こんにちは、セルナです🌿
最近、ずっと考えていたことがあります。
スピリチュアルとお金についてです。
これは恐らく、多くのヒーラー、占い師、表現者、セラピストが、一度はぶつかる問題なのではないかと思います。
「本当に人を助けたい」
「苦しんでいる人に届いて欲しい」
「お金がない人にも受けられるようにしたい」
その優しさ。
けれど、その優しさだけで動き続けていると、ある日突然、身体が止まってしまうことがあります。
私の場合、それが原因不明の微熱という形で現れました。
解熱剤も効かず、病院へ行ったところ、「心因性の発熱かもしれませんね」と言われました。
その時、ああ、身体が「やり方を変えて」と伝えてくれているのだな、と思いました。
ありがたいことに、依頼数は少し前の倍ほどになっています。
ですが、その一方で、ずっと疲れていました。
なぜなのか。
理由はとても単純でした。
器、技術の向上、扱える力の量が変わったのに、昔のやり方のまま動いていたからです。
最初はそれで良かったのです。
まだ世界観も定まっておらず、経験も浅かった。
「安くて良いサービスを、たくさんの人に届けたい」という気持ちも、とても純粋なものでした。
ですが、経験を積むと、力量も高まり、技術も向上し、当然ながら求められる内容も変わっていきます。
人生を変えたい。
会社を動かしたい。
役職が上がった。
営業成績が日本一になった。
夫婦関係が劇的に変わった。
そんな依頼やご報告をいただくようになりました。
もちろん、それはご本人の努力があってこそです。
その分、こちらも以前より遥かに深く、多角的に、人の人生へ潜るようになります。
つまり、以前と同じ3000円の鑑定でも、中身はまったく別物になっていたのです。
これはかなり重要なことですが、スピリチュアルの世界は、「優しい人ほど安くしがち」という傾向があります。
ですが、私は最近、本当に深いものほど、ある程度の対価は必要なのではないか、と考え方が変化してきました。
実際、昔の私は占いなどでも、高いものは信じていませんでした。
勿論、今も無意味にお金儲けがしたいだけの、意味もなく高いサービスもあると思います。
ですが、中にはかかる労力と、継続・維持するための対価、依頼者様に丁寧に深く受け取ってもらうための価格設計もある、という視点は、以前の自分は持ち合わせておりませんでした。
それは、単にお金儲けがしたいとか、搾取したいという意味ではありません。
(もちろん、売上が上がれば人としては、素直に嬉しいです。
ですが私自身は、安く大量に売るよりも、愛情と誠意を込めて、丁寧に深く届けたいと思っていますし、何よりそれを大事に受け取ってほしいと思うのです。)
むしろ逆で、受け取りたいと望む方に、「ちゃんと深く受け取っていただくため」に必要なのだと思っています。
ですけれども、術にどの程度の労力がかかっているか、エネルギーがどの程度必要か、など、受け取る側はその仕組みはわかりませんので仕方がないことだとも思いつつ。
人は不思議なもので、安すぎるものを雑に扱ってしまうことがあります。
安すぎると、
挨拶もなく「やってください」とだけ送ってくる方。
追加サービスを当然のように求める方。
こちらを物のように扱う方。
こんな方が増えてしまうのです、悲しいことですが。
こちらがどれだけ労力を払い、魂を削っても、それを“当たり前”だと思ってしまう方もいます。
勿論、対価をもらってるので当たり前といえば当たり前なのですが、ココナラだと特にかかる労力よりもお安く設定しているので、尚更落ち込んでしまったり。
もちろん、全員ではありません。
優しい方、思いやってくださる方、敬意を払ってくださる方……。
ありがたいことに、今はそういった素晴らしいクライアント様の方が大半です。
(ちなみに、丁寧で礼儀正しい方には、こっそりおまけをしています。笑
こちらも敬意と感謝と愛を込めて……。)
ですが、安価な場では、「もっと得したい」という空気が強くなりやすいのも事実です。
そして、私自身も人間ですから、その気持ちは痛いほど理解できます。
ココナラという場も、ある意味ではそういった構造を持っています。
安くて良いサービスを提供し、もっと売れる。
いわばデフレ構造です。
だからこそ、こちらもある種の“結界”を張らなければならないのだと思います。
その行動が純粋な望みや喜びからではなく、「自己犠牲」という形になり始めた時、人はどこかで必ず破綻します。
私は最近、「結界」という言葉をよく使います。
それはスピリチュアルな意味でもありますし、現実的な意味でもあります。
どこまで入れるのか。
どこから先は有料なのか。
どこまでなら愛を持って渡せるのか。
どこから先は自分が壊れてしまうのか。
どの程度の価格でどのような内容ならば、お互いが気持ち良く敬意を持ってサービスを提供できるのか。
etc
結界とは、つまり「境界線」のことです。
結局、多くのヒーラーや占い師が潰れてしまう理由は、技術不足ではなく、境界線──つまり結界構築の失敗なのではないか、と私は感じています。
この業界では、本当に丁寧で、優しくて、心を込めてくれる人ほど辞めていくことが少なくありません。
いわゆる「結果だけを求める人」や、「こちらを物のように扱う人」に心を削られ、潰れてしまうのです。
