ようこそのお運びで。お世話している高齢猫「かつお姉さん」が、5日の日曜夜、突然、痙攣発作を起こし、私はパニックになってしまいました。この愛猫は絶対に助ける、決意しながら、狼狽しながら、猫を抱えながら、この猫のファンである方の家に救援を頼みに走り、深夜に診察してくれる獣医さんを捜し回って、車を走らせていただきました。幸い、今は落ち着いてきましたが、私は「病」「死」にトラウマがあり過ぎ、何かあると不安でパニック・呼吸困難になります。ご近所で親しかった素敵な奥様が急逝したり、命の儚さがつらくてたまらない。そういえば7月20日は結婚記念日。今回は、『源氏物語』「夕顔」の贈答歌を取り上げ、通説とは異なる解釈をしてみたいと思います。拙写真は、ご近所の最近の花などです。
「早くも開花した萩・背景は金糸梅」
「金糸梅」
「未央柳」
「涼しげなアガパンサス」
「名の通りの時計草」
「凌霄花」
「凌霄花の花の蜜を貪り食らう蝶」
「桔梗」
「散歩道のワンちゃん」
◎『源氏物語』「夕顔」の巻の、源氏の君が夕顔を「なにがしの院」に誘い出す場面が情趣深い。
「いさよふ月にゆくりなくあくがれんことを、女は思ひやすらひ、 とかくのたまふほど、 にはかに雲がくれて、明けゆく空いとをかし。はしたなきほどにならぬさきにと、 例の急ぎ出でたまひて、軽らかに うち乗せたまへれば、 右近ぞ乗りぬる。そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、 預り召し出づるほど、荒れたる門の忍ぶ草茂りて 見上げられたる、たとしへなく木暗し。霧も深く、露けきに、簾をさへ上げたまへれば、 御袖もいたく濡れにけり。」
・・・沈みそうで沈まない月に誘われて不意に外へ出ることを、女(夕顔)はためらい、(源氏の君が)あれこれ説得なさっているうちに、急に(月が)雲に隠れて、だんだんと明けてゆく空は実に趣深い。人目について体裁が悪くなる前にと、(源氏の君は)いつものように急いでお出ましになって、(女を)軽々と(車に)お乗せになったので、(女の侍女の)右近が同乗した。その辺りに近い某院にお着きになって、院の管理人をお呼び出しになる間、荒れた門で、忍草が生い茂っているのが見上げられ、例えようもなく木暗く見える。霧も深く、露っぽい上に、車の簾まで上げていらっしゃったので、お袖もひどく濡れてしまった。・・・
(以下の写真は借り物)
◇この「なにがしの院」は、光源氏のモデルの一人「源融」(河原左大臣)の邸宅「河原院」を想定したものか?これについては過去記事あり。
・「河原院」の荒廃や「なにがしの院」のモデルであることを記事にした過去記事
煙たえにし 塩釜の:『源融』その6
https://ameblo.jp/cfaon000/entry-12474298039.html
・宇多院為河原左相府没後修風誦文:『源融』その7
https://ameblo.jp/cfaon000/entry-12474298207.html
・源融亡霊事件:『源融』その8
https://ameblo.jp/cfaon000/entry-12474298368.html
・江談抄の源融亡霊事件と源氏物語:『源融』その9
https://ameblo.jp/cfaon000/entry-12474298858.html
『江談抄』(1104-1108年に成立)に描かれた源融亡霊事件。『源氏物語
』「夕顔」の巻と酷似。
・吸血鬼の住処となる河原院:『源融』その10
https://ameblo.jp/cfaon000/entry-12474299234.html
・河原院文芸サークル・会長は安法法師:『源融』その11
https://ameblo.jp/cfaon000/entry-12474299395.html
◇「しののめ」とは、早朝、東の空がわずかに明るくなる頃。
学研全訳古語辞典によれば「「しののめ」は「篠(しの)の目」で、昔、住居の明かり取りに用いた篠竹の編み物の編み目をさし、そこから「夜明けの薄明かり」の意を生じ、さらに夜明け方の意に変化したという。」
通い婚の時代にあっては、男女が別れる時間であった。
「しののめの ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞ悲しき」
・・・東の空がほのぼのと白んでくると、めいめいが衣を着て別れなければならないのが悲しいことです。 (『古今集』よみ人知らず)・・・
