コロナの自宅療養期間が7日間に短縮されました。以前は10日間でしたので、変な言い方をすれば3日も早く世の中に放り出される事となったのです。
空母から飛び立つ飛行機って、普通2000メートルの滑走路が必要なのに、海上だと、たったの80メートルで足下は海みたいな状況に放り出されるのだそうです。そうなったらひたすらエンジンを吹かしてお尻が海に付かないようにするしかないですよね。
コロナ罹患8日目の朝は、まさに早朝からエンジン全開にしないと海にお尻が付いちゃう状態でした。朝8時に埼玉県の小学校で演奏するので5時起き。
こんな事、どうか夢であってほしいと思いましたよ。
9日目はリハーサルを2つして夜帰宅すると、ふと明日の本番の衣装に思いが到って、顔面蒼白。燕尾服が必要なのですが、N響に預けっぱなしだ!コロナになってしまったので、事前に家に持ち帰っておく事を失念しておりました。明朝、N響練習場に行ってピックアップすれば大丈夫かなという淡い期待は、N響が現在、地方公演中という事実により粉砕されたのでした。ティンパニやコントラバス等の楽器と共に僕の燕尾服もトラックで旅しています。
10日目の朝、主催者から仕方ないので背広に白蝶ネクタイで良いというお許しが出ました。申し訳ありません、以後気をつけますと返事しましたが、実の所、その白蝶ネクタイも家には持っていないのです。
ところがどっこい会場は神奈川県立音楽堂、付近には、みなとみらいという無敵のショッピングモールがあるしで、12時半のゲネプロまでに、ちゃちゃっと白蝶ネクタイを手に入れて、本日は燕尾服を忘れて申し訳ありません!と登場するという計画が既に僕の中では立っているのでした。
しかし雲行きがなんだかおかしいです。みなとみらいの紳士服の店員さん、どこも「柄付きはあるのですが、白はちょっとお」と引き攣り気味なのです。
おいおい、そんな事言われちゃ引き攣るのは、こちらですよお。天下のみなとみらいだもん、何処かにあるでしょう?
みなとみらいは広大なだけに、どこに白蝶ネクタイが売っているのか分からず、僕はあっちへ走り、こっちへ走りと脈拍ばかりがどんどん上がってきます。
これ以上みなとみらいで探してもダメだ、こうなったら隣の横浜駅にある高島屋に賭けるしかない!と決断するや、動く歩道の上に突っ立つ休日モードの方々を蹴散らして、病み上がりのオジサンは嫌な汗を流しながら全力で走るのでした。
もちろん横浜駅構内も爆走、高島屋のエスカレーター、6階まで1段飛ばしで駆け上がり、たまたま正面にあった紳士服売場に飛び込んだら、ありました!白蝶ネクタイ!!
もう包まないで良いです!早く早くして下さい!
ところが店員オジサン、クレジットカードの差し込みが上手くいかず、何度もエラーが出ます。見かねて現金で払いますよと言いましたが、いや、いつもは出来るんですよ。もう1回暗証番号を入れて下さいと言うので、前のをクリアしていないとダメなんじゃないかと危惧しながらも新たに暗証番号を入力すると、前の残っている4桁のと足して計8桁も入力したことになってしまい、案の定エラー・・・
再びエスカレーター2段飛ばしで高島屋を駆け下り、汗だくで音楽堂に到着。
本番はヴァオリニスト千住真理子さんソロでヴィヴァルディ「四季」。僕の通奏低音ソロとは密接なアンサンブルが求められますが、本日、僕は少し変な格好なので、千住さん始め、皆様の温かいお気遣いで、千住さんの背後に隠れるように座らせて頂きました。そのために千住さんにはアイコンタクトの度に、僕の方を振り返って頂くというご負担をお掛けしてしまい、心苦しい限りでございました。
にも関わらず千住さんの演奏は気合いが入っていて素晴らしかったです!!
まったく燕尾服を忘れるなんて、演奏活動30年で初めての経験。白蝶ネクタイのために駆けずり回ったのも大変だったけど、無事間に合って良かったし、ヴィヴァルディの演奏も千住さんと高い集中力を共有出来て楽しかったです。
やれやれと家路に付き、家の近くで、そうだ、こういう時間のある時にガソリン入れておこうとガソリンスタンドに寄りました。そして、ふとスマホを見ると「スタジオへの行き方」というメールが来ています。なんのリハのだろう?
「!!!!」
僕のコロナで出来なかったリハーサルを、皆様にご無理をお願いして本日18時半から約束していたのでした!!なんという大馬鹿者だ!!このバカ!
今は18時。
場所は先程までいた横浜を通り越して更にその向こう。ここから35キロもあります。
秀吉の中国大返しとは、この事か!
34分後、奇跡的に数分の遅刻で僕はリハーサルに合流していたのでした。何食わぬ顔で。
こうして少し前の規則なら、まだベッドでぬくぬくしていても良かったはずの3日間は激動のうちに終わったのでした。
それにしても、あの悪夢のような辛い爆走の数々は、本当にあった事なのでしょうか?
今、思い返すと霧の向う側の出来事のようで、時間とともに、すっと忘れてしまいそうです。
コロナの末期には、よく変な夢を見るようですよと、お医者様、言っていないですか?
やはり、あれは「コロナ夢」だったのかなあ?
