夏は演奏旅行や合宿の季節です。

数日前にN響の演奏旅行で大阪から四国、広島と周って来たばかりなのに、再びN響の演奏旅行で西日本を回っております。


2週続けての山陽道ですが、今、とてもワクワクしています。それは指揮者が思いがけず素晴らしい方だからなのです。


以前はお馴染みのビッグネーム指揮者が1ヶ月間、びったりみっちりとN響を振ったものでしたが、今はその方々も殆どが天国へ行ってしまわれ、最近の新しい指揮者は割合いと短期滞在。お名前を覚えるには、付き合いが短か過ぎるという状況です。

それで今回もお名前も覚えぬ間に終わってしまうかなと、油断していました。

そうしたら凄い指揮者なのです。ワレリー・ポリャンスキー!

今どきの指揮者は、どなたも英語が達者なのに、この方、ロシア語の通訳が付かざるを得ないほどの「ザ・ロシア人」。英語の話せない昔気質のロシア人です。

その音楽は、かつての巨匠スヴェトラーノフを彷彿させるように男性的かつ明快で、ある時はバレエ音楽のように夢の世界を羽ばたき、またある時は熱く激しく、そして鉛より重いずっしりとしたものまで幅広い。まさにスヴェトラーノフ。


初回のリハーサル時、まず「皆さんにお願いしたい事は、たくさん歌って欲しいという事です」というスピーチから始まったので、おお、これは面白いかもと感じました。そして続いて始まったチャイコフスキー交響曲第5番の冒頭部分、弦楽器群の四分音符に対してかなり細かくやり直しをされるのですが、これによりオーケストラの団員全員が「こりゃ、えらく厳しい人が来ちゃったな、本気で接しないと」と感じたと思います。ところが、一旦こうして団員の注意力を最大限に自分に集中させてしまうと、後は意外や意外、徐々に茶目っ気を発揮され、しまいには笑いの絶えない楽しいリハーサルとなっていったのでした。

そしてリハーサル進行にも無駄がないし、指揮ぶりだけで、やりたい音楽の99%以上が我々に伝わってくるので口頭で何かを伝える必要がまるでない!

それでもバランスの事など、口頭で伝えなければならない事に関しては、その瞬間に、即座にオケを止めて、すぐ直し、最適な箇所からすぐ再開。その再開箇所の選定も、プロを唸らせます。しかもそこに彼の独特のジョークが、独特の雰囲気をたたえられた通訳のおば様を通して我々に伝えられるので、さらに味わい深くなり、楽しい雰囲気となるのでした。

そう言えば、スヴェトラーノフも英語を全く話されず、通訳のおば様は音楽の事が、よくお分かりになられないようで不思議な雰囲気の通訳をされていたのが懐かしいです。


以上の事は僕個人の感想です。

ポリャンスキーさんが、とても素晴らしい指揮者だと団員一堂、誰しも思っているのは間違いありません。が、もしかしたら、もしかしたらですよ、若者は、僕、あるいは僕世代ほどではないのかもしれません。

というのは、落ち着いて自己分析してみるに、これには今は亡きスヴェトラーノフ、あるいは、あの頃の自分への憧憬も含まれているのではないでしょうか。

話が逸れますが、紫式部「宇治十帖」の中で亡き大君姫への憧憬を、別腹妹である浮舟の中に見る薫のような心情。大君姫を全く知らない人が浮舟を見るのと、そうでない人との違い。

すみません、いまだに源氏物語の世界におりますもので。


このようにスヴェトラーノフを知らない、若い団員達と僕達世代とでは、心にグッとくるものが少し違うのだろうなあと想像してしまうのです。


おじさん達は、密かに感傷にふけっているのですよ。


そんな訳で、この演奏旅行は、毎日弾くのが楽しみな旅になりそうです!