逆に、少し雑なくらいの人の方が長く残ります。
それは優しくないからではなく、「自分を守る構造」を持っているからなのだと思います。
私は雑に適当にこなすということが、とことん苦手なタイプで、いわゆる、多くを大量にさばくタイプではありません。
それが強みな人はそれはそれで素晴らしいことだと思います、私はある意味で少し偏った完璧主義的な傾向があるのです。(それも強みでもあり弱みでもあり、一つの独自性、ですね。)
例えば、
ライター経験。
読書経験。
魔術に慣れ親しみ育った人生観。
芸術に触れてきた時間。
神秘主義や哲学を探求してきた経験。
人生経験そのもの。
動物と育んだ愛。
人生で経験してきた様々な痛み。
それらすべてが混ざり合って、今の施術や鑑定になっています。
つまり今や、一つの世界観になってしまっているのです。
ですから、安く大量に、から、その人に本当に合った一点もの、つまりはオートクチュール型に移行し始めているのだと思います。
別に、高級ぶりたいわけではありません。
ですが、ヴィヴィアン・ウエストウッドやディオール、プラダ、サンローランが、しまむらと同じ価格帯では成立しないように、それぞれの世界観にはそれぞれの適正価格があります。
(とはいえ、ハイブランドも原価は10分の1だったりしますが、デザイナーが人生をかけてこれまで培ったセンス、世界観の演出等、それら全てを含めての価格だと思っております。)
それを認めないと、自分と世界観が壊れてしまうのです。
最近、著名な神秘家ルネ・ゲノンを読んでいて、改めて感じたことがあります。
現代人は、「質」よりも「量」に取り憑かれている。
どれだけ速いか。
どれだけ安いか。
どれだけ大量か。
ですが、本来スピリチュアルとは、とてもシンプルに言えば、「世界が満ちている」ということを知る感覚なのではないでしょうか。
豊かさとは、札束の量だけではありません。
猫が安心して眠っていること。
優しい雨音に癒されること。
どこかから聞こえてくる子供たちの遊ぶ声。
ふと見上げた空が綺麗だと思えること。
誰かと心が触れ合い、嬉しいと思えること。
食べたご飯が美味しいと感じること。
心地よい風が気持ち良いと感じる時。
世界は、様々な豊かさで満ちています。
本当の豊かさは、そういうものの中にあるのだと思います。
もちろん、生活に余裕がなければ、その豊かさを感じる余裕すら持てないこともあります。
だからこそ、物質的な豊かさも大切です。
その上で、本来の意味でのスピリチュアルが損なわれやすい時代になっているのではないか、と感じています。
だからこそ私にとって、「どう働くか」は、「どう生きるか」とほとんど同義なのだと思います。
私はこれから、少しずつ働き方を変えていくでしょう。
ココナラは入口。
ブログは世界観。
その先に、もっと濃い場を作っていく。
ヒーリングサロンそのものの増築工事です。
パートナーである猫と私が、無理なく穏やかに暮らせること。
そして、ご縁のある方に開かれた、優しく穏やかで、癒しと愛に満ちた、ミラクルな自己変容を起こせる神秘的な神殿のような場所。
そんなヒーリングサロンでありたいと思っています。
そして、人に癒しや喜びを提供するためには、まず自分自身が満ちていること。
幸せであること。
喜びに満たされ、癒されていること。
天と宇宙と共にあること。
変化と学びを恐れないこと。
そして、常に成長し、進化し続けること。
これは、とても基本的なことなのではないかと思います。
社会は相変わらず不安定です。
ポテトチップスの袋は白黒になり、物価の上昇も激しい時代です。中東情勢も相変わらず不安定です。悲しいことです。
ですが、その中でも猫は相変わらず穏やかで幸せそうにしています。
庭の草木は生命力に満ち、太陽の光を受けて輝いています。
社会がどれほど不安定で残酷で悲しいことがあっても、世界そのものは、太古の昔からずっと美しい。美しさで満ちています。
どんな悲しい日にも、夜空には相変わらず星々が美しく煌めいています。
だから私は、これからも世界の本来の美しさを見つけ、それを広げ、多くの人に届けるために働いていくのだと思います。
それは、自分自身の喜びのためでもあります。
クライアント様の成長や幸せ、喜びや変化を、魂と魂の近い距離感で、エネルギーという形でサポートし、その純粋な側面を見守ることができる私は、とても幸せです。
改めて、ここまで私を育ててくださった、今までご縁のあったクライアント様、本当にありがとうございます。
中には折り合いが悪かった方もいましたが、それもお互いに必要な学びだったのだと思っています。
どうか関わった皆様が、どこかで幸せでありますように。
そして、今後、活動の幅が広がると共に、物理的な世界への支援の幅も広げていきたいと考えています。
現在は保護猫施設団体様への毎月の寄付を行っておりますが、今後は、
・国境なき医師団への支援
・プラン・インターナショナルを通じた、途上国の女の子や子供たちへの支援
なども継続的に行っていきたいと考えております。
私自身の日々の活動を通して、物質的な豊かさが、安心や安全の行き届いていない場所へしっかり循環していきますように。
そして世界が、より愛と本質的な豊かさに満ちた場所になるための、小さなお手伝いができたら嬉しく思います。