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10月9日

今日は再入院の日。

つれは浮かない顔だ。
「病院の予約は1時半だからね、一人で車で行けるよね?」
私は仕事で帰りが3時頃になってしまう。
「仕事が終わったら直接病院へ行くからね。」

つれはもじもじしてばかり。
出かける寸前にもう一度「パパ、一人で大丈夫よね?」
「おれ、いやだよ。
ママは何時に仕事が終わるの?」
「3時頃になるから遅いのよ、病院の手続きもあるから先に行ってて。」

「・・・、おれママの帰り待つよ。」
「はあ?じゃ、病院はどうするのよ。」

つれは私より14才も年上。
頼りになると思って結婚したのに、これじゃまるで幼稚園児の息子じゃないかい!!
腹立つ

仕事を早めに切り上げて2時前に帰宅。

早速病院から電話が来た。
「◎◎さん、検査の予定が詰まってますので、早く来て頂かないと困ります。」
ほら、見てごらん。

嫌がるつれを連れて車を飛ばす。

大急ぎで手続きを済ませて病室に向かうと、前回まで入院をしていた、綺麗な新病棟で広ーいフロアーではなくて、古い病棟の薄暗い照明にごちゃごちゃした病室につれは今にも泣きそう。
「おれ、こんなとこ嫌だよ。」
言うな。

グズグズ文句とため息ばかりついてるつれを放り込んでさっさと逃げる。

久しぶりに一人になってホッとする私。

生まれつき明るくて前向きな性格の私は、うつにもなれないので、看病疲れの解消をしなくちゃ。
冷蔵庫からビールを出して、お笑いの番組を見ながらヘラヘラ。
今日はつれの事は忘れた!!

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10月7日

いつものように朝が早いつれが洗濯ものを干している。
あ、そうだ。
うちは掃除、洗濯、ゴミ出し、整理整頓はつれの担当。
結婚してからずっとそうだ。
マメ男で几帳面な性格のつれは、何でもきちんとしている。
私はと言うと料理だけ。

つれは年に2回家全体のカーテンやマット類を全部洗ってくれる。
窓ガラスや網戸の掃除もピカピカ念入りに掃除してくれる。
台所のレンジ周りや空調もネジを外してピカピカに磨いてくれる。
私はと言うと料理だけ。

ベッドのメイキングもすべてつれの仕事。
フローリングもスチーマー掃除機でピカピカに磨いてくれる。
「ママは俺が死んだらどうするんだろう。」とつぶやきながら。
「死んだら困るわね。」と私。


9時に家を出て病院へ向かった。
今日はCT撮影会。
「パパ、撮影は事務所の許可を取らなきゃいけませんって言いなさい。」
つれ笑わず。

造影剤と言う点滴をするらしいが、身体が熱くなって頭がぼーっとするらしい。
フラフラと出て来たつれをつれて会計を済まして帰宅。

夜熱を出した
大丈夫かな。

食欲が無いと言うのでそうめんを作って食事。
明後日から再入院だからしばらく家には帰れない。
入院生活に必要なものを用意した。




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10月6日

つれは何を考えたのか、ベランダでタバコを吸っている。
私に見つかって慌てて捨てた。
「何をやってるの!どうせ吸うなら堂々と吸いなよ。」
こそこそするなんて。

ベランダはまたつれの喫煙席になってしまった。
美味しそうに吸ってるな。
明日は再入院のための検査が有るのに。

髪の毛はポロポロ抜け続けている。
頭にネットを被っていても、枕に沢山の抜け毛がへばりついている。
辛いだろうな。
身体の変化と気持ちの整理、ただそーっと寄り添ってあげよう。

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10月5日

毎日ベランダに出てぼんやり外を眺めているつれの背中を見るのが怖い。
何を考えているのか分からないからだ。
ベランダはつれがタバコを吸う場所だったので、ガンになってからは灰皿やタバコにライター、全て処分しているので、今はただぼんやり外を眺めているだけ。

「パパは今後どうしたいの?」
と恐る恐る聞いてみる。
「おれ、もう病院には入りたくないよ。」
「治療をしないってこと?」
「うん。」
「それならそれで良いんじゃないの?パパの人生なんだから自分が良いように決めれば良いと思うよ。
でもきっと辛くなると思うよ。」
「なんで?」
「だってガンなんだから、痛みとか出てくるんじゃないかな?どちらにしても病院の世話にはなると思うよ。」
「・・・・。」

「病院の先生達はさ、病気を治す事にしか感心が無いんだから、一日でも延命出来るように頑張ってくれるとは思うけど、それよりも自分はこの病気と闘って行きたいんだと思っているのか、ガンが治らないと分かっているんだから残りの時間を入院生活に割り当てるよりももっと自分の好きなように使いたいのか、まずそれを決めないと何にも始まらない気がするよ。」
「おれはもう良いよ、家で過したいんだ。」
「それなら、担当の先生に自分の意志をはっきり伝えようよ。」

「おれ、もう注射されるのは嫌だ。」
え?そこ??

