<タイトル>
- 「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策
<概略>
- 『言語の本質』(中公新書)で「新書大賞2024」大賞を受賞した今井むつみ氏の書き下ろし最新刊!
- 間違っているのは、「言い方」ではなく「心の読み方」
- ビジネスで 学校で 家庭で ……「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「わかってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。
- 人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。
- では、都合よく誤解されないためにどうするか?自分の考えを“正しく伝える”方法は?
- 「伝えること」「わかり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。
<備忘録>
- 言葉を発している人と受け取っている人とでは、「知識の枠組み」や「思考の枠組み」=スキーマ(枠組み)が異なる。
- スキーマは相手の言葉を理解する際、何かを考える際に脳のバックヤードでつねに稼働している。
- 「言われた」ということと「理解した・わかった」というのは根本的に別物で、「言われたけど理解できない」ことは往々にして起こり得る。
- 相手の「わかる」「わかった」は、あくまで「相手のスキーマ(思い込みの塊)」を通してのもの。相手に正しく理解してもらうことは、相手の思い込みの塊と対峙していくこと。そして、自分が持っている思い込みの塊に気がつくこと。
- 「記憶とは大きなボウルになみなみ入った水に垂らした、1滴のミルクのようなもの」。頭に入った記憶の内容も、想像や偽りと事実とを分けることはできない。(記憶のすり替え)
- 言った側はよく覚えているが、言われた側は忘れてしまう。その逆もしかり。言った側と言われた側で、情報の重要度が異なる。
- 「視野に入った≠見えている≠理解している」こと。書類に一文、重要な断り書きがあったとしても、言語情報としてしっかり処理した」かどうかはわからない。
- 人はつねに自分たちの見るもの・聞くものにフィルターをかけており、「見聞きしたくないものはブロック」「思い出したいものを想起」という都合のいいことをしている(SNSなどで同じような意見を見聞きすることで、自分の意見や思い込みが強化:エコーチャンバー現象)
- 「相手の視点の偏りはどこにあるのか」を考える。
- 私たちの記憶容量は「1GB」ほどしかないと言われている。「人は忘れる」前提で考える。
- 神聖な価値観とは「どのように行動するべきかの価値観」であり、「物事を過度に単純化するためのツール」。妊娠人工中絶など、どちらも「自分が正しい」と思ってしまう。
- 価値観ではなく、結論に焦点を当てること。そして、結論からさかのぼって考えていくこと。自身で自分の思考を振り返って、その結論に至る根拠を考える必要がある。
- コミュニケーションのスタートは、相手の話を聞くこと。
- AとBという2つの事実が順番に起こったときに、本当は因果関係にはないもの(疑似相関)を、因果関係のように扱ってしまうケースがある。
- 「確認してください」という言葉は、非常に曖昧で、甘えのある言葉。それは本当にその人が確認しなければならないものなのか。
- 「メタ認知」とは、「自分自身の意思決定を客観視すること」。
- 直観による意思決定を「ファスト思考」、別名「システム1」思考と呼び、時間をかけて熟慮する知的活動を「スロー活動」「システム2」思考。私たちは意思決定の大半を「直感」で行っている。
- メールを書く際、相手の理解度やどのような具体例を使えば相手に響くのか、相手が持つスキーマと自分のそれとが重なり合う部分はどれだけあるのかを考えなければならない。
- メールを書き終わったら読み直してみて、最初の数行で、何についてのメールなのか、大事なことは何かが伝わるように書けているかを確認すること。
- 「合理的に判断できるだけのデータが集まるまで、判断できない」というのは、究極の非合理。
- 禁止など、強い要求には感情が動きがち。理由を添えるだけで、相手の納得を得られやすくなる。
- 「丁寧に説明する」というのは、同じことを繰り返して言うことではなく、聞き手の納得できる理由(自分本位ではなく相手の立場で)とその根拠をきちんと示すということ。
- 説明が上手な人は、「具体と抽象を行き来している」。具体はあくまでも「1つの例」であって、全体ではない。概念を理解するためには、具体例という「点」の知識を、「面」の知識に広げる必要がある。
- 意図を読むためには、「相手がどういう視点で、どういうスキーマを持って状況を捉え、状況に対してどういう感情を持っているのかを推論すること」が求められる。
- 「失敗・分析・修正」をセットでできる人だけが、「失敗は貴重な機会だ」と言える。
