最後の音に向けて猛然と盛り上がる音とダンス、興奮マックスの客席からは既に輝くような拍手が降り注いできております。

今、上野の文化会館ではKバレエのドン・キホーテがまさに終わるところ。最終コーナーを周って最後の直線を突っ走っている我々への拍手は、まるで競走馬のそれのように、ありったけの力を出させてくれます。そして最後の音を渾身の力で弾き切ると間髪を入れず炸裂する拍手。

ああ、バレエはこれだから良いよなあ。もっともこれは、僕からは全く見えないステージ上のダンサーの方々に向けられたものなのですが、こんな喝采の中に身を置いていると、いつまでも、こうしてバレエの中で過ごしていたいなあと思います。

しかし明日から僕は、ここを離脱しなければならないのです。バレエ・ロスだあ!


さて一夜明け、ここは代々木上原のホール、ムジカーザ。

昔から馴染みのクラリネット奏者、杉本さんのリサイタルで、数曲をご一緒します。杉本さんのお人柄には、いつも尊敬の念の耐えない僕ですので、このコンサート、全力で臨むのは当然なのですが、本日はさらに気合いの入る訳があるのです。

ギャラ倍増のお知らせでもあったのか?違いますよ!演奏家の第一の好物は拍手ですから。

桐朋音高、音大でお世話になったピアノ副科の先生が、ひょんなご縁から聴きにいらっしゃるというのです!ひぇー、お会いするの40年ぶりかもしれません。

ところで、ここからが肝心なのです。

僕の心には、過去の悔恨やコンプレックス達が、長年、巣食っております。例えばクロールの息継ぎが出来ない、英語が苦手、パソコンが苦手、忠臣蔵を読んだことがない、源氏物語を知らない・・・等々。これらは片っ端から撃破して、今では、だいぶ心も軽くなってきてはいるのですが、最も深い所にある悔恨がいまだに解決していないのです。

それは何か?

学生時代、怠けまくったピアノです。いまだにド下手ですが、それは今からだって練習すれば、もしかしたら少しは上手くなるかもしれません。でも、あの頃、毎回毎回、全く練習しないで臨んだピアノの先生への申し訳なさ。こればかりは、ひとりでは解決出来ません。


謝罪したい。

ピアノの先生に、いつも練習しないでレッスンに行ってすみませんでした、と申し上げたい。

そんな千載一遇の機会が、本日、訪れるのです!

おまけに今日のアンコール曲はブルッフ作曲 8つの小品から第3番。これは悪い心と良い心、悔恨と赦し、そんな対称的な事を連想させる、まさに今日の僕にピッタリな曲なのです。

ですから悔恨の辛さの部分は心から辛そうに、まるでキリストが降りてきてお赦し下さるような場面では、心の中で感謝の涙を流しながら演奏致しました。


そして終演後、その時は来たのです。


先生はキリストのようにお赦し下さるか?


「先生、いつも練習しなくて申し訳ありませんでした」


「いいのよお、そんな事!」


Es ist vollbracht・・

(ヨハネ受難曲中、十字架上のキリストが述べられた最後の言葉。

全ては成し遂げられた・・の意)


お元気そうな池田素子先生と、赦され、さっぱりしている僕。


こうして僕の心の中の最も太いトゲは

今日、抜け落ちたのでした。