ようこそのお運びで。
「コブシ開花」
庭をみると
辛夷(こぶし)の花が 咲いてゐる
この花は この庭のもの
人の世を苦しみといふべからず
花をみる時
私は
花の心になるのである (伊東静雄「庭をみると」)
辛夷(こぶし)の花が 咲いてゐる
この花は この庭のもの
人の世を苦しみといふべからず
花をみる時
私は
花の心になるのである (伊東静雄「庭をみると」)

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「古典の部」

『建礼門院右京大夫集
』から作者・右京大夫の恋人だった「平資盛」を追っています。

◎寿永三年(1184)三月、資盛の弟・清経は豊前国柳浦、兄・維盛は熊野沖で入水して果ててしまいます。
作者、右京大夫は、資盛から「もう自分のことは死んだと思って、手紙を書かないでくれ。自分も、書かない。どうか後世だけは弔ってくれ」と言われていました。
しかし、さすがに、資盛の兄弟の悲報を聞いて、右京大夫は資盛に手紙を書きます。
資盛も、この時ばかりは、「手紙を貰い、嬉しかった」と言い、返事を贈ってきました。
いよいよ明日をも知れぬ命だというので、この一回きり、本心を伝えたいと思ったのでしょう。
「思ひとぢめ 思ひきりても たちかへり さすがに思ふ ことぞおほかる」
・・・物思いを止め、一切を断念しようとしても、また元に戻ってしまい、やはり、物思うことが多いものだ。・・・
「今はすべて なにのなさけも あはれをも 見もせじ聞きも せじとこそ思へ」
・・・今となっては、どのような情愛にも感慨にも、見ても聞いても、一切こころを動かすまいと思っている。・・・
「あるがほどが あるにもあらぬ うちになほ かく憂きことを 見るぞかなしき」
・・・生きている間が、生きていることにもならない この世のうちにあって、その上、このような兄弟の死という 辛い目にあうのは、悲しいことだ。・・・・
「物思いをするまい、どんな情愛にも未練を持たず動揺するまいと決心しても、また心が乱れてしまう。
もう、今は、とても生きているとは言えないような日々だが、兄弟の自殺という憂き目にまで会うとは・・・。」
このような思いを切々と訴えた資盛の手紙を見た時の作者の気持ちは、言葉に出来ないほどであったの です。
そして、これが資盛の最後の歌となりました。

◎翌年3月のことです。
「又の年の春ぞ、まことにこの世のほかに聞き果てにし。そのほどのことは、ましてなにとかいはむ。みなかねて思ひしことなれど、ただほれぼれとのみおぼゆ。あまりにせきやらぬ涙も、かつは見る人もつつましければ、なにとか人も思ふらめど、『心地のわびしき』とて、引き被(かづ)き寝暮らしてのみぞ、心のままに泣き過ぐす。『いかで物をも忘れむ』と思へど、あやにくに面影は身にそひ、言の葉ごとに聞く心地して、身をせめてかなしきこと、いひ尽くすべきかたなし。ただ、『かぎりある命にてはかなく』など聞きしことをだにこそ、かなしきことにいひ思へ、これは、なにをかためしにせむと、かへすがへすおぼえて、
なべて世の はかなきことを かなしとは かかる夢みぬ 人やいひけむ」
・・・その翌年の春、とうとう(資盛様が)あの世の人になったと聞いてしまいました。その知らせを聞いた時のことは、まして、どういったらよいのでしょう、言葉になりません。みな、前々から覚悟していたことではありましたが、ただただ茫然としていただけだったと思われます。あまりに堰き止めかねて流す涙も、一方では、傍らで見る人の目も遠慮されますので、どうしたことかと人は思うでしょうが、「気分が悪い」と言って、(夜具を)引きかぶり、終日、寝てばかりいて、思いのままに泣き過ごしたのでした。「何とかして忘れたい」と思いますが、意地悪くも、(資盛様の)面影は、我が身にぴったり寄り添って、(昔聞いた)言葉を一言一言、聞く感じがして、我が身を責めさいなむ悲しさは、言い尽くすこともできません。ただ、「命には寿命というものがあるので亡くなった」などと聞いた場合でさえ、(世間では)悲しいことというのに、この場合は、何を前例にしたらよいのだろうと、ひたすら思われて
おしなべて、世の中の死というものを「悲しい」と言うのは、このような夢としか思えない辛い目に会った ことのない人が言ったことなのでしょうか。・・・
寿永四年(1185)三月二十四日、資盛は、遂に、平家一門の人々とともに、壇の浦で入水し、亡くなりました。
『平家物語
』では、この最期を次のように記しています。
「小松の新三位中将資盛、同少将有盛、いとこの左馬頭行盛、手に手をとりくんで一所にしずみ給ひけり」