- 相手をコントロールせず動かすポイント。①関係性:普段の何気ない会話から、部下が雑談でも話しやすいように。②相手の成長を意識:「何を大切にしているのか」は、部署間の違いで考えてみる。技術チームは営業チームの大切にしていることを考え、営業チームは技術チームの大切にしていることを考えること。
- 「仕事は段取り8分」の中に「相手」も含まれること(相手の反応を織り込んで、準備しておく)。
- 緊迫した状況での直観による正しい判断は、様々なリスク状況を想定したシミュレーション訓練を積んで、それが完全に体に落とし込まれていたからこそ可能になる(真剣で工夫を凝らした訓練)。
<考察>
- ビジネスや普段の家族等との会話において、よく起こってしまう(起こしてしまう)コミュニケーションミスの原因が多く述べられていた。自分が相手に言ったけど伝わっていなかった、相手から言われたことを誤認していたなど、自身・相手両方の「スキーマ」を意識せずに、自分勝手なコミュニケーションを行っていたと感じた。
- 気をつけるポイントとして、記憶のすり替えが起こることや人は忘れるということ、価値観での判断が行われていること、具体と抽象を活用すること、相手の立場に立った理由を添えることなど、直ぐにでも実践できるヒントが数多くあった。
- ただ、本質的には「相手がどういう視点で、どういうスキーマ(思考の枠組み、思い込みの塊)を持って状況を捉え、状況に対してどういう感情を持っているのかを推論すること」、そして「自分自身がどんなスキーマで思考しているのか」に気がつくことが重要となる。
- いつも「明日から1つでも実践しよう」と考えていたとしても、日々の業務の中では意識できないことが多い。強制的に目に見えるところに「スキーマ」と張り紙し、必ず実践することにする。最終的には自然と実践できるところまで、スキーマの考え方を体得したい。
=========[引用開始](p21)=========
なぜなら、私たち人間は、相手の話した内容をそのまま脳にインプットするわけではないからです。
(中略)
言語は意図のすべてをそのまま表現できるわけではない、つねに受け取り手によって解釈され、解釈されて初めて意味あることとして伝わるのです。
(中略)
しかも厄介なことに、思いと解釈が一致しているかどうかは、話し手にも聞き手にもわかりません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p21)=========
・言葉を尽くして説明しても、相手に100%理解されるわけではない。
・同じものを見たり聞いたりしても、誰もが同じような理解をするわけではない。
・「言われた」ということと「理解した・わかった」というのは根本的に別物で、「言われたけど理解できない」ことも往々にして起こり得る。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p23)=========
言葉を発している人と、受け取っている人とでは、「知識の枠組み」も違えば「思考の枠組み」も異なるため、仮にすべての情報をもれなく伝えたとしても、頭の中を共有することはできない
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p26)=========
私たちの思考には、意識されずに使われる「枠組み(=スキーマ)」がある
(中略)
こうした枠組みのことを、認知心理学では「スキーマ」と呼んでいます。
このスキーマは、私たちが相手の言葉を理解する際、つまり何かを考える際に裏で働いている基本的な「システム」のことです。スキーマは、脳のバックヤードでつねに稼働しています。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p31-32)=========
ある人の「わかる」「わかった」は、あくまで「その人のスキーマ」を通してのものであるということ。
(中略)
そういった意味で、スキーマは「思い込みの塊」でもあります。
相手に正しく理解してもらうことは、相手の思い込みの塊と対峙していくことです。そして相手を正しく理解することは、自分が持っている思い込みに気がつくことでもあります。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p34)=========
この「人は忘れる」という前提が問題なのです。
(中略)
言った側はよく覚えているのですが、言われた側は忘れてしまいます。
あるいは、情報の種類によっては、言った側は忘れているが、言われた側はよく覚えている、という場合もあります。
それは、言った側と言われた側で、その情報の重要度が違うからです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p35)=========
世の中のすべてを見て吸収していくことはできませんから、自分が必要だと思うこと、興味のあることだけを無意識のうちに優先して取り込んでいきます。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p44)=========
「記憶のすり替え」がいたるところで起きるわけ
(中略)
ロフタス教授は、