株式会社サロン・ド・アルテ


10月4日

つれは永年サラリーマンをやっているので、毎朝電車通勤をしている。
人込みや行列が大の苦手のつれは、電車の通勤時間よりもはるかに早い時間に座って都内まで通っている。
そのためにいつも寝るのは夜の8時だ。


結婚当初はもうびっくり!!
お年寄りと同居するような感覚だった。
うちの合い言葉「あ、8時だ。早く寝よ。」

夜型の私にとっては、8時は夕方の感覚で、寝るのは1時か2時頃になるから、つれが眠りについてからの一人の夜がなが~~~~い。

つれは何時に起きるのかと言うと、4時半か5時。
だいたい日の出前なので真っ暗だ。

つれはこの生活スタイルをず~~~と続けて来たらしい。
健康的ではあるけど、ただ込み合う電車が嫌だから朝の4時半に毎日起きる事が私には出来ないんだな。


今日もつれはたんまり。
面白くない一日が終わった。

ホスパー


10月3日

家の雰囲気が暗い。
空気が重い。
何と声をかければ良いか分からない。
聞こえてくるのはつれのため息ばかり。
私だって辛いのに。

こうなってみると、人間って正直な生き物っていうか、自分自身が満ち足りて余裕が有るときは他のものを思いやれる気持ちも生まれるけど、自分自身が逆境に立たされて一杯一杯の時は、人を思いやれる心の余裕など生まれるはずが無い。
自分の事で精一杯なのだ。
誰しもが。

重い鉄の棒を両端で支える気力が両側になるときは何にも問題が無い。
しかし片方が弱り始めるともう片方の負担がどんどん増えてくる。
でも弱った片方は自分の事しか考える事が出来ず、もう片方に悪いなと思う気持ちがあってもどうする事も出来ないだろう。

今のつれの気持ちが分かる気がする。

つれは家の中でマッサージチェアーとソファー交互に座ったり寝そべったりしながらテレビをぼーっと見つめるだけ。
何を食べる?と聞く私の問いかけに、その時テレビに映し出されているグルメ番組だったり、コマーシャルの料理を見て、「麻婆豆腐」「クリームシチュー」とか言う。
それ以上の会話が無いのだ。

以前なら「ママ、今日は麻婆豆腐が食べたいな。美味しいのを頼むよ、レストランで出てくる様な、山椒もいっぱい利かせてさ、作れるかい?」「何を言ってるのよ、作れるに決まってるじゃないの。」

もうこの様な会話は無理なのかな。
寂しいな。

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10月2日

退院を諦めていたつれがやっと退院の許しを得て帰宅。
白血球の数値が上がってきたのと熱も下がったので、しばらくの間自宅で休んで来て良いと言われた。

次の入院は9日と決まり。

しかし退院して家に連れて帰る事に心配になった私はまたもインターンの先生を捕まえて聞いた。

「先生、主人は糖尿病も発症してインシュリンも打っているのにそのまま連れてていいんでしょうか。
食事の注意事項など何も伺ってないんですが。」
「今はガンの治療を優先していますので、ご本人が好きなものを差し上げていいですよ。」

??
さじ投げられてる??よね。

退院手続きの時には私が倒れそうになった。
40日の入院で請求額が50万を超えた。
ひえ~~~!どうするの。


会社から治療費の高額限度額認定証を発行してくれたので、治療費は8万くらいで収まったので、それ以外は全て4人部屋の部屋代とまずい食事代。
なんと恐ろしいことか!!

始めから、うちは医療保険を掛けていないので6人部屋に入りたいと申し込みをしたのに、部屋の空きがないと言ったじゃないか。


ナースステーションでしつこいくらい再入院は6人部屋じゃないと無理だと粘ると、あっさり良いですよだって。

ふざけるな!!


