N響首席オーボエ奏者の茂木さんが、いよいよ来たる2月28日の香港公演をもって定年退団されてしまいます。
茂木さんとは、茂木オケに呼んで頂いたり、時々ご飯にお誘い頂いたり、近いところではN響ヴェトナム・ツアーで、本来徒歩で渡ってはいけない鉄橋を渡りに行ってみたりと、思い出の尽きる事がありませんが、なんと言っても繋がりの最たるものは、NHKホールでの小さな楽屋が、ずっと一緒だったという事でしょうか。
この日は茂木さんにとってNHKホールでの定期公演最後の日。本当の国内最後は来週の名古屋公演なのですが、そこでの楽屋は大部屋になるでしょうから、茂木さんとの思い出の楽屋ライフは、今日でお終いという事になってしまいます。
NHKホール地下のタコ部屋のような楽屋が軒を連ねる廊下の一角に、茂木さんと僕が入団の日から今日までファンタジー溢れるバカ話しに花を咲かせてきた小部屋があります。

最盛期であっただろう25年くらい前には、この狭い小部屋に5〜6人がいて、それはそれは賑やかだったのですよ。
僕と一緒に入団したコントラバス池松宏氏(当時N響首席)、フルート首席 小出信也さん、2ndヴァイオリン首席 堀江悟さん、亡くなってしまったけど感動屋で明るかったコントラバス瀬戸川さん、茂木さんと入れ替わり出番のオーボエ首席 北島章さん・・・世の中まだ昭和っぽくて勢いがあったし、みんなの声も、今より明るく大きかったような気がします。
ステージから楽屋に戻って来ると、演奏直後の興奮からか、皆さん大声で思い思いの事を話されます。冗談や今宵の指揮者の不平不満賛美、ここだけの話しだぞみたいなワクワク裏話、感動して泣けた本番の話し、演奏旅行での洪水の話し、堀江さんがいつも燕尾服を丸めて紙袋に突っ込んでサッサと帰るので、瀬戸川さんによる「あれは帰ったらカアちゃんが畳むんだ」という注釈話し、そして少し艶っぽいお話し等々・・・賑やかに繰り広げられる大人の話しに、当時新入団員だった池松氏と僕は黙って着替えながらも耳はダンボで、随分と人生勉強させてもらったものでした。
それが1人減り2人減り、最近の若者はどこで着替えているのやら、補充人員もままならないまま、この日を迎えてしまったのです。
茂木さんは、いつも楽屋でスコア・リーディングをされるので、そのためにテーブルに広げられた勉強道具類は、お宅の生活感をそのまま引越してきたようでした。
壁際のベンチは、お決まりの仮眠場所。

この存在感がなくなるとどうなるか?
茂木さんの降り番の時に撮ってみました。
本番、終わって、ここに戻って来て着替えながら、今日の演奏はどうだったとか、茂木さんのプラモデル製作のお話しとかを聞いたりしていると、だんだん緊張状態から解き放たれて気持ちが晴れるものですが、これからは誰と話す事も無く、そのままの鬱屈状態で帰るなんて、不健康極まりない事であります。
僕は、このまま、かつての栄光ある第〇〇番楽屋をひとり守り抜く管理人として余生を過ごすのでしょうか?
それにしても、僕がこの楽屋を去る日まで誰も入居者が来なかったら、見送る人もなく、どんな感じで、最後この楽屋の明かりを消す事になるのでしょう?
消し際に一瞬、昔の賑やかなバカ笑いとか聞こえてくるでしょうか?