「記憶とは大きなボウルになみなみ入った水に垂らした、1滴のミルクのようなもの」
と表現しています。一度垂らしてしまえば、もう二度と水とミルクを分離することはできません。同様に、頭に入った記憶の内容も、想像や偽りと事実とを分けることはできないのです。
たとえ嘘をつくつもりがなくても、誰かの発言や自分の願望、感情、そして自身のスキーマによって、記憶は影響を受け、あなたにとっての「事実」がいつの間にかつくり上げられてしまうのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p48-52)=========
人は「事実に基づいた話ができる」存在ではなく、自供や目撃証言が「つねに正しい」とは限らない。
(中略)
世の中ではこのように、「断言したもの勝ち」「自分の記憶が正しいと信じられた人の勝ち」ということが、日々起こっている
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p56-57)=========
言った側は、自分が大事だと思っているからこそ、「間違いなく伝えよう」としますし、伝えたことをよく覚えています。「言われた側は正しく理解すべきだ」と思っているでしょう。ただし、言った側の考える「正しく・間違いなく」が、本当に事実かどうかはわかりません。
一方、言われた側には、そもそもそれが大事だという認識がありません。何か言われたときに、他のことに注意が向いているかもしれませんし、それよりも他のことの方が大事だと感じるかもしれません。
(中略)
けれども、そういうことを考える前提として、人間の認知能力というもののあやふやさを理解していただきたいのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p76-77)=========
「視野に入った=見えている」ではない
目の前にあり、視野にしっかり入っているのになぜ「見えていなかった」のか。
それは彼が予想していた「オレンジ色のメガネ」と、私のメガネが全然違うものだったからです。
(中略)
このような人間の性質に気づければ、書類に一文、重要な断り書きがあったときに、
「説明しなくても、書いてあるんだから大丈夫だろう」
などという思考に「待った!」をかけることができるかもしれません。
書いてあった、その文章を見ていたからといって、それを本当に「読んで理解した」かどうかは、わからない。字面を「見て(視界に入れて)」いても、「読んで」いないこともある。誰が見ても明らかな注意書きがあったとしても、それを本当に「読んだ(つまり言語情報としてしっかり処理した)」かどうかは、わからない。私たちの視点は、つねに偏っているのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p79)=========
この子どもの例にもあるように、私たちはまんべんなくものを見たり認識したりすることができないばかりでなく、目に入ったり認識できたりしたごく一部の情報が「すべて」だと思い込んでしまう傾向にあります。
(中略)
例えば数年前に、アメリカで、ある国や人種の人、思想信条の人を入国制限しようという大統領令が出されました。
(中略)
こういう思考バイアスを「代表性バイアス」といい、代表的な事例をすべてにあてはめて考える現象を「過剰一般化」といいます。
しかし当然ですが、ある個人の行動が、その集団すべてを代表するものであるとは限りません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p80)=========
私たちが知識や情報を受け取り。理解し、記憶する際、何かしらの偏りが必ず生じています。自分に合わない情報は、そもそも頭に入ってきません。また、スキーマによって、捉えているものは人によって変わります。
(中略)
「エコーチャンバー現象」は、SNSなどで同じような意見を見聞きすることで、自分の意見や思い込みが強化されることです。
(中略)
私たちはつねに自分たちの見るもの・聞くものにフィルターをかけており、「見聞きしたくないものはブロックする」「思い出したいものを想起する」という都合のいいことをしているのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p87)=========
それは、私たちはいわゆる専門家ではなくても、つねに何らかの「立場」からものを見て、判断しているからです。しかも、その立場というのは、1人1つというわけでもありません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p)89=========
何かを信じれば信じるほど、自分が論理的であると思っていれば思っているほど、他の人の意見が「間違っている」と思えてしまう。
(中略)
この時に必要なのは、新しい施策を、手を変え品を変え魅力的に、あるいは丁寧に説明することではなく、それぞれがどんな視点からその意見を言っているのかを考え、聞き取り、それぞれの懸念を払拭していくことです。
(中略)
