事務所の女子が、ランチ弁当を買ってきてくれました。
お金払うわ。きっちり端数まで。
何?一円玉はいらない?
確かに油断すると一円玉は増え続けるし、
財布を無駄に分厚くするので、嫌われがちな存在です。
「一円を笑うものは、一円に泣く」という定番の倫理的なトークがあり、
つまらないものや取るに足らないものを
なめんなよ、バカにするなよ、痛い目見るよという精神なのですが
私は個人的にどうもこの手の言い回しは
説教くさくてあまり好きではありません。
「一寸の虫にも五分の魂」とかも。
(一寸の虫には一寸の魂じゃないのかな。なんで半分にする?)
正直私も一円に対し、できれば財布には
大量に滞在して欲しくないなぁと思っています。
しかし人から「一円はいらない」と言い切られると、
急に一円が不憫になり…というか
「誰からも必要とされない存在であるところの一円」に
ぼんくらで孤独だった頃の自分の姿を見て
ついつい感情移入してしまい、全力で応援したくなったのでした。
一円の存在感を「一円に泣く」というネガティブな表現ではなく
もっとポジティブな精神と美意識によって位置づけたい。
「嫌い」じゃなくて「好き」で自分を語れよ的な感じで。
心からそう思ったのでした。
で、やってみた。
「えーっ!一円いらないの?
なんで?一円ってメッチャ可愛いのに。
たぶんお金の中でいちばんステキな子、
それが一円だと思うのよ、私は。ええ。」
と始めたんです。
「ほら見て見て、一円。
二重丸に数字の1。これだけ。
なんてシンプルなんだろ。
この思い切りの良さ。
貨幣価値とかそんなんどうでもええ、
金銭への欲望を捨て去ったたたずまい。
これが美の精緻。
完璧だと思う。
どう、アルミ色との調和もたまらんね!
これが究極のプロダクトデザインじゃないのか。」
今日は、口が調子よくすべりました。
「 そして裏面も。
なんか草というか木の枝がデザインされてるでしょ?
これもう凄く凄くセンスがいい。
シンプルでお洒落。なんつうか北欧デザイン?みたいな。
でも流行にのったシンプルさじゃなくて、
これには普遍的な美があって、
10年100年たっても色褪せないデザインっていうね。
日本という国の中で何十年も使われ、
日本国民1億人以上に流通しながら、
決して変わらない価値をキープ続けているよね!
本当に優れたデザインって、
こういうもんじゃないのかな!」
語りまくる私。
「ほらっここも凄い。ここ注目ポイント。
一円って書いてあるでしょ。
この書体がまた素晴らし~!
一、円、この少ない画数で最大限に美しく表現されているよ。
たぶん、シンプルっていうのが一円のコンセプトだから、
結果こうなるんだよ。
特に注目すべきは〈円〉やね!
この書体では円の下の部分が短いでしょ?
短足っぽい。
これがまためっちゃ可愛い。萌え。」

このように語るうちに、
当初一円を拒否した女子が目をキラキラさせて
「ああっ、私。
なんだか…一円が欲しくなってしまいましたっ!」 と。
しめしめ。
「わかる?やっぱわかるよね!一円のすばらしさ。
そうかそうか。そんなにも一円が欲しいのか。
そこまで言うならこの一円をゆずってあげよう、10円で。」
「ええっ、そんなに安くていいんですか?
めちゃお買い得です!一円すごい!」
「うん、一円すごいね。
10円で買えちゃうなんて一円えらいね」
「これだったら普通100円はしますよねぇ」
「うん、一円だったら100円でも安いよね」
というわけで、女子もノリノリになってしまいました。
一円を10倍から100倍の価値に上げることができ
非常に満足しました。
そして女子が言う。
「あっ。でも十円も凄いですよっ!」
「ほー、どれどれ」
「十円って、女の子だったんですねっ?」
「んん、どういう意味かな」
女子が指さす十円玉の裏側をしげしげと見ると、
2本の月桂樹の枝がクロスしたところに
小さいリボンが結んでありました。
十円はリボンをつけたかわいい女の子という事実が判明し
我々はまさに狂喜乱舞した。
その後、すべての小銭の両面を
舐めるようにしげしげと鑑賞し、
それぞれのデザインを味わいつくしたという
平和な昼休みであったのだった。
日本国経済の早期安定を願いつつ。おわり。