起きる事象はほとんどが正しい
これは日々思います
うまくいかない
→誰かが悪い、運が悪い
というよりは
→この試練を受けて成長を促されている
→ダメな自分の部分を認識させるために起きている
→調子に乗っているから懲らしめるというよりはより成長を促すために起きる
ということが多いと実感します
これはこういうマインドを持つといいということではなく、事実としてそうだと思います
そしてこれは単発の個人に対しての事象であると同時に関わる人に同時に同じようなことが起きるように思います
例えば「施術希望です」
と連絡してくれた方がいた場合
→ちゃんと通って良くなれる方は予約がスムーズに取れる、例え混み合っていても必要なひとは予約がちゃんと取れる
→「この人は苦手だな」「人として問題あり」という方は最初から予約が取れなかったり、ドタキャンをし、規約に従いキャンセル料請求すると払いたくないとして結局来ない
ということが頻繁に起こります
これは前者も双方にとって必要なこととして起こり
後者も双方に必要なこととして起こっています
前者はその人は来るべくして来て、ちゃんと通えるのとよくなる役割が渡されているのでちゃんと来れて
後者は来ていただかないことでこちらの精神的な負担がかかることなく安定的にいいサービスを提供するのに役立つだけでなく、その人が来てしまうと本来くるべき人が来れなくなることを防ぐためにちゃんと来れなくなってくれている、と捉えることができます
つまり全ての事象は起きてくれてありがたいことだったりします(病気はそれをそうと理解するのは難しいですが)
この思考があると
人間関係にイラッとするより
「でも、これでいい」
「残念なひとは残念な結果が待っているのが証明されていくなー」と静観できるようになってきます(注:苛立ちや腹正しさがゼロになるわけではないです)
「起きているのは正しい」
という前提で物事が見れるようになると
ストレスが激減します
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