いきなり言い訳。
昨日は弊社の安全大会と創立50周年記念の式典があった。
大分飲んだ。よって、当然のごとくバタンキュー。
てな訳で、今朝土岐氏のものを眠気眼でざっと、
本当にざっとだけ目を通した。
だが、あのことが書いてあったはずなのになぁ?
と、思ったことがそこには書いてない。
他の人の本と同じ頃に読んで、きっと記憶が
ぐちゃぐちゃになっているのだと、悟った。
こうなったらしゃあない。
土岐氏のものを参考にしながら、あとは記憶を辿って
書くしかない。
まず、本能寺だが(今あるかは知らない)信長が討たれた後は
元にあったところと違うところに建て替えられたそうだ。
場所を移したのは、もちろん秀吉である。
で、元々本能寺があった所は、現在は本能小学校という
学校になっている。
私が、この本を読んだのがもう20年も前だから
おそらく3~40年前に、この小学校の改修工事が行われた。
その際に、それだけの遺跡だ。当然試掘調査が行われた。
そして、
そこから出てきた陶器を調べたところ、
ある人が「本能寺は火事になっていない。爆破された」と言ったそうだ。
陶器の釉薬(うわぐすり)がケロイド状に解けていたと云う。
私には全く分からないが、3000度以上の高熱でなければ
こうした状態にはならないそうだ。
火事では3000度にもならない。
よって、爆破に違いないと言う。
さて、秀吉にもどる。
彼は、尾張中村の出。今のJR名古屋駅から程近い。
土岐氏の本に寄ると彼の父親は「ワタリ衆」だったそうだ。
ワタリ衆と云うのは、いわゆる手に職jを持った技術屋集団だ。
秀吉と言えば、「一夜上の建設」「水攻め」などが
思い浮かぶが、これもワタリ衆の技術に違いない。
爆破となれば、誰も彼にも出来るものではない。l
しっかりとした火薬の技術が必要となる。
ワタリ衆なら、それが出来ると云う訳だ。
そのワタリ衆の信仰の総本山は日吉(ひえ・日枝とも書く)大社
で、・・・・・・・・・・・・・・・・。
折角乗ってきたが、
これから準備して名古屋場所を見に行く。
また、明日。