ナオさんのブログ

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客観的にはとてもいい作品だと思うが、詰め込み過ぎの印象を持った。原作を読んでいないので何とも言えないが原作に縛られたのだろうか。  



希望の持てるポジティブな終わりかたをするが、全体的には切なく心が痛くなる作品である。

杉咲花さんは「市子」で演じたように、絶望、茫然、失意、諦観…等の葛藤をリアルに表現し涙を誘う。



海辺の町の祖母の家に越した貴瑚(杉咲花)は、ある日、母親から虐待を受けて声を出せなくなった、

「ムシ」(桑名桃李)と呼ばれる少年に出会う。

自身も家族に虐待されていた過去を持つ貴瑚は、彼を放っておくことができずに一緒に暮らし始める。


映画は、何年前とか時期が明示され、貴瑚の東京での日々を回想するシーンが始まる。

後半は再び、原作の海辺の町(大分)に戻る構造になっている。 


東京での貴瑚は壮絶な虐待から抜けだすことが出来たが、最も大切なひとを失ってしまう。

貴瑚の声なきSOSを察知して救い出してくれた「アンさん」安吾(志尊淳)だ。

安吾は52ヘルツのクジラの話をして、クジラの声を聴けるようにiPodを貴瑚に渡す。

安吾がアンコなら貴瑚はキナコだと、二人は互いにアン、キナコと呼び合う仲になる。



そんなアンを演じる志尊淳は、透明感ある中性的な表情、そして優しさと強さを見事に表現した。何よりも美しい。

心のなかの不純物を洗い流してくれるような演技だった。アンのような優しく包容力のある人との出会いがあったら人生は輝くだろう。

志尊さん、推しだな。


大柄でトランスジェンダー役はどうとか言う人もいるが、トランスジェンダーに身体の大きい小さいは関係ないのではなかろうか。


それよりも、アンの52ヘルツは誰にも届かなかったことが切ない。キナコは何故もっとアンのことを知ろうとしなかったのか。二人は互いに惹かれ合い、相思相愛だったのに。キナコは気づかなかったのか。

(感情移入して書いています)

自分の大切な人が、仮にトランスジェンダーだったとしたら、その苦悩を理解できなくても寄り添うことはできるのではないだろうか。


ドラマはタイミング悪く、勤め先での事故が貴瑚の運命をさらに悲劇的にしてしまった。

専務の新名主税(宮沢氷魚)のアプローチのきっかけになってしまったからだ。

専務のアプローチを受け入れてしまう貴瑚。 

こういうパターンはよくある話だが、貴瑚は拒否出来なかったのだろうか。

21.2歳で、自己犠牲で生きてきた彼女には無理だったのだろうか、死にたいほどの孤独感と絶望感を味わっていたから愛に渇望していたのか。幼少期から自分を抑圧してきたキナコ。されどいま自由になれ自活できたのはアンのおかげなのに。 


いや、これはパワハラか。

高級マンションまで用意され同棲してしまうキナコ。私には不快だった。

「魂の番」のアンの存在を忘れてしまったのか。

私が純粋なのか。お馬鹿さんなのか。富裕層に嫉妬しているのか。

いや貴瑚は自ら判断して意思表示できる状態までに至ってなかったのか。ならばアンに相談してもいいのに。

優しさには飢えている彼女は、虚を突かれたということにしておこう。

 

もっとも、主税、安吾、貴瑚の関係性が、作品のテーマをより明確にしてくれるのだが。

ただ安吾を自死に至らしめることには…モヤモヤ感が残る。聡明な安吾なのに…。

 


嘘つき、狡い、不誠実、威張る、小心者、偽善者…とか昔から嫌悪してきたが、新名主税はそちら側の人だ。宮沢氷魚さんは、(私は好きな役者ではないが)そういう空気感を漂わせよく演じていた。



もう一人、耳障りで不快な台詞を吐き、育児放棄どころか、煙草を舌に押しつける虐待まで行っていたムシの母親・琴美を演じていたのは、

なんと「少年と犬」の主演の西野七瀬さんではないか。嫌悪感しか与えない役を熱演していた。



正直、虐待シーンが悲惨過ぎて気が滅入ってしまった。神経が疲れてるときに観たからか。

いまは、暴力、暴言、流血、自死も含め「死」の多い作品は耐えられない、楽しめない。

そういう作品は暫くは観ないことにする。


貴瑚の同級生で親友の美春(小野花梨)は重要な役だった。美春の明るさが救いだった。

小野さんは「カムカムエヴリバディ」に出ていた。


原作:本屋大賞の町田そのこ

監督:成島出(「八日目の蝉」「クライマーズ・ハイ」(脚本)等)

他のキャスト:余貴美子、倍賞美津子等

  

「運動も勉強も出来た子だった」

アンの母親(余貴美子)が、貴瑚に杏のことを語ったとき、思わず涙ぐんでしまった。


杏は中学生の頃には男であると意識した、と初めて母に語る。杏は、頭が良く感じやすく洞察力もあるものの、長い間孤独を余儀なくされていた。

誰か寄り添う人がいてくれたならば…、痛ましく悲しくやり切れない。 


アンの52ヘルツはとどかなかった。

感じるハートを持っているものは誰もいなかったのだろうか。

(貴瑚は生涯癒えない傷を負ってしまった。)


それは私自身に問いかけるものでもある。




貴瑚の祖母・清子は別府湾に紛れこんだクジラを見たという。 


海の見える住居、ウッドテラスがなかなか素敵だった。



今日(16日)、図書館から中公文庫の原作本を借りてきた。