ようこそのお運びで。今回は『紫式部日記』からです。
「スーパー十三夜の月」
・・・お題『紫式部日記』より「物語の女・宰相の君。物語の男・藤原頼通」・・・
「宰相の君」=物語の女
「上よりおるる途(みち)に、弁の宰相の君の戸口をさしのぞきたれば、昼寝したまへるほどなり。
萩・紫苑(しをん)、いろいろの衣(きぬ)に、濃きがうちめ心ことなるを上に着て、
顔はひき入れて、硯の筥(はこ)にまくらして、臥したまへる額つき、いとらうたげになまめかし。
絵にかきたるものの姫君の心地すれば、口おほひを引きやりて、
「物語の女の心地もしたまへるかな」といふに、見あけて、
「もの狂ほしの御さまや。寝たる人を心なくおどろかすものか」とて、
すこし起きあがりたまへる顔の、うち赤みたまへるなど、こまかにをかしうこそはべりしか。
おほかたもよき人の、をりからに、またこよなくまさるわざなり。」
萩・紫苑(しをん)、いろいろの衣(きぬ)に、濃きがうちめ心ことなるを上に着て、
顔はひき入れて、硯の筥(はこ)にまくらして、臥したまへる額つき、いとらうたげになまめかし。
絵にかきたるものの姫君の心地すれば、口おほひを引きやりて、
「物語の女の心地もしたまへるかな」といふに、見あけて、
「もの狂ほしの御さまや。寝たる人を心なくおどろかすものか」とて、
すこし起きあがりたまへる顔の、うち赤みたまへるなど、こまかにをかしうこそはべりしか。
おほかたもよき人の、をりからに、またこよなくまさるわざなり。」
・・・中宮様の御前から下がる途中、弁の宰相の君の部屋の戸口をちょっとのぞいてみると、昼寝をなさっている時であった。
萩や紫苑など様々な色目の袿に、濃い紅で格別につややかな打衣を上に着て、
顔は打衣の中へ入れて、硯の箱に頭をのせて、横になっていらっしゃる、その額の恰好がとても可愛らしく優美である。
まるで絵に描いてある物語のお姫様のようなので、口元をおおっている袖を引きのけて、
「物語の中の女君のような風情でいらっしゃることよ。」と言うと、宰相の君は目をあけて、
「気の狂ったようななさりかたですこと。寝ている人を思いやりもなく起こすものですか」と言って、
すこし起き上がられたその顔が、少し赤くなっていらっしゃるのなど、すみずみまで整って美しゅうございました。
普段でも美しい人が、折からに、また格別にまさってみえることであった。・・・
萩や紫苑など様々な色目の袿に、濃い紅で格別につややかな打衣を上に着て、
顔は打衣の中へ入れて、硯の箱に頭をのせて、横になっていらっしゃる、その額の恰好がとても可愛らしく優美である。
まるで絵に描いてある物語のお姫様のようなので、口元をおおっている袖を引きのけて、
「物語の中の女君のような風情でいらっしゃることよ。」と言うと、宰相の君は目をあけて、
「気の狂ったようななさりかたですこと。寝ている人を思いやりもなく起こすものですか」と言って、
すこし起き上がられたその顔が、少し赤くなっていらっしゃるのなど、すみずみまで整って美しゅうございました。
普段でも美しい人が、折からに、また格別にまさってみえることであった。・・・
「宰相の君」とは、中宮彰子に仕える上臈(身分の高い)女房。藤原道綱の女(むすめ)の「豊子」のことです。『蜻蛉日記』の作者の藤原道綱の母は、美人で有名でしたから、「宰相の君」も美しい人だったのでしょう。
紫式部は、「宰相の君」の昼寝姿を事細かく描写して、「物語の姫君のように美しい」と言っています。
特に、起きた時、少し顔を赤らめている様を格別に美しいと書いています。
「少しだけ紅葉」和歌山城
『源氏物語』の中にも、姫君の昼寝姿が描かれています。
「常夏」の巻の「雲居雁」の昼寝姿
「姫君は昼寝したまへるほどなり。
羅(うすもの)の単衣(ひとへ)を着たまひて臥(ふ)したまへるさま、暑かはしくは見えず、