「まだかやうなることをならはざりつるを、 心づくしなることにもありけるかな。 いにしへも かくやは人の まどひけん わがまだ知らぬ しののめの道 ならひたまへりや」とのたまふ。
女恥ぢらひて、「山の端(は)の 心もしらで ゆく月は うはのそらにて 影や絶えなむ 心細く」とて、もの恐ろしうすごげに思ひたれば、かのさし集ひたる住まひの心ならひならんとをかしく思す。
・・・「まだこのようなことを経験したことはなかったのだが、いろいろと気のもめることであるよ。『いにしへも かくやは人の まどひけん わがまだ知らぬ しののめの道』 あなたは、ご経験なさっていますか」と仰る。
女は恥ずかしそうにして、「『山の端(は)の 心もしらで ゆく月は うはのそらにて 影や絶えなむ』 心細く思われます」と言って、何となく怖ろしく寂しそうにしていたので、あのたて込んでいるところに住み慣れているからなのだろうといじらしく思いなさる。・・・
http://genjimonogatari.o.oo7.jp/04yugaoa.html
◎文中の和歌を取り出してみる。
☆「いにしへも かくやは人の まどひけん わがまだ知らぬ しののめの道」
「源氏物語の和歌を読む」(『源氏物語と和歌を学ぶ人のために』世界思想社・2007・加藤睦氏など)では、二つの問題が指摘されている。
①「しののめの道」に「恋路」の意を含めるか、否か。
②「人」は「一般的な『昔の人』」か、「夕顔の昔の恋人」「頭中将」か。
私見では、①は「恋路」と取る。なぜなら、源氏の歌を聞いて、夕顔は「恥ぢらひて」いるが、それは「しののめの道」に恋路の意味が含まれているからだと考える。それに前述したように、「しののめ」は男女の別れの時刻として認識された恋歌の言葉だからだ。
②は「一般的な『昔の人』」と取る。源氏は夕顔に対し、「なほかの頭中将の常夏疑はしく、語りし心ざままづ思ひ出でられたまへど、忍ぶるやうこそはと、あながちにも問ひ出でたまはず」(やはりあの頭中将が話していた常夏の女ではないかと疑わしく、頭中将が語った女の気立てをまず思い出さずにはいられないが、隠しているわけがあるのだろうと、無理には聞き出しなさらない)という姿勢で接していたので、夕顔に過去の恋愛のことを探るような無粋な問いかけはしないのではなかろうか。
☆「山の端(は)の 心もしらで ゆく月は うはのそらにて 影や絶えなむ」
◇主な注釈書の解釈
・新潮・集成
「行く先がどこかも知らず、お気持も分らないのに、あなたをお頼りしてついて来た私は、途中で消えてしまうのではないでしょうか」
「山の端」は源氏の比喩。「月」は女の比喩。
「影や絶えなむ」は、死ぬのではないかという連想を誘う不吉な表現。
・岩波・旧体系
「山の端(源氏)の本心も知らなくて、誘われるままについて行く月(私)は、途中の大空で、きっと捨てられて、消えてしまうのでございましょう」
「山の端」は源氏の比喩。「月」は女の比喩。
「影や絶えなむ」は、源氏に捨てられて消えること。
・小学館・新全集
「山の端がどういう気持でいるのかも知らずに、そこを目ざして渡ってゆく月は、もしかしたら空の途中で姿が消えてしまうのかもしれません」
「山の端」は源氏の比喩。「月」は女の比喩。
「うはのそら」は、中空の意と、正気もなくの意をかける。
「うはのそらにて 影や絶えなむ」は、自身の死の予感をこめる。
・岩波・新体系
「山の稜線(男の心)がどんな気持でいるかも知らないで追いかけて行く月(女)は、空の真ん中で正気もなく光(姿)を消してしまうのであろうか」
「いさよふ月に、ゆくりなくあくがれんことを」を受ける。
「にはかに雲隠れて」が響いて、女の死が予示されている感じの歌。
どれも、「山の端」を源氏、「月」を夕顔の比喩と捉えている。そして、夕顔が自分が消えること、つまり死ぬことを予感した歌と解釈するのが主流となっている。しかし、和歌の伝統からすると、とても抵抗を感じる解釈である。待つ立場である「山の端」が夕顔、通う立場である「月」が源氏と理解する方が腑に落ちる。そこで異論はないかと調べてみたら、清水婦久子氏の「『山の端の』歌の解釈」(『源氏物語の風景と和歌』和泉書院1997)という論文が見つかった。今回は、この論文も踏まえて私見をいささか述べる。他論文も捜しているが、コロナの影響で国会図書館へ行けないので、今回は清水氏論文のみを異論代表として参考にする。いずれ再考したい。
◇私見
①古典和歌の伝統的な詠み方に従えば、「月」は通って行く男、「山の端」は待ち迎える女ではないか?