「相手の視点の偏りはどこにあるのか」を考える。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p94-95)=========
せめて、「人は忘れるものだ」ということだけでも記憶にとどめておかなければいけません。
(中略)
仕事のできる人というのは、「相手も自分も忘れる可能性がある」ということをわかっています。そしてそれを回避する方法をあらかじめ見つけています。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p96)=========
スローマン教授は、私たちの記憶容量は「1GB」ほどしかない、とお話しされていました。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p105)=========
言葉が、感情が、記憶をどんどん書き換えていく
人間の記憶には、「容量が小さい」という以外にも、少しやっかいな性質があります。それは、前にも述べましたが、一度記憶しても、ちょっとしたことでその記憶が書き換わってしまう、という点です。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p111)=========
ある人にとっての神聖な価値観は「人工妊娠中絶は胎児に対する殺人に他ならない」というものですし、ある人にとってのそれは「女性には自分の体を守る権利がある」ということになります。
こうした「神聖な価値観」を前提とした判断のため、多くの人は自分の決定に自信を持っていますが、その決定に至った理由を論理立てて説明することは出来ません。
自分と違う主張の人が、いくら追加で知識や情報を用意しても、ほとんどの場合、自分の判断に影響を与えることはありません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p112-114)=========
スローマン教授は、神聖な価値観とは「どのように行動するべきかの価値観」であり、「物事を過度に単純化するためのツール」であると指摘します。
(中略)
「神聖な価値観」による物事の単純化を、私たちは日常生活の中で、頻繁に、無自覚に行っています。
(中略)
この問題の難しいところは、どちらも「自分が正しい」と思ってしまうことです。
(中略)
思考バイアスの中の、「信念バイアス」と呼ばれるものです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p114)=========
自分たちにかかったフィルターに気づくのは、易しいことではありません。
価値観ではなく、結論に焦点を当てること。そして、結論からさかのぼって考えていくこと。自身で自分の思考を振り返って、その結論に至る根拠を考える必要があるのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p115)=========
信念は「自分が『こうしよう』というもの」、信念バイアスは「自分が『こうしよう』というものを、『他人にもそうさせよう』というもの」なのではないでしょうか。「自分にとっての正しさ」が信念で、「自分にとっての正しさは相手にとって、あるいは誰にとっても正しいはず」と思うことが、信念バイアスと言ってもいいかもしれません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p118-121)=========
「他人の知識=自分の知識」バイアス
スローマン教授は「多くの人は、自分の中にある知識と外にある知識の区別があまりついていない」と言います。そしてこれを「知識の錯覚」と呼んでいます。これは例えば、専門家の意見をそのまま自分の意見のように話してしまう、といった形で現れます。
(中略)
大切なのは「外界の知識=私の知識」という思考バイアスに気がつくこと。自分の知識は専門家の知識とは違うと自覚することです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p122)=========
コミュニケーションのスタートは、相手の話を聞くこと。そう言っても過言ではないのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p122)=========
AとBという2つの事実が順番に起こったときに、私たちはつい、その2つに何か関係性を見いだそうとする傾向にあります。
(中略)
本当は因果関係にはないもの(疑似相関)を、因果関係のように扱ってしまうケースは実によるあることなのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p124)=========
多くの方が持っているのが「自分の小さな世界」を「基準」とする認知バイアスです。