いとらうたげにささやかなり。透(す)きたまへる肌(はだ)つきなど、いとうつくしげなる手つきして、
扇を持(も)たまへりけるながら、腕(かひな)を枕にて、うちやられたる御髪(ぐし)のほど、
いと長くこちたくはあらねど、いとをかしき末(すゑ)つきなり。人々物の背後(うしろ)に
寄り臥しつつうち休みたれば、ふともおどろいたまはず。扇を鳴らしたまへるに、
何心もなく見上げたまへるまみらうたげにて、つらつき赤めるも、親の御目にはうつくしくのみ見ゆ。」
羅(うすもの)の単衣(ひとへ)を着たまひて臥(ふ)したまへるさま、暑かはしくは見えず、
いとらうたげにささやかなり。透(す)きたまへる肌(はだ)つきなど、いとうつくしげなる手つきして、
扇を持(も)たまへりけるながら、腕(かひな)を枕にて、うちやられたる御髪(ぐし)のほど、
いと長くこちたくはあらねど、いとをかしき末(すゑ)つきなり。人々物の背後(うしろ)に
寄り臥しつつうち休みたれば、ふともおどろいたまはず。扇を鳴らしたまへるに、
何心もなく見上げたまへるまみらうたげにて、つらつき赤めるも、親の御目にはうつくしくのみ見ゆ。」
・・・姫君は昼寝をしなさっていた時である。
羅の単衣を着なさって横になりなさっている様子は、暑苦しくは見えず、
たいへん可愛らしく小柄である。透けて見える肌の感じなどは、とてもきれいで、可愛らしい手つきをして、
扇をお持ちになりながら、腕を枕にして、投げ出した御髪のさまは、
あまり長くて多すぎるほどではないけれど、まことに美しい髪の裾である。女房たちが物陰で
横になって休んでいるので、姫君はすぐには目覚めなさらない。(父親の内大臣が)扇を鳴らしなさったので、
無心に見上げなさった目元が可愛らしくて、お顔を赤らめているのも、親の目には可愛らしいとばかり思われる。・・・
羅の単衣を着なさって横になりなさっている様子は、暑苦しくは見えず、
たいへん可愛らしく小柄である。透けて見える肌の感じなどは、とてもきれいで、可愛らしい手つきをして、
扇をお持ちになりながら、腕を枕にして、投げ出した御髪のさまは、
あまり長くて多すぎるほどではないけれど、まことに美しい髪の裾である。女房たちが物陰で
横になって休んでいるので、姫君はすぐには目覚めなさらない。(父親の内大臣が)扇を鳴らしなさったので、
無心に見上げなさった目元が可愛らしくて、お顔を赤らめているのも、親の目には可愛らしいとばかり思われる。・・・
「宰相の君」と衣服は異なるものの、着物の描写、寝姿の描写があり、目覚めた時、顔を少し赤らめているところなどが共通しています。
「銀杏」
「藤原頼通」=物語の男
「しめやかなる夕暮れに、宰相の君と二人、物語してゐたるに、
殿の三位の君、簾のつま引きあけて、ゐたまふ。
年のほどよりは、いとおとなしく、こころにくきさまして、
「人はなほ、心ばへこそ難きものなめれ」など、世の物語
しめじめとしておはするけはひ、
をさなしと人のあなづりきこゆるこそ悪しけれと、
恥づかしげに見ゆ。
うちとけぬほどにて、『おほかる野辺に』とうち誦じて、立ちたまひにしさまこそ、
物語にほめたるをとこの心地しはべりしか。」
・・・しっとりとした夕暮れに、宰相の君と二人で話をしていると、
殿のご子息の三位の君がいらっしゃり、簾の端を引き開けてそこにお座りになる。
年のわりには、たいそう大人びて奥ゆかしい様子で、
「女性はやはり性格がよいということは、滅多にないようです」などと、男女にまつわる話などを
しんみりとなさっている様子は、
稚いなどと、人々が軽んじ申しあげているのはひどいことであったよと、
こちらがきまりが悪くなるほご立派に見える。
うちとけた話にならない程度のところで、「おおかる野辺に」と口ずさんでお立ちになったさまは、
物語の中でほめあげている男君のような気がしました。・・・
