春眠、暁を覚えず
すごく久々なブログ。
いつも中途半端な自分。こんな性格にウンザリ。まぁそれは横に置いておいてっと…
内容は標題で揚げたんだけど補足説明として、眠たい俺 って感じかな。
皆さん、人と接したくない時ってありませんか?自分が一人でいたいときってありませんか?
人付き合いはいい方だと思っていた自分の人付き合いに対して歯車が噛み合わなくなってきました。やばっ
人を避けたい。できるなら一人が楽なんだよね。ただそれではいけない。そんな事は分かっているんだけど…
わざと人を遠ざける行動を取ったり、わざと嫌われる、疎遠にさせる言動を取ったり…
皮肉にもこんなことをしていたら気がつけば四面楚歌な状態だ(笑)
こんな俺でもちょい前は『親しき仲にも礼儀あり』をモットーとしていたのに…
今となっては恥ずかしい限りだ。
こんな俺を心より恥じる。
いつも中途半端な自分。こんな性格にウンザリ。まぁそれは横に置いておいてっと…
内容は標題で揚げたんだけど補足説明として、眠たい俺 って感じかな。
皆さん、人と接したくない時ってありませんか?自分が一人でいたいときってありませんか?
人付き合いはいい方だと思っていた自分の人付き合いに対して歯車が噛み合わなくなってきました。やばっ
人を避けたい。できるなら一人が楽なんだよね。ただそれではいけない。そんな事は分かっているんだけど…
わざと人を遠ざける行動を取ったり、わざと嫌われる、疎遠にさせる言動を取ったり…
皮肉にもこんなことをしていたら気がつけば四面楚歌な状態だ(笑)
こんな俺でもちょい前は『親しき仲にも礼儀あり』をモットーとしていたのに…
今となっては恥ずかしい限りだ。
こんな俺を心より恥じる。
蛍の墓
ブログネタ:最近何で泣いた? 参加中19○○年、僕は死んだから始まるストーリー。場所は国鉄神戸駅。サクマドロップの缶を投げ捨てると蓋が取れ、ドロップが缶から外に飛び出る。そのドロップが節子に変わる。
一方、僕である清太は駅で死んでしまっている。そう、缶を投げたのは、死んだ自分を探った神戸駅員の一人だったのだ。
このような事が言えるのも、死んだ自分を見ている自分がいるのだ。俺は自分の体から離れて自分の亡骸をみている。
そう、霊になったのである。
そこからストーリーが始まる。なんとも悲しいノンフィクションのストーリーが…。
このストーリーの最後がまた堪らない。節子が亡くなり清太が節子を荼毘にふす。
とある丘の頂上で焼くのである。
ここで色々考えさせられる事が以下の事である。当時のアングルは丘の下から節子を移すようにしているので、丘の向こう側は丘で視界になって見えない。
しかしそのアングルがじわじわ上に移ってくると、丘の向こうが見えるのである。
実は丘の向こうはネオン輝く今の時代の景色。高層ビルが光り輝く夜の摩天楼の景色。
…日本の戦争時代と今の日本の違いを考えさせられる漫画である。
子供ながらに見ているとなかなか気付かないことが、大人になると気付くことがあります。
その反対も言えるでしょう。感受性の違いはすごいものです。
この蛍の墓という作品は戦争時代の悲惨な光景を目に焼くどころではなく、兄妹愛や、『生』ということの大切さを訴えただけではなく、戦時中と今の相違を考えさせると共に、他にも見ているものに何か訴えたいのじゃないかと思える、『色々な方向から色々感じる事ができる』作品であると思います。
まず涙するのは誰にも避けられない最高の傑作だと私は思います。