今日は、ふと考えていたことで
人はなぜ何かを分かったと感じるのかについて書きたいと思います。
今、あることを猛勉強中で、はじめはさっぱりわからないことが
それをずっと学び続けると、とてもよくわかるようになるのを実感しています。
そこで、どうしてわかるという感覚が芽生えるのかが不思議になりました。
これを、精神や生命の立場から考えてみました。
精神にとってなにかがわかるというのは、それが精神にとって意味があることになったということだと思っています。英語はわかることをmake senseといいいますが、まさしくsenseができたということです。
たとえ、はじめは理解できなくても、それに向かい合っているうちに、それを知ろうとしているうちに、脳がそれを自分にとって意味のあることなんだと感じて取り入れていきます。その時それを分かったと感じるのではないでしょうか。
逆に言うと、わからないことは、まだ自分にとって意味のないことなのかもしれません。機が熟するのを待つのもいいかもしれません。