・清水氏は、『紫式部集』の例を示し、「『月』は女のことではなく、女が頼りにしている男ー源氏を表し、『山の端の心』が女心を表していることは明らかであろう。」と指摘される。私も、上述したように、空を通う「月」は女のもとに通ってゆく男、月を待ち迎える「山の端」は男を待つ女の比喩であると考える。
・『紫式部集』の例とは、式部と「人」(男)との間で交わされた次のような贈答歌である。
「 なにのをりにか、人の返ごとに
入るかたは さやかなりける 月かげを うはの空にも まちしよひかな
返し
さしてゆく 山の端もみな かきくもり こころもそらに きえし月かげ」
「入るかたは・・・」は、紫式部は、この男を待っていた、しかし、男は他の女性のもとへ行ってしまった、思えば行く先は最初からあの女のところとはっきりと決まっていたのだ、それなのに落ち着かぬ心で待っていた宵であったことよという趣意。「月かげ」は男の比喩。「入るかた」は男が通う別の女のところ。「さしてゆく・・・」は、目ざしていたのはあなた(紫式部)のところだったが、山の端を目ざしていた月が曇ったせいで上空で消えてしまうように、途中で心がうつろになったせいで果たすことができなかったという趣意。「山の端」は女(紫式部)の比喩、「月かげ」は男の比喩。
・私は、同様の例を追加したい。『源氏物語』より先に成立した『蜻蛉日記』の歌だが、成立事情をまとめてある『後拾遺集』から引用する。
『後拾遺集』より
「入道摂政ものがたりなどして、ねまちの月のいづるほどに、とまりぬべきことなどいひやらばとまらむといひはべりければ、よみはべりける 大納言道綱母
いかがせん 山のはにだに とどまらで 心のそらに いづる月をば」
・・・入道摂政(藤原兼家)が来て話などをして、寝待ちの月(十九夜の月)が出る時分に、「もし泊まりたくなるような歌などを詠んでくれたなら、泊まることにしよう」と言いましたので、詠みました歌
どうしたらよいでしょうか。入るはずの山の端であるこの家にお泊まりにならずに、心は空に向いている月のようであるあなたのことを。・・・
「山の端」は女の家。「月」は男。
以上の例から、夕顔の歌の「山の端(は)の心」とは源氏を待つ夕顔の心であり、「ゆく月」とは夕顔のもとに通って行く源氏のことを例えているものと解したい。
②夕顔が歌の直後に「心細く」という言葉を添えているのは、この歌が「死の予感」を詠んでいるからではなく、「男(源氏)がどこかへ消えてしまうのではないかという不安と孤独」を詠んでいるからではないか。
清水氏も「死を予感したからではなく、男が目前で姿を消してしまうのではないかと思ったから」とされているが、これに同意する。
私は、さらに「心細く」の後に続く、
「『・・・心細く』とて、もの恐ろしうすごげに思ひたれば、かのさし集ひたる住まひの心ならひならんとをかしく思す。」
という源氏の推測の部分にも注目すべきだと思う。源氏は、夕顔が普段、たて込んでいるところに住み慣れているから、「心細し」という「もの恐ろしうすごげに」(何となく怖ろしく寂しそうに)思う感情が生じるのだと推測している。つまり、「心細し」はたて込んでいる住まいでは感じにくい感情なのである。それは「死の予感」ではないだろう。人の気配の多いところでは感じにくい「孤独」「不安」「寂しさ」の類であるはずだ。
よって、「ゆく月は うはのそらにて 影や絶えなむ」とは、夕顔が死ぬことではなく、源氏が姿を消すことと取るのが妥当であると考える。
③源氏の贈歌の「知らぬ」と夕顔の答歌の「しらで」は呼応しているのではないか。
贈歌の「知らぬ」の主語は源氏である。答歌の方では、その言葉を受けて、「その『知らぬ』という月は」という分脈で応じているのだから、答歌の「しらで」は贈歌と同じく源氏ととらないと、贈歌と答歌の内容が食い違ってしまう。これまで、この贈答歌については、「両者のくい違いを鮮やかに示している」と指摘されてきたが(日向一雅氏「夕顔の方法ー『視点』を軸としてー」・新典社『源氏物語の王権と流離』1989)、「知らぬ」「しらで」の主語をともに源氏と取り、「しらで」が「知らぬ」に呼応していると読めば、自然な流れになるのではないだろうか。
こう読むなら、「しらで」の主語として書かれている「月」とは源氏の比喩と解釈しなくてはならない。
◎以上の考察に基づき、この贈答歌を、このように解釈した。
☆いにしへも かくやは人の まどひけん わがまだ知らぬ しののめの道
・・・恋をした昔の人も、このように迷い歩いたのだろうか、私のまだ知らなかった夜明けの道を。・・・
☆山の端(は)の 心もしらで ゆく月は うはのそらにて 影や絶えなむ
・・・知らないというのなら、空を行く月は、月を待つ山の端の心を知りません。そして月は、明るくなったら、山の端にはたどり着かず、上空で姿を消してしまうのではないでしょうか。あなたを待つ私の心もお分かりにならないで、あなたは、明るくなったら、お姿を消してしまわれるのではないでしょうか。・・・
-
おまけ
医大プロジェクトチームの研究に参加して下さった被験者の皆様のご尽力と、ネンタ医師の困っている患者様を何とかして救いたいという熱意と、被験者様に集まっていただこうとして開設したこの拙ブログの存在も少しばかり貢献して実現した、国際科学雑誌 「PLOS ONE 」の論文「Brain Regions Responsible for Tinnitus Distress and Loudness: A Resting-State fMRI Study」viewsが20000を超えました。viewsが6300を超えていました。