない。「これほど厳しいつききりの警護役はわずらわしい」と嫌悪なさる。
「☆九重に かすみへだてば 梅の花 ただかばかりも 匂ひこじとや」
格別というわけではないお歌であるが、帝のご様子、雰囲気をお見申し上げた時とて、(玉蔓は)感動なさったことであろうか。「野原が懐かしい(玉蔓が魅力的な)ので、このまま一夜明かしたいが、そうさせたくない人が、自分の身につまされて気の毒であるから。今後どのようにお便りをしたらよいものか」とお悩みなさるのも、まことに恐れ多いことと、(玉蔓は)は拝見する。
「☆かばかりは 風にもつてよ 花の枝に 立ちならぶべき にほひなくとも」
そうはいっても突き放したりなさらない(玉蔓の)様子を、(帝は)しみじみいとおしいとお思いになりながら、振り返りがちにお帰りになられた。・・・
髭黒右大将は、帝が玉蔓のもとにお渡りになったことが気がかりでならず、早く退出させようとする。玉蔓も、もし帝寵を被ることがあっては、異母姉妹の女御にも迷惑がかかる。結局、実父の内大臣の計らいで、玉蔓は口実を作って、帝のもとから退出することになる。想像以上に美しい玉蔓をご覧になった帝は大いに不満だが、右大将を気の毒に思い帰すことにする。帝はせめて玉蔓に便りをしたいと思い、玉蔓もその意向に従う。
長田紅霞「月梅の図」
◎歌を取り出し、検討する。
☆九重に かすみへだてば 梅の花 ただかばかりも 匂ひこじとや
・・・幾重にも霞が隔てたなら、梅の花はただ香すら、匂い漂ってこないということになるのでしょうか。――右大将に邪魔されたなら、あなたは宮中にこの程度も参上することもできなくなるというのでしょうか。
①「九重」・・・「幾重にも重なるさま」の意と「宮中」の意との掛詞。
☆『兼輔集』
「98 白雲の ここのへにしも 立ちつるは 大内山と いへばなりけり」
☆『忠見集』
「92 みやびとの ねのびするのを ここのへに かすみのたつと よそにみるらん」
②「かばかり」・・・「この程度」の意と「香だけ」の意との掛詞。「香」は「梅」の縁語。
☆『拾遺集』
「1063 春すぎて ちりはてにける 梅の花 ただかばかりぞ 枝にのこれる」
☆『後拾遺集』
「59 むめの花 かばかりにほふ はるのよの やみはかぜこそ うれしかりけれ」
☆かばかりは 風にもつてよ 花の枝に 立ちならぶべき にほひなくとも
・・・香だけは――わずかなお便りだけは風にでもことづけて下さいませ。お美しい他の後宮の方々に立ち並ぶことのできない私ではございましても。・・・
①「かばかり」・・・帝の歌と同じ技巧。
②「風にもつてよ」・・・「つてよ」は下二段活用「つつ」の命令形。「つつ」は「伝える」意。
☆『古今和歌六帖』
「384 春はまづ あづまぢよりぞ 若草の ことのはつてよ むさしののかぜ」
☆『順集』
「204 山桜 このした風し 心あらば 香をのみつてよ 花なちらしそ」
帝は幾重にも重なって梅の花を見せない霞のように、玉蔓を参内させないように邪魔する大将に不満を持ち、「かばかり」に「香ばかり」「この程度」の両意を掛けながら、玉蔓にこれからは「かばかり」も参内することもないと言うのかと歌に詠み、心を痛める。玉蔓は、帝に内心惹かれてしまう自らを戒めつつ、帝の「かばかり」の語をそのまま利用し、後宮の女性達と肩を並べることもできぬ自分だが、少しのお便りは下さいませと帝の心に沿った返歌をする。
源氏物語六百仙
おまけ
医大プロジェクトチームの研究に参加して下さった被験者の皆様のご尽力と、
ネンタ医師の困っている患者様を何とかして救いたいという熱意と、
被験者様に集まっていただこうとして開設したこの拙ブログの存在も少しばかり貢献して実現した論文
国際科学雑誌 「PLOS ONE 」の論文
「Brain Regions Responsible for Tinnitus Distress and Loudness: A Resting-State fMRI Study」
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0067778
二報目
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0137291