殿のご子息の三位の君がいらっしゃり、簾の端を引き開けてそこにお座りになる。
年のわりには、たいそう大人びて奥ゆかしい様子で、
「女性はやはり性格がよいということは、滅多にないようです」などと、男女にまつわる話などを
しんみりとなさっている様子は、
稚いなどと、人々が軽んじ申しあげているのはひどいことであったよと、
こちらがきまりが悪くなるほご立派に見える。
うちとけた話にならない程度のところで、「おおかる野辺に」と口ずさんでお立ちになったさまは、
物語の中でほめあげている男君のような気がしました。・・・
寛弘五年秋の夕暮れのこと。
上記の同僚女房・宰相の君と話をしている時のことです。
上記の同僚女房・宰相の君と話をしている時のことです。
藤原道長の長男・藤原頼通が女房の局に訪れて、簀子に腰を下ろし、簾の下端をあげて、二人と会話を交わします。当時、頼通は正三位の位で、17歳です。
世間では、まだ若いと軽く見られがちな頼通でしたが、実際には年齢より大人びて、奥ゆかしく、立派なご様子。
男女関係の話もしんみりとしたりしております。
うちとけ過ぎない程度で、その場を立ち去りますが、その時、「引き歌」を口ずさみます。
問です。
「おほかる野辺に」という部分が引き歌になっていますが、元歌は、『古今集』の
「女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をや立ちなむ」です。
ということは、「引き歌」でおおよそどのようなことを言いたかったのでしょうか?
・・・thinking time 3 seconds・・・
「おほかる野辺に」という部分が引き歌になっていますが、元歌は、『古今集』の
「女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をや立ちなむ」です。
ということは、「引き歌」でおおよそどのようなことを言いたかったのでしょうか?
・・・thinking time 3 seconds・・・
解答:美しい女性が多いところに長居していると、訳もなく、浮気だという評判が立つから退出しようということ。
直訳は、
「女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をや立ちなむ」
・・・女郎花が多い野辺に宿を取るなら、根拠もなく、浮気だとの評判がきっと立つだろう。・・・
「女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をや立ちなむ」
・・・女郎花が多い野辺に宿を取るなら、根拠もなく、浮気だとの評判がきっと立つだろう。・・・
折に合った引き歌を朗詠するのは、物語の中でよく褒められる風流な行いです。
ですから、頼通が「物語にほめたるをとこの心地」がしたのです。
ですから、頼通が「物語にほめたるをとこの心地」がしたのです。
「小少将の君」だけでなく、この「宰相の君の昼寝姿」「藤原頼通の引き歌」など、
物語の材料になりそうな人物や場面を、紫式部は鋭敏な感性で見逃さず、かつ記憶していて
『源氏物語』にも反映させていったのでしょうね。
物語の材料になりそうな人物や場面を、紫式部は鋭敏な感性で見逃さず、かつ記憶していて
『源氏物語』にも反映させていったのでしょうね。
お読み頂き、有難うございました。 ぺこり。
おまけ。
和歌山県立医科大学の研究チームによる「耳鳴り」研究の新論文2報目。国際科学雑誌に掲載。
Views が2000を超えています。
なお、1報目の同科学雑誌に掲載された論文は、その論文発表に至るまでの経緯の記述とともに、私のプロフィールにURLを貼ってあります。念のため、以下が1報目です。viewsが11000を超えています。
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