自分の考えや経験、自分の周囲の人の考えや経験という非常に狭いサークルを基準として世界を見てしまう。それを基準にして「みんなそうだ」「これが普通だ」と考えてしまうことです。このときの「みんな」は、世の中から見れば非常に限られた人数でしかありません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p135)=========
例えば2歳の子どもが、テレビを見ていると想像してみてください。親は、そのテレビ画面が見えない場所にいるとします。
その場合、親は当然、そのテレビにその瞬間に何が映っているかはわかりません。
しかし、幼い子どもは、実はそのことを理解できません。自分に見えているのだから、他の人にも見えていると思い込んでしまう。「他人の視点」を想像することができないのです。
(中略)
この高度な認知的な思考を、目の前にいない人—例えば取引先や顧客にまで働かせること。これが、ビジネスにおいて「相手の立場で考える」ということです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p138-139)=========
それは本当にその人が確認しなければならないものなのでしょうか。もしかしたら、確認を頼んだ当人が、自分ですべき判断を避けているのかもしれません。
(中略)
ビジネスで頻繁に使われている「確認してください」という言葉は、非常に曖昧で、甘えのある言葉です。この言葉を使う場合には、「誰かに責任を押しつけることになっていないか」ということを、確認を頼む側も、頼まれる側も意識した方がいいでしょう。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p140)=========
「メタ認知」という言葉は、(中略)平易にいうと、「自分自身の意思決定を客観視すること」です。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p140-142)=========
私たちは意思決定の大半を「直感」で行っているといいます。
カーネマンは、この直観による意思決定を「ファスト思考」、別名「システム1」思考と呼び、時間をかけて熟慮する知的活動を「スロー活動」「システム2」思考と呼んでいます。そして私たちの意思決定は大半が実はシステム1思考に委ねられていること、そしてシステム1思考による意思決定は人間にとって効率がいいだけでなく、「おおむね正しい」ことが、本書では指摘されています。
システム1思考による意思決定は、「おおむね正しい」。それは、裏を返せば、ときに間違っていることがある、ということです。この間違いをシステム2思考によってチェックすること。これが「メタ認知を働かせる」ということです。
(中略)
ビジネスにおいて、メタ認知をうまく働かせることのできない人は、自身がつくった資料などを見直すことや、指示通りに自分が動けているかを見直すことが苦手です。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p145-146)=========
同じように、ビジネスで説明したり、メールを書いたりする場合にも、相手の理解度を想像しながら話を組み立てなければなりません。専門用語を使って簡潔に伝えられる相手なのか、嚙み砕いた説明が必要なのか。どのような具体例を使えば、相手に響くのか。相手が持つスキーマと自分のそれとが重なり合う部分はどれだけあるのかを考えなければならないのです。
(中略)
相手の状況を推測した上で書かれたメールは、どこを読めばいいか、何をすればいいのか、その理由は何かが明白です。
(中略)
書き終わったら読み直してみて、最初の数行で、何についてのメールなのか、大事なことは何かが伝わるように書けているかを確認すること。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p148)=========
ホウレンソウのない職場は、「なぜそのホウレンソウが必要なのか」を部下が気づいていないことに上司が気づいていない、という二重の問題となっていることも多いものです。
上司としてホウレンソウを求めるのならば、「なぜホウレンソウが必要なのか」をきちんと説明することが、「相手の立場」に立ったコミュニケーションといえるでしょう。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p150)=========
選択や意思決定の多くの場合、人は、最初に感情で、端的に言えば「好きか嫌いか」で物事を判断し、その後、「理論的な理由」を後づけしているに過ぎない
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p152)=========
人は何か(ジャムなど)を選ぶときや迷ったときに、最初の瞬間に注視したものを最終的に選ぶ傾向があるという実験です。つまり人は、「これが好き」という感情が最初にあって、それを基に意思決定をし、あとからその選択でいいかどうかを理性で検証しているというのです。
このことが示しているのは、結局、感情はときに、優れた「直観」を反映するものであるということです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p152)=========
