戦後の学校教育。
そこで教えられたのは、
我が国は戦地をアジア全土に広げ
それらの諸国から憎まれつづけていると云うものであった。
そして、そう信じ込んでいた。
だが、実際に台湾に行って、
或いはミャンマーやインドネシアの
実態を聞いて、事実は全くその逆だと知った。
それに関しては、
2月20日に「愛される日本人」と言うタイトルで書いた。
http://ameblo.jp/central1961/day-20120220.html
さて、先日のこと。
「愛される日本人」をはじめ度々私のブログに登場する
ある大手企業の社長のご夫人とご一緒させて頂いた。
その時、夫人がまだ使いこなせていない新品のタブレットを
バックから出してこの動画を是非見てくれと目に涙しんばかりに云われた。
戦時中のフィリピンにおける神風特攻隊に関するものだった。
ご覧頂ければそれまでだが、一応その前に説明を。
フィリピンは我が国にとって本土防衛のための重要拠点であった。
逆にアメリカにとっては日本本土爆撃の為にどうしても必要な地だった。
フィリピンを巻き込んで、日米の攻防が続いた。
我が国の劣勢は明らかだった。
そして、その時。昭和19年6月。
残されたゼロ戦は僅か40機。
もう、勝てる見込みのないことは全ての隊員が知っていた。
しかし、それでもゼロ戦に250キロの爆弾を乗せアメリカ艦船を
目掛けて体当たりするという神風特攻隊を結成し自らの命を捨てた。
それで戦況がどうこうなるものではない。
それも承知の上だった。
それは、民族が正に滅びんとする時に身をもって
国を守ろうとした若者がいたという歴史が500年後、1000年後に
民族の再興に繋がるはずだと言う信念からだった。
その戦争に巻き込まれ
日本を憎んでいると教わって来たフィリピンの人たちは今でもこう云う。
当時、白人は有色人種を見下し
東南アジア全域に愚民化政策を採ることを目的としていた。
それに対して、日本だけが戦ってくれた。
その象徴が神風特攻隊であり、彼等こそは我々のヒーローである、と。
その感動の動画がここにある。
http://www13.ocn.ne.jp/~autofilm/sinzitu.html
前述の夫人はこれを見ては、いつも涙している。