元々の始まりは、オーガニックの卵をつくりたいと日本の養鶏農家から相談を受けた事です。
1980年代、米国では生産過剰のために穀物が何年も倉庫で保管されており、保管中に虫が付かないように倉庫で使用される殺虫剤、“収穫後農薬”による害が心配されていました。
その農家は、オーガニックの穀物で鶏を育てたかったのです。しかし、当時の日本にはそのような飼料はありません。
生産地の米国を見て回り、先ずは出来る事から始めようと、収穫後農薬を使用しない契約でとうもろこしを作ってもらい、輸入することにしました。 これが1990年、今のセンチュリーコーンの始まりです。
収穫後農薬を使わないとうもろこし(ポストハーベストケミカルフリー、PHCF)は、契約農家と減農薬の取り組みを続け、遺伝子組み換えとうもろこしが1996年に登場すると、組み換えでない品種(Non-GMO)だけを使う事になります。
分別物流やトレーサビリティも、言葉が一般に知られる前から実現していました。 そして西暦2000年を前にPHCFからセンチュリーコーンへと名前を変えて今に至っています。
遺伝子組み換えでない事、農薬使用をできるだけ控える事に加え、もう一つセンチュリーコーンが大切にしている事があります。
それは、生産と消費の繋がりです。
とうもろこしは、一軒、一軒の農家が作っていますが、大量輸送される過程で混ざりあい、日本に着いた頃には、どの農家から来たのか知ることは不可能です。
せっかく大切に作られた農産物なのに、工業製品のように扱われます。 一般の遺伝子組み換えされていないとうもろこしも一緒です。 これは、とても残念でもったいない事です。
センチュリーコーンの生産農家は、自分の育てとうもろこしが、日本で卵や牛乳、肉となって消費者に届いている事を知って、誇らしいと言っていました。
生産者の名前が書かれた野菜のように、顔の見える関係を、米国の農家から作って、安心して食べてもらう。
これも、センチュリーコーンを通じて実現したいことの一つです。
長靴下のロップ