40日ぶりに帰宅したつれは、頭をずっと叩いている。
「どうしたの?」と聞くと「頭の頭皮が痛がゆいんだ。」

頭皮の毛根にダメージがあるので痛いんだろうと思う。
痛んで毛根が死んだ所から髪が抜け落ちるのだ。

久々の自宅のお風呂場でゆっくり頭と身体を洗って出て来たつれの頭を見たら涙が出そうになる。

まだらに抜け落ちた部位とまだしっかり残っている所が半々だ。
髪が残っているところは痛みだして、抜けてなくなっている部位はかゆいらしい。

家でもネットを頭に被っているので、窮屈だから脱ぐように言うと、落ちた髪で家を汚すのが嫌だと言う。
そんなこと・・・。


しかし楽しくなるはずの家の生活が、帰宅早々大げんかになろうとは思わなかった。
結婚して初めての喧嘩じゃないのかな。

喧嘩と言うよりも口論か?

何気ない会話のはずだった。

治療費の事が話題に上がったので、再入院は6人部屋になるよと伝えた所、生活費や今後のうちの財政の事に話が及んだ。
病室でこのような話が出来るはずも無く、でも金銭の話はとても大事な話なので、大黒柱であるつれに相談のつもりで出した話が癇に障ったようだ。

「もういいよ、おれはもう病院へは行かないし治療もしない、死ねば良いんだろう!」
「・・・・。」
おいおい、かんべんしてよ。

二人の話が、考えが、価値観が、想いが・・・噛み合ない。

もう、つれは以前のつれには戻れない気がした。


毎日のように仕事の時間をやりくりして病室につれの好物を運ぶ私に悪いと思ったのか、メールには必ず「ママ愛してるよ。」と書いてくれたつれがもういない。






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つれと私は以前からお互いに病気になったりガンになったらどうするかと言う話を良くしていた。
どちらかが先に死んだら、葬儀はこうして欲しいとかお互いの死に対しての考えや価値観を話し合っていた。

「おれはガンになったら、治療や延命治療はお断りだね。
好きに生きて死んだ方が良い。
手術をしたり治療をして100%治る確証が無い限り、ただ生きられる時間を延ばすだけの治療など絶対にいやだね。
もしおれが意識不明になって管に繋がれていたら、お願いだからそのまま行かせてくれ。」


まったく私も同じ考えなので、今後どこまで治療を続ければ良いのか分からない。


しかし、つれを見ていると、元気な時にそのように思っていても死に際に立った時に生の執着が生まれる様な気もした。

本人も考えが揺れ動いているのかな。
本人が一番複雑な心境だと思う。


病院の治療に積極的なところがあるかと思うと、担当の先生に治療をしなければ余命はどれくらいなのか聞いたりもする。
治療をしなければ、小細胞がんは進行がとても早いし、つれはすでにステージ3を過ぎているので3ヶ月から半年だと言われた。


9月25日
髪が抜け始める。
短く切った髪が枕やシーツにいっぱい張り付いている。
いよいよだなと身構える。

本人の我慢が限界に来たようで、退院したいをまた繰り返す。

朝早くメールが来た。
「今日も退院見送りだよ。
残念だよ。」と

がっかりしているつれを見舞いに行くと、元気が無い。
以前のように冗談を言って私を笑わせる事も無くなった。
段々無口になっていく。
忍びない。



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札幌の出張が増えて来たある日、暑がりのつれはホテルのエアコンを付けっぱなしで寝ていたらしく、帰宅後また咳をし始めた。

風邪を引いたと思い込んだつれは仕事の忙しさもあって、市販のせき止め薬を飲みながら通勤していたが、段々激しい咳と痰を出すようになっていた。
しかも息を吸うたびにひゅーひゅーと息の漏れる音を出すので、急いで病院へ。

出された診断は、成人ぜんそくとの事。
飲み薬も無く喘息患者が使用する吸引機を貰って帰って来た。

私の長男が3才の時小児ぜんそくを煩って大変な想いをしていたので、心配しつつ吸引機の使用法を教えた。


しかし中々治る気配はなく、咳とタンは日に日に激しくなっていく。
そのうちつれは「何だか息を吸い込んでも入っていかない気がするんだ。」
ハアハア、ゼーゼーと言うようになったので、会社に一週間の休暇をもらってちゃんと検査をしましょうと決めていた。