日々の生活においても、仕事においても、その都度、情報が十分にない中で判断を求められてきましたし、実際に判断してきたわけです。
「合理的に判断できるだけのデータが集まるまで、判断できない」というのは、究極の非合理といえそうです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p155)=========
禁止など、強い要求にはどうしても感情が動きがちです。そうした場合には、理由を添えるだけで、相手の納得を得られやすくなるというのは、覚えておいて損はないでしょう。
(中略)
「丁寧に説明する」というのは、聞き手の納得できる理由とその根拠をきちんと示すということ。同じことを繰り返して言うことではありません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p157)=========
「知りたいから報告して」とか「説明したいから聞いて」のような、自分本位の「なぜ」ではその効力も薄まってしまいます。ここでも、「相手の立場」が不可欠ということは、言うまでもありません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p162)=========
説明が上手な人には、特徴があります。それは、「具体と抽象を行き来している」ということです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p165-166)=========
具体にすれば、わかりやすくなる。(中略)ビジネスシーンであれば、例えば新人に、
「TPOをわきまえましょう」
と指導するよりも、
「この会合はフォーマルなスーツにネクタイ着用で参加しましょう」
と伝えたほうが具体的でわかりやすくなります。
ただし、同時に問題もあります。具体というのはあくまでも「1つの例」であって、全体ではない、ということです。
たった1つの例で、全体を知ることはできません。概念を理解するためには、具体例という「点」の知識を、「面」の知識に広げる必要があります。
反対に、抽象にすれば。全体を捉えることができます。
(中略)
「どんな物事を説明するときには、何をどの程度具体的・抽象的にすればいいか」は、誰にとってもとても難しい問題です。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p179)=========
その抽象的な言葉が、「雪景色」などのように、相手の頭の中でエラーなく具体的なイメージと結びつけることができるのか、正しくカテゴリーとして認識されているのかが、「説明のわかりやすさ」につながっているといえるでしょう。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p180-181)=========
そのカギは、「例」にあります。私たちが何かを説明する際には、どうしても言葉という抽象化された記号を用いなければなりません。そうした言葉を用いて具体を表現し、狙い通りのイメージを相手の頭の中に描かせるのが、伝わる説明です。
(中略)
「これは『面』の話ですよ」と説明しながら、具体例としての「点」を複数出すことで、今の話は「面の中にある『点』ですよ」ということをちゃんと相手にわかってもらう。「点=面」と勘違いされないようにすることです。
(中略)
伝えたいことがあるときには、その説明が「具体と抽象」の両方の要素を備えているかをつねに確認してみてください。「相手がどう理解するか」に配慮しながら、聞いている人が納得できるように、抽象と具体を行き来して話を進めることが必要です。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p182)=========
技を盗むというのは、見るだけではありません。自分で分析し仮説を立てて検証することです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p186)=========
意図を読むためには、「相手がどういう視点で、どういうスキーマを持って状況を捉え、状況に対してどういう感情を持っているのかを推論すること」が求められ、それには相手の感情も大きく関わっているといえるでしょう。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p200)=========
大切なのはそのあとです。その失敗を分析できるかどうか。失敗そのものではなく、大切なのは「失敗の分析」なのです。
(中略)
「失敗・分析・修正」をセットでできる人だけが、「失敗は貴重な機会だ」と言うことができるのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p206-210)=========
フィルターが違っていても伝わるように伝えること。そして、その前提となるフィルターの違いを受け入れることです。
