こうして陸軍省留学生として鷗外は待望のドイツ留学を果たした。

陸軍省から鷗外が与えられた使命は、
ドイツ軍の衛生学を学べと言うもの。
早速、「日本兵食論」と「日本家屋論」をドイツ語で執筆。

前者は、日本食と洋食を比較してもそん色ない。
故に、敢えてパンを食わせる必要なし。米食がNO.1.
つづいて、麦飯。最後が洋食と言うもの。

陸軍はこの後、鴎外の意見を取り入れたと言う。
後者は、昨今もよく言われる気密性に関したモノだったと思う。

さて、ドイツでの鷗外と言えば、何と言っても「エリス」との恋である。

1890このエリスと言うのは小説『舞姫』の中で出てくる名前であるが、
モデルは、鷗外の恋人であったことは、よく知られている。

鷗外は4年ドイツで過ごし、1888年に帰国する。
すると、彼を追ってエリスちゃんは、日本を訪れる。

凡そ一か月滞在したそうだが、とてつもなく強かったことで
有名な母の猛反対で鷗外には一度も会えずに、帰国してしまった。

その後、鷗外は二度結婚をし4人の子を授かるが、
暫くの間、彼女との文通を続けたと言う。

彼は、そのことに一切触れていないが、
生涯愛したのはエリスひとりだったと鷗外研究家は言う。

そして、1890年。

「国民之友」と言う雑誌に彼の初の小説を載せた。

それが、『舞姫』であったことは言うまでもない。


つづける。でなければ、東京支店長に叱られる。