N響、香港公演に行ってきました。普段、あまり意識しませんが、香港って結構、南にあるのですね。ですから2月末だというのに20℃以上あり、薄着で気持ち良いくらいでした。
ホール裏が、ご覧のように100万ドルの夜景が見られる海でした。



満員のお客様をお迎えしての演奏会は、アンコールも2曲弾き、盛況のうちに終わりました。

終わったのはN響の演奏会だけでなく、オーボエ茂木さんのN響での活動も今宵をもって本当に終了してしまいました。今後、もうN響には茂木さんがいないと思うと、寂しい限りです。
そんな訳で、終演後は茂木さんを囲んで7人ほどで食事をしましたが、外国でのコンサートは開演が遅いので、必然的に我々の晩御飯スタートも遅くなり、お店に入ると程なくしてラストオーダーとなってしまいます。南国で迎えた最後の夜、まだまだ話し足りない我々は、ホテルの茂木さんの部屋になだれ込み、もう少し名残りを惜しむ事となりました。
部屋では茂木さんのお好きなジャズをスマホで流しながら、そのジャズ奏者の事や、そこから枝葉を広げた興味深い話しをしていたのですが、ふとN響の指揮者もしていたアンドレ・プレヴィンがジャズ・ピアノを弾く『マイ・フェア・レディ』を茂木さんが流し出し、そこからプレヴィンがN響を振りに来ている月は、どんなにか毎日幸せだったかとか、リハーサル日の昼休みに皆が食事に行ってしまいガランとした合奏室でブレヴィンがジャズを弾いていたのに遭遇して幸せだった話しや、僕がプレヴィンの『マイ・フェア・レディ』のCDを持って楽屋にお邪魔し「1000回聴きました」と申し上げたらニッコリされながらサインして下さった話し等々を語っていたのですが・・

丁度その頃、ニューヨークでアンドレ・プレヴィンは亡くなられたのですね。

はからずも我々の大好きなプレヴィンが亡くなる時に、N響最後の夜の茂木さんと、プレヴィンのピアノを聴きながらプレヴィンについてお話ししていたなんて

なんたる香港の夜!



2011年アメリカ・ツアーでのN響チェロ・セクション、ソリスト ダニエル・ミュラー・ショット(チェロ)とmaestroアンドレ・プレヴィン
(後方左端から時計回りで、西山、銅銀、山内、村井、市、藤村、渡邉、桑田、木越、ショット、プレヴィン、藤森)



そして楽屋でプレヴィンにサインして頂いた名盤『マイ・フェア・レディ』


プレヴィン、オケの休憩時間、脚がお弱いせいもあると思いますが、いつも上の階の指揮者室に戻られずに、オケ合奏室を出たところの椅子に座っていらっしゃいました。
プレヴィンが偉過ぎるので、皆、遠慮して話し掛けたりしませんでしたが、それをプレヴィンは悲しんでいらっしゃったと聞きました。あんな偉い方が・・
今から思えば悔やまれる限りです。


maestroプレヴィン、N響での茂木さん、素晴らしい想い出を、ありがとうございました!で締めくくりましょう。
(茂木さん自身には、これからもお会いする事もあるかと思いますが)