(中略)
人は誰もが異なるフィルター、つまりスキーマを(無自覚に)持っており、それをベースにしてしかコミュニケーションは取れない、という事実を理解することが重要なのです。
(中略)
「あなたと私のスキーマは違う」ということを前提にしないで物事がスムーズに進むほど、今の世の中は単純ではなくなってきています。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p212)=========
どちらか一方でも、「相手を思い通りに動かそう」と考えている限りは、真のコミュニケーションは成り立ちません。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p212)=========
コントロールせず相手を動かすポイント①関係性
(中略)
まずは、「相手といい関係性を築くこと」。これはつまり、コミュニケーションのそもそものベースとなる信頼関係を築くことです。
その方法としてTさんは、「自分から自己開示するようにしている」とのことです。
例えば「うちのネコがね・・・」といった話を普段の会話に入れておくと、部下も自分のネコやイヌの話をしやすくなります。そうなるとだんだん、「いろいろなことを話して大丈夫なんだ」と思えるようになってくるものです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p215-216)=========
コントロールせず相手を動かすポイント②相手の成長を意識する
(中略)
相手がどう成長したいと思っているのか、何を大切にしているのかを考えることです。
(中略)
「何を大切にしているのか」というのは、部署間の違いで考えてみると、わかりやすくなるでしょう。
(中略)
技術チームは営業チームの大切にしていることを考え、営業チームは技術チームの大切にしていることを考えること。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p216)=========
仕事ができる人というのは、
「あの人にこう言ったら、たぶんこういう反応が返ってきますよね。だからこういうふうに準備しておきましょう」
という会話をよくしているものです。提案をする前から、相手の反応を織り込んでいるのです。「仕事は段取り8分」と言われますが、その段取りの中に「相手」が含まれることを覚えておくといいと思います。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p217-219)=========
「話をよく聞こう」と心がけていても、それでも多くの人がうまく聞くことのできない話があります。
その話とは、「耳の痛い話」「自分にとって都合の悪い話」です。
(中略)
聞きたくない話を聞いた瞬間に、無自覚のうちに顔をしかめてしまった・・・というようなことは、誰にでも起こり得ます。
この瞬間が、相手に与える影響は多大です。
(中略)
無意識の表情の変化すら、相手に影響を与えてしまうのですから、上司としては、「イヤな報告を受けたときこそ、相手を褒める・感謝する」くらいの心づもりが必要です。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p228)=========
1秒を争う緊迫した状況で直観が働き、正しい判断ができたのは、様々なリスク状況を想定したシミュレーション訓練を積んで、それが完全に体に落とし込まれていたからだと考えられるのです。
===========[引用終了]===========
=========[引用開始](p229-230)=========
「直観」は天から降ってくるものではなく、そこへ向かってたゆまず歩き続ける中でやっと手に入れられるものだということです。
(中略)
エリクソン教授は、「達人の直観」を育てるのに必要なのは、長時間に及ぶ「真剣で工夫を凝らした訓練(deliberate practice)だと述べています。
(中略)
メタ認知を働かせて自分を振り返り、自分の課題を分析し、その課題を解決し、向上するための訓練を考える。この「真剣で工夫を凝らした訓練」はまさに、システム2の訓練です。
(中略)
そして、直観を磨き上げた先に、ごく一部の方が、「大局観」ともいえる感覚を身につけるのでしょう。
大局観は、経験で練り上げられた究極のスキーマです。それは専門の勉強だけをしていても、知識のつまみ食いをしていても、ただ俯瞰で眺めていても得ることはできません。広げながら収束させる、収束させながら広げていく。ある種の「具体」と「抽象」を行き来するような意識が大事だと思います。
===========[引用終了]===========
【参照情報】
「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策 Kindle版.2024年5月9日
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CXY1CGW2 (最終閲覧日:2024/12/1)