病院へは月曜日に一緒に行くつもりでいたのだが、土曜日の朝に血の混ざったタンをみて、つれは早朝一人で病院へ行ったのが24日このブログの初まりだった。

そのまま入院になり、ガンの宣告を受けて闘病記を書く等つゆしらず。



9月21日

白血球の数値が少し上がって来ているとつれが喜んでいたが、その日から38度を超える高熱が出た。
感染症状で肺炎を起こしてしまった。

熱は中々下がらず、三日間続いたので、また酸素ボンベイに繋がれて点滴の生活。

それでもつれは病院食はまずくて食べられないと文句を言うので、私は仕事の合間におにぎりやサンドイッチ、プリンやゼリーなどを買って一生懸命に運ぶ。
食欲がある事だけ救いだな。


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9月21日

こん~~な感じになりました。
イメチェンですね。
渋くなったと子供達には好評だ。

相変わらず白血球の数値は上がらず、注射と薬を飲み続けている。
病院が嫌いでたまらない様子。
子供のように家に帰りたいと繰り返す。

来週には帰れると良いね。




9月22日

朝早くメールが来た。
「来週の水曜日には帰るかもしれないって、先生が言ったよ。」
そう、良かったね。

毎朝回診の際に主治医の先生と会話を交わすらしい。
きっとその時に帰りたいと繰り返しているのだろう。
まるで子供だな。


そう言えば、なぜここまで病気が進んでしまったのかを話さなくちゃ。
前兆が無かった訳ではないが、見落としてしまった節が色々とあった。

昨年11月、つれは会社の人間ドックを年に一回定期的に受け続けているので、恒例の検診日が近づいて来た。

「家族も受けられるからママも一緒に受けようよ。」
そうか、私サラリーマンの夫を持った経験が無かったから、そのような誘いも受けた事無かったけど嬉しかったな。
人間ドックの検診は初めての経験だったので、二人で行く事を楽しみにしていた。

検診の朝に検便を取る事になり、代わりに(飼っているシーズ犬の)フレー君の持っていこうか?などと冗談を言い合いながら車で向かったね。

待合室には会社員の方々が休みを取って検診を受けに来ていたけど、夫婦で来た人は少なく、つれはいつも以上にハイテンションでダジャレや冗談を言っては私を笑わせてくれた。
一人じゃないんだ、二人でいるって本当に素敵だなと、再婚した事を本当に喜んでいた。

その後、特に以上は見られず、肺に関しては何の問題も無かった。

今年の3月頃だったかな、つれは全国の色んな所のショッピングモールや大型ホテル、商業施設の安全点検などの責任者として出張が多かった。

国内外を回るので、週に1回2泊~3泊のペースで、暇なときも2週間に1、2回のペースで出張をしていた。
たまの息抜きも出来るので全てが心地よく、友達からも羨ましがられていた。
そんな中、三重県から帰って来たつれが風邪を引いたと言う。

咳をするので市販の風邪薬を飲ますも、薬嫌い病院嫌いのつれは「おれは普段から病気は気合いで治すたちだから、薬さえ飲めばすぐに効くよ。」と言っていたのに、一瓶を飲み干しても中々咳が治らない。

本人も辛くなったのかいよいよ病院へ行ったらしい。
その夜帰って来たつれは、「レントゲンを撮ったら左の肺が白くなっていて穴が空いてるそうだよ。」
「え?それってヤバくない??先生は何と言ったの?」
「タバコの吸い過ぎでしょうと言うんだよ。
禁煙を勧められてさ、軽い肺炎だと言われて薬貰って来たよ。」

抗生物質の薬を三日程飲んだら嘘のように咳が止まった。
「治って良かったね、もっと早く病院へ行けば良かったじゃない。」


今思えば、その時に肺ガンは始まっていたと思う。
タラレバの話をしていても仕方がない。
運命だろう。



今年は社交性の乏しいつれにしては珍しくゴルフの誘いが多かった。
4月、5月、6月と月1のペースで工事が完了した仲間達とそれぞれ地方のゴルフ場へと、出張のついでにプレーをして帰った。
久々のゴルフの誘いに練習不足を気にしたつれは、休みの日に私を連れて打ちっぱなしの練習場へ通った。
暑い中ゴルフの経験の無い私に、自分の休んでいる間に打たせてくれるような雑な扱いをされながらも楽しかったな。
ゴルフ靴が古くなったので新しいものが欲しいと言う。

一緒に靴を選びにいったら、最新型のボタンを押すだけで紐が勝手に足にフィットして引っ張られるような仕組みだ。
つれが欲しいと言うので購入。


しかし今年の暑さは尋常じゃなかったから、コースを回るのは大変だったらしい。
帰ってくると「息があがって大変だったよ、足も弱くなったしもう年だな。」

今思えば、ガンが進行していたせいだね。