自分が何なのか分からない病 | 正しく生きる。恋も自分も、そして思想も。

正しく生きる。恋も自分も、そして思想も。

何もない日に、静かな日に、静かな、星のまたたく夜に。恋愛と勉強について、正しく自分を生きることについて。

婉曲表現使ってるけど多少エロイから。

近頃自分が何をしているのかよくわからない。

自分が精神崩壊を起こしているとは思わない。

ただ、それみたいなことが起こるのではないかという

漠然とした不安が僕の前に横たわる。


貴女はなぜ生きているのでしょうか?


そして僕はなぜいきているのでしょうか?


貴女を愛するために生きているのでしょうか?

自分を愛するためでしょうか?


・・・・

悩みます。


そもそも、

なぜ生きるときに目標なんかが、目的なんかが必要なのでしょうか。



僕は今生きる目的が見当たらないでいます。

このままだと自分がIdentity Crisisを起こしそうでとても


とても怖いのです。



こんなの中学高校で考えることだろう?

と自分に言い聞かせようとしてみましたが、ダメでした。


生きる目標を決めないと生きていけないのが人間なのでしょうか。

それが、ここで生き残る本当の条件なのでしょうか。

それとも


僕たちは何者かに操られて、目標を設定させられて、既存の社会へと溶け込ませるように作り出された一つの部品なのでしょうか?



労働市場に組み込まれ、家計に組み込まれ、政府に組み込まれ、連動して生きていく無機質な主体。それが僕たちの幸せな姿、本当の姿なのでしょうか。


パウロは教えます。戒めがあるからこそ人間は罪を背負うのだと。

私たちは戒律を作ることで後世の人々に罪を背負わせているのでしょうか。



・・・


僕は死にます。

彼女もいづれは死にます。

これは事実です。


僕たちは愛するという感情を共有しています。

これも事実です。


しかし、この事実しか見当たりません。

将来のことは約束できません。


約束できるのは死だけです。


僕たちは死への道を突き進んでいます。


哲学はこの短い時間をどう生きるかという点について考える学問だと考えています。それには専門用語は必要ありません。というよりも、むしろかみ砕いて万人に思想を伝道していくものだと思っています。


僕の生きる生の道は、いま、大きな分岐点に差し掛かっているようです。

しかし、最後は死で一本化されます。


すべてが闇に、溶け込んでいくようなのだと思っています。



僕たちに約束されているものは、過去と死の2つだけでしょう?