最も恐れていた、最も聞きたくなかった「資盛の死」という悲報。
作者は、言葉も発せず、茫然として泣き暮れる
のです。
その涙を人に見られるのが厭なので、気分の悪さを理由にして、一日中、着物を頭からかぶって、寝たままでいるのです。
そうやって、人目につかぬようにして、心ゆくまで泣き伏している。
忘れたくても、資盛の面影が目に浮かぶ。かつて語ってくれた言葉が一つ一つ蘇る。
人の死は、たとえ、寿命が尽きて亡くなった時でさえ悲しい。
ましてや、恋人が入水自殺などという亡くなり方をした、この悲しさは、これまで経験した人などいようか。
世間一般の人が言う人の死の悲しみなんていうものは、たかが知れている。
そんなものは、私のような辛い目にあったことのない人が言うこと。
私の経験した、この辛さは、悲しいなんて言葉で表現できるものではない。・・・このように歌を詠むのです。


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「素人時事感想」
[ニューヨーク 29日 ロイター] 「29日終盤のニューヨーク外国為替市場では、ユーロがドルや円に対して下落。スペインの動向をめぐり、投資家の間で警戒感が広がったという。
ユーロ/ドルは0.2%安の1.3294ドル。ユーロ/円は0.6%安の109.60円。」
「30日には、スペイン政府が2012年予算案の発表を予定しているほか、ユーロ圏救済基金に関する財務相会合もデンマークのコペンハーゲンで始まる。
こうしたイベントを前に、市場ではポジション調整の動きがみられたという。」
「ウエルズ・ファーゴ・バンク(ニューヨーク)の為替戦略部長、ニック・ベネンブローク氏は『ユーロの動きは過去数日間良好だった』と語った。」
「目先は振れの大きい相場展開を予想する向きもある。債券市場では、イタリアやスペインの国債入札がおおむね底堅かったにもかかわらず、いずれの利回りも上昇したほか、低リスクとみられる独連邦債に買いが集まった。」
「3月のユーロ圏の景況感指数は94.4となり、2月の94.5(改定値)からやや低下した。業況指数もマイナス0.30と、前月のマイナス0.16から悪化した。指標はユーロの圧迫要因となったという。」

スペインでは、政府の改革案に対して、ゼネスト
が起きているとか。困ったものよのう・・。()
ユーロ圏諸国の問題は、爆弾

を抱えたままだったのに、まるで意図的に忘れたことにしようとしているかのようにVIX指数が、低下
していた。
低下
している方がおかしい。
はっと気づいた
かのように、VIX指数は、上がり
始めた。
ユーロの動きは、「過去数日間、良好だった。」・・・シビアな言葉~。もう、その数日間は終了です。
また、悲観に戻ったー。というより、正気に返ったー。
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「耳鳴り」「脳鳴り」「頭鳴り」の方へご報告。
我々、医大チームは、耳鳴り・脳鳴り・頭鳴りの可視化に成功しました(世界初
)。つまり、これまで自分で訴える以外、誰にもわかってもらえなかった病が、「目に見える」ようになったのです。そして、異常部位の特定も目で見て、できるようになりました。画期的なこと
です。
被験者になって下さった方々は、驚き、かつ喜んでくださいました。
大学案内→組織紹介→倫理委員会→委員会の開催状況→第120回に公開されています。
お蔭さまで、多くの被験者の方にご協力いただきました。被験者の募集を一旦中断します。将来的に、再び募集することもあります。もしご希望がございましたら、ご連絡ください。
関心のある方は、気軽に「内緒コメ」くださいね。
Yahooのアドレスを取得していない方では、コメントの最初に「内緒にしてください」と書いて下さい。コメントは私のみに読め、他の人にはわかりません。こちらで承認の手続きをしなければ、公開されませんので、実質「内緒コメ」です。連絡できるアドレスをお教えいだだければ、夫から大学のアドレスで詳しい内容をご連絡します。
ソファ
