また長らく日記を お休みしてしまいました。


休んでる期間中も、いくつか個人的に記しておきたいトピックスがありましたが

今日は、どうしても表題の記事が書きたく、先に述べてみます。


さて、今日で原爆投下から65年。

テレビでは、原爆投下を特集した報道記事が多く流されている。


8月になる度に流れるニュースを見て、僕は怒りや哀しみを覚えてきた。


10年ほど前までは、ヒロシマの特集を見るたびに

<昭和の指導者>に対して怒っていた。

「なぜ、最初の1発を、日本からアメリカに打ってしまったんだ?」

「なぜ、制空権を失った時点で降伏しないんだ?」

といった具合に。


けれど、様々な本を読んだり、話を聞いたりするうちに

哀しみは自分に向かうようになってきている。


先日、Twtterにてつぶやいた<20年前のイラクによる「人間の盾」事件>と

<原爆投下>には共通する部分があると思う。


それは<日本政府が、日本国民を大切にしていない>ように思えてしまうこと。


やはり5年ほど前までは

「まったく、政治はヒロシマから何を反省したの?」

といった具合に思っていた。


けれど、いくつもの共通項が時代を超えて再現されることを踏まえると、

悲劇と無念が繰り返されるとき、それは特定の指導者の怠慢などではなく、

もしかして、僕個人の中にもある、<変えることが難しいメンタリティー>が

日本の政治に反映されているのではないかと、今思う。


<僕は、人を大切にしていない>のではないかと。


<変えることが難しいメンタリティー>の本質は何だろうか?

そして、それに気づき、子供達は仁者になれるだろうか?