ようこそのお運びで。今回も万葉集です。
現在、持病が悪化していて、ご訪問できないこともありますが、ご容赦下さい。
「紀三井寺」

・・・お題「人麻呂と石見国」(『万葉集』)・・・

前回の歌の反歌です。
反歌
「石見(いはみ)のや 高角山(たかつのやま)の 木(こ)の間(ま)より 我(わ)が振る袖を 妹(いも)見つらむか」
・・・石見の国の高角山の木の間を通して私が振る袖を、今頃、妻は見ているだろうか。・・・
・・・石見の国の高角山の木の間を通して私が振る袖を、今頃、妻は見ているだろうか。・・・
古代に於いて「袖を振る」行為は、相手への愛情表現です。
多分高角山の木の間から袖を振っても妻には見えないと知りつつも、妻への思いからつい振ってしまった。
それを妻が見届けてくれることを願って。
多分高角山の木の間から袖を振っても妻には見えないと知りつつも、妻への思いからつい振ってしまった。
それを妻が見届けてくれることを願って。
「笹(ささ)の葉は み山もさやに さやげども 我(われ)は妹思(おも)ふ 別れ来ぬれば」
・・・笹の葉は、山全体をざわざわとさせて風にそよいでいるが、私はひたすら妻のことを思う、別れて来たので。
山全体の笹の葉がざわざわと一斉に風を受けて音を立てています。
が、その音に耳を澄まして立ち止まることはありません。
妻のことを一筋に思っているので、他の何物にも心をわずらわされることが無いのです。
妻のことを一筋に思っているので、他の何物にも心をわずらわされることが無いのです。

人麻呂の石見国の妻は「依羅娘子(よさみのをとめ)」かもしれません。
『万葉集』では、以上の歌群の後に次のような歌が載せられているからです。
「柿本朝臣人麻呂の妻依羅娘子の、人麻呂と相別れし歌一首」
「な思ひと 君は言へども 逢はむ時 いつと知りてか 我(あ)が恋ひざらむ」
・・・思うなとあなたはおっしゃるけれども、お逢いできる時はいつと知って、私は恋しがらずにいたらよいのでしょうか。・・・

人麻呂は石見の国で亡くなったと言われています。
次のような辞世の歌が『万葉集』に載っています。
次のような辞世の歌が『万葉集』に載っています。
「柿本朝臣人麻呂の、石見国に在りて死に臨みし時に、自ら傷みて作りし歌一首」
・・・柿本朝臣人麻呂が、石見国にあって死に臨んだ時に、自ら悲しんで作った歌一首」
「鴨山(かもやま)の 岩根(いはね)しまける 我(われ)をかも 知らにと妹(いも)が 待ちつつあらむ」
・・・鴨山の岩を枕にして伏している私のことを、そのことを知らずに、妻は待ち続けるのであろうか。・・・
問 「鴨山の岩を枕にして伏している私」とは「私」がどういう状況であると言っているのでしょうか?
・・・thinking time 3 seconds・・・
解答:亡くなっている。
解答:亡くなっている。



「依羅娘子(よさみのをとめ)」は、人麻呂の死を悼む歌も作っています。
「柿本朝臣人麻呂の死にし時に、妻の依羅娘子の作りし歌二首」
「今日今日と 我が待つ君は 石川の 峡に交じりて ありといはずやも」
・・・今日か今日かと、私が待つあなたは、石川の峡谷に亡骸が埋められていると言うではありませんか。・・・
「直(ただ)の逢ひは 逢ひかつましじ 石川に 雲立ち渡れ 見つつ偲はむ」
・・・直接に逢うことはできないでしょう。石川に雲よ、立ち渡れ。それをあの人と思って偲びましょう。・・・
但し、この辞世をめぐる歌については、人麻呂が自身の死を演じた歌謡劇であるという説や後人の創作という説もあります。
しかし、素直に読めば、人麻呂には石見国に「依羅娘子」という最愛の現地妻がいて、その石見国で、「依羅娘子」に看取られることなく死去したということになります。

「ソメイヨシノより1週間早く咲いた桜」種類不明 ピンク味がない、葉は出ていません。お教え下さい。


「月と」

お読み頂き、有難うございました。 ぺこり。
おまけ。
和歌山県立医科大学の研究チームによる「耳鳴り」研究の新論文2報目。国際科学雑誌に掲載。

Views が2000を超えています。
なお、1報目の同科学雑誌に掲載された論文は、その論文発表に至るまでの経緯の記述とともに、私のプロフィールにURLを貼ってあります。念のため、以下が1報目です。viewsが12000を超えています。
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